遅筆ですが、自分のペースで落ち着いて書いていこうと思います。
―――マーニは、芋羊羹が大好物である。
正確には、生きている間に一度は食べておきたい。
そんなささやかな『夢』の一つが、芋羊羹である。
古今東西、父親は趣味と実益を兼ねてよく異国に行く事があった。
その帰りに買ってきた土産を一緒に食べるのは、共に語られる異国での話と共に、数少ない父親との交流の一つでもあった。
特に、極東地域に行った際に父親が語る話の中で最もマーニが興味を持った物……。それこそが、芋羊羹の話である。
芋羊羹ではなく、小豆を煮込んで大量の砂糖と共に煮固めた保存食―――煉羊羹と、紅茶とはまた違う茶の飲み物である緑茶。その組み合わせと一緒に父親は語った。
―――曰く、
―――曰く、蒸したサツマイモを砂糖と共に固めた食べ物である。
―――曰く、砂糖をあまり使っていないのにとても甘く、そしてサツマイモの食感と舌触りがとても美味しい甘味である。
―――曰く、龍になると言われる魚、鯉も好む食べ物であり、鯉を食べる事で縁起とする極東地域では釣りの餌に使われるという。
―――曰く、普通の煉羊羹と違い砂糖の量が違うため日持ちせず、シラクーザまでは持ち帰れないという。
―――曰く、シラクーザに本物の羊羹屋は無いため、極東ないしそこと深い繋がりのある龍門に行かねば本物の芋羊羹は食べられないという―――
「―――それが、この芋羊羹―――!!」
ロドスまで歩いての旅、早4、5日。
それまで保存食である缶詰とエネルギーバー(チョコレート味)、そして水のみを口にしてきたマーニにとって、ロドスに来て初めての食事は芋羊羹(と緑茶)であった。
―――
「着いた!ここが入り口だよ」
アンジェリーナと一緒に空を飛んで2、3分程で、俺達はロドスの入り口に降り立った。
高さ10メートルを超えそうな空間に、外部と内部とを塞いでいる大きな扉。
天井を見上げれば小さいながらも空間を広く照らす照明が、規則正しい間隔で並んでいる。
ドアも空間も、鋼鉄のように冷たく、この空間から内部を切り離しているように見える。
……どう考えても物資搬入口だろここ。人間の入り口にしちゃ空間がデカすぎる。
「ここ物資とかの出し入れ口だと思うんだけどこっから俺も入って大丈夫なのか?」
「私か他の人が先生と話して事情を説明するから大丈夫だよ。君はどうやら非感染者だし、少なくとも患者というよりは客人としてのもてなしを受けると思う」
「……感染者だとマズいか?」
「むしろ感染者でも大丈夫だと思うよ、ここはそういった感染者の病院も兼ねてるし、むしろ自分から来てくれたのなら治療されに来たって事で大歓迎じゃない?」
「そういうもんなのか……ならよかった」
まぁ俺は少なくともシラクーザでそういった類の差別を受けた事はない(あくまで鉱石病に感染しているか否かという話ではあるが)ので心配はしていない。
そういった事を考えていると、何らかの方法でアンジェリーナがここに辿り着いた事を知ったのであろうサルカズのひょろ長い男性がこちらに声をかけてきた。
「おかえり、アンジェリーナさん。そちらの男性は?」
「どーもミッドナイトさん!こちらはマーニさん、はるばるシラクーザからロドスを訪ねて来たんだって!」
「どうも」
そう言うと、ミッドナイトと呼ばれた男は全く無駄の無い所作で、俺に向かって礼をした。
「初めまして。私はミッドナイト。ここロドスにて働いている職員のようなものです。どういったご用件でしょうか?」
……。なんかこのミッドナイトを名乗る男、どこかで顔を見た気がする。
「俺はマーニ、シラクーザのとあるファミリーのボスからの勧めでこちらを訪れた。もし可能であればこちらに定住させて頂きたいってのが……んー?」
「いかがなさいましたか、マーニさん?俺の顔に何か?」
「……あー、顔を見た事がある気がして、少々。申し訳ない」
「いえいえ、昔この顔で売っていた事もあるのでもしかしたらそれかも知れないですね。では、少々お待ちを……」
そう言うとミッドナイトは踵を返して後ろに戻った後、ドア横のコンソールを弄った後、会話を始めた。
「―――もしもし、先生にお会いしたい方がここを訪ねているそうで……ええ、アンジェリーナさんが連れてきた……え、あの人シラクーザからここまで歩いてきた!?確かにアーツの―――」
先生と呼ばれた方が、おそらく責任者とかそういう類の人間なのだろう。確かに俺はシラクーザからここまで殆ど歩いてきたけどそこまで驚く事なのだろうか?
