「──無駄足を踏んだな」
「この世界の地図を得て、物資補給もできた。魔物の襲撃に怯えることなく眠れ、この街の現状を知ることができた。私はそうは思いません」
総出で街を調べた結果。紅蓮都市スペランツァから得られたのは、立体地図による各都市の大まかな配置だけだった。
各都市の名称はフィオレが聞き出したものと同じ三種のみ、しかしそれらは現代世界における中央大陸にしかない。つまり、中央大陸しか人々には認識されていない。
他の大陸にも人がいる、あるいは何らかの施設があるのかもしれない。しかし少なくとも都市に住む人々は知らないようだ。
「この地図の都市以外に街はないのかって? 外へ出る必要がないんだ、そんなことは気にしなくていいだろう」
聞きこみの際、成人男性の返答が蘇る。
大の大人がいかにも面倒くさそうに発した一言は、知らないことを聞かれて誤魔化すためのものではなかった。
心底そう思っていて、何故そんなことを聞いてくるのか。不思議にすら思っている印象が伝わってきた。
「せめて、そんなことを知ったらバチが当たる、とかの方が納得できるのですが……」
「何が納得できるの?」
呟きに興味を持ったらしいリアラに、男性の発言をそのまま繰り返す。
この発言より示されるモノ。それは、実に興味深いものだった。
「この世界の人々が、人間として退化しているようにしか思えないんです」
「退化……?」
「人が人たらしめているのは脳の作り。感情を覚え、物を考えることが可能であることに起因します。感情はさておき、物を考えることをすれば当然疑問を抱え、それを解決しようとするものですが……少なくとも、この世界の人々にそういったモノは見られない」
それだけ長い間、エルレインの柔らかな支配下においてぬくぬくと過ごしてきた証なのだろうが……ここまで人はだらだらできるものなのか。
そして、話を聞いていたらしいナナリーがふう、とため息をついた。
「確かに、退化というか人形みたいだよ。誰に聞いても『エルレイン様は素晴らしい』『エルレイン様万歳』同じことしか言わないし」
「んじゃ、ここにいる連中は箱庭の中の人形ってわけか。ゾッとしねえなあ」
言い得て妙である。だが、何となくしっくりこないのも事実だ。
下手に興味を持ってしまったら際限がないと、敢えて皆に付き合う素振りを取っていたが……どうせ時間ならあるのだ。
こうなったら徹底的に考えてみようと、フィオレはリアラを見やった。
「ところでリアラ。この世界は絶対幸福に満たされた、完全な世界だと思いますか?」
「え!?」
話は聞いていただろうに、リアラは虚をつかれたように絶句してしまった。
少女の反応にいぶかりながら、一応言葉は繋げておく。
「エルレインの目的は、人々が幸福になった世界を創ることですよね。それが達成されたのなら、フォルトゥナが現れていてもおかしくないはず。この世界でフォルトゥナが存在しているかどうかはわかりますか?」
「あ、そ、そういうことね。えっと……今のところフォルトゥナの力を感じたことはないわ。人々の絶対幸福が達成されたのなら、必ずフォルトゥナは現れているはずだから……多分まだ、降臨していないと思う」
「つまり、エルレインにとってもこの世界はまだ不完全なんですね」
まさか、ここにカイル達=幸せでない人間がいるから達成していないとか、そういうことでもないだろうが。
もしそうだとすれば、必ず彼女はこちらを狙ってくるはずだ。何せこっちには、敵と定めたフィオレがいるのだから。
今のところその予兆は──あった。バルバトスの襲撃は、すなわちそういうことなのだろう。
これ以上時間が取れない云々言っていた気がする。つまりこれは、邪魔者を排除するよりエルレインにとって重要な企みがあるのだろう。
フィオレが一人、思考を巡らせている最中。走り書きによって作成された世界地図を眺めて、カイルが呟いた。
