エンゲーブ~???
……アビス未プレイの人にはわけわからんよな、これ。いままでもそうだったけど。
でも、フィオレと同じ感覚を共有できている、ということでひとつ。
薄暗闇の中、目を醒ます。
あれから一日ほど経過して、フィオレはエンゲーブに一軒しかない宿で休息を取っていた。
──触媒は無事、回収してある。
宵闇の帳が下りて、誰もが温かな寝台で身体を休めているであろう時刻。宿を引き払ったフィオレは持ち得る技術を駆使して、まるくと軍基地の裏口をこじ開けた。
灯りが落とされた真っ暗な闇の中、昼に下調べした記憶と夜目を総動員して目的の部屋へ忍び入り……家宝とばかり飾られていたそれを握りしめて、そのままセントビナーから逃走したのである。
暗かったためにはっきりと肉眼で見たわけではないが、昼に見た触媒は槍の形をしていた。ただ、
夜通し歩いてエンゲーブに辿りついたのが朝方。乗合馬車がやってくるまで一休みしようと思っていたのだが……完全に寝過ごした模様だ。
宿の主人に尋ねても、馬車に乗るには明日の日中を待つより他はない。
この村からケセドニアへ移動……できないことはないが、時間の浪費も体力の消耗も激しいだろう。
遅い夕餉を取り、部屋に引きこもったフィオレは意識集合体の話を聞いていた。
『シャドウの力を宿した触媒は揃った、と……』
『ああ。残るはレムの力を宿した杖。それは今、海上を漂っている』
『……海上?』
漂って……動いているということは、誰かが所有したまま、船で移動しているということか。
そうなると穏便に手に入れるのが非常に難しくなるが、ヴォルトは否定してくれない。
『人が所持しているかはわからない。最悪、海に生息する魔物が所持しているというようにも考えられる。陸に上がれば、おそらく人間だが』
今現在わかるのはそれだけだという。
引き続き調査を頼んで、フィオレは再び寝台に寝そべった。
このところきちんと眠っていなかったせいなのか。寝過ごすまでしたのに、あっという間に目蓋は重くなる。
それから、どれだけ経ったのか。
惰眠を貪るフィオレは、意識集合体の呼びかけに起こされた。
『……なんですか』
『妙だ。触媒が海上の一定航路から外れようとしない』
ヴォルトが見張っていたところによると、触媒の反応は海上を漂い続けているどころか、とある一定のコースに沿って現在も移動中だというのだ。
どこぞの貴族が優雅にクルージング中だったとしても、この時間まで一度たりとも停止しないのは異常。
軍籍船舶の巡航にしても、教えてもらった航路は納得がいかなかった。
『……でもそんなの、私にどうやって捕まえろとおっしゃるのですか』
『これから半日後、航路に変更がなければこの大陸へ近づいてくる。その際視認してからでも対応策は考えられるだろう』
触媒が関わるともなれば、無視はできない。荷支度をして、前払いしてある宿を早々に引き払った。
ヴォルトに導かれて、ルグニカ平野の西端、ローテルロー橋の北を目指して進んでいく。
白んでいた空が澄んだ青空を映しだし、そろそろ太陽が顔を出す頃。
朝靄がけぶる海の向こうから、何かが音もなく姿を現した。
「こ、これは……!」
例えなくても、それは島だった。人工的な建物、しかし人の営みが一切感じられないそれはまさしく廃墟の乱立であり、物哀しい空気が漂ってくる。
しかしそれはほんの僅かな間。島は再び霧の中へ姿を消そうとしていた。
『ヴォルト。間違いなく、触媒はあそこにあるんですよね?』
『ああ』
ならば、手立てはひとつ。
鞘付きの紫水を手に、これまで自重していた一言を放つ。
『シルフ。これに宿ってください』
『あいあいさー!』
空飛ぶ箒と化した紫水に腰かけ、移動する島を追いかけた。
その質量が災いしてか、そういう仕様なのか。幸いにして浮島の速度は、早くはなかった。
瞬く間に追いついて、問題なく上陸する。
見る影もなく印象は大分異なっていたが、フィオレはこの光景に見覚えがあった。
かつて、ホド島──今は無きフィオレの故郷──の対岸に存在した、フェレス島。住みついた魔物の蹂躙や時の経過によって朽ち、荒れ果てていても建物にうっすらとだが、特徴的な建築様式が残っている。
記憶こそないが、義祖父から書物を介して学んだそれらとも、光景は一致していた。
『……ヴォルト。触媒の位置は?』
『奥にある建物の一室だ』
追憶に浸っても仕方ない。
潮風が四方八方から吹き付ける中、フィオレは鍔広の帽子を取り出して被った。