時間軸は少し巻き戻り、バチカル。
フィオレがそそくさと闘技場から出て行き、困惑しているところから、ですね。
バチカル、闘技場内施設にて。
支配人から呼び出しを受けたカイルらは、用事を聞いて仰天していた。
「王女様が話を聞きたいって……どういうこと?」
「少し前、元大詠師逃亡事件があっただろう? あの事件の関係者について君達に聞きたいことがあると、ナタリア殿下がね。心当たりはないのかい?」
事件に関して、直接関わりがあることを疑われているわけではないらしい。この件に関して、一同は間違いなく関わりはない。
ただその関係者については、一同もまったく心当たりがない、とは言い切れなかった。
「王族からの事情聴取ねえ……断ったら、さぞや面倒なことになるんでしょうね」
「否定はしない。どうしても嫌ならそう伝えるが、その後が恐ろしくてな……」
「話をするだけなら、構わないわよ。ただ、詳しいことは城で、とか、私達の誰か一人でも連れ出そうってんなら、その時点で何もかもお断り」
勝手がわからないからなのか、非常に強気ともとれる発言である。
そのことを咎めかけたロニだが、一言で黙殺された。
「話自体には応じるんですもの。そのくらいはいいでしょ?」
「……では、その旨伝えよう」
支配人が席を立ち、しばらくして。条件が承諾されたものとして、王女殿下御一行が通される。
ナタリアら一行、だ。
「お初にお目にかかりますわ。ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアです」
「ハロルド・ベルセリオスよ。基本的に聴取には私が応じるけど、紹介しておくわ」
「ちょ、ちょっとハロルド……」
「私達はあなたのとこの民じゃないから、恭しく振る舞う気はないわよ。不敬罪ってんなら改めて接してあげる。今うろたえたのはリアラね」
ジューダスが肩をすくめ、ロニが額に手を当てて頭を振る中、マイペースに一同を紹介していく。
返す形でナタリアもまた自らの供──ルーク達──を紹介したところで、本題を切り出したのはハロルドだった。
「で、何か聞きたいことがあるのよね。こないだの事件、えっと……」
「元大詠師逃亡事件の後、あなた方は往来で兵士と諍いを起こしましたね」
ナタリアが確認の形でそれを問われて、ハロルドは軽く眉を跳ねあげた。
一見平静だが、泳ぎ始めた視線が一同に不安を与えている。
「あ~……そのことなのね。厳密に言えばちょと違うけど、事実に変わりないわ。ひょっとして、しょっぴきに来たの?」
「違いますわ。報告ではその際に、あなた方の引率を名乗る女性が仲裁に入った、とあります」
これも事実かと確かめられて、ハロルドは黙して首肯する。
ナタリアらルーク一行が気づいているかどうか。ハロルドの目つきが、それまでのものと一転して真剣なものになっていることを。
「新緑色の髪、菫色の瞳に細身の女性と伺っていますが……あなた方のお知り合いなのですね?」
「知り合い、ね。まあ、肯定させてもらうわ。ちょっと前に知り合った程度だけど」
彼女の言は、ハロルドに関して言えば、けっして偽りではない。否定しようとした面々も、ジューダスのアイコンタクトで抑えられる。
今は、聴取に応じると言ったハロルドに任せようと。
それまでの様子と一変、急に歯切れの悪くなった返答にも関わらず、ナタリアは手にした書類をぱらぱらとめくった。
「知り合いになられたばかりなのですね。その経緯は?」
「それを話すことはできないわ。こっちにもプライバシーってもんがあるのよ」
歯切れが悪くなったと思ったら、つっぱねた。
不遜な態度に続いて、協力的でないその姿勢に。むしろカイル達がはらはらと事の成り行きを見守っている。
そこへ、初めてジューダスが口を開いた。
「なるほど、あいつのことが聴取内容か。この分だと、ついさっきまで闘技場にいたこともご存じだろう」
「ご明察ですわ。今回闘技場にて団体戦における単独制覇を成し遂げた、との知らせを耳にし、あなた方との接触を図った次第ですの」
ハロルドよりは遥かに慇懃に、何故後を追わないのかとジューダスが尋ねる。
そこで、ナタリアが初めて押し黙った。
「……」
「追跡は試みましたが、気取られてしまいましてね。尾行を担当した者達は、高いびきで発見されました。心当たりはお有りで?」
書類を手にすることもなく、ナタリアの背後に立つ青い軍服の男──ジェイドが、眼鏡の位置を直しながら答えた。
間違いなくフィオレの仕業である。ただそれを肯定してしまったら、知り合ったばかりだと言った先程の証言に、僅かだが矛盾が生じてしまう。
それを回避するべく、とぼけようとしたハロルドだったが。
「高いびきねえ。睡眠薬でも盛ったのかしらぁ?」
「声が裏返っていますわよ」
あっさり露呈した。
軍人だったとはいえ、尋問はされるよりする側だった彼女の演技力は、高くなかった模様である。そんなことはない、と重ねて否定するのは、更に疑ってくれと駄目押ししているようなものだ。
気まずく黙るハロルドに対して、カマをかけたジェイドはにこやかに語りかけた。
「まあ、あなた方と彼女の関係自体はさほど重要ではありません。私達が尋ねたいのは、彼女の「あいつの行き先に心当たりはないか? あんたらから聞きたいことは勿論あるんだが、あいつに直接話をつけたい」
遅々として進まない話に、イラついたように切り出したのは。それまで事の次第を見守っていた金髪碧眼の男──ガイである。
柔らかではあるが詰問の口調とは大幅に異なる、その真摯な態度にハロルドが詳細を尋ねる。
「どういうこと?」
「あいつは──」
その内容を耳にして、カイル達は刮目せざるを得なかった。