「ハイデルベルグとおんなじ場所にある街、レアルタか……行ったら、ウッドロウさんがいたりは」
「それはないだろうな。だが、何らかの手がかりは掴めるかもしれん」
ここが現代からどれだけ遠い世界であるかを承知の上でありながら、少年は夢想を口にしている。ジューダスによって完膚なきませに破壊されているが、あまり真に受けた感はない。
即席で作った地図を頼りに、スペランツァからレアルタを目指す。元の世界の地名を借りるならハーメンツヴァレーからハイデルベルグを目指すようなものだ。
現代においては大規模な地殻変動により徒歩による行き来は不可能だが、その地殻変動がなかったのだろう。まるでハーメンツから目指すかのように、通行は可能だった。
少ない緑にポツポツと白が混じり始め、徐々に気温が下がっていく。
「こんなことなら、外套売るんじゃなかった……」
「フィオレ、前の外套貸してくれない?」
「いいですよ。ナナリーはこれを羽織ってくださいね」
「おい、僕のマントを勝手に貸すな!」
「あなたには自前の防寒具があるんだからいいでしょう。ケチケチしてると背が縮みますよ」
リアラには以前貸した体をすっぽり包み込む外套、ナナリーにはジューダスのマントを剥がして渡す。どちらもあまり厚手のものではないが、あるとないとでは大違いだ。
「どういう理屈なんだ」
「ケチとは
「単なるこじつけじゃないか!」
「まだありますよ。ケチの意味は時代の流れによって粗末で貧弱なさま、いやしいことを指すようになりました。心が不健全な状態ですね。心が不健康なら体だって健康は保てません。直結して所謂栄養不足となり、体は生命活動を維持するために肉や骨を削っていく。そうなればおのずと身長も縮みます」
「そうなの? ケチって怖いなあ。オレも英雄としてケチらないようにしよーっと」
「いや、英雄は関係ないんじゃねえか?」
「まったくだ。それらしい事柄に根拠っぽいことを肉付けして、さも事実であるかのように話すのはやめろ。馬鹿が踊らされるだろう」
「ま、可能性の低い因果関係を無理矢理つなげてできたこじつけの理論ですからね。あなたには通じませんか」
フィオレはケープとパレオを持っているし、ジューダスには前述の通り防寒具がある。嬉々としてそれらを羽織る女性陣を尻目に、カイルとロニはそのままだ。
「い~な~、リアラ達……」
「女の子が体を冷やすとよくありませんからね。前衛のお二人は魔物が出たら体が温まるでしょうし……何ならリアラ達と手繋いで歩いてみますか?」
「「ええっ!」」
「ほら、あったかくなったでしょう?」
一様に顔を朱に染める男女を促して、先を進む。
セインガルドからファンダリア領へと渡る際には国境の町ジェノスがいい中継地点としてあったのだが、今や名残もない。もともとなかった、が正しいのだが、かつての街を知る者としては不便で寂しい限りだ。
やがて行く先が完全な雪原と化す。ちらちら踊る雪の欠片の先に、目的地はそびえていた。
「ここもドームの形なんだな」
「でも変だなあ。ずっと雪が降ってるのに、全然積もってないなんて」
各々首を傾げながら、都市内へ一歩足を踏み入れる。
その先に広がっていたのは、蒼天都市や紅蓮都市と同じく変わり映えしない光景だった。
誰もが変わらぬ、穏やかな微笑みを称えてそれ以外の表情の者がいない。ドームに覆われているために寒さもなければ雪かきの必要もなく、人々は変わらぬ日々を過ごしている。
けして環境が整っているわけではないが、それでも自らの力で生きようと活気に満ちていた、ハイデルベルグとはかけ離れた光景がそこにあった。
「どの街も、まるで見分けがつかねえな。確かにここのドームも中は過ごしやすいし、生きてくには何の問題もねえけどよ」
それまで着ていた防寒具を脱ぐ仲間達を余所に、周囲を見回すロニの表情は複雑そうだ。
先程まで震えていたのが解消されたのだから、その気持ちは理解に値する。
