swordian saga second   作:佐谷莢

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 inダイクロフト(改変世界版)
 ダイクロフトへ乗り込み、年寄りの冷や水を回避して合流に走ったはいいものの。
 なんか紆余曲折あったようで、そこから先は、夢の世界。
 夢は夢でも、悪夢の世界に放り込まれたらたまったものではありませんね。


第四十三戦——度重なる秘密バレ~今度はジューダスも一緒に正体バレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまった……」

 

 確かに、黄昏都市レアルタとは様子が一変している。シルフィスティア達の視界を借りて見たダイクロフト内部だ。

 しかし神の眼はおろか、仲間達の姿すらもない。

 

「神の眼の干渉のこと、忘れてた」

 

 以前アイグレッテへ飛んだ時も、この歪な現代世界へ飛ばされた時もそうだったが、どうもリアラの力を用いて移動した際は離ればなれとなるのが必然であるらしい。

 十年後の世界から現代へ戻った時に支障がなかったことから、時空転移は問題なくて空間転移にのみ問題がありそうなものだが……

 幸いなことに、ダイクロフト内部を視た際の記憶は僅かだが、ある。

 早いところ一行と合流せんとして。

 

「……星の守護者より遣わされし亡者か」

「どちら様ですか」

 

 まるで瞬間移動でもしたかのように、行く手を阻むよう立ち塞がる影があった。

 印象は厳格な老爺、といった風情か。神官服らしい衣装をまとい、聖杖と思しき杖を携えている。

 

「我が名は、ダンタリオン。エルレイン様の理想に賛同する者」

「自己紹介どうも。私のことはご存じの様子だから省きますね。たとえお年寄りだろうと女子供でも敵に情けはかけません。心安らかに寿命を迎えたくば、そこをどきなさい」

「そうはいかぬ。エルレイン様のおわす聖堂へ、汚らしい亡者を近づけてなるものか!」

 

 汚らしいだの汚らわしいだの。いちいち失礼な連中である。自覚はしていても、他人から言われると地味に傷つくものだ。ただ、わざわざエルレインのいる場所を教えてくれたから、そこは感謝だ。

 ともかく、まともに交戦などしていたら相手の思うつぼである。

 

「ゆくぞ、シャイニングスピ……!」

「轟破炎武槍!」

 

 抜刀した紫水を肩の辺りで担ぐように構え、練り上げた真紅の剣気を打ち出す。

 本来放出し続けるその技を放った直後、フィオレは剣気の後を追うように駆けた。

 

「効かぬわ!」

 

 迫る単発の剣気を、詠唱を中断したダンタリオンは果敢にも聖杖で打ち払いにかかる。

 亀の甲より年の功らしく、見事ないなしようだが、特に傷つくことではなかった。一応形式として練り上げたものの、一瞬で構成した代物に何も見込んではいない。

 

「見たか、これが信仰の力……!」

 

 フィオレが彼の横をすり抜けて数秒、ようやくダンタリオンは標的が自分の後方へ走り去ったことに気付いたようだ。

 何か言いながら追ってきているようだが、相手はいわゆるご老体。現在全速力で駆けるフィオレに、早々追いつけはしないだろう。

 思い浮かべた道筋通りに通路を駆け、やがて見上げるほどの巨大な扉前に至る。どうやって破ったものかと考えて、その必要がなくなった。

 上部に取り付けられていたレンズらしいものが光ったかと思うと、閉じた瞳を思わせる意匠が覚醒するかのように開いたのである。

 

 限りなく罠臭いが──虎穴に入らずんば何も得ず。

 

 迷わずそのまま飛び込んだ先、まるでストレイライズ神殿へ飛ばされたかのような感覚に陥った。

 祭壇もお祈り用の長椅子もないが、とにかく雰囲気が似ている。入ってまっすぐ、奥には神の眼が据えられ、その手前にはまるで玉座に至るかのような段差がしつらえられていた。ここが聖堂なのだろう。

