swordian saga second   作:佐谷莢

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 強襲ダイクロフト。
 ゲーム中は一度目も二度目も、ダイクロフトは強襲されて全然防衛できていませんでした。
 空中に漂っている要塞では、防御が突破されると脆いもんですねえ。
 それはさておき、フィオレはやられたリベンジを果たすようですよ? 


第六十戦——いざ進めやダイクロフト~今度は皆と一緒にね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一歩間違ったら全員、あの世行きだったわよ」

 

 促されて向かった先の、作戦会議室にて。

 辿りついた一同が何とか作動した扉をくぐった矢先に聞いたのは、呆れ果てたようなハロルドの言葉だった。

 

「どうしたの、ハロルド?」

「総司令ったら、ベルクラントがかすったのを幸いとそのままラディスロウでダイクロフトに突貫しちゃったのよ。ホント、ムチャするんだから」

 

 不満をぶちまげるハロルドを見て、カーレルがやれやれと首を振る。

 今度ばかりは、妹をいさめるつもりがないらしい。

 

「ハロルドを呆れさせた男か。ぞっとしませんな、司令」

「私の墓にはそう刻んでもらおう」

 

 すました顔でしれっと言ってのける彼は、やはり大物だった。それの実現が何十年か先であることを切に願う。

 次の瞬間には突入成功を宣言し、ソーディアンチームの出撃を命じた。更には格納庫に待機させていた兵士達を、惜しげもなく投入する。

 

「あんたたち、怪我はないわね? フィオレも……義手は大丈夫、と。んじゃ、行っくわよー!」

 

 ハロルドに先導され、一同はソーディアンチームについてラディスロウから飛び出した。

 何しろ、ダイクロフトの外壁を派手にブチ抜いて侵入したのである。辺り一帯はすでに整備用と思われる自立型の兵器に取り囲まれていた。

 地上軍の兵士達からすれば、これらも魔物の内に入るらしい。しかし、それらに怯んでいるようではミクトランとの対峙など、夢のまた夢。

 

「では、さっそく新兵器の実戦投入といきましょう!」

 

 カーレルの言葉を皮切りに、ソーディアンチームによる晶術乱れ撃ちが始まった。

 突然の大炎上から始まり、嵐が荒れ狂い、虚空から岩石が飛来して、更には隕石が降り注ぐ。

 とどめとばかり放たれた、もとい発生した高重力天体──ブラックホールによって、敵陣は総崩れとなった。

 その威力たるや、スタン達が扱っていたものとは桁が四つは違う。晶術に特化していたフィリアさえ、隕石など召喚したことはなかった。

 極めつけは、間違いなく上級晶術の類だろうに誰一人として消耗しておらず、本来の持ち主が使えばここまで違うのかと戦慄させるほどである。

 

「よし、道は開けた。先へ進むぞ、みんな!」

 

 アトワイトの治癒晶術によって、兵士達の負傷は軒並み癒える。それを待って意気揚々と、ディムロスは己のソーディアンを高々と掲げた。

 その一騎当千たるや、兵士達の志気は向上し、地上軍は一丸となって突き進む。

 道中彼らの活躍は目覚ましく、千年後存在する文献に記されていたのは絵空事でも誇張でもないことがよくわかった。

 やがて中央制御室へ行く道とミクトランがふんぞり返る玉座の間への道の分岐が見えてくる。

 

「手筈通り、ここで二手に分かれる。頼んだぞ、ハロルド」

「工兵隊諸君、妹をよろしく頼む」

 

 ディムロスに続き、他のソーディアンマスター達が続く。最後に一言を残して、カーレルもまた背を向けた。

 

「ここまでは順調ね。変なトラブルもなし、シミュレート通り。こうも上手く行きすぎると、後が怖いもんだけど……」

 

 彼に何を告げるでもなく、ハロルドは呑気に試算を思い起こしている。

 その姿に思い余ってか、いつになくそわそわしていたカイルが、ついに声を上げてしまった。

 

「待って、ハロルド! ハロルドはディムロスさん達を追いかけて。今なら、まだ間に合うから!」

「カイル!」

 

 唐突な提案に目をぱちくりさせるハロルド、当然ながら彼を諌めるジューダス。それでも彼は、自分の意見を曲げなかった。

 

