帰ってきました、……デスティニー2の世界に。
休憩する暇もなく、バルバトス・ゲーティアとの最終戦です。
視界が、再び色を宿す。
「……愚かな」
眩んだ眼があらゆる形を映しだしたその時。
フィオレの眼前にはエルレインがいた。
背後から周囲の状況を確認する仲間達の声が聞こえるが、今エルレインに背中を向ける勇気はない。
「私は、愚かでいいです」
「自分が何をしたのか、わかっているのか? あれほど切望していた願いを……」
「あえてあなたになすりつけてみましょうか。『あなたのせいだ』と」
無関係な仲間達さえ巻き込まなければ、彼らを帰すという責任は発生しなかった。
その場合フィオレは、あらゆる責任を無視して、元いた世界で好き勝手していたかもしれない。
どうせ、全部「もしかしたら」の話だ。
「そういう意味では、お礼を言うべきですね。おかげで早く戻ってこれました。私が再び責任を放棄することもなく、過ちを犯さずに済んだ」
おそらく、転移したその瞬間からこの場の時間はそう経過していないのだろう。
でなければ、彼の行動に説明はつかない。
「で、今度は何を企んでおいでで?」
「……!」
エルレインの視線が、フィオレを通り越した先を見る。
「フィオレ!」
その挙動から、警告から反射的に身を伏せたフィオレは、後から胸を撫で下ろした。
まるでエルレインにひれ伏したような形になりながらも、放たれた衝撃波が頭上を通り過ぎたからである。
速やかにその場から逃れた矢先、床を踏み砕く勢いで、バルバトスはエルレインに迫った。
「貴様っ……! 今何をした! 俺との約束を、違えるつもりだったのかっ!」
「幾度となくしくじったのは誰ですか。最初の接触で首を刎ねれば、それですんだものを……」
神の眼を前に口論する二人を視界に収めたまま、一同と合流する。
片や輝きの聖女、片や英雄を狩る者。うまく同志討ちでもしてくれれば願ったり叶ったりだが、下手に「つぶしあえー」などと口を挟めば最悪の状況が待ち受けていることだろう。
「この際まとめて袋叩きにするってのはどうだ?」
「お前がどちらかを相手取り、時間を稼いでくれるなら可能かもしれないぞ」
「冗談言ってないで、今の内に神の眼を……」
どうにかしないと、とカイルが続けようとして。
その言葉に、バルバトスが反応してしまった。
「仕切り直しだ! この戦いに手を出すならば、貴様とて容赦は……!」
言い終えるより早く、わずかに肩を落としたように見えるエルレインが姿を消す。
呆れたか見捨てたか、どの道決裂に間違いないだろう。
これで、バルバトスに集中することができる。しかし。
「……前衛、三人で足止めしてください」
「お前は高みの見物か?」
「なんとでも。そういうことになります」
見た目に一切の負傷がなくとも、レプリカネビリムとの交戦後で惑星譜術を使った直後である。明らかな雑魚ならばともかく、バルバトス相手に虚勢を張っても仕方ない。
カイル及びロニはバルバトスとの初戦において大敗手前だったそうだが、今の彼らならいきなり蹴散らされることはないだろう。
三人がかりで足止めし、後方から遠距離攻撃を重ねれば少なからず疲弊させることができるはずだ。
そうなれば、条件は同じ。たとえ交戦の末に誰が倒れても、その時はフィオレが前へ出よう。
「どうした、怖気づいたか!」
「ええその通りです。おーこわいこわい」
せせら笑いつつ迫るバルバトスを牽制し、ナナリーと共に前衛達の後ろへ下がる。
神の眼との距離はそう遠くない。暴走状態でもを拝借できるのは、過去実証済み。
そして
「月閃光!」
「放墜鐘!」
「爆炎剣!」
「かゆいわっ!」
三人がかりの攻撃をかゆい、で済ますのは恐れ入るが、流石にいなすだけで精いっぱいのようだ。
その間に、後衛陣たる彼女達の準備は整っていた。
如何に七人がかりとはいえ、相手はバルバトス。あらゆる可能性を考慮して討伐にあたるべきである。
幾度となく刃を交えた者として、そして己の消耗も視野に入れて。
フィオレもまた詠唱に入った。
「氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ!」
「「「インブレイスエンドッ!」」」
詠唱は綺麗に重なり、飛来する氷塊もまた三倍となってバルバトスに迫る。
すでに前衛達は下がり、決まれば致命傷も免れない。
だが。
「術に頼るか、雑魚どもが……!」
吐き捨てるように呟き、神の眼を一瞥したのみ。