「何を言っているんです、ロニ。各都市象徴する色合いが異なるという特色があるではありませんか」
「そりゃそうだが、こうも変化がないと……正直気が滅入ってくるな」
「似たような街でもたらされる、似たような幸せか……」
「幸せなんて、千差万別のはずなのにね」
仲間達も浮かべる、世界に対する疑問符にカイルは我が意を得たりと頷いた。
彼の目に、微笑む人々を見つめるリアラが映っていたかどうかは謎である。
「そうだよね。やっぱおかしいよ、ここは」
「世界がなぜこうなってしまったか……この街にそれを知る、手がかりがあればいいのだがな」
「こうしてても始まらない。行こう、みんな!」
意気揚々と、カイルは一同を引きつれて移動を始めている。それに続かず物思いにふけるリアラ、途中で足を止めたフィオレ。
リアラのめには今もなお、人々の姿に向けられている。
「……でも、このドームがどこも同じなら、この世界の人達は皆が幸せってことよね……」
フィオレがいることに気付いていないのか、リアラはどこか夢見るような表情で独りごちていた。
飛行竜から緊急脱出のち、この世界に放り込まれ、各都市を見聞きして。ただ違和感を覚えて否定する仲間達ではあったが、リアラだけは複雑そうに、時としてまぶしそうに人々の在り方を見つめている。
理由は何となく想像がついた。リアラは聖女で人々を幸福に導く使命──目的を持って生まれた。いくら英雄を見つけ、従って歩むと決めたとはいえ、実際眼前で人々は幸福に包まれているのだ。その光景を、信じると決めた英雄や仲間達は受け入れず、否定している。
少女の心中が千々に乱れていることは、容易に想像できた。
「それなら、わたしの役目も、もう……」
「──それを思うのは、すべてが終わってからでも遅くはないと思います」
「!?」
驚き、うつむきがちだったリアラがパッと顔を上げる。聞かれていると思わなかったと書いてある顔から視線をそらして、フィオレは促した。
「行きましょう。置いていかれます」
カイルがちらちらこちらを見ているが、障害物の少ない広場。見失うことはないだろう。
一同からは絶対に会話が聞かれない距離であることをいいことに、フィオレは口を開いた。
今まで彼らに……自分の意志が正しいと信じて疑わないその心を汚さないために秘めてきたこの意見。おそらくリアラの葛藤を解消させることくらいはできるはずだ。
「夢のような、世界ですね」
「……?」
「誰ひとりとして生まれてきたことを後悔しないですむ。望まぬ殺生を強いられることなく、戦争というものも存在しない世界なんて、描かれた理想郷のよう」
あえて世界を肯定する事柄──それでもフィオレの常識からすれば奇跡と称しても過言ではないこの世界の特徴を並べれば、リアラは肩を震わせて立ち止まった。
フィオレの目線より下の瞳は、まるで探るような光を灯している。
「……本当に、そう思ってるの? 皆この世界は間違ってる、って言ってるのに」
「そりゃ皆は、元の世界がどんなものかを知っていますから。違和感を訴えて『エルレインめ許せないー』になるのは自然なことでしょう」
おそらく自覚していないし、自覚していても嫌だが……彼らは無意識のうちに嫉妬している。世界を歪にしてしまったエルレインだけではなく、平和ボケして呑気に緩んだ笑みを浮かべるこの世界の人々をも否定するのは、少なからずその要因があるのだ。
世界がどのような状態であれ、歪めてしまったエルレインは許されない。フィオレの認識としては、それでしかない。
「リアラはいかがでしょう? この世界に対して」
「わ、わたしは……「二人とも!」
一同が傍にいないこと、頭ごなしに世界を否定しないフィオレに少女が胸の内を語りかけるも、片方の要素が消えてしまったらどうしようもない。
それまで聞き込みをしていた一同は、立ち止まった二人を見かねてなのかぱらぱらと戻ってきていた。
