戦闘、合流、二度目だけど、もう二度と会うこともない、「みんな」とのお別れ。
それに伴って、長きに渡るオールドラント編も終了でございます。
アビスを知らぬ皆様、ここまでのお付き合いありがとうございました。
次回よりデスティニー2の世界へと戻りんす。
白魚の指先が帽子を摘まもうとして、フィオレが身を引いたことにより空を切る。
突如として指が翻り、掌が突き出された。
明らかに危険な光を宿したそれを。
「!」
身を引いていたことが幸いして、起爆から辛くも逃れる。
何を、と抗議するよりも早く眼にしたもの。
それは、聖母のような微笑と似て異なる般若の眼差しだった。
「……避けちゃ、だめじゃない」
思わず絶句するフィオレを見つめたまま、再びその手に光を宿す。
「私の血を引いた人間の
「!?」
「フィオレンシア。私はね、不完全な失敗作なの。だからジェイドに廃棄──殺されそうになったわ」
他者を害する危険な光。それを手に、そして瞳に宿したまま。レプリカネビリムは微笑みを浮かべたままだった。
それがどこか寂しげに見えたのは、気のせいなのか都合のいい妄想なのか。
「だから、一緒にいきましょう? 痛いのは、ほんの少しの間だけ。ずっと、一緒にいられるのよ」
彼女が封じられる原因となった、当初の事件。造られた己に足りない
譜術によって作成されたレプリカは、一部の
──フィオレを喰うことで、欠落している
「目的は、同じだということですか」
「そう。あなたは惑星譜術を得るがため、私は完全な存在になるため。私達は、互いが必要なの」
目的を知られている理由。フィオレにとってそれは至極どうでもいいことだったが、レプリカネビリムはさらりと語ってくれた。
「この日が来ることをずっと待ちわびていたわ。
「重要なのは、どちらが残るか、ですか」
いつ仕掛けられてもいいように、フィオレは警戒を隠さない。しかし、レプリカネビリムはゆらゆらと首を横に振った。
「……私が、転送陣を組んでもいいのよ」
「!」
「仲間達を、元いた世界へ返したいのでしょう? 星の質量を扱う譜術ですもの。確かに可能だわ。惑星譜術を完璧に理解する必要があるけれど」
現時点で完全に惑星譜術を理解している彼女が転送陣を組むならば、理屈上は完璧なものが出来上がるだろう。
その代償として、フィオレは彼女に殺されなければならないのだが。
「理解してみせます。私の目的は、彼らを帰すことだけではない。あなたに頼ることは、何もない」
「つれないわね。お母さん、悲しいわ」
記憶があるだけ、顔が同じだけの偽物が何をのたまうか。
今後を思うなら命乞いされないだけ、ましな態度である。しかし、その言葉は看過できなかった。
「騙りはやめてください」
「騙りだなんて。私は「子供を嬉々として殺そうとする親なんか、親じゃない。たとえ本当に、あなたがゲルダ・ネビリムだったとしても。母親面しないでください。図々しい」
フィオレとて、母親と戦いに──殺しに来たわけではない。あくまで失われている惑星譜術を最も知る者として、相対しているのだ。
それを聞いて、レプリカネビリムは笑みを零した。
明らかな嘲笑を。
「あらっ、やっぱり親子ね、私達。あなたも殺しているじゃない。自分の都合で──」
お腹の我が子を。
「っ!」
それを耳で聞いて、意味を理解するより早く。
我を忘れたフィオレは、獣のような雄叫びを上げて飛び込んでいた。
紫水の銘は、紫電という刀を元につけられたものである。
その名に恥じぬ勢いで突き出された刃だが、人非ざる肉を捕らえることはなかった。
「まあ、こわい。可愛い顔が台無しよ、フィオレンシア」
「うるせぇっ! 黙れよ、このっ──」
くすくすと微笑みながら、レプリカネビリムは紫水の描く軌道から逃れている。
久しく覚えなかった焦燥が、違う何かと共に胸をえぐった。それは果たして攻撃が通じないことに対する焦りなのか、それとも。
雑念を払うように、時に前のめりになりながら、紫水でレプリカネビリムを追う。
「すごいわ、強いのね。フィオレンシア」
しかし、返ってくるのは刃が肉を引き裂く感覚ではなく、身を引き裂くような悲鳴の調べでもなく、呑気な称賛ばかり。
