swordian saga second   作:佐谷莢

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 しれっとパーティ離脱して、引き続きラディスロウ。
 一同にハロルド……じゃなくてごみ漁りという重労働を押し付けて、カーレルのお手伝い。
 こちらも非常に気苦労のかかる雑用でしたが、フィオレは小器用なんでなんとかしてくれるでしょう。
 ちなみにハーセルさんは徹頭徹尾オリジナルキャラクターです。


第四十八戦——お絵かき落書き資料作成~全部、エルレインのせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも騒がしい一同をラディスロウ外まで見送って、フィオレはくるりと幹部達に向き直った。

 敬称すらつけられることを良く思っていないハロルドの下では気楽にやっていいのだろうが、双子の兄とはいえカーレルに対してはダメだろう。

 

「仲間達がお騒がせしました。改めて、フィオレとお呼びください。数日間ではありますが、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。じゃあ早速だけど、手伝ってほしいことがあるんだ。では司令、失礼します」

 

 カーレルと共に作戦会議室を後にし、連れ立って歩く。連れていかれた先は、情報部の奥まった部屋だった。

 

「さっきも言ってたけど、ダイクロフト内部図面は主に捕虜の尋問によって得た情報から作成される。開発当時の資料復元もさせているけど、あくまで参考かな」

 

 演習場やハロルドの研究室とは異なり、カーレルが扉横の装置──テンキーを押し込み、幾つかの数字が表示されるとロックが外れる音がして上下に扉が開いた。

 

「! カーレル中将、御苦労様です」

 

 小休憩中だったのだろうか。それまで椅子の背もたれに体を預け、脱力していた軍人が素早く居住まいを正して敬礼している。その風体は──

 

「あ。先程の」

「御苦労。作業に戻ってくれ──知ってるのかい?」

「ラディスロウ見学中、貴重な資料をお見せ頂きまして」

 

 ハーセル伍長、だった。カーレルを前にしてか、彼は真面目な顔での敬礼を崩さない。

 改めて、作業に戻るよう彼から通告され、ハーセル伍長はきびきびとそこへ向かう。

 並ぶ椅子に縛りつけられ、ぐったりと頭を垂れた囚人数名……天上軍の捕虜達。

 舌を噛まないようにか細い鎖を噛まされ、まとう軍服はよれよれになっている。衛生面においても恵まれていないのだろう、すえたような匂いがした。

 二目と見れない顔になっていたり、糞尿にまみれていないだけマシなのかもしれないが……

 

「とまあ、こんな感じなんだ。皆精神的に限界が来てるから、なりふり構っていられない」

 

 カーレルの説明が、右から左へ流れていく。

 一通り、彼らが如何にしてダイクロフトの内部図面を作成しているかを語ったカーレルは小さく息を吐いた。

 

「ハロルドはああ言っていたけど、私は誰であろうと使える人材は積極的に使いたいと思っている。緊急とまではいかないが、必要不可欠な作業だしね。どうする?」

「大丈夫です、やれます。ところで、これは照明のスイッチですか?」

「あ、ああ、そうだ。押したらここの照明が全て落とされてしまうから、みだりに押さないようにね」

 

 フィオレの承諾を得てなんとなくホッとしているようにも見えるカーレルは、ハーセルを手招いた。

 捕虜の一人に向かって尋問をしていた伍長は、彼の言葉に反応してすっ飛んでくる。

 

「ハロルドのところから人材を借りてきた。新兵のフィオレ君だ。とりあえず指導はなし、好きにやらせてあげてくれ」

「ハロルド博士の……了解しました!」

 

 どうも彼女の悪名は様々なところで轟いているらしい。伍長はおろか、他兵士も気合の入った様子で敬礼をしていた。

 そしてカーレルも、大きく頷いている。

 

「そう、ハロルドだ。何かケチがついたら君が新薬の実験台になると思ってくれていい」

「アイ、サー! 肝に銘じます!」

 

