どんな組織内でも、偉い人にいきなり連れてこられて、我が物顔でのし歩かれたらいい気分にゃなれませんよね。
それが、その道のエキスパートだというならともかく、そうじゃないなら尚更。いぢわるのひとつもしたくなるのでしょう。たぶん。
途中、幾度となく見慣れない一同の徘徊は見咎められるも、ハロルドの杖は何と言うか、最強だった。
それを見せた瞬間大概の人間が怯み、見学中の一同に様々なことを教えてくれる。
「ラディスロウは戦艦じゃなくて輸送艦なんだよ。だから、火砲や武装の類は一切ないんだ」
「あっち食堂、そっちが兵卒用の仮眠室だよ。あ、奥の扉が手洗いな」
情報通信科、工学科、衛生科など区域までは入れなかったものの、救護室など主だった施設の把握はすませた。
もう悪戯にうろつくのはやめて、作戦会議室付近で待機していようと移動しかけた、その矢先。
「おおい新入り達! 機材保管室は知ってるか?」
先程不審者を見る目で一同に声をかけ、ハロルドの杖を見てそそくさと去った軍服の男性が廊下を走りながら再び現れた。
確か、ハーセル伍長とか呼ばれていたか。
「先程お見かけしましたが、歩哨の方に見学を断られました」
「せっかくだから見せてやるよ。ついてきな」
仕事しろ、と言いかけて新入りが言うことでないかと従っておく。
彼の手招くまま入った先には、何に使うかもわからない機材がところ狭しと並んでいた。
とはいえ、ここは演習場へ赴く際ハロルドが寄り道した場所。特に目新しくはない。
しかしハーセル伍長は一同に何か見せたいものがあったらしく、奥の方まで入り込んで何やら探している。
「ふう、あったあった」
「何がですか?」
彼が持ち出してきたのは、一見して何に使うかわからない機材だ。その機材を床に下ろしたかと思うと、その場で設置を始めた。
「こいつは投射機といってだな。ある種の記憶媒体に収められた映像を投影させることができる」
「記録媒体……?」
「情報を記録、保存しておくことのできる装置のことですね。私達に何かお見せくださるので?」
「──ベルセリオス博士の杖を持ってるくらいだ。工兵隊に所属するんだろ? 上司がどんな人間なのか、教えてやろうと思ってな」
ということは、彼女にとって都合の悪い映像記録か。
実験を失敗させて研究室を全壊したとか、戦闘兵器を暴走させて死傷者を出したとか、試作のロケットエンジンで飛行実験をしたら空中大爆発が発生したとか、ろくでもないものだろうとは想像ついた。
ハーセル伍長によって照明が落とされ、真っ暗になった機材保管室において、映像が投射される。そこまでは、レアルタで見たものと同じだ。
ナレーションは入っておらず、おそらくは携帯可能な記録装置で誰かが撮影しているのだろう。
写された光景は、地上軍拠点の景色やラディスロウの片鱗が垣間見える広場だ。位置からして、ラディスロウの裏手かどこかか。
広場中央には一本の柱が立っている。それを遠巻きに見守るように、あるいは敬遠するように人だかりがあった。
「……公開処刑か何かですか?」
「しょ、処刑!?」
「見物人がいて、それらしきモノを遠巻きに眺めているな。銃刑か火刑か……絞首ではなさそうだが」
淡々と映像の正体を推測するフィオレとジューダス、処刑と聞いていい顔はできない他四人。
彼らの反応を見て、ハーセル伍長は無精ひげの伸びた顎を軽くかいた。
「へえ、単なる一般人あがりじゃないのな。そう、これはとある軍人を公開処刑した際の記録だ。処刑されたのはフィオリオ・ゲーティア。罪状は縁座だ」
「縁座?」
「身内の犯した罪を、親族にも償わせることです。大抵は謀反や反逆者の家族に適応されると聞きますが」
誰もが先程の話を思い出して戦慄する中、映像内ではちゃくちゃくと事が進んでいた。
