物資保管所なう。
滞りなくソーディアンは誕生し、歴史には無かったベルクラント乱発も制して。
フィオレもどうにか、戦線復帰のメドがたったようです。
ソーディアンの総仕上げと称し、ハロルドがフィオレを連れて物資保管所へ出向いてきっかり三日後のこと。
カイル達一同はソーディアンマスターを伴い、物資保管所へと召喚された。
「ディムロスさん達の護衛……ですか?」
「ハロルドくんのマシンを使って丁重に送迎するように、とのことだ。これよりソーディアンの最終調整を行うため、万が一でも体調を崩されたら困るらしい」
一応護衛も兼ねているのだろうが、六人乗りの雪上走行車に喧嘩を売ってくる魔物は少ない。事実上送迎のみの任務である。
自動運転モードでもうすぐソーディアンマスター達を車内、残りのメンバーは荷台という明らかに定員オーバーの大所帯で移動、到着の際。
「よーし。揃ったわね、皆の衆!」
物資保管所より出迎えたのは、ハロルド一人だった。
そのまま、奥にある大扉の中へ向かうようにとマスター候補者達に指示を出し、一同に向き直る。
「……フィオレは?」
「奥で待機。アトワイトと顔合わせない方がいいでしょうってことで」
少なくともソーディアンが完成するまで会わせるつもりはないという。
ソーディアン完成にマスターの精神状態がどう反映するか未知数ではあるが、できるだけ通常の状態が望ましいとのこと。
「で、この後オレ達はどうすればいいの?」
「せっかくこの時代に来たんだから、見たいでしょ?」
「見たいって……もしかして!」
これから行われることを考えれば、そんなものはひとつしかない。
喜色に瞳を輝かせたカイルに、ハロルドは頷いてみせた。
「ソーディアン誕生の瞬間よ。どうせあんた達には後で司令への報告を頼むんだし」
そうと決まればついてらっしゃいと、ハロルドは率先して物資保管所の扉を開けた。
以前一同がこの地へ訪れた際、化学物質が洩れたとかで施設内には毒ガスが蔓延していたはずだ。
それを思い出し、用心しいしい進んだ先は。
「……あれ?」
施設へ一歩入った矢先、カイルは拍子抜けしたように呟いた。
あの鼻につき気分の悪くなる、目に痛い悪臭がしない。それどころか、そこかしこに散らかっていた廃材の山が跡形もなく消えている。
それに何より、その廃材の陰に潜んでいた魔物の気配がない。
「なんか、ずいぶんスッキリしたな」
「あのねえ、ここにはベルクラント開発チームも出入りしてんのよ? あのまんまにしといたら、連中が真っ先にやられちゃうわ」
以前より大幅に歩きやすくなった室内を抜け、施設の一番奥に据えられたソーディアン専用の研究室を目指す。
廃材の片づけやら、魔物の駆除などは軍人起用で何とかなるかもしれない。しかしたったひとつ、どうにもならないはずのことがあった。
それは。
「毒ガスの排除などどうやってやったんだ」
「ここの大掃除のことなら、フィオレが一枚噛んでるわ。それで通じるでしょ」
未来のソーディアンマスター達を先に進ませているにつき、ハロルドはあっけらかんと答えた。
彼らの最終的なメディカルチェック──身体検査が終わるまではすることもないと、足取りものんびりしたものである。
「……そうか。お前の言うことを聞く程度には落ち着いているんだな」
「そりゃ、私は義手を作ってあげた恩人だもの。大抵の頼みごとは聞いてくれたわよ」
普段の様子はと聞けば、至って平常であるとのこと。
「たまに空き時間ができると、弦楽器弄ってるわよ。あんなものどこに持ってたのかしら」
「楽器? あれは両手がないと弾けないはずだが、片手で使っているのか?」
「あの子が考案、私が作成した義手は通電義手といって、装備者の意志で作動可能な代物なの」