というか声すっげぇ反響してんだけど。聞こえてんぞその驚愕。
「……はい、はい、わかりました、すぐお通しします。私も案内しますね。では」
「纏まったっぽい?というか本当にシラクーザから歩いてきたの?」
アンジェリーナにまで聞かれたが。
「アーツ使って足を強化したり、途中でキャンプして体を休めたりはしたけど本当だ。途中でもし食料が切れたらどうしようかと思ってたけど早く見つかって良かった」
「……マーニ君、トランスポーターの才能あるかも。取り敢えず、通してくれそうだね」
「本職さんからそう言われると少し照れるな……」
他愛もない会話をしていると、ミッドナイトがこちらへ向き直り、改めて礼をした。
「お待たせしました。マーニさん、これから貴方をロドスの最高責任者の所までご案内します」
「ありがとうございます。」
「改めて、ロドスへようこそ、マーニ君」
堅牢そうに見えたドアが、ゴゴゴゴゴという轟音と共にゆっくりと開く。
奥から漏れる白い光で、俺は一瞬顔を覆った。
―――俺の事を、ロドスの住人達は歓迎してくれるのだろうか?
―――
ドアの奥へ進み、大型エレベーターで上層階へと登る。
アンジェリーナは別の階で降りた。「また会おうね!」と言ってくれたが、やはりああいう若い女性と話すのは慣れないかもしれない。
曖昧に「あ、あぁ……」なんて言葉が漏れてしまった。
そして、ミッドナイトが指定した階のドアが開いた。
最初に出迎えたのは、どう考えても子供、それも中学生だと言われても何ら不思議無い程に小さいコータスの女性だった。
彼女にミッドナイトが話しかける。
「どうもアーミヤさん、こちらが例の方です。マーニさん、私は別の場所に用事があるためでは私はこれにて失礼します」
どうやらさらに別の階に用事があるらしく、俺がエレベーターから降りるのを確認すると、そのままドアを閉じた。
「わかりました。……初めまして。ロドス・アイランドのCEO、アーミヤです」
「……はぁ、どうも。シラクーザから来た元用心棒、マーニと言います」
……中学生にしてはそれでも小さい。でも纏う
特に体中からアーツの奔流を感じる。華奢な体から流れるその力が、彼女が只者ではないという事を感じさせる。
……訳アリは、お互い、か。
「……む、貴方今私の事小さいとかそういう事考えてませんか?」
図星食らってしまったので思わず言い返す。
「ぅえ?いや当然だろ?最高責任者と言われて出てきたのがこんな可愛らし―――」
「―――そこまでにしておいてくれ、事情があるのはお互い様だろう?」
言い争いになりそうな所を、くぐもった男性の声が制した。
出てきたのは―――白衣に濃い青色のパーカーを着てそのフードを深く被り、マスクでさらに深く顔を隠した、長身痩躯の男だった。
「どうも。私はここでドクターと言われている者だ。一応、このロドスで鉱石病の研究と、……まぁとにかく色々な事をしている」
「どうもこんにちはドクターさん。俺はマーニ、さっきも言った通り、シラクーザで紹介されてここまで来た。話はアーミヤと貴方、どちらに通せば良いか?」
するとドクターは少し考え込んだあと、アーミヤと話し始めた。
「アーミヤ、私はマーニさんと、ケルシー先生との3人で話がしたい。席を外してもらっていいかな?」
「……私はここのCEOです。もしマーニさんをここに加え入れると言うなら私もその話を聞く権利があります!」
「まぁそれはそうだが、残念ながらこの人にも事情があってここを訪れたのは明白だ。それに……」
そう言うとドクターは屈んでアーミヤの長い耳にひそひそと話始めた。
俺に聞かれたく無い事かもしれないんで聞かないように耳を塞ぐ事にした。
しかし、こんな小さい少女がCEOで、おそらく副官の立場なのはドクターと呼ばれた男だ。
このドクター、アーミヤと違って戦えるような雰囲気はあまり感じられない。
どういった立場の人間なのだろうか……?
