アスラン・フリングス少将の死亡フラグを見事にへし折って、皆に事情説明を。
行軍中、彷徨う人間爆弾を幾度も発見し、自爆される前に隠れて事なきを得てケセドニアへ至る。
幸いにしてカイル達と共に「飛ばされた」場所はケセドニアからそう遠くなく、一日と経たず辿りついた。
「フリングス少将!?」
「何故ここに、一体何が……」
「あの爆音は何事ですか!?」
非常時の場合にか、ケセドニアにもマルクトの兵士は少なからず待機しており、たった二人を引きつれて現れたフリングス将軍を目にして、彼らは困惑もあらわに駆けつけている。
他人のフリであらかじめ軍人達より距離を取っていたフィオレは、彼らが兵士達に囲まれたのを見届けて、その場から即座に離脱した。
「はい、みんな行きますよ」
「え? ちょ、ちょっと!」
「あのフリングスって人に言わなくていいの?」
「大丈夫大丈夫」
もちろん一同を率いてマルクト領から離れ、キムラスカ領に移っている。
キムラスカ軍を装ったあの襲撃の件でしばらく忙しいだろうし、これでフリングス将軍が一同を捕らえて尋問するようなことはできない。もう彼と会うことも、とりあえずないと思う。
残された課題は、一同の説明に尽きる。
キムラスカ側の宿を取り、一同を召集したフィオレはまず、空を指差した。
「まず、突拍子もない話をします。ここは別の世界です」
「……は?」
「空をご覧になれば一目瞭然かと」
無論、カイル達は信じていない様子だった。そんなバカなと一笑に伏す者すらいる。
しかしハロルドは自作の小型端末に触れては沈黙を貫き、リアラはペンダントを手にしたまま否定はしない。ジューダスが何も言わずに天窓を開け放ち、同じく天を仰いだ面々は呆然としたように固まった。
「……ねえ、あれは何?」
「譜石帯と呼ばれているものです。見たことないでしょう?」
無論のことながら、その問いを否定する者はいない。よもや冗談だと思っていたわけでもないだろうが、それでも彼らは混乱した。
「じゃ、じゃあどこだっていうんだよ。あの世か!?」
「ここへ至るまで異常な他人もそうでない他人も、この街の営みだって垣間見たでしょうに。あなたの知らない世界ですよ」
「ヒエッ」
言い方がまずかったのか、ロニは落ち着く素振りを見せてくれない。それどころかカイルやナナリーを巻き込んで混乱は増す一方だ。
「ま、冗談は置いといて。一応オールドラントと呼ばれています。惑星の類ですね」
「わ、枠?」
「……世界の名としてご理解願います」
ここまではいいかと確認して、もう一度同じことを繰り返すことになる。
フィオレとて、初めて同じ状況に放り込まれたら混乱・困惑するだろう。今はただただ彼らに同情する。
「ここは皆が知る世界ではありません。まったく違う歴史を辿ってきた世界で、名をオールドラントといいます。エルレインによって飛ばされてしまったのでしょう」
さらりと諸悪の根源を口頭に取り出せば、リアラがぴくりと反応した。ペンダントを握る手に力がこもる。
「やっぱり、あの人の仕業なの?」
「ええ、神の眼の力を用いて。やらかしてくれましたね」
エルレイン、神の眼。
聞き慣れた単語が出てきたことで、なのか。彼らはそれとなく落ち着いた。
「そうだよ……思いだした。エルレインの奴が、なんかおかしなこと言いだして……」
「そうだ、フィオレ! 望みを叶えるとか、連れてこられたとか……一体、何の事なのさ」
ナナリーの追及に、フィオレは語るべき言葉を探して瞳を伏せた。
混乱を避けるため関係ない事柄は伏せるべきなのか、まずは事の始まりから説明するべきなのか。
今の今まで悩んでいたそれを、フィオレは一呼吸する内に決断していた。
「──事の始まりは、現代より十八年前。私が神殿で発見されるより前に遡ります」
経緯がどうあれ、彼らを巻き込み、この世界の片鱗を見せたのだ。ならば最低でもこの事は話すべきだろう。他のことは必要が生じれば話せばいい。
贖罪も、懺悔も必要もない。フィオレには許されて、楽になる資格などないのだから。
「お前、それは覚えていないと……」