 自分は事務作業があるから公務室にいると言い残して。カーレルはそのまま部屋を出て行った。

 それを見送り、改めて自己紹介しようとして。フィオレは帽子の奥にある眼を丸くした。

 何故なら。

 

「ふぅ~、焦ったぜぇ」

 

 カーレルへの敬礼を直立不動で行っていた伍長は、その場にぺたんと座りこんでしまったからだ。

 それだけではない。

 

「いや、まったく。ノックもなしに開けるのはカンベンしてほしいっす」

「ホントホント。肝が縮んだよ」

 

 作成班メンバーであろう五人、いずれもトウが立った男達は作業の手をあっさりと止めて、ぞろぞろ奥のテーブルへと移動していく。

 それまで彼らが囲んでいたテーブル、現在彼らが着こうとしているテーブルを見て、己の眼が半眼になっていくのを感じた。

 全てが作業用だろうに、散らばる紙束は真っ白。

 そして奥のテーブルにはカードやらチップやら、そしてリキュールボトル……アルコールの類がごちゃごちゃと置かれている。

 地上軍とて聖者の集まりでも善人の集まりでもない。こと戦争に限っては、どちらが正義でもないのと同じように、どちらの側にも汚らしい膿は存在する。それだけは確実だ。

 しかしまさか、非常に重要なはずのここに膿が溜まっていようとは。

 

「よぉ、嬢ちゃん。俺らの姿に幻滅でもしたか? でもな、これが現実なんだ」

「試しにやってみろよ、尋問。ぜ~んぜん吐かねえ、作業は進まねえ、こりゃダメだってわかるからよ」

 

 人員なんか寄越されても意味ねえっての、と愚痴りながらボトルを煽り、カードを配ってにらめっこを始めている。

 こりゃダメだ、と確かに思った。ただし、この作業班が、だ。

 確かにハロルド達は数日戻らないと言っていたし、戻ってきたところで肝心要の飛行艇を作る時間などもあり、更にハロルド達が取らなければいけない休息時間なども考えればまだ時間的に余裕はある。

 しかし、内部図面などどれだけ早く出来上がったところで誰も困りはしない。むしろ、早く出来るに越したことはない。ダイクロフト移動中にいちいち図面を見ながら移動などできるはずもないのだから。

 幸い、ハロルドの部下であることをカーレルが強調してくれたおかげで、彼らがフィオレに余計なちょっかいを出してくることもなさそうだ。

 ──彼だけは、別だが。

 

「まさか、あの××科学者に直属の部下とはな。自殺志願者かよ?」

「変わった方である、ということは否定しませんが、我らが隊長に随分な言いぐさで」

 

 ハロルドの杖を見ただけでそそくさと去って行ったのに、この挑戦的な物言い。彼女にどんな因縁があるのやら。

 顔をしかめてきびすを返した伍長だが、彼にはまだ用事がある。

 

「待ってください。ダイクロフト開発当時の資料はどこですか?」

 

 部屋の隅々を見回しても、真白の紙束はあってもそれらしいものはない。参考程度とは言っていたが、彼らが復元作業を並行しているはずなのだが。

 彼は非常に億劫そうに、その所在を教えてくれた。

 

「ああ? それなら資料保管室だ。開発当時の資料なんざ、役に立つわけねえじゃないか」

 

 役に立たないのはお前らである。

 最早フィオレのことなど顧みず奥のテーブルについてしまったハーセルはほっといて、フィオレはちらりと捕虜達を見やった。

 長時間の拘束もさながら、長きにわたる捕虜生活で疲労しているのだろう。全員が男性であるにつき、髪が白くなっていたり極端に薄くなっていたり。

 精も根も尽き果てたといった様子で、こちらの動きなど意に介していない。

 それをいいことに、小型のテーブルを捕虜の眼前に移動させ、テーブルを挟んで相対するように座る。

 資料はまず後回し。カーレルの入室方法を鑑みれば、この部屋を一度出たらそれきりだと思われた。

 あの伍長に頭を下げて聞き出すのも癪で、捕虜を格納するこの場所の鍵数字を新兵にホイホイ教えてほしくもない。

 転がる羽ペンを手にとって、シルフィスティアに語りかけた。

 

