swordian saga second   作:佐谷莢

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 引き続き、ダイクロフト神の眼の間。
 バルバトスを下した後の、お別れラッシュは続きます。


第八十八戦——ばいばいみんな~またあおうね。かならず、もういちど

 

 

 

 

 

 

 

 おそるおそる、といった調子を隠さないナナリーと眼も合わせず、そう答えておく。

 沈黙が訪れかけたその刹那、促したのはロニだった。

 

「……ん、じゃあ。とっととずらかろうぜ。もうすぐ外殻が崩れちまうんだろ? 巻き込まれたらたまったもんじゃ……」

「ああ、それなら大丈夫よ」

 

 あっけらかんとロニの言葉──これから発生するはずの史実を否定したのはハロルドだった。

 例のシステムを解除しようとして解析したのか、その手には引き続き愛用の小型端末が握られている。

 

「神の眼のエネルギーが、ソーディアンを僅かに上回っている。本来ソーディアンは六本の力をもってして神の眼に対抗できるんですもの。四本じゃキビしいわー」

「な、何だよそれ! 今から足りないソーディアン持ってこいってか!?」

「あと一押しだから、一本で足りるわよ。たぶん」

「そういう問題かー!」

 

 漫才めいたやりとりはさておいて、カイルは珍しく真面目にどうするべきなのかを悩んでいる。そこへ。

 

『千年ぶりか……久しいな、カイル君』

 

 声なき声が、脳裏を響く。聞き覚えがあるその声音に、カイルははっ、と顔を上げた。

 彼の視線の先には、先程スタンが突き立てたソーディアン・ディムロスが刺さっている。

 

「ディムロス、さん?」

『残念だがハロルドの言う通りだ。我々だけでは力不足らしい』

 

 それで終わってしまったら、史実改変は免れない。何とかならないのかと焦りからくってかかるカイルを、制する者がいた。

 

「騒ぐな。見苦しいぞ、カイル」

「ジューダス……?」

「黙って見ていろ」

 

 普段はマントに覆われた背中から、黒布の包みを取り出す。

 そして彼は、そこからシャルティエを取り出した。

 

『やあ、待たせたねみんな。遅くなって申し訳ない』

 

 言葉に対して申し訳なさが全然ないが、彼なりにウィットを利かせたものと思われる。

 それが関係しているかどうかは知らないが、サプライズは成功した模様だった。

 

『おまえは……シャルティエ!?』

『ほ、こんな形で現れるとは。ひねくれ者のおまえさんらしいのう』

『現存しうる全てのソーディアンは揃った。これならば、きっと……!』

 

 神の眼はソーディアン達の制御化に置かれ、彼らの意のままとなる。

 彼ら自身と引き換えに。

 

「な、何がどうなってんだ……?」

「そっか、あんた達はソーディアンの声が聞こえないのよね。今ジューダスが持っているのはソーディアン・シャルティエなの。神の眼に接続すれば、ソーディアンの互換性により力が増幅され、神の眼を上回る」

 

 その結果が、史実に即するものだとしても。手放しで喜べるのは部外者だけだ。

 人格を持つ者は、人格を持つ者を犠牲にして喜べる感覚を持たない。まして親しい人間なら、尚更。

 

「そういえばハロルド、初めて会った時にシャルティエのこと言ってたね。ま、あんたのトリ頭じゃ覚えてらんなくてもムリないか」

「な、何をぅ! お前だって、何がそういえば、だよ。今思い出したんじゃねーか!」

 

 今日び、五歳児でもやらなさそうな口喧嘩はさておいて、シャルティエを握ったジューダスが神の眼と向き直る。

 その姿を見て、何を思ったのか。

 ディムロスは、残酷な質問をしていた。

 

『いいのか? 君は、シャルティエを失うことになるんだぞ』

「……この世界は、スタン達の手によって救われなければならない」

 

 それが、すでに描かれたはずの史実だから。

 歴史は改変ならざるものと、ジューダスは知っている。その認識とシャルティエを天秤に載せるまでもなく、判断を下していた。

 一度でも天秤にかければ、どちらに傾くのかはわかりきっていたから。

 

『ソーディアンと使い手は一心同体。それを、マスターの手で消さねばならんとは……』

『運命とは、かくも酷なものか』

 

 今しがた各々のマスターにそれをさせた彼らが言う台詞ではない。

 だからこそ、ディムロスもつい確認したのだろうが。

 その思いを察したのか、ジューダスはうなだれるようにシャルティエを見つめた。

 

「……許せ、シャル。僕は……」

『いいんですよ、坊ちゃん。僕らは永く生きすぎたんです。それに、正直言って坊ちゃんのお守りにも疲れましたし……ね』

「ちょうどいい。僕も、お前のお小言には付き合いきれないと思っていたところだ」

 

 疲れているのだと、フィオレはぼんやり自覚していた。

 史実において四本で事足りたはずのソーディアンが、今になって五本必要となっている。

 明らかにバルバトスが原因だろう。神の眼とて、初めからこのような状態であったわけではない。どこかに供給源があるはずだ。

 それを切り離せば、四本で事足りるのではないか。

 供給元から切り離したところで、エネルギーがなくなる保証はないのに。

 シャルティエだけは残せないかと、無意識に考えていたのだ。

 そんなことをしても、犠牲はなくならない。

 彼らとて、納得してる──否、彼らはこのために生まれてきたのに。

 