それまで一般人しかいなかった広場に、軍服姿がちらほらと現れ始め、幹部達も続々と姿を現し始める。
やがて人々のどよめきが聞こえてきたかと思うと、映像は手押し車を押すハロルドの姿が映し出された。
それまで柱に藁束を積み上げていた兵士が、きょとんとそれを眺めている。
手押し車からは二本ほど、棒きれのようなものがはみ出していた。
映像が徐々に拡大され、撮影者自身のものらしい呻きが響く。
はみ出ていたもの、それは軍靴に包まれた二本の脚だった。手押し車の中には、軍服を着た人間が無造作に積み込まれていたのである。
〔ハロルド君、これは……〕
〔火刑は変更、生き埋めにしましょ。どうせ死ぬんだからって色々試したら、ちょっとヤバいことになっちゃって。自分じゃ動けないし、下手に触って何かに感染しても嫌でしょ? 生き埋めならこのまま穴の中に放り込むだけだし〕
リトラー総司令の一言に、ハロルドは普段と何ら変わらない様子でけろりと告げる。
民衆はざわざわと落ち着かない中、急遽兵士達による穴掘りが始まった。
雪がかきわけられ、湿った土が掘り返される。人一人が這いあがれないほどの穴が完成したそのとき、ハロルドは。
手押し車を、蹴倒した。
結構な音を立てて、一輪の手押し車は傾き積み込まれていた人間が放り出される。
脱力しきった軍服姿が、無防備に奈落の底を転がった。即座に掘り返されたばかりの土がかかるも、その顔は隠し切れていない。
「!」
見開かれ、虚空を見つめる色違いの瞳。端正な顔立ちは硬直しきっており、土をかけられても反応がなかった。
どんどん放り込まれる土によって姿は覆われていく。最後の最期まで、軍人は抵抗どころか身動きひとつしなかった。
〔反逆者バルバトス・ゲーティアの縁者フィオリオ・ゲーティアは処刑された。この場の皆が、その証人じゃ。あのような惨事が二度と起こらぬよう、悲劇が繰り返されぬよう、上層部はこの事例に関して緘口令を敷くものとする……〕
「ばっ、バルバトスだってぇ!?」
「あら、知ってるの?」
これまでいなかったはずの声を耳にして、一同は揃って背後を振り向いている。
映像がクレメンテによる悲痛なコメントで締められているのを確認して振り向けば、機材保管室の扉が開け放たれ、機材と共に佇むハロルドがいた。
「ハロルド……」
「クレメンテじーさんの言葉を聞いていなかったの、伍長? あの事変に関しては口外が禁じられてるハズだけど」
「誤解してもらっちゃ困る。オレはこういった機材もあるんだと新入りに教えていただけだ。あの事変に関しては何も話していない」
白々しいハーセル伍長の言葉を「あっそ」の一言で流し、ハロルドは投射機を指した。
何が上映されていたかは察しているだろうに、これといって表情に変化はない。
「これ、借りるから。あんた達運ぶの手伝って」
「で、でもハロルド……」
「あんた達の聞きたいことなんてわかりきってるから。だから早く動く」
「わかりました。ではまず、こちらをお返ししますね」
シャルティエ少佐から通じて渡された杖を返し、映像を投射する際ハーセル伍長が触れていた辺りに手を伸ばす。
小さな突起を押し込むと、傍のスリットから何やら平たいモノが射出された。
直径六センチ、魔物などが落とすものと変わらないレンズに見える。
「これに、あの映像が保存されていたのですか?」
「普通のレンズと変わらないものだけど、ある機材を使うと映像資料の保存が可能になるの。興味があるなら後で原理を教えたげる」
とりあえずレンズの保管者と思しきハーセル伍長に返そうとして、ハロルドにひったくられた。
当然文句をつけようとした伍長に、ハロルドは冷ややかな視線を向けている。
