かつて軍人だったフィオレも、このおおらかさには大分吃驚。
それはそれとして、スタンのソーディアンだったディムロス・オリジナルとの腕試し。
ポカーンと、見送ろうとしている一同を促し、フィオレは一人ハロルドに近寄った。
HRX-2型がぎょろりと振り向くも、ハロルドによって行動を制している。
「そーそ、フィオレだっけ? あんた、ここであんまり帽子を取らないようにね。説明は必要かしら?」
「大変興味深いのですが、またの機会にお願いします。私達のことを紹介するにあたって、設定を詰めておきたいのですが」
一同が距離を開けて歩いていることをいいことに、大まかに考えておいた考えを話す。
下手をすれば未来に関わることを教えてしまうため、言葉を選んで慎重に話せば、ハロルドはふんふんと頷いた。
「オッケーわかった。説明を求められたらそう話しとくわ。で、連中は細かいことを知らないのね?」
「教えてもいいのですが、少々厄介な問題ですので……」
「ま、スジも通ってるしいいんじゃない? 問題は知らない連中が多すぎるってことだけど、些細なことだわ。私も考える手間が省けたし──」
そうこうしている間に一同が追いつき、本部に向かう最中なんやかやと談笑が続く。
その談笑でハロルドの人となりを理解、珍しく言い負かされそうになっているジューダスを眺めている内、ふと思い立った。
「そういえばハロルド。軍部における兵士の人事権は、どなたの担当で?」
「人事? 確かディムロスの奴じゃなかったかしら」
「ディムロスって、ディムロス・ティンバー中将のことですか?」
ソーディアンに投射された人格しか知らないが、人となりはほぼ同じはずだ。
実直だし生真面目で熱血漢、それゆえに頑固な一面を覗かせていた彼が生身を持っている。
千年の時を経て性格が変わってしまったとかなら、他のソーディアンに指摘されるだろう。確かシャルティエがそうだったはず。
しかしディムロスに限ってそんなことはなかったはずだから、つまり──
「フィオレ、知ってるの?」
「知ってるも何も。あなたのお父様が所持していたソーディアンの、人格の持ち主ですよ」
要するに、ソーディアン・ディムロスのオリジナルだ。
その事実に気付いて大興奮するカイルをロニに押し付けて、ひたすら不思議そうにしているハロルドに尋ねてみる。
「何が気になるのよ?」
「いきなり見ず知らずの私達を部下にするなんて、通りますか?」
「モメるのは確実だけど、気にしなくていいわ。無理やりねじこむから」
自分がいなければ様々な計画がおじゃんになるから、心配せずとも要求は呑ませるとのこと。
その物言いに極度の不安を覚えたフィオレは、とある策を彼女に提示した。
モメて収拾がつかない状況に陥りそうになったら、腕試しを申し出てみてくれ、と。
「いいけど……あんた、ディムロスと決闘することになっても構わないっての?」
「決闘を申し込むつもりはありません。私が真に恐れているのは、リアラやナナリーが試しの場に立たされることです。そうなった場合も一応、考えてはありますが」
兎にも角にも、行ってみなければわからないと。地上軍拠点における本部、ラディスロウへと赴いた。
艦体の大半が雪に埋もれ、風変わりな建物にしか見えないラディスロウ内部へ一歩、足を踏み入れる。
左右に見張りの兵士がいるとはいえ、厚手の布を垂らしただけの粗末な扉をくぐってフィオレは正直に驚いた。フィオレだけでなく、一同も反応は同じである。
何故ならばその先は、長大なテーブルと壇上が据えられた大部屋に繋がっていたからだ。
そして無人でなく、テーブル周囲に四人、壇上に一人の男性が顔を突き合わせている。
皆一様にこちらを注視しているものの、見張りが止めなかったのが悪いのか、ラディスロウの造りに文句を言うべきだと、フィオレはこっそりそう思った。
ハロルドといえば、注目を集めたことなど頓着せず。くるりと一同に向き直っている。
「ここが作戦会議室よ。ちょうど全員揃ってるみたいね」
