天魔や龍神ほど重要な立場と言う訳でもないので、本当に名前だけです。
ある日の午後、生活用品の幾つかが足りなくなったので里に買い出しに出ていた。
何時もの変わらない賑わいを見せる中、大通りに面して建っている食事処から、突如として怒鳴り声が聞こえてきた。
「相変わらず親の言う事を聞かない奴だなお前は!!」
「わたしの人生なんだから、如何生きたようとわたしの勝手だろう!!」
「……何の騒ぎだこりゃ?」
只の酔っ払いの喧嘩なら気にしなかったが、俺の耳に届いてきたのは神社に良く来る悪友の声。
悪友とは言え、友人である以上このまま素通りするのもなんだか気が引ける。
なんでアイツが喧嘩しているのか疑問に思いつつ、俺は店の
店の中は二人の怒鳴り声から騒然となっていて、食事を食べに来た客達の視線は魔理沙たちの方に集中している。
お陰で俺も直ぐにアイツの姿を見つけられたんだが、魔理沙のいるお座敷には初老の男性と……何故か上白沢さんの姿が在った。
「一度落ち着け二人共。このままでは話が進まんぞ」
「慧音先生は少し黙っていて下さい。これは私達親子の問題です」
「わたしはコレ以上アンタと話すことなんて何もねぇよ!」
そう言うと魔理沙は、料理の乗ったテーブルを勢い良く叩き、席を立って此方の方に早足で歩いてくる。
上白沢さんは止めようとするか、初老の男性は席から動こうともせず、魔理沙の背中を見ようともしない。
イマイチ状況が把握できない中、とりあえず挨拶でもしておこうかと手を少し挙げると―――
「邪魔だ! 退けよリュウ!」
―――物凄い形相で睨みつけられ、怒鳴り散らされてしまった。
その態度に少々ムッと為るが、今の魔理沙に何を言っても無駄と思い、何も言わずに道を譲る事にした。
俺が道を譲ると、魔理沙はそのまま店を出て行ってしまい、大通りに出て直ぐ愛用の箒に跨り、何処かへと飛んで行ってしまった。
魔理沙が飛んでいった影響で、大通りには土埃が舞い上がり、少々煙たくなっている。
少しは周りの迷惑を考えろよっと、心の中で思っていると急に誰かに肩をつかまれてしまう。
一体誰だと不思議に思いながら振り返ると、其処には恨めしそうに睨んでくる上白沢さんの姿が在った。
「えっと……お久し振りですね、上白沢さん。俺に何か用ですか?」
「……如何して霧雨の奴を止めておかなかった」
「そんな事言われましても、俺が何を言ったって止まらなかったと思いますよ」
「確かにそうかもしれないが、少しは努力をだな―――」
何故か始まった説教を如何やって回避しようか考えていると、魔理沙と同じお座敷に座っていた初老の男性が、何の感心も示さずに俺達の横を通り過ぎて行った。
「待て
「店へ帰ります。余り長い事開けておく訳にも行きませんので」
「……そうか。ならば一つだけ言わせて欲しい。少しはアイツの考えも分かってやってくれ」
「あの大莫迦者の考えなんぞ、分かりかねますな」
初老の男性は腹ただしいそうに呟くと、そのまま急ぎ足で店を出て行ってしまった。
残された上白沢さんは、がっくりと肩を落としながら溜息を吐くが、事情を理解していない俺には何がなんだか分からないままだ。
騒然としていた店の雰囲気だが、元凶と思われる二人が帰ったことで、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
俺も何時までも店の真ん中で立っている訳にもいかず、肩を落としたままの上白沢さんの手を引いて、開いている席に座って事情を聞く事にした。
「それで、一体何が遭ったんですか?」
「いや、仲違いしたままの親子の絆を取り戻そうとしていてな」
「……はい?」
気落ちしている上白沢さんの話を纏めると、魔理沙は大手道具屋の『霧雨店』の一人娘らしいが、魔法の道具を扱ってないとか何とかで喧嘩したらしく、今は実家から勘当されている様だ。