ひそひそ話はどうやらすぐ終わったらしく、アーミヤはうんうん、と頷いて一歩引いた。
「……わかりました。ではマーニさんはドクターに付いていって下さい。私は先に昼食を摂ってきます」
「了解。それじゃマーニさん、こちらへ」
アーミヤはたたたっと足音を立てながら、自分の後ろのエレベーターに向かって駆けていった。
……あれ、よく考えたら兵站輸送用では?マーニは訝しんだ。
兎も角として、俺はドクターに従い奥へと進むことにした。
「……アーミヤさんには、何を話したんですか?」
「……敬語、崩してもらっていいよ。マーニさんは多分結構若い方でしょ?結構堅苦しい喋り方、慣れてないようにお見受けしたんだけど」
ドクターがこちらに向き直り、声をかける。
……マスク越しにこちらの目を合わせているように見える。
見えるはずのない双眸から、俺の心の中を全て見透かされているように感じた。
……この男、何者なんだ?
「……ちょっと話しただけでそんなことまでわかるんだな。話はわかりやすそうで助かるが」
「結構いろんな所作から結構わかるものだよ。―――君、特にアーミヤみたいな幼く見えてアーツ使える女の子、苦手でしょ?」
「―――ッ!!……そんなことは……どうして分かった?」
「私は戦えないからね、まぁ、経験と考察、その他諸々を含めたカンのようなものだよ。……柄から手を離して貰えるかな?君は図星を突かれたからといって人を斬るような外道だとは思ってないけど、一応ね」
言われてハッとする。俺の右手は、いつの間にか背負っていた刀をしっかりと握っていた。
だが、俺が刀を抜いていたらどうするつもりだったんだ。やろうと思えばこの男の体を左右真っ二つに断つ事など、赤子の手をひねるように容易にできる。
「君は話している限りいい人だ。それに、もし君が斬りかかっても、きっと誰かが止めてくれる。例えばそこでクロスボウを構えている子とか」
隣の通路を見ると、金髪のフェリーンの少女が、眠たげに目を閉じながら、しかし閉じられた瞳のその奥に隠れた忠誠心と殺意を以て、俺にクロスボウを向けていた。
しかし、刀の柄から俺が手を離すと、そのフェリーンの少女は何事もなかったかのように通路を歩いていった。
「……ひどく楽観的だな。分かったよ、そもそも
「私が君を信用している事は、十分解ってくれたかな?では、診察室へ行こうか」
―――
薬の匂い、周りの人間が全員白衣であったことから、自分の今いるここの区画は病院施設のようなものなのだろう。
広い通路を何度も曲がりながら、俺はドクターに付き従ってとある一室、その扉の前に辿り着いた。
診察室だろうと思ってドアを見ると、思ったとおり第一診察室とドアプレートが出ていた。
ドクターがノックしてドアに手をかける。
「ケルシー先生、入りますよ。件の人、連れてきました」
「入りたまえ」
女性の声だ。少し低めとはいえ、そこそこに年若いように聞こえる。それこそアンジェリーナと同年代、と言われても納得してしまいそうだ。
その声を聞いたドクターがドアを開けると、そこには白髪に緑色の目、と緑色多めのコーディネートをした女性―――いや、女医がいた。
「―――君が、マーニ君だね?」
「俺を知っているんで……ッ」
聞こうとして言葉に詰まる。―――なんだ、アレは。
あの女医。いや、女医の中身と言うべきか。
何かがいる。あくまで予感でしかない事だが、その中から何かに見られている感覚がある。
一歩後ずさろうとして、背中から硬い感触が返ってくる。振り返ると、眼前にドアがあった。
遅れて、カチャリと金属質の音が響く。
一瞬視線を右にずらせば、ドクターがドアの下についたノブを回して鍵をかけていた。
「……入ってくるなり女性の腹部を凝視するとは、失礼じゃないかな?」
「……失礼しました。ちょっとその……えぇと……」
ああもう。嘘をつくのが下手だな俺は!