ハロルドいわく、壇上に立つ「偉そうなの」がリトラー総司令官、テーブルの順番でディムロス・ティンバー中将、ピエール・ド・シャルティエ少佐、イクティノス・マイナード少将、そして「兄貴」ことカーレル・ベルセリオス中将だという。
最も彼女は階級やらファミリーネームやらは綺麗に略してしまっている。他の一同は各々の知識で捕捉するしかない。
そこで。刺々しい声が飛来した。
「なんだハロルド? 会議中だぞ、あとにしろ」
フィオレの常識から言わせてもらえば、軍事会議中に闖入しただけで不審者扱いされて斬り捨てられても文句は言えないというのに。ただ注意するだけという事態に驚きだ。
大らかなのか、それだけハロルドが重要な存在なのか。多分、後者が該当する。
飄々とした彼女を諭すのは、腰まで届く青髪に神格服にも似た軍服のディムロスだった。
声を聞くのは初めてではないが、この声が直接鼓膜を揺さぶるのは不思議な感じしかしない。
不機嫌そうに眉を歪ませるディムロスなどものともせず、ハロルドは本題を突きつけた。
「すぐ済むからちょっと待って。私の新しい部下よ、みんなよろしくね」
いぶかしげな視線がそこかしこから飛んでくる中、自己紹介をしろとせっつかれ。並んでいる順に名を告げていくことにする。
「えっと、カイル・デュナミスです」
「同じく、ロニ・デュナミスだ」
「リアラと申します」
「ジューダスと名乗っている」
「ナナリー・フレッチさ」
「フィオレとお呼びください。よろしくお願いします」
頭を下げたり会釈をしたり、何もしなかったりと様々だが、特に違いはなかっただろう。
自己紹介し挨拶を終えても、ディムロス含め彼らの表情は曇ったままなのだから。
「新しい部下……? 誰の許可を得たんだ?」
「しかも、一般人の子供を? 何を考えているのです、ハロルド」
主に一同を歓迎していないのは二人、ディムロスとイクティノスだ。
他三人はこと反対もしていないが賛成の声もなく、事態の成り行きを見守っている様子。
ほんの僅かではあったものの、イクティノスの声にも覚えはあった。
薄い茶髪、長さはリアラほどか。その容姿は思った以上に線の細い優男である。情報将校にしてディムロスとは真逆に性格らしいが、意見が合う辺り眉つばなのだろうか。
その二人に対して、ハロルドは問題ないとするかのように連れていたHRX-2型を招いた。
「私のHRX-2型を倒した、と言えば、納得してくれるでしょ?」
「ソレを、ですか? 見たところあまり傷は……」
「そうよ、すごいでしょ? ほとんど無傷で取り押さえちゃったんだから」
イクティノスとディムロスに挟まれた金髪の青年──シャルティエに、ハロルドはフフン、と胸を張って見せた。
──シャルティエは、こんな顔をしていたのか。
イクティノスとは違う意味での優男、こっちは化粧をして格好さえ整えてしまえば、女性として通じるだろう美形だ。
しかし、居並ぶ一同に対して階級も低いせいか、その発言は重要視されなかった。
「しかし、一般人は一般人、子供は子供だ。認めるわけにはいかないな」
「ちょ、ちょっと待ってください! 子供子供って……」
「君は黙っていたまえ!」
ディムロスの発言にとうとうカイルが口を開くも、一喝されて二の句を失くしている。
しかし、ハロルドはどこ吹く風という姿勢を崩さない。
「ともかくそういうことだから、この子達は工兵隊に所属させるわ。工兵隊の人事権は、部隊長である私にあるはずよね?」
「認められん。全兵士の人事権は中将である私が握っている」
かぶりを振って、ディムロスはハロルドの要求を却下した。
これは彼女も想定済みなはずで、さてどのように言いくるめていくのやらと思いきや。
「あっそ。なら、私はこれから別行動を取るから。作戦も勝手にやってもらうことになるけど、それでもいいのね?」
ド直球、脅迫をいただきました。
これにはディムロスも不意を突かれたような面持ちになっている。