ハロルドいわく、単純に体を動かすだけで常に脳が命令を出している。その命令が神経を通る際に電気的刺激が発生するらしい。それによって筋肉は収縮──要するに動く、ということだ。
つまるところ筋肉は調整された電流で操作可能。これを実現させたのが、通電義手なるものらしい。
「未来から来ただけはあるわね。私が怪我人用に研究していたものと同等の造りだもの。あんた達の時代にはこんな感じのがゴロゴロあるんでしょ?」
「へっ!?」
「フィオレが元々いたのは、十八年前の世界だよな? その頃にはあったってことか……?」
きょとん、と瞬きをするハロルドを置き去りに、未来人達が円陣を組んでヒソヒソと言葉を交わす。
未来のことに関して必要以上に知ろうとしないハロルドは、肩をすくめて傍観を決め込んだ。
「いや、考案されたことはあるが、実現化はしなかったはずだ。重量に衛生、外見に整備、そもそも用意するのに莫大な費用がかかったから」
そもそも通電義手などという言葉さえなかったと、ジューダスは語った。
それにしても迂闊なことをしたかもしれない。
この技術を目にしたハロルドが良かれと思って転用し、歴史を狂わせることになるかもしれないのに──
「ま、どこから持ち出した技術かなんてどうでもいいわ。どうせ私は、私が発案した技術しか使わない」
フィオレに言われて設計図も燃やしてしまったし、そもそもの構造は自分が構築したものとそう変わらないものだと言って一同を安心させる。
ハロルドとしては、同じことを何度も言われてご立腹のようだ。
「フィオレにもさんざん言われたのよ? 技術転用絶対ダメ、って。ちょっとは信用しなさいよね」
ただ、人体の稼働における滑らかさはあちらが勝っていたかな、と呟いて、一同をおちょくるのは御愛嬌か隠れた本音か。
やがて物資保管所最奥へと至る。開け放たれた先は、それまでの道のりとは大幅に雰囲気が異なっていた。
機密性の高い部屋の一角は巨大な装置で牛耳られ、各場所にはそれぞれの研究者達が待機している。
すでに身体検査を終えたらしいディムロス達もまた、研究者達の誘導によって待機していた。
「特に問題はないわね? んじゃ、ちゃっちゃと終わらせますか」
カイル達にはその辺にいるよう言い捨てて、ハロルドが装置の中心部──制御盤の前に立つ。
鼻歌すら歌い出しそうな勢いで操作盤を軽やかに叩いたかと思うと、彼女は未来のソーディアンマスター達に「回れ右」を命じた。
瞬間、装置が起動したかと思うと彼らと相対するかのように筒状のケースが現れる。
細いコードに絡まるように直立しているのは、各形状も大小も異なる剣──ソーディアンだ。
ジューダスにとって、あるいは英雄門に入った面々としてはいずれも覚えのある形だが、一振りだけそれがない形の剣がある。
他のソーディアンのように鋼の煌めきが一切ない、魔物の爪牙を連想させる刀身にむき出しのコアクリスタルを抱えた大剣──ソーディアン・ベルセリオス。
見ればその剣の前にだけ誰も立っておらず、使い手であるカーレルは実験を見守るように立っていた。
「さーて、それじゃ始めるわよ。これからソーディアンの最終調整であるコアクリスタルへの投射を始めるわ。何が起こっても、そのプレートから出ちゃダメよ!」
よくよく見れば、彼らの立ち位置には床とは明らかに異なる紋様のプレートが設置されている。そこを通じて、コアクリスタルに人格の投射を行うということか。
仕組みも何もわからない一同としては、そう解釈するより他はなかった。
一方、その間にも何やら制御盤を触っていたハロルドが大急ぎで例のプレート──誰もいなかったソーディアン・ベルセリオスの前に立つ。
くるりと振り返ったハロルドは、おそらく一同に向けてだろう。挑戦的な笑みを浮かべて言い放った。
「いい? あんたら、しっかり目に焼きつけなさいよ。この、歴史的瞬間を!」
