swordian saga second   作:佐谷莢

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 スパイラルケイブ~地上軍拠点。
 手のひらからぽろぽろ零れたものを拾っては落として。
 どうにかこうにか命だけは拾って、その分傷を深くしながらも帰還。
 時間は待ってはくれません。着々と、事態は前へと進んでいきます。


第五十七戦——大事なものは、手のひらから零れて~火中の栗は爆ぜた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突な激情を表に出したフィオレが、言葉だけは淡々と放ち、疾風と共に消える。

 残されたのは一陣の風と投げ返されたマントを手に呆然としているように見えるジューダス。やりとりを見守っていた一同だった。

 

「……」

「あーあ、ついにやっちまったか」

 

 誰もが絶句する中、ポツリと呟いたのはロニだ。ジューダスから殺人的な視線が向けられるも、それに怯んだ様子はない。

 

「……何の事だ」

「とうとう怒らせちまった、ってことだ。しかも本格的に。だがよ、ありゃどうかと思うぜ」

 

 ロニいわく、どれだけ親しかろうと言っていい言葉とそうでないものがある、とのこと。

 

「足手まとい、って言ったろ」

「……事実だ。そんなこともわからない奴じゃない」

「そーいう問題じゃねえよ。ただでさえ、いつ言われても嫌な言葉なのに、片手失くしたばっかの奴に言うことか?」

 

 フィオレがそれを言われて気にしないわけがないだろうに、ああもきっぱり言われては怒るしかないだろうと、彼はしめくくった。

 足手まといと言われて、フィオレの様子は激変した、とも。

 

「まあだから、とにかく謝っとけ。甘えてほしいんなら素直にそう言えよ。まどろっこしい奴だなあ」

「だからといって、頼れなんぞ言われてあいつが素直に従うわけないだろう」

「そこはほれ、手八丁口八丁……お前が上手く丸め込まれそうだな」

 

 こと話術に関して、フィオレに勝つ自信は無い。精神的にも参っているだろう今なら劣等感を刺激すればあるいは……とジューダスは独りごちた。

 結果として、見事誤爆してしまったわけだが。

 

「そうだよなあ。こんな時くらい全力で寄りかかってほしいよな。いっつも世話になってんだから……」

「じゃ、オレ達もフィオレに追いつこう!」

 

 下ると上るでは、当然労力が違う。

 一同が再び銀世界を見たのは、それからしばらく経ってからのことだった。

 雪のちらつく平原、灰色の空と海、佇む雪上走行車θと、そして。

 

「お早いお着きで」

 

 フィオレの、姿。

 一同の到着を待っている間に着替えたのか、軍服ではなくなっている。

 ただしその左袖はひらひらと所在なく揺れて、腕が短くなっていることをまざまざと示していた。

 

「……どうやって着替えたんだ」

「四苦八苦しながらに決まっています」

 

 腰かけていた荷台から立ち上がり、身軽に降りてくる。

 紫水に頼らず普通に歩み寄ってくる辺り、平衡感覚の異常はもうないらしい。

 

「ほらジューダス、早めに「ジューダス、さっきはごめんなさい。咄嗟とはいえ、手荒でした」

 

 ジューダスが促されている間に、フィオレがさらりと頭を下げた。

 先程手を振り払ったその時のことを話しているようだ。

 

「……別に、気にしていない。僕も言い過ぎた」

 

 それに乗じて暴言の謝罪をした。そのこと自体は、なんら問題ない。

 問題は──フィオレの認識にあった。

 

「言い過ぎた? 何のことでしょう」

「だから、足手まといと言っただろう。あれを言い過ぎたと……」

 

 多少視線をそらして、詳細を語る少年を前に。

 フィオレは何故か、食い下がった。その眼は遠くを眺めるような眼をしていながら、深くかぶった帽子のせいで誰も気づかない。

 

「なんで、謝るんですか?」

 

 フィオレはそう尋ねた。

 その眼は間違いなくジューダスを映しておきながら、彼の姿を捉えていない。

 