「おい、ハロルド! お前それは」
「言っておくけど、私は本気よ。我が工兵隊は常に人不足なのに、新しい人材もディムロスの許可が下りないとダメ? 冗談じゃないわ」
ハロルドとは対照的に昏い赤の髪、長身、似ているにはかろうじて瞳の色というカーレルが妹の暴言を改めさせようとして失敗していた。
彼女は身軽に兄の腕を逃れたのち、フィオレの後ろへ逃げ込んでいる。
「ディムロスの奴、思った以上に頭カチコチね。さぁて、どうしようかしら」
「どうしようかしらじゃありませんよ。発言許可を願います。よろしいですね、ハロルド」
「いいわよ。お手並み拝見ってね」
肯定するハロルドをそのまま、困るカーレルもそのまま一歩前へ出る。
カイルは黙らせられてしまったが、フィオレのその気はない。じろりと視線を受けて、フィオレは口を開いた。
「ハロルドの発言は脇に置いておくとして。認められないその理由をお聞かせください。一般人だから、子供だからという理由でしたら反論させていただきます」
「反論だと?」
「実力のほどはハロルドより証明していただけたと思います。早くこの戦争を終わらせたい、その思いは誰であれ同じであるはず。何故差別をなさるのですか?」
ディムロスは石頭の持ち主かもしれないが、それゆえに真面目な性格であるはずだ。一方的な主張ではなく真摯に思いを訴えれば、多少は態度を軟化させるはず。
……どうでもいいが、背後に立つハロルドの視線が痛い。ないがしろにするなという意味だろうか。
さておき、フィオレの目論み通り。彼は少なくとも高圧的に怒鳴りつけはしなかった。
「別に差別など……」
「戦闘技術を持ち、且つこの戦争を速やかに終結させたいと願っているのに、あなたは協力すらさせてくれない。こうして言葉を交わしていても、時間は無為に消費される。何かお有りなのでしょう? 私達の登用を認められない、決定的な理由が」
などと形式的に尋ねてみるが、何が原因かなど見当はついている。
しかしここは、ディムロスに言わせなければ話が進まない。数瞬の沈黙に耐えかねて、彼はじろりと一同を睥睨した。
「……ハロルドの証言を疑うわけではないが、実際HRX-2型にほとんど傷はついていない。君達がコレを倒したという確たる証拠がない以上、ハロルドの部下と認めるわけには」
「あらそう。じゃああんた、自分で試してみなさいよ。フィオレ、構わないわよね」
「あなたのお望みとあらば」
──そこから先は、ハロルドの独壇場だった。
例の腕試しをするよう要求。そんな時間はないと突っぱねるディムロスを再び脅し、なんと彼の上司を味方につけてしまったのである。
「そこまでだ。ディムロス中将の意見は最もだが、君は登用を突っぱねた責任を取りたまえ」
「さっすが司令、話がわかる!」
「ハロルド! 総司令に向かってなんて口を……!」
軽口が軍師をハラハラさせているものの、リトラーは全く気にしていない。
この程度の言葉にいちいち構っていたら、精神が保たない気がする。
「会議は一時中断だ。シャルティエ少佐、演習場の人払いを頼む」
「は、はい!」
シャルティエ少佐が脱兎の勢いで駆けだした直後、「さて行こうか」とリトラーは壇上を降り始めた。
それを見たイクティノス少将がひっくり返るような声音を上げている。
「総司令、見学されるのですか?」
「うむ。どうせディムロス中将がいなければ会議は再開できないのだ。問題ないだろう」
言い分はもっともだが、腰の軽い御仁である。ちょっと楽しそうなのは気のせいだろうか。
「ディムロス中将のことはハロルドから聞き及んでいると思う。最近は運動不足のようだから、手柔らかに頼む」
「──事故を招かぬよう、認めてくださるよう、努めたいと思います」
居並ぶ面々の視線を一礼で返し、フィオレはハロルド率いる仲間達と共に移動を始めた。
会議室にあるもう一方の扉から、ラディスロウ内部を移動する。その最中、カイルはスネたような呟きを洩らした。
