swordian saga second   作:佐谷莢

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 ケテルブルクはロニール雪山へいざ。
 会ったら混乱させちゃうしね。


第七十二戦——垣間見える懐かしい顔ぶれ~みんな元気そうでよかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダアト港を出発して、半日。空と海が灰色に染まり、ちらちらと白いものがちらつくようになってすぐ。

 一同を乗せた連絡船は、シルバーナ大陸ケテルブルク港に到達した。

 

「やっぱ、さみーなー……」

「雪上馬車をひとつ」

 

 予想通り、ジューダスを除く男性陣を考慮し、今度こそ馬車一台借りる。

 ダアトほどではないが距離もあることだし、ケテルブルクの雪は新雪でもない限り湿っていて重い。歩き方を知らなければ亀並みに遅くなるため、金欠でもガルドは惜しまない。

 雪上馬車にて揺られることしばし。一同は速やかにケテルブルクに到着した。

 

「思ったより賑やかね。明らかに住みにくい辺境でしょうに」

「ここは貴族の別荘地として人気がありましてね。ご覧のようにあまり寂れていないんですよ」

 

 貴族向けだが高級ホテルや賭博場、スパなどの施設が充実している。近くの山脈からはミスリルと言う特殊な金属が採掘でき、近海の荒波に揉まれて身の引き締まった鮮魚が水揚げされるなど、水産業も盛んなのだ。

 

「なるほど。土地自体に人気があって資源も豊富だから、これだけ開拓されているわけね」

「ね、フィオレ。あの銅像って……」

 

 そんな会話も交わしつつ、街の入り口付近にある宿へ一同を誘導する。

 本来ならここの名物であり、出すものさえ出せば一般人でも宿泊可のケテルブルクホテルに……と思っていたが、路銀があれではしょうがない。

 人数分の宿を取り、例の如く一同と別れたフィオレはまっすぐロニール雪山へと向かっていった。

 以前来た道と同じ、変わらぬ雪道を辿り、時折現れる魔物を斬り捨て、黙々と進んでいく。

 以前は雪崩で偶然発見を装った扉はぽっかりと開いており、その先へ進めば空気は一変した。

 凍りつくような気温はさほど変わらないが、魔物どころか命の気配を感じられない。

 螺旋を描く──契約の証を模したような通路を下り、山に抱かれる形で存在するパッセージリングを前にして、フィオレは深呼吸した。

 命の気配こそ感じられないが、ここへ至るまでに見張られているような感覚を覚えている。

 感情こそないが、それ故に無味乾燥な、片時も離されない強い視線を。

 凍てつく大気が肺の奥まで浸透し、ぴりぴりと痛む。

 これまで道中、交戦と緊張で高ぶり気味だった心を鎮めて、フィオレはとうとう呼びかけた。

 

『セルシウス。お応えいただけますか』

『……』

 

 返答こそないが、それまで一切の気配がなかった場から圧倒的な存在感が出現する。

 視界にこそ何もない。それはシルフやヴォルトとて同じ。違うのは、各々が持ち得る威圧感だろうか。

 

『ご無沙汰しております……と言うべきでしょうか』

『前置きはいい。ぬしの訪問の理由はわかっている』

 

 まずは契約の証を返還しようとして、遮られた。

 シルフやヴォルトの話から、まず本題に持ち込むのは苦労するだろうと思っていただけに、拍子抜けである。

 

『シルフ達から、聞いているのですか?』

『そんなことはどうでもいい。この対話はウンディーネも聞いておる。妾は彼女の名代としてぬしの呼びかけに応じたのじゃ』

『……ならば話は早い。我々は今、とある意志によって不本意ながらこの世界にいます。彼らを元の世界に帰すがため、あなた方に協力を要請します』

 

 戸惑う頭を無理やり切り替えて、そのものズバリを突きつける。

 果たしてセルシウス、ウンディーネは如何様に返答するのか。

 

『協力は、惜しまぬ。しかしそれにあたって、ぬしには条件をつける』

『条件とは、以前の契約の、成立ですか』

 

 これはある程度予想していたことだ。契約者がかつて契約を果たせぬまま死亡したことを嘆いたと、ヴォルトは言っていた。今、それを求められても何らおかしな話ではない。

 が。

 

『否。成してほしくないわけではないが、それを片手間に行えるほど易しきことではない』

「え?」

『ぬしに望むは……』

 

 おそらくはウンディーネの言でもあるその言葉を聞き、フィオレは愕然とした。

 その内容が以前の契約の成立に比べ、遥かな難関であることに由来する。

 

『……以上だ』

「……」

『泣き言も繰り言も、言い訳にも聞く耳は持たぬ。質問ならば受けつけよう』

「私に……死者を喰らえと仰るか」

 

