(不本意な形で)やってきました・オールドラント。
舞台はテイルズオブジアビス第二部でマルクトが演習やってた場所、ケセドニアとセントビナーの中間、イスパニア半島──タタル渓谷周辺ですね。
本来はここでフリングス少将が瀕死の重体に陥り、命を落としてしまうのですが、もちろんフィオレはそんなこと知りません。
無意識に
眩しい。
眼をくらませた光はとっくに失せている。それはわかっているのに、眩しくて眼が開けられない。
一度は全てが遠ざかった様々な感覚が、意識に呼ばれて徐々に戻ってくる。
まず取り戻したのは、聴覚だった。
「起きろ! ここで何をしている!」
激しい詰問、金属同士のこすれる音。
ただならぬ気配に全ての感覚が眼を覚まし、同時にフィオレ自身も紫水を握りしめて飛び起きる。直後向けられたのは。いくつもの煌めく刃だった。
回復の遅い視界をこすりこすり状況を確認すれば、フィオレは倒れた仲間達の中心にいる。誰一人、欠員はいない。
彼らもろともフィオレを取り囲み、剣を突き出すは青を基調とした軍服に身を包む兵士達だった。それほど突出した特徴があるわけではないのだが、フィオレには見覚えがある。
何故なら、似たような意匠の軍服を一時期着用した記憶があるから。
「貴様ら、何者だ! ここら一帯は……!」
示威行為なのだろうか。必要以上の声量で恫喝する兵士を余所に、空を見上げれば。
雲ひとつない、澄んだ青空。そこにはくっきりと、譜石帯が浮かんでいた。
「おい、聞いているのか!」
「何の騒ぎだ?」
怒声で目を覚ましたのか、カイル達が身じろぎ起き上がろうとしている。
眼前の兵士達か仲間達か、どっちの相手も厄介だなあと辟易しかけたところで、騒ぎを聞きつけたらしい別の兵士が駆けつけた。
否、単なる一兵卒ではない。
まとう軍服は色調こそ青を基調とするものだが、位の高さを示すようにその色は深い。かつ、兜を外したその顔は、見覚えがあるどころか言葉すら交わした人物のものだった。
「将軍、不審者です。どこぞの軍の密偵やもしれません。至急拘束して尋問を……!」
「演習のため一帯は封鎖済みです。装備も、単なる一般人のものとは思えません」
口々にフィオレ達の怪しさを訴える部下達を抑えて、彼は一同を見回している。
フィオレはといえば、目覚める前からわけのわからない仲間達に気をやるでもなく、ただ彼方を見やっていた。
「落ち着け。君達は──」
「フリングス少将」
改めて事情を聞き出そうとしてなのか、話しかけられたその場からフィオレは話の腰を折った。もちろん事情をそのまま話すわけにはいかないが、理由はそれだけではない。
当然、名乗るどころか部下から名を呼ばれたわけでもないアスラン・フリングス少将はいぶかしんだ。
「……私を知っているのか……?」
「今、マルクトはどこと戦争していらっしゃるので?」
フィオレが指差すその先、広がる草原の彼方から雲霞の如き大群が迫りくる。
一瞬これも演習の一環かと思いもしたが、それを見てフリングス将軍は慌てふためいた。
「なんだ、あの大群は!」
「キムラスカの軍旗を掲げているようですね。平和条約はどうなったんですか」
「馬鹿な、あれから何事も起こらなかったはず……」
無意識に帽子をかぶり直し、くるりと仲間達に振り返る。
状況を詰問しようとしていることは承知しているが、それはもう少し我慢してもらうことにした。
「話は後です。皆自衛の準備を。ぼやぼやしていたら、死にます」
「へ?」
「さあ、立って立って」
事情が飲み込めず、ひたすら周囲を見回すカイルを筆頭に武器を持たせる。
正直フィオレ自身、状況などさっぱりわからない。が、ここで生死に関わる事態を起こさせるわけにはいかなかった。
フィオレが把握しているだけでも事態は十分ややこしいことになっている。これ以上の厄介は御免蒙るのだ。
一同を取り囲んでいた兵士達は、フリングスの命令により最前線の斥候に走っている。あからさまに武器を手に取ったところで、見咎めるような余裕が彼にあるわけでもない。
その直後のこと。
遠目から雲霞とマルクト兵が接触したと思われる地点にて小規模な爆発が発生した。
「なっ!?」
「──譜術、ではなさげですね。兵士もそうでないのも吹き飛んでます」
「フジュツ?」
「晶術に近いものという認識でお願いします」
少々迷って、シルフィスティアではなくシルフに助力を乞う。無論直接力を借りるわけではない。
螺旋状をしていた契約の証は最早失われているのだ。呼びかけたところで届かないか、無視されるのが関の山。
そのため。
「三界を流浪する旅人よ……」
『あーっ、またそれ使った! あたしに直接借りればいいって言ってるのに!』
「!」
声が、した。
シルフィスティアのものでは断じてない、幼女が感情のまま、甲高く喚くような声──
『この馬鹿、ウンディーネの通達を忘れたか!』
