結果だけを見ればその必要もなかった対立が、和解の道を歩もうとしております。
が、なかなかうまくはいかずに。
話し合うにはあまりに遠い距離に、一同がなんとなしに歩みを進める。しかしその様子を見てフィオレは抜刀し、守護者両名も改めて身構えた。
あるいはそれは、呼びかけに応じない姿勢に警戒した証なのかもしれない。
「何よ、あんたとあろう者が何及び腰になってんの? 笑っちゃうわね」
「何とでもどうぞ。私は脆弱な人間です、腕が千切れるくらいにはね。答えがないなら、敵対するものとみなします。あなた方の総攻撃は脅威だから」
露骨な警戒の様をハロルドは嘲笑うも、フィオレは平静だった。
挑発をものともしない態度にか、あるいは決別した際のことを思い出したのか。ムッとした風情を隠さないハロルドを押しとどめて、カイルはリアラを伴い前へ進み出た。
進み出た先の足元に、剣を、杖を捨てて。
「……」
その光景は、いつかの夢の中。カイルを人質に取られたスタンとルーティが取った行動に重なった。
「フィオレ。オレ達、あれからみんなに話を聞きに行ったよ。四英雄に……父さん以外の、フィオレとジューダスの仲間達だった人達に」
二人の武装解除を見て、フィオレは一応構えを解いている。しかし抜刀はそのまま、二人からも後ろの彼らにも、余すことなく注意を払っていた。
「すごく、すごく悩んだ。なんとかならないのかって。リアラも世界も選べる方法がないか、考えたよ」
仲間達に、かつての英雄達に、そしてカイルの母ルーティに……リアラに。
誰彼構わず、自分が納得するまで何回でも。
決別して以降の、彼らが辿った道の話を、フィオレは黙って聞いていた……ように思われたが。
「でもオレ……「ねぇ、カイル」
あくまでやんわりと、カイルの語りに横槍を入れる。
フィオレは彼と目を合わさぬまま、無表情で尋ねていた。
「時間稼ぎですか?」
「!」
「ご承知とは思いますが、エルレインは人々の救いという建前のもと、この世界を滅ぼすつもりです。そうなる前に、止めなくてはならない」
言外に、のんびりお喋りは出来ないと。彼女はそう言った。
現実の時間的にも、気持ちの余裕としても。
「……それに関しては、私も同意見よ」
リアラの言葉を耳にして、器用に片眉を跳ね上げている。意外だという様子を隠すともせず、そのものずばりをつきつけた。
「カイル。あなたはリアラではなく、世界を選んだのですか?」
「考えたんだ。何が正しいのか。オレは何をするべきなのか。その上で、納得できる答えを。答えを出して……オレ達は、ここにいる」
その言葉の意味を違わず汲んだようで、フィオレは嘆息しながら刃を収めた。
左右に控えていた守護者達もまた、姿を消している。
フィオレの命か、彼らの判断か。それは杳として知れない。
「あなたは間違いなく英雄ですね、カイル」
彼は仲間──愛する人ではなく、世界を選んだ。二人の間にどのような会話がなされたのかはわからないが、迷いのようなものは見られない。
脈絡のない言葉に困惑する彼を、その目を。眩しいものに対するかのように眇めながらも見やる。
「私が選べないからこそ、あなた方に選んでほしいなんて、建前だったようです」
カイルにはリアラを選んで欲しかった。そうでなければ、胸中の落胆は説明できない。
彼らと決別した意味がないからの落胆かもしれないが、決別の理由はカイルがリアラを選ぶ可能性を考慮したため。どちらであろうと、同じことだった。
「え?」
「私の身勝手な意見です。忘れてください」
そのまま彼らに歩み寄り、剣を、杖を拾って手渡せば、二人は目を白黒させながらも受け取った。
「まさか、親子二代で英雄になってしまうなんてね。血は争えないというやつでしょうか」
その様子を見て、もう大丈夫だと思ったのか。一同もまた、歩み寄りつつあった。
「……納得してくれたかい?」
「何をでしょう」
「俺らが敵じゃねえ、ってことだよ」
おずおずとしたナナリーの、自分のそっくりさんが消されたショックから立ち直ったロニの言葉にひとつ頷く。
それならば共に行こうと言うカイルの誘いを、フィオレは首を振ることで拒否を示した。
「……何故?」
「私はあなた方と決別しました。今更同じ道は歩めない」
今の今まで無言で、ようやく言葉を放ったジューダスに対してでも、臆することなくしれっ、と言い放つ。
別に構わない、気にしてないと二人が交互に言い募るも、フィオレの言は翻らなかった。