『シルフィスティア、視界を貸してください。ダイクロフトを見たいです』

『はいはーい』

 

 朗らかなる了承と共に、眼前のまっさらな紙の平面が大空へと切り替わる。

 ほんの少しだけ久々に見る、綿のような雲に眩い太陽、澄みきった空。

 視界を巡らせれば、巨大な剣状の兵器ベルクラントを地上へと突きつけるダイクロフトが、何の支えもなく浮遊していた。

 外観は巨大過ぎる、悪趣味な傘状のダイクロフトをまずは視界にあるそのまま紙に写す。

 一度視界を切り替え、出来栄えを確かめて新たに紙を手にした。

 地上軍の人々が果たしてこの形を知っているかもわからない。しかし、これから内部を直接見て略図を描かねばならない作業を考えると、全体像は必要だった。

 今すぐダイクロフトが輪切りにでもなれば話は違うが、風の視界を通じて視れるのは空気が通っている場所、存在し得る景色だけだ。

 となれば、視れる場所をしらみつぶしに視ていくしかない。

 そのコンセプトのもと、ダイクロフト内部を探索するも……ため息しか出てこなかった。

 如何なる方法で造り上げたのやら、内部は尋常とは言い難いほどに広大で、ラディスロウなんかとは水たまりと湖ほどに差がある。

 そして細かい区域に分けられたその構造は複雑怪奇の一言に尽きた。

 これは捕虜に尋問がどうとかいう以前に、内部の詳細など各々が担当していた区画が答えられればいいほうである。そして彼らの担当区画が繋がっているとは限らない。

 従って、ダイクロフトの全容解明など現時点ではとても不可能だ。開発当時の資料も、よしんば復元したところで確実性が薄い。

 ならば、歴史が改変される以前の彼らは如何にしてこの作戦を成功させたのだろうか。

 それを考えてふと、フィオレはとある疑問を抱いた。

 そもそも正史にこんな──ミクトランを討つ以外の目的でダイクロフトに乗り込む事件などあっただろうか。

 作戦はどうもディムロスの陣頭指揮下で行われる様子だが、どれだけ記憶を掘り起こしてもディムロス・ティンバーの足跡にそんなもの……「肝計により囚われた同志二人、そしてベルクラント開発チームを救出した」というようなものはなかったように思う。

 無論、文献の記述漏れあるいはフィオレの調査不手際を否定はできない。しかし、エルレインの関与を疑えば違う推測もできるのだ。

 本当は一度で成功した作戦が、エルレインの手によってすでに捻じ曲げられている。

 この事件は、そもそもあり得なかったことなのではないのかと。

 そこまで考えが及んで、いつの間にか落としてしまった羽ペンを手に取る。

 どれだけ考えていても答えが出ないのでは、不毛以外なんでもない。

 今から少し昔に行ってそこから修正しようにも、今の状況でできるはずもないのだから。

 眼には眼を、葉には歯を。不確定要素には不確定要素を。

 とにかく今は、できることをするしかないと。フィオレは再び、広大なダイクロフト内部へ視界を投じた。

 どこから手をつけるべきか悩むところ、カーレルの言葉を思い起こす。

 

「一番重要なのは、ダイクロフト内にある格納庫だ。そこに脱出用ポッドがあるんだが、帰還にはそれを使うんだよ」

 