驚異的な身体能力を駆使して、完全に見切った様子でフィオレの猛攻を回避していたレプリカネビリムが、ふと己の腕を突き出した。
すわ攻撃かと身を固くしたフィオレだったが、彼女はひらひらと腕を振るばかりである。
紫水の刃から逃れ損ね、ほんの僅か切れた袖口を示すように。
「避けたと思ったのに、流石私の娘ね。もうすぐこの肌に、紙切れで切ったような傷ができるのかしら?」
「母親面するな、厚かましい!」
普段の猫かぶりをかなぐり捨てて怒鳴り散らすも、レプリカネビリムは動じない。
笑みを深めて、すい、と距離を取る。
「怒りっぽい子ね。あの日かしら」
いくら頭に血が上っていても、飛び込むのは危険だと感覚は告げる。
口車には乗らず、じりじりと間合いを詰めようとして。
「さあ、戯れはここまで。あなたは私の中へ還るの」
たおやかな手が、今も浮遊する魔剣を掴む。
「……沢山殺してきたのね」
「!?」
「この触媒はね、所持者が奪った命を喰らって鋭さを増すのよ。だから」
何の偶然なのか、剣と同じ名を冠したレプリカは剣と共に飛びかかってきた。
「すぐに終わるわ。苦しむ
軽やかに、しかし不似合いな剣を振り上げるその姿に、技巧も何もあったものではない。
ただその単純な斬撃は、眼で追うのが精いっぱいで、身体がついていかず。
「!」
──受けることしか、できなかった。
防御の際、フィオレはよほどのことがなければ向けられた力をあらぬ方向に流して捌く。
まともに受けることは下策だからだ。難しくはないが、無駄な体力の消耗に繋がり、且つ反撃の好機を逃すことになる。
これまで生きてきた中で、嫌というほどそれを繰り返してきたフィオレは、防御とはすなわち受け流し、反撃することに等しい。たゆまぬ修練が理屈を抜いて、条件反射的にそれが可能であっても。
人の理を超越した存在を前に、培われた技術はあっけなく敗れた。
振るわれた一撃は、フィオレが知るどんな一撃よりも疾く、重く。受け流しきれず、咄嗟の防御はあっさり突破された。
紫水が破壊されるよりも早く自分から後方へ跳ぶも、打ち合った衝撃がそれを上回り。
あっという間に岩壁へ激突、呼吸すらままならなくなる。めり込むのではと思うほど叩きつけられ、否が応でも悟った。
まともに戦っては、勝てない。
反射的に咳きこむも、どうにか頭を下げることだけは耐えた。
レプリカネビリムの攻撃が、これだけにとどまるわけがない。
「──もう一度、生んであげる。本当の親子になりましょうよ」
結構な距離を弾かれたというのに、レプリカネビリムは一度たりとも足を動かすことなく、フィオレの眼前へやってきた。
その手に、グランコクマの王宮で見つけたあの宝剣を携えて。
滑るように接近し、再び棒きれで殴るように振り下ろす。
もう背後に逃げ場はない。振り上げたその瞬間真横へ跳び、転がるようにして距離を取る。
岩壁に深々と突き刺さった──否、無理やり突き立てられた宝剣を放置し、レプリカネビリムは闇色の槍を手にした。
また殴りかかってくるのかと身構えたところで、それが投擲される。慌てて回避した矢先に、閃光が眼前を横切った。
「そっちじゃないわ。こっちへいらっしゃい」
一対の翼を模した弓を引き絞る先から、光が生まれていく。
譜力を矢に変換できるのか、彼女がそうしているのか。
流星群のように絶え間なく、しかしでたらめに放たれる光矢から逃れる内、ふとその手が止まった。
「フィオレンシア。わがままを言って、お母さんを困らせるのはやめて?」
「……この期に及んでも母親面ですか。誰も生んだことなんかないくせに。彼女と同じ面でも、私は怯まない」
「その割には私と対話してくれるのね。取るに足らない戯言だと、切り捨てられないからかしら」
小うるさいから黙らせたいだけ、が本音だが……そうやって油断してくれるなら好都合というものだ。
そう思い込むことにした。事実から目を背けることが、いつ何時も悪いこととは限らない。
「さっきの勢いはどうしたの? 何を企んでいるの、フィオレンシア?」
先程受けた一撃で、頭に上った血はとっくに下がっている。