「私が構うし、気になる。敵対しないでくれるのは正直ありがたいことですが……」
「──何を企んでいる」
不機嫌も露に、言葉の裏を探らんとするのはジューダスだ。
ハロルドも、似たようなものである。
「まさか気まずいから、って理由だけで断ってるわけじゃないっしょ?」
「もちろん。今あなた方と共に行動するなら、確実に盾として扱いますよ」
正確には一同ではなく、リアラを。
単なる魔物の襲撃からではなく、罠──エルレインから仕掛けられたあらゆる事象に対して。
合理性を優先するなら、何食わぬ顔で彼らを迎合してしかるべきだ。感情は、それをやんわりと拒否している。
だからこそ、フィオレは口に出した。自分と共に行こうとすれば、割に合わないのはそちらだと。
何ら悪びれもせずそれを言うフィオレには、彼らも呆れるしかない。
「あ、あんたねえ……」
「正直なのは結構なことだが、それで僕達が敵に回ると思わないのか」
「私はもともとその予定でした」
エルレインらを排除した後は、リアラ。そのときは少女だけではなく、もちろんカイルだけでもなく、一同総員を相手取る覚悟もしていた。今敵対されても後でされても、同じことだ。
それだけを言い捨てて、フィオレはくるりときびすを返した。そのまま歩みを進めていく。
「あ、おい……」
「リアラ。私はもう、腹を括りました。次は迷わない」
何が理由であろうと、一同が敵に回るならまずリアラを狙う。言外だがそれを断言した彼女の傲慢さに、あるいは一同を鼻にもひっかけない情のなさに。
「このっ……!」
拳を握り締め、ジューダスが駆け寄る。
当然ながらフィオレはそれに気づいており、足を止めていた。
振り返ったフィオレめがけて、ジューダスの拳が振り上げられ──
「!」
止まる。
迫るジューダスに何の動揺もなかったフィオレの表情を見て、ではない。
拳が届く寸前、ジューダスとフィオレの間に割り込むように、精霊結晶が顕現していたからだ。
金色の鎧、純白の翼。引き締まった双眸と揺るがぬ表情が、気高さと近寄りがたさを覚える──
「ソルブライト、シルフィスティア」
「ソラ、ずるい! ボクがやろうと思ったのに!」
「そなたの姿では受け止めきれず、代行者ともども殴られるが関の山であろう」
飛べるとはいえ、少女の姿では庇いきれない。
ソルブライトの長身を見上げて喚くシルフィをなだめて、光属性の精霊結晶はジューダスを見やった。
「そなたの感情は理解している。だが、どのような理由があろうと代行者に手出しは許さぬ。どうしても収まらぬなら私を殴れ」
大真面目にそう言った。
そうまで言われて、はい、そうですかとも返せずに。ジューダスは振り上げた拳をとうの昔に収めている。
「……瀕死に陥っても守護者に頼らなかった奴が、どういう風の吹き回しだ」
「あの時とは状況が違う。これより先の戦い、僅かにでも有利に事を運ぶがため。我らは尽力を惜しまない」
先の戦いとはエルレイン、そしてフォルトゥナとの決戦だろう。
ソルブライトとシルフィスティア、二柱の背中を見つめていたフィオレはふと、息をついた。
「シルフィスティア、ソルブライト。ありがとう、ちょっと休んでいてください」
二柱の返事も聞かず、何らかの手を加えたのだろう。彼女らの姿が溶けるように消えていく。
「どうしたんだい?」
「──私は彼らにこそ、決戦で遺憾なく力を発揮してほしいのに。すっかり過保護になってしまって」
おそらくは天地戦争での出来事に起因してのことだ。理由はわかりきっているからこそなのか、そう零して嘆息する。
そして、フィオレは歩みを再開した。しかしそれは、一同を振り切るものではなく、ゆっくりと先へ進むことを促すものである。
「自業自得だろうが、やらかしたんだから……」
どこか呆れたように零すジューダスだったが、続く言葉は即座に黙殺された。
射殺すほどに鋭く、冷たいフィオレの視線を受けて。
しかし、それは僅かな間のこと。ふいっと視線は逸らされ、再び彼女はジューダスに背を向けた。
「自業自得。それを否定できませんが、言われると腹が立つのは何故でしょうか」
「あ、あれかい? あんたに言われたくない、ってヤツ」
「かも、しれません。人は都合の悪い正論を突きつけられると逆上する性質がありますから」
その性質に例外なく、フィオレも当てはまったということか。
