竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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最近、衣玖さんの出番がないので彼女のお話。でも視点はリュウ視点。


第百五話 使いの気晴らし

残暑も過ぎつつある今日この頃、俺は山から流れる川で独り釣りを楽しんでいた。

この川は湖と違って大物を狙う事はできないが、此処に住んでいる連中が俺を怖がっているのか、釣りの邪魔をされる事が少ないから気に入っている。

偶に天狗が取材とか言ってやって来るが、軽く脅してやると一目散に逃げ出すから余り気にはならない。

此処に住んでいると言う神々とはまだ会った事ないけど、向こうとしても会いたく無いだろうから会った時の心配をする必要は無いだろ。

 

「…お、また掛かったな」

 

水面に浮ぶウキが沈むのに合わせて釣竿を立て、そのままリールを巻いて魚を釣り上げる。

今回は岩魚を釣り上げたが小ぶりで、平均的なサイズと比較してもまだまだ子供と言った感じがした。

今日食べる分の魚が釣れれば良いんだが、あんまり小さいと食べる気もしないし、針を外したらそのまま川に放してやる。

魚を川に放すのは今日何度目だろ、そんな事を思いながら小さな溜息を吐くと、直ぐ後ろに誰かが降り立つ気配を感じた。

また天狗でも来たのかと思いながら振り返ると、其処には少し憂いだ笑顔の衣玖さんが立っていた。

 

「お早う御座います、リュウさん。今日もいい天気ですね」

「おはよう……って言うような時間でも無いだろ。もう昼過ぎなんだし」

「挨拶ですから、そう言う細かい時間は気にしてはいけません」

「……そういうものか?」

「そういうものです」

 

衣玖さんは微笑みながら言うものの、表情は何処か暗く何時もの彼女らしく無い。

疲れている時も憂いだ表情になったりするが、今回はそれとも何処か違う様な気がする。

何時もの衣玖さんらしくないが、コッチに来る前になにか遭ったんだろうか?

 

「……………」

「…? どうかなさいましたか?」

「いや、今日は暗い顔をしているのがちょっと気になってな」

「わたくしが、ですか?」

「他に誰が居るってんだよ」

 

どうやら本人に自覚がなかったらしく、俺の言葉に驚く衣玖さんを見て思わず呆れてしまう。

彼女からしたら上手く隠せしていたつもりなんだろうけど、あんな憂いだ笑顔を見せられたら流石に気付く。

個人的な悩みだったら聞き辛いが、衣玖さんには何かと世話に為っているし、力に為れるなら力になってやりたい。

 

「それで一体如何したんだ? 個人的な悩み事か?」

「え~っと……別に大した事では無いですよ。少々疲れているだけです」

「疲れているだけって、また例の天人に無茶な事を押し付けられたのか」

「いえ、総領娘様の事ではありません」

「だとすると……竜宮関係でなにか遭ったのか。龍神の奴が文句を言うとは思えないし、同胞から何か言われたか」

 

俺がなんとなく言ってみると、意外と当たりだったのか衣玖さんは目を丸くして驚きを顕わにする。

衣玖さんは口を開いて何かを言おうとしたが、結局はその言葉を飲み込んで黙り込んでしまう。

少しの間沈黙を保ったあと、衣玖さんは何処か観念した様子で口を開いた。

 

「…全く、こう言う時だけは勘が良いんですから」

「おいコラ。こう言う時だけってどういう意味だよ」

「言葉通りの意味です。普段からその勘の良さを発揮していれば、霊夢さんも苦労しなくて済みますのに」

「えっ? 俺、普段から霊夢に苦労を掛けてるのか? 確かに香霖堂での収入は少ないが、それは今に始まったことじゃない気が……」

「そう言う事じゃありませんよ……」

 

どうやら今度は的外れな事を言ったらしく、衣玖さんに呆れた様子で溜息を吐かれた。

だけど俺にはこの位しか思いつかないし、知らないうちに他の事でアイツに苦労を掛けているんだろうか。

今度アイツに直接聞いてみるのも手だけど、はぐらかされて有耶無耶にされる可能性も有るんだよな。

 

「……まぁその辺りは後で考えれば良いか。それで衣玖さんは同胞に何を言われたんだよ」

「別に大した事ではありませんよ。ただの嫉みです」

「嫉みって衣玖さんに対してか?」

「はい。…もっとも、直接言われるまでは嫉まれてるなんて夢にも思ってませんでしたけど」

 

苦笑いを浮かべながら〝思っていなかった〟と言う割には、衣玖さんの表情は〝仕方が無い〟と受け入れているような印象を受けた。

その表情が如何しても気に為った俺は、立っている彼女を手招きして隣りに座らせる事にした。

話した以上は衣玖さんもはぐらかす気は無いらしく、何も言わずに俺の手招きに応じて空いているスペースに腰掛ける。

 