最早惑わされることもない。しかし、彼女を下す決定打もない。
このまま攻防を続けて、突破口を見いだせるか否か。油断すれば即死に繋がるも、一撃で逆転する手段がないわけではないが……
「激しき水塊よ、我が敵を蹴散らせ!」
そうこうしている間に、痺れを切らしたらしいレプリカネビリムが、詠唱を終わらせた。
泡に似た青の球体が弾けて、飛沫型の衝撃が四方に散る。巻き込まれないよう回避するフィオレを追って、レプリカネビリムは詠唱を重ねた。
「出でよ雷雲、鋭き刃となりて、我が敵を貫け!」
譜陣が展開し、虚空より発生した雷刃が飛来する。限定範囲型であることをいいことにこれを回避したフィオレは、再びレプリカネビリムに接敵しかけて。
「シアリング・ソロゥ!」
いつのまにか持っていた短杖で迎撃された。
まったく見覚えがない。おそらくスィンが持っていた闇の触媒だと思われる。
迫る炎塊と炎柱の火の粉を浴びるも、どうにか逃れたフィオレが見たもの。それは鬼気迫る面持ちでユニセロスの特徴を模した杖を振りかざすレプリカネビリムの姿だった。
「どうして答えてくれないの? どうして死んでくれないの!? お母さんはあなたを苦しめたくないのにっ!」
激昂している。
レプリカネビリムの様子がおかしいのは、承知の上。初めからこうでもおかしくはなかったのだ。
フィオレが一言も発さなくなったことが起因しているのか、はたまた思うように事が運ばなくてご立腹なのか。どちらにせよ、彼女の機嫌を伺う必要はない。焦れば焦るほど、好都合だ。
だが。
「ひれ伏しなさい!」
「母なる抱擁に覚えるは安寧……」
展開した譜陣から重力場が発生し、あらゆるものを大地へ叩きつける。圧力に加えて降り注ぐ鍾乳石を張り巡らせた結界が無効化するも、レプリカネビリムは耳触りな高笑いを上げていた。
「これで終わりにしてあげる……!」
その言葉は、けしてハッタリに類するものではない。
対象を捉えることがなかった譜術の残滓。岩肌に散った各
全
取り巻く
「!?」
消えかけていた結界を再構築し、衝撃に備える。
最悪な事態──結界が一瞬たりとも耐えられずはぜ割れ、意識が吹っ飛びそのまま目覚めずゲームオーバー、という未来がちらりと脳裏を掠めたが、掠めただけだった。
攻城兵器に匹敵するであろう
光が、未だ収まらない。
レプリカネビリムを中心に、円を描くように踊っていた
これ以上結界に頼れば、待ち受けるのは自滅。
疲弊しきった結界を消したフィオレ目がけて、譜陣全体から眩い輝きが降り注がれる。
「エンド・オブ・フラグメント!」
──あれだけの高出力を放っておきながら、こちらが本番だったとは。
直撃こそ免れたものの、その余波は凄まじく。気づけば手元に紫水はなく、レプリカネビリムがすぐそばに佇んでいた。
「……そう。まだ、生きているのね」
懐の短刀を抜くより早く、胸倉を掴まれ身体が宙に浮く。
見た限り、体つきからして筋肉量は少ないはずだが、レプリカネビリムは無表情だ。少なくとも無理をして、フィオレを腕一本で吊り上げているわけではないらしい。
「やっと捕まえたわ。もう抱っこもおんぶもしてあげられないけど」
「っ……!」
「さあ……ひとつになりましょう?」
すぅっ、とレプリカネビリムの移動に伴い、未だ燐光を放つ譜陣の中央に連れてこられる。
何をするつもりなのか知りたくもない上に、このままではまた意識が飛んでしまうだろう。
そうなる前に逃げようともがきながら、レプリカネビリムの指を切り落とそうとして。
「あらあら、駄目よ」
ぐしゃっ、と音がして、激痛が走る。
意識に反して短刀を取り落とした右手に力が入らず、腕がだらりと垂れ下がった。フィオレには見ることも叶わないが、みるみる内に手首が腫れあがっていく。おそらく関節ごと握りつぶされたのだろう。
激痛で、意識が朦朧とする。
とにかく逃げなければ、という意志が働いたのだろう。義手の左手に必要以上の力がこもったようだ。
「ぎゃあっ!」
でなければ、レプリカネビリムが悲鳴を上げてフィオレを放り出すはずもない。
「な、何をしたの……?」
見やれば、フィオレを宙吊りにしていた手が真っ赤に腫れあがっている。無我夢中で逃げようとして、その手を握り潰したようだ。