「歩くのが遅いから、あなたはそう思ったんでしょう?」

「そうじゃない。あれは……」

「足手まといでしょ?」

 

 不意にフィオレの声音にドスが帯びる。地の底に蠢く亡者を思わせる声が、聞く者の恐慌を煽った。

 足手まといという言葉をまず口にしたのはジューダスなのだが。

 彼はすでにこの単語を出したことを後悔し始めていた。

 

「そう思わなければ、その言葉は出てこない。私を哀れんでいるんですか? 片腕を失くした、私を」

「な、何を勝手なことを……」

「否定しないんですね」

 

 胸がむかむかする、と吐き捨てるように言って、ぷいと背中を向ける。

 明らかに様子がおかしいことに気付いていながら、ジューダスは眼先の誤解を解くことに全力を注いだ。

 

「違うと言っているだろうが、人の話を聞け! 何を根拠におかしな思いこみを──」

「ねえジューダス。私の傷をえぐるのは楽しいですか? 私を哀れむのは嬉しいですか? さぞや良い気分でしょうね。私はあなたにしたことを忘れていませんから、あなただって忘れていないのでしょう。察して余りあるものがあります。痛めつけたし傷つけもしました。全部必要なことだったけど、そんなことあなたには関係、ない……」

 

 それを悟った彼が何も言えなくなったことをいいことに、フィオレはまくしたてた。

 怒涛のように放たれたそれは、どうも途中から我に返ったらしい。声が尻すぼみになったかと思うと、完全に言葉が途切れる。

 

「……」

「……お、落ち着いたか?」

「はい」

「そ、それならいい。何ならもう少しくらい、喚いてくれても構わないぞ」

「……いえ。遠慮しておきます……」

 

 一同の前で我を忘れたのが本気で恥ずかしかったのか、珍しく耳まで真っ赤にして恥じらっている。

 これだけで終わっていたら、単なる笑い話で済んだのだが。

 

「──しばらくフィオレの挙動には気を付けた方がいいわね」

 

 不意にハロルドがそんな話を持ちかけてきたのは、帰路のこと。なかなか赤みが引かず、定員オーバーもあって頭を冷やしがてら荷台で待機すると言い出し。

 フィオレがいない間に、運転席のハロルドはそう切り出した。

 

「どういうこと?」

「見ればわかるでしょ? 精神的に不安定になっていることくらい」

 

 普段物静かなことに加え、第三者的な目で物事を見る傾向にあるフィオレにしては珍しい暴走だった。しかしこれまでに、同じようなことがなかったわけではない。

 それを話しても、ハロルドの主張は翻らなかった。

 

「その前にもあった暴走って、あのおかしな勘違いもそうなの? 妄想一歩手前の思いこみ」

「……いや。なかったと思うが」

「アレが前にもあったなら、そういう奇行によって発散出来てるってことでいいかもしれない。違うなら、今までと同じ、じゃ片づけらんないわよ」

 

 モニターに映る雪原を見つめて、操縦桿を軽やかに操る。

 雪に隠れていた岩の隆起を回避したことによって、機体はかくんと揺れた。

 

「人間てね、強いストレスにさらされると持ち得る余裕をすり減らして、本性にむき出しにしがちなもんなの。怒り狂う、泣いて喚く、簡単に言うとキレるってことなんだけど」

「今のフィオレはその……キレやすくなってる、ってことかい?」

「まあね。少々のストレスを無視してきた分蓄積して爆発したのか、今回のストレスは断トツだったのか……」

 

 どちらにせよ、許容範囲を越えたことに変わりは無い。

 少なくとも片手を失くしたことはとんでもない事態なのだから、それで何事もなかったように振る舞えたらそれはそれで異常だと、ハロルドは語った。

 

「そうそ、声を荒げたと思ったらいきなり元に戻ったわよね。あれもヤバい傾向だわ。ストレスを解消し切らないで自己完結しちゃってるから、結果としてストレスが溜まっちゃうのよね。今まで似たようなことがあって、その都度こうだったなら、今回のあれは蓄積型なのかもしれないわ」

