カルビオラ最奥。
おそらく最後の一人と思われるエルレイン取り巻きはさっくり下しても、話は素直に進まなくて。
まばゆい光。一変する景色。
──リアラの転移に対しておかしな干渉をしてしまう神の瞳も、エネルギー源となっている今ならば、干渉することはない。
そのため、はぐれることもなく無事転移した先、玉座を模した台座へ通じる壇上に。エルレインは立ち尽くしていた。
しかし、残念なことに居るのは彼女だけではない。
一同の視線を遮るかのように、壇上への道を塞ぐように。
葡萄酒色の髪を撫でつけた神官騎士が仁王立ちしていた。
「あのお方への崇高な理念を理解しようとせず、たてつき、邪魔をし、挙句の果てに害そうと企むとは……」
開口一番、男の口から出たには、一同に対する断罪だった。
「天光満つるところに我はあり……」
「もはや、お前たちに救いは必要ない。エルレイン様が許しても、我が許しはしない」
しかし、その審判に嘆き悲しむ者などいない。その言葉を挑発と受けたらしいロニが鼻で笑い飛ばした。
「へっ! てめえの救いなんざ、こっちから願い下げだ!」
「ジャマをするなら力づくでもどいてもらうぞ!」
「エルレイン様のお手をわずらわせることもない。我が今、ここで全てを終わらせて……!」
「……出でよ、神の雷。インディグネイション」
突如として発生した極太の落雷がガープに直撃する。彼は成す術なくばったりと倒れ伏した。
敵を前にして余裕たっぷり、べらべらくっちゃべっているからつい……というわけではない。
「あら、先越されちゃったわ」
「何の時間稼ぎなのか警戒したのですが、あっけないですね」
ぴく、と倒れ伏した身体が動く。海の主すら黒焦げにした譜術だ。息も絶えたかと思われたが……輝きの聖女を盲信する神官戦士は、顔を上げて憎々しげにフィオレを睨んだ。
所謂聖女の加護なのかもしれない。
「おのれ、卑怯者……守護者共の手先が……」
「卑怯で結構。エルレインの手先として、一瞬だけでも彼女の盾になれて本望でしょう。おやすみなさい」
哀れとも何とも思わないが故に、苦しませる意味もない。介錯せんとして、ガープは発狂した。
「下賤がっ! エルレイン様の御名を、軽々しく口にするなっ!」
怒りにつき動かされ、このままでは死ぬに死ねないのか。ガープは重度の火傷を負っているであろう体躯を無理やり起こした。
「エルレインさまっ! 我に力を! 無法なる者どもに、正義の鉄槌を下す力を!」
偶然か必然か、己の盾になった者が傷つき伏していても、エルレインは微動だにしなかった。しかし何かをしたようだ。ガープの体に変化が起こる。
無理に上体だけを起こしていた体が浮き上がり、紫煙に似た光が彼を包み込んだ。
そして。
「おいおいなんかやべえぞ、あいつ!?」
体の表面が皮膚とは明らかに違う繊維に変異していく。髪の色をそのまま取り入れたような。硬質の装甲が全身を覆い尽くした。
「うわ!? 変態しやがった!」
「変身っていうんじゃないの?」
「一緒だ一緒!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
呑気な掛け合いは余所に、変態──変身は続く。
硬質化した腕には鉤爪が、その背中には被膜状の翼が生えて展開する。
その姿は神の騎士とはほど遠く、神話に登場する神々と対立した悪魔と称したほうがよっぽどしっくりきた。
唖然とするような凄まじい変貌を前に、戦いの導火線を灯したのはハロルドである。
「……あーっ、もう! 私はねぇ、神と喧嘩しに来たのよっ! 雑魚は引っ込んでらっしゃい!」
杖が振り上げられ、雷弾──デルタレイが放たれた。しかしガープは易々逃れて、顔だった場所をハロルドに向けている。
「ハロルド、下がって!」
すぐさま彼女を後衛へ下げてカイルが突貫するも、ガープだったものは翼を広げて宙を舞った。
カイルどころかロニが
「扇氷閃!」
ナナリーが弓を引くも、羽ばたいているからなのか、それとも何らかの力が働いているからなのか。
放たれた矢はガープに被弾するより早く、あえなく四方へ散らされた。
「羽ばたくことで真空が発生しているなら、近づくことで危険だぞ」
「だったら、晶術で撃ち落とせば」
「獅子戦吼!」
ほんの一瞬、敵から目をそらしたカイルがジューダスもろとも吹き飛ばされる。飛行していたガープが突進してきたわけではない。