くるりとハロルドが、ソーディアン・ベルセリオスに向き直った瞬間。
施設の全電力を注いだかのように、眩い明滅が誰もの視界を奪い去った。
各ソーディアンの収まるケースが発光し、それに伴ってマスター達の足元も明滅を繰り返す。
状況を正確に把握しているのは、おそらく当事者達のみ。
やがて明滅は止み、発光していたケースも元の明るさを取り戻した。それが終了の合図なのか、制御盤の前に戻ったハロルドがカーレルを手招きソーディアンの前に立たせる。
「さあ皆。手に取ってみて頂戴」
絡まるように繋がれていたコードが回収され、音もなくケースが開く。指示通り、ソーディアンを掴んだディムロスは、刮目したように眼を瞬かせた。
「……驚いたな。試作品より遥かに使いやすくなっている」
「これは……本当に剣なのか? 持っている感覚さえない、まるで自分の手の一部のようだ」
ディムロスとは違い、初めてソーディアンを手にするイクティノスはどこか呆然としたようにソーディアンを見つめている。もう一人の自分ともいえるコアクリスタルがある故なのかもしれない。
次々と手に取ったマスター達も、感嘆を隠せない様子だった。
「握っただけで、凄さがわかります。この剣さえあれば、誰にも負ける気がしません」
視線がディムロスやイクティノスに向かっている辺り、何を考えているのやら。
天地戦争を終局へと導く兵器を手にしたマスター達の感動に水を差すように、ハロルドはちっちっと指を振ってみせた。
「この程度で驚かれちゃ困るわ。ソーディアンにはもっと凄い力があるんだから」
「凄い力……?」
呟くカーレルに、ソーディアン貸与を申し入れ。ハロルドはふらりとその切っ先を、部屋の隅に押しやられた廃材──球状のタンクに向けた。
何をするのか悟った一同が付近の研究者達を避難させた、と同時に。
「ハァッ!」
詠唱も何もなく、ハロルドがソーディアンを掲げる。一瞬にして収束した晶力はその姿を雷と変え、迸った晶力がタンクに直撃した。
結果として、タンクどころか周囲の廃材は黒焦げの炭クズとなり果てている。当然、原型を留めていない。
その様子を見て、ハロルドは「あちゃあ」と舌を出した。
「やりすぎちゃったかな」
「い、今のは……!?」
ハロルドが行使するそれを見たことがなかったのか、ディムロスを除くマスター達は一様に眼を白黒させている。
その様子を面白そうに、あるいは満足そうに見やるハロルドはカーレルにソーディアンを返した。
「ディムロスは知ってると思うけど、この剣を持つ者は晶術という特殊な力が使えるのよ」
それぞれの晶術の特性、その扱い方等、理屈を語るハロルドを見てカーレルは吐息を零した。感嘆、に類する。
「まったく、お前は天才だよ。我が妹ながら、時々そら恐ろしくなる……」
「あらっ、今頃気づいたの? まったく、兄貴ってアホね」
普段通りのやりとりに空気が一瞬ゆるむも、それは唐突に消えた。
気を取り直したように手を打ったハロルドによって。
「さて! 興奮冷めやらぬところ悪いけど早速訓練開始よ! 一日、いえ半日で使いこなせるようになってもらうからね!」
さあいらっしゃいとばかり、ハロルドはてきぱきと後処理を研究者達に指示して、扉を開いた。
ディムロスがリトラーへの報告を頼もうとして、それを却下される。
「待った待った、ソーディアンの動作確認が先よ。カイル達にはそれを確認してもらってから、報告を頼むわ」
「でも、それなら今ハロルドが……」
「確認できたのはベルセリオスだけ、しかも使用したのはマスターじゃない私。全員起動可能かを試さなきゃダメよ。もし不具合が生じていたら、それの修正に時間をもらわなくちゃ」
ただ完成しただけで戦局をひっくり返すベルクラントのような兵器とは違うのだ。何が何でも半日で使いこなしてもらうため、それだけははっきりさせたいとのこと。
