ケテルブルク内で。
カジノに入り浸って、みんなに金を稼がせる算段をつける。
セルシウスが語った、一同の帰還方法。
それは惑星譜術を転用し、転送陣を作れとのことだった。
かつて意識集合体達が使った手段はこれだけの人数、ましてや生者に使えるものではないとのこと。
はからずも、神の眼の力を使ったとはいえ、あっさりそれを成してみせたエルレインは途方もない力……それこそ神に等しい力の持ち主であることが証明されてしまったわけだが。
そんな今更なことはさておいて、意識集合体の誰かに惑星譜術の何たるを知る者はいない。まったくの無知が、一から学べる資料も現存していない。従って、知る者から得るしかない。
その方法は──
「コンタミネーション、か」
惑星譜術の真髄を知る者がいる。その者を殺して
それだけでも気が滅入るというのに、同じ方法でまず仮名スィンの肉体を確保しろという。
正確には固有振動数──ユリアと、契約者と同じ肉体情報が必要なのだと。
今のフィオレには、惑星譜術の起動も真髄を知る者の殺害も無理、更に契約者としての資格もないそうだ。
無論、フィオレとてその時点で反論した。素直に教えてもらうのは無理としても、手八丁口八丁でどうにか聞き出せばいい話ではないか、あなた方は命が失われることを忌避していたのではなかったのかと。
そこで驚愕の事実を聞かされるわけだが……
くるくると切り替わる様々な絵柄を前に、フィオレは追憶をやめた。
まずは観察、絵柄がいくつあり、どの順で変化するのかを見極める。
隣に座るふくよかな中年女性が怪訝な顔をしているが、気にしない。
──そう。ケテルブルクに戻ったフィオレは、現在賭博場のスロットマシンの前に座っていた。
賭博におけるイカサマの方法なら、不本意ながら熟知している。ただしフィオレが知っているのは対人用で、こんな貴族用の遊技場でイカサマがバレた日にはあっという間にお尋ね者、賞金首だ。一応貴族風に変装しているが、それは歓迎できない。
そこで、唯一イカサマの必要なく、且つ必勝方法のあるスロットを使うことにした。
スロットは回転するリール、絵柄が描かれており、五列のそれらを合わせればいいだけ。従って持ち得る動体視力をフル活用すればどうにかならないことはない。
この賭博場、貴族の道楽らしくガルドを直接賭けることは禁則とされている。そのため金儲けこそできないが、それでも所持金を増やせないわけではない。
何万枚ものチップを集めて好事家が好みそうな物品と交換すれば、減った路銀を足すことも可能だ。
ただ、何も考える必要がないこの単純作業。同じ動作を繰り返すため、どうしても先程の話を一時的にも忘れることはできなかった。
──惑星譜術の真髄を知るのは、数十年前に発生した譜術士連続殺傷事件の犯人で、人ではない。捕獲もその場での処刑も叶わなかったため、マルクト軍によりシルバーナ大陸の片隅に封印されている。
その正体は、ゲルダ・ネビリムのレプリカ。
最初で最後の、譜術を用いて作成されたレプリカで、それ故通常のレプリカとは異なり、精神の均衡が保てない──気が触れている。そのため話し合い等は成立しない。
つまりフィオレは、これから元スィンを、見てくれだけは母親そっくりなレプリカを殺さなければならない。考えるだけで憂鬱だった。
幸いなのは、元スィンの居場所がまだ特定されていない、ということだ。どういった手段か知らないが、元スィンは様々な場所を行き来しているらしく、下手に追跡すれば堂々巡りになりかねないという。
そのため、機が熟すれば教えるとのこと。このまま仲間達のところに戻っても移動できるわけもなく、その事情を話せるわけでもない。基本的には優しい彼らのこと、自分達が還るためにふたつの命が散ることを、少なからずよしとはしないだろう。他に方法はないのかなど言い出しかねない。
彼らに黙っておくことは決定事項として、それよりもフィオレはこれからのことに悩んでいた。
フィオレに求められているのは、二人の殺害だけではない。惑星譜術を行使するためには六つの触媒が必要で、それらの収集もしなければならないのだ。
その探索行に、彼らを連れていくべきなのか。
移動手段が船しかないため、彼らを飽きさせないようにするにはいいかもしれない。しかし、民間療法によって平然とした顔こそしているが、ジューダスの体質が改善されたわけではないのだ。
それにいちいち彼らを街に連れて行き、宿に押し込めてから探索に出たとして。場合によっては押し込み強盗まがいをして早々に立ち去らなければならないかもしれないのに、その都度彼らを引き連れて移動するとなると、非常に足が遅くなってしまう。