「ジューダス……いえ、リオン。私は保護された神殿から記憶障害だろうと診断された身ですが、自分がそうだと思ったことはありません」
『ええぇっ!』
その言葉が示すのは何なのか。それがわからないジューダスではない。驚愕を洩らすシャルティエは放置、一同に顔を向ける。
わけがわからないであろう一同に、どういうことなのかを語ろうとして。ロニに制される。
「それなら聞いたことあるぜ。隻眼の歌姫は出自不明、本人にもわからなくて、気づいたら神殿に保護されていたって……」
「それ以前、私はこの世界にいました。もともと私は、この世界の人間なんです」
知らない街、見慣れぬものが浮かぶ空、それらをなめらかに解説してみせるフィオレ。
完全には受け入れてこそいないだろうが、頭から否定する者は誰もいなかった。
「あまり、動揺してないですね」
「ここへ来て以降、動揺どころか現地の人間にそつなく対応、かつ僕らの知らない単語を連発し地理すら把握しているお前を見ていれば想像できないことじゃない。現に僕らはこの世界にいるわけだからな」
「まあ、その一言に尽きるわね。ここの大気、私達のいた世界とかけ離れてるし」
比較的まともなのはこの二人と、飛ばされた直後から何となく事情を察していたリアラ。
残る面子は一見冷静だが、とんでもない事態を前に思考停止状態に陥っているようにも見える。
「それで、この世界のことについて話す気はある?」
「悩みどころです。別世界の住人であるあなた達が、果たしてそれを知る必要があるのか……」
確かにフィオレはこの世界の住人でありながらカイル達──正確にはスタン達が活躍した時代の世界へ転送され、別世界の理を学んだ。
だがそれは、あくまで求められてのこと。一応あの世界の守護者に認められてのことだ。今回のこれは十中八九エルレインの力業で、この世界を構成する彼らが認めたものとは思えない。
「……そこいらはあんたにも事情があるんでしょうけど、独力で調べる分には構わないっしょ? というか、止められる謂われはないわ」
「その辺りはご自由にどうぞ」
あまり歓迎はできないが、果たして稀代の大天才はノーヒントでこちらの文字──フォニック語を解読できるのか。
その前にこの世界から離脱し、彼らの世界へ戻ることが要求されるだろう。
「これは私の我儘でもありますが──元の世界へ戻るのに考えがないわけではありません。ひとまず、私に任せてもらえませんか」
「え?」
「って言われても、フィオレしかこの世界のこと知られてないし……」
そうなるのが必然ではないかと言うリアラに対して、フィオレは率直な頼みを告げた。
かなり無理な話だが、これがフィオレの本心である。
「では皆、一時的にどこかで待機していてください。後のことは基本的には私が処理しますので」
単独行動を、申し出た。
これには一同、かなり微妙な顔をしている。
「……お前がこの事態をどうにかするまで、僕らにここに残れと言っているのか? お前に全てを委ねて?」
「ここに留まれとは言いません。目的の場所へ赴く際には同行してもらい、付近の街に待機していてほしいんです。その方が支援してもらいやすい」
実際には支援など、欠片も考えていない。ただその方が、不測の事態において対処しやすいだろう。移動効率は悪くなるが、ひとつの街でずっと待たせるよりは彼らを退屈させないはずだ。
──彼らの顔が、住民達から覚えられることも。
「それで必要に応じて、手を貸していただこうかと」
「……不慮の事故が発生した場合は?」
この場合の事故とは、フィオレが下手を打って動けなくなる、あるいは命を落とした場合のことだろう。そんなことになった日には、一同に対するフォローなど出来るはずもない。
『その場合はあなたに連絡が参ります』
チャネリングが発生し、ジューダスが仮面の奥で眉を歪ませる。無論これだけで納得させる気はない。
「事故を起こすつもりはございませんが、万が一に備えて保証は立てておこうかと思います。そのためにこれから行ってこようかと」
「どこに?」
問われて、フィオレはもともと自分が持っていたオールドラント全域の地図を取り出した。
今いるのはここだと、イスパニア半島とザオ砂漠を繋ぐ地点を示す。
