ユニセロスは幻と呼ばれた聖獣ですが分類:魔物なので、格好が怪しかろうが言動が不穏だろうが別に捕まえること自体は犯罪でもなんでもありません。
むしろ、それを阻止しようと襲いかかったフィオレの方が犯罪者。
しかしここはオールドラント。前述通り街の外での人斬りは、私怨が立証されない限り罪にはならない……(にたり)
白み始めた空の下。タタル渓谷を結ぶ場所に連結式の馬車が留められていた。
四頭立ての、かなりの積載重量でも送迎可能な荷馬車と普通の幌馬車である。
荷馬車を取り巻くは、数人の男達だ。いずれも怪しげな黒装束を身にまとい、小型のボウガンを背負っている。
彼らは自分が怪しいと主張するかのように、巨大な台車をふたつ、総員で牽いていた。
「備えあれば憂いなしってよくいうなあ」
「まさか、幻の聖獣ユニセロスが二匹もいるなんてな」
弾む声を隠さず、嬉々として黒装束の内一人が台車を馬車に横付けする。
それまで布を被せられていた台車の中身が、ばさりと音を立てて露わとなった。
戸板に車輪をつけたような、粗末な台車に載せられていたのは昏倒しているニルダとヒスイである。負傷はなく、見たところ息もあるが死んだように動かない。
「この麻酔すげえな。あんなちょっぴりでこの威力。今度ベヒモスにも試してみるか?」
「あいつなら、いざとなればラフレスの花粉をぶつけりゃ一発だし、試してみてもいいかもな」
「それよりもユニセロスだぜ。一匹だけでも十分だっつーに、つがいじゃないか、これ? うまくすれば
台車からユニセロスを降ろし、捕縛した上で搬送用の荷馬車を移す。幻獣を捕獲した高揚感からか、誰もが軽口を叩き、緊張感がない。
そんな空気を完膚無きまでに粉砕したのは、唯一会話に加わらなかった男だ。
「てめえら、口の前に手を動かせや! 別働隊はマルクト軍にやられてるんだぞ! もたもたしてねえでさっさと引き上げるんだ、急げ!」
そう言い捨てて、酒焼けしたようなガラガラ声の男がさっさと幌馬車の中へ乗り込んでいく。
御者らしき、唯一黒装束ではないごく普通の格好をした男が三人に軽く手を振って、幌馬車の中へ続いていった。
「……
「近くにゃ軍どころか何もねえっつうのに、顔に似合わずマジメなんだから」
「ああ、まったくだ」
なんだかんだ、ぶつぶつ文句を垂れながら作業を続けていた男達の手が、ふと止まる。
風の音ではない。魔物の鳴き声でもない。
明らかな人の声、それも歌声が彼らの耳朶を撫でたのだ。
しっかりと仮眠をとったはずの意識がずるずると、深淵へ引きずられる。
バタンと音を立てて、低い呻きがいくつも上がった。それを最後に静かになってしまった外に気付いた、御者扮する男が幌の外へ顔を出す。
「おい、何が……」
部下達の危機感のなさに辟易、ついでに愚痴を垂れ流していた頭目が横柄に問いかけた。
しかし反応はない。御者役の男は、四つん這いの状態で顔を幌の外に出したまま、硬直している。
話をしている様子も、聞きとれる音からしてない。無視されているという短絡的な判断を下した頭目は怒声を放ち、その無防備な尻を蹴るという暴挙に出た。
ところが御者役の男は無礼を謝罪するどころか、悲鳴を上げることなく、ごろんと力なく転がっている。
「……?」
こうなると高まるのは怒気ではなく、疑問だ。頭目は転がった拍子に戻ってきたその顔を覗きこんだ。
首が千切れかけているでも、顔が削ぎ落されているでもない。ぐーがーと呑気ないびきを立てて、御者扮する男は眠っていた。
その額に、特殊な矢羽を生やして。
「な!?」
それはつい最近、彼らが賞金首となった魔物を捕獲する際使用するようになった、麻酔薬塗布済みの矢である。
特殊な矢羽であるがため、どれほどの射手でも鏃は深く刺さらず、しかし麻酔が効く程度には刺さるという代物が部下の額から生えているのだ。言い争いをしている様子などもちろんない。そもそも同じ釜の飯を食った仲間を射ったことを許せるわけもなく、頭目は昏倒した男を押しのけて馬車から飛び降りた。
「おめえら! 何してやが」
左右を見渡すも、彼の視線に部下達はいない。
この時僅かながら視線を下げていれば、地面に倒れ込みぐっすり眠っている彼らの姿が確認できただろう。
しかしその機会は、次の瞬間永遠に失われた。
とんっ。
「!」
寂しい頭頂部とは裏腹に、髪の役割がそれとなく果たされた後頭部に件の鏃が突き刺さる。
前のめりに倒れた頭目の背後にて、奪ったボウガンを構えていたフィオレはぽい、とそれを捨てた。
──ユニセロスは、5000万ガルドもの報奨金がかけられた魔物だ。それを狩ろうとするならまだしも、生かして捕獲することは決して犯罪ではない。
むしろ、この場合問答無用で襲いかかったフィオレが単なる通り魔になる。故に、さっくり命を頂くのは気が進まない。さりとて放置すれば、またユニセロスを狙いにくるだろう。
どうしたものかと悩みつつ、フィオレは未だ戸板に載せられたままのユニセロスに近づいた。
話によれば超強力な麻酔によって眠らされているらしい。ニルダと顔を合わせずに済むのは僥倖だが、このまま放っておくこともできない。
そのため。フィオレは無事な方の手──右手を革手袋から取り出した。
素手でヒスイの首を撫でようとして。
『!?』
ヒスイは何の前触れもなく跳ね起き、フィオレと距離を取った。
ユニセロスは不浄を毛嫌いする習性を持つ。忌避する不浄の気配に、本来敏感なのだろう。
『え? え?』
『お目覚めのようで何よりです。彼女が目覚めるまで、傍にいてあげてください』
ニルダはヒスイが傍にいれば大丈夫だろう。蹄を鳴らしてうろたえるヒスイはさておいて、この連中をどうしようかと、フィオレは幌馬車に乗り込んだ。
マルクト軍がうんたら言っていたが、別働隊が軍に襲撃されても仕方のないような、後ろめたいことをしていたのかもしれない。
その根拠、あるいは彼らが犯罪者である証拠を探そうと、家捜しならぬ馬車荒らしをしようとして。
「あ」
あっさり見つけたその証拠を手に、フィオレは彼らの梱包と搬送作業に取り掛かった。