一方その頃、仲間達はといえば。
ベーコンは素材肉の血抜きして塩漬けして塩抜きして燻製にしたものなので、ぶうさぎもベーコンになります。うん、問題ないね。
宵闇が徐々に追いやられ、新たな朝日が街並みを照らし出す。
ケセドニア、キムラスカ側の宿にてたっぷりと休息をとったカイル達は、揃って朝食を摂っていた。
「別の世界なんていうから食べ物はどうかと思ったけど、意外と普通だな」
「フィオレも何も言ってなかったし、ガルドとか言葉以外にも共通点は多いのかもしれないわ」
「そうね。このベーコン、ちょっとクセが強いけど」
カリカリのトースト、ベーコンエッグ載せ──ベーコンはぶうさぎ製──というモーニングセットを食べ終え、一息つく。
宿の部屋はとりあえずということで三日間、前払いで借りてあるとフィオレは事前に説明していた。故に、チェックアウトを急ぐ必要はなく、一同は優雅に食事を摂れるわけなのだが。
「で、オレ達は何をしてればいいんだろ」
「待っていろと言ってたな。助けが必要な場合は言うから、それまでは騒ぎを起こさないよう待機だ」
カイルの疑問に答えたのは、付け合わせのニンジンを皿の端に寄せているジューダスだ。朝から妙に機嫌の悪い彼は、実にぶっきらぼうにその質問に答えている。
機嫌の悪さは低血圧だからでも、朝っぱらから嫌いな食べ物を見たからでもないだろう。
「じゃあ騒ぎさえ起こさなきゃ出かけてもいいんだよね?」
「きちんとここに戻ってくれるなら、いいわよ別に。もし迷子になったら終わりだけれどね。何せ私でさえ、まだこの宿の名前がわからないんだから」
早々に朝食を済ませ、もともと寝癖だらけに見える髪をかき回したハロルドが、テーブルを睨んで唸る。
彼女が憎々しげに見やるのは、宿の眼前の露天にて購入した世界地図だった。
フィオレが所持していたものより簡素だが、今のところハロルドが知るフォニック語はケセドニアとタタル渓谷という単語のみ。辞書を購入したところで役に立たないどころか、今のハロルドにはどの本が辞書なのかもわからないのだ。
従ってメニューも読めず、「一番上の。全員」とハロルドが機転を利かせたため、どうにかなった模様である。
そこへ、興味本位にハロルドの地図を眺めていたナナリーが小さな呟きを洩らした。
「……そういえばあたし、この字をどこかで見たことあるような気がする」
「え?」
「確か……」
彼女が取り出したのは、一枚の羊皮紙だ。
広げた中に書かれていたのは、一同もよく知る文字である。
「……『リアラの姿がないので探してきます。0137……』」
「これ、前に二人がいなくなったときの落書き?」
「落書きじゃなくて書置き。で、ここのはじっこ」
ナナリーが指し示すのは、羊皮紙の隅に走るミミズがのたくったような文字だ。その羊皮紙を手に取ったハロルドが目を細めて注視、やがてぽつりと呟いた。
「フォニック語、って言ってたかしら。確かにこの言語ね。かなり書体を崩した走り書きだけど」
羊皮紙を手にしたまま、ハロルドは固まった身体をほぐすように伸びをした。
椅子にのけぞって両足をテーブルに載せようとし、慌てて改める辺りかなり行儀が悪い。
「貴重な資料には間違いないんだけど、きちんとした活字じゃないと無理だわ。でもま、一応参考までに」
地図に記載された活字と走り書きを見比べ、どうにか元と思われる文字を写す。
羊皮紙をナナリーに返却しながらもメモと地図を見比べるあたり、何としてでも解読する気らしい。
「しかしまー、独特な言語ねえ。こんな言語使ってたくせに、よくフィオレは書類仕事なんかできたわねえ……」
「フィリア……あいつの第一発見者にして一時期保護していた神官に教わったそうだ。僕と知り合った頃には、辞書を読める程度にはなっていたな」
当時、フィオレに対して一方的な対抗心を持っていた少年にとって、それが唯一優越感を持てることだった。
読解はともかく筆記は苦手だと公言し、報告書の類に四苦八苦していた彼女を鼻で笑って、代筆等押し付けがましく恩を売りつけたことは彼の黒歴史としてきちんと記憶に残っている。
そうすることでかろうじて自尊心を保っていた、という見方でも決して間違っていない。
『で、かわりにやってやったんだから足を揉めとか、お茶会する時に給仕しろとか、迫ったんですよね。懐かしいな~』
『……黙れ』
幸いにしてカイルもハロルドも、シャルティエの呟きは聞いていないようだ。
黙りこむハロルドに、このまま宿でのんべんだらりとしているのはヒマだと訴えるカイル。徐々に閑散としていく食堂内にていつまでも居座っていた彼らだったが、ふとリアラが声を上げた。
「ねえ、あれ……フィオレじゃない?」
少女が示すのは、今ちょうど宿の扉をくぐりカウンターにて何事かやりとりを交わしている人影である。
「箒持ってないじゃん。帽子も違うし」
「でも、あの外套はフィオレが持っていたものよ。わたし貸してもらったことがあるもの」