 壇上にはエルレインが佇み、更に彼女を取り囲むように五人の仲間達が対峙している。誰一人として欠けていないのは何よりだ。

 ただ、彼らを取り巻く空気がおかしい。

 扉が開いた際、それなりに騒音がしたのに誰も反応しなかった。

 そして──仲間達はエルレインから完璧に目をそらし、一点を注視していた。

 仮面を手に持ち、素顔をあらわとしたジューダスを。

 経緯がさっぱりわからないが、ここにきてさっくり正体がバラされたか。

 エルレインはといえば、奉られた神の眼に向き直り、右の手を掲げている。

 

「させない!」

 

 何をしようとしたのかもわからないが、直感に従い次元斬を発動させる。

 その場で振るった紫水は当然空振るも、何かを感じ取ったらしいエルレインはその場を離れた。

 一拍遅れて起動した視認不可の刃は、玉座を模した壇上にざっくりと爪痕を刻む。

 

「鼻で笑ってくだされば、楽にして差し上げたものを」

「遅かったな。お前の協力者達は仲違いを始めたぞ。可愛い教え子を、守ってはやらんのか?」

「色々せっぱつまってるんですねえ、初めは歯牙にもかけてくださらなかったというのに」

 

 この調子では、フィオレの正体もバラされかねない。

 さっさと転移を促したいところだが、ちらりと見やったリアラまでもが、かなり動揺している。

 これは、エルレインを直接叩くしかない。

 

「……おしえ、ご?」

「誰のことですかそれは。私の教え子なら、とっくの昔に巣立っています。少なくとも、私の助けなんか必要ない」

 

 誰かの呟きをかき消すように、無理やり会話を潰す。

 しかし、何か策略があってか。紫水を抜いたフィオレの挙動を気にするでもなく、エルレインは言葉を投げかけた。

 

「夢のような世界だと、言っていたな」 

「盗み聞きですか。聖女……いや、救世主様はイイご趣味をしていらっしゃる」

「人としてあるべき幸福をこの者達でなく、亡霊のお前が理解を示すとはな。守護者共の眼も、あながち節穴ではないようだ」

「あなたの目的は、人類の幸福でしょう? 困りましたね。幸せでない人間がそこに三人もいる。彼らを幸せにしない限りは、目的は達成されない」

 

 一応彼らに話してあるとはいえ、守護者関連の話はそのまま正体への話題にシフトする危険性がある。

 ただでさえ混乱している一同を、これ以上ドツボに落とすのは不都合だ。

 

「夢は覚めるから夢なのだと言ったな。ならば醒めない夢は、何なのだろうな?」

「醒めない夢……? やけになるのはおよしなさい。人類を昏睡状態にしても、神への信仰は集まらない」

 

 夢から醒めないということは、意識がない状態──肉体が無事であってもそれは、昏睡の状態を意味する。

 それは時として脳死、精神の死すら誘発するのだ。

 ただ、この口ぶり。もしも一同を含めて、本当に「醒めない夢」を永遠に見せられることになろうものなら……対抗する術はなきに等しい。

 

「現実では不可能なことも、夢の中では何もかもが思い通りになる。痛みも苦しみも感じることはない。消してしまいたいほどのつらい過去も、抹消できる……なるほど。救われたいと願いながらも救いを拒否する、我が侭な人間の望みを叶えるにはちょうどいい」

「本末転倒……いや、手抜きにもほどがあります。思い通りにならない世界を捻じ曲げるに飽き足らず、今度は全人類を死んだも同然にする気ですか」

「お前にはない、と言うのか? 消してしまいたいほどの、つらい記憶が」

「いくらでもあります。しかし、それらがひとつでも欠けてしまったら今の私はいません」

 

 とはいえ、いくらフィオレが拒絶してもエルレインは歯牙にもかけないだろう。彼女が救うことを目指すは人類であり、亡者と呼び捨ててはばからないフィオレは対象の外だ。

 今こそ全力を上げて抗議をするなり一発殴るなりしてほしいのだが、悲しいかな一同は暴かれた真実を前に硬直してしまっている。今はただ、黙ってフィオレとエルレインのやりとりを見守っているだけだ。