その態度が何を示すのか、一目瞭然の事態へと発展する。
バルバトスに激突、押し潰した後に粉々に飛散するはずの氷塊は、中空に停止するや否やとある方向へ弾かれた。
それぞれが放った、術者の元へ。
「これは……」
「きゃあぁっ!」
「母なる抱擁に覚えるは安寧……」
♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze……
準備していた結界で事なきを得るも、三人分の上級晶術の相殺は少々手こずった。
消耗しているからそう感じるのか、跳ね返された際晶力が上乗せでもしたのか……
どちらにしても、わかったことが二つほど。
「晶術自体は使えるけど、バルバトスには反射障壁がかけられているみたいね。神様からの加護なのか、神の眼のエネルギーを流用したのか……」
「じゃあ、リアラとハロルドは回復に専念して。あたしも行ってくる!」
「ご、誤射には気をつけてねー……」
バルバトスに術が通じないと分かった以上、二人はそうするべきだろう。
しかし、多数対一をバルバトスが想定していなかったわけがない。対策はたったこれだけなのか。
「……リアラ。ちょっと私を回復してくれませんか? ハロルド、術はまだ使わないでくださいね」
「フィオレ、怪我してるの? 早く言ってくれなきゃ……」
「いいから早く」
今しがた床に投げ出されたロニを対象に治癒晶術をかけようとしたハロルドを制して、リアラに治療を求める。
リアラの詠唱からフィオレに、治癒の力が働いた、次の瞬間。
「回復晶術だと? 軟弱すぎるわ!」
その言葉と共に、神の眼に輝きが生じる。
しかしそれは一瞬のこと。輝きが失せると同時に、リアラ中心の陣が敷かれ、闇が溢れだした。
「おっと!」
とっさにリアラを連れて退避しなければ、フィオレも巻き込まれていたことだろう。
バルバトス、そして交戦する彼らを油断なく見やりながらも、ハロルドは短杖を腰のベルトに差し込んだ。
「反射迎撃システムってところかしら。晶力に反応してるから、術系統は全滅みたいね」
「それならわたし、みんなにグミを配ってくるわ!」
道具袋をひっ掴み、まずは腕に裂傷を負って一度下がったカイルに駆け寄っていく。ナチュラルにグミを口へ放り込む辺り、普段から「あーん」し慣れているのかもしれない。
「あのシステムを破れないか試したいけど……あんな状態じゃ近づくのは自殺行為かしら」
「とりあえず無茶はしないでくださいね。私はもう少し、試してみます」
不可侵の聖域が問題なく発動したのは、自衛の術だからか晶力を用いないからか。
前者と後者ではかなりの差がある。後者ならば遠距離攻撃を駆使してバルバトスを仕留められるかもしれないからだ。
一連の迎撃を見た限り、狙われるのは術者のみ。術の対象者に影響はないと思われるため、前衛達と距離を保てば、へまをしても巻き込むことはない。
対象にも被害が及ぶならば、是非バルバトスで試したいところなのだが。
小型の情報端末を片手に唸るハロルドとも距離を取り、フィオレは支援の調べを奏でた。
「戦士よ勇壮たれ、鼓舞するは勇ましき魂の選び手──」
♪ Va Rey Ze Toe Nu Toe Luo Toe Qlor──
神の眼の間に、戦乙女の聖歌が響き渡る。バルバトスが何がしか呟くこともなければ、フィオレに害が来ることもなかった。
同じ支援系──他者を害するものではないからだろうが、何となくあの呟きも関係している気がしてきた。
もともと神の眼に、晶術に対する反射迎撃システムがあっても、何ら不思議ではない。
神の眼を破壊するべく開発されたソーディアンは、晶力を利用した術を扱うことに特化していた。神の眼の実質的な所持者だったミクトランが、一千年を経た再戦を想定し、返り討ちにするべくそんなプログラムを組んでいても、なんら不思議ではない。
問題はそのシステムが晶力にのみ反応するものか、あるいは対象を害するあらゆる力に作用するのか。
後者ならばフィオレも、疲労をおして肉弾戦に参加するべきなのだろうが、前者ならばそれはフィオレにしかできない仕事だ。
前者か、後者か。それを確かめるべく、フィオレは詠唱を開始した。
「天空を踊りし雨の友よ。我が敵をその眼で見据え、紫電の槌を振り下ろさん……」
通用するならばそれでよし。反射されても、限定範囲型につき、回避は可能だ。
フィオレがしくじりさえしなければ。
「インディグネイト・ヴォルテックス!」
