ウッドロウに会うのは拒否して、フィオレはハロルドと、まったりデート(嘘)
そんなわけでウッドロウの出番はなし。すまんの。
おそらく彼らは外殻の破壊に成功し、後の人々は紡がれた歴史をそのまま辿ったのだろう。
気づけば一同は、敷かれた雪と石畳を踏んでいた。
ハイデルベルグの外れのようだが、王城や時計台の様子を見る限り歴史に……発生した出来事はこの時間まで正確になぞられたものと思われる。
これも、時間移動を繰り返したリアラの実力が反映されているのだろうか。誰一人として欠けることもなければ、意識を失うことも今回はない。
粉雪のちらつく中、小さく身体を震わせながらナナリーが呟いた。
「全部終わったのかな、これで」
「バルバトスも倒したことだし、そう思いたいところだがな」
バルバトスが諸悪の根源でない以上、それはあり得ない。
エルレインによるあらゆる人類救済計画をことごとく砕いてきたのは事実だが、それで彼女が諦めるいわれはない。
「……」
「とにかく、ウッドロウさんに会おう。持ち去られたレンズのこと、話しておかなくちゃ」
「そですね。じゃあ、いってらっしゃい」
外套を取り出し、当たり前のようにジューダスからマントを剥ぎ、それぞれリアラとナナリーに渡しながらフィオレは言った。
一同の視線が集中する。
「でも、リアラもフィオレも助けられたこと、報告しなくちゃ……」
「疲労困憊で寝くたばっている、とでもお伝えください」
己を含めた生身の人間数名の星間転移は、リアラの、そして意識集合体達の助けを借りてもかなりの負担だった。
状況が状況だったために表向き平然としていたが、緊張感が途切れた今は無性に眠い。
「なら私も待ってるわ。関係なさそうだし」
「ハロルドまで!」
「未来の統治者に──私が死んだ後の世界にあんまり興味はないの。見たところ割と地味な街だけど、未来は未来。見て回りたいし?」
だからフィオレに案内頼むわ、と彼女は快活に微笑みかけてきた。
この、小悪魔然とした彼女の機嫌を損ねない方がいいのは一同承知のことである。
「……そーゆーことらしいです」
苦笑を浮かべて、帽子を被る。
一通り回ったら城門にて待機、とジューダスから厳重に言い含められた後、フィオレはハロルドと共にハイデルベルクの街へと繰り出した。
「見て回るような観光物はほとんどありませんが……」
「ええ、資料館みたいなところがあるなら教えてほしいけど、それ以外は割とどーでもいいわ」
いきなり前言を翻す。
気が変わって千年前から現代に至るまでの推移が知りたくなったのかと尋ねれば、一応の肯定が返ってきた。
「もちろんそれに興味はあるわ。でも、あんた疲れてるでしょ?」
「……ええ、それが?」
「そんな人間引きずりまわしてぶっ倒れられても困るわ。今から待機場所で休んでもいいし、何ならあんただけ宿で休んでいてもいいけど」
何がきっかけかわからないが、お見通しなら否定する意味もない。
ハロルドの言葉に甘え、観光客用に町中に設置されているハイデルベルクの見取り図を見せる。
後は中央の通り、英雄門に繋がるルートにて王城を目指した。
「この門の形をした建物は英雄門と呼ばれています。最上階に種々様々な書物が収められていて……」
「よーし、暇になったら読み倒すわ!」
今から入りたいという雰囲気を漂わせながらも、ハロルドは大人しくフィオレの後をついて歩く。
彼女が大人しいのをいいことに、中央通りに面した主な店のみを紹介して、二人は王城前に辿りついた。
幸い門前に見張りはおらず、人通りもない。
気がねなく、フィオレは階段に座り込んだ。
「……やっぱ、珍しく疲れてるのね。お尻が冷えるわよ」
「できることなら寝そべりたいです」
今なら硬い石段の上でも雪をクッションに眠れそうだ。
現に今も、腰を降ろしただけで目蓋が重くなっている。
「ハロルド、寝ていたら起こしてくださいね」
「ちょっと、言ってる傍から寝付くんじゃないわよ!」
びくっ、と身体が震えてハロルドを見る。
彼女は相変わらず、フィオレの眼前で仁王立ちしていた。
「え、寝てました?」
「完全に寝落ちしてたわよ。連中が戻ったら宿に連れてってあげるから、今は立ってなさい」
雪の張り付く尻を払って、ゆっくり立ち上がる。
やっと小休憩できると思った矢先のこれである。当然、目蓋は重いまま。
立ったままうとうとしかけて、バランスを崩して我に返る、を繰り返す。
レンズを余さず処分したことから、王城に宿泊する権利を得た彼らとの合流は遠かった。
『ありがとう』
まどろみの中で聞いた声。意識だけが働く世界の中に漂いながら、フィオレもまた意志を発した。
『──何もしてませんよ』
『故郷を選ばず、戻ってきてくれたじゃないか』
『仲間達がいたことも差し引いても、あなたの判断は迅速だった』
この場合、迅速か鈍速かなど関係ない気がしてならないが、感謝しているのならその気持ちを拒否する意味もないだろう。
たとえフィオレの心が、かなり揺らいでいたとしても。
『──わかっている。汝が責任と本心の狭間に苦しんだことは』
『だから、ありがとう』『ボクらを選んでくれて』『誘惑を振り切ってくれて』
『そなたの尽力により、彼女達はほぼ打つ手をなくした。最強の手駒を失ったことも起因している』
封印より解放され、依代という形でフィオレの元に集った精霊結晶……守護者達が次々と労いをかけてくる。
くすぐったいような感覚を素直に嬉しく思う反面、どうしても勘繰ってしまうことがあった。
それを言うためだけに、眠るフィオレの意識に語りかけているわけではなかろうと。
『……やっぱり、鋭いね』
『敵対勢力は、窮地に立たされている。このまま救済をもたらそうとしても、汝らに妨害されるといういたちごっこを繰り返すだけだからな』
それはつまるところ、フィオレを含むカイル達の直接的な身の危険を警告しているのだろうか。
だとしたら、安穏と惰眠を貪ってはいられない。
『それは……』
『契約者や復活者、もう一人の聖女を除けば、彼らは救うべき人間です』
『救うべき人間を滅ぼす。矛盾したこの思考に囚われたならば、それは彼らのみならず救うべき人間全てを対象とするだろう』
カイル達は救うべき人間であるからして、直接攻撃はされない。あくまで、命は取られない。
攻撃されるのだとしたら、それはカイル達だけでなく、救済の対象であった人類も……
『──うん。気づいてしまったみたいだ』
『救済が人類すべての望みでないのなら』『今存在する人類全てをも滅して』『救済を望みとする人々を生み出そうと──』