一応今は彼らを連れていくことを想定して路銀を稼いでいるのだが……
筺体から吐きだされる大量のチップを専用の箱で受け止め、足の間に積んでいく。飲み物を配るバニーガールに申しつけて台車を借り、箱が十を超えた辺りで景品と交換、余ったチップで再びスロットに挑戦。
それを幾度か繰り返し、意識集合体の名を冠した槍三振りと一振りの剣を手に入れたフィオレは、ようやく決心してカジノを出た。
すでに陽は落ち切り、月光が雪を照らして夜のケテルブルクを彩っている。
追憶を振り払い、帰り道の道具屋で戦利品を早々に売り払ったフィオレは、帰路についた。
「また? 今度はどこに行くの?」
翌朝になってから再び移動するとの旨を告げれば、第一声がこれだった。
どこか飽きにも似たカイルの声音だが、彼の心情を考えればそれも仕方ないか。
不安を覚えられるよりかは、ずっとましである。
「キムラスカ王国の首都、バチカルです」
あれからセルシウスによる連絡はない。そのため、惑星譜術の触媒を探そうと彼の地へ向かうことにしたのだ。
惑星譜術そのものは概要しか知らないが、バチカルには忘れ去られた廃工場がある。かつて様々な音機関を研究し、製作していた場所なら何かしらヒントがあるかもしれない。
それはというも、六つの触媒は尋常ならざる武具の形をしているらしいのだ。譜術のことならまずマルクトを当たるべきだが、まずバチカルへ向かう理由はこれだった。
例によってハロルドの持つ地図の一点を示せば、その位置を見てジューダスが嘆息した。
「また、船か」
「ジューダスって船嫌いだっけ?」
「馬鹿、船じゃなくて海だろ。そこはサラッと流せ」
うまい具合に勘違いされているようで何よりだが、どちらにしても彼には苦痛だろう。
そこでフィオレは決心した内容を話した。
「そこでみんなにはしばらく働いてもらおうと思って」
「え?」
しばらく働くということは、期間中その地に留まるということだ。そのことに勘付かれたかと一瞬焦るも、ジューダスすらその様子はない。
「えと……それってやっぱ、こないだの……」
「まるっきり無関係ではない。とお答えしておきましょう」
実際、無関係ではない。賭博場で稼いだ分は、多少の補填にしかならなかった。
大半の理由は、フィオレの都合だが。
「働くって何したら……あ、自分達で探したほうがいいのかしら」
少々言いにくそうにしているリアラには首を横に振る。そのまま説明しようとして、カイルに割り込まれた。
「あそこの城下町には闘技場がありまして「闘技場があるんだ! じゃあそこで勝ち続ければ……!」
「いえ。確かに今のあなた達なら確実に勝ち抜けられます。しかし、一度だけならまだしも毎日そんなことをすれば、注目を集めるのは必至」
ただし、それはあくまで挑戦者として、ならばだ。迎え撃つ側なら、それが当たり前である。
「注目集めて何が悪いんだよ」
「最終的には殿堂入りということで、出入り禁止の憂き目に遭います」
「つまるところ、闘技場で雇ってもらえってこと?」
「そういったシステムがありますので、交渉はしておきます」
金に困った流れ者が、食い詰めて己の腕を売ることは何も珍しくない。
──借金取りが、無一文の人間を放り込んで給金を搾取しているという噂を耳にしたことはあるが、ある程度の秩序は保たれているはずだ。
「でも、晶術は使わない方がいいんじゃ」
「ええ。ですからリアラとハロルドは救護室つきにしてもらうつもりです。四人は専業戦士で」
治癒術ならば、使用しても問題ないだろうというのがフィオレの見解である。
一旦雇われれば寝所も食事も提供されるし、それに文句があるなら各自でどうにかすることも許されているから、何とかなるだろう。
食い詰めた流れ者用に、給金は歩合制らしい。だからそこで手に入れたものは自由に使って、迎えに来るのを待ってほしいと締めくくれば、一同の大半は同意した。
「……そのまま骨を埋めるような真似はごめんだぞ」
「仰る通りでございます」
現時点で彼らをいつ迎えにいくのかは決まっていない。少なくとも触媒を集めた後だが、惑星譜術を得るため向かうであろうシルバーナ大陸の片隅に連れていくべきか、あるいは帰還方法を確実なものにしてからがいいのか……それはこれからの展開による。
向かう先のバチカルにて、再び道は交差する。フィオレの心を揺さぶる出来事は、刻一刻と近づいていた。