 つまり、これから製作されるハロルドの飛行艇は片道しか使えない、ということか。

 脱出できたとして、ベルクラントに狙われたらひとたまりもない。あるいは逃げおおせたところで着陸した位置を知られたら同じこと。狙い撃たれ、ジ・エンドである。

 ならばダイクロフトへ乗り込み、一同を無事格納庫へ移送するとしても制御室は落とさなければならないだろう。

 力を入れるべきは格納庫と制御室を結ぶルートだ。それだけははっきりわかるよう、略図の作成にかかる。

 そこで問題となるのは、今作戦の要となる救出対象の居所だ。

 フィオレにとって彼らを探すのは簡単なことだが、それは露骨に描いてしまったら最悪、天上軍のスパイだと思われかねない。かねない、が……

 どうせこの略図は彼らの作成物ということにするし、捕虜から「怪しいところを尋ねていくつかそれらしい場所を特定した」ことにすればいいか。

 長時間同じような作業継続による疲労もあって、出来上がった略図の出来栄えは本当にひどいものだった。

 これを清書してからカーレルに提出すればいいのだが、これ以上この場所で作業を行うのは厳しい要素がある。

 何故なら、カード賭博を興じていた彼らの内一人が、フィオレの挙動を気にしてちらちらこちらを伺うようにしているのだ。

 ここで彼らに「出来ました」と渡して清書させるのも手ではあるが、まだ開発当時の資料は手つかずなのだ。しかし、そうこうしている内に相手が動いた。

 

「よう、何か一心不乱に描いていたみたいだが」

 

 仲間に促された様子で、離席したハーセルが歩み寄ってくる。

 吐く息は酒臭く、足取りはどこかふらつきがちだ。どこからどう見ても、立派な酔っ払いである。

 書類ではなくフィオレに伸ばされた手を嫌悪して回避すれば、彼は空を切った手をテーブルにつき、作成されたダイクロフト略図資料をまじまじと見つめた。

 そして──放たれたのが、爆笑である。

 

「なんだこりゃ、落書きか?」

 

 そう言って指したのが、ダイクロフトの全体像を記したものならばその言動も致しかたない。

 しかし彼が乱暴に取り上げたのは、全体像含む資料すべてであった。

 確かにひどい出来ではあるが、落書きと勘違いするほどにひどく見えるのか。そのままぐしゃりと握りつぶし、音を立てて破り始める。

 

「こんなモン描くくらいなら、こっちきて酌でも……」

 

 彼らを少しでも利用しようと考えたこと自体が間違いだった。

 なんだなんだとやってくる他兵士とハーセル伍長の挙動に気をつけて、扉横にある正方形の突起を押し込んだ。

 突如として、部屋内の照明が全て落とされる。

 

「!?」

「其の荒ぶる心に、安らかな深淵を──」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 第一音素譜歌「夢魔の子守唄」が響く頃。幾つもの寝息やらいびきが、合奏となって響き渡った。

 再び照明をつけ、散らばった資料を回収。幸いにして修復不可能なまでの破損状況ではない。紙束と筆記用具を拝借して退室し、その足で資料保管室とやらを探す。

 資料保管室に歩哨はおらず、鍵もかかっていなかった。

 

「ダイクロフト開発資料……」

 

 誰が管理者なのか、資料庫は非常に整然としている。ダイクロフトに関する資料群の中、それは潜んでいた。

 作成班メンバーは参考にあたわずとしていたのは本当のようで、封書の形になっているそれに開封の形跡はない。迷うことなく封を開いて中身を確認する。

 どれだけの時が経過しているのだろうか。記されたインクのほとんどは薄れ、うすぼんやりとした輪郭しかわからない。しかし、解読ができないほどではなかった。

 先程作成したものと比較するべきなのだろうが、ところどころが破れているそれとこの場で見比べるのは骨が折れた。

 ──仕方ない。

 軍則違反かもしれないという危惧を頭に留めて、フィオレはダイクロフト開発当時の資料を資料庫より持ち出した。

 向かった先は、食堂である。時間が時間であるがため、食堂は閑散としていた。

 フィオレにとっては好都合、居並ぶ長机のひとつを占領してまずは破かれた資料の復元を目指す。

 中には破かれず握りつぶされた名残でシワになっているだけのものもあるが、大半はそうでない。

 ダイクロフト全体像だけはそのまま放置し、復元した一枚をその場で違う紙に書き写す。

 無論出来栄えはそうとう乱雑になっているが、丁寧に書き写そうものなら相当な時間を要するだろう。その間に、眠らせた彼らに復活されても都合は悪い。

 大急ぎで原本復元・新規複写を行い、開発当時の資料との照らし合わせ。それから清書を行わんとフィオレが作業に没頭していたその最中。

 

