swordian saga second   作:佐谷莢

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 クレスタ。
 薄情にも宿にジューダスを置き去りにして、散策なう。
 望んだ事柄ではなかったとはいえ、二人は師弟でした。師弟であるならばどうしたって、上下関係は存在します。
 しかし、それも過去の話。
 長い時を経て、ようやく同じ目線となれました。(物理的にはフィオレの方が上)


第五戦——念話の先生、水先案内人。これでやっと、二人は対等に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでに対価は支払っているにつき、連れの姿がなくとも宿から出るのに問題はなかった。部屋の鍵は置いてきたので、ジューダスが宿を引き払う時に提出してくれるだろう。

 十八年前のクレスタならば、客員剣士の仕事で来たことがある。

 しかし、片手で数えるに事足りるため、詳細は一切覚えていない。

 よしんば知っていたところで、十八年という時の経過はひとつの街を変貌させるに十分すぎる。

 あのダリルシェイドがあれほど荒廃していたのだから、この街が劇的な変化……街ではなく村に見えるとしても、特に不思議はない。

 雑貨店や衣料品を取り扱うような店舗を探しがてら、フィオレはのんびりと散策をしていた。

 いつ襲撃があってもおかしくない身だが、これだけ呑気に、ただ歩いて回るのは新鮮である。

 風力を利用し、すぐ傍の小川から水を汲みとって街の中心に水路を形成している噴水。その噴水がある高台には橋が渡され、その先は昨夜向かったデュナミス孤児院に続いている。

 クレスタ全体の狭さだけは記憶通りで、いくらも歩かないうちにフィオレは街の入り口へ到達していた。

 すぐ傍には物見台があり、頂上には釣鐘のようなものがぶらさがっている。もしもの時は、あの鐘の音が街中に響くのだろう。

 物見台のすぐ足もと。大輪の花々が咲き誇るそこには、新鮮な果物が供えられた石碑が埋まるように存在していた。

 

【クレスタの復興と世界の平和を記念して──ウッドロウ・ケルヴィン寄贈】

 

 つまり、クレスタは一度街としての機能が破壊され、世界は滅亡の危機に直面したのだろう。

 何があったのかは知らないし、どのように解決したのかもわからないが……遅ればせながらお疲れ様というところか。

 ともあれこのまま出てしまうわけにもいかず、くるりと踵を返す。

 水路に渡されていた板切れの橋を渡って尚を歩いていると、用水路の水流で回る水車小屋の付近に目当ての建物があった。

 扉を押して中に入れば、からころと、取り付けられていた木製の鈴が素朴な旋律を奏でる。

 正面は日用品や衣料品店の並ぶ雑貨店、右手には刀剣や鎧の居並ぶ区画があった。ただ、ざっと見るにどちらも品揃えは薄い。

 クレスタの位置は中央大陸の端、フィッツガルドで言うリーネとそう変わらない位置だ。

 当然人の行き来は非常に少なく、地元の人々にとってはこれで十分なのだろう。

 まずは旅装を整えようかと、衣料品の区画を見やるも、そこには先客がいた。

 

「ねえロニ、早く行こうよ!」

「まあ待てってカイル、旅支度はきっちり済ますもんだ。まずは野宿しても風邪引かないよう、あと雨をしのぐこともできるマントをだな……」

 