「わかってる! わかってるけど……やっぱりダメだよ! このまま黙ってるなんて、オレ……!」

 

 ──天才とすら呼ばれる彼女のこと。カイルの言葉が何を示すのか、詳細を聞かずとも察してしまったのだろう。

 様々な可能性が去来する脳裏の処理に追われてか、黙して目立った反応がない。

 

「……」

 

 それを逡巡の類と思ったのか。カイルは促すかのように彼女の名を呼んだ。

 

「ハロルド!」

「あんた、アホね」

 

 しかしそれによってハロルドが発したのは、カイルへの侮辱──もとい、彼女の常套句だった。

 思いもよらない一言にカイルが目を白黒させるも、あろうことか彼女は諭しにかかった。

 

「あんたたちの目的は、歴史の修正でしょ? それなのに、歴史をひっくり返すようなことしちゃダメじゃない」

「でも、ハロルドきっと悲しむよ!」

 

 何がどうなるのか話さないのは、彼なりの自制心のあらわれか。その中途半端さが不安を煽らないでもないだろうに、彼女は冷静に淡々と意見を語る。

 これが彼女の本音であるか否かは、本人のみぞ知る。

 

「私に歴史を変えろっていうの? 自分がイヤな未来を回避するために。じょーだん! そんなことしたら例の神様と同じレベルじゃない」

 

 どうやらハロルドは、すでに一同の目的を理解しており、且つエルレインのこともご存じであるらしい。

 知らないことは不安に繋がるが、ある意味幸運なことでもある。普通は知らなかったことを恐怖して知ってしまい、絶望したり知ったことを後悔したりするのだが……

 

「ハロルド……」

「私は未来を知りたいとは思わないし、たとえ知ったとしても行動を変えたりしない。今やるべきことをやるだけ。そうやって、人間ってのは手探りで歴史を作ってきたのよ」

 

 彼女は自らも自称するように、普通に枠には収まらなかった。

 常人では考えもつかないような持論を、この短時間で構築、展開している。

 だからね、と彼女は結論を述べた。

 

「私だけインチキする気はさらさらないわ。わかった?」

 

 事情を知らないからだろうか、僅かな強がりも含めて、よくぞそこまで言い切ったと思う。

 となれば、彼女に言えるのはこれに尽きた。

 

「でも……」

「ハロルド。これから先、錯乱だけはしないでください。冷静でいろとは言わない。でもあなたがその言葉を忘れた瞬間に、全てが終わる」

 

 まだ何か言おうとしているカイルを押しのけて、フィオレは淡々とそう告げた。

 それから何を連想したのか、あるいは意図的にそうしなかったのか。ハロルドはただ首肯しただけである。

 

「フィオレ……!」

「ハロルドの覚悟を土足で踏みにじる気ですか。これ以上ぐだぐだ抜かすならその口縫いつけますよ」

「わかってる奴はわかってるわね。とにかくそういうことだから。改めて、レッツ……」

 

 気を取り直したハロルドが先へ進もうとした矢先。

 足元を揺るがす地響きがこだました。

 

「な、何!?」

「ベルクラントの発射音ね、予想通りの展開、まったく芸がないわねえ」

 

 ハロルドは呆れ顔だが、常人の感覚としてはそれどころではない。

 ベルクラントの攻撃を無力化できる唯一の人材は今、一同の目の前にいるのだから。

 

「まさか、ベルクラントによる無差別攻撃か!?」

「急がないと……皆、制御室に行くぞ!」

 

 だからさっきからそう言ってるのに、とぶつくさ呟くハロルドを連れて中央制御室を目指す。

 確かにあれから多少だが、時間を取った。

 そのタイムロスを少しでも補う手段は、移動方法の短縮化しかない。

 つまるところ、一同はハロルドを先頭にカイルとロニがその両脇を固めて、慌ただしく駆け出した。

 

「そこをどけえ!」

 

 行く手を阻む整備用兵器のみならず、おっとり刀で駆け付けた天上側の兵士まで勢いで薙ぎ倒す。

 張り倒しただけでとどめも捕縛もありゃしないが、ハロルド曰く特に問題はないという。

 