「それで一体なんて言われたんだ? 衣玖さんは嫉まれるような人じゃないだろ」

「いえ、わたくしの人柄がではなく、わたくしの立ち位置に付いてです」

「…? ますます意味が分からんぞ」

「一介の奉公人でしかなかったわたくしが今では龍神様に信頼していただき、こうしてリュウさんとお話することが出来る。その事を周りが…特に若い世代の子達が良く思っていないんです」

「それの何が悪いってんだ? アイツの信頼を勝ち得たのは衣玖さんが誠実だからで、俺と話せる事自体に意味なんて無いだろ」

 

衣玖さんの同胞の嫉みに理解できず反論すると、彼女はそんな事ないと言いたげに首を横に振るう。

 

「わたくし達の種族に取って龍とは他の種族よりも特別なんです。あの方々は信仰の対象であると同時に仕えるべき主。それ程に貴い方に信頼して頂くと言うのはわたくし達からしたら誉れなんです。……ですがわたくしは竜宮本殿ではなく、天界に住まう天人達に奉公している身。本当でしたら龍神様やリュウさんとお話できる立場では無いんですよ」

「……それなのに俺や龍神と話が出来るのが他のやつには納得できないと」

「はい。宮仕えの子に言われましたよ、貴女の様な者がリュウ様の傍に居るのは間違っているっと」

「酷い言い草だな」

「実際にその通りですから仕方がありませんよ」

 

そう言いながら衣玖さんは、こうして話しているのも身分不相応だと言いたそうに、悲しげな笑みを見せる。

普段の彼女ならまず見せる事の無い表情だが、この事は彼女なり色々と思うところがあったんだろう。

生まれや育ち方の違いからか、俺には全く理解出来ない話ではあるんだが、彼女たちには彼女たちなりの思いと言うものが有ると言う事は分かった。

まぁ分かったところで如何にかしてやれる訳でもないし、こう言う事があったから次からは他の者が来ますとか言い出されても困る。

そもそも人手に困って無いんだから奉公人なぞ要らんし、俺にとって衣玖さんは飽く迄で友人なんだ。友人の家に遊びに行くだけで嫉まれるなんておかしいだろ。

 

「嫉まれている理由はなんとなく理解できたけど、そんなの一々気にすることも無いだろ。言いたい奴には言わせておけばいい」

「それを言ってしまえばそれまでなのですが、あの子達が嫉むのも解らない訳ではないんです。わたくしもあの子達と同じ立場だったらきっと嫉んでいたでしょうし」

「俺や龍神と話せるってだけだし、別に嫉む様な事でも無いだろ」

「ご本人からしたら大した事では無いかもしれませんが、わたくし達からしたら凄く羨ましい事なんです」

「ふ~ん……。でも、衣玖さんが誰かを嫉むところってイマイチ想像できないんだが」

「わたくしは心の無い人形ではありませんからね。誰かを羨む事もあれば嫉む事もあります」

「成る程、確かにそれはもっともな話だな。でも、そう言うところを人前で見せたりしないだろ」

「そんな見っとも無いところ流石に見せられませんよ。……特に貴方の前では」

「へっ?」

 

衣玖さんが最後に呟いた言葉に耳を疑い、思わず変な声が出てしまった。

人に見られたく無いって言うのはまだしも、なんで俺の前ではなんて言ったのか分からない。

俺は今の言葉の真意を聞こうとしたが、若干慌てふためいた様子の衣玖さんが先に口を開いた。

 

「す、すいません! 今のは失言でした、どうか忘れてくださいまし!」

「え、あ、うん。別に良いけど……」

「有り難う御座います。…全く、わたくしったら一体何を言っているのかしら」

 

珍しく慌てている衣玖さんを見る限りだと、さっきの発言は無意識の内に出てしまったみたいだが、こうなってくるとさっきの言葉の真意が余計に気になってくる。

衣玖さんの願いを了承したからには無理に聞きだす事は出来ないが、マジで何の意図があってあんな事を言ったんだろ。

やっぱり種族的に竜である俺には自分の醜い所を見られたくないって事なんだろうか?