 あくまで反論するフィオレを見下すようにしながら、エルレインはくるりと神の眼を見た。

 

「──待ちましたよ、ダンタリオン。さあ、亡霊を片づけなさい」

 

 そんな気配はなかったのに、まさか追いついたのかと後方を見て愕然とする。

 開かれた扉の付近には誰もいない。はったりだった。

 

「神よ! 大いなる御魂をここに!」

 

 最後に残るは、張り上げたエルレインの声。暗黒に包まれた意識に五体の感覚はなく、ただ閉じることも許されない眼に光景が灼きついていく。

 クレスタにてリアラと再会するまで、幼少の記憶に身を委ねていたカイル。

 そのカイルと共に過ごすも、幻想が破られたことで吹き出した悪夢に苦悩したロニ。

 豊かなホープタウン、生きている弟。完全に夢の世界に心を奪われていながら、それでも真実を見据えたナナリー。

 そして──

 

「……またか。悪夢はいつも、ここから始まるな。シャル」

 

 岩肌がむき出しになった、湿った空気のこもる洞窟。ジューダス──否、リオン・マグナスは戦っていた。

 放たれた魔神の槍は、生じた半球状の結界に触れて消滅する。

 シャルティエの刀身と対峙するは、幻想的な淡紫を宿した異国風の剣。

 追手を始末せんとするリオン・マグナスと戦うは……雪色の髪に、藍色の隻眼をのぞかせる、女性。

 

「あれは……!」

「裏切ったリオン・マグナスを単身追ったフィオレシアさんが、追いついたところなのか!?」

 

 声が、聞き慣れた声が聞こえた。見やれば夢の世界から仲間達をすくい上げてきたリアラが、そこにいる。

 同じようにジューダスを救いにやってきて、彼の意識を目の当たりにしているのか。

 

「そんな、なんで……!」

「この後、スタンさん達が追いついて、確かフィオレシアさんがスタンさんをかばって──」

「そんなこと言ってるんじゃないよ! どうしてフィオレが、リオン・マグナスと闘っているのさ!?」

「……そうだよ。あれはフィオレ、だよね?」

 

 ナナリーはフィオレの素顔を知っている。一度だけではあるが、フィオレの素顔を垣間見たカイルも、同じ反応だった。

 そしてロニのそれは、儚くもこの後幻想だと知らされるだろう。

 

「お前こそ何言ってるんだよ! フィオレって……」

「間違いないよ。所縁の人間だって言ってたけどさ、ホントに似てるだけなのかい……?」

「……まさか、これがジューダスの、幸せの記憶だというの……?」

 

 そうこうしている間に、決着はついた。地面に転がったリオンに追撃をしかけたフィオレが、凍りつく。

 自らに刺さった小剣を、両手で握るリオンに紫電を振るい。

 二人は共に血だまりへ倒れた。

 

「……ど、どーゆーこった?」

 

 混乱するロニに答えるかのように、リオンの首元が発光する。慌てて飛び起きたリオンは、倒れたフィオレを呆けたように見つめていた。

 直後、じわりと風景が歪む。

 次の瞬間、傷だらけで座り込んでいたリオンの目は、ただ一点を見つめていた。

 追いついた四英雄の一人、スタンに紫電を押し付けるフィオレを。

 

「──元気でね」

 

 弱々しく突き飛ばされた二人がたたらを踏むより早く、フィオレの姿をあっという間に土砂が覆っていく。

 それを皮切りに、ダムが決壊したような勢いで海水がなだれ込み……いつしか、傷つき倒れていたのはリオンではなくジューダスだった。

 その傍らには、宙を舞い彼を見下すエルレインがいる。

 

「……愚かな……何故お前は、なおも傷つこうとする?」

 

 ジューダスは動かない。よもや気絶しているわけでもなかろうが、反応はない。

 