「なるほど。リトラーに半日でと伝える以上、どんな不確定要素を挟んで嘘にするわけにはいかないか」
「当たり前でしょー、そんなことしたら「天才」の名折れよー。せっかく稀代の名軍師から天才って褒めてもらったのにー」
わざとらしく語尾を伸ばして茶化すハロルドが、階段を上る。一階と同じく荒廃していたはずの二階は、面影もないほどに片付いていた。
そもそも壁があった場所に壁がない。
「ここはソーディアンのためにしつらえた特殊訓練場よ。まず皆には晶術を使えるようになってもらうわけだけど……」
「あの、ハロルドさん。これは何ですか?」
シャルティエが指すのは、部屋の片隅に立っている白銀の全身鎧だった。
ごちゃごちゃと訓練用の機材と思しき装置が転がっている中、凛と立つその姿が目に入ったのだろう。
「それ? ミクトラン戦を想定した自動組手人形のブリュンヒルドよ。晶術が普通に使えるようになったら戦ってもらうから」
「動くんですか?」
「もちろん。ブリュンヒルド、準備運動よ」
妙にもたついたような動きで全身鎧が動き出す。屈伸や前屈、果たして全身鎧に必要なのか疑わしい柔軟運動を一通りこなして、全身鎧は腰の剣を取ると素振りを始めた。
「やけに滑らかな動きですね……」
「お褒めの言葉として受け取っておくわ。で、ディムロスはもう実戦で晶術が使えるから、ブリュンヒルドと遊んでて」
「何「自動戦闘モード、オン。目標、ソーディアン・ディムロス!」
ハロルドの声に反応するようになっているのか、全身鎧──ブリュンヒルドは素振りをやめた。
きりきりきり、と音を立てて、その体がディムロスに向く。
「準備運動要らないんでしょ? 絶対壊れないから、思い切りやって。一本取るか取られたら小休止モードに入るから」
ハロルドの言葉が終わると同時に、ディムロスの抗議よりも早くブリュンヒルドは襲いかかった。
腰の剣──細剣の形だが、刀身はよくしなる針金で殺傷力は無いそれを振り回す。
型も何もないが、その勢いは直撃すればミミズ腫れができるだろう。それを捌こうとして、ディムロスは固まった。
「ぐっ!」
細剣に気を取られた瞬間、放たれた下段蹴りで体勢を崩されて。
咄嗟に耐えたはずが弁慶の泣き所を狙われ、じぃん、と痺れる。気づいた時にはすでに遅く、ブリュンヒルドは彼の利き手に一撃見舞っていた。
手首をまともに打たれて、成す術なく取り落とす。
あくまで狙いはソーディアンだけらしく、ブリュンヒルドはディムロスに背を向けて待機位置とやらへ戻ってしまった。
何故か直立ではなく、体育座りをしている。
「もう終わったの? どれどれ……」
それまでディムロスを除いたマスター達に晶術の仕組みを語っていたハロルドがやってきて、はたき落とされたソーディアンの様子を調べた。
問題ないと判断してなのか、今度はディムロスの容態を調べにかかる。
「脛の打撲に手首のミミズ腫れね。アトワイト、回復晶術をかけてみて。まずは時間がかかってもいいから、確実に直してね。後遺症残さないでよ」
慌てて駆け寄ったアトワイトにそう指示して、ハロルドは晶術の指導に戻ってくる。
とはいえどすでに座学はすでに終わっているらしく、彼女は各々に発動を促してカイル達に歩み寄った。
「待たせるわね。もうすぐ一仕事してもらうから」
「ねえハロルド。なんでソーディアン・ベルセリオスだけ人格がハロルドで使い手がカーレルさんなの?」
「そりゃ私だって初めは兄貴の人格を予定してたわよ。ある日ふと、双子の場合だったら精神同調率はどうなるのかしらと思って試してみたら……」
結果、カーレル自身の人格よりハロルドの人格を用いた方がより高い性能が望めるという見解が算出されている。