如何いった経緯でそうなったのか知らないが、上白沢さんはこの二人の状況をあまりよく思っていないらしく、前々から何とかしようと色々と手を打っているが余り成果は無く、さっきの怒鳴り声も二人を会わせた結果起こった喧嘩が原因なんだとか。
「……なんて言うか、如何して其処まで上白沢さんが頑張るのか分からない」
「まぁ、親子の関係に他人の私が口出しするのもアレだが、あのままにしておくのも見てられなくてな」
「その結果、二人の関係が劣悪なものに為ったら如何するんですか」
「なんとか出来る……そう思っていたのだが、今回は完全に失敗だった」
上白沢さんはそう言って、さっきよりも深い溜息を吐き、柄にも無く机に顔を伏せてしまった。
今回はよほど自身があったのか、あんな結果に為ってしまった事を酷く悔んでいる様子だ。
あの会話で何があったのか知らないけど、絶縁状態になった親子の絆なんてそう簡単に戻らないと思うんだがな。
……とは言え、こうして落ち込んでいる上白沢さんもらしくないし、柄じゃないけど元気付けてみるか。
「今回は失敗でしたけど、次はこの反省を踏まえて策を練れば良いじゃないですか」
「簡単に言うがな、最近は私を警戒してるのか霧雨の奴は中々姿を現さないんだ。今回連れてくるのにどれだけ苦労した事か……」
「……まぁ、何度もやっていれば警戒されるのも当然だと思いますよ」
「そんな事は分かっているが―――」
何かを言おうとした途中で、上白沢さんが急に顔を上げて俺の事をじっと見詰めてきた。
俺の事を見ながら何かを考えているように見えるが、いったい何を考えているのかさっぱり分からん。
ただ、なんか物凄く面倒な事に巻き込まれそうな気がして為らないんだよな……。
「あの~……」
「リュウ。一つ尋ねるが……お前は霧雨と仲が良かったよな?」
「えっ? ……まぁ、普通くらいだとは思いますけど?」
「だったらお前に一つ頼みが在る。どんな手を使っても良いからアイツを説得して欲しい」
「……マジで言ってるんですか?」
「私は何時だって真面目だ」
よほど切羽詰っているのか、上白沢さんは真剣な眼差しで俺に詰め寄ってくる。
なんとなくこうなるとは思っていたけど、何だって俺がこんな事しないといけないんだよ……。
………
……
…
結局、上白沢さんに押し切られた俺は、魔理沙と直接話しをする為に森にまでやって来た。
薄暗い森の一角に建つ洋風建築の家、家の壁には蔓が延びていて、周りには何に使うのか良く分からないものが大量に落ちている。
場所に関しては前から聞いていたけど、実際にアイツの家に行くのは今回が初めてだが、俺の想像以上に汚いな……。
魔理沙は蒐集癖持ちだとは聞いていたが、こんなに物を集めて一体何に使う気なんだ? 特に意味も無く集めているだけって線も強いが、少しくらいは周りの物を整理しろよな。
俺は色々と呆れながら家のドアをノックし、中に居ると思われる魔理沙に声を掛ける。
「お~い、魔理沙~。俺だけどちょっと開けてくれねぇか~」
ちゃんと聞こえる様に声を出した心算だが、家の中から返事は聞こえてこなかった。
もう一回ノックして声を掛けてみるが、やはり魔理沙からの返事は無く、家の中はし~んと静まり返っていた。
返事も無く静かなのは間違いないだろうけど、よく気配を探ってみると家の中には誰かが居るような感じがする。
恐らく出たくなくて居留守を使っているんだろうが、このまましつこくノックするのも流石に気が引けるな。
元々アイツを説得するのは気乗りしなかったし、今日はこの位でお暇させてもらおうかな。
そう考えた俺が、魔理沙の家のドアから離れようとしたところ、ドアの向こうからアイツが声を掛けてきた。
「……何の用だ、リュウ」