『あ。そっか、そうだっけ。えへへ、今のなし……』
叱りつけるヴォルトの言葉で我に返ったのか、シルフの声は尻すぼみに消えた。
ウンディーネの通達。
かなり気になるが、今追及するべきではない。
「三界を流浪する旅人よ。流転を好む天空の支配者よ。我、汝の目を耳を借り受けん」
契約してから久しく使っていなかった、風の古代秘譜術を用いて戦場を一望する。
──その光景は、いつかアルビオールにて見たパダ平原の戦いと程遠かった。
マルクト兵しかいない上、そもそも戦闘は行われていない。
それまで演習に勤しんでいただろうマルクトの兵士達が、成す術なく吹き飛ばされている。否、兵士達だけではない。
細かく注視すれば、ふらふらと頼りない足取りで歩み民間人のような風体の男が、当惑する兵士に迫った。
素早さも何もない突進と、マルクト兵が危なげなく避けて男が転倒したその瞬間。
「!」
男の体から閃光が放たれ、先程遠目で見た爆発が発生する。後に残るのはどちらの遺骸かもわからない、直視もためらう有様だ。
そんな光景がそこかしこで展開される中、気づいたことがひとつ。
マルクト兵以外の人間──雲霞を形成する襲撃側が、誰も彼もがずた袋のようなものを所持している。それは民間人であろうとキムラスカの軍服をまとう者だろうと変わらない。観察するに突進して兵士に激突するなり地面に倒れるなりして衝撃を与え、起爆を促しているようなのだ。
つまりあの中身は、非常に繊細な譜業爆弾か何かかということになるだろう。
雲霞と称する理由として、襲撃側の人員はざっと一個中隊クラスだ。この人数の自爆攻撃など、早々食い止められるものではない。
見知らぬ人間を見捨てる覚悟を固めて、フィオレはくるりと一同を振りかえった。
「その内こちらにも襲いかかってくるものと思われます。彼らは爆発物を携帯していますので、くれぐれも接近を許さないように」
「え、ええと……」
「カイル、後ろ!」
あれだけ爆発があったというのに、本当に人員だけは豊富らしい。最前線からかなり距離があったにも関わらず、魔の手はそこまで迫ってきていた。
靴も履いていない老婆がふらふらと、カイルに迫る。リアラの警告で反射的に剣技を用い、老婆が吹き飛ばされた先で爆発が起こった。
「あ、危ねえ……てか、なんであんなバーさんが軍にいるんだよ!」
「まさか、洗脳された一般人じゃないだろうな」
その危険性がないわけではないが、だからといって気遣う余裕はない。
基本的に相手を吹き飛ばすようにして戦い、ナナリーなどは接近されるより早く相手を射殺している。一番効率的なのはリアラやハロルドによる範囲型晶術の連打だが、素養の問題だ。これは仕方ない。
フィオレの忠告を聞き入れてくれたらしいフリングスも参戦こそしてくれたが、いかんせん数が数だ。多勢の無勢とはよく言ったもので、一同は除々に取り囲まれつつあった。
「どうするのさ、このままじゃ押し切られちまうよ!」
「この人達、様子がおかしいわ。話し合いなんて、とてもじゃないけど……」
「──策は、あるんだろうな?」
一同以外に残るはフリングス少将と、彼の副官らしき人物。そして斥候を命じられて戻ってきた、たった一人。
これが限界だろうと、フィオレは小さく息を吐いた。
「フリングス少将。救援要請は?」
「……一帯を封鎖していた兵達は全滅したらしい。セントビナーのマクガヴァン将軍に鳩を」
「左様ですか。セントビナーね……」
周囲で生存しているのが一同だけになったのか。迫る人間爆弾が数を増していく。少なからず自爆によって共倒れも起こっているだろうに、どこから湧いてくるのやら。
今は総出で接近を拒絶しているものの、その内捌き切れなくなる。そうでなくても、僅かずつ密集しつつあるのだ。
虚ろな目をした数十人に取り囲まれるのも恐怖だというのに、爆弾付きだからたまらない。
そんな状態になってからひとつでも起爆すれば他の爆弾に誘爆し、相乗効果でとんでもない威力に発展することとなるだろう。
残念なことに、その懸念はすぐに実現することになってしまった。
「しまっ……!」
斥候を命じられ、命からがら戻ってきた兵士が左右から体当たりを受けてしまった。咄嗟にロニが割り込み、事なきを得たもののもう誘爆は免れない。
「皆下がれ!」
譜業爆弾が起動して、すぐ近くにいた人間爆弾を巻き込んで爆発する。
限りない連鎖が始まる直前、フィオレは一同を集めて譜歌を使った。
「母なる抱擁に覚えるは安寧……」
♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze……
譜陣が敷かれ、神の鉄槌すら防いだ結界が構築される。久々に譜力を用いて紡いだ譜歌は、問題なくその効果を発揮した。
一同はもちろんのこと、彼を、フリングスを殺すわけにはいかないのだ。