「……これは」

 

 集中しすぎたせいで、他者の接近に気付けなかった模様である。見やれば正面に、一人の将校が立っていた。

 薄茶色の髪、眉目秀麗な面持ちだが、今は僅かに眉を歪めている──イクティノス・マイナード少将。

 彼を前にして、フィオレは内心で冷や汗をかいていた。

 ソーディアンチームにおいて、イクティノスは性格傾向がいまいちわかりにくい部類に入る。ソーディアン・イクティノスとの関わりがほとんどなかったため、だ。

 従って文献による人物考察をアテにするしかないのだが、その内容がなんともはや。

 常に冷静で論理的思考を得意とすることに加え、高い知性と鋭い洞察力の持ち主。科学者としても評価は高く、彼が考案・確立させた技術は多数存在する。

 ──文献だけで解釈するならば。なんて鼻もちならない男だろうと、フィオレは思っていた。容姿はさておいて、その特徴はかつての知り合いを想起したためである。

 かつての知り合い、かつての仲間。そして……母を『事故で』殺した男を。

 更にその考察を裏読みすれば、杓子定規で理屈っぽい、偏屈な思考の持ち主ではないかと推測できる。

 その彼が、何故時間はずれの食堂に訪れたのか。疑問は消えないが気づいてしまった以上、無視すれば後が面倒か。

 

「──お疲れ様です、マイナード少将。遅めのお昼ですか?」

「そんなところだ。ところでこれは」

「ベルセリオス軍師のところで雑用です」

 

 作業の手を止めて、堂々とそれを言いきる。ハロルドから言い渡されたのはその内容だ。

 カーレルから頼まれた内容をそのまま抜かすようなことはしない。

 彼はまじまじと手元の資料を見つめた上で、ちらりとフィオレを見やった。

 

「これはダイクロフトの図面か? 完成していたのか……」

「いいえ。完成しておりません」

 

 これもまた事実である。開発当時の資料との照らし合わせ、及び清書がまだなのだから。

 しれっと言い切る彼女に取り合うことなく、イクティノスは破かれた原本を見比べている。

 

「しかし、何故ここで作業を? 作成班には一室与えていたはずだが」

「こちらを完成直後、皆さんお休みになられまして」

 

 嘘は言ってない。彼らは未だ眠っている。

 更に、念のため開発当時の資料と照らし合わせること、その上で清書作業を行おうとしたが、不注意で原本を破損したため休息の邪魔をしないためにも場所を変えたこと。

 事実ではないが明らかな虚偽でもないこれまでの経緯を語れば、彼はひとつ頷いた。

 

「事情はわかった。だが、食堂での作業は看過できない。カーレルに言って、作業場所を確保するといい」

「──かしこまりました」

 

 お叱りを受けなかっただけ僥倖とするべきか。集中を乱されてあまりいい気はしないが、違う幹部に見つかっていたらまた違う結果だったかもしれないと、前向きに考える。

 手早く資料をまとめて、イクティノスに一礼のち。フィオレはカーレルの執務室を探しに出た。

 歩哨の兵士に場所を尋ね、ノックをしてから入ろうとして。自動で開く扉であるが故に、ノックは拒否されてしまった。

 

「おや、どうかしたのかい?」

「……ご報告申し上げます。ダイクロフト「もう二、三歩部屋に入ってきてくれないかい? でないと、報告内容が外に漏れてしまうよ」

 

 気まずく腕を引き戻すフィオレに対し、カーレルは自分の作業の手を止めてフィオレを手招いた。

 その手に従い足を動かせば、背後で扉の閉まる音がする。

 

「ダイクロフト内部の見取り図が、ひとまず完成しました」

「……! 早いな、ちょっと見せてくれ」

 