「にしても悪趣味ね。人んとこの新兵に死刑記録を見せるなんて。誰の処刑を見せたのか気になるから借りてくわ。それじゃ」
瞬く間に機材をまとめたハロルドが撮影機一式をロニに押し付けてとっとと立ち去る。
慌てて一同がそれを追うのを確認して、彼女は迷いなくレンズ工学科の区域に足を踏み入れた。
いくつもの扉を過ぎ、突きあたりの扉の前にハロルドが立てば、会議室の扉と同じく自動的に扉が開かれる。
奥まった場所といえば聞こえはいいが、不測の事態が起こっても被害が少ないよう閑散とした場所なのかもしれない。
「ここが、私の研究室よ」
部屋を兼ねているのか研究室を兼ねているのか、研究には到底関係ないような私物がところ狭しと溢れていた。
そもそも、彼女に研究と趣味の境があるのかどうか。
「ほら、突っ立ってないで入った入った」
妙に少女趣味な寝台を見やっていたところで部屋の主にせかされて入室する。
全員が入ったところで、扉は自動的に閉まった。
総勢七人が入っても、特に狭いとは感じない。私室兼ラボにするから広い部屋をぶんどったのか、あるいはもともと二部屋だったのをぶち抜いたのか。
「その機材は隅に置いてね。それであんたら、何を見せられたわけ?」
「え、ええと……「とある軍人の公開処刑記録です。火刑に処せられるはずが、あなたの一言で生き埋めに変更されていました」
言い淀むカイルを尻目に、フィオレはさらりと言い放った。
ハロルドがつぶらな瞳でまじまじと見つめてくるものの、たじろぐフィオレではない。
「なんか聞きたいこととか、ないわけ?」
「あの死刑囚、もう死んでましたね。縁座なんでしょう? 恨みを買っているなら木端微塵にするとか、ばらばらにするとか、派手にすればしただけ遺族は納まったでしょうに」
何故そうしなかったのかを尋ねれば、ハロルドは頭痛でも引き起こしたかのように頭を抱えた。
彼女に関わる人間のほとんどがそうしているだろうに、彼女自身がそれをするとはなかなか新鮮だ。
「あんた、私のこと鬼畜か何かと勘違いしてない?」
「違うのですか、泣く子も黙る天才科学者様。様々な実験で大勢を犠牲にしている割に、親しい間柄の人間は別物なのですね」
これはフィオレの偏見なのだろうが、科学者という生き物は基本合理的な思考の持ち主だ。興味を持った対象に、恐れるどころか遠慮など覚えない。
「──なんですって?」
「死刑囚と個人的な付き合いがあったでしょう。虹彩異色症……魔眼を持つ人間の構造に、興味を覚えぬあなたではないはず」
ソーディアンの適性者だったということは、ハロルドとの関連がなかったわけがない。
この時代であろうと、この眼は珍しいはずだ。純粋な好奇心を覚えたハロルドが彼女に近づき、そこから個人的な繋がりができた。
決して無理のある推測ではない。
その証拠として、ハロルドは不意に視線を下げたかと思うと、大きなため息をついた。
「──全ッ然、似てない。私のフィオリオはもっと可愛げがあって、考えの至らない、見た目も中身ももっと女の子らしかった」
「そうですか、私は一切が異なる他人です。共通点が見出せなくてがっかりされても」
「そうよねえ、あんた未来人だし。まあ、失礼したわ」
意外なほどあっさりと自分の非を認めて。ハロルドは勢いよく寝台に腰を下ろした。
小柄な上細い体型につき、クッションから軽く空気が漏れただけでスプリングの悲鳴のひの字もない。
「そーそ。ところであんた達、バルバトスを知ってるの?」
「知ってるも何も……!」
「根深い因縁、それも敵対的なものがある。未来の事情の一切を伏せるなら言えるのはそれだけだ」
ジューダスによる、大まかにもほどがあるその説明でも、ハロルドは納得したように頷いた。
未来の事柄について一切隠匿するよう言ったのは彼女だ。意外に思うまでもなく当然のことである。