「フィオレ、何を……」
「伏せて!」
本人も実行した警告と共に、ガープだったものの頭部がぎらりと輝く。
次の瞬間には深紅の光が放たれ、二人がいた場所に直撃した。
着弾、後に爆発。見るからに頑強な床を溶かすようにしてえぐった光線は更に二人に迫った。
そこへ。
「プリズムフラッシャー!」
ハロルドが放った光の槍が雨あられと降り注ぎ、ガープの気を逸らした。そこへリアラのバーンストライクが追撃し、浮遊状態に近かったガープを引きずり落とすことに成功する。
「くらえっ、割破爆走撃!」
翼が動いていないことを確認したロニが万物を轢く勢いで迫るも、ガープは篭手のようになった腕で肉厚の刃を受け止めた。
そこへ、背後へ回り込んでいたフィオレが飛びかかった。
ロニとの鍔競り合いを続けるまま、ガープが振り向く。頭部に輝きが灯っているのを見てとって、フィオレはその場から離脱した。
──これでもう、あの翼に迷うことはない。
深紅の光が足元を穿つ。再び同時に迫るフィオレを追い払わんとしてか、ガープはロニを突き飛ばした。
「うぉっ!?」
「馬鹿、逃げろ! 切り刻まれるぞ!」
とはいえど、今逃げたらガープの標的はロニへ向かう。肩すかしを受けてひっくり返ったロニにレーザーを放たれたら、それこそひとたまりもない。
接敵を認め、ガープが翼を広げる。しかし、その異様な巨体が持ち上がることはなかった。
「!?」
羽ばたけど、機能を果たさぬ理由。それは翼本体の切断を断念したフィオレが、被膜状の翼に秋沙雨を見舞ったことに由来する。
結果無数の穴が穿かれていることを、今や聞き取りがたい言語のみを発する彼は気づいただろうか。
「猛き狂う竜の咆哮、
その隙に、紫水が硬質の鎧の関節を縫ってねじ込まれる。根元まで刃が突き抜けるが早いか逆袈裟に切り上げると同時に剣気が解放された。
衝撃波による体内への攻撃なら、
内側から体を切り裂かれ、放ったレーザーのように赤い雫を撒き散らし。
ガープは断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。
最期の呟きにエルレインの御名があったかどうかはわからないが、人でなくなった代償なのか。屍が、風もないのにさらさらと崩壊していく。
その様を見届けたカイルが何を思ったのか、定かでない。しかし彼は振りきるように目をそらし、壇上に佇むエルレインを睨んだ。
「そこまでだ!」
己を守る最後の騎士が倒れたにも関わらず、彼女にまるで動揺はない。一同が辿りついた際も変わらず、玉座を模した台座と相対したまま。
頭上には無数のレンズが浮遊している。
反応が無いこともかまわず、カイルは追及を続けた。
「今度は何を考えてる! オレ達の時代をどうするつもりだ! 答えろ、エルレイン!」
「おまえたちか……だが、もはや時は過ぎた。すでに矢は放たれようとしている」
流石に一同の存在は感知していたようで、エルレインはようやく言葉を発した。しかし、いつにも増して様子がおかしい。
「矢を放つ……? どういう意味だ!」
「千年前、星を射抜いた光の矢、その輝きを今再び……!」
突然、エルレインの頭上に舞っていた無数のレンズが収束する。わずかな光しか放っていなかったレンズが共鳴するかのように光り輝き、一同を圧倒した。
「うおっ、こ、これは……」
「あいつ、一体何をするつもりなんだ!?」
皆目見当もつかない。
千年前とか光の矢とか、ヒントはある。しかし、それでフィオレに連想できるのはベルクラントくらいしかない。あるいはそれに対抗して放った惑星砲プラネットバースト──守護者達の力を用いたものだが、それが彼女に使えるとは思えない。使えたところで、あの砲撃でこの惑星に存在する何かを破壊できはしないだろう。
「千年前、光の矢……」
そんな中、何かに勘付いたらしいのはかの天才だった。
今更元の時代に帰れと言うなら、エルレインと手を組んで世界を滅ぼすと嘯いていたが、あの少ないキーワードであっさり答えを導き出した様子。
「……そっか、そういうことか。流石神の名を語るだけあったやることがハデじゃない」
「ひとりで納得してないで説明しろ、ハロルド!」
ロニに促され、ハロルドが淡々と語ったこと。
