swordian saga second   作:佐谷莢

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 ケセドニア~タタル渓谷周辺~タタル渓谷。
 いくら懐かしくても、スィン死亡の事実は知らないだろうとしても、会うわけにはいきません。
 それでも、旧友の危機を見過ごすことなどできなくて。


第六十六戦——まさかのまさかの、再会寸止め~それから、初めまして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盛況な市場を巡り、被服を全て既製品に交換する。

 一見として旅業者とも、賞金稼ぎとも彷彿とさせるものだ。特徴があり過ぎる紫水は個人の特定を避けるため拠点に置き、新たにカタナを購入した。

 仕入れたひさしの長い帽子で顔──目元を隠し、日が落ちてきたところでタタル渓谷を目指す。

 予想通り、マルクト側の出入り口は兵士によって封鎖されていた。

 ──あんなことがあったのだから、これは仕方ない。やはり単独行動を宣言してよかった。

 

「異常ないか?」

「問題ありません!」

 

 巡回する兵士をやり過ごして塀をよじ登り、ケセドニアを後にする。

 ここから徒歩でタタル渓谷へ向かえば、それだけで夜を消費してしまうだろう。今はそれもやむなし。しかし今は、先に確認するべきことがあった。

 昼間の移動中、目をつけておいた場所へ赴く。暗くてさぞかしわかりにくいだろうとの懸念は、白々輝く月光が打ち消してくれた。

 一同とフリングス将軍、他二名を連れての行軍中、フィオレは哀れにも破壊された馬車を発見している。幌に描かれていたのはマルクトの国旗と同じものだった。おそらく、そのせいで標的になったのだろう。

 その残骸の中で、フィオレはもぞもぞと動く影を確認していた。その大きさからどう考えても人ではなく馬。辻馬車などを牽く小型のトカゲもどきと判断したため放置したが……まだこの場にいるだろうか。

 もしもいて、生きているのなら。うまいことタタル渓谷までの足にできないかとしようとの腹積もりだった。

 しばらくして、幌馬車の残骸が見つかる。あれから半日は経過しているというのに、その場所は最後に目にした光景となんら変わらなかった。

 もぞもぞと動く、幌馬車に体の一部を挟まれているらしい生物も。

 これだけ元気があるなら、挫いているだろう足を治癒すれば今夜中にタタル渓谷へ連れて行ってくれるに違いない。

 誰かの愛馬でないことを祈りつつ、打算だらけの下心のもと、フィオレは救助作業を開始した。

 

「動くな」

 

 聞き入れるとは到底思えない警告を無意識に発して、コンタミネーションで収められた魔剣を取り出す。

 不思議と動きが止まったのをいいことに馬車を寸断、除去できる程度の木片に変える。

 暴れ出して逃げられても困る。脅えているであろうトカゲもどき──馬を落ち着かせるべく、フィオレは巻きついていた幌を外した。

 

「……」

 

 中身を見て、開きかけた口を閉ざす。

 ──おかしい。

 あのトカゲもどきに、こんなふさふさしたたてがみがあっただろうか。

 月光の下、色合いがわからないたてがみをたくしあげ、敗れた幌を剥がしていく。木片も手当たり次第放り棄てて、あらわになったその姿は。

 

「これは……」

 

 額に鋭い角を備え、鬣同様たっぷりとした鳥獣の翼をその背に生やした、すらりとした四足生物。

 

「ユニ、セロス?」

 

 その姿はまさしくかの聖獣だが、フィオレの記憶より大分小さい。

 連想式に人ではない友人が脳裏をよぎるも、ユニセロスは挫いているだろう足を庇うようにうずくまり、細かく身を震わせるばかりだ。

 

「私の言葉、わかりますよね?」

『……』

 

 とりあえず相手が人と同程度の知能を持つユニセロスであることを考慮し、対話を試みる。しかし、眼前の聖なるものからは何の反応もない。

 これは厄介である。下手に交渉するのは諦めて、フィオレはユニセロスに手を伸ばした。

 まるでか弱い乙女のように身をすくませるユニセロスに頓着しないで、荒縄でぐるぐる巻きにまとめられていた翼を、体に足に絡みついた足枷と鎖を外す。

 

「命よ、健やかであれ。心安らかな癒しを、あるべき姿を」

 ♪ Luo Rey Qlor Luo Ze Rey Va Ze Rey──

 

 奏でた譜歌で足を、よれよれになった翼を癒す。余程のことがなければ、これで動けるようになったはずだ。

 結果として、小さなユニセロスはおずおずと立ち上がった。調子を確かめるように蹄を鳴らし、身震いで翼を動かす。

 それを見て、フィオレは彼に背中を向けた。

 余計な時間……とまではいかないが、時間を消費したのは確か。早く、できれば朝になる前にタタル渓谷へ向かわなければと足を動かして。

 