その証拠に、腕の接合部から異常な熱を感じる。このまま火傷するかと思われるほどに。
「やってくれるじゃない!」
右腕は一部が砕けて、左腕はオーバーヒート寸前。
これで一発逆転──近接攻撃による不意討ち、急所へ一撃入れることは到底不可能となった。
それどころか、ある程度の所作を必要とする譜術も使用不可能となったに近い。
よしんば可能であったところで、発動は非常に遅くなるだろうし、それでいて眼前には岩をも砕く怒り狂ったレプリカが一体。
──それにしても、劣化しているはずのレプリカでこれとは。オリジナルのゲルダ・ネビリムは、どれだけの猛者だったというのか。相当な問題児だったらしい少年期のジェイドが、素直に師事していたというのも頷ける。
ただひとつの救いは、レプリカネビリムに治癒手段がないことか。使えるものなら、眉ひとつ動かすことなくとっくに使っているはず。
しかし、優れた
通常とは違う手段で作成されたレプリカだから色々勝手が違う、それはわかっていたが。
こんなことを悠長に考えていられたのは、一重にレプリカネビリムの利き手が機能していないためだ。
もしも現在彼女が絶好調なら、フィオレは最早笑うことも呼吸することも、考えることすらできない状態にされていただろう。
「ちょこまかと……!」
片手で振り回される魔剣は確かに脅威だが、威力も速さも見事に半減している。いなしきれないことはない。
ただし、条件はほぼ同じなのだ。優位性はフィオレが両利きだということ、隙を見て治癒術を行使できることだけで、このまま悪戯に時間を消費すれば、状況は一転するだろう。
何も一発逆転、博打のような方法でなくていい。早く突破口を見出さなければ。
炙られるような焦燥が去来するものの、焦ったところで名案は浮かばない。
それがわかりきっているからこそ、焦燥を理性で制御しながら好機を待つ。
「フィオレンシア! 悪い子ね、お母さんの言うことを、聞きなさいっ!」
──ようやく、叱られることに慣れてきた。正確には、聞き流せるようになってきた。
相手が、他者が狂乱することで己が冷静を保つことは容易い。あえて黙り、反応を押し込めることでレプリカネビリムを焦らせることはできたようだ。
この調子で、どうにか流れを引き寄せて掌握できないかと試みた。
「……」
「私にそっくりなくせに、可愛げのない……父親の血かしら、それとも環境? 今度はもう離さない、だから……」
「死ね?」
にっこりと微笑んで、フィオレはそう言った。
硬直した好機に懐へ飛び込み、ようやく紫水の斬撃を浴びせる。
このまま一息に勝負をつけるべく、更に踏み込もうとして。
「……おいたは、駄目よ」
突き出した紫水ごと背中に腕を回され、万力の如き力がフィオレを拘束する。紫水は間違いなく彼女を貫いているはずだが、動じた気配はない。
「──母なる大地よ。その力、我に与えたまえ」
死の抱擁から逃れるべくもがいたフィオレが見たもの。それは、二人の足元にて更なる輝きを放つ譜陣だった。
「天の
発動されようとしているのは、惑星譜術なのか。この位置から本来の──星の力を解放してフィオレにぶつけようものなら、彼女もまた巻き込まれる。
だからといって何をしようとしているのか、さっぱりわからないが。とにかく受容する選択肢はない。
「星よ。生みだされし命を──」
「烈破掌!」
身を捩り、レプリカネビリムの胸元にどうにか掌を押し付け、発動させる。闘気を圧縮させ、それの解放によって対象を突き飛ばす術技だ。今や右手でしか発動不可につき、反動で泣き出せるほど痛いが、致し方ない。
思惑通り、拘束の手が緩む。紫水を確保したまま蹴飛ばすように離れれば、譜陣より溢れた光がレプリカネビリムを包み込んだ。
惑星譜術は発動した模様だが、譜術は暴発でもしない限り術者を害さない。
つまり彼女は元から、フィオレを殺すつもりで惑星譜術を使ったわけではないということになる。
では一体、何のために……
レプリカネビリムを包んだ光が消失する頃、フィオレは刮目せざるをえなかった。
「え……!」