中でもカイルは険しい目、明らかに頬を膨らませていることから、何かトラブルがあったことを予感させる。
「予想していたことだが……やっぱ、城なんてないよな」
「ここがハイデルベルグでない以上、城もそこに住むウッドロウも存在しないということだ」
「私は少し安心しました。レンズを額に張り付けて、『エルレイン様は素晴らしい』ってにこにこしながら祈りを捧げるウッドロウ……国王陛下なんて見たくありませんよ」
フィオレの軽口に失笑が漂うも、カイルだけは表情が動かない。
何かあったのかと尋ねれば、ナナリーが頬を掻きながらあったことを話してくれた。
「城がなくても、ウッドロウさんがいないなんて思いたくなかったみたいでさ。聞きこみをしたんだ。そうしたら……」
「英雄王、のくだりでバルバトスの名が出てきてな。この世界では、バルバトスが英雄として認識されているようだ」
それでむくれているというわけか。
今の彼も一応英雄であるはずだが、カイルは癇癪を起こしたように声を荒げている。
「あんな奴が英雄だなんて……一体どういうこと!?」
「──なるほど。英雄になれなかったから、あれだけ英雄を憎んでいたのかもしれませんね。でなければ、自身がそう呼ばれることを許すはずもない」
推測を立てて勝手に一人で納得するフィオレに、カイルは溜飲を下げられずにいる。
同調してくれると思っていたのなら、お門違いだ。
「そういう問題じゃ……!」
「あの男が許しがたい存在であることは承知の上ですからね。その怒りはそのままとっておいて、下僕に英雄という不遜な称号を与えたエルレインにぶつければいい。まず目先の問題を解決しなければ」
一応納得はしたらしいカイルをよそに、手がかりのようなものがあったのかどうかを尋ねれば、ロニが軽く首肯した。
「一応、歴史を調べられる施設があるらしいんだ。ただ、場所がな」
「誰も使わなくなったとかで、わからないらしいんだよ」
ナナリーは鼻で笑い飛ばしているが、フィオレのとってはその事実すらも重要な情報だ。
それを聞いたリアラの意見は、それとなく先程の会話を引きずっていた。
「でもそれは、この世界が本当に平和だった証なのかもしれない……」
「退化もここに極まれり、ですね。となれば、探索あるのみですか」
ドーム内には特に危険もないだろう、ということで個別行動を提案するも、何故か却下を受ける。
ジューダスいわく、理由は明白らしい。
「天然バカにナンパ魔、女子供。トドメにふらっといなくなるような奴を野放しにできるか」
「ジューダス……私と喧嘩したいなら素直に言いなさい。喜んで買わせていただきます」
「まあ、アレだな。仮面ストーカーが言うことじゃないぞ」
「誰がストーカーだ!」
「仮面は否定しないのね……」
「ついこないだ、フィオレを追いかけ回してたのは、どちらさんだっけね」
すったもんだの挙句、三人一組で行動することに決定する。誰が提案したとは言わないが、その案が通った瞬間。カイルは矢継ぎ早に人選を宣言した。
「じゃあオレとロニ、それからフィオレ。そっちはジューダスがリーダーで、ナナリーとリアラで!」
「え?」
「俺は構わねえが……頭脳担当を二人に分けたってところか?」
ロニの言葉はわからなくもない。カイルが率先してリアラとの別行動を求めたのが気になる。
確かに、結構的を射た人選な気はするが。
「ロニとナナリーは別だから揉め事は起こらない。ロニとジューダスは分かれているからやっぱり揉め事は起こらない。頭脳担当とかいう私とジューダスは分かれている……最も、私は傍観者希望ですが」
「しっかり当事者のくせに何をのたまっているんだ」
「そういうこと! じゃあ三人とも、後でね!」
どっちが先に見つけるか競争だ、と言わんばかりに駆け出していく。それを、ロニと共に追いかけた。
近くの階段を一気に駆け上がった先の、上階にて。初めて訪れた場所だからか、きょろきょろ周囲を見回すカイルがいた。