『あ、の……ありがとう』

 

 あどけない少年の声を脳裏に聞き、足を止める。

 ちら、と見やった先には、ユニセロスが一歩も動かずフィオレを見つめていた。

 

『……早く、お行きなさい。不浄と接するのはつらいでしょう』

『でも、きれいな声。こんな人の声、聞いたことない』

 

 無垢で純粋で、それ故無知な少年の声色が妙に勘に触る。

 僅か前、穢されたばかりだからなのか。清浄を好む幻獣が、こんなにも疎ましく感じるなんて。

 

『私、タタル渓谷に行くところなんです。人は翼を持たないから、急ぐんですよ』

『ぼくも、帰らなきゃならない。ここがどこだかもわからないけど……』

 

 どうも人に捕まっていたらしい幼ユニセロスに帰れそうかと尋ねて、否との即答が返ってくる。この辺りでユニセロスが生息できそうな場所など、フィオレは一か所しか知らない。

 

『セレニアの花が群生する広場があって、第三音素集合体のおわす場所ですか?』

『……小さくて白い、きれいな花が沢山咲いてる場所なら』

 

 幾度か言葉を交わして、彼のねぐらがタタル渓谷であるらしいことが判明した。

 

『……案内してあげます。背中に乗せてください』

『いいよ。乗って』

 

 これは流石に拒むだろうと、嫌がらせ気味に放った言葉が躊躇なく受け入れられる。やっぱりいいやとは言い難く、フィオレは複雑な心境のままユニセロスの背に乗り込んだ。

 人より遥かに大きな体だが、明らかに幼生だ。人を乗せるだけならまだしも飛行は可能なのかと、不安を抱えながらその細い背中に正座する。

 

『人を乗せるのは、はじめて。しっかり、つかまって』

『だからってしっかり触ったら、あなたが苦しむでしょうに』

 

 現在、フィオレは顔以外の肌を一切露出していない。

 両手を厚手の革手袋で覆い、ゆったりとした男性もののローブで義手を隠し、下肢はカーゴパンツとブーツでがっちり固めてある。

 それでやっと、人ごみの中で不特定多数の異性に近づいても悲鳴を上げずに済んでいるわけだが……このユニセロスが案外平気そうにしているのは、そんな涙ぐましい努力の結果か。

 その後も正座について云々言われるも、子供の……何も知らない時分ならともかく、布越しとはいえ不浄の場所をユニセロスに押しつけたくなかった。

 ばさりと音を立てて、みるみる内に大地が遠のいていく。風が吹き荒れる空の中、普段より近い星と月明かりに頼り、方角を確かめてユニセロスを誘導した。

 降り立ったのは、セレニアの花が咲き乱れる高原のような場所だ。

 

『乗せてくれてありがとうございました。私はこれで……』

『あ、ニルダ!』

「!」

 

 人の話を聞けと怒るより早く、彼が口にしたその名にすくみあがる。

 フィオレと名乗る以前、まだガルディオス家に仕える従者であった頃。とある機会に既知であったユニセロスのニルダと再会した。その際、抱えていた疾患を理由に死ぬなと言われ、彼女から延命処置を施されている。

 結果として、定められた死の運命から逃れられなかった。そのことをニルダが知っているかどうかはわからない。しかし、知り合いとはいえ接触しない、鉢合わせでも極力誤魔化そうと決めていたフィオレに、この状況はきつい。

 無駄だとわかっていながら、反射的に近くの岩場に隠れ込む。

 僅かな時を経て、群生する草むらを踏む音が、チリチリと錆びた金属のこすれる音がした。

 気配を断ったまま、そっと向こう側の様子を窺う。

 幼いユニセロスと対峙しているのは、まぎれもなくニルダだった。成体の威風堂々たる姿にして、立派な鬣にはほつれた細い三つ編みがあり、その先端の古びた小さな鈴が月明かりに反射している。

 大小のユニセロスは、互いに駆け寄ったかと思うと思念を交わし始めた。

 

『探したわ、ヒスイ。一体どこへ行っていたの』

『ごめんなさい……』

 

 願わくば、さあ帰りましょうと立ち去ってはくれないものか。

 じりじりとした焦燥に駆られるフィオレを置き去りのまま、彼らのやりとりは続く。

 

