swordian saga second   作:佐谷莢

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第七戦——いきなり英雄認定~そもそもアナタだーれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえてくる様々な好き勝手から、現代の平穏さを感じながら支柱に眼をやる。

 そこではすでに、奇抜な仮面が人の視線を無意味に集める少年が、支柱に手をやって検分していた。

 

「何かわかりましたか?」

「少なくとも老朽化ではなさそうだ」

 

 彼が示す支柱には、吊り橋を固定するための部位がある。

 残された金具自体に、錆びが浮いていたり、長期の使用による金属疲労は発生していない。

 金具の先、橋の一部だった荒縄が鋭利な切り口を見せていた。

 

「人為的なものだろうが、鉄線が編み込まれた縄の切断など並大抵のことではないぞ」

「人がしでかしたことだとしても、残骸が見当たらないということは両側から切断したことになりますね。橋を落とすだけなら、片方から落とせばいいだけの話なのに」

 

 念には念を入れてか、あるいは他に理由……狙いがあってのことか。最終的にこの大陸から出る必要のあるフィオレには災難な話である。

 検分を終えたジューダスに、迂回路を探しての通行を提案しようとして。

 

「あのですね、ジューダス……」

「何か聞こえないか」

 

 そんな唐突な一言に、フィオレとしては思ったままを返すしかない。

 

「……谷底の方から、風の吹く音が」

「それじゃない。まるでソーディアンに話しかけられているような、音でない声が……」

『僕には何も聞こえませんけど』

 

 フィオレにも、それらしいのは今のシャルティエの声しかない。

 だが、彼の言う声に心当たりはあった。

 

「何を言っているのかわかりますか?」

「それはわからない。だが、音ではなく言葉だと思う」

 

 無言のままジューダスを連れて、橋の支柱から離れる。

 絶壁沿いを進み、人気がなくなったところでフィオレは振り返った。

 

「ちょっと指環を外してみてください」

 

 クレスタでのあの夜以降、念話訓練もあって彼は銀環を自らの指に着けっぱなしだった。

 フィオレの指導を基に、折を見てシャルティエとの意思疎通に挑戦しているが、どこまで結果が上がっているのかは知らない。

 外したその状態でも声が聞こえるかを尋ね、それが否であることを確かめ。

 フィオレの中で一つの結論が出た。

 

「多分、あなたが聞いたのはシルフィスティアの声だと思います」

「シルフィス……?」

「風の守護者が名乗った名です。現在私は彼らと意志を交わすことが出来なくて不思議に思っていたのですが、どうもトラブルが発生してるみたいですね」

 

 声が何を話しているのかわからない以上、それはただの推測でしかない。

 ただ、これまで指環をつけていたにも関わらず、今聞こえたということ、この辺りに強風が吹き荒れる……風の影響が非常に強いことを考えると、可能性は高い。

 

「風の守護者の声だというなら、何故お前に聞こえない」

「さあねー。もう私に協力する気が、ないのかもしれませんね」

 

 いぶかしげに尋ねるジューダスには悪いが、確実なことは何もわからない。

 とにかく、道は定まった。

 

「私はこれから谷に下りて、対岸へ移動しようと思います。ジューダスはどうしますか?」

「谷をだと!? ここから降りて、よじ登るのか」

「はい。もともと私の目的は彼らと接触することです。あなたがそれらしい声を聞いたということは、この辺りにいると思われます」

 

 おもむろに絶壁へ立ち、下を見下ろす。

 幸いなことに谷底まで岩や樹木が張り出ており、足場には事欠かない。

 突風、そして生息するであろう魔物に襲われれば危ういが、一応対策は立ててあった。

 

「結構危険ですんで、無理に付き合わなくてもいいですよ。ただ、その場合はここでお別れですが」

「途中で突風にあおられたり、登攀中魔物に襲われたらどうするつもりなんだ」

「突風はタイミングを計るしかないでしょう。魔物の襲撃は、デモンズランスをも凌いだ結界を張りましょうか」

 

 そして、登攀に挑戦する前に試したいことがある。

 深呼吸のち、意識を集中させ。フィオレはしっかりとチャネリングを発動させた。

 

『シルフィスティア。私達を風で包んでください』

 

 返事こそ得られないが、それまで好き勝手に吹き荒れていた風がまとまり、ふわりとフィオレの周囲を取り巻く。

 それは瞬く間に四散してしまうものの、例えば足を滑らせたところでクッションは用意してもらえるだろう。

 そして、これではっきりした。フィオレと守護者達との契約は、断たれていない。

 何かのトラブルで意志を通じ合わせること、併せて力を借りることが一時的にできなくなっているだけだ。

 ここは風の力が強く働いているから、多少は頼みを聞いてもらえるようだが……

 ジューダスの同行を確認し、降りやすそうなポイントを探していく。そこへ。

 

「おい。あれを使えば降りやすくなるんじゃないか?」

 