「ふぅん……先に言っとくけど、あいつはもう死んでるわよ」
「え?」
「地上軍の兵士だったんだけど、何をトチ狂ったのか天上側に寝返ったの。地上軍の最高機密を手土産にね」
彼女の話は、先程シャルティエに語られた内容と一致した。
言葉をなくして聞きいる一同に、やがてとどめの一言が下される。
「何とか食い止めようとして、天上軍そっちのけで大きな戦いがあったのよ。共同墓地に隙間がなくなるくらいのね。そんなんだったから本人を処刑しても遺族がぜーんぜん納得してくれなくてね。行き場のない感情の矛先があの子に向いて、結果としてあーいうことになったわ」
「でも、それってまさか」
「フィオリオ・ゲーティアはバルバトスの妹よ。血は繋がってないけどね」
思いのほか早々に明かされた事実に、一同が戸惑っている。その中で、フィオレはただ一人納得していた。
「死んだ人間にして、最悪の裏切り者の妹ですか。それは忘れられませんね」
「ついでに、この天才科学者様のお気に入り、よ。あの子の血縁か親戚の子孫か何か知らないけど、誇りに思いなさい」
ごめん、それむり。
内心でそれを呟き、フィオレはただ小さく息を吐き出した。
「人を人とも思わない伝説を数多く残したあなたに、そうまで言わせる人間がいたとはね」
「伝聞ってのはえてして歪むようにできてんの。知らないわけじゃないでしょ?」
いちいちごもっともな話である。
フィオレが納得の意を示したことで一同の総意と判断したのか。ハロルドは気を取り直したように話を進めようとした。
「そうそ。で、今後のことだけど」
「ま、待った! 何か立て続けに色々わかって、混乱してきたんだけど……」
「バルバトスの正体は、地上軍の兵士でした。彼には血のつながらない妹がいたそうですが、彼女は私にそっくりだったそうです。まとめると、こうでしょうか」
慌てるカイルにフィオレが淡々と判明した事実を要約する。
それまで何も知らなかった一同が戸惑うのは仕方のないことだが、フィオレにとっては文献と聞かされた話の真偽を確かめたに過ぎない。
しかし、それが逆にいけなかったようだ。
「……バルバトスのことは置いといてだ。お前はなんでそう冷静でいられる」
フィオレの態度に疑問を抱いたらしいジューダスが、矛先を向けてきた。
いつからこんな詮索好きになったんだろうと脳裏をかすめるも、声には出さない。あの毒舌はなかなか、心に刺さるものがあったから。
「テンパって事実が覆るものなら、いくらでも慌ててみせましょう」
「そういう話をしているんじゃない。どうせお前のことだ。英雄門あたりでバルバトスの正体を調べたんだろう」
普段のことだが、ジューダスの記憶力には脱帽するしかない。
だが、それだけ昔のことを覚えていられるなら、このくらいのことも察してほしかった。
「どうして……」
「教えてどうにかなるものではなかったでしょう。この情報を共有しても、何も意味が見出せなかったから、です」
聡明の部類に明らかに入っていながら、時折当たり前のことを尋ねるジューダスがいまいち理解できない。
そうして彼を、一同を黙らせたところでハロルドに話を振った。
「して、今後とは?」
「ああ、それなんだけど……ちょっと厄介なことになりそうなのよねえ」
憂鬱そうに眉根を寄せるハロルドに詳細を尋ねれば、詳しいことは会議室で話されるという。
その時点で嫌な予感を覚えつつも、彼女の後について移動を始めた。
「ところで、あなたは何も聞かずともよろしいので?」
「そうね……バルバトスの特徴を言ってみてくれる?」
地上軍兵士であったバルバトスと、一同と因縁浅からぬバルバトスが同一人物であるかを疑問に思ったのだろうか。
フィオレが挙げたバルバトスの特徴を聞いて、彼女はふむふむと頷いた。
