フェレス島探索。
なんでここにあるねん! という突っ込みは無視します。
……だって、絶対無理だし。
フェレス島は、ホド崩落の影響で発生した津波によって壊滅したはずだ。人がいない上に魔物が棲みついている現状を考えると、放棄されていることは間違いなかろう。
が、そんな島が何故浮島になって海上をさ迷っているのか。もともとは浮島でもなんでもなかったはずだが。
あえて気にしないようにしながら、フィオレはヴォルトに導かれて先を進んだ。
件の建物は、かつて貴族のものであったかと思うほどに広大だった。
鍵はかかっていないものの老朽化が著しく、歩くだけで埃が舞う。足跡をつけるのはあまり気が進まないが、分厚い埃は周辺に常駐する者がいない証だ。時折屋敷を徘徊していた魔物に出くわすも、てこずるほどではない。いなして進む。
やがて辿りついたのは、どうしても開かない扉の前だった。
鍵がかかっているわけではない。扉が歪んでいるのか、蝶番が錆びているのか。ドアノブは回るのに、扉は押しても引いても開かないという難関だった。
最終手段として扉を破壊するという案がある。しかし、これだけ老朽化していると破壊したその瞬間、建物の倒壊という危険が待ち受けていた。
考えつくことは試してみようと、フィオレは移動を始めた。
『どこへ行く?』
『押しても駄目なら引いてみろ、引いて駄目なら視点を変えるしかありません』
廊下を歩き、階段を上っては下り、その部屋周囲上下をぐるぐる歩く。
そして判明したことは、件の部屋は中二階で窓らしいものはなく、中に通じる階段もなさそうだということである。
地を掘っても駄目なら天からと、フィオレは三階へ移動した。
位置的に目的の部屋の上階と思われる部屋へ踏み入る。
屋敷の主の部屋だったのだろうか、残された調度品は数あれど、見る影もない。
触媒がこうなっていませんように、と願いつつ、フィオレはわざと足元を踏みしめながら室内を歩き回った。
──部屋の中心辺りから、みしみしと怪しい音がする。
「つぶては空を舞い、やがて母なる大地へと還る……ストーンザッパー」
どんな不測の事態に陥ろうと、すぐ避難できるように扉を開けて、石つぶてを床へ転がす。
晶力を増幅しなかったため、拳大の石弾ではあるが。腐りかけた床にその衝撃は耐えきれず。
部屋の中心に直撃した石つぶては床をあっさりと貫通し、余波で床材を崩して道連れにしなから姿を消していく。
これで道は拓けた。
問題は、今の床材に触媒が埋もれていないかどうか、あるいは貫通した石弾の直撃を受けて破損していないか、だが……埋もれていたら掘り返せばいいし、まさかこんなことで破損はしないだろう。
そう決めこみ、再びシルフに頼んで紫水に体重を預け、慎重に降下を試みる。
部屋の中央には崩れた床材が散乱しているものの、触媒らしいものはない。
上階より更にごちゃごちゃしている印象の室内、探索の末に見つけたのは、所在なく転がっていた細長いチェストだった。
埃を被って非常にみすぼらしいが、急遽取りつけられた錠前だけが真新しい。ものの数分を待たずして、チェストの蓋が取り外される。
チェストの中、上質の絹に包まれていたのは、一振りの杖だった。
先端にユニセロスの角と翼を模した彫刻が施された美麗な杖だが……かなり使いこまれた印象がある。誰かの持ち物だったのかもしれない。
ともあれ、これで全ての触媒が揃った。
まずはこの浮島から脱出して、いよいよ惑星譜術を得るために……
これから先のことに思いを馳せ、杖を手にしたその瞬間。
「!」
知らない光景が、脳裏をかすめる。
それは一瞬で終わらない。フィオレは咄嗟に、己の口を押さえた。
「……!」
今見ているのは、埃まるけの床のはずなのに。見たことも覚えもない映像が、視界を塗り潰して形を紡ぐ。
知らない人々、知らない音機関、知らない場所。送ってきた人生においてどこにもありえなかった光景が、ぶつ切りの寸劇を交えて、脳裏になだれ込んでどこかへ消える。
唯一現実世界と通じる意識集合体達の声は聴こえるのに、遠かった。
『やはりか……』
『気をしかと持て! 記憶に引きずられるでない!』
何かを予見していたのか、ヴォルトはため息交じりに呟き、セルシウスの喝だけが鼓膜を揺さぶる。
聴こえはするのだが──視界を占領した光景は、フィオレの五感を握って離さない。
永遠にも等しい時間が、ようやく終焉を迎える。
それらがようやく途絶えた時、フィオレは思わず座りこんだ。
意識集合体に聞かずともわかる。今のフラッシュバックは、過去幾度か体験した記憶があった。
今のは、前世であったと思われるユリア・ジュエの記憶である。
スィンであった頃、彼女に関する事柄に触れるたび、このようにして見たこともない記憶、あるいは知識が再生されている。
しかし──久しぶりであったせいもあって、今のは非常に強烈だった。
ユリアが持っていたであろう知識、それも今後生かせるであろうものが蘇ったのはいいが、ともすれば記憶に支配され、今やらなければならないことを綺麗に忘れてしまいかねない。
それが、彼女がこのオールドラントを愛し憂いていた記憶だから、尚更。
『この触媒は、ユリアの持ち物だったのですね』
『……そうなる。だが、これが無ければ、かの秘術は……』
『わかっています』
事前にこの触媒の正体を知っていても、誰かを連れてくる選択肢もなかったのだ。今更何か思ったところで、時間の無駄である。
まずはこの島から脱出しなければならないが……
『シルフ。あなたの目を貸してください』
現在、シルフィスティアの依代はジューダスに預けてある。彼はいつでもシルフィスティアを通してフィオレの様子を知ることができるし、シルフも気兼ねなくフィオレに力を貸してくれている。
改めて契約者となったその時、ヴォルトと共にシルフの力を貸してもらえないかと願い出たフィオレの望みは今、このような形で叶えられていた。
『この島から出るんだよね? 陸地は遠いから、セルシウスに頼むといいよ』
『では、お願いします、セルシウス』
『契約者の望みのままに』
この島の秘密には一切関与しないまま。フィオレはフェレス島を後にした。