『この辺りにも密猟者が出没するようになったのは知っているでしょう。危ないから遠出するなと……』

『眠くなってうとうとしてたら、どこかへ連れていかれそうになった。狭い箱に押し込められてじっとしてたら、大きな音が何度も聞こえた』

 

 人間の子供とは違い、ユニセロスに嘘をつくという概念はないらしい。幼ユニセロス──ヒスイはすらすらと、己の身に起こった出来事をニルダに語った。

 あの馬車は密猟グループのもので、ヒスイを拉致した後マルクト軍を装い、搬送中だったようだ。まさか演習のふりをしてマルクト軍がユニセロスを狩ろうとしたわけでもないだろう。

 あの訳のわからない襲撃は、ケセドニアに駐屯していた彼らには迷惑な話だったが、彼にとっては幸いだったということか。

 実はこの状況、フィオレにとってもはた迷惑なだったりするのだが。

 

『そうだったの……どうやって逃げ出してきたの?』

 

 いけない。

 このままでは、やがてヒスイはフィオレに助けられたくだりまで話してしまうだろう。止める手立てはないため、フィオレは全力でその場からの逃走を図った。

 気配を消すことも足音を忍ばせることもせず、初めてシルフと言葉を交わした場所へ行こうとして。

 

『誰!?』

 

 ニルダに気付かれた。

 そんなことは承知の上だ。あのまま潜んでいたところで気取られることは避けられない。かといって、翼を持つユニセロスと鬼ごっこしても勝負にはならないだろう。

 ならば。

 

『ヒスイとやら! 私は密猟者なんかじゃありませんからね!』

『えっと……』

『そのユニセロスに説明して下さい。立ち去るから勘弁して下さい。口封じは勘弁です、それじゃ!』

 

 ヒスイにニルダの足止めを頼む。効果はどれほどのものかもわからないが、やらないよりかはマシだった。

 坂道を駆け下り、幅の狭い小川を横断、月明かりに頼って以前ミュウ──聖獣チーグルの仔にして一行の和みメーカーだった彼が開いた隠し通路に滑り込む。

 とりあえず、ユニセロスの巨体に通行可能な隙間ではない。

 この奥には第三音素(サードフォニム)のフォンスロットが存在していた。それだけに、第三音素意識集合体であるシルフ、ならびにヴォルトと意志を交えやすいはず。

 適当にチャネリングの波長を変えていれば、彼らのやりとりが聞こえるような気がして。

 

『……ねえ、どーしよう。ヴォルト』

『どーしようじゃない。どうにかしろ。俺は知らないからな』

 

 本当に聞こえてきた。

 フィオレがこの場にいることは知っているだろうに、彼らは雑談をやめようとしない。おそらくは、意図的に無視しているのだろう。

 しかし、そんなことではぐらかされる気はない。

 

『初めまして、でしょうか。シルフ、ヴォルト』

 

 声を挙げることなく念話にて語りかければ、雑談がぴたりとやんだ。

 彼らが無視さえしていれば、フィオレにできることはない。従って、聞こえないふりを貫かれたらお手上げだったのだが……彼らはそこまで底意地が悪くなかった。

 

『え、えと、そうだね! はじめまして!』

 

 途端にヴォルトは口を噤み、戸惑うシルフの挨拶が聞こえる。無視されなかったことに安堵を覚えて、フィオレは詰問口調だった声音を改めた。

 

『私が風の古代秘譜術を使った時、声をかけてきたのはあなたですね?』

『え、うん、まあ……そう』

『ウンディーネの通達って何ですか』

 

 沈黙。

 詰問口調がなくなったことで、どこかホッとしたように、しかししどろもどろと言葉を重ねていたシルフが完全に言葉を失う。

 実際にこの単語を発したのはヴォルトだから、そちらに水を向けても良かったが……発する原因となったのはシルフだ。実際そのことを後ろめたく思っているようだから、それを利用させてもらう。

 

『ヴォルトが諌めたのを見るに、私と接触するな、ということですか? でも今、あなたは接触拒否をしていない。私に力を貸さないことだとしても、私はすでに第三音素(サードフォニム)に属する古代秘譜術を使っている……』

『通達の内容は他でもない。別の世界の自分達に干渉すんな、っつうことだ』

 

 つらつらと推測を語れば、それをうざったく感じたのだろうか。口を閉ざしてしまったシルフの代わりにヴォルトがあっさりと内情を語ってくれた。

 非常に助かることだが、その真意とは。

 

『どうやら、そちらの世界の俺は存在があやふやらしいな。シルフとレムの間で混同されている』

『……シルフィスティアなら留守番中です。シルフが私に話しかけたところで、接触には』

『自分以外の力を感じ取ったんじゃないか? それがはっきりしないことには間接的にだが関わったことになり、ウンディーネの怒りを買う。さて、質問はそれだけか』

 

