白紙の本を見て気を失った俺は、誰かに身体を大きく揺り動かされて、意識が覚醒しつつあった。
パチュリーが起こしてくれるとは思えないし、恐らくは小悪魔さんか霊夢辺りが起こしてくれてるんだろうな。
あの二人にしては、結構強い力で揺すっている様な気もするけど、いきなり倒れたから心配でも掛けてしまったんだろ。
それにしても、たかが白紙の本を読んだだけで気絶するなんて……随分と情けないな。
「おい、いいかげんおきろ」
「……いま、おきるよれいむ」
「寝惚けてないでさっさと起きんか!!」
「はいッ!?」
半分ほど寝惚けていた俺は、いきなり耳元で大声を出されてしまい、その余りの五月蝿さに飛び起きた。
耳元で叫ばれたのと、余りの声の大きさに若干の耳鳴りが発生してしまっている。
なんでこんな起こされ方をしないといけないのかと、声の主に一言文句を言ってやろうと顔を向けると……其処に居たのは、前の世界に居る筈の狐の耳と尻尾を持つ仲間だった獣人。
「…『アースラ』? なんでお前が此処に?」
「なんで…だと? そんなもん、貴様が何時までも起きてこない所為だろうが! それに隊長を呼び捨てにするとは何様のつもりだ!!」
「はぁ? 隊長? ……って、イデデデデデデデッ! 耳を引っ張るな耳を!!」
状況はイマイチ飲み込めないが、如何やら俺は彼女の怒りを買ったらしく、罰としてなのか耳を思いっきり引っ張られてしまった。
耳が本当に千切れるんじゃないかと心配しつつも、アースラの眼を盗んで周りの状況を確認してみた。
ついさっきまで地下の図書館に居た筈だが、何故か今はレンガで出来た建物の一室のベットの上にいる。
部屋に居るのは俺とアースラだけで、家具は荷物置き場になってる机と、本が殆ど入っていない本棚にクローゼットがある位だ。
室内自体が狭いからか、その位の家具しかこの部屋に置いておらず、他の荷物は適当に床の上に置いてあった。
この部屋のベットの上で寝てたところから、恐らくは俺がこの部屋を使ってるんだろうけど……こんな部屋を使ってた覚えなんて無いぞ。
でも、俺の私物っぽいものは彼方此方に置いてあるし、一体どうなってるんだ?
そんな事を考えながら部屋の中を見回していると、やっと満足したのかアースラが俺の耳を漸く解放してくれた。
「ったく、なんだってワタシの部隊にお前の様な奴を入隊させねば為らなかったんだ……」
「そんな事俺が知るか。うぅ……本当に耳が千切れるかと思った」
「莫迦な事を言ってないで、さっさと着替えて隊舎の方に顔を出せ。ミーティングを始めるぞ」
「うぇ~い……」
「……返事は如何した」
「了解しました! 隊長殿!!」
「うむ、それで良い。…では、あまり待たせるなよ」
言いたい事だけ言うと、アースラは脇目も繰らずにさっさと部屋から出て行ってくれた。
彼女が部屋から居なくなった途端、急に全身の力が抜け、盛大な溜息を吐き出してた。
如何してこうなったのか未だに分からないけど、少なくとも此処は幻想郷じゃない事だけは分かった。
状況も分からないまま、下手に動き回りたくは無いんだけど……アースラを待たせたら如何なるか分からないし、此処は手早く着替えて隊舎とやらに向かうとしよう。
そう考えた俺はクローゼットへと向かい、中に入っている適当な服を取り出して着替える。
正直な話、どの服に着替えれば良いのか分からないから、出来るだけ無難な物を選ぶ。
アースラがいたから、もしかして『ドラゴンアーマー』でもあるかなぁ~って期待してたけど、流石に其処まで便利な鎧はないみたいだ。
とりあえず、其処に有った『スケイルメイル』を着込んで、後は何故か置いてあったグミオウから手に入れた篭手を装着する。
後は剣があれば十分の筈なんだけど……一体何処に置いたんだ俺?
「えっと…………お、あったあった」
俺はベットの近くに置いてあった剣を見て、その形状に驚き思わず眼を丸くしてしまった。
其処にあったのは、普段から使っている愛刀でもなければ、大蛇の力が宿った叢雲でもなく、全く別の両刃の長剣が其処に立て掛けられていた。
その剣の柄や鞘には特に変わったところはないが、剣の鍔には竜の意匠が施されていて、鞘から抜いてみると刀身にはなんとも言えない力強さがあった。
俺の記憶が確かならば、この剣はあの世界で手に入れた『ドラゴンブレード』で間違いない筈。
あの世界にあるはずの剣がなんだってこんな所に? てか、普段から使っている愛刀は何処に行ったんだ?