「ふむ……。私のコレについては、今は気にする必要はないよ。少なくとも、
女医が自身の背中を撫でる。腹部というよりはそちらか。
「……信用しますよ、荷物を置いて座っても?」
そう言うと、女医は視線で椅子を示した。患者用の椅子だろう。
その横に荷物置きもあったのでそちらに置こう……、として、自分の荷物が結構重い物である事を思い出し、荷物置きのさらに横、壁際に荷物を置いた。
そして中身からロートさんの書いた手紙と紹介状を取り出す。少しくたくたになってしまっている。
「改めて自己紹介しよう。私はケルシー。ここの医者を統括している医者で、ロドスの顧問のようなこともしている」
「どうも。俺はマーニ……って、知ってますよね。これはビアンコ・ネロ・ファミリーのボス、ロートさんからの手紙と紹介状です」
座る。椅子がぎぃ、と軋む音を立てた。
手紙と紹介状を差し出すと、ケルシー先生(先生と呼んだ方が良いだろう)は受け取り、開封して紹介状の文言を一瞥した。
「ふむ。本物であることは確認した。……精神に精通する医者はあまりいないが、カウンセリング程度ならできるだろう」
「そうですか。それは助かります。……しかし、なんで俺の名前を知っていたんですか?初対面ですよね?」
「少し前に件のロート氏から電話を貰っていて、マーニという男が尋ねるから受け入れてやれとの話でね。手紙と招待状が本人確認になるだろうという事だったが本当に来るとはな」
本当に来るという言い方は兎も角、ロートさんはあの後の抗争を生き残ったようだ。
……良かった。本当に良かった。
「……感傷に浸っているのはいいんだが、話を戻しても?」
おっととつい。
「おっとすいません。……で、ここに住まわせて欲しいという話なんですが、可能ですかね?」
「無論そのつもりだ。鉱石病云々の前に、ここは移動都市でもあるからな。部屋に関しては、後でドクターに案内させよう。ドクターも今の所、緊急の要件は無いだろう?」
そう言ってケルシー先生がドクターを一瞥すると、ドクターがわかった、というようコクリとに頷いた。
「で、その代わりだが、明日から君の体を検査させてほしい。もし君が鉱石病に罹患していたらすぐに処置をすべきだし、他にも鉱石病ではない別の病気が発生している可能性もあるからな。だが、今日検査するのでは君の体力が保たないだろう?」
「問題ないですよ。というか今すぐにでも一度血液調べてもらえって言われてますしね。主に生活習慣病で血液ドロッドロになってないかってね」
「確かに、君の体は筋肉こそついているようだがそれ以上に脂肪が目立つからな。痩せる気は無いのか?」
「色々あるんですよ、俺にも。今の所はその気は無いとだけ」
そうか、とケルシー先生は一息つく。
話が一段落したっぽいので、俺が話を聞いている中で思った事を聞くことにする。
「あの……一応聞きますけど、そちらが俺を受け入れる理由ってなんでですか?正直ここにいてもあまり自分は仕事が無いというか、できることが無いと思うのですが」
ケルシー先生が自分に向けていた椅子を左手側にあるデスクに向き直ると、ふむ、と考え込んだ。
……正直な話、父親が死んでから数年間は用心棒をやっていたが、ソレ以外の労働というものは全くしたことがない。
というのも、仕事が無くても父親が残した財産をやりくりしていけば割と食っていけたし、用心棒の仕事も命を張る仕事なので給金は多い。