 もちろん答えは否。駄目でもともと、聞き出せたら幸いとばかりフィオレは長年の疑問を口にした。

 

『……私、何故あの世界にいたんでしょうか。致命傷のはずでしたが』

『我らの契約者は確かに死亡した。契約が果たされなかったことを我らは嘆き、契約者がそのまま星へ還ることをよしとしなかった』

 

 今言葉を交わす相手が、かつての契約者であることを知っていて、だろう。ヴォルトは淡々と、これまでフィオレが欲した経緯を語った。

 

『そこで、求められたのさ。進退極まったあちらの管理者にとある派遣要請が。彼らは人を通じて世界に干渉するべきと──』

『契約を果たせずに散った契約者の、何を派遣したのですか? 肉体を蘇生して送りつけたのか、それとも』

『人格、記憶、保有能力……まあ、あんたを構成するすべてだな。それらを元素化し、世界を通じて転送した。肉体付きの転送は負担がかかるし、あの痛みまくった肉体がそれに耐えられるとは到底思えなかったからな。あちらの肉体も無傷じゃなかっただろうが、マシだったろう』

 

 やはりこの身体、あちらの世界の誰かのものだったのか。バルバトスが言っていた言葉を完全否定していたが、変なケチがついてしまった。早くハロルドに確認して否定要素を確かめなければ。

 無意識に下腹部を撫で擦っていた手を止めて、フィオレは話を続けた。

 

『……その。契約者の死亡した肉体が、どこにあるのかわかりませんか?』

『ん? ああ、途中から預言(スコア)を詠まなくなったから知らないのか』

 

 世界を縛りつけた挙句、あの状況へ誘導してしまった預言(スコア)の存在を疎んでいたフィオレは、預言(スコア)に携わることはよしとしても、求められるまでは活用を忌避していた。故に、ヴォルトの言葉は真実である。

 

『……どういうことですか』

『自分で確かめろ。目を背けていたことを責めはしないが、今あんたがここにいる理由とは関係ない』

 

 動揺は後でもゆっくりできる。感情を頭の隅に押しやったフィオレは、軽く顎に手をやった。

 

『今この世界に、私を含む異分子が存在していることは、ご存じですね』

『ああ。どうもそちらの世界、変な覇権争いをしているらしいな。よく知らんし、知りたいとも思わないが』

『私達はその、私の召喚を求めた代表者とは別の意志でこの世界に飛ばされてしまいました。お願いです、元の世界に戻るために、協力してください』

 

 いくら元契約者とはいえ、これは過ぎた願いだったのだろうか。それまで快活に質疑応答に応じてくれたヴォルトは、再び口を噤んだ。

 

『……俺にそれを即答する権利はない』

『意識集合体を代表しろとは言いません。第三音素集合体であるあなた方の承認が欲しいのです。私たち全員の異世界転送など、あなた方の力なくしてはできることではないはず。これから世界各地を回って……』

『正確には、始めに答えを出す権利、だな。我らとて意識集合体の一柱、契約者でもない者に軽はずみに協力を取りつけることはできない』

 

 ──流石に、その場の勢いに流されてはくれないか。

 出鼻を挫かれた形で、ヴォルトは更に絶望的な意見を出してくれた。

 

『それに今回、運よく俺に相当する存在がいなかったからこうして対話に応じているが……他の集合体はそうもいかないだろう。協力どころか、対話すら難しい』

『で、でも……』

『言いたいことはわかる。別世界の異分子に死なれたら、確かに困ることにはなるな。だが、好き好んでウンディーネを怒らせる奴もいないだろうよ。さて、俺が言わんとすることはなんだろうな』

 

 促されずとも、そこまで強調されれば自ずとわかる。

 しかしヴォルトの言葉が正しければ、それは八方塞がりとなるのだが。

 

『直接ウンディーネと交渉しろということですか? でも私は、彼女に相当するであろう存在と契約を交わしています。対話すら、望めないのでは……』

『セルシウスを知っているだろう。ウンディーネとセルシウスも、俺達と似たような間柄だ。あんたからセルシウスに相当する力も感じられない。試してみる価値はある』

 

 至極適切なアドバイスだとは思うが、体よく追い払われただけのような気がするのは気のせいか。

 ともかくこれからの目処は立ったのだ。フィオレがどんなに努力しても知りえない情報も得たことだし、そこは素直に礼を述べておく。

 

