クレスタ~ハーメンツヴァレー。
二人+一本の旅、始めました。
しかし、何事もなく、というわけには行かない模様です。
道すがら空中都市の詳細を尋ねれば、彼は抑揚のない口調で機械的に語ってくれた。
「……あの後。ヒューゴは神の眼を用いて、当時海中に眠っていた空中都市を空へ引き上げた。初めに神の眼を持ち逃げしたグレバムが各地を回っていたのは、ヒューゴにそそのかされて各大陸を巡り、神の眼によって起動を促していたんだ」
「天地戦争時代、お空に浮かんでいたという都市群のことですか。太陽の光を得るための施設を掘り出すとは、天上王気分ですね」
「ヒューゴの目的はまさに同じものだ。あいつは天上王と同じく、空中に第二の大地を創ろうとしていた」
当時は自然で肥沃な大地が広がっているというのに、一体何を考えていたのだろうか。
それを尋ねたところでジューダスには答えられまい。
「ベルクラントを使って、ヒューゴは着々と空に自らの世界を作り始めた。スタン達はそれを阻止しようとしたが、天上の世界の完成を許してしまったらしい」
「ということは、一度この地上から太陽を取られてしまったんですか。それでどうにかしたから、彼らは英雄と呼ばれている……そんなところでしょうかね」
「ああ。最終的にスタン達は天上の世界、そして神の眼の破壊にも成功した。持ち得るソーディアンすべてと引き換えに」
天地戦争時代には不可能だったこと……しかも、少なくともシャルティエを欠かしているにも関わらず、成功させたのか。
どのような経緯があったのかは知らないが、並大抵のことではなかっただろう。
「さっき、地面が広範囲にえぐれているところを歩いただろう」
「ありましたね、見渡す限りの広範囲でしたが、ひょっとして」
「空中都市や天上世界の残骸が降り注いだ跡だ。あれらが世界中にある、と考えていい。あれでもまだ軽い方で、それでも未だに草木は生えてない」
「なるほど。被害がひどかったハーメンツ付近は、文字通り大きな爪痕を残したということですか……」
そのまま道中、フィオレは実に様々な事柄をジューダスから学んだ。
オベロン社は騒乱によって当然のように倒産し、レンズ加工技術は廃れた。現在では、残されたレンズ製品に名が記されているだけだと言う。
「何となく受け取ってしまったけど、今じゃすっごいレアものなんですね。このソーサラーリング」
「そういうことになる」
そして驚いたことに、レンズの加工技術が失われていながら現在は、ソーディアンマスターでなくとも晶術の使用が可能であるらしい。
もともとソーディアンマスターであるジューダスも、その技術に沿ってシャルティエのコアクリスタル──通常のレンズとは比べ物にならない高密度エネルギーを含有したレンズを用いて、確認されている晶術の使用が可能になっているのだという。
「すごいじゃないですか」
「……奇跡と称される手品を使いこなした人間に言われても、厭味にしか聞こえないな」
「あなたのことじゃなくて、現代の技術のことですよ」
レンズから含有エネルギーを引き出すこと自体なら、フィオレにもできる。これからは大っぴらに使えるということか。
ただ何万回の使用に耐えるという高エネルギー含有レンズはないため、手持ちのレンズを消費していくことになるだろうが、問題はない。
オベロン社がないためレンズを換金することはできないだろうし、道中は変わらずレンズによって凶暴化した動植物が発生することはわかっている。そうそう尽きることはないだろう。
レンズによって凶暴化した動植物──魔物や怪物と称されるモノ達を前に、現代技術の結晶と言っても過言ではなかろう晶術の披露をリクエストする。
そこで、疑問が発生した。
「ところで、シャルティエの含有エネルギーは地属性と闇属性だったはずですよね。どのようにして風属性、光属性の術をお使いで?」
「これだ」
そう言って彼が示したのは、帯剣の柄頭に取り付けられた球体の飾りである。
小型ではあるものの、そう簡単に使いきれるわけではない高エネルギー含有レンズだ。
「よく見つけましたね。そうそう手には入らないでしょう」
「……神殿から拝借した」
どういうことなのかを詳しく聞き出しにかかる。
すると現在、オベロン社総帥の引き起こした災厄が元でレンズを危険視する風潮が高まり、現在ではアタモニ神団が全大陸におけるレンズの回収・管理を行っているのだという。
「……フィリアが陣頭指揮を取っているのですか?」
「違うが、何故そんな嫌そうに聞くんだ」
「安心しました。彼女がそんな愚かなことに手を出したと、思いたくなかったのでね」
先の騒乱の当事者なら、神の眼のみならずレンズを一か所に集めればロクなことが起こらないことくらい、わかっているはず。
同じ神団に所属する者として是非制止してほしかったが、問題はそこではない。
「で、レンズを集めているはずの神団から、珍しいであろう含有エネルギー豊富なレンズをいかにしてせしめたのです? 袖の下ですか」
「……疑似晶術が確立されていることを知って、最初はそうしようとした。だが、今はエルレインがいるせいで賄賂に応じる輩が少ない。そこで」
「そこで?」
「比較的警備の薄いダリルシェイドの神殿──ヒューゴの屋敷に忍び込んで、適当なのを身繕った」
どうやらそれが、あの二人と行動を共にした発端であるらしい。
正直窃盗行為は感心できないが、過去食べるために身売り以外の何にでも着手したフィオレには責める資格もない。
「エルレインというのは、レンズの管理者のことですか?」
「似たようなものだ。実際は大司祭長──アタモニ神団の長だがな」