それは天地戦争の発端となった彗星の衝突を、エルレインが繰り返そうとしているという内容だった。
人類の過半数が死に絶え、衝突の際に巻き上がった粉塵によって太陽の光が完全に遮られ、大地は荒れ果てて。
更には悲惨な戦争を呼び、人々の心身を荒廃させた原因を再び引き起こすこと。
「世界を消すってのは、そういうことだったのか。でも、今になって、どうして……!?」
「お前達を救うためだ」
……彗星が衝突することを全世界の人間に通告して、フォルトゥナ神に救いを求めさせる気なのか。しかし、それはフィオレの大きな勘違いだった。
「お前達だけではない。この世界のすべてを救うために、すべてを破壊する」
「明らかに論理が破綻してるわね。救うために破壊する? そんなことはありえないわ」
ハロルドは一笑で切り捨てているが、残念ながら元々論理が通じる相手ではない。
しかし、エルレインは珍しく声を荒げた。
「私は間違ってなどいない!」
まさか否定されて気分を害したわけでもなかろう。さりとて、この企みも阻まれるという焦りがあるわけでもあるまい。
ただの感情の高ぶりなのか、それとも。
「完全な形で神が降臨すれば……全人類の絶対幸福を実現することができる。それを成すため、私は歴史を改変しようとした。だが、その試みはことごとく無に帰した……お前達の手によって!」
「……」
とうとう一同を真っ向から批難し始めたエルレインを前に、リアラはただ沈黙していた。
その心中に何があるのかはわからない。
「だからこそ、私は最後の手段を取るのだ。神のたまごともいえる、巨大彗星を地表へ落下させるという手段を。ふたつの天体が衝突する際に生じる凄まじいエネルギーをもってすれば、神の降臨が現実のものとなる。そう、完全な神の……!」
「待て、エルレイン!」
まさか説得しようと、説得して止められると思っているわけでもなかろうが、カイルは話を続けていく。しかしこの時点で、フィオレは会話自体に興味を失くしていた。
「すべてを救うためにすべてを破壊する。そんなことが許されるなら……オレ達はなんだ! 神にとってオレ達人間は、いったい何なんだ!」
この地を、星を、彗星が襲う。それを聞きつけた守護者達が、盛大に混乱を始めたからだ。
『なんてムチャする気なんだよ、こいつは!』
『神さえ降臨すれば、全ては解決すると思い込んでいるようですね』
『完全に思考が停止しているな……』
『大分前からそうだった』『最早言葉は通じない』『力尽くで止めるしかない』
『口惜しいが、我らではどうすることもできぬ……』
そこは諦めないで、守護者らしく何とかする術を提示して頂きたいところなのだが、しかし。
「神によって救われるべき、儚く、哀れで、いとおしい存在。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふざけるな! オレはずっと、この目で見てきた! 歴史を築いた人達の強さを! 人が生きた証として積み重ねられていく歴史を! それを消すなんてこと、誰にもさせはしない!」
千年前の世界において、守護者達が存在していなかったわけがない。
封印されていたわけでもないのに、止められなかったことだ。混乱もするだろう。
「案ずることはない。お前達がすべて死に絶えたとしても、完全神の降臨さえ果たされれば、新たなる人類を生み出すことができる。そして新たなる人類は、完全なる世界で完全なる幸福を手にすることができる。今こそ人類自身のためにすべてを振り出しに戻すべきなのだ」
……結局、そうなってしまうのか。
守護者達の懸念は、的中してしまったようだ。
こうなる前に止められなかったのかと一瞬脳裏をよぎるも、それを追求したところで事態は好転しない。ついでに、止められたとも思わない。
「歴史の破壊が人のためだと……!? 冗談じゃないっ!!」
「おろかな……まだわからないのか? 人は神の力によってのみすべての不幸から逃れ、絶対の幸福を手にすることができる。なぜそれを認めようとしない?」
「絶対の幸福なんて、この世にない!」
平行線のまま、対話が続く。妥協点など一切なく、互いに歩み寄る意志も理由もない。まさしく無駄な時間が延々と流れた。
終止符が打たれたのは、彼女の一言である。
「これ以上話しても、ムダのようだな」