 旅装には必要不可欠であろうマントを手に取り、じっくりと吟味しているのはロニ。そんな彼の傍らでせかすは、カイルだった。

 野宿がどうこう言っているということは、旅にでも出るのだろうか。

 まさか昨夜のことで勘当されたとか、あの雰囲気からしてそれはないと思いたいが……

 ともあれ、すでに外套を備えているフィオレには要らないものだ。

 特に声をかけるでもなく被服を見て回り……被服の新調はあきらめることにした。

 女性ものは論外、男性ものもフィオレの体格に合うものがなかったためである。

 かろうじて条件に合うのは男女兼用農作業用のツナギだが、これで旅はできない。

 せめて足技が気兼ねなく使えるようにと厚手のタイツを購入して装着し、雑貨を見て回る。

 昨日の手当てで手持ちがなくなった包帯、綿紗(ガーゼ)などを補充し、そろそろなくなりつつある香水を選ぶ。

 更に、フィオレは変装用としてとあるものの購入を悩んでいた。

 現在フィオレは、キャスケットで目元を隠すことで目立つ眼を──取り越し苦労かもしれないが、十八年前に実在したこの顔を隠している。

 しかし、所詮帽子。何かの弾みで取れてしまう危険性は限りなく高い。

 そこで片目だけを隠す眼帯に変わる、新たなアイテムを手にしようとした矢先のこと。

 

「あれ、ひょっとしてフィオレ?」

 

 特定の人間にしか名乗っていないその名を呼ばれ、フィオレは手を引っ込めた。

 落ち着きのない金髪に、くりっとした空色の瞳。

 フィオレと同じように買い物用の編み籠を手にした少年は、カイル・デュナミスその人である。

 

「こんにちは、カイル。お使いですか?」

「違うよ。これからオレ達、旅に出るんだ。だから旅支度をね」

 

 オレ達ということは、あのロニも一緒なのか。

 それを尋ねれば、彼は未だマント選びに余念がないらしい。

 何でも撥水性に優れているが値段は張るものか、普通のもので価格も手頃。どちらかを決めかねているようだ。

 

「オレはどっちでもいいって言ってるのに。早くしないとあの子、どんどん先に行っちゃうよ」

「……?」

 

 突拍子もなく彼の口から零れたその単語に、フィオレは小さく首を傾げた。

 何のことなのかさっぱりわからない。その雰囲気を感じたらしいカイルが、聞いてもいないのに事情の説明を始めている。

 

「実はさ、昨日の昼クレスタの近くにあるラグナ遺跡に行ってきたんだ。そこで──」

 

 見つけた巨大レンズの中から、女の子が現れた。

 彼女は英雄を探しているらしく、彼は迷わず立候補したのだという。

 結果として彼は少女に認められなかったらしいが、どうもカイルはあきらめていないらしい。

 実に大雑把な説明には全然脈絡がない。そもそも巨大なレンズから女の子が出てきたとは、どういうことなのか。

 とりあえず、フィオレは無難な質問をしておくことにした。

 

「カイルは、英雄になりたいのですか?」

「うん! なりたい、っていうか、なる! 父さんや母さんのような英雄に!」

 

 おそらくは、彼の長年の……否、幼年期から持ち続けている夢なのだろう。

 カイルの目は実に純粋で、ひたすら輝いているように見えた。

 偉大すぎる両親を持つ子供は、時として過大な劣等感を抱えることがあるのだという。

 しかしこの少年は少しも屈折した様子がなく、純粋に「両親のようになりたい」と願っているようだ。

 こうして少年期、惜しげもなく夢を語って。現実を知った時、少年は大人になるのだろう。

 ──と、フィオレは踏んでいるのだが。

 どうも彼の話を聞くと、妙な方向に向かっているような気がしてならない。

 

「違うって言われはしたけど、オレは「今はまだ」違うっていう意味だと思う。考えてみれば父さんだって、生まれたときから英雄ってわけじゃなかったんだし」

「……」

 

 突っ込みどころが山ほどあって、どれから突っ込めばいいのか、全然わからない。

 レンズの中から現れたという少女の正体はさておいて、彼女から英雄認定されたところで何がどうなるわけでもないことを教えるべきか、放置するべきか。

 

(……触れない方が、いいかな)

 

 もしかしたら英雄云々以外に何かあったのかもしれないし、余計な口は挟まないことにする。

 フィオレにスタンやルーティとのかつての関わりがなければ、彼とはわずかな同道を共にしただけという仲だ。何を言ったところで、彼とて聞く耳を持たないだろう。

 とにかく彼としては少女を追いたいようだが、さりとてロニを置いていくつもりはないようだ。

 事前にまとめたらしいリストを手に、保存食やらグミやらを手に取っている。

 

