swordian saga second   作:佐谷莢

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 バチカル港から旧バチカル港、更に廃工場へ。
 ここでの目的は果たした。


第七十五戦——苦しむよ、言う通り。それが生きるということだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──似たようなものならいざ知らず。この手の譜業操縦に不慣れなフィオレがどうにか降りた先。それは、今は使われていない旧バチカル港だった。

 とはいえ、そのまま降りることはできない。正確には、操縦の方法がわからない。

 わざと高度を上げて、まずは譜業人形の握力をなくさせる。そして、手動操作状態のまま倉庫の部屋に跳び移り、譜業人形を落下させた。

 落としたスィンの、真上に。

 生肉を地べたに落としたような音の後、轟音が響き、譜業人形がジャンクの山と化す。

 ──驚くべきことに、スィンにはまだ息があった。

 ジャンクの山から這う這うの体で這い出てきたかと思うと、そこでがくりと頭を垂れる。

 

「……」

「言い残すことはありますか」

 

 出血量、全身に及ぶ骨折具合からして、放っておいても乖離は発生するだろう。しかしそれを悠長に看取る余裕もない今、首筋に刀を添えて介錯を行いにかかった。

 顔を上げたスィンが、げ、と血を吐く。唇が、紅を差したかのように緋く染まった。

 

「……先に、楽になるから。苦しめ……!」

「わかりました。そうします」

 

 刃が、白い首に食い込んでいく。

 ブシュッ、と音を立てて、命の雫は青空を映した。

 ──直後は、よく覚えていない。

 気づけばフィオレは、ジャンクの山を前に座りこんでいた。

 辺りに血だまりこそ広がっているが、生き物の死骸らしいものはない。

 乖離した音素(フォニム)も元素も、全て吸収──同化したということなのだろうが。

 

『──これでいい。さあ、契約の証を』

 

 セルシウスの言葉に従い、ボンヤリした頭でのろのろとそれを取り出す。

 右の手に取った瞬間、証は輝きと共に中指へ巻きついた。

 

『今この時より、妾らは再び汝の手となり足となろう。ただし、訪問者らが異世界へ還るその瞬間、契約は果たされるものとする』

 

 訪問者。

 もう、この世界の人間じゃない。

 いいや、始めから。

 フィオレはここの人間ではないのに。

 

 何故か、胸にずきりとしたものが走る。それを無視して、了承を示して、早速バチカルの様子を窺った。

 シルフに頼んで上空から見下ろせば、バチカル港では連絡船が停泊していた。続々と乗船客が降りていく中、カイル達の姿も確認するが、このまま合流するわけにはいかない。

 ナタリアの指示なのか、旧バチカル港に向けて兵士が向かっているのが見えたからだ。

 その兵士を先導するように、ルークら一行が旧バチカル港へ通じる天空馬車を前に四苦八苦している。おそらく整備不良で動かないのを、直そうとしているのだろう。

 多少の時間は稼げるだろうが、いつかはこの現場へ辿りつくはず。

 妙に重たい身体を立たせて、ジャンクの山を後にしたフィオレは、かつて通り道にしたバチカルの廃工場へ訪れていた。

 今の内に廃工場からバチカルへの直通天空馬車を使えば、彼らとはち合わせずに事なきをえる。

 しかし、フィオレはそれをしないで廃工場内をうろうろと歩いていた。

 その理由、とは。

 

『……この先、だな』

 

 惑星譜術起動に必要な触媒のひとつが、ここにあると。

 ヴォルトに導かれ、フィオレはそれを手に入れるべく、あっちへふらふら、こっちへふらふらしていたのだ。

 本来光属性──第六音素(シックスフォニム)を司るはレム。かの一柱ならばまだしも、セルシウスと同じように第六音素(シックスフォニム)を僅かながら司るヴォルトでは探索に手間取るのも致し方ないこと。

 ソルブライトに頼んだ方が早いのは重々承知。しかし、彼らは異世界での力の行使に難色を示していた。ヴォルトを押しのけてまで無理強いすることではない。

 ヴォルトの導きは、遠回りこそしたが正しく、やがてフィオレは古めかしい木箱と対面した。

 取りつけられた複数の錠前と地味に争うこと、しばし。

 蝶番もまた非常に古くなっているせいか。嫌な音を立てて開かれた木箱だが、収められていたのは時の流れを感じさせないひと張りの弓だった。

 天使の翼を模した純白の、ふさふさとした羽があしらわれているが一切の劣化はない。今しがた作り上げられたかのような、不思議な弓だった。

 

「これが、触媒……」

 

 美術品のような美しさもさることながら、妙にでかい。

 見たところ折りたたみ式でもなさそうだし、持ち運ぶ際は如何にして注目を避けるか、それを考えながら手を伸ばして。

 

『ダメだ、まだ触るな!』

「?」

 

 思いもよらない警告こそ理解したが、手は止まらず。

 右手が弓に触れた瞬間、貫かれるような衝撃が走った。

 

「!?」

 

 反射的に声が上がったはずだが、声にならなかったのか、耳が機能しなかったのか。

 状況が一切把握できない状態で、フィオレはただうずくまるしかできなかった。

 

『……やっちまったか』

『い、一体、何が』

『意識はあるようだな。だが、しばらくは動けないぞ』

 

 触媒に触れただけで行動不能になるとは、どんな理屈の罠なのか。

 ヴォルトいわく、現状フィオレの身体は非常に不安定な状態なのだという。

 

『契約者の肉体と同化したばかりだからな。元々の持ち主だったとはいえ、肉体は単なる他人のもの。魂という繋ぎがあったから成功したんだ。負担は大きい』

 

 事前に聞いていたことだが、スィンはその身に触媒を宿していた。

 その触媒に引き寄せられ、今まで木箱に納められていた触媒は音素と元素に分解され……ようするにコンタミネーション現象が発生したと。

 しかし、今のフィオレはすでに体組織の表皮にいくつか物質を宿している。先程の同化が関係して問題こそないが、肉体が過敏に反応したらしい。

 その説明が終わる頃、フィオレはどうにか身体を起こせるようになった。

 確かに箱の中には、弓をくるんでいた布切れしかない。

 

『……これからは、こんなことにはなりませんよね?』

『多分な』

 

 ここが人のいない廃工場でよかった。どこぞの宝物庫だったらと思うと、ぞっとする。

 

『バチカルにあるのは、弓の形をした触媒でしたね。残るは……』

 

 意識集合体の証言から推測して、すでに大まかな目処はつけてある。細かなことは現場で確かめればいい。

 上体こそ起こせても、足はまだ満足に動かず、体重すら支えられない。

 動かぬ身体を無理に叱咤することなく、フィオレはまんじりと流れる時に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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