 ハーメンツヴァレーの登攀に挑戦すると決めた時点で、風にあおられやすいマントを荷袋に押し込んでいたジューダスが一点を指す。

 彼が指していたのは崖のあちこちに打ち込まれた楔で、目立つように取りつけられた飾りがひらひらと揺れていた。

 よくよく見てみればそれは眼で追えないほどの奈落まで続いている。誰かが登攀を試みた跡だろう。

 

「戦士よ勇壮たれ。鼓舞するは、勇ましき魂の選び手」

 ♪ Va Rey Ze Toe Nu Toe Luo Toe Qlor──

 

 途中で楔がないならまだしも、この先が魔物の巣窟に通じていないことを祈る。

 それは口にしないまま【第三音素譜歌】戦乙女の聖歌(バルキリーズ・ホーリーソング)を奏で、わずかではあるものの体を保護することに成功した。

 

「……奇跡は健在か」

「さ、行きましょうか」

 

 楔に足をかけ、きちんと自分の体重を支えてくれるということを確かめ、リズミカルに降りていく。

 あまり慎重に降りていく──ぐずぐずしていたらすぐ体力が底につくだろうとの判断だ。

 こんな本格的な登攀など子供の頃一度しただけで、命綱なしというのも初めてである。自信のない筋力の耐久性を考えての突貫だ。

 だから先に行くが、くれぐれも自分のペースは守って。焦って足を滑らせるならまだしも、落石だけは勘弁してくれ、とジューダスには事前に告げてある。

 大概が楔、時折木々や岸壁に足をかけ、大きく張り出た岩に腰を降ろしジューダスにも休憩を促しながら、何とかシルフィスティアに頼ることなく谷底へと降り立つ。

 普段使わない筋肉の酷使に、二人して滝汗を流しながらもフィオレは周囲を見回した。

 

「風が気持ちいいですね」

「……そうだな。登攀中に吹かれた時は、どうなる事かと思ったが」

 

 空中都市の残骸だろうか、明らかに違和感のある建築物の欠片がそこかしこに転がっている。

 同時に登攀に失敗した旅業者の末路か、布切れに包まれた白骨死体や持ち主不明の荷物やらが点々と見受けられた。

 これまでの行程、魔物に襲われては結界を発動させ、ジューダスの詠唱時間を稼ぎ撃退するという手法を繰り返していたために予想できなかったわけではないが……無惨なものだ。

 

『ねえ、坊ちゃん。そこらの荷袋漁ったら、ロープの一本も手に入らないでしょうか』

「……お前は僕に、死人の荷物を漁れというのか」

『だって、二人して命綱もなしに崖下りなんて危険すぎますよ!』

 

 ジューダスが突如独り言を呟く珍風景。

 これをさらしているということは、訓練の方はあまりうまくいっていないのだろうか。

 シャルティエの気持ちがわからないわけでもないが、死人の荷物を漁るどころか使えなど、普通の感覚で言うなら死者に対する冒涜でしかない。

 彼は、正確には彼の人格の持ち主は元軍人だから、気が弱そうな発言が多くても合理的な考え方が身についているのだろうが……

 

「二人とも、お静かに。誰かいます」

 

 シャルティエのお小言に憮然としていたジューダスが、真面目な顔で周囲の気配を探るのを制して、フィオレは前方を指差した。

 一際大きな空中都市の残骸、そのすぐ傍に人影が三つほど見受けられる。

 しかしそれ以外ははっきりしない。

 ジューダスを伴って慎重に進む内、詳細ははっきりしてきた。

 

 四方に跳ねている金髪の少年と、灰色がかった銀髪を逆立てた青年──カイルとロニ。

 彼らが対峙するのは、一人の少女だった。

 

 うなじがのぞく短めの髪は瑞々しい枝色で、トンボ玉のような髪飾りが揺れている。つぶらな瞳は髪と同じ色で、遠目から見ても至極愛らしい。

 華奢で小柄な体は淡い桜色の、フリル飾りもさりげないネグリジェのようなワンピースに包まれている。むき出しの鎖骨には今まさに、レンズのペンダントが装着された。

 何かやりとりをしているようだが──少年たちの様子はともかくとして、少女の表情はおよそ知り合いと接するものではない。

 何かしらの言葉を交わし、少女が少年たちにおずおずと頭を下げる。

 それに対して金髪の少年は頭をかきながらも、何かを告げるも少女はちら、と首元のペンダントに目をやってかぶりを振った。

 

「……やっぱり、違う」

「え、何?」

「拾ってくれたことには、お礼を言います」

 

 彼らが話す最中にも、フィオレはすたすたと彼らに近寄っている。

 会話はどんどん、フィオレの耳にも届き始めていた。

 少女の声は声質の可憐さとは裏腹に、感情味がない。

 冷たいというよりは焦っているような。そんな感じすら取れる。

 

「でも……もうわたしには関わらないで。それじゃ」

「こんにちは、カイル、ロニ」

 