「うふふ。頑張ったのに、残念だったわね」
泰然と微笑むレプリカネビリムは、フィオレが砕いたはずの手を口元に添えていた。やせ我慢なのではないことは、腫れてすらいないその肌が証明している。
それどころではない。ようやっと浴びせた一撃、胸から脇腹にかけての斬撃が綺麗さっぱり消えていた。
紫水は未だ命の雫を滴らせているというのに。
「私も残念よ。あのまま術が発動すれば、あなたごと
何が仕切り直しか。
ここに至るまでの交戦で疲労も負傷も重なったフィオレに対し、レプリカネビリムは……リセット状態は言い過ぎでも、苦労して与えた負傷を消されてしまったのだ。
これはもう、なりふりかまわず、玉砕巻き添え覚悟で、後のことは後で考えるとして、戦わなければならないか。
絶体絶命に近い状況、覚悟と肚を決めたその直後のこと。
乱入者が現れた。
「待てっ!」
どれだけの時が流れようと、忘れることはない声。
制止の意味をもって放たれた言葉は、レプリカネビリムのみならず、フィオレの動きをも完全に縛りつけた。
ばたばたと、数人の駆け寄る足音がする。
そして、レプリカネビリムの、歓喜が混じる声──
「……ジェイド、ジェイドね? 昔はあんなに可愛らしかったのに、今はずいぶん怖いお顔をしているのね」
「なぜ、お前がここに……」
フィオレを挟んで交わされるやりとりの、半分も耳に入ってこない。
気配から、やりとりから、間違いなく背後にいるのはルーク一行だ。
眼前に立つのがレプリカネビリムだけあって、主に聞こえてくるのはジェイドの声ばかりだが──
振り向くことはおろか、動くことさえままならない。そんな厄介な呪縛を解いたのは、今の仲間達の声だった。
「フィオレ!」
「ハロルド、名前言っちゃダメなんじゃ……」
「お芝居はここまでよ、ようやく見つけたんだから!」
「……フィオレ? って、誰のこと言って……」
どうして彼らが、ルーク達と共に現れたのか。そんな疑問を上回って生まれた意志。
彼らにだけは、手出しさせない。
「ふふ……役者は揃っているようね」
彼らの元へ駆け寄るよりも、やることがある。
次なる言葉を、おそらくはフィオレに向けて放たれようとしていた言葉が形を成すより早く。
フィオレは懐の閃光弾を地面へ叩きつけた。
「うわっ」
「きゃあっ」
右腕は力を込めるだけで激痛が走り、左腕はかろうじて動く程度。
望むのは短期決戦。幸いなことにレプリカネビリムの視界は塞がれている。
それは眩んでいるのではなく、単にガードされていただけだったようだが、十分だ。
顔を覆っていた両手が外れて、緋色の瞳がフィオレを睨む。しかしその瞳は、驚愕に見開かれた。
それは無理もないことである。何せ、目を開けたら視界をフィオレが占領していたのだから。
もちろん、顔だけは母と同じレプリカに抱きつこうとしたわけではない。
まるで熱烈な抱擁を求めるかのようにレプリカネビリムの胸の中に飛び込んだフィオレは、バランスを崩して背中から倒れる彼女の腹に飛び乗り、押し倒した。
その際異様な方向に曲がってしまった右腕はそのまま、左手を細い首にあてがう。
「なっ……!」
「状況が変わりました。さようなら、おかあさん……いいえ、レプリカネビリム」
そのまま、喉笛を握りつぶさんとわし掴む。
義手の握力は本来のフィオレを凌駕するのだが。レプリカネビリムの抵抗もあり、即死させることはできなかった。
「う、ぐ……ぐ……フィ……」
あの怪力を宿す腕が、両手でもって義手を引き剥がしにかかる。
そのまま力比べをしていれば、競り勝ったかもしれないのに。
ほんの僅か、気道を確保した彼女は死に物狂いで叫んだ。
「たす、けっ……助けて、たすけて、ジェイドっ!」
この瞬間、フィオレはわかりきっていた事柄をようやく、心の底から認める。
ゲルダ・ネビリムは死んだ。とうの昔に。眼前の彼女はゲルダ・ネビリムのレプリカで、ジェイド・カーティス、否バルフォアの作品──子供、であることを。
けっして、フィオレの母ではないことを。
何を期待していたのだろうか。初めから、彼女を殺めるためだけにこの地へ訪れたのに。
自分の馬鹿さ加減に辟易して、思いきれない弱さを嘆いて。フィオレは義手の最高出力を解放した。