『ありがとうございました。助言に従い、かの地を訪問してみます』

『ただ、ウンディーネ以上に頭の固いセルシウスが果たして、あんたの言葉を聞こうとするかどうかだ。最悪、ガン無視であしらわれるかもしれん』

 

 そんなことを知らされても、現時点でフィオレにできることなどない。

 どうにか説得するしかないだろうと反発しかけて、フィオレは小さな呟きを聞いた。

 

『ちなみにね。今の契約者は、イフリートの近くをうろついてるから』

『……シルフ?』

 

 呼びかけに返事はない。

 今の契約者というのは、契約者没後、意識集合体との接触に成功し、契約の証を所持する誰かがいるということだろうか。

 しかし、事情を話して協力させるわけにはいかないだろう。まさか契約の証を奪って持っていけば対話に応じてくれるわけでも……

 

『──今の契約者はウンディーネのみならず、意識集合体全員から総スカンを食らっているからな。奪い取って献上すれば、話すきっかけくらいにはなるかもしれん』

 

 ……どういうことなのか、いまいち事情は呑み込めないが、視野には入れておこうと思う。

 ここでフィオレは、シルフに対して本来の目的を告げた。

 

『これから先、古代秘譜術を始めとし、あなたの力を間借りすることが多々あると思います。許してください』

『……まあ、こっちは拒否も妨害もできないし。好きにすれば?』

 

 囁きと同じ、どこか拗ねたような声音が脳裏に響いて消える。

 これでいつフィオレが死んでも、仲間達が待ちぼうけを食うことはない。フィオレはその場を立ち去ろうとした。

 

『あ、ちょっと待った!』

 

 そこをシルフに呼びとめられる。

 ヴォルトの苦言など、どこ吹く風といった様子だ。

 

『おい……』

『もう契約がどーとかいう話は済んだでしょ? ならここからは、あなた個人の話』

 

 第三意識集合体のシルフが、今は一個人のはずのフィオレに一体何の用なのか。

 内容そのものを聞いて、フィオレは困惑した。

 

『私達に属する者──聖なるものユニセロスと呼ばれる存在の個体と、あなたは面識があるよね』

『──ええ、まあ、一応、ついさっき』

『さっきから外で騒いでいる奴がいるのよね。ヒスイという個体を助けたらしい人間が私──シルフの領域に侵入したって。しかも騒いでいるのは、かつてあなたと交流のあったニルダ』

 

 自分の眷属なら個体識別は当たり前だろうが、その交友までの把握済みとは。これにはフィオレも驚いた。

 

『……私はあなたに喧嘩を売りに来たわけではありません。害はないから引き上げろ、とお伝えください』

『……れーせー、だね。あの時のように懐かしくて感動しない? 言葉を交わしたくないの?』

 

 思わず、フィオレはその場で念話を打ち切っていた。

 どこにいるとも知れない第三音素意識集合体を探して、彷徨った瞳の眦がつり上がるのも止められない。

 ニルダの友人であったスィンは、ヴォルトの証言もあって死んだとはっきりしているのだ。いくら記憶があっても、否記憶があるからこそ。ニルダを懐かしく思うなど、許されない。スィンのふりして言葉を交わすなど、もっての他だった。

 だが、それを訴えたところでおそらく何にもならない。意識集合体に感情の機微が理解できるかもわからないし、何より下手に逆らったらシルフとヴォルトの印象を悪くするだけだ。

 それはこれから先、協力を取り付けられないことにも通じるだろう。

 

『少なくとも、私があなたの眷属とお会いする必要性はありません。私は戻ります。それでは……』

『ニルダ!? どうしたの!?』

 

 突如としてシルフが声なき声を荒げる。ほんの数瞬後に、シルフは現状を説明してくれた。

 

『なんか、渓谷に変な人間が入り込んだみたい。ちょっと前に聞いたけど、ユニセロスって高値で買い取る人間がいるんだって? 多分それ目当てで……』

 

 ニルダ達が密猟者に襲われたのか!? 

 考えるよりも早く、身体が先に動いた。きびすを返して逆走し、周囲を窺いながらも外へ出る。

 付近には誰も、何もいないが……大地に刻まれた蹄大小と、複数と思われる人間の足跡がそこいらに散らばっていた。

 大声を上げて彼らを呼びたい衝動を抑え、まずは冷静になろうと呼吸を整える。

 もし不用意に叫んで彼らを捕らえた連中に聞きつけられた日には、自分をどんなに罵っても足りない。

 

「三界を流浪する旅人よ……」

 

 シルフィードサーチ・ロケーションでタタル渓谷中をしらみつぶしに探索しようとして……飛び込んできたその光景に、フィオレは弾かれたようにその場を駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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