 およそ質問とは遠い調子で、フィオレはぽつりと呟いた。独り言と判断したのか、セルシウスから返答はない。

 小さく息をついて、フィオレはのろのろと顔を上げた。

 

『彼女は今どこにいますか? その、触媒の位置とは……』

『おいおい話そう。まずはこの場を離れよ。ぬしを迷わせる者達が現れる。今ぬしに錯乱されると、仲間達は困るはずじゃぞ』

 

 それは、かつての仲間達のことなのか。

 彼らがここへ何の用事なのか。その疑問は集中に押し留め、フィオレは速やかに下山を始めた。

 ──一応、彼らの協力は取りつけたのだ。元に戻る方法も、確定とまではいかないが目処はついた。

 しかし、今回ばかりは喜べない。喜ぶわけにはいかない。

 聞かされた帰還方法を、脳裏で反芻し、ため息をつきそうになったその時。

 フィオレはおもむろに伏せると、耳を地面に押し付けた。

 死ぬほど冷たいが、そんなことに気を配っている場合ではない。

 厚く積もった雪に邪魔されてはっきりとはしないが、規則的な足音が聞こえる。

 地元の人間さえ滅多に近寄らないはずのロニール雪山に誰か……ミスリルの採掘場なら反対の方向だ。数年前の地質調査で、ここいらにミスリルの鉱脈がないことははっきりしている。

 では、何らかの理由を引っ提げてやってきた、かつての仲間達か。帽子で顔こそ隠しているが、会わない方がいいに決まってる。

 やり過ごそうと適当な物陰に潜むこと、少し。

 やってきたのは唯一人だった。

 冷風が弄ぶは、さらりとした真紅の髪。眉目が引き締まった面構えに、きりっとした碧玉の瞳。仮名スィンが纏っていたものに酷似した、漆黒の制服。

 その手には、剣ではないかと伺える長さの包みを抱えている。

 ──なるほど。確かに。彼の存在は、かつてスィンであったフィオレを惑わせる。

 できれば接触したくないし、気配も殺しているが、果たして今の彼にどこまで通用するものやら。

 案の定、彼はフィオレの前を通り過ぎる遥か手前でピタリと停止した。

 無言のまま、じろりと周囲を睥睨し……居場所の特定はできなかったようで、視線を定めないままぼそりと口に出す。

 

「……待ち伏せか」

「いいえ。やり過ごしです」

 

 だんまりを決め込んで思い過ごしかと思わせる手がないわけではない。しかしセルシウスの言葉によれば訪れるのは複数人。もたもた時間を消費すれば、事態は更なる混沌を招くことになる。

 ならばここで、アッシュをどうにか言いくるめた方がいい。

 

「やり過ごしだ?」

「ええ。できるだけ他人と接触したくないんですよ」

 

 当たり前だがいぶかしがるアッシュを刺激しないよう、言葉を選ぶ。

 幸い意図的に声を低くしているため、彼が何かに気付いた様子はない。

 

「採掘場は反対のはず。こんな辺鄙な場所に、何の用だ」

「そのままそっくりお返しします」

 

 フィオレに向けられるような疑問は、そのままアッシュに返せる。

 彼はお世辞にも、品がいいとはいえないような舌打ちをした。

 

「質問を質問で返すな」

「別に質問なんかしてません。あなたの事情に興味はない」

 

 この返答によって、彼の立腹は確実になるだろう。そうなれば経験上、アッシュは無言でこの場を去ると踏んだのだ。

 ところが。

 

「……セフィロトに何の用だ」

 

 あれから多少成長した証か。怒気こそ伺えるが、彼はそれを押し殺すような調子でそれを尋ねてきた。

 

「用事自体はありません。上からの命令ということでご理解いただければ」

 

 彼に虚言を吐かないと誓ったのはスィンであって、フィオレではない。

 とはいえ、嘘でなくても誤解させる意味では効果的でないかと思われる。

 すると、それを聞くなりアッシュは鼻で笑った。

 

「そいつは御苦労なこった。どこの上だか知らんが、ヴァンの剣はこんなところを探してもない」

「?」

「俺はセフィロトに行く。ノコノコついてきてみろ。地獄を見せてやる」

 

 これから下山するフィオレにしてみればどうぞどうぞという心境だが……ヴァンの剣とはまず、何のことか。

 それを尋ねるために追いかけたいような気もするが、目論み通り立ち去ってくれたのだから本来の目的を優先させる。

 アッシュと交わした会話内容を記憶より破棄、雪山ふもとで何やら言い争う一団には目もくれないまま。フィオレはケテルブルクに帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

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