「いいなあ、フィオレ。あのソーディアン・ディムロスのオリジナルに腕試しなんて……」
「私はかまいませんよ、交代しても。彼に傷ひとつつけることなく認められる自信があるなら」
「傷ひとつって、どういうことだい? 要は勝ちゃいいんだろ?」
確かにそうかもしれないが、今回の場合それはナシだ。豪快なナナリーの意見を、ジューダスがばっさり切った。
「相手は突撃兵と名高い中将だ。下手に怪我をさせて、今後に影響なんぞ出してみろ。僕達とて、常に歴史を変えてしまう可能性が……」
「その前にフィオレ、ディムロスさんを認めさせるって……大丈夫なの?」
「例え駄目でも、私がどうにかするからいいわよ。さぁーって、データ収集データ収集♪」
どちらかというと、フィオレは鼻歌奏でてあちこちに寄ってはHRX-2型に変な機材を担がせるハロルドが不安だった。一体何に使用するのだろう。
そうこうしている間に、ラディスロウ内にある演習場へと案内される。
「ここが演習場よ。普段は兵士がごちゃごちゃいるけど、今は人払いしてあるからね。思い切り戦っちゃっていいわよ」
「遅いぞハロルド。何を道草くっているんだ」
すでに到着していたディムロスがいらいらと怒鳴るも、彼女はまったく意に解さなかった。ごめんごめん、と軽く声をかけて、鼻歌を歌いながら演習場の隅でてきぱきと機材を組んでいる。
そんな彼女の姿に数人がため息をついているものの、もう少し頑張ってほしいところだ。少なくとも戦争が終わるまでは。
だだっ広い、という程ではないが、確かに演習場にはそれなりの広さがあった。兵士が訓練を行うにあたっては充分な広さでも、ハロルドの戦闘兵器試運転には若干の不安が残る程度には。
鎧の類は着けておらず、先程までなかった剣帯を巻いて佇むディムロスは、明らかに不機嫌だった。運動不足とか言っていたが、まがりなりにも中将。後に天上王ミクトランを下す人間なのだ。
フィオレが本気で挑んでも──殺す気で立ち合っても、やり過ぎということはないだろう。
紫水を仲間達に預けて、軽く体をほぐす。
整理運動で適度に体を温めた後に、二人の様子を眺めていたリトラーが、不意にディムロスへ話しかけた。
「中将。君はしなくていいのかね」
「必要ありません」
余裕綽々である。兵士がいないとはいえ中将の矜持か、それとも面倒くさいだけか。
フィオレにとっては舐められた分だけ好都合だが、防御だけは失敗しないでほしい。
「フィオレ、武器は?」
「演習用のを借ります」
演習場だけあって、壁際には木剣や先を丸めた槍など、種々多様な武具が並んでいる。
その頃、機材の準備を整えたらしいハロルドがてくてくとやってきた。
「先に言っておこう。顔を隠した人間の登用なぞ何があろうと認められな「そんなら、ディムロスがフィオレの帽子を落としたら決着ね。それまでに認めるかどうか判断して頂戴」
どちらかが参ったと言えば終了、特に反則事項はなし。危険行為は自粛。フィオレはとにかく認められることに集中すること。勝敗は特につけないと、ハロルドによって事項が挙げられていく。
「あ、審判は兄貴がやってね。私は忙しいから」
一方的にそれを告げると、小走りに機材の元へ戻っていってしまう。
誰一人として反論する者がいないのは、ハロルドがハロルドであるが所以か。
「では、よろしくお願いします」
とりあえずという感覚で適当な木剣を取り、ディムロスに一礼する。彼は鼻を鳴らしただけで微動だにしない。
しかし、この不機嫌具合を差し引いても大らかで人を食ったような、いわゆるフィオレの知るディムロスの人物像は浮かんでこない。
この場にアトワイトがいないことと何か関係があるのか──
それを考えてふと、フィオレはあの会議室における違和感に気付いてしまった。
あの部屋にクレメンテがいない──最高幹部であるラヴィル・クレメンテの姿がどこにもなかったこと。
考えれば考えた分だけ、可能性は存在する。この世界に未だエルレインの手が及んでいないことを祈るしかなかった。