「あー、そゆのは後発隊の仕事だから。適材適所ってね」

 

 ついでに、我らが工兵隊に任されたのは陽動を意味する撹乱だ。派手にすればしただけ敵の手勢は割け、本命のソーディアンチームがミクトランのもとへ辿りつきやすくなる。

 戦闘不能状態となった兵士達からは続々と救援要請が出されている辺り、役目は十分果たしているといえよう。

 

「しっかし……ちょっとこれ、飛ばし過ぎ……」

「ロニ、ハロルドを担いで下がれ。フィオレ、前に出るぞ」

「了解」

 

 途中から息の上がり始めたハロルドをロニの背中に乗せて、彼を前衛から下げる。

 その代わり、カイルの両脇にはフィオレとジューダスが立った。

 勢いこそ欠けるが、このスリートップに隙はない。

 

「次の角を右! しばらく道なり、突きあたりを右、それから階段を降りて!」

 

 ハロルドのナビゲートに従い、混乱しがちなカイルを引いて怒涛のような進撃が続く。

 同じような作りの通路を抜けて、辿りついたその先の昇降機へ飛び乗った。

 

「ここまで……あんたらすごいわね! 試算の半分も、時間使ってないわよ!」

「……そう、ハロルド。この話はしてませんでした」

 

 小型端末機を手に珍しく本気で驚いたらしい彼女に、バルバトスに関する事柄を告げる。

 走りづめで体力の尽きたリアラをカイルに担がせ、これまで制圧の勢いを緩めなかったのはこれかと、ハロルドは独りごちた。

 

「──どうせ、私はやることがあるから、どのみち参戦はできないけど。あんまり時間がかかるようなら、それは承諾しかねるわよ?」

「かまいません。あくまで状況が許せば、の話です。そちらの都合に支障があるようなら、そっちを優先させてください」

「いい心がけね。さて……そろそろかしら」

 

 昇降機によって上昇した先、ダイクロフト中心部。制御室へ通じる扉の前にて。

 別ルートから攻め込んだと思われる地上軍兵士と天上軍兵士が揉み合っていた。

 不意討ちを免れたは幸いだが、これではどさくさにまぎれて制御室に入り込む余地もない。

 

「全員、武器を捨てて投降しろ!」

 

 カイルやロニが果敢に降伏勧告を行うも、誰一人として聞いていられる状況でないことは明白だ。

 これでは埒が明かないと、フィオレは手近な暗がりに神の瞳を仕込んだ義手を差し出した。

 

「聞いてんのか、こら──」

「その荒ぶる心に、安らかな深淵を」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 武器が舞い、鎧が踊る汗臭い戦いの調べに、第一音素譜歌の旋律が加わる。

 誰も彼もが夢魔の囁きに身を委ねる中、地上軍の兵士は起こして天上軍兵士の捕縛を行わせた。

 

「便利ねー、その手品。今度寝しなにお願い」

「夢見が悪くても知りませんよ」

 

 そんなこんなで、つつがなく制圧そのものは完了する。

 その場にいた天上側の指揮官から解除コードを聞き出し、無事制御室への道も開けた。

 

「じゃあ、こないだと同じく私はダイクロフトの機能停止に専念するから。あんた達はその間、護衛と警戒を……」

「ええ、わかりました。だから少々お待ちを」

 

 さくさく制御室に入ろうとしたハロルドを制して、フィオレがするりと入室する。

 直後、誰もが膨れ上がる晶力の高まりを感じた。

 

「破滅のグランヴァニッシュ!」

「母なる抱擁に覚えるは安寧──」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──

 

 床が引き裂け発生した土塊の爆裂がフィオレに襲いかかるもあっさりと散らされ、破壊された扉だけが残る。

 地属性上級晶術──グランヴァニッシュの余韻が消える頃、術者と思しき男がいた。

 携える戦斧に鮮血の残滓がある辺り、ミクトランによってここに配属されていたわけではないのだろう。

 

「バルバトス……」

「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」

 

 誰を待っていたのか知らないが、バルバトスの双眸が一同を睥睨する。

 その酷薄な目がふと、ハロルドに止まった。

 