しかしその仕事もなくなるとなると、途端に俺は労働というものに対して恐怖心が生まれてしまうのだ。
命じられるがままに敵を斬る。守るべき人間の盾となる。
そういった事だけ考えていればよかった用心棒と違い、労働は頭を使ったり、覚えたりしなくてはいけない事は多い。
何より、用心棒というのは自分のファミリーの人員とVIP、敵の顔さえ覚えていれば最悪どうとでもなるが、働くとなると上司同僚部下取引先客その他諸々人と会うし対応も考えないといけない。
その中には、特に俺に対して失礼な物言いをしたり、俺自身が苦手とするタイプとも別け隔てなく対応せねばならないだろう。
さっきドクターに対して刀を抜こうとしてしまったあたり、現状の俺にはとても無理だ。
……心を殺して用心棒してたほうが良かったのでは?と考えてしまう。
考え込んでいたケルシー先生が結論を出したのか、改めてこちらに向き直る。
「……マーニ君。今君に必要なのは休息だ」
「はぁ……確かに一応ここに来た理由の一つはそれですけど、休んでばかりはいられないでしょう。働かざる者食うべからずという、極東のことわざもありますし」
「そうじゃない。君は今長旅で疲れているだろう?それでネガティブな事を考えがちになっているんだと思う」
突然何言ってんだこの人(せんせい)。確かにある程度疲れてはいるが、心持ちはむしろポジティブな方だぞ今。
「今日の所は好きに飯を食って風呂に入って汗を流し、ぐっすりと眠ってもらいたい。健康とは、何も肉体が万全な状態であるだけでは無いんだ」
「質問の答えになっていないんですがそれは」
思わず口走ると、ケルシー先生はビシッとこちらを指差した。
「答えとしては、『結論を急ぎすぎるな』。いずれ君にも働いてもらう時は来るし、その時まで君は心体共に休めて欲しい、ということだ」
その言葉を聞いて納得はできないが理解はした。
要するに答えられる段階に無いし、今それを言った所で俺が混乱するだけだと。
「……わかりました。今の所それでいいなら俺も休ませて頂きます」
「話は纏まったみたいだね。今日の所は以上かな?」
ドクターが口を開く。そういえばいたなお前。
喋らなかったし話に集中してて存在を一瞬忘れていた。
「ではドクター。部屋へ案内してやれ。各施設への案内は……地図は読めるな?」
「ええ。文字の読み書きもある程度は。そういえばここでの通貨は龍門幣で合っていますか?」
「龍門幣。といっても食堂も購買所も格安な方だからしばらくはお金の心配しなくていいと思うよ」
「地図が読めるなら簡易マップが部屋や各施設にあるからそれを見ればわかるだろう。……今日の診察は以上だ。また明日会おう」
「はい。ではこれからよろしくお願いします、ケルシー先生」
そう言うとケルシー先生は軽く礼をした後、後ろへ引っ込んでしまった。おそらく医療関係者のみ入れるような場所であると推測できるのであまり詮索しない。
荷物を拾って背負い、ドクターの方へ向くと、既にドアのロックを解除してドアを開けようとしているドクターがいた。
「というわけで、改めてよろしく」
「一ロドスの職員として、君を歓迎するよ。ちょっとケルシー先生は言葉足らずだったけど、君が来た事を良く思っているはずだよ」
そうかなぁ……?
