神のたまご、エルレイン眼前へ。
これが終わり(ラストバトル)ではないのですが。
これまでとは異なり、少なくともフィオレだけは、力を使うたび極度に消耗していきます。
「エルレイン!」
呼びかけに、エルレインは。まるで初めて気づいたかのように、振り向いた。
表情はどこまでも静謐なまま。驚愕も疑問も、まるで存在していない……否。彼女はおそらく、それらを元から持ち合わせていない。
「なぜ、ここへ? お前達に神は殺せはしないのに……」
「見くびるんじゃないよ! もちろん、戦うためにここへ来たんだ。あたし達自身の意志で!」
感情は無くとも、知性はある。そして彼女は、一同の事情も知っていた。
「……それがどのような結果をもたらすのか、わかっているというのに?」
リアラがいること。エルレイン、並びにフォルトゥナの死はすなわちリアラの死。一同が、それを甘受できないことを。
しかし、それは過去の話。事実を突きつけるエルレインに、カイルは重々しく返答した。
「覚悟は……できている」
次に口を開いたのは、当のリアラ。
「エルレイン……わたし達は人々の救済という同じ使命を背負った存在……」
出会った当初は、とにかく英雄を求めていた少女。リアラもまた、全てを救ってくれる神に変わる英雄を求めていただけだった。
今は、違う。
「けれど、彼らと過ごした日々の中でわたしは知ったの。人は救いなど必要としないということを。はるか先にある幸せを信じて、苦しみや悲しみを乗り越えてゆける強さを持っているということを」
「お前は、何もわかっていない……」
同じ神より生み出され、同じ使命を課せられても、歩んできた道のりがあまりにも違うせいか。エルレインがそれを理解することはなかった。
「人は、脆く儚い存在。自らの手で苦しみを生み出しながらそれを消すことすらできない。だからこそ、人は神によって守られ、神によって生かされ、そして、神によって救われるべきなのだ」
リアラはカイルら一同と長い旅路を共にして、時に協力し、時にぶつかり、意見を別としながらも理解を深め合ってきた。
では、エルレインが歩んだ道は?
彼女の側にいたのは、彼女の手によって蘇生されたかつての人間──遺恨を残したまま逝った者達と、彼女を、そして彼女の神を盲信する狂信者達。
エルレインにとって彼らは等しく神によって救われるべき者達であり、理解するにあたう者ではなかったのだろう。あるいは、彼女を取り巻く人々も。彼女の言うこと全てに頷き崇めて奉るだけで、理解などしなかった、か。
哀れ、だ。
あれだけ大勢の人々に囲まれて、理解することもされることもなく、ただ利用し利用されるだけのエルレインが。
エルレインなりに人々を見つめてきて、終始一貫変わることのなかった結論は。無論、彼らが認めることではなかった。
「へっ。冗談じゃねえ! 俺達が欲しいのはまやかしの幸せじゃない! たとえ小さくても、本物が欲しいんだ!」
「何が幸せで何が不幸せなのか、それを決めんのは私達でしょ! 神様なんか、お呼びじゃないっての!」
「確かに生きることは苦しいさ! でも、だからこそ、その中に幸せを見つけることができるんだ!」
「幸せとは誰かに与えられるものではない! 自らの手で掴んでこそ価値があるんだ!」
口々に否定されても、エルレインがめげることはない。その感情も、おそらく持ち合わせていない。
「神の救いこそが真の救い。それがわからぬとは……」
何より──エルレインは他者を上から見下ろすしかしない。見上げるのは彼女の創造者フォルトゥナのみ、人と同じ目線になることも、知らない。
「神はもうすぐ降臨する……そう、完全な形で。完全な救いを、人々にもたらす……」
どれだけ間違っていると言われても、己が行いを妨害されても、エルレインにとって人は敵ではなく、救うべき対象。苦しみから救われたいという懇願は聞き入れても、個人の主張は聞き入れる対象ではない。
「それを邪魔するというのなら……私の手で、お前たちを神の元へ還してやろう。それが、私がお前達に与えられる唯一の救い……」
個人の生死関係なく、人を救うこととは苦しみから解放すること、それだけと彼女は信じて。
「オレもみんなと同じ気持ちだ。だから、ここまで来られたんだ……!」
未来永劫分かりあうこともない。
「オレ達は神の救いなんか必要としていない! もう迷ったりしない、オレ達の手で必ず、神を倒す!」