ただこの場合の正論は、今更何をどうしたところでどうにかなるものではなくて。
「だ、だがよ。あん時はもう、どうしようもなかったことじゃねえか」
「そうだよ。そんなに挙げつらうこたないだろ。そりゃ、取り返しのつかないことになっちまったかもしれないけど……」
「ええ、取り返しはつきません。起こったことは覆せない」
声音が、変調する。明らかに機嫌を一変させたフィオレに声をかけたのは、変調を知りながら勇気を振り絞った少女だった。
「フィオレ、様子がおかしいわ。わたし達と別れてから、何があったの?」
「──何も」
最後の一柱、ルナシェイドとの契約を交わし、諸々の準備を済ませてこの場へ乗り込んだ。起こした行動の概要はそれだけだ。
後はただ、気づいただけ。
そしてフィオレは、話題を無理やりすげ替えた。
「あなた方が、リアラが敵でないならば、最早思い残すこともない。全力で、彼女らと戦える」
「え?」
「私がいつ力尽きても、あなた方が引き継いでくれるでしょう。世界を存続させるという道を」
その声音は、そら恐ろしくなるほど平静で。そうではないとわかりきっていながら、聞き返さずにはいられなかった。
「あ、あはは。冗談、だよね」
「いいえ。ご安心ください。全身全霊をもって、最悪でも相打ちに持ち込みますから」
カイルの、空々しい笑いに挟まれた確認を真っ向から否定する。
まるで始めからそのつもりだったかのような態度に、いち早く爆発したのは彼女だった。
「あんたねえ! もう死ぬのはごめんじゃなかったの! 死にたくないって言ってたくせに、何なのよその手のひらの返しっぷりは!」
「状況とは刻一刻と変化するものです。私はそれに対応しているだけ」
ハロルドの激昂などものともせず、さらりと言い返す。このことについて問い詰めるは不毛と判断したらしい彼女は、攻め口を変えた。
脅迫という形へ。
「どうせ死ぬつもりなら、それは不要でしょ。考えを改めないなら返して頂戴!」
「奇遇ですね。私も、こんな素晴らしいものを死出の旅路に付き合わせるのは酷だと思っていました」
彼女が指し示すもの。それは、フィオレの左腕の代替となっていた義手だ。
それを、反論どころか同意して、手早く外しにかかる。収納されていた神の瞳、レンズ増幅器、高密度エネルギーを備えた完全球体のレンズを回収して義手を返却すれば、ハロルドは力なくそれを受け取った。
正確には同意を想定しておらず、茫然自失といった体である。
義手がなくなった腕はもちろん再生などされていない。それでもフィオレは、何の痛痒も覚えていない様子だった。
その姿を見て、荒々しい抜刀が響く。
見やれば、苦渋を噛みしめているかのようなジューダスが、得物を手にしていた。
「敵対しないのではなかったのですか?」
「お前が死ぬつもりで奴らと戦うなら、話は別だ」
しかし、彼一人が敵対してきたところで、フィオレには痛くも痒くもない。重要なのはリアラで、カイル。
その決意は聞かせてもらったし、それが早々覆ることはないだろう。
その意図に反応したかのように、姿を現した者がいた。
全身が甲殻に包まれた巨体。かろうじて人型だが、人の姿からほど遠い。翼らしきものを展開して中空に漂う者──フランブレイブ。
彼はフィオレを庇うかのように移動した後、腕とも翼ともつかない片方を振り上げた。
「たとえ復活者であろうと、人の身で我が炎に耐える術はない。本気であるならば、滅するのみ」
重厚で、何処から発しているのかもわからない、かろうじて男声に属する声が降り注ぐ。
気圧されるも、後には引けないジューダスを無理やり後ろに下がらせたのはカイルだった。
「そっちがその気なら、引かないさ! けど、違うんだろ? フィオレを傷つけたりはしないから、引いてくれ」
少年の真摯な態度ではなく、フィオレが軽く頷いたのを見て。フランブレイブは言葉もなく姿を消した。
フィオレに前言を撤回する気はない。彼らが何を言おうが、何をしようが、これからの行動に変更はないのだ。
カイルが、発言を翻さない限りは。
「平行線ですね」
「オレが……ジューダスに同調するとしても?」
「あなたにそんなことはできませんよ。英雄カイル」
動揺するでも嘲笑するでもなく、フィオレはそう断言した。
揶揄の意図も、憐れみの意図も、その言葉からは感じられない。
──すれ違った道は、もう交差しない。離れることも近づくこともなく、隣り合って道は続いていく。