「んじゃ、その荷物置いたら食事にでも行ったらどうかな?ここの食堂は和中洋なんでも揃ってるし、どれもとても美味しいんだ」
和中洋。……和に特に気になる事があったので聞いてみる。
「ドクター。……その、ここに―――」
―――
―――そして、冒頭に至る。
部屋に案内され荷物を置いてきた後(窓のある角の部屋をがいいなぁと思っていたら運の良い事にロドス側で用意された部屋も窓のある角部屋だった。テーブルにソファー、ベッドに各種調理器具の揃ったコンロとバスルームにウォシュレット付きトイレ等、家具面も特に充実していた。曰くマーニさんが餞別として金を出してくれたそうだ。後でお礼の手紙でも書いておかないと)。
半ばドシンドシンとステップを踏みながらロドスの食堂に行き、芋羊羹と緑茶を注文するとすぐに出てきた(ブロンドの髪にキャンディを模した赤い髪飾りが付いた赤い目をしたウルサスの女の子が接客をしていた。看板娘だろうか)。
食堂では職員だろうか、何人か午後のおやつ時の時間を談笑で過ごしていたが、アーミヤの姿は見えなかった。
もう食べたのだろうかとか考えながら、誰も座っていないテーブルの端の席に座り、改めて目の前のソレを見る。
話に聞いていた通り、黄色く四角い。
つやつやと輝くそれは本当に金の延べ棒を目の前にしているようにすら思える。
煉羊羹を食べた時のように、楊枝で少し切り出して、刺す。
断面も黄色だ。まぁサツマイモを使っているなら当然な話ではあるんだが。
そして、おそるおそる口の中に運ぶ。
「―――!!」
甘い。しかしこの甘味は単純な甘みではない。煉羊羹とは違う。
サツマイモ由来の、濃厚で口の中でもったりとするような甘さ。それがさらに砂糖で強化され、それが少量で口の中を満たしている。
その上でサツマイモの食感が舌で解けて、溶けて……。
なめらかで口の中に残るような食感は、ガトーショコラに似て、しかしてくどい甘ったるさではなく―――。
「……うっま……」
もう一切れ切って、口に運ぶ。口の中で舌に乗せるだけで溶け始め、1回噛んだだけでそれはもう食感を失った。
もう一切れ。食べる。そして緑茶を一口飲み込む。
甘い口の中が、独特の渋みで流されさっぱりとする。
そしてそのさっぱりした中に残った渋みを芋羊羹で塗りつぶす。
このループは永久に続くかも知れない。いや続かないか、有限だし。
無心でぱくつき飲んでいるとさっきのウルサスの女の子が声をかけてきた。
「ど、どうしたの……?なんで食べながら泣いてるの……?」
そんなバカなと思ったが、気づいたら目から頬に熱い液体が流れていた。
「ぅあ?いや、泣いては……泣いてたわ」
言われて気づいた。
―――夢、一つ叶ったんだ。
極東にまで行かなきゃ叶わないと思っていた、遠い異国の美味しい食べ物を食べるという夢。
それが、いとも簡単に叶ってしまった。
「ぁ……はは、いい場所だなここは」
「そうだね、皆いい人ばっかりだよここは!で、なんで泣いてたの?」
「……実はな、俺本物の芋羊羹食べるのが夢だったんだ」
「そうなんだ、マッターホルンさんも喜ぶよ!最近異国の、特に極東料理を勉強し始めて、つい一週間くらい前にやっとお客さんに出せるものができた、って喜んでたから」
マッターホルンさん。おそらくシェフだろう。
「後でお礼を言わないとな。君も心配してくれてありがとう。これは嬉し涙だから大丈夫だ」
「それなら良かった!私はグムって言うんだ。貴方は?」
「俺はマーニ。これからよろしくなグムちゃん」
グムと名乗った女の子。おそらくアンジェリーナと同年代くらいだろうか。
快活な誰とでも友達に慣れそうなコミュニケーション能力の高い子、って感じだ。
……しかし、どこか虚勢を張っているように見えるのは気の所為か。
そんな様子は、俺の昔の友人の―――思い出そうとして、やめた。
あいつはもういないんだ。俺がこの手で……。
グムが「どうしたの?今度は固まってるよ?」と話しかけるまで、俺は自分が爪楊枝に刺した最後の芋羊羹を落とした事に気づかなかった。正直もったいない。
……まぁ、芋羊羹がここにあるってことは作れる人がここにはいるって事だ。
とても美味しかったから、またたまに食べよう。
毎日食べてたら流石に飽きるだろうし、こういうのはたまに思い出した時に食べるのが良いんだ。
残っていたすこしぬるい緑茶を流し込む。
ここから新しい生活が始まるんだ、と決意を新たにした俺に、草原の風のように体に染み込んでいくようだった。
マーニ「和゙っ゙でい゙い゙な゙あ゙」
次回もまた遅くなりそうですが、気長にだらりと書いていこうと思います。
割と都合のいい事が起こりやすい弊ロドス。