「ところでジューダスは?」

「別行動中です」

 

 フィオレが散策している間に、太陽はすっかり昇り切っていた。

 彼の寝起きはそう悪くなかったし、ルーティに見つかることを良しとしないだろうから、もうクレスタから離れている頃だろうか。

 そんなことを考えていると、再びカイルから声がかかった。

 

「フィオレ達って、どこに行こうとしてるの?」

「……特にこれといっては。目的に応じて、様々な箇所を回ることになると思います」

 

 そのものズバリ、地名を答えそうになって思いとどまる。昨晩ジューダスに言われたことを思い出したのだ。

 神の眼が発端となり発生したという騒動で、ダリルシェイドがあれだけ変貌していたのだ。村一つ消えていたっておかしくはない。

 ちらりと走らせた視線の先、壁に張られた世界地図を見つける。

 それを一心不乱に見つめて、フィオレは同じ質問をカイルに放った。

 

「そういうカイル達はどちらに?」

「アイグレッテだよ」

 

 さっそく知らない地名を聞かされ、世界地図をじっくりと見る。

 アイグレッテなる単語は、かつてストレイライズの森が鬱蒼と生い茂っていた辺りに記名されていた。

 

「その……あなたが探す女の子が、そこに向かったという確信がおありで?」

「まあね! その子、「英雄を探してる」って言ってたから。今会える英雄っていったら、父さんと母さん、英雄王ウッドロウ王に、ストレイライズ大神殿のフィリアさんだろ?」

「今会えるも何も、人々の記憶に新しいのはその四人でしょう。他に誰かいらっしゃるので?」

「そんなの決まってるよ。四英雄とは別格の、泡沫(うたかた)の英雄フィオレシア。でも、あの人とはもう会えないだろ?」

 

 誰だろう、泡沫(うたかた)の英雄フィオレシアって。確かに、最終的に海底に没して、泡のように命は潰えてしまったが。

 閉口せざるをえないフィオレを余所に、カイルは話を続けている。

 

「父さんはどこにいるかわかんないし、あの子が母さんに会いに来た様子もない。残るはフィリアさんとウッドロウ王だけど、この二人に会うなら必ずアイグレッテに立ち寄るだろ?」

「そりゃまたどうして」

「どうしてって……フィリアさんはアイグレッテにある大神殿にいるし、ウッドロウ王が治めるファンダリアに行くにはアイグレッテ港からじゃないと行けないからだよ。どっちにしたってアイグレッテに立ち寄らなきゃいけないってロニが言ってたんだ。でもアイグレッテには沢山人がいるらしくてさ。できればアイグレッテ手前で追いつきたいんだけど……」

 

 あれじゃあなあ、と彼はマントがかけられたハンガーラック付近から動かない兄貴分を眺めた。

 と、そこで。

 

「ぃよぉーし、決めた! こいつを二丁頼む。包装はなしで」

 

 ようやく彼の中で決着がついたらしい。

 ガルドと引き換えにマント二丁を手に入れ、ロニは意気揚々と弟分へと歩み寄ってくる。

 当然、フィオレの存在に気付いた彼は目をしばたかせた。

 

「お? あんたは……」

「昨晩はお世話になりました。院長さんのご機嫌はいかがでしたか?」

「ルーティさんなら、なんか元気がなかったな。あんたらが行ってから何も聞かれることはなかったし、今日も心ここにあらずって感じで……カイルが旅に出る話をしたら、元に戻ったけどな」

 

 彼らのためという名目上、十八年後のルーティに一目会いたいという望みはやはり、代償として彼女を惑わせてしまったか。

 一刻も早く彼女の記憶が風化することを祈る。

 そしてフィオレもまた、早くここを発つ必要があるようだ。

 