今まで誰かに仕えたり、信仰した事なんて無いからこの辺りの感覚はイマイチよく分からん。

 

「……とりあえずこの話は置いておくとして、一つ聞きたいんだが」

「はい、なんでしょう?」

「俺って他の使いには如何言う風に言われているんだ? 竜の世界に顔を出した事無いから分からないんだよ」

「そうですね…………わたくしが聞いた限りですと、龍神様と同等かそれ以上の力を持ち、あの方と対等に話すことの出来る数少ないお方…と言う感じでした」

「…なんか、思ったよりも普通なんだな」

 

自分から聞いておいてなんだけど、余りにも普通すぎる内容に心なしかガッカリしてしまった。

変な風に言われてるよりはマシなんだが、コレはこれでつまらないな。

 

「ふ、普通って……。良いですか、リュウさん。龍神様はこの幻想郷においては最高神として祀られているですよ。その様な方と対等に話すことが出来る方が〝普通〟な訳が無いじゃないですか」

「アイツが最高神だってのは知ってるけど、素の性格がアレだからな。イマイチ実感が湧かないんだよ」

「……確かに神社に居るときのあのお方は天真爛漫ですからね」

「見た目もまんま子供だしな」

「幾らなんでもそれに賛同することは出来ませんよ」

 

俺がからかい混じりにそう言うと、衣玖さんは呆れながらも小さな笑みを見せる。

その表情にはさっきみたいな悲しげなものではなく、今のこの会話を純粋に楽しんでいるかのようだ。

こうして居る事で彼女の心が少しでも晴れたのなら、もう俺が心配する事もないだろう。

衣玖さんはそんなに弱い人じゃないはずだし、また辛い事があったらその時はまた話しを聞いてやれば良いか。

そんな事を思いながら彼女の横顔を見ていると、俺の視線に気が付いた衣玖さんが不思議そうな顔をする。

 

「…? どうかしましたか、リュウさん。わたくしの顔をジッと見詰めて」

「いや、少しは元気が出たのかなって思ってな」

「ぁ…はい。おかげ様で少しは」

「そりゃ良かった。最初会った時はなんか暗かったから心配だったんだよ」

「ご心配をお掛けしました。……あのリュウさん。わたくしからも一つ聞いても宜しいですか?」

「ん? なんだ?」

「もし明日からわたくしの代わりに別の子が来るようになったら如何しますか」

「衣玖さん以外の人が来るようになったら?」

「はい」

 

随分とおかしな事を聞いてくるもんだなと思いながら、衣玖さんの眼を見て彼女は真剣である事を理解した。

俺をからかう為に言って来たのではなく、本当に如何するのか聞きたいと思っている眼だ。

何を思ってこんな事を聞いてきたのか分からないけど、俺も自分の気持ちを正直に話すとしよう。

 

「……他の人がもし来たら、真っ先に龍神の奴に直談判しに行くかな」

「じ、直談判ですか?」

「嗚呼。代わりが来たって事は何かしらの事情が有るだろうし、まずはそれを聞き出す。如何しても変わらなくちゃいけない事情があるなら納得するし、何となく変えただけなら無理やりにでも元に戻させる」

「わ、わたくしなんかの為に其処までしていただけるのですか?」

「衣玖さんは俺の事を如何思ってるのか知らないけど、俺に取って衣玖さんは大切な友人だからな。訳も分からないままお別れなんて納得出来るか」

「大切な友人…ですか……」

 

衣玖さんは小さな声で噛み締めるように呟くが、その表情はなんとも複雑そうな顔をしていた。

 

「衣玖さん。なんか複雑そうな顔をしてるけど如何かしたのか?」

「ぁ、いえ、大した事ではありませんよ。ただ、わたくしがリュウさんほどの方の友人で良いのだろうかと思いまして」

 

複雑そうな顔のままで衣玖さんは話してくれるが、俺はただ彼女の言葉に呆れるしかなかった。

 

「あのなぁ……。初めて会った時にも言ったかもしれないけど、そんなに畏まるなって。俺、そう言うの嫌いなんだから」

「申し訳御座いません。ですが、こういう性分ですので諦めていただくしか」

「俺としてはそう言うところを直した方が良いとおもうけどな」

「でしたら、どちらが先に折れるのか勝負してみますか?」

「……いや、止めておく。なんか俺の方が先に折れちまいそうだ」

「そう仰るのでしたらわたくしの性格については諦めてください」

「嫌なものは嫌なんだからしょうがないだろ」

 

溜息混じりにそう呟くと、衣玖さんはそんな俺を見て可笑しそうにクスクスと笑う。

俺は笑う彼女を怒る気にも為れず、不貞腐れながらその様子を見ていると急に衣玖さんが席を立ち上がった。

 

「なんだ、もう行くのか?」

「はい。もともと気晴らしに降りて来ただけですし、リュウさんのお陰で元気も出ましたから、そろそろ仕事に戻ります」

「そっか。…まぁ、また何かあったら何時でも神社に来い。愚痴や不満くらい何時でも聞いてやるから」

「有り難う御座います。……それでは、また」

「嗚呼、またな」

 

衣玖さんは柔らかな笑みを見せると、そのまま浮き上がり天に昇って帰っていった。

川辺に一人残された俺は、投げたままの針を一度回収して、今度は別のポイントに向かって竿を振った。

今日の分の魚はまだ釣っていないし、あんまり遅くなると霊夢が心配するから早く釣り上げて帰るとするか。

 

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