「貴様がここにいるということは、事実は話せなかったようだな」

「……何ですって?」

 

 この男も、何らかの手段で史実を知ったのか。

 止める間もなく、バルバトスは愉快そうにそれを話してしまった。

 

「貴様の兄は、ミクトランと刺し違えて死ぬ。これが、今の段階での史実だ」

 

 鋭く、ハロルドは息を呑んだ。

 すわ敵発見かと握っていた杖が揺らぎ、今にも取り落としそうになっている。

 手に取るようにわかる彼女の心をそそのかすように、バルバトスは続けた。

 

「だが、今すぐ向かえば十分間に合う。歴史を変えることができる。さあ、あがいてみせろ、歴史を変えてやるとな」

「バルバトス、貴様……!」

「──遺言は、それでいいですね」

 

 バルバトスの高笑いを遮り、カイルの憤りさえも遮り。フィオレはハロルドの肩に触れた。

 彼女はそれすら気づかないほど動揺しており、小さな肩の震えは止まらない。

 

「ハロルド」

 

 囁くでも呟くでもなく、ましてや怒鳴るでもなく呼びかければ、彼女はハッと我に返ってフィオレを見た。

 フィオレの言葉に気遣いはない。腫れものに触るような響きもない。

 

「手筈通り、お願いします。お互い早めに、済ませましょう」

 

 ただそれだけに狂気を退け、迷いを断ち切る、心地よい響きをもたらした。

 鞘に収まったままの紫水を手に、一人バルバトスに近づいていく。それを、バルバトスとて無視していたわけではない。

 

「……不格好な腕だな」

「トカゲじゃなるまいし、生えてくるわけないでしょう。あなたの腕は生えたかもしれませんが、生憎私は違う生き物でして」

 

 義手を装着したことで、僅かだが左腕全体が肥大しているようにも見える。

 それを揶揄されても、フィオレはまったく動揺しなかった。

 

「待ちくたびれた、ね。とうとうカイルを殺すおつもりで?」

「慧眼だな。貴様と関わったことで、地を這う虫けらと変わらんガキがどれほどのものになったか……実に愉しみだ」

 

 舌なめずりすらして見せる辺り、バルバトスの目から見ても彼はそれなりの実力をつけた、ということか。

 勝手な男の挙動を憤るように、フィオレは鼻を鳴らした。

 

「ではその前に、撒いた種をどうにかしていただきましょうか。そうでなければ、彼と刃を交わすことはできない」

「ふん、いいだろう。貴様は最高だったぞ。戦士としても女としても、殺すことをためらうほどにな」

 

 その一言を聞いた瞬間。

 まるでその発言そのものを斬るように、フィオレは音高く抜刀した。

 

「──このクズが。せいぜい後悔しやがれ」

 

 地声からは想像もつかない、地の底から響くような怨嗟が呪いのように放たれる。

 そのまま、フィオレは弾かれたように切りかかった。

 

「欲望に負けたことも、これまでの己の行いも!」

「何とでも吼えたてろ。怒り狂った貴様など、可愛げこそあれ脅威にはならん」

 

 斬撃に見せかけた刺突を回避し、更なる追撃から逃れることで巨体が遮っていた制御室の機材が露わになる。

 一瞬ではあるが、それを見て目配せをしたフィオレの挙動を見て、ジューダスはハロルドを見た。

 

「私、ダイクロフトの機能を停止させるわ。あんたらは護衛してね」

 

 ぶっきらぼうに言い放ったハロルドが、つかつかと機材に向かって歩み出す。

 戦いに一同を巻き込まないようにか。フィオレは武器同士の激突を主として戦っている。

 それは、ハロルドが制御盤に触れても同じことだった。

 譜歌も譜術も、剣技すらも使わないままバルバトスとひたすら剣戟を重ねている。

 淡々と剣を振るうフィオレを見て、バルバトスは隠しもしない嘲笑を放った。

 

「貴様の魂胆はわかりきっているぞ。下手に暴れて制御室を破損なぞさせたら、たまったものではないなあ?」

「その気があるなら脅すまでもないでしょうに」

 

 おそらく心理戦に持ち込むつもりなのだろう。バルバトスの挑発を、フィオレはさらりと受け流している。

 もちろんのこと、バルバトスは鼻白んだ。

 