義手に抗っていた両手が、必死に息をしていたその首が。もろとも音を立てて砕け散る。
「ひっ」
何の抵抗もなく、何の言葉もなく。生き延びるため多数の譜術士を殺害したレプリカネビリムは、あっけなく逝った。
かろうじてフィオレが聞きとれた悲鳴じみた呼吸は、急激に絞められた気道から空気が追いだされただけだ。そうに決まってる。
脱力した肢体を見下ろせば、どこか呆けたように見開かれ、光を失った瞳がフィオレを映す。
それを見たくなくて、その目蓋を閉ざした。
ただの偶然だろうが、まるでやっと息を引き取ったかのように、レプリカネビリムの遺体が光を発する。
「な、なんだ!?」
「普通に考えれば
ジェイドの驚愕も、無理はない。
乖離していく
形は違えど、死者を喰らうこの行為。スィンの時はあまりの嫌悪に意識を飛ばしてしまったが、今度はそうもいかない。
状況もそうだが、最早眼を逸らすことは許されない。
仲間達のためとか、のっぴきならない状況だとか、こうなった経緯を考えるだけでも耐えがたい、自らが自らの為に犯した罪。
すでにこの世界との別れは済ませたのだ。気がかりは、すぐ後ろに立っている。そうでなくても、以前の接触で壮健であることはわかっているのだ。
こんな風に彼の、彼らのことを想うのは、見当違いで、そんな資格もないとわかっていても。
スィンとレプリカネビリムを喰って得た知識。それらがもともと備えていたフィオレの知識と混ざり合い、解けて、融合していく。
輝きがすっかり収まる頃。フィオレはゆらりと立ちあがった。
レプリカネビリムを喰らった影響なのか、身体のあちこちに負った負傷は消え、右手を動かすことにも支障はない。
更に。
「……集え」
そこいらに散らばった光と闇の触媒が、コンタミネーション現象を起こして。フィオレの肉体を介して譜陣の配置に戻っていく。
──これで、いつ何時も惑星譜術の使用が可能になったわけだ。
これならば、応用することも非常に容易いことだった。レプリカネビリムも本来の目的とは異なるだろう使い方──治癒術として用いていたことを考えると、彼女にとっても応用自体はそう難しいことではなかったのかもしれない。
なぜ負傷した際、すぐに使わなかったのかは謎だが。知らなくても困りはしないだろう。
それは現在、彼女の全てを吸収したフィオレも同じこと。
「長らくお待たせしました」
仄かな燐光を放つ譜陣を見つめたまま、フィオレは呟くように言った。
燐光が、徐々に消えていく。
「全部終わってから迎えに行くつもりでしたが、全員いるなら話は早い」
見知らぬこの世界で別行動は取らないだろう、と思っての発言だった。
幸い、否定の言葉はない。そこへ。
「ちょっと待て!」
懐かしい声が、制止を促した。かつてなら問答無用で従っていた、主の声。
「どういうことなんだよ、なんでずっと隠れてた! 生きてたのにどうして、ディストなんかに協力……「知らない」
スィンを喰った際、フィオレは得られるはずだった記憶を意図的に排除した。
他人ならまだしも、自分が味わった見当違いな感情……おそらく自己憐憫に相当する感情など、知る必要はない。
だから、わからない。
フィオレの記憶、並びにルークら一行の記憶が正しければ、過去ガイの従者であった己がこのようなぞんざいな調子で返答したことはない。
動揺が伝わってくるのは、そのためか。
「──! どういうことですの、まさかガイのことがわからないのですか!?」
「レプリカ、ってことはないよな。港にいた──を殺して、すり替わった、なんてことはないよな?」
「ありえないと言いきれないけど、あの時点で──はディストに従っていた。彼女を殺す理由にならないわ」
先程から耳の調子がおかしい。
とある単語だけが、どうしても聞きとれない。聴こえているのに、理解ができない。
従者として親しみ、誇りさえ掲げていた名。その実、本当は他者につけられるはずだった名。
もう二度とこの名で呼ばれたくないからか、あるいは。
「今しがた調伏したレプリカネビリムの件もあります。事情聴取のため「嫌なこった」