「憎んでいたのだろう? 恨んでいたのだろう? 己の自信、誇り……心までも奪った亡霊を」

「……」

「お前が望みさえすれば、亡霊は消える。過去の恥部も消滅し、心もまた解き放たれる。抱える悩みも苦しみも、失せる……否、もとより存在しない」

 

 再度問いかけるエルレインに、ジューダスはようやく口を開いた。

 ただ、負傷が激しいのか見動きをする気配がない。

 

「……なぜ? ……フッ、そんなことを望んでも、現実のあいつは消えない。しょせんは……夢だと、がっかりするだけだ」

「醒めることのなきこの夢で、現実はカヤの外。失望することなど、何もない。全てはお前の望むがまま」

「夢の中でも……あいつが消えたら……」

「恥をかかされたこと、奪われた誇りも、偽りの愛にほだされた心も、また消える。お前は歩むべきであった道に戻るのだ」

 

 エルレインの声音は、まるで何かを誘っているかのようだった。

 不思議な話である。神の使いが、人を堕落させんと囁いているだから。

 

「……歩むべきであった道など、存在しない。あったとしても、それを歩いた先にいるのは、僕ではない」

 

 ググッ、と全身に力を込めて、ジューダスが上体を起こした。

 大型爬虫類の頭骨を模した仮面の眼窩からのぞく目が、初めてエルレインを睨む。

 

「僕がここにいるのは、あいつがいたから、あいつを知ったからだ。あいつの存在を抹消して、夢になど浸れるものか」

「だから、現実を象徴するこの記憶を繰り返すというのか? 贖罪にもならぬ、自己満足を」

「都合の良い夢を見せられるくらいなら、あいつと殺し合いでもしていた方が何倍もマシだ……!」

「ならば続け、繰り返すがいい。永遠の悪夢を……!」

 

 その瞬間、まるで呪縛が解けたかのように彼らの元へとカイルは駆けた。続く仲間達の姿に、エルレインは驚いたかのように息を呑んでいる。

 リアラを除く一同が各々夢の世界を捨ててきたことにか、それとも。

 

「これ以上、好き勝手にはさせないぞ!」

「わからない……何故、お前達はその男をかばいだてする? 私利私欲のため師を斬り、仲間を捨てた裏切り者を」

「あたし達はただ、仲間を助けるだけさ。ジューダスっていう、大切な仲間をね!」

 

 まるで罪状でもつきつけるかのようにエルレインは再び仲違いを画策しようとするも、一同には通じない。

 しかし尚も、エルレインはあきらめていなかった。

 

「その男はおまえたちをまたいつ裏切るかわからないのだぞ? すべてを知りあった今でも尚、そのような者を……」

「知ってるとか、知らないとか、関係ない! オレは、ジューダスを信じてる!」

 

 今までも、そしてこれからも。

 啖呵を切ったカイルは、ジューダスへと近づき肩を貸す。

 

「行こう、ジューダス! フィオレを助けて、俺たちの世界へ戻るんだ!」

「──無駄だ」

 

 カイルの視線を受け、リアラが頷いたその時。

 未だ滞空するエルレインは、地の底から響くような声を出した。

 

「あの者の抱く闇は、夜の帳より尚昏く、海の底よりも深い。奴の意識に立ち入ったところで、引きずり込まれるが関の山……」

 

 エルレインの言葉を最後まで聞くことなく、リアラの首元が輝き一同が包み込まれる。

 光が消えたその時。一同は一様に目を瞬かせることになった。

 

「あれ? ここって……」

「海底洞窟だな。さっきと同じ場所に見えるが」

「同じ場所かもしれんが、少なくとも僕の意識の中じゃないぞ」

 

 ジューダスが目を覚ました以上、それだけは確かなことだ。

 今のところ、何がどうなっているわけでもなければ、フィオレの姿もない。

 