 

 となると、これは根深い問題だ。ハロルドは片手を顎にやって、両手で運転してくれとリアラに注意されていた。

 

「そ、そうなの?」

「これまで蓄積したものが噴出したなら、今まで自分にストレスを与えたものに対しても攻撃対象になりがちなの。精神疾患を患って、それまで敬愛してたはずの上司を罵倒しまくる部下とかもいるし」

 

 覚えがあるなら言動に注意しろと、主にジューダスを見やりながら全員に言われ。彼はもちろん不機嫌になった。

 

「……それは遠回しに僕に言っているのか」

「むしろあんたが筆頭よ。過去何があったのか知らないけど、日頃の言動を観察する限り、態度雑過ぎ。でも腫れもの扱いも駄目よ、今だけでいいから優しくしてやんなさい」

 

 そんなことをしたところで気味悪がられるのが関の山だと言い張れば、なら必要以上に接するなと言われる始末。

 ブスッとしたジューダスが反論を諦めて黙りこんだ後に。ふとナナリーが呟いた。

 

「……ねえ、ハロルド。フィオレは本当に大丈夫なのかな」

「大丈夫かって、とりあえず命に別条はないわ。処置自体は適切だっ「そうじゃなくてさ。何日もってわけじゃないけど、あのバルバトスにさらわれて、顔付き合わせてたんだ……腕が失くなっただけ、なのかな」

 

 おそるおそる、という表現が正しい遠回しな彼女の物言いに、ハロルドは珍しく沈黙を挟んだ。

 再び発せられた声からは、茶化すような空気は消えている。

 

「……バルバトスの過去から邪推するなら、はっきり言って黒よ。あいつは義理とはいえ、妹に手を出したことがある」

「それって、フィオレそっくりの……」

「ことの真偽自体は、アトワイトから聞けばはっきりすると思う。でも、私は積極的に知りたいと思わない。あの子が──フィオレから相談を受けてから、初めて知る権利を得ると思ってるわ」

 

 ただ、これは付き合いが圧倒的に短い自分だからこそ考えるものであり、一同には当てはまらないかもしれない。

 それを前提に、ハロルドはナナリーに尋ねた。

 

「どう? 口が裂けても自分から話すタイプじゃないから、無理にでも聞き出したほうがいいのかしら」

「それは……」

「意味がないだろうな。隠し事は徹底するタチだ。言い逃れるか露骨に話題転換するか……行きつく先は丸無視だな」

 

 詳細こそ知らないが、彼とフィオレの付き合いが他の誰より長いことは聞いている。ジューダスの断言を聞いて、ハロルドはふむ、と頷いた。

 

「じゃ、この事に関してはフィオレから切り出されない限り触れない方向で」

「えっと……オレ、まだよくわかんないんだけど」

「スパイラルケイブで何があったのか、フィオレに聞くなってことよ」

 

 話そのものが理解できていないカイルには、ハロルドがさらりと流す。そんなこんなで時は過ぎ、一同は地上軍拠点へ帰還した。

 拠点の入り口を迂回してハロルド専用倉庫に納車する際、一人の兵士がおっかなびっくり駆けてくる。

 

「お疲れ様です!」

「ん? 何か用?」

「リトラー総司令がお呼びです。至急作戦会議室へ出頭願います」

「何よ出頭って。まるで私が悪いことしたみたいじゃない」

「……と、とにかく早急に願います!」

 

 炸裂するハロルド節に戸惑いながら、伝令の兵士はそそくさと立ち去った。

 そんな兵士には目もくれず、一番に雪上走行車を降りたハロルドが「あ」と呟く。

 

「着いたぞ、フィオレ。多少は落ち着いたか……」

 

 後部座席から降りたジューダスもまた荷台を見やり、同様に凍りついた。

 それもそのはず、荷台には人の姿どころか、人のいた痕跡さえない。

 