エルレインとして、これまで真っ向から対立してきたカイルを言いくるめる気はなかったようで。
収束したレンズを見上げ、勝ち誇ったように微笑む。
「すでに矢は放たれようとしている。これを止めることは、お前達にはできはしない」
「できる! お前を倒して衝突を止めてみせる!」
倒したら尚のこと止められない気がするのだが、放たれようとしていることが鍵なのか。エルレインの否定はない。ただ、否定すら無意味と考えているのかもしれない。
「今ここにいる私を倒したところで何の意味もない。私は神より生まれし者。何度でも生まれ変わり、完全なる世界を作り上げる」
「なら……神を殺す!」
彗星を止める手段がそれしかないならと、彼は臆面もなくそう言い切った。
エルレインが言う言葉が事実なら、対抗策はそれしかない。彗星の破壊は容易なことではないし、その手段は遠回りか問題の先送りでしかないのだから。
しかし。
「そして、二度とお前が生まれないようにしてやる!」
「神を殺す……か。やはり真実は告げられなかったようだな、リアラ……」
「……真実!?」
唐突に話しかけられたリアラは、沈黙したままだ。
そこでリアラが出てくる理由は、やはりひとつしかないだろうか。
「ならば私が代わりに教えてやろう……リアラと私は……」
「やめて、エルレイン!」
遮るように、耐えかねたようにリアラは金切り声を上げるも、遅かった。
いや、エルレインがただ無視しただけだろう。
「リアラと私は、神だ……」
「リアラが……神!?」
「だから神を殺せば、私と共に……リアラも死ぬ」
淡々とした宣告に、それまで堂々と人と歴史の在り方について説いてきたカイルは、初めて動揺を露わとした。
他の面々の反応も似たようなものである。
「ウ、ウソだっ!! リアラが神だなんて……そんなことありえない!」
「だまされるなカイル! でたらめだ、でたらめに決まってる!」
その反応を予想通りと言わんばかりに、エルレインは涼しい顔で言い放った。
「信じるかどうかはお前達の自由。だが、真実はひとつだ」
カイルはあっさりエルレインに背を向け、他の一同もリアラに目をやっている。
今の内に仕掛けてしまいたいものだが、下手に刺激して交戦に移行しても、彼らは戦えないだろう。
「ウソだよな、リアラ? 君が神だなんて!? エルレインがでまかせ言ってんだよな!? お願いだ、ウソだと言ってくれ!」
懇願に近いその言葉に、少女はどれだけ頷いてしまいたかっただろうか。
しかしリアラは、カイルの瞳を見つめて、静かにその言葉を否定した。
「いいえ……二人の聖女は神より生みだされしもの。言うなれば神の化身……神の存在が消滅する時、わたしとエルレインもまた……」
「……そ、そんな……!」
混乱と衝撃と落胆と。いくつもの感情が、彼を、彼らを打ちのめす。
その様子を見て、エルレインは静かに息をついた。
「そう、やはりお前たちに神は殺せはしない」
エルレインの視界に、フィオレが映り込む。しかしこの時、フィオレはエルレインを視界に収めていても、彼女を見てはいなかった。
来るべき時に備え、判明した事実を見つめ、行うべきことを受け入れる必要があったから。
「それがわかったのなら、帰るがいい。そして、裁きの時を迎える場所を自らの手で選べ。それがお前達に与えられた最後の幸福だ」
エルレインの懐から光が生まれ、完全球体のレンズが床に転がる。
これをもって裁きを迎える場所に転移しろということか。いつのまにか彼女の姿は色彩を失い、空中へ溶けるようにして消失した。
カイルがそれに気付いたかは定かでない。彼はただ、リアラと対面したままうなだれるばかりだ。
「カイル……ごめんなさい。今まで、言えなくて」
世界を救う英雄に対してか、愛する少年に対してか。待ち受ける過酷な運命を抱えたまま、少女は説いた。
「でもね、カイル。他に方法はないの。神を殺さないと、この世界は……」
「やめてくれ。今は何も聞きたくない」
「カイル……」
「わからないんだ。自分がこれからどうすればいいのか……わからない。なにもわからないんだ!」
……沈黙が降り積もる。誰も、何も言えない状況の中、フィオレはレンズを拾い上げた。
それを、言葉もなくリアラに渡す。
「ここにいてもラチがあかない。とにかく、帰ろう……」
ジューダスの言葉に促され、少女は無言で時空転移を始めた。