「ねえ、ジューダス。さっき、あんたと闘う隻眼の歌姫を見たけど、まさか……」

「──フィオレンシア・ネビリム。それがあいつの本名だ」

「ネビリム? じゃあ、フィオレシアさんとは……」

「フィオレシア・ネフィリムとは、あいつの作成した書類から判明したフルネームだな。記憶喪失で一から勉強したとか何とかで、あいつは文字の読み書きが少々拙い。スペルミスした書類が運悪く発見されてしまったんだろう」

 

 開かされた事実により、衝撃に揺らぐロニへ追撃をかけるかのように。

 光景は一瞬にして変化した。

 

「デモンズランス!」

「母なる抱擁に覚えるは安寧……」

 

 先程繰り返されたばかりの戦いが、寸分違わず繰り返される。

 飛燕連脚を仕掛けたリオンを、大技で転ばせたフィオレが追撃を試み、そして胸を貫かれ。

 血だまりが広がるその場に、ぼんやりと。エルレインが姿を現した。

 

「……お前も、夢を見るくらいならば。苦しみ抜いたありのままを見つめるというのか?」

「だれのことを言っているの」

 

 エルレインが声をかけたその瞬間、光景が歪んで消える。洞窟も誰も彼もが消え去り、辺りはただ暗闇が残された。

 否。暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がる人の姿がある。

 雪色の髪、幼い顔立ち。幼少時のフィオレだと思われる少女は、恨めしそうにエルレインを見上げていた。

 

「その扮装は、いつまでも若く美しくありたいというお前の願望か? 浅ましい……」

「おこらせようとしてるの? それならむだだから、あきらめてほしいかな」

 

 舌ったらずの口調からは信じられないほど、冷静に少女は言葉を紡ぐ。

 暗闇はゆっくりと、ストレイライズ大神殿の聖堂へと移行した。

 

「このような場所を投影したところで、お前の穢れが浄化されるわけもない」

「ボクのけがれ……それがこれまでのボクのおこないなのだとしたら、なおさら、じょうかなんか望まない。それが消されてしまったら、今ここにボクはいない」

 

 聖堂が徐々に薄れ始め、草木の生い茂る渓谷が広がり始めた。

 足元には小さな白い花が群生し、警戒に身を固くしたロニが小川に片足を入れかけて慌ててその場を飛びのく。

 

「ボクは、すべてを受け入れる。受け入れて、前へすすむ。じゃましないで」

 

 ひらひらと、蝶が舞う。透かし模様にも似た壮麗な羽を瞬かせ、蒼い燐光を纏い踊るように飛行するそれを眺めて、少女は言った。

 

「……戯言を。胸に手を当てて己の行いを顧みよ。そのような大言を吐ける身か」

「これのどこが大言なのか、はなはだぎもんだけど……そんなことはどうでもいいや」

 

 蝶から目をそらした少女が、初めて正面からエルレインを見据える。帽子も眼帯もない、丸みを帯びたその双眸は、緋色と藍色。左右の色が異なっていた。

 すぐ傍らに一同がいる。しかし、少女はそれに気付かない。

 

「さあ、ここからだして。ボクをゆめでとらえても、あなたには何のいみもないはず」

「お前さえいなければ、リアラは惑わされることなくその使命を全うしていただろう。ジューダスと名乗る少年は、どうだ? 彼の人生を歪めたという自覚はあるのか」

「……」

 

 エルレインの問いに対し、幼いフィオレは首を傾げた。

 その面持ちは、困惑に類するものである。

 

「……ボクがいなくても、リアラはすでにカイルと出会っていた。ジューダス……リオンだって、同じ。大切な人のため、なにがあっても全力をつくしていたはず。ボクのこととはかんけいないよ」

「あくまで、己は傍観者だと言い張るつもりか」

「それ以外のなにがあるの?」

 

 ここで、少女の眉が不快そうに歪む。

 唇を尖らせ、呆れたようにエルレインを見やった。

 

「自分がりかいできないからって、ボクのせいにされても、こまる」

「そのようなことは……「人をすくうだけならいいんだけどね。それで結局人をないがしろにしてたら、いみないんだよ。ホントにわかってるの?」

 

