swordian saga second   作:佐谷莢

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 ルーティを思い切り驚かせて、二人きりで宿に泊まり。
 通算で同衾を二回もしているため、もう同じ部屋でお泊りくらいじゃ動じません。
 そも、そんな色気のある話になるわけもなく。


第四戦——約束を果たす刻~彼らは相も変わらず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどクレスタ内を通る際、カイルから教えてもらった宿の扉を叩く。

 しばらくして顔を出したのは、格好こそ普通だが、寝る気満々といった風情の漂う女将らしき女性だった。

 

「あら、お客さん?」

「ええ。二人なんですけど、お部屋はありますか?」

 

 幸い部屋はあるらしく、彼女は笑顔で扉を開放してくれた。

 小さなロビーに通され、カウンターにて帳簿をめくる。

 幾つかの鍵がかけられているボードを見やって、女将は二人に向き直った。

 

「ところでシングルふたつとツインひとつ、どっちにしますか?」

「どっちがいいですか? 金銭的にはどちらも問題ありませんが」

 

 一呼吸おいて彼に話を振ったのは、もちろん意図があってのことだ。

 シングルならば、当然話し合いの拒否と受け取る。ツインなら、こちらも腹をくくる。

 彼の性格からして即座に「シングル」と返されてもまったくおかしくはなかったが、フィオレはそれでも一向に構わない。要はジューダスに語る気が、あるいは聞き出す気があるかどうかの問題だ。

 しばしの逡巡を経て、彼はポツリと呟いた。

 

「………………ツイン」

 

 なるほど。そっちがその気なら、こっちもその気になるべきか。

 ジューダスは仮面の奥の素顔を赤く染めながら、ツインの鍵を受け取った。

 

「ダブルの方がよかったかしら?」

「……黙れ」

 

 含み笑いを隠さない女将に背を向け、彼はずんずん部屋へと向かってしまった。

 いつでも発てるよう先払いをして、フィオレもその後を追う。

 静まり返った部屋が居並ぶ中、扉を押し開け入室を果たした。

 二つ並ぶ寝台のひとつに荷を下ろし、帽子も外す。部屋の明かりをつけて彼を見やれば、ジューダスは未だ部屋の扉を開けた状態で固まっていた。

 

「こうしたほうが落ち着きますか」

 

 眼帯を取り出して片目を覆い、寝台へ腰を下ろす。それでも動かない彼に、フィオレは小さく囁きかけた。

 

「まずは仮面を外したらいかがです? ……リオン」

 

 促され、おずおずともうひとつの寝台に腰かける。かと思うと、彼はまずマントを外した。

 背中にくくりつけていたシャルティエを傍らに置き、更に大型爬虫類の頭骨と思しき仮面を外す。

 柔らかな猫毛の黒髪に、切れ長の紫闇の瞳。最期の記憶と変わらない、幼げで、少女に見紛う整った顔立ち。

 それを確認して、フィオレはふぅっとため息をついた。

 

「やっぱりリオンなんですか。それに、シャルティエも。なんだって脱獄囚と行動を共にしていたんです?」

「……別に理由なんかない。単なる成行きだ」

 

 この態度。進んで詳細を話す気はないらしい。一体何のために相部屋にしたのやら。

 彼にとってどれだけの時が流れたのかは知らないが、まったく変わっていないリオン・マグナス相手にフィオレは言葉を続けた。

 

「何故あなたが、あれから二十年近く経過したであろうこの場所にいるのか。説明できますか?」

「……ここはあれから、十八年経った世界だ。お前こそ、なんで屋敷の地下にいた」

「それはお話ししたでしょう。変な人……バルバトスと名乗っていたあの男に追われていたから逃げ込んだんですよ、成行きで」

「場所の話じゃない。どうして、ここに」

「生憎検討しかついてません。それで、私の質問に答える気はありますか?」

 

 途端に言葉を詰まらせたジューダスだったが、何が何でも黙秘を貫く様子もない。

 が、それはほんの一瞬のこと。

 眼が合ったと思った瞬間には、まるでそっぽを向くように視線を脇へ流してしまっている。

 この時点ではっきりしているのは、彼自身何も知らないわけではないということ。

 フィオレの再襲撃を予告したあの男と面識があるだろうということ。

 

 聞きだしたいことなど山ほどあるが、それを無理に聞き出そうとは思っていない。

 

 事実を話してくれない可能性もさながら、逆にフィオレの事情を問い詰められても困るのだ。

 最も、聡明な彼のこと。あの男が守護者云々を口にした辺りで、検討をつけているだろうが。

 沈黙のみで無為に時を過ごすもなんだ、と。黙するジューダスを前に、まずは彼が現在ここに居る事情を探る。

 

「……海底洞窟で、濁流に呑まれたことは覚えていますか」

「……」

 

 当たり前だが、あの状況での生存は至難の業だ。

 奇跡レベルの偶然や人知を超えた存在との接触がない限り、生き残るはあり得ぬ事象だろう。

 