『フィオレ!』

 

 そんな後ろめたさからか、名を呼ばれただけで身が震える。ふと気付いたかのように、フィオレは彼らの元へ歩み寄った。

 

『今までありがとう。君と知り合えて、よかった。これからは坊ちゃんのこと、僕の代わりによろしく!』

 

 最期まで基本姿勢がブレない彼に、思わず苦笑が浮かぶ。

 その拍子に、保っていた仮面が剥がれて落ちたようだ。

 視界に映るシャルティエが、ぼやける。溢れた何かは頬を伝い、床へと滴った。

 ジューダスが息を呑んでぎょっとしているようだが、知ったことではない。

 

『……お断りです。私にジューダスのお守りなんて無理ですよ。面倒くさい』

『ちょっ……僕のために泣いてくれるんだ、って感激してたのに、返事はそれなの!?』

 

「ジューダスも私を守ってくださるなら、考えます。ま、茶番はさておいてですね」

 

 感情の高ぶりは軽口で静めて、おもむろにシャルティエの刀身をわし掴む。

 ほどなくして、ポタポタと赤い雫が床を打ち、透明な雫と混ざって滲んだ。

 

「ば、ばか、何を……!」

「握手くらい……お別れくらい、させてください」

 

 今ほどハロルドに、無意味な恨みごとを呟きたくなったことはない。

 何ゆえ彼女は兵器に人格を付与し、他者との交流を可能とさせたのかと。その必要性が理解できていても、尚、そうなのだから。疲れているとしか思えない。

 

『私もです。あなたと、あなた達と出会えてよかった。私が生きている限り、あなた達のことは忘れません。今まで……ありがとうございました』

 

 目蓋の中に残っていた雫が、はずみでボロリと落ちる。一層強くシャルティエを握りしめて、顔を上げた。

 シャルティエの苦しそうな声音が、響く。

 

『……僕は、君を傷つけたくなかったのに』

『なら、私の前からいなくならないで……不可能でしょう』

 

 乾かぬ眼を瞬かせ、視界をくっきりさせてから、微笑みかける。最後に見せる顔が泣き顔では、気まずいだけだ。

 滴る掌を止血しようと、布を探して。

 

『……坊ちゃん。許してください』

「?」

 

 不可思議な会話の後、不意に衝撃を受ける。

 よろけて踏ん張り、状況をよくよく確かめてみれば。

 フィオレは、シャルティエを持ったままのジューダスに、抱きしめられていた。

 

「う……」

 

 ぞわぁっ、と鳥肌が浮かび怖気が走るも、声を聞いて抵抗を忘れる。

 

『君のこと、ずっと好きだった……もっと前から、こうしたかった』

 

 シャルティエが、チャネリング現象を、発生させたのか。

 横目で見たジューダスは、哀れさを覚えるほどに赤くなっている。しかし普段なら、とっくの昔に罵声を放っているだろう口元は、ぱくぱくとうろたえるばかりだった。

 姿の見えないシャルティエを、目蓋の裏に浮かべて。

 フィオレはジューダスの背中に、腕を回した。

 

「!」

『──ありがとう、シャルティエ。私は……』

 

 途端。まるで振り払いでもするかのように解放される。

 プイ、とそっぽを向いたのはジューダスの意志のようで、当のシャルティエは必至に弁明していた。

 

『ごっ、ごめんね。こんなこと伝えたって迷惑なことはわかってる。でも……!』

『そんなことない。とても光栄です。でも……』

『ああっ、わかってる。その先言わないで! これでもう、想い残すことなくなったからさ!』

 

 想いが溢れて弾け飛んで、勢いで行動した挙句正気に戻った様子だ。

 シャルティエの想像とフィオレが口にしかけたことは、おそらく一致する。本人が聞きたくないなら、それでいいだろう。

 

『わかりました。それではね、シャルティエ』

『うん……そうそう、坊ちゃん』

「……まだ何かあるのか? 早くしろ、時間がない」

 

 ジューダスの声音がぶすくれているのは、仕方が無いことだろう。怒鳴りつけないだけマシである。

 ただそれも、ほんの僅かな間だけ。

 

『坊ちゃんと一緒にいて、確かに疲れはしましたけど……結構楽しかったですよ』

「……僕もだ。今まで……ありがとう」

『らしくないです、坊ちゃん』

「おまえもな、シャル」

 

 その間に、フィオレは少し離れたところで二人を見守る一同の元へ寄った。

 シャルティエが神の眼に捧げられたなら、ソーディアン達は一丸となって神の眼の力を用いて、外殻の破壊を実行する。

 その前に元の時代へ転移しなければ、ロニの言う通り崩壊に巻き込まれてしまうだろう。

 それを説明し、リアラが慌ててレンズペンダントを手に取った時。

 

「いくぞっ、シャルっ!!」

『はいっ!』

 

 ──別離の言葉がないのは、彼ら流なのか、それとも、これもまた彼らにとって新しい門出なのか。

 渾身の力もて振り上げられた細身の刃が、神の眼の表面を突き破る。

 示し合わせたようにソーディアンが同調を始め、神の眼が激しい明滅を繰り返し──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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