 ここが意識、精神の強く作用する世界だからなのか。フィオレの言動は普段以上に辛辣だった。幼い姿であることも、言葉の効果を強めている。

 これにはエルレインも何かしら思ったらしく、彼女は初めて声を荒げた。

 

「幾多の罪を犯した亡霊風情が、わきまえよ!」

「ヤだよ。わきまえて、どうなるの? それがわからないあなたでもないのに」

 

 怯える様子も何もなく、しれっと流す。

 のれんに腕押す感覚でもあったのだろうか。エルレインは、ひとつ大きく息をついた。

 

「……何故だ」

「?」

「それだけ悲惨な過去を持つお前が、償いようもない罪をただ背負うお前が、何故救いを望まない?」

 

 フィオレの表情に変化はない。ただ、それまでまっすぐエルレインを見つめていたのが、ふいっと顔を逸らしている。

 

「……かってに昔見て、かってにあわれんでる。ほんと、イイ趣味、イイ性格……」

「母に会いたかったのではなかったのか? 愛する者との和解を、そして篭女として、小鳥をその手に抱きたくは……」

「……黙れ!」

 

 愛らしい少女の声音とは相反して、叩きつけるような殺気が、周囲をどす黒く塗り固めていく。

 塗り潰された周囲の景色が、瞬く間に切り替わっていく。

 風の遊ぶ渓谷から、一面銀世界へ。

 雪国の何所ともおぼつかない景色の真っただ中に、違和感は存在した。

 

「いくら会いたいと願ったって……死んでいる人にはもう会えない。言葉のひとつも、聞けない」

 

 立ち上る白い炎。通常の火とは明らかに異なる炎によって、一軒家が燃えていた。

 場面は突如として切り替わる。残っていたのは、目をそむけたくなるような人の残骸。

 

「これは……フィオレの記憶、なのか?」

「十中八九、そうだけれど……こんなのって」

 

 ただ、雪上にそれが転がっていたのは一瞬のこと。銀世界もまた消え失せ、再び映し出されたのは対峙する男女の姿だった。

 一同の目にも見覚えのない荒野、見慣れぬ黒の装束に緋色の刀身を抱える異国風の剣を携えたフィオレが佇んでいる。

 相対するは、白を基調とした軍服に身を包み、大剣を下げた長身の男──ただし、逆光のせいで風貌はわからない。

 

「妥協って言葉を何よりも嫌った生真面目バカが、和解なんてするわけない」

 

 荒野が港に、港が洞窟に、洞窟が未知の世界へと目まぐるしく切り替わる。背景がどれだけ変わろうと、二人が武器を持たずして対峙しない時はなかった。

 たった一度、熱烈に抱き合う二人の姿が垣間見えるも、それは儚く消えてしまう。

 最後に一同が見たのは……おびただしい血の海に沈む、フィオレの姿だった。

 雪色の髪はまだらな緋色に染まり、重たげに開いた瞳には何も映っていない。そして、細身の体にしては不気味に見えるほど。その下腹は異常に肥大していた。

 

「十月十日どころか、やっと半年を超えた子達が、外で生きられるわけもない」

 

 血の海に沈んでいたその姿が、消える。まるで白昼夢を見たかのように、顔色を悪くしたフィオレが立っていた。

 一同の見慣れた背格好のフィオレが、何かを拭うように目元をこする。

 

「罪人でも亡霊とでも、勝手にそしればいい。私には何の悔いもない!」

 

 言いきったその言葉に、エルレインを真っ向から見据えるその眼に迷いはなく。

 それでも、エルレインを絶句させるには至らなかった。

 

「……悔いの残らぬ人生を送ったというのに、守護者共はお前を揺り起こした。安らかに眠るお前の魂を、自分達の都合だけで現世へ放り出した。彼らが憎くないのか、恨めしく思わないのか?」

「──彼らがいたから、私はかけがえのない仲間達に出会えた。初めて、私を越えた弟子を見つけた。この幸せをくれた彼らを、否定しない」

 