気になって部屋の中をざっと見渡してみるが、この剣以外の武器は何処にも見当たらなかった。
大した荷物もないから、何処かに埋もれてしまっている訳でもないし、何時もの様に呼び出そうとしても反応が無い。
気になって自分自身を調べてみると、何らかの力に阻害されているのか、思うように竜の力を引き出すことが出来ない様になっている。
力を無理矢理引き出せるのかも知れないが、色々と謎の多いこの世界でそれをする訳にも行かないか。
「……なんか、剣を見つけただけで謎が深まった気がするな」
俺は思わずそう愚痴ってしまうが、実際にその通りなのだから仕方が無い。
なんだかすっきりとしないけど、コレ以上アースラを待たせる訳にも行かないし、さっさと隊舎とやらに顔を出すとしますか。
………
……
…
自室から出て隊舎に行こうとしたんだけど、何処にあるのか分からず、気が付けばすっかり道に迷ってしまっていた。
今俺が居る場所が、レンガ造りの城の中だと言う事は分かるけど、何処を如何行けば良いのか皆目見当が付かない。
とりあえず、そこら辺に居る亜人のメイドさんに道を尋ねているけれど、隊舎に辿り着ける気が全くしない。
このままだと、アースラを本気で怒らせる事に……って、もう完全に怒ってるよな。
そう考えると物凄く気が滅入ってくるが、このまま行かない訳にもいかないし、何らかの言い訳でも考えておかないとな。
「さって、アイツになんて言い訳をしようかなぁ……」
「リュウ!」
「…ん? 今度は誰だ?」
声に反応してソッチの方を振り向いてみると、其処に居たのは白い翼を持つ金髪の少女『ニーナ』だった。
聞こえた声からして女性なのは分かってたけど、まさかニーナまでがこの世界に居るとは思わなかったな……。
「よう、ニーナ。一体どうしたんだ?」
俺は久し振りに会えた彼女に、昔みたいなノリで声を掛けてみたら、何故かニーナは何も無いところで転びそうになる。
ニーナがいる廊下の床に何かゴミが有る訳でもないし、彼女が自分の足に躓いたとも思えない。
本当に何も無いところで転びそうになったんだが、ニーナの奴は一体何で転びそうに為ったんだ?
「あの……リュウ。此処では人目があるから、余り馴れ馴れしく話すのは如何かと……」
「なにか不味い事でもあるのか?」
「一応わたしはこの国の第二王女ですから。こう言う所を確りしないと、他の方に示しがつかないんです」
「ニーナが王女って事は……此処『ウインディア』なのか」
「そんなの当たり前じゃない。……一体どうしたのリュウ? 今日はなんだか変ですよ?」
「あ~っと……ついさっき起きたばかりだから、また寝惚けてるのかな」
「確りしてください。そんなんじゃ、アースラさんか兄様に怒られますよ」
「……既にアースラ…隊長には怒られてるよ」
乾いた笑みを浮かべながらそう告げると、ニーナは呆れた様に肩を落とした。
本当は別の理由があるんだけど、それを彼女に告げても信じて貰えないだろうし、此処は黙っていた方が良さそうだな。
「全く、もうすぐ姉様の誕生日なんですから、もっとシャキッとして下さい」
「やる時はやるから、きっと大丈夫だよ」
「……もう良いです。それよりもリュウ、今お時間はありますか?」
「ん? 何か俺に用事か?」
「姉様のプレゼントを買いに町へ行きたいので、護衛の方をお願いしたいんです」
「それは別に良いけど……二人だけでか?」
「いえ、サイアスさんも一緒ですよ。お父様が〝二人と一緒なら〟と言う条件で許して下さいましたから」
「成る程、了解。……んじゃ、さっさと行くとしますか」
「はい」
こうして俺は、ニーナの護衛として一緒に買い物に行く事に為った。
途中でひょろ長い犬の獣人である『サイアス』と合流し、三人でウインディアの町に行けるリフトに飲み込んだ。
この国の城は他の国と違って、山や平野の上ではなく険しい崖の上に造られている。
だから城下町に行くためには、城と町を結ぶ連絡用リフトに乗るか、崖の上から飛び降りるしかない。
後者の方法で降りる莫迦はいないから、町へ行くにはリフトに乗るしか方法が無い訳だ。
……まぁ、霊夢たちなら空を飛べるから、リフトに乗り込む必要なんて無いんだろうけどな。
そんな事を考えながらリフトに乗っていると、眼下にウインディアの城下町が漸く見えてきた。
上から見る分には活気に溢れているが……やっぱりと言うか、此処も俺の知っている町とは若干違うような気がする。
俺の知っている町は、ニーナと同じ〝飛翼族〟たちが大勢住んでいたが、この町はそれ以外の多種多様な人種が一緒に暮らしている様だ。
〝虎人(フーレン)〟と呼ばれる種族に、サイアスと同じ様な犬の獣人の姿だけではなく、幻想郷の妖怪たちの姿も見える。
なんでアイツ等が居るのか分からないが、一つだけはっきりと分かった事がある。
それは……俺が前の世界に移動してしまった訳では無く、別のそっくりな世界に移動しただけと言う事だ。
それだと、なんでニーナやアースラが俺の事を知ってるのか謎だけど、少なくともあの世界に戻ってきた訳じゃなさそうだ。