「あっちゃー、まずったわね。やっぱり目を離したのは失敗だったかしら」

「ど、どういうこと? 何でフィオレがいないの?」

「故意が事故か……移動中に騒ぎはなかったはずだから、何か思うことがあって」

 

 予想もしなかった事態に、一同がああだのこうだの言っている間に。一陣の風が吹き抜けた。

 風はそのまま通り過ぎることなく、両足をブレーキにそのまま踏みとどまる。

 

「──どうにか追いつけました」

 

 ひらりと箒型の仕込み杖から降り、両足を地に着けたのは。

 

「フィオレ!」

「お前、今度はどこに行っていた! いきなりいなくなって、無神経にも程が「はい。あんたはちょっと黙っていましょうね」

「着いたと思ったらいなくて、びっくりしたよ。一体どうしたの?」

 

 いつもと変わらず難癖をつけ始めるジューダス、牽制を始めるハロルドとそれを手伝うロニナナリー。

 それを視界の端で見ながら、フィオレはカイルの質問に答えた。

 フィオレいわく、荷台で寝ていたら急に体が宙を舞ったらしい。走行車が何かに乗り上げたか何かで平衡をなくして転がり落ちたようだと。

 

「そういえば、何回か岩に乗り上げちゃったわねえ」

 

 幌はあっても柵のない荷台では、たとえ起きていても振り落とされていただろう。

 ゴメンゴメン、と軽く謝るハロルドに、フィオレは。

 

「気にしてません。が、ひとつお願いを聞いてもらっていいですか?」

「それは内容によるわね。今は作戦会議室に呼ばれているから、まずそっちを片づけましょ」

 

 召集に応じようとハロルドに促され、一同はラディスロウへ向かった。

 専用倉庫はハロルドの私室に通じているが、秘密通路につきおいそれと使ってほしくないらしい。そのため、遠回りの正面出入り口を目指すことになる。

 

「ハロルドが呼ばれたのって……やっぱ、ディムロスさんのことだよな?」

「へ? なんで?」

「ディムロスは上層部の最終決定を待たずしてアトワイトの救出に向かったんだ。処罰は免れないだろう」

 

 ジューダスの見解を聞き、ロニの言葉に首を傾げていたカイルの顔色が変わった。

 そんなことになろうとは、露ほどにも思っていなかった模様だ。

 

「な、なんで!? それじゃオレ達だって同罪じゃん、なんでディムロスさんだけ──」

「ああ、ちゃんと根回ししてあるわよ? あんたらはソーディアン完成のために特殊素材の採掘に行ったら偶然現場に出くわした。私はディムロスに新兵器のテストをさせてたらあいつがいきなりトチ狂って暴走、捜索してたらスパイラルケイブにいたってことになるから」

 

 なぜディムロス一人に罪を被せるようなことをしたのかと問えば、これはディムロスが望んだことだからだそうだ。

 どういうことなのかと問い詰めるカイル達に対し、ハロルドは一目をはばかるようにしながらも話を続けた。

 

「私がそそのかしたことにしよう、って提案したのよ? 私なら手八丁口八丁で切り抜けるもの。でもディムロスは、元はといえば自分の失態が招いたことだから、って譲らなかった。自分がバルバトスを仕留めていれば、アトワイトもフィオレも攫われることはなかった。だから……」

「気持ちは察しないでもありませんが、事実は消えません。それでハリツケにでも処せられたら、衛生兵長を無傷で助けた意味がないではありませんか」

 

 ハロルドの言葉を遮ったのは、それまで黙って一同について歩いていたフィオレだった。

 その苦言を否定することなく、ハロルドはあっさりと頷いている。

 

「嘘がつけない性格って、厄介ねえ」

「……あなたがそう言うなら、なるようになるのでしょうか」

 

 含みを持たせたその言い方に、その真意を尋ねようとして。ジューダスはハロルドに押しのけられた。

 

「まあ、そういうことになるかしら。さ、足を動かして」

 