 初めて口に出された、フィオレの幸せ。気圧されたようにエルレインが絶句したその瞬間、リアラのペンダントが光った。

 

「……そこに、いたんですね」

 

 見やればフィオレが、輝く自らの手の甲を見て、微笑みを浮かべている。

 切れ長だが垂れ気味の眼が浮かべるそれは、まるで少女のようなあどけなさがあった。

 神の瞳を共鳴させ、リアラの位置だけは大体掴んだらしいフィオレが落ちていた帽子を拾い上げる。

 

「長らく、お待たせしました。眼を覚ましましょう」

 

 定まらない視線のまま。エルレインなど眼中にないような態度で一同へと歩み寄る。とある一定の距離を、エルレインから取った瞬間。

 二人の有するレンズから光が迸り、誰もの視界が真白に染まる。

 光が消えた直後に広がるは、卵型の棺がずらりと並ぶあの空間だった。

 しかし、今も宙に浮かぶエルレインと対峙するのはリアラだけではない。

 少女を護るようにカイルが、その隣にロニが。少し離れてナナリーが、フィオレの隣にはジューダスがいる。エルレインは黙して、一同を見下ろすばかりだ。

 

「克服してきたぜ。忌まわしい過去とやらをな」

 

 斧槍を構え、挑戦的に言葉を投げかけるロニにも、一同にも向けて。エルレインは口を開いた。

 

「わからない……何故、自ら苦しい道を選ぶ? 神の力でまどろんでいれば、あらゆる望みが叶うというのに」

「そんなので叶った望みに、何の価値があるってんだい?」

 

 一番に噛みついたのは、ナナリーだ。

 その剣幕はエルレインに対してではなく、都合の良い夢に満足してしまった自分に対する怒りが起因しているように見える。

 

「価値なんかありゃしないよ! 自分の手で掴んでこそ、価値があるものさ!」

「いつも正しい道が選べない以上、誰にだってつらい過去や悲しい思い出はある」

 

 畳みかけるように続けたのはジューダスだ。夢の中で最大のトラウマを見つめていた彼の言葉は、特に重みがある。

 

「でも、取り返しようもない過ちも数えきれないほどの後悔も、そのすべてが僕達の生きた証なんだ。それを否定することは誰にもできない……いや、させはしない!」

「お前達はそうかもしれん。だが……彼らは違う」

 

 切羽詰まったように、進退極まったエルレインは今も棺に収まる人々を示した。

 外側から様子は伺えないものの、皆望む夢を見て安らかに眠っているのだろう。

 

「人々はみな苦しみからの解放を望んだ。自らの欲望が叶えられることを望んだのだ」

「いいえ。人々はただ、忘れているだけよ」

 

 おそらくこれは歴然たる事実なのだろうが、リアラはそれをきっぱり否定している。

 人々のその想いがフォルトゥナを生み出し、二人の聖女が生まれたことを。知らないわけでもないだろうが……

 

「いつわりの幸福の無意味さを。そして、歴史という人の営みの中にこそ、本当の幸福があることを」

「だから、オレ達はお前に奪われた歴史を取り返す!」

 

 大地も水も、炎も風も感じられないこの世界で、守護者達の歓喜する声がはっきりと聞こえた。

 エルレインに聞こえたわけでもないだろうが、彼女は苛立たしげに一同を見下ろしている。

 

「無駄なあがきはよすがいい。お前達がどう思うと、何ひとつ変えられない」

「人々の想いから生まれたあなたの台詞とは思えませんね。人の想いに限界はありません。天地戦争の結果を変えることも、不可能じゃない」

 

 フィオレの言葉を受け、カイルは決意に満ちた瞳をリアラへと向けた。

 すべてを承知したように、リアラは微笑み、頷いている。

 

「リアラ、行こう! オレ達の歴史を、取り戻しに!」

「ええ!」

 

 リアラのペンダントが輝くと同時に、神の眼が呼応するように瞬いた。

 溢れる光がフロア中に広がり、一同を優しく包み込む──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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