「……それが分かっただけでもよしとするか」
「…? 一体何がですか?」
「いや、コッチの話だ。それよりも、今日は一体何を買うんだ?」
「写真屋さんに頼んでおいた、特注の写真たてです」
「……なんでそんなものを?」
「一番大切な写真を其処に収めて欲しいから……では駄目ですか?」
「駄目じゃないけど、プレゼントってそんなもんで良いのか?」
「姉様の事ですからきっと大丈夫ですよ。それじゃ行きますよ二人共」
「了解っと」
「…………わかった」
リフトから降りた俺達は、ニーナを先頭にして町の写真屋へと向かって歩き出した。
城下町の中は、リフトで見たよりも活気に満ちていて、幻想郷の市よりも賑わっている。
町の規模自体が違うんだから、こっちの方が賑わっているのは当然と言えば当然か。
けれども、こうして歩いていて目に付くのは、やはり幻想郷の住人達の姿と言ったところか。
普通の通行人としてすれ違う事も有れば、何処かの店に店員として働いている奴も居る。
幻想郷でも見られるような光景だが、横を通り過ぎる彼らからは妖気を一切感じる事が出来ない。
俺の力が抑え込まれているからなのか、それとも此処に居る住人たちが妖怪じゃないからか……どちらにせよ、この町にいる妖怪は俺の知っている妖怪じゃないって事か。
周りに怪しまれないように周囲を探っていると、大通りを通る人混みの中に俺の知らない少女の姿を見つけた。
風貌からして人間の様な気もするが、俺の直感は彼女は人間ではないと告げてきている。
イマイチ気配を読めないから、はっきりとした事は分からないけど……俺の知っている妖怪とも違う気がする。
人混みの中に居る彼女が何者か分からず、その場に立ち止まってジッと見ていると、いきなりニーナに服を引っ張られた。
「如何したんですかリュウ。急に立ち止まったりして……」
「いや、あそこに居る少女が気になって」
「少女? ……誰も居ないようですけど?」
「……えっ?」
そうニーナに言われて、慌てて視線を人混みの中に戻すと……確かにあの少女の姿は何処にも無かった。
アレが幻……と言うにしては、彼女の存在感は無視できない位に確かなものだった。
彼女を只の幻で片付ける事も出来ないし、向こうも俺の事をジッと見て来ているような気がした。
あの子が一体何者なのか分からないけど、俺が幻想郷に帰るヒントの様なものを持っている……と嬉しいんだけどなぁ~。
「ったく、なんなんだかなぁ……」
「それはわたしの台詞ですよ。……本当に大丈夫ですか?」
「さぁ? もしかしたら疲れでも溜まってるのかもしれないな」
「普段からサボってる奴が疲れる訳無いだろう」
「酷いなぁ、これでも結構頑張ってるんだけど……って、その声はアースラ隊長?!」
聞こえてきた第三者の声に反応して振り向くと、其処には額に青筋を浮かべたアースラがいた。
何時の間にやって来たのか分からないけど、物凄く怒っていると言う事だけは俺でも分かる。
今のアースラは、俺の話なんて聞いてくれないだろうし、ニーナには悪いけど此処は逃げさせてもらおう。
そう思って全速力で走り出そうとしたら、逃げ出す前に腕をアースラに掴まれてしまった。
「……何処に行く気だ、リュウ」
「いや~……物凄くトイレに行きたくなって」
「それなら城のトイレを使えば良い」
「城までは遠すぎるって!!」
「そんなの知るか。死ぬ気で我慢しろ」
「鬼かアンタ!!」
なんとか言い包めようとするけれど、アースラは話を聞いてくれず、そのまま俺を城へ連れ戻そうとする。
如何にかして逃げ出そうと抵抗するが、どう言う訳か腕を振り解く事ができずにいる。
俺の知ってるアースラの力なら、簡単に振り解ける筈なんだが……一体どうなってるんだ?
如何する事も出来ずに、このまま城に連れ戻されるのかと思ったら、ニーナが横から口を出してくれた。
「あの…アースラさん。リュウはわたしが護衛を頼んだので、今連れ戻されるのはちょっと……」
「そうですか。……ですがコイツは、隊舎に顔を出さずにサボる様な奴です。連れ帰って確りと説教をしなければ」
「サボったんじゃない! 道に迷ってたんだ!!」
「偉そうに言うことか!!」
「えっと……わたしの買い物も直ぐに終わりますから、それまでは見逃してください」
ニーナが必至になって頼み込むと、アースラは呆れた様に溜息を吐き出して了承した。
「…………仕方が無いですね。それならワタシもご同行させて頂きます」
「いや、別に来なくても良いから」
「お前が逃げ出さないように見張る奴が必要だろ」
「逃げないっての!! あと、俺は道に迷っていけなかったの!!」
「迷うほど複雑な道じゃないだろうが……」
「あははは……。それじゃ行きましょうか」
そんなこんなでアースラも一緒に写真屋に行く事に為った。
こんな事になるなら、ニーナに会う前になんとしても隊舎に辿り着けばよかった……。
まぁ、今更言っても仕方が無いんだけど……このアースラはなんか苦手なんだよなぁ~。