「どういう風の吹き回しですか?」
「え? ここ、風なんて吹いてないじゃん」
「バカ、例えに決まってんだろ。リアラと別行動したがるなんて、お前らしくもねー」
ロニの物言いに同意するフィオレを見て、カイルは歩み出しかけていた足を止めた。
その表情は、いつになく真剣なものである。
「あのさ。最近のリアラ……どう思う?」
「──道がふたつあって、どっちに行こうか悩んでいるような面持ちですね」
彼は彼なりに少女の葛藤……とまではいかなくても、ある種の変化に気づいていたようだ。
これまで気づいた素振りを一切見せていなかっただけに、フィオレは自分が感じていることをそのまま伝えた。
「悩んでる……何かに迷ってる、ってことなのかな? ナナリーに同じこと相談した時は、そう言ってたんだけど」
「何かに対して、悩み迷っているというわけではないと思います。彼女はもう決めているんでしょう?」
「決めてるって……」
「飛行竜で言っていたではありませんか。あなたを英雄と定め、共に同じ道を歩むと」
詳細こそ聞いていないが、結果としてそういうことになったのだろう。
ただ、決めた矢先に広がっていた世界を見て、揺れているのだろうという推測はできた。
「これまでこの世界を見てきて、いかがでしたか?」
「冒険者もいないし、レンズ着けてるのが普通でエルレインに感謝するのが当たり前。ドームから出るなんてもってのほか。とんでもねー世界としか思えねえが……」
「そうだよ、絶対おかしいよこんな世界! バルバトスも英雄扱いされてるし……」
「それはあなた達の価値観による一方的な意見です。誰もが、リアラが同じように思うとは限りません」
というか、そんな風に見ていたらあんな憂い顔を浮かべるわけがない。
価値観の違いを説明するのも面倒くさく、フィオレは世界の定義を縮めることにした。
「言い換えます。この世界の人達、どんな顔をしていましたか?」
「皆ニコニコして、同じ顔っていうか……」
「誰も嘆いていなかったし、悩んでいなかったし、悲しんでもいなかったでしょう? 悩みや苦しみがなくて、誰もが平等で幸せな世界だった」
それは二人の聖女に定められた、人類絶対幸福が形となった光景。聖女であるリアラが理想の形として脳裏に描いていただろう世界だ。
信じる英雄とその仲間達の意見とはいえ、否定することにどれだけ葛藤を覚えているやら。
「……道中、リアラが頻繁に幸せそうとか言ってたのは、それか」
「そんな! じゃあリアラは、世界がこのままでいいって思ってるの!?」
「さあ。それは本人しか知りませんよ」
一応、これはフィオレから見たリアラの内心であって、推測の域を出ないことを伝えておく。
でなければ再会した瞬間、くってかかりそうな勢いだ。
「でもオレ、もうそうだとしか思えないよ」
「なら、安心させてあげなさい。方法は自分で考えること。聖女に対する英雄の責務ですよ」
立ち止まって本格的に考え込んでしまったカイルを促し、本来の目的を敢行する。
頭を抱えて真剣に悩むカイルの邪魔をするのも気が引けて、フィオレはロニを促すとカイルに声をかけた。
「あっちの方、探してみますね。あのオブジェのところで合流しましょう」
「あ、うん」
階段を登った先、広場をぐるりと回りこむような形で移動していく。壁をコンコン叩きながら、どこか空洞がないかと探すも怪しい場所は特にない。
同じように石畳も目で追ってはいるが、元々住民が使えるような施設だったのだ。あからさまに隠すようなところにはなかろうと、考えを改める。
そうこうしている間にオブジェのある場所が見えてきて、ふとフィオレは目を眇めた。
オブジェは、階段上部に据えられている。蒼天都市と紅蓮都市、どちらも同じようなオブジェが都市の中心に据えられていたが、いずれも平地でこのような台座の上にはなかった。