 スタン達は前者、フィオレは後者。

 ソーディアンマスターというだけだったリオンに考えられるのは前者だが、彼の風体からしておよそ年を取っている気配がない。

 確かに特殊な状況下に放り込まれたり、あるいは個の体質によって中身はおろか見目においても驚くほど年を取らないは存在する。残念なことに、フィオレが非常にわかりやすい事例なのだが、それでも時を経た分だけ当時とは変質した何かがあるはずだ。

 眼前の彼には、それすら見受けられない。ならばフィオレと同様、後者のケースを予想するべきなのだ。

 おそらくは守護者以外の、人知を超えた何者かが彼の時に干渉し、その身を蘇生させた。

 これこそ荒唐無稽にして当てずっぽうだが、荒唐無稽な事象など、すでにこの身に発生しているのだ。フィオレには、「そんな馬鹿な」と一笑に付す資格さえない。

 

「──バルバトスとか名乗っていたあの男を、あなたは知っているのですか」

「……」

 

 実に強烈なインパクトを持った、あの襲撃者とのやりとりを思い出す。

「奴の言い分を呑んだ」と抜かしていた辺り、彼らの背後に何者かがいることは確定だ。となると、あの男もジューダスと同じ立場ではないかと考えられる。

 無論、同じ立場が蘇生されたこととは限らないが。少なくともあちらは「奴」の指示には従っているようだ。

 となると、その「奴」は守護者でないことははっきりしている。更に守護者達とは、対立する位置にいるのかもしれない。

 

 バルバトス・ゲーティアと名乗った、斧使いの巨漢。

 そういえば、天地戦争に関する資料の中に、イメージ通りの登場人物がいたような。

 その名こそわからないが、確かソーディアンが考案されるよりも以前。一人の裏切り者によって、地上軍がひっくり返るような大騒動が発生したらしい。

 詳細こそまったく覚えていないが、その裏切り者の描写が、あの男と酷似していたような……

 かつてジルクリスト邸の文献を閲覧した際の記憶だが、あのように接収されているとなると、もちろん文献の類も徴収されているだろう。

 となれば、移送先はきっと知識の塔。

 ストレイライズ神殿や、かの塔が未だ健在なら、そして一般人の入場も認められているならば探すのもありかと、いつの間にやらあの男の正体探しに思考を使っていて、ふと気付く。

 向かい合わせで寝台に腰かけるジューダスは、貝のように口を閉ざしていることを。

 かなり時間を与えたつもりだが、ここまでためらうならこれ以上待っても同じだろうと、フィオレは折れることに決めた。

 それよりか、話すことはあるのだから。

 

「──言いたくないなら結構です。気にならないと言ったら嘘になりますが、どうしても今知る必要があるわけでもありませんし」

「……」

 

 言葉こそないが、ジューダスは明らかに安堵している様子だった。

 手荷物を引き寄せ、手の平サイズの小箱を取り出す。それをそのまま渡そうとして、ふとある記憶が脳裏をよぎった。

 牢屋の格子越しに、同じようなものを差し出されたあの時──

 

「ところで、私がリオンと交わした約束は覚えておいでですか」

「約束……?」

「ええ。珍しくリオンがおねだりをしたとき、つい言ってしまったんですよ。リオンが私に勝ったら、ご褒美に譲渡する、とね」

 

 眼を見開くジューダスにかざしてみせたもの。それは、わずかに石竹色がかった銀環だった。

 三日月型の台座を満月にせんとはめ込まれた緋い石が仄かな明かりに反射する。

 銀環に視線をはりつけるジューダスにそれを渡そうとして。彼は、はっと我に返ったように手を引いた。

 

「要らないんですか?」

「……確かにそれがあれば、シャルと言葉を交わすのに不自由はしないだろう。だが……あんな勝利で」

 

 ほしくないわけではなさそうだが、勝負の内容に文句があるというのだろうか。勝者のくせに贅沢な輩である。

 小さく息をついて、フィオレは言葉を連ねた。

 

「あなたが納得できなくても、発生した事実は歪められない。私を嘘つきにしないでください」

 

 ジューダスの手を取り、無理やり握らせる。

 これで彼が窓の外にでも放り出すようならば回収、その後は自分の管理でいいだろうと思っていたが……流石にそれはない。

 これで、彼に対する用事は済んだ。もう彼と顔を合わせている理由は、フィオレにはない。

 後は二の腕の手当てを済ませて、休息を取るべきか。

 

「リ……ジューダスは、私に何か用事はありますか? ないようなら、私はもう眠りますが」

「……何故だ」

 

 荷を探り、救急セットを取り出して。押し殺すようなその呟きに、フィオレは顔を上げた。

 仮面を取り払うことで浮き彫りになった表情には困惑が、切れ長の瞳は強い不安で揺れている。

 

「僕はお前を殺そうとしたんだぞ……! 事実、お前はそれで死にかけた! それなのに、どうして呑気に話なんかできる!? どうして冷静でいられるんだ……?」

「私にとって、死におけるあらゆる事柄は、実に身近なものだから、でしょうね」

 