彼は主であった人の従姉妹と、フィオレが知っているだけでも婚約を結んでいる。それが現在どうなっているのかわからないが、むざむざ死なすわけにはいかない。
ハロルドが歴史を変えぬため、兄の死を看過した、当時のことを思い出す。それが間違いだとは思わないが、今は現在進行形の世界。しかも、フィオレが知る史実通り歩むのは、滅びへの道を歩むも同然のこと。
ハロルドは賢者で、自分は愚者。それでいいとフィオレは思っている。
「どうする気だ。まさかこのまま耐えるのか?」
「頑張れば何とかならないでもありませんが、高いびき鼻ちょうちんの私を抱えてその辺うろつくのは嫌でしょう」
そしてフィオレも、今はたとえ仲間達であっても男に触れたくなかった。
土煙が漂い、周囲の状況は窺えず。聖域の性能も災いして、震動の類も感じられない。
そんな中、ハロルドが懐から小型端末を引っ張り出したかと思うと、何らかの操作を始めた。
「フィオレ、周囲にそれらしい反応はないわ。どうするにしても、今なら結界を解いても大丈夫よ」
「……それで、他にどんな要素が検出できますか?」
「他? 何が知りたいのよ」
「振動数、いえ生体反応でお願いします」
「動作反応は感知しないけど……」
人間爆弾の正体について、フィオレには心当たりがあった。反人道的な方法で作成された生体レプリカ──人間の模造品。
レプリカは造り出された直後、赤子同然だ。歩き方すら知らない、もちろん自我など無きに等しい。教育次第ではああいった人間爆弾を大量に生産することも可能なのだ。とどのつまりは人造人間なのだが、
かくして結果は。
「……この私ともあろうものが、軽率すぎたわ」
「あなたはあなたで混乱していることにしましょうか」
爪を噛むハロルドを慰めて、結界維持に努める。閃光はもう見えないが、土煙が収まらないのはそういうことなのだろう。
そろそろ限界が見えてきた。出来ればこうなる前に自爆に次ぐ自爆で片付いてほしかったが、それは高望だったようだ。
「さて、この状況にも飽きました。いい加減突破しましょうか」
「どうやって?」
「今、私達はどうしようもないほど囲まれていますか?」
ハロルドの返事は、幸いなことに否だった。
それまでは人間そのものに潰される危険すら想定されたが、今一同を取り巻く人間爆弾はまばら。爆発も収まってこそいないが、除々に沈静化してきているようだった。
「では、障害を除去します。今から結界を解くので、詠唱時間を確保してください」
「詠唱? わたし達で力を合わせるの?」
「いいえ、私の、です」
これから自分を護ってほしい、と。倒すのではなく足止めをして、爆弾を起動させないように、絶対に自分の死角に立つなと言い含めて、フィオレは結界を解いた。
怒涛の勢いで近寄ることすら危険な人間爆弾が迫りくる。
仲間達を、正確には彼らの生存本能を信じて、フィオレは詠唱を始めた。
「奏でられし音素よ、紡がれし元素よ。穢れた魂を浄化し、万象への帰属を許さん──」
展開した譜陣が大きく膨れ上がり、彼らもろとも人間爆弾を包み込む。
「ディスラプトーム」
フィオレが持ち得る最強にして最低の秘術が発動し、発生した眩さに各々から悲鳴が上がる中。辺り一帯から、他者の姿が失せた。
残るのは、何があったのかと周りを見回す彼ら──
「何が起こったんだい。あんなにいた連中が、消えちまった……」
「その辺の事情を含めて、落ち着いたら今後をお話ししましょう。まずはこの危険地帯から脱出しなければ」
いよいよもって訳のわからない一同、同じく二名。そして先程からじっと黙りこんでいるフリングス少将を引きつれて、フィオレは移動を始めた。
目指すはケセドニアだ。
救援の鳩を送ったのはセントビナーらしいが、徒歩で行くには遠すぎる。いつかの戦場横断を繰り返すのは、御免だった。
状況にもよるがあの人間爆弾を振り切るためにローテルロー橋を落とさなければならないかもしれない。漆黒の翼と同じことをしなければならないなど、たまらなく不愉快だ。
今の自分は従者スィンでも軍人シアでもないが、記憶はあるのだ。どうしようもない。
自治区であるケセドニアならどちらの領土でもないため、国に属する人種だけで殺されることはないはず。
我に返ったフリングス少将がフィオレ達の素性を調べるため、兵力にものを言わせて拘束することもできないはずだ。
今がいつの何年で、どのような状況下なのかはっきりしたことはわからない。故にケセドニアが自治区ではなくどちらかの領土になっている可能性もあるだろう。
ただ、キムラスカ領になっているなら、フリングス将軍は今頃非常に嫌がっているはずだ。マルクト領なら、救援要請をそちらに送っているはず。
自治区のままなら非常時用に兵士が常駐しているはずだから、フリングス将軍の身柄はそちらにやればいい。
自分の推測を信じて、フィオレは黙々と足を動かした。