「同姓同名の別人ではなさそうね。じゃあ次、あんたの眼は生まれつきなの? 薬の副作用とか、まさか義眼てことはないわよね?」
「私が知り得る限りでは生まれつきですね。そういう意味では、双親からの贈り物でしょうか」
などと雑談を交わしてラディスロウ内を歩き、作戦会議室前へと辿りついた。
ノックもなしにハロルドが先頭で入室すれば、初めて足を踏み入れた際と同じく地上軍の幹部達が揃っている。しかし、やはりクレメンテやアトワイトらしい人間はいない。
「召集はすんだわ。ディムロス、作戦の説明をしてもらえる?」
「いいだろう。お前が中継すると内容が微妙に歪むからな」
「ディムロス中将。この際だから人の話はちゃんと聞け、と言ってやってくれ」
交わされるやりとりに緊張感は皆無だが、冗談めいた空気もまた存在しない。
日頃のハロルドが軍内においても特別な存在であることがよくわかる。
「本作戦の目的はふたつある。ひとつは我が軍に投降の意を示したベルクラント開発チームの救出だ。そして」
「あの……ベルクラントって何ですあ痛テ!」
「ダイクロフトにある兵器のことです。上官のお話に横やりを入れてはいけません」
カイルは軍則など知らないから致し方のないことだが、今のディムロスは気難しい上官のようなものだ。機嫌を損ねるような真似は控えたい。
「失礼いたしました、中将閣下。お話を続けてください」
「……そしてもうひとつ。すでにその任にあたり、敵将ミクトランの策に落ちた同志二人の救出にある」
同志二人──クレメンテとアトワイトか!
そして一同へ課せられた任務というのは、ダイクロフトまでの移動手段確保だという。
「もう目星はついてるから、あとは人手がいるだけ」
「人手って……あたしたちは機械なんかいじれないよ?」
「そ? 約一名、私の前でHRX-2型の試作パーツ、取り外してみせたじゃない」
「……こんな規格外な奴と一緒にするんじゃない」
「できませんてそんなこと」
フィオレとて、妙に不格好な部位を手早く取り除いただけだ。移動手段となるであろう飛行艇の設計など、できるわけもない。
それを訴えれば、ハロルドは気安くひらひらと手を振った。
「ああ、大丈夫。やることはただのゴミ漁りだかんね」
「ゴミ……漁り?」
「ここから東方にある物資保管所に行って、使える部分を回収するのよ」
かつてベルクラントの射程に入り、その余波を受けたがため現在は無人になっている物資保管所に赴き、ハロルドが必要と判断する部品を漁ってくる。
普段ならばハロルドの兄であるカーレル軍師が、あるいはその部下が彼女の護衛につくところ。荷物持ち要因も兼ねて一同がその任に当たるとか。
「それと、フィオレ。あんたは工兵隊所属だけど、今回の任務中は兄貴に貸し出すから。私がいない間は兄貴の指示に従ってね」
「──了解いたしました、隊長殿」
「ええっ!?」
さらりと言い渡されたハロルドの一言に、フィオレはただ頷いた。代わりに驚いたのは一同である。
これまで行動を共にしてきた一同にしてみれば、青天の霹靂といったところか。
「……護衛に荷物要員だったら、人手は多い方がいいだろう。それに、何でそいつなんだ」
「ジューダス、知らないわけではないでしょう。軍人の世界では、上官に死ねと言われたら「自分の任務を全うします」って返さなきゃいけないくらい」
「で、お前はそのまま死ぬのか?」
「まっさかぁ。そんなクズは後ろから脳天フッ飛ばして「流れ弾が運悪く」で済ませます」
呆れるジューダスと完全に引いている一同は置いといて、やり取りを見守るハロルドと向かい合った。
表向き、ハロルドの表情にこれといったものは浮かんでいない。
「厄介というのは、このことで?」