礎こそは神の雷を模したものだが、直撃すればかゆいでは済まされない。
しかし、この行動は思いの他、仲間達の混乱を煽ってしまった。
「フィオレ、危ない!」
「ちょっと、晶術は使うなって……」
「余所見とは、余裕だな!」
リアラの警告に戦線復帰したカイルが反応してしまい、前衛達に焦りが伝染する。
バルバトスがそんな気の緩みを見逃すはずもなく、戦線はあっという間に蹴散らされた。
しかし。
「ぬわあぁっ!」
前衛に構っていたからか、晶術を使用していないからか。
インディグネイト・ヴォルテックスは無事発動し、バルバトスを捕らえた。
その間に蹴散らされた前衛を回収し、気を引くから治癒を頼むと二人に言付ける。
雷乱舞が収まる頃、フィオレはうずくまるバルバトスと対峙していた。
「下がれ、この莫迦!」
後方からジューダスの罵声が背中を叩くが、部外者にはわからない事情もある。この男と成立させるべき会話は、これで最後だろう。
「……やっと休憩を終えたか」
「もうわかっていらっしゃるのでしょう」
犬歯をむき出しにして笑いながら戦斧を杖に立ち上がる巨漢から一度たりとも眼を離さず、フィオレは続けた。
「私はあなたの妹ではない。この肉体に彼女の記憶も、人格もない」
「……」
「神の瞳はこの体から分離された。けれど、私は私のまま。とうの昔に気付いていたことでしょう」
神の瞳にフィオレの記憶と人格が宿っていると言った張本人。その神の瞳を、張り付く手の甲ごと左腕を切断したのもバルバトス。
だからこそ彼は、あの時妹の名を連呼した。残念ながら、フィオレがはっきり覚えているのはそれだけだ。発狂しかねない出来事から心を護るため、記憶が改ざんされたものと思われる。
その声に応えなかったこととこれまでのことから、バルバトスはこの事実に気づいていたはずなのだが……
「騙されてこき使われた御気分はいかがですか?」
「……く、ふふっ。何を言い出すかと思えば……」
空を切り裂き、戦斧が鼻先で停止する。殺気も何もない威嚇にフィオレが微動だにしない中で、仲間達が息を呑む、その音だけが聞こえた。
「騙されていたなどとは、ひどい誤解だ。貴様をかき抱いたあの瞬間から、そんなことはわかっていた。俺の妹が、この世界のどこにも、存在しないことは……!」
「つまり、あの直前までは騙されていたんですね。お可哀そうに、御愁傷様です。これまでの働きと引き換えに、彼女を取り戻そうとは思わないのですか?」
仲間達の負傷は思いのほか深いようで、未だ治療は終わらない。
戦って引きつけることができない以上、どんなに不愉快な話でも拒否は許されなかった。
さもなくば、全滅コース一直線である。
「……あの神の使いを名乗る女に、その力はない」
「我が身に起こった奇跡を、今更全否定ですか」
しかし確かに、不思議な話である。エルレインは確かにこの男を、ジューダスを蘇生させたのだ。
ならばバルバトスと共に彼女を、フィオリオを復活させて手元に置き、それを餌にバルバトスを使役することも可能だったはず。
様々な危険性が考慮されたからなのか、それをしなかった理由は。
「貴様が別人だとわかってから、あの女を問い詰めたとも。涼しい顔で言っていたぞ」
長きに渡る神の瞳の寄生が肉体に馴染み、今更切り離したところで正気に戻るわけがない、と。
肉体が無ければ蘇生は不可能、蘇生した二人の肉体は、各々が力尽きた際に回収したものだと。
「やはり、貴様の残骸が無ければ話にならんようだ」
結局、そうなってしまうわけか。
この事さえ誤魔化してしまえば、自動的にこの男はエルレインの敵になるだろうと画策したが。
そうまで言及されてしまっては、もうどうしようもないだろう。
瞬時に引かれた戦斧が、頭上に振りかざされる。
対話での時間稼ぎも、そろそろ限界かと、フィオレもまた身構えた。
「最期まで、手駒であることを選びましたか」
「ふっ、恩義には相応の礼儀で返すのが、英雄としてあるべき姿だろう!」
挑発にも応じない、と。
もともと面倒くさい輩だったが、ここにきて更にランクアップしてしまったか。
とにかく、今のフィオレのバルバトスを制する余力はない。
精々攻撃を引きつけるのが、関の山だ。迫りくる戦斧から逃れ、ひたすら防御に徹する。
そこで──フィオレは、一計を仕掛けた。
戦斧が旋回し、回避した先を丸太のような足が追撃を見舞う。
フィオレはそれを、避けなかった。
「ぁぐっ!」
当然そのまま床に叩きつけられ、受け身を取らなかった身体に鈍痛が全身を襲う。