一方で、審判を押し付けられたカーレルは妹の趣味に付き合うつもりはない様子。彼女の様子に気を配るでもなく、ため息交じりに片手を上げたかと思うと、そのまま宣言した。
「二人とも、構わないね。では、はじめ」
予想通り、ディムロスから仕掛けてくる気配はない。それを利用して、フィオレは軽くステップを踏んだ。
相手からは間合いを取る形となる。
「認めて頂くことが目的である以上、中将殿にはいくつかアピールしていこうかと思います」
とはいえ、全てアピールしている時間はない。ここは交戦技術に特化し、不機嫌な相手を刺激しないよう手早く済ませるべきか。
ディムロスの所作に注意しながら、フィオレは一息で間合いを詰めた。
「!」
「ひとつ。私は、勝つためにどのような手段も選びません」
刺突と見せかけ、木剣を薙ぐ。迎撃せんとするディムロスの動きに合わせて、そのまま木剣を投げ捨てた。
武器を取り落としたら負け、と言われていたら使えない手段だが、今回は有効である。
思いもよらない行動に、だろう。ディムロスの視線は流れたまま、フィオレからは外れている。
その隙に、フィオレは木製の短剣で彼の脇腹を軽く突いた。もし本物であれば、ここで何もかもが終わっていたことだろう。
「ふたつ。私は素手での戦いを心得ています」
振るわれた斬撃を回避し、間合いを格闘可能な範囲へと詰めていく。技術はともかくとして体格差から通じるわけがないと思われたが、意表を突くなら充分だ。
牽制目的と思われる斬撃、幅広の剣の面を払って真横へ流す。懐へ蹴打を入れては離れ、横合いから掌底を打ち込んだ。
当然ながらきちんと手心を加えている。あくまでアピールなのだから、ダメージを入れる必要はない。
反撃の刺突を白羽取りで受け、すぐさま解放。再び間合いを取る。
「みっつ。大抵の武器でしたら、扱えます。槍でも弓でも、振り回してみせましょう」
先程放り投げた木剣を回収、切っ先をディムロスへと向ける。彼は黙考のち、何も答えぬままに手招きをひとつした。
剣の腕を所望と判断し、一直線にディムロスへと迫る。
彼の得物が幅広の両手剣に対し、フィオレは片手剣を模した木剣だ。下手を打たずとも正面からやりあえば木剣は寸断される。片手剣の良さを生かし、手数で攻めるに越したことはない。
それでも、一撃入れるのは少し戸惑ってしまうが……
「どうした。威勢はよくとも、当てねば意味はないぞ」
それを見抜かれたか否か、片手剣をいなしながらもディムロスが指摘してくる。声音から険が取れているようだが、何かあったのだろうか。
とはいえ、機嫌が直っているならば何よりだ。フィオレは遠慮なく身を沈め、彼の脛を木剣で突いた。
「いっ……!」
「大丈夫ですか?」
危険行為は自粛とあったが、まさか向こう脛をつついたくらいで抵触はしないだろう。
ディムロスは憮然とした顔をしているが、痛みに耐えているように見えなくもない。
「嘘は、言っていないようだが。ならば他の武器の扱いも見せてもらおうか」
首肯して木剣を返還し、今度は槍を取りだす。
本来穂先がついている場所には、穂先相当の重りと丸めた布が取りつけられていた。
くるりと回して重さを確かめ、ディムロスと相対し小脇に手挟む。
「参ります」
今度は無理に押し込む必要などはない。槍の間合いではあるが両手剣の間合いから遥か外より悠然と仕掛けた。
無論相手もそれは承知のことで、ほんの僅かな大振り攻撃を見切り、あっさり懐へと潜り込んでくる。迫るディムロスとその得物から紙一重で逃れて、フィオレはその場でゆっくりと回転した。
引き戻した槍の中央を持っていたため、やり過ごしたディムロスの後頭部に本来の穂先部位がこつんと当たる。
それには気付いているようだが、ディムロスの追撃はやまない。
槍を寸断せんとする斬撃から逃れるように一歩下がれば、もちろん彼も追いすがる。
その瞬間、フィオレは下がりかけていた足を前へと踏み出した。
「!」