都市の作りの違いだけかもしれないが、オブジェの台座になっている下部は妙に緑が多い。人が立ち入らなくなったことを物語っているかのように。
「やっと怪しい場所発見ですね」
「よし、まずは茂みの中を探そう!」
一番近くの茂みに潜り込むカイルに倣って、違う茂みに近寄る。植物が生える箇所は論外として、主に茂みに隠れている辺りをかき分けるも、それらしいものはない。
一応台座の根元に当たる壁を叩いてみると……明らかに空洞がある。
ここに扉はないかもしれないが、この台座を形成する下部に何かがあることは明白だ。
とりあえずぐるっと回ってこようかと立ち上がり……まさかと思いながら壁に左手を当ててみる。
──何も起こらない。
それでも思うところはあり、左手に触れたまま茂みから出る。ちょうど、カイルが茂みを出て違う茂みへ行こうとしていた。ロニは反対側にある茂みを探っているようだ。
壁に左手を触れさせたまま移動し、先程までカイルがいた茂みに入る。
その瞬間、茂みに隠れていた壁から違和感を覚えた。茂みをかき分け、見やれば壁の一部が明滅している。
正確には隠れていた亀裂が明滅しており、直後音を立てて壁の一部がスライドした。
ちらりと覗いたその中は薄暗く、長年閉めきられていた開かずの間独特の空気が感じられる。
「見つけた」
いったんその場を離れてカイルとロニを呼びにやり、再び茂みの中に入り込む。
扉は何事もなかったかのように壁の一部となりすましていたものの、左手で触れれば問題なく道を開けた。
「ここ、オレさっき調べたのに……」
「結果的に見つかったのですから、細かいことは気にしない」
一歩足を踏み入れれば、人の体温を感知してか明かりが灯る。大仰に驚く二人をさておいて、フィオレは階段沿いに設置されている本棚から一冊書物を取り出した。
が、開くことなく元に戻したかと思うと、そのまま階段を降りていく。
「どした?」
「……書物は全滅のようです。一体どれだけ放置されていたのやら」
その一言に興味を持ったカイルが早速一冊手に取るも、軽く首を傾げた。
一見分厚い書物だが、やけに軽い。適当に開いて、カイルは目を見張った。
「どれどれ、何が……って、ひでえなこれ。虫食いだらけで読めたもんじゃねーぞ」
ロニの言う通りで、どの頁にしても虫食いにつき穴だらけ。かろうじて書物としての形を保っている有様だ。この状態での解読は不可能である。
一方フィオレは、本棚を無視して最下層まで降りていた。
これだけ本棚が並んでいるのだから石板はないだろうと思っていたが、自動的に開く扉に自動点灯など、技術は街の構造と変わらない。ならばスペランツァで見たような、立体の地図ならぬ立体の資料はないかと探って。
「──カイル、ロニ。ジューダス達を連れてきていただけますか」
「何かあったの?」
「スペランツァで見た譜業……もとい、立体地図を映していた機材みたいなものがありました。動かせるようにしておきますので」
ジューダス達のことは彼らに一任し、見るのは二度目の機材に近寄る。
あの時は都合よくボタンがあったから良かったものの、今回そんな便利なものはない。ごちゃごちゃした制御盤らしいものを見つけていじっている内に、人の気配が近づいてきた。
「ここが、そうなのね」
「本棚には触るなよ。虫食いだらけで読めたもんじゃないからな」
見上げれば、合流したらしい一同が階段を下りつつある。
彼らに機材の後ろに立つよう指示をして。フィオレは内蔵されていた映像資料を再生した。
「ん、これは?」
「見ればわかります」
再生した瞬間、明かりが落とされ扉も閉まって暗闇が訪れる。
一同がそれに動揺するよりも早く、映写機が映像の投影を始めていた。
何のために生まれて、何をして生きるのか。
答えられないなんて、そんなのはいやだ!
某パンのゴーレムのOP歌詞一部なのですが、カイルが言いそうな気がしてなりません。
でも、これを答えられるのは。この世界でどれだけいらっしゃるのでしょうかねえ。