やっとこさ、彼らを元の世界へ戻す算段がついたというのに。フィオレ自身の責任を果たす時が来たというのに。これ以上の厄介事は御免こうむる。
最も、元の世界に戻ったところで非常に厄介な二人を相手取ることにはなるのだが……
無論のこと。かの
「……数にもの言わせて無理やりひったてられることをお望みですか」
「そんなことさせない!」
タタッ、と軽い足音がして、少女がフィオレの背後に立つ。
遅れて複数の足音が、気配が、フィオレを護るように立った。
「何よあんたら、邪魔しないでよ!」
「ここまで連れてきてくれたことは感謝するわ。で、あんた達は目的のこの子を見つけた。お互い目的は果たしたんだし、次にどうするかなんて、こっちの勝手でしょ?」
喚くアニスにハロルドはあくまで淡々と返している。それに仲間達が続いた。
「こいつを連れて行かれると、こっちも捜した意味がないんでな」
「そっちが力づくってんなら、こっちだって容赦しないよ!」
けっして殺気だっているわけではないが、ナナリーが凄む。多分弓も構えているだろう、その雄々しい姿を見てロニはこう呟いた。
「おぉ~……っかねえ」
すかさず、誰かの後頭部をはたくような音が洞窟内に響く。
「殴るよ!」
「殴ってから言うなよ!」
「殴る前に言ってもダメだろ……」
それなりに広い洞窟内にこだまするほどの口論を始めてしまった二人を、遅ればせながらカイルが仲裁に入る。
ルークら一行がそのやりとりに気を取られている間に、フィオレはリアラを招き寄せた。
「これから、カイル達の世界……飛ばされたあの瞬間に戻ります。手伝ってください」
転送陣を組む、などと豪語したところで、可能なのはあの世界に戻ることだけだろう。どの時代、どの場所などの限定はできない。可能だとしても、何もかもを自分一人でこなす無茶を、仲間達を巻き込んで敢行するつもりはなかった。
しかし、リアラなら。
過去数度に渡って時空、あるいは空間転移を成功させたこの少女なら。時代や場所を絞ることができるはずだ。
その旨伝えれば、リアラは少々緊張した面持ちで頷いた。
「やってみるわ」
レンズペンダントを握り、レンズに代わってエネルギー源になるフィオレに手をかざして集中を始める。
少女に後れを取るまいと、フィオレもまた惑星譜術の行使に入った。
上書きされていた譜陣はすでに譜力を失っている。構成に使われた染料は残っているが、一部を踏み消したにつき大した障害ではない。
フィオレを中心とし、正確な譜陣が展開する。
「何も知らないくせにしゃしゃり出てこないでよ! ──がいなくて、ガイがどれだけ苦しんだと思ってんの!」
──聴こえない、何も、聞かない。
喰らうようにして得た知識を元に、異界への扉を拓くべくその力を拝借する。
──無論のこと。先程惑星譜術を得たフィオレが、応用して転送陣を組むなど、非常に無謀な行為であった。
彼らの助力がなければ。
『惑うでないぞ。おんしの招かれし地は……』
『まさか、もう一度送ることになるとはな』
助力を求めた意識集合体達の誘導に従い、闇の中くっきりと浮かぶ光に意識を焼きつける。
直後、眩い輝きが辺り一帯を照らした。
「また目潰しかよ!」
ルークが何か喚いているようだが、そんなわけがない。
異界の扉が開いたことは、一目瞭然だった。
「やったようね。全員撤収……」
「逃がすかー!」
「うわっ、ぬいぐるみがでっかくなった!」
それまでルーク一行の気を引いていた一同が、ハロルドの指示を受けて再び集う。
それを蹴散らそうとしてなのか、アニスの勇ましい鬨の声が上がるも、それが叶うことはなかった。
『最後の餞別だよっ』
突如として突風が吹き荒れ、巨大化したぬいぐるみ・トクナガがアニスごと吹き飛ばす。
長い悲鳴を案じる暇もあらばこそ、ルーク達は成す術なく突風にさらわれていった。
「──!」
かつての主が、何かを叫んでいる。
その声に応える従者はもういない。
主は彼女の死骸を確認したはずだ。
だから、けして、彼らにではなく。
『ありがとう、さようなら』
再び力を貸してくれた意識集合体達に、どんな形であれ生を受けたこの世界に別れを告げて。
視界は、再び塗り潰された。