槍を片手に持ち替え、石突を跳ね上げると見せかけて上段より打ち据える。下から上から、続く打ち払いの連続攻撃に彼はたまらず後退した。
「……今のは、槍ではなく棍の扱いだな」
「槍は接近されれば一貫の終わりですので、棍術に切り替えさせていただきました」
次は大剣を使ってみてくれと促され。フィオレが首肯しかけた、その時のこと。
「やり直しを要求するわ!」
もはや腕試しとは思えない和やかな空気の中、ハロルドの甲高い苦情が響く。
見やれば、彼女は己の髪をイラついたようにかき混ぜて、機材をなにやら弄っていた。
「何ボーッとしてんの、ホラ仕切り直して! 兄貴が変なタイミングで始めるから、全然上手く撮れなかったじゃない!」
「……撮る?」
ディムロスに一言断ってハロルドの元へと寄れば、何を言うでもなく彼女はそれを見せてくれた。
それはレアルタにて見た投影機と同じく、小さな画面の中で先程の光景が繰り返されている。
しかし、初めに映っているのは床。それから剣を交える二人が映るものの、立ち位置も何もかもが目まぐるしく動き回るため、画面が追いついていない。フレームアウト、インを幾度も繰り返している。
なにコレどゆこと。
絶句してそれに見入るフィオレに、ハロルドはこっそり囁いてきた。
「もう心配ないみたいだけど、あんまり時間かけてほしくないわ。バシッと決められない?」
「それは中将が決めることで私にはどうにも……これは後で全部消してくださいね」
ハロルドのデータ収集に興味を持ったらしい一同に、特にジューダスにこのことは任せるとして、フィオレは再びディムロスと対峙した。
その手に木製の大剣を携えて。
「扱えるかね?」
「大言を吐いた直後ですので。格好つけさせてくださいな」
木製とはいえ、大剣は重量という点で扱いかねる。が、持ち上げられないほどでなければ何とかならないことはなかった。
構えることが出来ないので剣ではなくて鈍器のように扱うことになるが。
「はっ!」
気合一閃、重さに任せた一撃を遠慮なく見舞う。
このサイズの木剣なら、鋼の両手剣とぶつかったところで寸断はされない。それどころか、相手の得物を破壊できるかもしれないという利点があった。
もっとも、彼は切りかかられた時点でさっさと回避に専念しているが。
目標から逃げられた大剣は無論寸止めなどできず、床に直撃する。その瞬間に、ディムロスは攻勢に転じていた。
──どうやら、運動不足というのは本当のことのようだ。
中将という立場でありながら率先して敵陣へ切りこむという男の攻撃は確かに凄まじかった。
力強い攻撃、的確な狙い、キレのある動き。
しかし、その所作ひとつひとつはフィオレにとって非常に親和性が高く、従って見切るのがたやすかった。
不慣れな大剣でなかったら、勝負をつけることも容易なほどに。
親和性は、他でもない。スタンとの組手における剣戟、あれに酷似していた。
彼の上位変換というか、スタンの闘い方をより洗練させ癖をなくしたら、こんな感じになるだろう。
郷愁に似た想い、そしてドス黒い感情が胸裏をよぎる。
ロニの悪夢だっただろうか、スタンは、あの男に──
「ちょっとちょっと、何やってるのよ。本気でやんなさい!」
「申し訳ありませんが、私が本気を出すのは相手の命を頂く場合に限ります」
ハロルドの野次で我に返る。フィオレにとって本気とは、出そうと思ってなかなか出せるものではない。
相手の殺気に触れて己が生存本能を引きだされるとき。あるいは自身の感情が高ぶって殺傷するべきとの欲望に負けたとき。
ただし、本気と真剣は違うものとフィオレは解釈している。今に至るまで、フィオレは真剣に交戦していたつもりだ。
ハロルドは外野だからわからないだろうが、ディムロスには通じているものと確信している。その証拠に、彼からその手の野次はない。
見ようによっては、捌くのに集中しきっているようにも見えるが、それはないだろう。
振り上げるにも振り下ろすにも予備動作がかかる剣戟に苦戦など、雑兵ならともかく彼ではありえない。