「そういや、あの仮面の兄ちゃんはどうした? あの皮肉っぷりに愛想でも尽かしたか?」

「ああ、彼なら……」

 

 別行動中か、その通りと答えるべきか悩んだ瞬間。激しい勢いを伴って、扉が開いた。

 木製の鈴はまるで嵐の最中に放り込まれでもしたかのように、ガラゴロ鳴っている。

 扉を蹴り開けて息を荒げていたのは、骨に似た質感の仮面に黒を基調とした衣装の少年だった。

 

「……そこに、いるみたいですね」

「ここにいたのか……探した」

「それは見ればわかります。私に用事で?」

「その通りだ」

 

 何やら剣呑な目を向けてくるジューダス、そして何事かと成り行きを見守る店員、並びにカイルらを含めた買い物客。

 どんな内容かは定かでないが、ここで立ち話をするという選択肢はない。

 

「場所を変えましょうか。──それではね、カイル、ロニ。旅の無事を祈ります」

 

 籠の中身を店員に見せ、迷惑料ということで、品物代とは別に千ガルド札を置いて店を出る。

 荒げた息を整えるジューダスを引き連れ、やってきたのは散策中に見かけた喫茶店だった。

 それほど長い話ではないのか、明らかに戸惑っている彼が何かを言う前に店内に入る。

 メニューをざっと見て、フィオレはそれをジューダスへと差し出した。

 

「オムライスとレモンタルト。ジューダスは?」

「……ホットチーズサンドとプリンパフェ」

 

 注文を待つ間、フィオレは羊皮紙と筆記用具を取り出している。

 羽ペンの先端をインク壺にひたし、一筆書きで羊皮紙に書きつけ始めた。

 

「それで、話とは?」

「……なんでいちいち喫茶店になんか入る必要があるんだ」

「朝餉がまだなんです。それで?」

「どうして勝手に宿を出た」

 

 一筆書きを終えて、再びペン先をインク壺にひたす。

 雑貨店で見た世界地図を思い出しながら、フィオレは返事をした。

 

「私に用事があり、あなたに対する用事は済んだからです。私の今後はお伝えしたのですから、承知だろうと思っていましたが」

「目が覚めたら隣の寝台が空などと、普通は想像しないぞ」

「そうかもしれませんね」

 

 手早く描き切った羊皮紙を広げ、全体を見直す。

 興味本位で覗きこんだジューダスは、それを見てぽつりと呟いた。

 

「……世界地図か?」

「ご名答。雑貨店にあったものをできるだけ写してみたんですが、大分変わりましたね」

 

 第一大陸──今は中央大陸と称されていたか。幾つかの村が消え、ファンダリアからジェノスとサイリルの文字がない。

 カルバレイスからはジャンクランドが消え、ホープタウンなる集落が誕生している。

 フィッツガルドに見た感じ変化はないが、この分だと何かが変わっているだろう。

 アクアヴェイルに至っては、島国密集地域にその名が記載されているだけだ。

 

「ジョニーが統一をどうたらこうたらおっしゃっていましたが、これは実現したということなのでしょうか?」

「……セインガルドという国がなくなって、国交正常化こそ不可能になったがな。複数に分かれていた領土が消え、統一は果たされたぞ」

 

 意外な返答を耳にして、フィオレは初めてジューダスの顔を直視した。

 

「知ってるんですか?」

「僕はお前と違って、大分前からこの世界にいることを自覚している。これまで、ただ漫然と過ごしていたわけじゃない」

 

 確かに、彼はフィオレの知らない技術やこの世界の常識に博学とすら取れる知識を備えていた。

 現状を知るために放浪に出たというのは、伊達ではないらしい。

 ならば──

 

「ねえジューダス。さしあたっての目的がないのなら──」

 

 同行を誘う旨を告げようとして、ふと我に返る。

 今、何を言おうとしたのだろう。

 たかだか剣術を教えていた、かつての上司であるというだけの少年に、何を甘えたことを言おうとした? 