 考えてみれば、彼にとってフィオレは、自分の都合だけで手に掛けようとした後ろめたい存在だ。

 何事もなかったように接しろというのは、齢十六の少年に酷なことだろう。

 ただフィオレとしても、そんなことを引っ張り出されてぐちゃぐちゃ抜かされ、一方的に罪の意識を覚えられても対応に困る。

 

「み、身近なことだと?」

「私は常に死と隣り合わせで立っているんです。私がこれまでに、どれだけの命を奪ってきたと思っているんですか。誰に殺されたところで、どんな死に方をしたって、恨み言抜かす資格はありませんよ。それに、あなたは私が突きつけた望みを見事叶えただけではありませんか」

 

 本来、成就された瞬間断ち切られるべき間柄だったのだ。

 それが果たされた後、偶然再会したところでそれを禍根としても、行きつく先は泥の沼だ。

 そんなところへわざわざ足を進めたくなどない。共倒れになることがわかっているなら、尚更。

 

「私があなたを怨みに思うこともなければ、あなたが私に対して何か思う必要もない。ところでジューダス、これからどうなさるおつもりで?」

「……どうする、とは」

「私はこれから色々とすることがあります。どうして私がここにいるのか、あの男は何者なのか。その上で、私がこれからどのように動き、何を行うべきなのかを探っていくことになるでしょう」

 

 肉体も精神も、ついでに持ち物まで共に在るということは、必ず何らかの理由があるはずなのだ。

 それを突き止めないことには、この先安穏と生きていくことなどできないだろう。

 

『……フィオレって、すごいね』

 

 そんな折、呟くような声音が脳裏を掠める。

 見やれば、それまで黙っていたシャルティエがコアクリスタルのシャッターを覗かせていた。

 

「何がですか?」

『だって、話からして気づいてからそんなに経ってないんでしょ? それなのにもう、先のこと考えて行動に移そうとしてる。目覚めて事情知って途方に暮れて、現状知るために放浪に出たはいいけど昔を懐かしみ、接収された屋敷に潜り込んでウジウジしてた坊ちゃんとは大違「シャル!」

 

 顔を真っ赤にして愛剣に詰め寄るその姿は、格好を除いて全く変わらない。思わず浮かんだ笑みを隠そうとして。

 ──ポツン。

 口元を隠した手が、湿る。

 雨漏りかと天井を見上げて、視界がぼやけていることに気付いた。頬を、目元をなぞった指先は濡れ、雨音のようなものもしない。

 年くって更に涙もろくなったか、彼らに──知り合いに再会できた安堵に起因してか。

 とにかく、いつのまにか零していた涙を拭い取り、ジューダスを見やる。

 彼がフィオレの涙に気付いたか定かでないが、妙に神妙な顔をしていた。

 

「先ほど述べたように、私は明日にでもクレスタを発ちます。成り行きでここまで来たようなことをおっしゃっていましたが、今後はどうされるおつもりで?」

「──それを聞いてどうする」

「どうもしません。答える気がないなら、話はここまでです」

 

 こんな風に受け答えるということは、そもそも干渉を嫌がっているのだろう。

 だんだん面倒くさくなってきたことも併せて、フィオレは早々床につくことにした。

 彼に背を向けて二の腕の包帯を取りかえ、シーツの中に潜りこむ。

 眼を閉ざして明日からの算段を立てる中、まどろみはすぐに訪れた。

 そんな中、意識をくすぐるような会話が聞こえる。

 

『あーあ、よかったんですか? ──って言わなくて』

「……仕方がないだろうが。疲れたと言っていたし、言う前に──」

『どうするのかは聞かれたんだから、その時申し出れば──坊ちゃんてホント……』

「うるさいぞシャル。そのことは──」

 

 この後、ジューダスが何を言ったのかはわからない。

 先ほど寝台に転がったかと思いきや、ふと窓の外を見やれば陽が差し込み、普段通りの生活を始める住民の姿も見受けられる。

 隣の寝台で寝入るジューダスと枕元の仮面、そして立てかけられたソーディアン・シャルティエに背を向けて。フィオレは身につけているものすべてを取り払った。

 そこかしこに穴が空き、ぼろぼろになった客員剣士の制服用にあつらえた被服を荷袋の奥底に押し込める。

 

 当初はいらない荷物が増えたと辟易していたのだが。人生とは、やはり何があるのかわからない。

 

 荷袋の肥やしとなりかけていた普段着──裾のフリルも愛らしいアシンメトリのワンピースに、アンティークレースがふんだんにあしらわれた丈が長めのカーディガンを着込んだ上で、外套を羽織った。

 こんな防御力のさがった格好で長旅はしたくないが、背に腹は変えられない。そして、武器も間に合わせでいいから手に入れておくべきだろう。

 いつあの男に襲われるかもわからないから、荷物を手放して外出などできそうにない。

 縁があればまた逢うこともあるだろうと、フィオレはそのまま宿を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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