「へえ、長ね。私はてっきり英雄に祭り上げられているフィリアに押しつけられたかと思っていましたが……流石にそれはありませんでしたか」
「別にフィリアの代理というわけではない。何年か前にふらりと現れ、あっという間に今の地位に収まった」
……ジューダス、というか、リオンにしてはやけに饒舌である。
違和感を覚えるも、興味がないわけではないので先を促した。
彼自身、興味をあおるように話した自覚があるのか、その話し方によどみはない。
「ずいぶんあっさり収まりましたね。何か理由でも?」
「特殊な力……晶術に似て非なる奇跡を操って見せたからだ。具体的には、回復晶術を遥かに上回る力を操る」
「へえ……晶力を増幅させる特殊なレンズをお持ちなのでは? あるいは信仰を集めるためのペテンとか」
フィオレとてかつて、他者から「奇跡」と称された力を振るった。
だが、フィオレ自身それを奇跡などとは一切思っていないし、そもそもタネだって仕掛けだって理論だってある。
とりあえず、何かしらレンズを隠し持っている可能性はあるだろう。大司祭長などと仰々しい名で呼ばれる人間が、裸同然でいるわけがない。
それを面白おかしく口に出すと、彼は呆れたように繰り返した。
「仮にそうだったとしても、常識では考えられないほどの威力なんだ。これまで何百人もの人間が、実際に救われているという」
「救われている、ねえ。まあ実物見るまで何とも言えませんが……いや。ひょっとしてこれは、実物が目の前にいる、というパターンですか」
さらり、と。さりげなく呟いたフィオレの一言に、ジューダスは目に見えて動揺した。
わかりやすい反応である。
「……ど、どういう意味だ」
「奇跡とか、そういったものをまともに信じそうにもないあなたがそこまでおっしゃるということは、そのエルレインとかいう方はあなたに奇跡を示したのではないかと思いまして。そう、例えばあなたをシャルティエと共に蘇生させたとか」
ここで初めて、フィオレはちらり、とジューダスを見やった。
帽子で隠れているにつきその動きは知られていないだろうが、彼はまるで狼狽を隠すように黙りこんでいる。
『あーあ。しゃべり過ぎたみたいですね、坊ちゃん』
「シャル……」
『だから言ったじゃないですか。隠し事しても多分長続きしないって。情報が揃ってない時はさておき、フィオレの洞察力って半端じゃないんですから……』
「別に構いませんよ。隠し事だろうと企みだろうと。私に害を成すものだと判断すれば全力で潰しにかかりますし、そうでなくても勝手に推察していくだけです。隠したいなら、反応しないほうがいいですよ」
これでわかったことはジューダス、そしておそらくはバルバトスと名乗った巨漢をこの世界に解き放ったのは十中八九エルレインという輩であること。
そのエルレインが、限りなく人間から遠い存在である可能性だ。
もしかしたら時渡りの能力を持ち、奇跡と呼ばれるだけの力を操ることができる人間、なのかもしれないが。果たしてそれは人間なのかどうなのか。
その理屈が理解できないというだけかもしれないし、確認してみなければ何とも言えない。
仏頂面のジューダスはそれ以降エルレインに関する話題を嫌がり、更にダリルシェイドで休んでいくことを拒んだ。そのため、ダリルシェイドには近寄ることすらやめておく。
「で、念話のことなんですけど。残念ながら『これこれこういうことをすれば使える』という話はできません」
「何故だ?」
「十八年前であれば、ソーディアンマスターでもない人間に晶術を教えろと言われているようなものです。感覚的な要素が多すぎて、教えられることがほんの僅かなんですよ」
フィオレとて誰かに教わってできるようになったわけでもない。
結局は、自分なりの解釈と努力、ついでに素質がものを言う。
そんなこんなで、一本を含めた二人はこれといった障害もなく、ハーメンツヴァレーへと辿りついた。
「クレスタで言った通り、ハーメンツヴァレーは強風の吹き荒れる危険な谷だ。現在では大吊橋がかけられている」
「アイグレッテ、というストレイライズ神殿……大神殿の膝元に聖都と呼ばれる街があるんでしたっけ。そんなに大きな街なら、目指す人間全員に登山家並みの体力と技術を要求するのは酷ですね」
現に今、大吊橋へと向かう二人の周囲には様々な人々が行き交っている。
旅の商人から巡礼か何か、旅慣れているようには見えない子供連れの家族、二頭立ての馬車までも見受けられた。
「それにしても、妙に立ち止まっている人間が多いですね」
「確かに。何かあったのかもしれないな」
元々フィオレの目的は、アルメイダとハーメンツの間にあった山脈付近の聖域である。
しかし現在、どうも空中都市の残骸の直撃を受けて大規模な地殻変動でもあったのか、記憶にある山脈は影も形もない。
早くも計画頓挫か、と内心頭を抱えながらも道なりに進んで、二人は足を止めた。
周囲には二人と同じように足を止めている人々が大勢いる。
そのまま同行者と相談を始める者、踵を返し始める者と種々様々だ。
「……ないですね、橋」
「ああ」
視線の先には吊り橋を支えていたと思しき支柱が立っており、その先には何もない。
人垣をすり抜けて真下を見下ろすも残骸らしいものは見えず、対岸で困惑する人々が確認できる程度だ。
「おい、なんで橋がなくなっているんだ。商売あがったりだ」
「大吊橋が架けられたのは十年以上も前のことだ。ならば、老朽化していてもおかしくはないか……」
「この橋を架けたのはアタモニ神団だろう。整備を怠るからこんなことに」
聞こえてくるのは、様々な好き勝手。
現代は、平穏だった。