 少女が踵を返したところで、フィオレはずんずんと彼らに歩み寄った。

 聞きとれた会話の内容からして、彼らは少女の落し物を偶然拾い、届けたらしい。が、二人は少女のたいおうがお気に召さなかったようだ。

 カイルはともかくとして、ロニなど途中からマトモに顔をしかめている。

 見も知らぬ少女だが、知っている人間が無駄な暴力を振るう姿を見たいわけではない。

 荒事を看過するものなんだと、少女が踵を返した瞬間姿を見せたのだが。

 その直後覚えた疼きに、フィオレは軽く眉をしかめた。

 

「……お前、空気の読み方くらい覚えたほうがいいぞ」

「フィオレ、だよね。ジューダスも! 二人も谷を降りてきたの?」

 

 呆れるジューダス、再会を純粋に喜ぶカイル、そしておそらくは二人の接近に気付けなかったことを不覚と思っているだろう、苦い顔をしているロニ。

 少女に対する不満を一時的に忘れたであろう二人を現実に引き戻したのは、他ならぬ少女本人だった。

 

「……見つけた……」

 

 呆然としたような少女の呟きが、一同の視線を集める。

 すでに去ったとばかり思われた少女の視線はただ一人、いぶかしげに自分の左手を見るフィオレに注がれていた。

 

「見つけた、わたしの英雄!」

「えぇっ!?」

 

 いきなり英雄扱いされ、驚愕するフィオレを少女は気遣う様子はない。

 まるで子犬のように駆け寄り、歓喜と不安に揺れる瞳を向けてくる。

 

「突然こんなことを言い出してごめんなさい。だけど、わたしには時間がないんです。教えてください、どうすればこの世界の人たちを……」

「ま、待った待った」

 

 矢継ぎ早にまくし立て、何かを尋ねようとする少女をとりあえず押し留めた。

 カイルの話では、彼女は英雄を探していた。

 その目的がこの質問であったとしたら、答えるはおろか聞くこともできない。

 フィオレは彼女の、どころか、そもそも英雄ですらないのだから。

 

「その前に。何故あなたは私を英雄と呼ぶのですか? この世界において英雄と呼ばれる人物といえば、十八年前に神の眼を破壊し、世界に空を取り戻した人物達に他ならないのでは? もともとはセインガルド兵士志望だったカイルの父スタン・エルロン。悪名高く、やんちゃなレンズハンターだったルーティ・カトレット。アタモニ神団司祭にして神の眼の封印を実際に解いたとされるフィリア・フィリス。神の眼関連の事件により当時のファンダリア国王にして実の父を失ったウッドロウ・ケルヴィン。違いますか?」

 

 真剣に少女を諭しにかかるそこに。

 何故かロニの横槍が入った。

 

「おいおい、フィオレ。肝心な人を忘れてるぜ」

「え? ……ああ、ルーティ・カトレットの親友にして戦友、ファンダリアでの事件にて戦線を離脱したマリー・エージェント」

「違う!」

「えー……フィッツガルド闘技場覇者、己の肉体こそ最大の武器と豪語するマイティ・コングマン」

「違うって!」

「……アクアヴェイル公国シデン領領主が三男坊、やんごとなき生まれでありながら道化を演じていたジョニー・シデン」

「ちっがーう!」

「あ、わかりました。か弱き少女の身でありながら常にウッドロウ・ケルヴィンに付き従っていた、弓匠と呼ばれし人物の孫娘、チェルシー・トーンですね」

「お前それだけ詳しいのになんであの人だけ外すんだよ! 絶対わざとだろそれ!」

「……あなたがおっしゃりたい人物が誰なのか、一応検討はつきますけれども。英雄、ですか?」

「ったりまえだろうが! あの人が……フィオレシア・ネフィリム様がいなけりゃ、スタンさんは裏切り者リオンと共に海の藻屑になってたって話じゃねえか。そしてスタンさんは、仲間の死を乗り越えて英雄と呼ばれるようになった。世界を救った四英雄として数えられてはいないものの、あの人も英雄の一柱として数えるべきだって主張する奴は結構いるんだぜ」

 

 誰だそれは。

 とりあえず、フィオレはそれだけ思った。

 

「ロニはフィオレシアのファンだもんねー。実際に会ったこともあるって、オレ何回も聞かされてるんだぜ」

「まあな。まったく、せっかくその名にちなんでるんだから、無視しなくても……」

「そんな与太話はさておいてですね。私は彼らのような偉業を成し遂げたわけではありません。何をもって私を英雄と呼ぶのですか?」

「それは……」

 

 少女が言い淀んだ、そのときを狙ってなのかもしれない。

 不意に吹き荒れた一陣の風が、フィオレがしっかり被っていたはずのキャスケットをあっさりと吹き飛ばした。

 

「あっ!」

 

 実に絶妙なタイミングにいぶかりながら、それでも助かったという思いを抱えつつ風にさらわれたキャスケットを追う。

 素顔がどうとか、もちろん気にしていない。

 

「あの馬鹿! まったく世話のやける……!」

「待って、わたしの英雄!」

「あ、君!」

「おい、カイル! 足元危ねえぞ!」

 

 その背中にどんどん人が続いたのは、フィオレの預かり知らぬことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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