「まぁね。あんたが一番ゴネると思ってたんだけど、これは予想外だわ」
「私でなく、違う誰かならば何としてでも阻止していました。上司のおっしゃることに理由も聞かずケチはつけませんよ」
そして何事もなかったかのようにその理由を尋ねれば、天才と呼ばれるほどに賢い上司はすんなりと理由を教えてくれた。
理由がなくばケチをつける、という言外の意味に気付いたか。はたまた妙にピリピリして気難しい印象を与えた誰かさんとは違うだけか。
「今回の作戦にあたっては移動手段と、ダイクロフトの内部図面が必要なのよ。いきなり飛び込んで、しらみつぶしに探してたら全滅するしかないからね」
「内部図面……天上軍の捕虜は、現在どれだけ生きておいでで?」
「……十三人。今朝方、二名ほど舌を噛んだと報告が入っている」
地上軍に余計な物資はないから、期待はしていなかったが、まさかここまでとは。
一瞬絶句してしまったフィオレの袖を、ちょいちょいと引く者がいた。
「カイル?」
「あのさフィオレ。ダイクロフトの図面を作るのに、なんで捕虜の話になるの?」
「なんでって……ベルクラントを開発した人間が現在囚われの身である以上、内部の図面を作ろうとするなら実際にそこにいた連中から聞き出すしかないでしょう。開発当時の資料が残っているなら復元するのも手ですが、あんまり期待はできません」
そんな資料が敵方にあるのなら、多少でも改造するのが人の知恵だ。
とはいえ、全ての兵士がダイクロフトにいたわけでもなし、構造を覚えている者は皆無に近いだろう。
よしんばいたところで、それを正直に吐く捕虜は更に少ないはずだ。
内輪でそのことを説明していると、壇上からリトラー司令の呟きが聞こえた。
「察しが早いな。ディムロス中将と渡りあい、軍事に関する知識も備えている……か」
「まあ、つまるところ兄貴のところで雑用でもしてて頂戴ってこと。いっくら兄貴でも、女の子に捕虜の尋問手伝えなんて言わないっしょ?」
「ハロルド。そこは女の子ではなく、新兵と言うべきだと思います」
そもそもフィオレは女の子ではない。立派な成人である。
とにかく話はわかった。行ってこいと一同を送り出そうとして。ジューダスがいつまでも渋い表情を浮かべていることに気付いた。
「大丈夫ですよ、ジューダス。別行動に当たって不安を抱えているのは私も同じです」
「大丈夫な要素が一切ないことはこの際置いておくぞ。──不測の事態が起こったらどうする」
彼が言わんとすることはわかる。
エルレインがこれから起こすであろう詳細もわからない以上、今この直後にも時空転移する必要に駆られるかもしれないのだ。
その時フィオレが別行動をしていれば置き去りは必至、それだけで歴史はこの上もなく歪んでいくだろう。
ところが。
「だぁーいじょーぶよ! フィオレなら兄貴にちゃんと護らせるから! あ、寄ってくる虫なら自分で払えるからいいわよね?」
この手の話は好む傾向にあるのか、ハロルドのつぶらな瞳はきらきら輝いている。
事情を知らない人間ならば仕方がないだろうが、何故か。
「そうだよね。ジューダス、フィオレがリアラと一緒にいなくなった時もなりふり構ってなかったし」
「な、ナナリー!」
「まあ気持ちはわかるぜ。四六時中一緒にいたいもんだよな。ましてやあんな美人……不安になるよなあ!」
「今そういう話はしていないだろうが、愚か者!」
ハロルドに便乗し、普段の仕返しなのか。悪ノリしてはやし立てる一同にジューダスが右往左往している。
かなり面白い光景なのだが、地上軍の幹部達の目があることを考慮するべきか。
「ま、そのことに関する異議は後でジューダスからたっぷり聞いてください」
「少しはお前も反論しろ! いつもこうして僕ばかり……!」
「たとえ月と太陽が消えたとしても、