 答えは作戦会議室にあるとばかり、ラディスロウの出入り口をくぐる。

 そこには未来のソーディアンマスター達に軍師カーレル、最高司令官リトラーが勢揃いしていた。

 

「ただいま戻りました。お待たせしてしまい、恐縮です」

 

 ハロルドが当然のように自分の定位置へ移動してしまったがため、フィオレが粛々と頭を下げる。

 それに軽く頷き、一同が末席に落ち着いたところでリトラーは初めて口を開いた。

 

「ハロルド君達も戻ったところで、始めるとしよう」

 

 揃った面々の了承を得て、彼はディムロスを見やった。

 リトラーは極めて淡々と、此度の騒動について言及している。

 

「ディムロス・ティンバー中将、君から申告があった話、再度確認するが本当かね?」

「はい、間違いありません」

 

 いわく、ディムロスはハロルドに乞われた新兵器の実験中に『勝手な判断』でアトワイトを救出したというのだ。

 何か、大切な項目がポロポロと零れている気がする。

 しかしディムロスは、自分が取った行動が上層部の決定を無視したもので、許されるものではないと自己批判するだけ。詳細は明らかにしなかった。

 

「待ってくださぶはっ!」

 

 多分ディムロスの擁護だろう、カイルが何か発言しかけて阻止される。

 横に立っていたフィオレが、スカーフで顔面をはたいたのだ。

 

「失礼しました。続けてください」

 

 発言権のない人間が下手に口を聞いたら最悪叩きだされると釘を刺して、フィオレはスカーフを仕舞った。

 幸いにしてリトラーは、何事もなかったかのようにハロルドに事実関係を確認している。

 とはいえ尋ねられたのは、ディムロスの話に関する相違の有無だ。

 それに対して、彼女はきっぱりはっきり相違ない、と答えた。

 そしてリトラーより、ディムロスに言い渡された処分内容は……

 

「作戦行動中の独断専行、及び上層部の指示無視は厳罰に値する。よって中将に、『ダイクロフト突入作戦』の前線指揮官を命ずる」

 

 居並ぶ人々の反応はといえば、皆どこか涼しい顔をしている。

 例外はアトワイトと。

 

「……は? ど、どういうことですか、司令!」

「前線指揮官と言えば、もっとも殉職の可能性が高い役職だ。十分厳罰に当たると判断した」

 

 ディムロスの困惑に対し、リトラーは大真面目な顔で対応している。

 中将の言を信じるならば、それはすでに決定事項であったらしい。しかしクレメンテやカーレルの連携じみた発言によって、それは口約束ということにされた。

 駄目押しとばかりリトラーの言葉が続く。まるで台本でも用意されていたかのような、スムーズな流れだった。

 

「あきらめたまえ、ディムロス君。すでに処分は決定済みだ」

「司令……」

「君なりの責任の取り方もわかる。だが、君を失いたくないという者達の気持ちも、察してやれ」

 

 直属の上司からの言葉、そしてアトワイトの視線が身に染みたのだろう。深い沈黙の後に彼は、力強く承諾を口にした。

 

「ダイクロフト突入作戦、前線指揮官の任、謹んでお受けします」

 

 その言葉を、彼の目を見て大きく頷く。

 どこかしらほっとした空気が流れたのも束の間、リトラーは続けた。

 

「さて、前線指揮官も決まったことだし、そろそろ突入作戦を発令したいところなんだが……」

「あー。あと一週間……いえ三日ほしいわね。このまま調整すれば仕上がることは仕上がるけど、せっかく実戦データが手に入ったんですもの。それを是非反映させたいわ」

 

 どうしても急ぐならこのまま完成させると言ったハロルドに、それなら仕方ないとその場は解散の運びになる。

 もちろんのこと、リトラーは一言加えるのを忘れていなかった。

 

「しかし、急いでくれ。君も承知の通り、この拠点の位置はおそらく天上側に把握されている」

 