「何?」

「何じゃありません。やるならおやりなさい。ほらほら、早く」

 

 ひらひらと手を振って促すも、勿論バルバトスはそうしない。

 そんなことはフィオレどころか、一同すらもわかりきっていることだった。

 

「もちろん、詠唱なんか始めたら遠慮なく蜂の巣にして差し上げますが」

「……っ!」

 

 稚拙なはったりを鼻で笑いながら、フィオレは紫水を振るった。ことごとく防がれた挙句反撃の風圧が帽子を吹っ飛ばすも、果敢に斬り込んでいく。

 決定打のない剣戟の応酬は、地道且つ体力の削り合いでしかない。従って、いくら口で勝とうとフィオレには圧倒的に不利であるはずだった。

 しかし、未だ互いに決定打を放たず仕合にも似た戦いが続くのは。

 

「くっ!」

 

 幾度として好機に恵まれ、決定打を放たんとするバルバトスの手が再度止まる。

 帽子は床に転がり、眼帯は元よりなく、絶えず敵対者を睨むフィオレの眼を直視して。

 

「やめろ、こざかしい! ブチ殺されたいか!」

 

 後退するバルバトスを追うように間合いを詰め、その腕にひっかいたような傷を残す。

 しかし、追い討ちはない。下手に深追いして捕まっては危険だと、わかりきっているからだ。

 単純な腕力も、体格に左右される体力も持久力も、更には頑丈さすらも劣るフィオレがそれら全てを上回る相手を下すには、小細工を弄するより他は無い。

 それさえも捨て、真っ向から打ち勝つには初めからこうするよりなかった。

 ちまちまと傷を入れ、その蓄積と相手の隙を狙う。そして──

 

「おかしなことを仰るのですね。私を殺そうとしていないのですか?」

 

 仕掛けられた戦いには応じる。単純な剣戟であれ、心理戦であれ、売られた喧嘩は買う。

 フィオレの認識する真っ向勝負とは、正々堂々のみならずその要素も含まれていた。

 

「それともまだ、妹君のことを諦めていないとでも?」

「しれたこと! 貴様に理解などできるわけもなかろうが……」

「理解とは、義理とはいえ妹君を愛していたことですか?」

 

 音を立てて、室内の空気が凍りつく。

 フィオレはフィオリオに関して、バルバトスの血脈のない妹にしてシャルティエの前任者であることしか知らないはずだ。

 今、それを知っているということは。

 

「あんなに情熱的にその名を囁いていたというのに。何を驚いていらっしゃるので?」

「……こ、の、恥知らずが! 俺の妹の顔で、何をしゃあしゃあと抜かす!」

「妹君といいアトワイトといい、他人の恋人にしかときめかない変態が何を仰るのです」

 

 変態とまで罵られ怒髪天をつくバルバトス、比例して冷静に切り返すフィオレ。

 最早勝敗は明らかなこの心理戦を、一方的に片づけたのはやはりフィオレであった。

 

「普通は手に入らない、人のものばかり欲しがるその心理は確かに理解の外ですが……あ」

「!」

「ハロルド。作業の進行度はいかがでしょう。時間は大丈夫ですか?」

 

 ふと思い出したかのように、彼らに振り返ったフィオレは完全にバルバトスの存在を無視していた。

 コケにされた挙句のそれがどれだけの屈辱か、対象の余裕と機嫌の具合による。

 少なくとも今のバルバトスは、余裕が有り余っているわけでも、上機嫌というわけでもなかった。

 

「貴様っ!」

「──そろそろ、予定時間に達するわ」

 

 戦いを見守る傍ら、作業を並行していたハロルドがぽつりと呟く。それにしっかと頷いて、フィオレはバルバトスと対峙した。

 

「もろとも吹き飛ばしてくれるわ! ジェノサイドブレイ「轟破炎武槍!」

 

 双方より射出型の衝撃波が、真っ向から対立する。かつては膠着を嫌ったフィオレが放棄したこの勝負、互いの状態が良好であればやはり軍配はバルバトスに上がっただろう。

 しかしながら現在、両者の状態は対等から程遠かった。

 