本来軍師であり、体を張った軍人ありきの仕事に慣れていない彼がこの度前線に駆り出されたのは、そんな理由もあってのことだとハロルドは語った。
「実際、身内の欲目を抜いて上達してるの兄貴だし。ほら今、使ってみせた」
見やればカーレルは虚空より一条の雷を発生させ、的の巻き藁を炎上させている。それをハロルドが消火する傍らでクレメンテが的を黒焦げにしていた。
その隣ではイクティノスが見事巻き藁を切り刻んでおり、アトワイトはなんとかディムロスの負傷を癒したようだ。
「うん、皆やればできるじゃない。シャルティエはどうよ?」
「う~ん……」
彼の的のみ、何の疵もない。疵こそないが……未だに晶術が発動できないわけではないようだ。
その証拠に。
「やあ!」
気合一閃、シャルティエが晶力を解放したその時に小さな玩具のトンカチが出現した。それは的に命中し、床に転がるより早く消滅している。
ぱちぱちぱち、と寂しいが確かに拍手が聞こえた。
「うん、全員発動可能ね。じゃあカイル達……」
「ま、待った! あれそうなの、今のが晶術!?」
「ええ、立派に晶術よ。ねえジューダス?」
同意を求められたジューダスは何ら動じることなくこっくりと頷いてみせた。そのままリトラーにソーディアン完成との伝言命令を承り、一同を率いて訓練場を後にする。
「ねえジューダス。シャルティエさんが使ったアレって……」
「ピコハンだ。ソーディアン・シャルティエにプログラムされた晶術で、被弾対象に失神を促す。まさかあんな風に生まれたものとはな」
もう一人のソーディアンマスターがここまではっきり断言、かつ懐かしそうにしているのだから間違いない。
ソーディアン完成は大変喜ばしいことだが、気になることがあった。
「ねえ、結局フィオレはどこにいるのかしら?」
「アトワイトさんの前だったから、結局何も聞けなかったけど……」
ハロルドの話を信じれば、彼女はフィオレを突入作戦を何としても起用すると言っている。その時に会うことはできるだろうが──
「なんか、不安になってきたな。大丈夫なのか、フィオレの奴」
「あいつはお前が憧れた英雄だ。理想と現実のギャップに落胆する気持ちがわからんでもないが」
「いや、そういうことじゃなくてよ。義手を作る引き換えに変な薬の実験台になって、ハロルドの言うことハイハイ聞いちまう奴隷にされてやしないか……」
ありそうだから困る。
よからぬ想像が一同の脳裏をよぎった、その時のこと。
「わっ!?」
「な、何だあ!?」
耳をつんざく警告音が施設全体に響き渡る。
只今出口を目指していた一同の前を、職員やた警備兵やらが慌ただしく行き交った。
〔全職員に告ぐわ。今の警告音について目下調査中よ。だから速やかに作業に戻って頂戴。工兵隊諸君もよ。無駄口叩いてるヒマがあったら足を動かしなさい。ほら、行った行った!〕
まるで見ているかのようなハロルドの声が、警告音に負けじと響く。
その放送に押されるようにして、極寒の冷気漂う表へと出た矢先。
「あ……」
「言い忘れてたけど、θは使わないでね。私達が基地へ戻るのに使うから」
いつの間に移動したのか。そこにはハロルドが立っていた。
しかし彼女は一行に対し、そっぽを向いている。
ハロルドの視界を占領してやまないのは、三日前ハロルドと共に一同の前から姿を消したフィオレの姿だった。
この寒空の下、奇妙なほどの薄着──体に張り付くボディースーツ姿であること、失われた腕どころか左肩まですっぽりと覆う
「フィオレ!?」
「ご無沙汰しております」
白銀の部位鎧を重たげもなく着けたフィオレが、それだけを言って天を仰いだ。
その彼女を中心に、光で描かれた奇妙な紋様の円──譜陣がいくつも浮かび上がる。
「何……?」
「……なるほど、そういうことか。それで、今の警告音は」