「この街はケセドニア。ここから北東の方向にタタル渓谷という場所があります」
「渓谷?」
「第三音素集合体──認識としてはこの世界の守護者がおわす場所です。カイル達の世界へ赴くより前、私はこの世界を構成する彼らと接触を図ったことがありまして。少々お話してこようかと」
フィオレが、否、死亡したスィンの意識があの世界に転送されたことは、彼らとけして無関係ではないはずだ。それは口を滑らせたシルフ、そして今手元にない螺旋の形をした契約の証が証明している。
「その保証を立てるためにタタル渓谷とやらに行って事故が起こったらどうする」
「尤もではありますが、そんなことを言い出したらキリがありません。私の危惧する危険は、あの場所でも起こり得るでしょうし……」
考え込む仕草をしながら、フィオレは帽子を外した。その拍子、故意に依代にも触れる。
『シルフィスティア、力をお貸し願えませんか』
『これからそれの承認の行くんでしょ? 無理やり使えないことはないけど、間違いなく不興を買うことになるよ』
確かにその通り、そして可能でさえあれば、それでいい。どうせそんな不測の事態が発生したその時、フィオレの命は失われている。
フィオレは淡々と、帽子に取りつけた依代──羽を模したピンバッジを外してテーブルに置いた。
「私にもしものことがあれば、これから美少女が出てきて訃報を伝えてくれるでしょう……」
「ちょい待ち!」
鋭く制止を口にしたのは、フィオレが地図を取り出した途端、食い入るように見つめて話をほとんど聞いていなかったハロルドだ。
彼女はきっ、と顔を上げたかと思うと、地図のとある一点に指を突きつけた。
「この、地図上にある記号は何?」
「あ、それ、オレも気になった。この横に並んでるのとか、何なの?」
彼らがそれぞれ示すのは、フォニック語の綴りである。それはこの世界の共通語だと話せば、彼女は予想通りの反応をした。
「なんですってぇ!? 文字……言語が違うのに、どうして話す言葉は同じなのよ?」
「……さあ」
「あんたの言葉だけならともかく、あの軍人もこの街ですれ違った人間も変わらなかったわね。ということは、文字表記だけが異なるってことよね?」
「……さあ」
「そうなると、声帯に付属する身体の造りもあんまり変わらないことになるわね。フィオレ自身変わっているとは思ったけど、異世界が云々じゃなくて個体差の範疇だったし……習慣も、そう変わらないことになるのかしら?」
凄まじい勢いでぶつくさ呟き始めたハロルドは置いといて、フィオレは話を元に戻した。
彼女に付き合っていたら、日が暮れてしまう。
「常識に関して、あちらの世界とそう変わりません。お金を払わず商品持ち逃げは犯罪、通貨はガルドです。ただこの世界にはレンズがありませんので、もちろんレンズ製品もありません」
「レンズが!? じゃあ晶術とかは……」
「似たような技術があるので、晶術を使ったところで奇異の視線はないでしょうが……」
「なんだ、そうなの? 見世物でもやれば路銀の足しになるかと思ったけど」
「極力騒ぎは起こさないでくださいね。街中での人斬りは問答無用で犯罪です」
さらりとそのことを語れば、ロニが軽く苦笑する。
彼が引っかかったのは、おそらく。
「おいおい。それじゃ街の外で人斬っても構わねえみたいじゃ……」
「その通りです。街の外での人斬りは、私怨と立証されない限り罪にはならない」
大真面目な顔でそれを話すフィオレに、ロニは言葉をなくしている。
ちなみに魔物や盗賊の類には賞金がかけられている場合があり、フィオレはこちらでかかる費用──主に滞在費などをそれで工面しようと考えている。
所持金でまかなえないことはないが、消費するだけ消費してふと気づいたら一文無しでは目にも当てられない。
たとえ元の世界に戻っても、もうレンズを換金するような手っ取り早い金策は取れないのだから。
フィオレにとっては一応納得できる展開でも、一同にとってはそうもいかない。何らかの行動を促すよりはまずこの環境に慣れてもらおうと、ハロルドから地図を取り上げて男性陣を漢部屋へ戻す。
──そのままフィオレは、宿を後にした。