「ぬっ……ぐっ……」

 

 刃を交えた剣戟の際、バルバトスは軽傷ではあるが利き腕に幾筋もの裂傷を負っている。

 対してフィオレは消耗こそあるが無傷。この差は一見小さくても、当事者にとっては大きかった。

 しかし。

 

「流石に……勝てないか」

 

 どちらが押し切るでもなく、質の違う衝撃波が相殺され、再び対峙する。

 これを皮切りに、周囲を巻き込む大乱戦が展開されると誰もが思った、その時。

 

「ぐああっ!」

 

 突如として、バルバトスの絶叫が木霊する。

 何が起こったのかと注視すれば、その鍛え抜かれた腹筋から、緋色の粘液にまみれた何かが顔を覗かせていた。

 そしてバルバトスの背後には、いつの間にか誰かが佇んでいる。

 その正体を確認するよりも早く、バルバトスを貫いたそれも人影も、融けるように消えてしまった。

 瞬間、それまで棒立ちだったフィオレが顔を上げたかと思うと、紫水を振り上げ猛然と襲いかかる。

 腹部に致命傷を負い、呆然とするバルバトスを容赦なく吹き飛ばし。フィオレは紫水をその喉元に突きつけた。

 ──いつしか、地上軍によって天上軍の陥落を知らせる無線が飛び交う。

 

「これだけは使いたくなかったのに。あーあ。つまんない勝ちを拾いました」

「い、一体何が……」

「さあ、お別れの時間です。何もわからぬまま、手に掛けてきた者達と同じ無念を抱えて逝きなさい」

 

 紫水の切っ先がそのまま、太い首を貫かんと躊躇なく迫る。

 淡紫の刃が、因縁の戦いに幕を下ろす、はずが。

 

「つまらん……」

 

 内臓の失血が逆流したのか、血を吐き出しながらバルバトスは迫る紫水を掴んで止めた。

 慌てて間合いを取ったフィオレにも、その拍子に斬られた手にも、腹の傷すら頓着せずゆらりと立ち上がる。

 いつしかその傍らには、漆黒の球体が漂っていた。

 

「この時代ではダメだ……もっと……もっと、ふさわしい場所を!」

「待てッ、どこへ行く、バルバトス!」

 

 あの負傷で喋るどころか動くとは、とんでもない胆力である。

 下手に近づいて転移に巻き込まれてはたまらないと制止されたカイルを見て、バルバトスは凄絶としか言えない笑みを浮かべた。

 

「時を越えた先……神の眼の前で、待っているぞ……!」

 

 低い笑声が響く中、巨体が球体に委ねられる。おびただしい出血を残して、バルバトスは消え失せた。

 

「……仕留め損ないました。撃退で勘弁して下さい」

「上出来だわ。制御装置に破損はなし、時間的にもまずまずよ」

 

 紫水を鞘に納め、帽子を拾い上げるフィオレに誰よりも早く、ハロルドは労いをかけている。

 作業は終わったのかと尋ねれば、彼女は自信たっぷりに頷いた。

 いつもと、変わらぬ調子で。

 

「ロックをかけといたわ。ダイクロフトの機能も完全休止」

「……お疲れ様です」

「あんたもね。さあーて、これから本当は後発隊の手伝いなんだけど……今からなら行ってもいいかしら? ミクトランのいる、玉座の間へ」

 

 もはや是非もない。一同は言葉もなく頷き、再び駆け抜けた。

 ──地上軍の健闘によるものだろうか。玉座の間へ至る道のりに、これといった障害はなかった。

 しかし一同を取り巻く空気はどんよりと重く、誰もがそれを察して口を開かない。否、約一名それどころではない人がいた。

 

「フィオレ」

 

 その約一名であるハロルドから投げるように渡されたもの。それは、彼女愛用の杖──晶術の発動体だった。

 

「預かれと?」

「私に錯乱されると困るんでしょ? やっぱり未来なんか知るもんじゃないわね。ロクなことがありゃしない」

 

 その昔、世界の行く末を知ってそれを広めてしまった人間には、耳の痛いコメントである。

 あえて返事をしないまま、一同はソーディアンマスター達の辿った足取りを追って玉座の間へと到達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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