「なんだ、ちゃんと返事出来るんじゃないか」
「茶化してないで用件だけを言えよ」
「上白沢さんからの伝言だ。〝もう一度食事の準備をするから会ってくれ〟だってさ」
「……だったらこう伝えてくれ。誰があんな奴に会うかってな」
「まぁ、お前ならそう返してくると思ってたよ」
トゲのある口調で言って来た返事は、余りにも予想通り過ぎて思わず苦笑いを浮かべてしまう。
ドア越しに居る魔理沙は、今どんな顔をしてるのか分からないけど、きっとすこぶる不機嫌な顔をしているんだろうな。
「わたしの返事が分かってたなら、最初から先生に伝えておいてくれよな」
「伝えたところで折れるような人じゃないだろ」
「其処はお前が何とかしろよ」
「……簡単に言ってくれるなオイ」
自分の問題を俺に任せようとする魔理沙に、今度は苦笑いではなく呆れ果ててしまう。
話が長くなりそうなのを察した俺は、ドアの前に座り込み、そのまま後ろのドアにもたれ掛かる事にした。
ドアにもたれ掛かると重みで若干開くものの、直ぐに別の何かに引っ掛かり、止まってしまう。
いや、引っ掛かるというよりも、反対側から何かの重みで押さえ付けられている感じだ。
多分だけど、魔理沙も俺と同じ様にドアの前に座り込んで、もたれ掛かっているんだろうな。
「…そういやリュウは、わたしと親父の事はどの位聞いているんだ?」
「魔理沙が魔法の道具がないとかで喧嘩して、そのまま勘当されたって事くらいは聞いてる」
「大体全部じゃねぇか。……喋ったのは慧音先生か」
「あの人以外の誰かがこんな話を聞けってんだよ」
「……それもそうだな」
「にしても分からないんだが、如何してお前と親父さんは道具の有無で喧嘩なんかしたんだ?」
「それは只の切欠でしかねぇよ。わたしが親父と喧嘩したのは、アイツが言って事に腹が立ったからだ」
「親父さんが言って来たこと?」
「嗚呼」
魔理沙はそう呟くと、ドア越しから昔を懐かしむ様な感じに俺に語りかけてきた。
「何年も前にわたしはあの人と出逢って、あの人が使った魔法に魅せられたんだ。わたしもあんな風に魔法を使ってみたくて、店に魔法の道具が無いかどうか聞いたら……親父の奴、〝お前みたいな奴が魔法を使える訳が無いだろう〟って言ってきやがってな」
「そりゃまたはっきりと言われたもんだな」
「元々わたしに才能がないのは分かってたさ。でもな、あの力に魅せられた以上わたしもあんな風になりたいと思うのは当然だろ? それなのにあんな事を言われたらムキになっちまってな……」
「その結果親父さんと喧嘩になった上に勘当されて、今じゃ絶縁状態に為ってるって訳か」
「まぁな。……でも、わたしは家を追い出された事に後悔はしてないぜ。里に居ただけじゃ分からなかった事や知らない事が見えたからし、あのまま大人しく親父の言う通りに暮らしていても窮屈なだけだからな。わたしには今の生活の方が性にあってる」
「そっか。なら、今の魔理沙の夢は親父さんを見返してやるって所か」
「違うぞリュウ。それはわたしは〝夢〟じゃなくて〝目標〟だ。あの頑親父を見返すためなら、あの人に押しかけて弟子入りしたり、こんな住みにくい場所で暮らしたり、周りに理解されなくてもやってやるさ!」
ドア越しから聞こえてくる魔理沙の声は、さっきまでの不機嫌な感じとは違い、改めて口にした〝目標〟に決意とやる気を漲らせている感じだ。
俺と話したことで多少は気が楽になったのか、最初に聞こえて来た時の様な苛立ちは感じられない。
魔理沙が話してくれた目標は、他人からしたら余りにも小さなな物なのかもしれないが、本人からしたら何よりも大切な事なのかもしれない。
周りに理解されなくても良いから、たった一人の大切な人に自分の力を認めて欲しい……きっとそう思ってるんだろうな。
「……なんだ、上白沢さんが気にする必要もないじゃないか」