 おまけに今は、正体不明の人間に追われている──否、狙われている身だ。

 彼が知り合いかもしれないが、おそらく深い関係ではない。危険に巻き込んでしまうだけ。

 加えてジューダスは、フィオレに勝手な負い目を持っている。内心でどう思っていようと、望まれれば彼が頷いてしまう危険性は高い。

 危ないところだった。

 

「何だ」

「いえ……何でもありません。それで「お待ちどう様!」

 

 折よく注文の品が運ばれ、フィオレはものも言わずに羊皮紙や筆記用具を片づけた。

 実際腹が減っていたにつき、あっという間にオムライスを片づける。

 彼を同行に誘おうとしたのは、空腹による思考力の低下だと思いたい。

 同じく黙々と料理を手につけた彼が一段落したところを見計らって、フィオレは尋ねた。

 

「それで、ジューダスの話とは?」

「気が動転していて聞き損ねていたが、真実とはなんだ」

 

 それを聞いて。フィオレは眼前に運ばれてきたレモンタルトに手をつけるのをやめた。

 サービスの紅茶を一口飲み、言うべきことをまとめてから口を開く。

 

「あなたが到底信じそうにもない与太話です。私があなたの立場でも、早々信じない」

「……僕達の身には、すでにありえない事象が発生している。今さら何を聞かされたところで、頭から否定はしない」

「それが、マリアンのことに関してでも、ですか」

 

 彼が今も想っているであろう女性の名を出され、ジューダスはしばし沈黙した。

 しかし、彼の中でどのような結論が出たのか。

 

「──かまわない。話せ」

「彼女は人質ではありませんでした。あの計画における賛同者にして、人間であるかどうかも疑わしい」

 

 紡がれた言葉を聞き、ジューダスがテーブルの下で固く拳を握りしめているのがわかる。

 大声で否定したい。そんな気持ちをひた隠して、彼は震える声で根拠を尋ねてきた。

 それに対して、あの時起こった出来事を話す。

 きっと半狂乱になって否定するだろうと予測された彼は、歯を食いしばってテーブルに爪を立てた。

 

「僕は……一体、何のために」

「たとえ騙されていなかったとしても、あなたのしたことは変わらない。そもそもそれは、悔やむことなのですか?」

 

 騙されてさえいなければ、ヒューゴの望む行動を取らなかったなら悔やむ気持ちは十分理解できる。

 だが、どちらにしても行動が変わらなかったら意味がない。

 多分「騙されたこと」自体を悔やんでいるのだろうが……

 

「恋は盲目……とでも言いますか。焦っていたんですね」

「何?」

「マリアンの生存を懇願するくらいなら、ついでに世界を救えばよかったのに」

 

 神の眼を用いて世界規模での災厄を企んだヒューゴを斬れば、すべては丸く収まっただろうに。

 そうしなかったのはすでに人質を取られていたからか、あるいはヒューゴに対して親子の情が残っていたか……いずれにしても褒められたものではない。

 

「ともかく真実とは、本物なのか影武者なのか知りませんが、あの場にいたマリアンは人質でなく賛同者であった、ということです。他に何か質問は?」

「さっきは何を言いかけていた」

 

 とにもかくにも過去は過去。そうとでも割り切ったのだろうか、思いのほか彼の突っ込みは鋭かった。

 さてどのようにごまかそうかと、レモンタルトを見下ろして。皿の上からレモンタルトがかっさらわれた。

 それを眼で追えば、カトラリーに入っていた予備のフォークにレモンタルトを突き刺したジューダスの姿がある。

 

「お前がそうやって視線をそらすのは、何かを考えている時、だな」

「人のお菓子を取り上げるなんてお行儀が悪いですよ」

「はぐらかすな。質問に答えろ」

 