不安そうにペンダントを手にしたリアラをカイルに任せて、ジューダスは彼女に詰め寄ろうとした。
それを、ハロルドによって遮られる。
「大したことじゃないわ。ベルクラントが活動始めたんで、センサーがそれを感知したのよ」
大規模地表粉砕吸引装置「ベルクラント」が放たれようとしている。
十分大事だと喚くロニを心底うるさそうに扱いながら、ハロルドは虚空を見つめるフィオレを見やった。
計五つの譜陣から様々な色をたたえた光球が生まれ、フィオレはそれらと触れあうようにしながらぽつぽつと何かを語りかけている。
「あれって……」
「前にも言ったじゃない。といっても、実際に見るのは初めてだけど」
以前ハロルドが一同を伴い、初任務──物資保管所へと向かった際。空が異常に明るくなってまた元に戻った際のことを思い出させる。
「確かに、そんなことがあったな……」
「あれはフィオレが守護者達に働きかけてベルクラントを迎撃したと言っていたな。まさか……」
「そのまさかよ」
これから同じ事をするのだと聞かされ。一同は自然とフィオレの挙動に注目した。
五色の光球──明るい麦藁色、落ち着いた瑠璃色、燃え盛る朱金色、初々しい新緑の他に眩い太陽の放つ光そのものがひとところに集い、フィオレはそれらに手をかざしている。
何らかの力が働いて力場が発生しており、瞳が軽く閉ざされてその心情は伺えない。
それも束の間、朱金の色がその場を離れたかと思うと、まるで見張りでもするかのように上空を漂った。それに太陽の発するものに近い光が続く。
やがてフィオレは閉ざしていた眼を開けたかと思うと、左の腕を高々と掲げた。
「マジか……あのベルクラントを迎撃するなんて」
「マジじゃないと、私らみんな木端微塵よ」
如何なる仕組みか、義手の甲がスライドしたかと思うと、その下から丸い飾りがのぞいた。
おそらくは、神の瞳。
「荘厳なる意志、静かなる意志、灼熱と業火の意志、舞い降りし疾風の御子、至高の意志。集いし星の意志よ、森羅万象の名の元に、薙ぎ払え!」
掲げた腕の先端に光の譜陣が浮かび上がり、五つのそれがひとつの巨大な陣を成す。
直後放たれた光は、フィオレを地面に叩きつけて、鉛色の空へと呑みこまれていった。砲台となった施術者本人はすぐさま上体を起こし、空を見上げている。
十数秒のタイムラグを挟んで、数日前と同じ現象が発生した。ベルクラントのエネルギーと星の意志が互いを削り、相殺と同時に眩い輝きを放つ。
それは鉛色の雲が異常な光に透かされることで、誰の視界を奪うでもなく唐突に失せた。
「……がとう、みんな」
『お大事に、ね』
肩で息をしながら立ち上がるフィオレの安否を確認するように、五色の光球が消え失せる。
それを見送った彼女は、足早にその場を立ち去ろうとしていた。
「お、おい……」
「──ソーディアンマスター達が来ます。また後日」
彼らと、正確にはアトワイトと顔を合わせる気がないのだろう。
何かを言いかけたロニにそれだけを告げて、フィオレは身軽に修復されていない二階の穴から施設内に戻ってしまった。
一同の通った正規ルートを使ってだろう。フィオレの言った通り、ソーディアンマスター達が現れた。
「ハロルド。今の一体何だったんだ?」
「今調べたらセンサーの誤作動だったみたい。騒がせたわね」
さあ特訓だ、伝令だとそれぞれを急かして、ハロルドもまた施設内に戻っていく。
間近で見た守護者の力に、完成したソーディアンの事にと興奮せずにはいられないカイルを筆頭に、無事地上軍拠点へと帰還した。
※作中の通電義手は、実在する「筋電義手」「電動義手」「動力義手」の性能をハロルドフィルターに通したものです。
本来ここまで廃スペックなものではないのですが、ハロルドならなんとかしてくれる。まちがいなく。