 ひとまず、という単語に引っ掛かったようで。カーレルは渡された資料を順々に確認し始めた。

 じっくりと、細部まで吟味するように注がれる視線が一瞬フィオレを見たかと思うと、彼は顔を上げた。

 

「……うん。正直、予想外の出来だ。ひとまず、というのは?」

「ご覧になってわかる通り、出来自体は雑です。今作戦において重要視された格納庫、制御室の位置はともかくその他の、例えば救出対象が囚われている場所が曖昧です。幾つか目星はつけましたが、それでは不完全……」

「救出対象については心配しなくていいよ。クレメンテ候とアトワイトに取りつけた発信機がまだ生きてるからね。でも……そうだな、出来は少し雑だ。私には何の不自由もないけど、発信機の位置を照らし合わせる時イクティノスが文句を言うかもしれない」

 

 用意周到というか、ここからダイクロフトまでまさに天と地ほども差があるというのに、反応があるとは驚きだ。ハロルドの発明品だろうか。

 

「それで、清書と複写……作戦に参加される方々の分を作りたいのですが、これを作成した時点で皆さん昏倒してしまわれて。あの場で作業を続けて休息の妨げになっても嫌なので報告に参りました」

 

 食堂でのやりとりを馬鹿正直に話すほど、フィオレは素直ではない。

 イクティノスにも話した嘘ではない報告を交えて、自分の部屋を見回すカーレルの次なる言葉を待つ。

 

「私の部屋では手狭だし、食堂も談話室も使うのは言語道断……そうだな。会議室を使わせてもらおうか」

「会議室?」

「そう、作戦会議室。あそこなら広くてやりやすいからね」

 

 そうと決まれば善は急げとばかり、カーレルは右手に資料を、左手にフィオレの手を取ってスタスタ歩き始めた。

 どうでもいいが、作戦会議室とは会議を行うための部屋ではなかろうか。

 それ以前に、こんなにもあっさり手を取られたことをフィオレは内心で驚愕していた。

 優男云々の前に学者肌の印象が強いカーレルでも、やはりソーディアンチームの一人。それなりの達人であることに間違いない。

 そうこうしている間に、作戦会議室前に辿りつき、カーレルは扉横の壁を軽快に叩いた後入室を果たした。

 どうやら入室の礼儀を取るには、センサーに反応しないようああするのがいいようだ。

 二人の目がカーレルと、お手手をつないでいるフィオレに注いでいる。

 

「……カーレル?」

「ディムロス、まずは朗報だ。ダイクロフト内部の見取り図がとりあえず完成した」

「何!?」

 

 驚く、あるいは喜色を浮かべるディムロスへカーレルが資料を手渡している。

 そこでやっとカーレルの手が離れて、フィオレはこっそり息をついた。

 羊皮紙の一枚一枚を見入るディムロスは時折小さく頷いており、再び顔を上げた時も喜色は衰えていない。

 

「内容的にはまったく申し分はない。とりあえず、とは?」

 

 フィオレが話した内容ほぼそのままを、カーレルは語った。そして本題を告げるに至る。

 

「そんなわけで、清書と複写作業をここでやらせてもらうよ。ハロルドが戻るまで会議は無いし、構いませんよね。司令」

「私は一向に構わない。作成班には休息を取ってもらってくれ」

「その点はご心配なく」

 

 事実が多少異なるとはいえ、それでいいのか。地上軍きっての天才軍師。

 自分にも見せてほしいというリトラーにディムロスが資料を渡している間、カーレルは会議室の隅に積まれていた木箱に手をかけていた。

 彼は木箱の中から、筆記用具の類を取り出している。

 

「羊皮紙はこのくらいでいいかな。インクとペン先は……」

「あの、ベルセリオス中将。ありがとうございました。後はこちらで処理しておきます」

「いやいや、私も手伝うよ。一応部外者で、新兵の君に一任するわけにはいかないからね」

 