返答を聞いてか聞かずか、エルレインが
「よく……言った……人の子」
エルレインの周囲を突如として暗黒が覆い、光を纏っていた筈の姿が見る間に闇に呑まれていく。
「な、なんだ!?」
「ルナ、そのままだよ! よくもウチの子に、つまんないちょっかい出してくれたなっ!」
実体化したシルフィスティアが溢れ出る感情そのまま、疾風を伴って突撃していく。勢いで生み出されたいくつもの風刃がエルレインを切り裂き、くぐもった悲鳴が上がった。
「これも必然です。代行者だけに、手を汚させはしない」
「我が眷属を弄んだ罪、万死に値する!」
「あいつ、
極大の氷柱がエルレインを拘束する闇ごと穿ち、轟炎が立ち昇り、この空間に存在しないはずの岩塊が彼女へと降り注ぐ。
「なんだ……何が起こって「この星の守護者達、ね。自然界が存在しないこの場所で、地水火風の混合属性アタックなんて、そうできることじゃないわ」
ロニを始め、困惑する一同を鎮めたのは例の端末を手にしたハロルドだった。
それも束の間、彼女は端末を懐へしまい、彼女もまた杖を振りかざす。
「ハロルド!?」
「これはチャンスよ。このまま畳み掛けましょ!」
フィオレの姿が見えないことは気になる。しかし、それは気にしたところで解決しない。
「守護者どもか……こんなもので」
まるで巻きついたカーテンでも取り外すかのように、エルレインは片手で己を取り巻く闇を払った。
ハロルドの言う地水火風混合アタックも、大して効いた風ではない。
「あんなもんブチかまされて、効いてないってのかい!?」
「あんなのただの牽制だよ」
「ここには地水火風すべて存在しませんから」
「全力を振るえば、代行者を廃人にしかねない」
代行者とは、フィオレを指す言葉である。それに気づいたジューダスが、虚空に怒号を放った。
「おい、守護者ども! あいつはどこにいる、何故お前らが力を奮って、あいつに関係するんだ!?」
「……答える義理はない」
「蘇生の恩義を感じない薄情な復活者……これもまた人間の側面に過ぎません」
「でも、彼があいつに付いてたら、フィオレはもっと苦しんだよ」
「うーん」「でもなー」「どうしよっかー」
問いに答えぬまま、口々に守護者達は言い募る。唯一、答えを発したのは。
「……我ら……現在……代行者……より、力を……拝借……」
ルナシェイド、だった。彼はエルレインに振り払われたことに頓着しないまま、漆黒の全身鎧をまとう大柄な騎士姿へと変貌している。
「何故あいつを使う! 星の守護者だろう、自分達が力の源じゃないのか!」
「本来であれば、そうですが。この場所に限っては──彼女達の領域においては、そうではありません」
「かつての契約者の知己の言ったとおり。ここは地水火風が存在しない。あるのは光、光を生み出す陰──闇」
「つまるところ、フィオレがいないと存在できないんだよね。今の僕ら」
「代行者が宿した依り代だけが、我らを存続させている。振るう力の源もまた、同じ」
ふわっ、と柔らかい風がジューダスの、それぞれ持ちうる晶術詠唱を続ける一同の頬を撫ぜる。
彼らが目にしたのは、翼をもって飛翔するソルブライト、そして、彼女に抱えられ紫水の先端をエルレインに向ける、フィオレの姿だった。
「穢れ無き断罪の意志、荘厳なる意志、静かなる意志、灼熱と業火の意志、舞い降りし疾風の御子、至高の意志……」
守護者達から、ではなく。先程エルレインを攻撃し、あえなく散らされた攻撃の残滓が、フィオレの術式に導かれ譜陣を紡いでいく。
幾つもの譜陣が重なり、紫水の先端に発生した譜陣を完成させ──
「我が手に集いしは星の意志! あるべき姿を求めるがため、我らは汝を粛清する! 代行者のこの名のもとに、薙ぎ払えっ!」
詠唱が終わるや否や、放たれた
かつてベルクラント──大地の存続を危ぶむ光を真っ向から散らした光が、エルレインを、星の存続を危うくさせる存在と認識し、殲滅せんと強く輝く。
彼女は消滅を自覚しただろうか。
自らが消えることに恐怖しただろうか。
消えゆく自分の最期を、呪っただろうか。
「私は……人々の……救済を……」
全てが否たることを願い、そしてそれを確信する。
エルレインが消滅する寸前、現れたフォルトゥナが倒れる彼女を受け止めたのを見て。
そのままエルレインは、降臨させようとしたフォルトゥナの腕の中で、光の粒子と化して大気に融け消えた。