この一連の出来事に怒り心頭となったのが、戦斧を振り上げたバルバトスだった。
「……あ?」
バルバトスとて、足の追撃は避けられるために放ったものだろう。
もちろんそれだけではなくて、避けたその先を戦斧で狙っていたようだが。
「貴様……! 何をふざけて「隙だらけだ」
肉を引き裂く音が断続的に響き、野太い悲鳴が玉座にこだまする。
ジューダスに率いられた男性陣は、それぞれの得物を巨漢に突き立てていた。
バルバトスは慌てて彼らを振り払うが、後の祭り。奇しくもジューダスが狙った左腕が、その勢いでぶちりと千切れる。
カイルは剣を足に、ロニの斧槍は背中をざっくりえぐり、ジューダスに至っては腕をもいでいる。
致命傷に等しい負傷を負いながら、バルバトスは驚愕の視線をフィオレに送っていた。
「まさか……これを、狙って」
「引っ掛かってくださってありがとうございます。あなたならばきっとあれで怒り狂うと、隙だらけになってくれるんじゃないかなと思いました。やっぱり戦闘中に怒るのは危険ですね。教えてくれてありがとう」
幾度となく対峙し、あれだけ倒すことに手こずった男が、血を吐いて膝をつく。見る間に血だまりが出来上がるのを見るに、最早戦闘どころか意識を保つのも危うい状態だ。
それでも、巨漢は立ち上がった。
この一言を耳にして。
「もうどこにも逃げ場はない。覚悟しろ、バルバトス!」
自らの血溜まりに浸かりながら、バルバトスは身を震わせるようにして笑った。
「……覚悟しろ、だと!? 貴様のような小僧が、この俺を倒すだと!?」
すでにフィオレはナナリーとリアラの手によって、戦線から離脱している。
引導を渡すべく剣を向けたカイルだったが、死にかけて尚その気迫に、油断なく距離を取った。
「誰も、俺は倒せない! 倒せないのだあぁっ!」
確かに、これまで幾度機会があっても屠れなかったのが事実。
エルレインと袂を分かったように見えても、先程の様子ではバルバトスがそのように考えたとは思えない。
「フィオレ、動いちゃダメよ!」
リアラによる安静を促す言葉を無視して、紫水を抱き片膝を立てる。
そこへ。
「この大莫迦者! あんな状況で囮をやる奴があるか!」
ジューダスに視界を遮られた。
彼は彼で怒っているのだろう。こんな状況で怒鳴りつけるなど、冷静な人間ならしない。
そうこうしている間にも、事態は進んでいた。
一瞬、ジューダスに気をやっていたその間に、なのか。バルバトスは立ち位置を変えていた。
如何なる原理があるのか、微かな放電を繰り返す神の眼の真上へ。
「バ、バルバトス……!?」
「カン違いするなよ、カイル。俺は、貴様らに倒されたのではない! 俺は、俺の手で死を選ぶ!」
その言葉を聞いて。フィオレの中で、何かが弾け飛んだ。
おそらくは様々な感情を抑えていた、理性。
「……勝手なことばっかり抜かしやがって、許すか!」
紫水に飛び乗り宙を舞うフィオレの口から、流れるように奏でるように、譜歌が繰り出される。
「時の狭間にて
♪ Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey──
それは、バルバトスの動きを完全に封じるものだった。
「っ!?」
「自死なんざ認めるかよ、屑が。死を選ぶ? 残念だったな、てめぇは何も選べねぇよ!」
第七の譜歌、静なる時縛りにて時を止めたのは、バルバトスの被服のみ。従って声が出せないわけでもなかろうが、その断末魔を聞くことはなかった。
フィオレが持参した巨漢の得物は、丸太の如く太い首の根元に叩きつけられたから。
「スタンをえぐったのは、この辺り、か」
血潮が盛大に吹き出し、フィオレの顔に、身体に降りかかる。
やがて、譜歌の効果は唐突に失せた。
中空に停止させられていたバルバトスの身体が投げ出され、まるで出血の勢いに押されるかのように神の眼と接触する。
暴走寸前の神の眼。その表面から溢れる晶力の奔流に、ヒトの肉体が触れたらどうなるのか。
天地戦争における最凶の裏切り者、バルバトス・ゲーティアの二度目の最期を、フィオレは刮目することなく見つめていた。
巨体が神の眼に触れ、一瞬にして暴走した晶力に取り込まれる。塵どころか、蒸発に近いその最期を見届けて。フィオレは乗っていた紫水と共に床へ降り立った。
「フィオレ……」
「我ながら無駄なことをしました。これからは、気をつけます」
これからが、もう無いことを祈って。