 実に腹の立つ物言いだが、彼を知る者にとってどれだけ真剣なのかがよくわかる態度の表れでもある。

 言うだけなら構わないかなと、フィオレは手持無沙汰に紅茶を一口すすった。

 

「ただいま絶賛世間知らず中の私が、この世界で常識を覚えるまでナビゲートをお願いしようかな、と思ってたんですよ」

 

 かちん、と固まったジューダスからレモンタルトを取り返し、美味しくたいらげる。

 まだほのかに温かい紅茶で口をゆすぎ、口の中をさっぱりさせたところで口元を拭った。

 

「言いかけてやめたのは、何も語らないあなたにも都合というものがあるだろうと判断してのことです。そろそろここを発ちます。長居しすぎてばったりルー……彼女と会っても困る」

「僕は別にかまわない。今すぐ何かを成さなければならないこともない」

 

 フィオレの言葉を聞き、案の定彼は即断で肯定を示している。

 ありがたい話だが、文字通り受け取ってしまうわけにもいかない。

 

「無理しなくていいですよ。あなたが私に悪感情を抱いていたことくらい知っています」

「別に無理なんかしてない。人の好意も素直に受け取れないのか」

「……あのリオンからの好意なんて、受け取ることも畏れ多いですよ」

 

 投げやりに答え、その態度がジューダスの機嫌を損ねるも特に言い繕うことはしなかった。

 ヒューゴ氏という雇用主が存在せず、客員剣士という身分から解放されている現在、フィオレとリオンの間柄は元師弟というものだけだ。

 それすらも強制に等しいものであることもさながら、もう彼におべっかを使う気はない。その意味もない。

 

「それともジューダス。私と共に旅することをお望みですか」

「ああ。その通りだ」

 

 大人ぶっていてもまだ純情な少年のこと。言葉を詰まらせるかと思いきや。彼はフィオレの問いをあっさりと肯定した。

 これにはフィオレも驚愕し、その真意を尋ねにかかる。

 

「その心は?」

「べ、別に……勘違いするなよ。僕は借りを返して、恩に着せるだけなんだからな」

 

 借りを返して恩に着せる。

 奇妙な言い回しだったが、そういった意図があるなら何も勘ぐらずに済む、か。

 仮面の奥の素顔を鮮やかに色づかせながらも、彼は言葉を連ねた。

 

「それに、その……これだ」

 

 拳を突き出してきたから何かと思えば、その指には石竹色がかった銀環がはめられている。

 これがどうかしたかと尋ねると、彼は口の中でもごもご言いつつ、そのまま黙りこんでしまった。

 

『坊ちゃん! 別に恥ずかしがることなんかないでしょう、ちゃんと言わなきゃ!』

「……ひょっとして、チャネリング──念話の使い方のことですか?」

「その通りだ。僕はもともとシャルの声は聞こえる。だから、その、念話の仕方をだな……」

 

 なるほど。通りで即断即決を示したかと思えば、こういった意図があったか。

 納得して、フィオレはひとつ頷いた。

 

「わかりました。私は同道を求め、あなたはその報酬として念話の扱い方を学ぶと」

「そういうことだ。それで、クレスタを出ると言っていたが、どこへ向かうつもりなんだ?」

「アルメイダとハーメンツの間にあった山脈に行くつもりだったのですが、何だか地形が変わってるみたいですね」

 

 かつてストレイライズ神殿の膝元であったアルメイダ、そして国境の町ジェノスへ向かうにあたり中継地点でもあったハーメンツは消え、現在地図上では「ハーメンツヴァレー」なる地名があるのみだ。

 

「その辺りは、十八年前に空中都市の一部が墜落した影響で大幅に地形が変わっている。結果として周囲の村々は消滅し、残骸は巨大な谷を作り上げた」

「く、空中都市?」

 

 聞いたこともない単語だったが、つい最近見かけた記憶はある。

 確か旧ジルクリスト邸地下室の資料に、そんな単語があったような。

 そろそろ出立しようということで会計を済ませ、そのままクレスタを出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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