「はぁっ!」
大剣による打ち込みを強引に払いのけ、剣先がえぐるような鋭さをもってフィオレに迫る。
ここいらが潮時かと、フィオレは迎撃するでもなく回避に専念した。
「隙あり!」
剣先が翻ったかと思うと、えぐるような突きが軌道を逸れ逆袈裟の形に変化して迫る。
上体を逸らして剣先からは逃れるものの、キャスケットのツバがひっかかり高々と飛ばされてしまった。
「ばか、何やっ「落としたら終了でしたっけ」
ならばまだ終わりではない。帽子は宙にあるのだから。
くるくると回転しながら空中遊泳を終えたキャスケットの落下点を見出し、その位置へ移動。
少しでも立ち回りをすれば意味はないが、それでもその場でディムロスを迎え撃つ。
そのつもりでいて、ディムロスを見て。フィオレは眼を瞬かせた。
端正な顔立ちを彩る切れ長の瞳が、これ以上ないくらい見開かれている。
追撃を仕掛けようとしていたらしい腕がだらんと弛緩し、その手は両手剣を取り落としかねない状態だ。
驚きと困惑がないまぜになった──まるで幽霊でも見たかのような顔つきだった。
ちょうどその時、ぽすんと音をたててキャスケットが脳天に落下する。
それを片手で直した時、まるで呪縛が解かれたかのようにディムロスが怒鳴った。
「ハロルド、どういうことだ! 説明しろ!」
「説明? してもいいけど、まずはこっちを終わらせないと。ほらフィオレチャンスよ! やっちゃいなさい!」
うろたえるディムロス、すっとぼけるハロルド、板挟みのフィオレ、ついていけない一同。
しかしこの件に関してはあっという間に決着がついた。
「……彼らを地上軍の正式な兵士として登用を認める。これで満足か」
「満足も満足、だ~い満足よ。データも採れた、人員も増やせた。こんなことなら帽子禁止のほうが早かっ「ハロルド!」
彼女を途切れさせたのは、ディムロスではなくフィオレの、非難をにじませた声だ。
いぶかしげにしている彼女の視線を受け、我に返ってコホンと咳をする。
「説明責任を果たしてください。我々も同行するべきですか?」
「いらないわ。私がサクッと説明しとくから、ラディスロウの見学でもしてて。終わったら呼ぶから」
ハロルドを先頭に上層陣がぞろぞろと移動を始め、入れ替わるように軍服を着た兵士達が彼らに敬礼を送った後に続々と演習場へ入っていく。
邪魔になるから出よう、と一同を促して出たところで、先程見たばかりの顔を見た。
「シャルティエ、少佐?」
「名前覚えてくれたんだ。感激だなあ」
覚えていたというか、もともと知っていたというか。そんな裏事情など露知らず、ピエール・ド・シャルティエ少佐は柔らかくはにかんだ。
何の用かと思えば、ハロルドからの伝言だという。
「会議さえなければ僕が案内してあげたいけど、そうもいかないから、これ。ラディスロウ内で見とがめられたら、提示しろってさ」
渡されたのは先程までハロルドが携えていた杖──ワンドに類する手首から肘程度の長さの代物だ。
先端には月をモチーフにしたプレートと拳サイズのレンズがあしらわれている。
「これを見せて、工兵隊の人間だって言えば大丈夫だから。じゃ、また後でね!」
そう言い残し、彼はパタパタと足早に駆け去った。
彼女がレンズを所持しているということは、もうすぐ晶術が体系化されるのだろうか。
あるいはソーディアンに付随する晶術を、自らを実験台に作ろうとしているのか。
どちらにせよ好都合なことである。彼女の下ならば、晶術実験の被験者だと言い訳できるのだから。
「せっかくだから見て回りましょうか。ここでじっとしていても……カイル?」
「ねえフィオレ、さっきの何だったの?」
「そうだよ、ディムロスさんだけじゃない。あのシャルティエって人以外、フィオレの顔見たら固まっちゃって……」
先程はディムロスの顔しか見ていなかったが、他の……シャルティエ以外の人々も反応していたらしい。