砂よけ、暑気避けと思われる薄手の外套はリアラのみならずジューダスも覚えがあった。
そしてキャスケットは現在ジューダスの手元にあり、違うものを購入したところでさして不思議なことではない。
そうこうしている内に、注目の人物はカウンターでのやりとりを済ませて、食堂のエリアへと足を踏み入れた。
そしてそのまま、一同の陣取るテーブルへ歩み寄ってくる。
「フィオレ?」
「──おはようございます」
見慣れぬ帽子を取ることなく、聞き慣れた声は朝の挨拶を呟くように彼女は言った。
周囲が閑散としていることをいいことに、隣のテーブルから椅子を拝借して腰かける。
「よく眠れましたか?」
「う……うん」
「おかげさまで、たっぷり休ませてもらったわ」
他一同も同じ意見であることを確認して、フィオレは注文を取りにきたウェイトレスにパンケーキとコーヒーを所望した。
ウェイトレスが去ったことを確認して、再び口を開く。
「それなら、長旅も大丈夫そうですね」
「た、旅?」
「──移動する必要があるのか。ちなみに首尾はどうだった」
上々、ではないが口にできないほどではない。フィオレは素直に結果を語った。
「一応協力を取りつけました。ただ、一筋縄ではいかないようで、守護者達の長と話をつける必要があります」
「そのための旅ってこと? その……守護者達の長と話すために」
「──そうですね。長と話すため、必要なものをとってこようかと」
運ばれてきたパンケーキを口に運びつつ、これからの予定を語る。
足が船であることを話すとジューダスが嫌そうな顔を浮かべたが、我慢してもらうしかない。
「これからチケットを調達してきます。正午の便がありますので、みんなは荷作りを……」
「残念ねえ。ちょっとこの街を歩いてみたかったんだけど」
ハロルドがそんなことを零すも、それにそのまま応じるのははばかられた。
国境を越えるなと言ったところで彼らには通じないだろうし、大体それを阻止するために大急ぎで帰ってきたのだ。
とはいえ、それは口には出せない。
「港には早めに行きましょうか。あの辺りにも露店が並んでますから」
「やった♪」
そうと決まれば、より早めの行動が求められる。ジューダスからキャスケット──シルフィスティアの依代を返してもらい、コーヒーを一息で飲み干した。
それで眠気を振り払い、一同が荷作りをしている隙に宿を出で……その足で国境の向こう側、マルクト領に位置するケセドニアを練り歩く。
一見して変わった様子もないが、よくよく観察すればマルクトの軍人の姿が頻繁に見れた。領事館の付近など顕著で、いくつもの馬車が慌ただしく出立していく。
あの騒ぎから昨日で今日だから、それは仕方ない。やはり、早めに処理しておいてよかった。
──フィオレの手元には、あの密猟者達の身柄と引き換えに得た小切手がある。
あの後。馬車を荒らすまでもなく、フィオレは彼らの指名手配書を手にしていた。生粋の賞金稼ぎでなかったのが幸いだ。最近ハンティングの楽しさに目覚めたしょぼいごろつきが、手配される程度に名が売れたのが嬉しかったのか何だか知らないが、自分の手配書を持ち歩くなど。どうしようもない小物臭が漂う。
しかし手配書に記された金額は、小物臭がどうでもよくなるほどの金額ではあった。
馬車ごと彼らを確保し、譜歌や麻酔が切れるより早く賞金稼ぎ協会へ突き出して小切手を得たのはいいが。問題はこれをどこで現金に替えるか、である。
まさかフィオレの足跡を追う者などいないだろうが、ここで小切手をこのままチケットに変えるのは躊躇われた。
そこで。
「──ほい。いらっしゃいでしゅ~」
マルクトの領事館からすぐ近くある、寂れた店舗を訪ねる。
ディンの店と呼ばれるこの場所は、単なる売買の場ではない。
交易品と呼ばれる種々様々な素材を店主ディン介して職人達に提供、結果としてあらゆる品を提供することが可能でもある一風変わった商い屋なのだ。
素材の取引にかこつけて様々な物品の取引にも応じるため、その筋の人々から明るい闇市場とも呼ばれている。
「むむ。素材の売却でしゅか、それとも」
「教団外衣と紋章」
カウンターにある在庫表を一瞥、小切手を置く。
店主の少年は小切手を手に取るなり、上目遣いでフィオレを見上げてきた。
「……手数料、たっぷりもらうけどいいでしゅか?」
「ぼったくりなら良くない。正規の手数料なら納得する。ちなみにそれは、賞金稼ぎ協会が発行したもの」
首尾よくローレライ関係者に化けるための代物を手に入れ、釣銭40000ガルド余りの現金を得る。
速やかにマルクト領からキムラスカ領に戻り港に行って連絡船のチケットを人数分購入した。
後は、宿に戻って一同を連れ出し、出港時間まで港付近の市場を散策させればいい。
昨日から一睡もしていない意識が、睡眠を求めて頭を締め付ける。
まとわりつく睡魔をはねつけて、もうひと仕事するべくフィオレは宿へ足を向けた。