「あ? 何が言いたいんだよリュウ」
「いや、魔理沙は意外にもファザコンなんだなって事だ」
「はぁ?! 何が如何聞いたらそう解釈できるんだよ!? 茸の胞子で頭でもやられたか!?」
「んなモンにやられる俺じゃねぇよ」
聞く事も聞いて、もう用がなくなった俺は床から立ち上がり、そろそろ帰る事にした。
ズボンについた砂埃を払い、玄関から離れていくと、ドアが急に開いて魔理沙が顔を出して来た。
「待てよコラ! まだわたしの話しは終わってねぇぞ!!」
「悪いけど、コレ以上道草食ってると霊夢に怒られるからな。さっさと上白沢さんに伝えにいかないと。…あ、何か伝言があるなら伝えるぞ」
「……だったら、慧音先生からでも良いから親父に伝えておいてくれ。わたしは―――」
………
……
…
「―――〝わたしは何が遭っても諦めない。必ずわたしなりのやり方でアンタを認めさせてやる。〟……以上が俺が預かってきた伝言です」
「そうか……。霧雨の奴がそんな事をな……」
「……………」
魔理沙の家から帰宅した俺は、その足で直ぐに上白沢さんの家を訪ねて、さっきの事を伝えたる事にした。
俺が彼女の家を訪ねると、丁度良いタイミングで魔理沙の親父さんも上白沢さんの家を訪ねていた。
親父さんは俺の姿を見て引き返そうとしたが、無理を言って上白沢さんと一緒に魔理沙の気持ちを伝えてやった。
話を聞いて上白沢さんは複雑そうな顔をしているが、魔理沙の親父さんは顔色一つ変えずに俺の話を黙って聞いていた。
その胸中にどんな想いが駆け巡ったのか分からないけど、アイツの気持ちを伝えた以上俺に出来る事はもう無い筈だ。
「リュウ……と言ったか。その言葉は確かにあの莫迦娘が言ったのだな」
「はい。魔理沙はただ貴方に認めて貰いたいだけなんですよ」
「……そうか」
親父さんは一言そう呟くと、席を立ち上がりそのまま家を出て行こうとする。
「もう帰るのか厳也」
「えぇ。話が終わった以上、私が此処に居る意味はありませんので」
「そうか。……アイツに伝えて欲しい事はないのか?」
「何も。それでは私はこれで失礼させて貰います」
そう言って引き止める間もなく、魔理沙の親父さんは上白沢さんの家から去っていった。
家には俺と上白沢さんだけが残され、なんとも言い難い重い空気になってしまった。
「……すまないな、リュウ。折角伝えてくれたというのに」
「いえ。魔理沙の奴も最初から返事は期待してない様でしたから」
「アイツも少しくらいは期待すれば良いものを……」
「お互いに引っ込みがつかない状態ですからね、暫くはそっとしておくのが良いと思いますよ」
「そうだな。アイツが自分のやり方で認めさせると言っているんだ、コレ以上私がとやかく言う訳にもいかないな」
「ですね。……ところで一つ聞きたかったんですが、如何して上白沢さんはあの親子の問題に首を突っ込むんですか? 其処までする義理も無いでしょ?」
今回の件で一番の謎だった事だけど、上白沢さんのお節介は少々度が過ぎている様な気もする。
同じ里に住んでいる仲とは言え、此処まで面倒を見る意味なんてあるんだろうか?
「別にそんな物の為にお節介を焼いてる訳じゃない。ただ、アイツ等の事は小さい頃から知ってるからな、放っておく事ができなかったんだ」
「……その所為で相手に煙たがられてもですか?」
「こう言う性格なんだ、今更直しようが無い」
「さいですか……」
開き直ったように言う上白沢さんに俺は思わず呆れ果ててしまう。
小さい頃から知っていて放っておけなかったとは言え、この人の場合は少々やりすぎな気もするな。
てか、あの二人の関係が悪化した要因の一つに上白沢さんのお節介がある様な気がする。
そう思いはするものの、この人の頭突きを受けたくは無いし、喉元にまで出かかった言葉を飲み込む事にした。