フィオレとしては、地上分上層部が軒並みこの顔に覚えがあることに驚きだ。珍しい瞳だから印象に残っているのだろうか。
『シャルティエは何か……知りませんよね。さっきも一人だけ反応していなかったようですから』
『……えーとね、フィオレ。この時の僕は知らないんだけど、かつてこの地上軍には君と同じ眼──「魔眼」を持つ人間がいたんだ』
「「!?」」
驚いたような顔でシャルティエを見やったのはジューダス、そしてカイルだった。
最もカイルはシャルティエの声を初めて聞いたような面持ちで、周囲をきょろきょろと見回している。
「な、何、今の声!?」
「声?」
「別に何も聞こえなかったけどな……」
どうやらカイル以外にソーディアンの声は聞こえないようで、反応は薄い。カイルをフォローするように、ジューダスはマントの下から黒布の包みを取り出した。
「なるほど、カイルにも聞こえるんですね」
「お前が今聞いたのはソーディアンの声だ。それでシャル、魔眼を持った人間とはどういうことだ」
人目があるにつき包みは解いていないものの、ジューダスはそのまま話しかけてしまっている。
おそらくはカイルのためだろうが、何のために指環を渡したのかわからない光景だ。
『そのままです。所属は衛生兵──アトワイトの部下でしたね。そしてソーディアンチームに選ばれた適性者でもありました。彼女は、僕の前任者だったんです』
「……それは、彼女がいなくなったから、ソーディアンチームにあなたがいるということですか?」
『そうなる。もともとアトワイトが得意とする回復・支援系の晶術は本来彼女が担当するはずだったんだよ。彼女は衛生兵で戦えないから、その分支援に徹すれば皆戦いに集中できるって』
シャルティエは、彼女がいなくなった原因を話さぬままに自分が抜擢されたことを語った。
アトワイトが水属性を含む回復・支援系を担当することになり、シャルティエは新たな属性の晶術を担当することになったのだという。
しかしここで疑問が残る。
『それ、大分効率悪くないですか? 元々アトワイトはクレメンテの主治医だから、ソーディアンチームに随行することになったのでしょう?』
『アトワイトの適性が予想以上に高かったんだよ。これなら回復は他の人間に任せて、晶術での援護を期待できるくらい』
当時、「魔眼の持ち主」かシャルティエか。ソーディアンチームにするのはどちらかと日々議論が繰り広げられた中、アトワイトによる強い推薦と衛生兵としての実績によって彼女に決定したそうな。
『アトワイトに支援が任せられた理由は、彼女より僕は剣が使えたからって言ってたな。まぁ、僕が知ったのは戦争が終わってからだから、今はまだ何も知らないんだけどね』
「それでシャル。何故魔眼の持ち主は地上軍から去った? 衛生兵だったんだろう、戦いに巻き込まれたか……」
『──処刑された、という話です。身内に軍人がいたんですが、そいつが天上側に裏切って。最高機密漏えいはなんとか食い止めたけれど、死傷者は甚大、残された遺族の感情を考慮し、責任はその血縁に及ぶことになった……と』
その裏切った人間が、あのバルバトスということなのか。
概要こそ知っていたものの、当事者の話を聞くとまた生々しい。
「つまるところ、私の眼は見忘れぬものだから皆さん戸惑っていらっしゃったと、そういうことみたいですね」
知らないのか話したくないのか、シャルティエの話からバルバトスの名は出なかった。
出来れば皆には知らずにいてほしいが、それは今後の展開による。
シャルティエの声を聞けない面々のために、語られた内容をしどろもどろ話すカイルにジューダスが捕捉を入れ、ようやく経緯が一同にも伝わる。
「身内の裏切りで家族が、それもソーディアンチームに選ばれるような人が処刑か……やるせねえなあ」
「普通に考えたらとんでもない話だよ。でも家族を殺された連中からすれば、誰かのせいにしなきゃ気が済まなかったんだろうね」
なんとなくしんみりとした空気のまま、一同はラディスロウ内部の見学を始めた。