 これまで戦々恐々としてきたが、何も起こらないのが逆に不気味なのだろう。実際に拠点の位置を知っているのはバルバトスのみであるはずだが、少し前にベルクラントが放たれたのもまた事実。

 ハイハイと軽く受け流したハロルドが一同──主にフィオレを連れて作戦会議室から出て行こうとして。

 

「ま、待って、ハロルド!」

 

 彼女の足を止めさせたのは、アトワイトの声だった。

 いくらハロルドでも、この場で他の隊の長を無視することはできないようだ。

 フィオレの腕を掴んだまま、ハロルドはくるりと彼女に向き直った。

 

「──あんたの言いたいことはわかってるわ。けど、その必要はないわよ。フィオレにはこのまま、治癒晶術体系化の被験者になってもらうから」

 

 詳しいことはわからないが、体の一部を失うほどの大怪我を負って、何事もなかったように戦場へ復帰する兵士はいないだろう。

 そのため、そんな負傷者達を収容しておく病棟に移送するしないの話だと思われたが。

 

「体系化って、あなた九割方出来上がっているって……」

「残り一割、臨床例が圧倒的に不足しているの。協力者を募ろうとしたとき、故障者病棟に入ろうとしたら出入り禁止にしてくれたじゃない」

 

 それは多分、ハロルドの日頃の行いによるものだと思う。被験者云々はおそらくハロルドの出まかせだから、結果万々歳ではあるが。

 

「医務室で怪我人捕まえようとしたら、人体実験は余所でやれ、ってつまみだされるし。もうこうなったら自分の部下で我慢するしかないじゃない。何の文句があるの?」

 

 あまり口達者な方ではないのか、アトワイトは返す言葉を失くしてしまっている。

 じゃあそういうことだから~、と言い捨て、ハロルドはとっとと退室しかけていた。

 

「あなたは……フィオレさん、は、それでいいの!?」

「衛生兵長のお心遣い、感謝いたします。ですが今更ですので、私のことはどうぞ捨て置いてください。では」

 

 追いすがる声に振り返り、強引に引っ張るハロルドの手に逆らって頭を下げる。

 瞬く間に青ざめたアトワイトから目をそらし、フィオレは逆にハロルドの手を引いて退室した。

 続いて出た一同のめを気にするでもなく、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。

 

「ハロルド。義手を所望します」

「義手? いいわよ、丁度心当たりが──」

 

 その心当たりの詳細を語りかけ、言葉が途切れる。

 フィオレより眼前へ掲げられた紙切れを、食い入るように見つめて。

 

「お願いとはこのことです。各施設の立ち入りを許可してくだされば、こちらで勝手に」

「何言ってんの、却下よ却下! こんなに面白そうなもの造るのに、私を除け者にする気!?」

 

 狂喜乱舞にふさわしい大盛り上がりようで、掲げられていた羊皮紙を手に取ろうとするも、その手は宙を泳いだ。

 咄嗟に手を引き戻したフィオレによって。

 

「除け者も何も、これからソーディアンのことで忙しい方が何を仰るのです」

「それなら気にしなくてもいいわ。もともとデータは反映させるつもりだったから、調整と同時進行で行うよう手筈は整ってる。時間が欲しい、って言ったのはあんたの問題に集中したかったからなの」

 

 あっさりけろりと、ハロルドは言いきった。ソーディアン関連でやらなければならないことなど、マスター候補達を召集しての調整作業くらいだと豪語する。

 しかしその作業は、とある問題が発生するために突入作戦ギリギリまで実行は出来ない、とのこと。

 

「早めに調整を済ませて、ソーディアンに慣れてもらったほうがいいんじゃ……」

「各マスター達の精神衛生上の問題があってね。とはいえ、完成しました、はい実戦ってわけにもいかないのよねえ。実験台がほしいのよ。実験台」

 

 フィオレの望みを叶えるのは、単なる親切心ではない。

 人の悪い笑み──それこそマッドサイエンティストチックな微笑を浮かべるハロルドに、誰もが一歩引いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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