 そういえばその通り、尤もな話だ。

 それにしたって事務手続きが残っていたのだから、部下を呼んでくればいいだろうとフィオレは思うのだが、それは上官に対して言うことではない。

 リトラーが資料に目を通している間、準備を終えると。

 

「私はイクティノス用に清書をするから、君は複写を進めてくれ。多少汚くなってもいいけど、くれぐれも精確にね」

「はい」

「では、よろしく頼む」

 

 リトラーの手によって資料がテーブルの上に置かれる。そちらはカーレルに譲り、フィオレは破かれてしまった原本を取り出した。

 

「おや、それは?」

「……そちらは、こちらを元に私が複写したものです。こちらが原本。不幸な事故で破れてしまって」

 

 きちんと写しましたよ、と主張するように、破れた紙片を合わせて並べていく。

 腑に落ちないような顔をしていたカーレルだが、すぐフィオレの向かいに座ろうと移動していった。

 再びディムロスとリトラーが何やら言葉を交わし始める。内容を聞くに、定時報告の類のようだ。

 それを聞きながらぼんやりと、しかし丁寧に一枚目を仕上げると。

 

「ああ、やっぱりね」

 

 一枚目を脇へ置き、二枚目の製作に取り掛かろうとして。一枚目をひょいと取り上げた人間がいた。

 それまでは向かいに座っていたカーレルである。

 

「……何が、でしょうか?」

「この資料の作成者は君だね? しかも、作成班はほとんど、いや一切関与していないと見た」

 

 否定しようもない事実である。

 筆跡が違って見えるように手を加え、原本から複写したものも乱雑さで筆跡は誤魔化したつもりだ。

 今しがた描いたものはかなり丁寧に写したというのに、何を根拠に言っているのだろうか。

 

「──どうしてそのように思われるのです?」

「普通、複数の人間が描いたものってペンの使い方がバラバラだから、出来たものもパッと見……印象と言ったほうがいいかな。統一性が欠片もなかったりする」

 

 しかし、この資料は破られたものもそうでないものもペン先の筆圧が同じだから、同一人物が描いたものだとわかるという。

 そんなことは一目見た時からわかっていたが、作成者を特定したのはフィオレが描いているのを観察したからだそうだ。

 

「あんまり資料を見てなかったし、描き方に迷いがなかったからね。同じものを何回も描くと、どうしても機械的になってしまうから仕方がないけど」

「作業班の皆さんが作成したものを、私が手柄を独り占めしようと画策した。とは思わないのですか?」

「君を作業室へ連れて行った時に確認したけど、作業らしいことをしていなかったからね。奥のテーブルにはカードが散らばっていたし、伍長は少し酒臭かった。ズルい人間は初めから自分の手柄だと主張するし、そんなことは決して言わないよ」

 

 ただ彼としては、今作業班の人間がどうしているのかが気になるという。

 いわく、一人で見取り図を完成させたフィオレを見逃すとは思えないと。

 

「そんなに盛り上がっていたのかな?」

「いいえ。皆さん今はぐっすりお休みですよ。休息中です、間違いなく」

「その言い方だと、酔って潰れたのか君の実力行使なのか、よくわからないな」

 

 真偽はどうでもいいらしく、彼はそれ以上追及してこなかった。

 カーレルの呟きによれば、作業班の人々はハロルドが帰ってきたら身柄を差しだされるらしい。表向きフィオレを借りた礼らしいが、その実は彼のみぞ知る。

 

「部下が迷惑をかけたね。何かお詫びしようか」

「お詫びはいいのでひとつお願いが。彼らが何を言っても取り合わないでほしいのです。きっと適当並べるでしょうから」

「それは当然だよ。彼らの言い分を鵜呑みにしないから、安心してくれ」

 

 フィオレの心配を余所に、他にはないのかと問われ。熟考した末に提示したフィオレの願いは次なるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






※この時代に紙があるのかって? 時代背景を考えればこの時代(天地戦争時代)以前はありました。現在では間違いなく生産できないでしょうが、前時代の代物を大事に使っているという設定で。
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