竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第百十一話 望郷の念

 

この本の世界から脱出する為、俺は警邏と称して街の散策に出ていた。

同じ部隊に所属している兵士たちも街に出ているが、このウインディアの街が広いお陰で今は単独で行動している。

アースラ隊長は俺を一人にするのは不安だと文句を言っていたけど、ウチの隊は人員が少ないんだからこのくらいは大目に見てもらいたいものだ。

 

「……しっかし、こうして見ると人間の姿が少ないな」

 

俺は大通りの隅の壁にもたれ掛かりながら、行き交う人々を見てそんな事を呟いた。

大通りを歩く人の大半が亜人種で、純粋な人間の姿と言うのが結構疎らに感じられる。

俺の知っているウインディアは元々『飛翼族』と言う、背中に鳥の翼を持つ種族が多く暮している国だ。

そんな国が発展していけば亜人種が増えていくのも分かるけど、もう少し人間の姿が会っても良い様な気がするな。

 

「あ、いたいた。ちょっと其処で暇そうにしている兵士さん、少し時間いいかしら」

 

単純にこの国に亜人が集中しているだけかもしれないが、それだと今度は如何してこの国に亜人が集るのか分からない。

見た限りだと確かに平和な街なんだけど、何も国は此処だけじゃない筈だ。……もしかして、他の国じゃ暮せない事情でもあるんだろうか?

例えば他の国では亜人は迫害されているから、元々飛翼族の国であるこのウインディアに他の種族が集まってきたとか。

もしそうだとしたら、この亜人種の多さも納得出来るし、相対的に人間の姿が少ないのも説明できるな。

 

「…いや、今はそう言う事を考えてる場合じゃなくて、本の主を見つけ出さないといけないんだった」

「本の主? 一体誰の事を言ってるのよ?」

 

本の主を探すとは言っても、大通りを行き交う人の多さを考えると簡単には見つけられないんだろうな。

そもそも主ってのがどういう人物なのか知らないんだし、何の手掛かりもなしに探すのは無謀も良いところだ。

せめて何か手掛かりがあれば話は別なんだが、そう都合よくは行かないよな。

 

「……そう言えばあの少女は一体なんだったんだろ?」

「いや、アンタはさっきから何の話をしてるのよ」

 

パチュリーの話だと、此処は俺の記憶を読み取って構成された世界。

……まぁ、厳密に言えば俺の記憶じゃなくて大半がリュウの記憶なんだが、今はそんな事どうだって良いか。

兎に角、俺の記憶の中にはあんな少女はいなかった筈だし、俺の知らない人物がこの世界に紛れ込んでいるのはおかしい。

となると……あの少女がこの世界の主と考えるのが自然なんだけど、一体どんな姿をしていたっけか?

見かけたのはつい最近の事なんだが、どう言う訳か記憶に靄が掛かっている様でイマイチ思い出せない。

風貌は人間の少女の筈なんだが……一体どんな格好をしていたっけかな。

 

「う~ん…………駄目だ、やっぱり思いだせん」

「だ~か~ら~…アンタは私の話を聞きなさい!!」

「ぬおっ!?」

 

直ぐ傍から聞こえてきた怒鳴り声に驚いて、直ぐに声の方に振り向くと其処にはコッチの世界の霊夢が不機嫌そうに立っていた。

一体何時から其処に居たのか分からないけど、不機嫌そうにしているところを見ると結構前から居たのかもしれないな。

 

「あ~っと、昨日ぶりだな霊夢。俺になんか用か?」

「用があるから話しかけてんでしょうが。そんな事も分からないの」

「は、ははは……」

 

呆れ顔で言ってくる霊夢に、俺は苦笑いを浮かべて誤魔化す事しか出来なかった。

このキツイ物言いは初めて会った頃の霊夢を思い出させるけど、まさかコッチの霊夢まで同じだとは思いもしなかった。

昨日は碌に話もせずに別れたから気付かなかったけど、こう言うところまで同じにしなくてもいいだろうに。

 

「ったく、魔理沙に剣を盗まれてる時点でマヌケだとは思ってたけど、此処まで来ると呆れて何も言えないわ」

「其処まで言わなくても良いだろ。俺は俺なりに色々と考え事をしていてだな」

「はいはい、そんな事は如何だって良いわよ。それよりも昨日のお礼をしてもわうわよ」

「昨日の? ……あ~思い出したけど、俺いま仕事中だからまた今度にしてもらえると助かるんだが」

「そんなの知った事じゃないし、もうすぐお昼なんだから問題ないでしょ」

「いや、そう言うわけにも行かなくてだな―――」

「それじゃさっさと行くわよ」

「―――あ、おい!」

 

俺の説得も空しく、霊夢は強引に俺の腕を掴んでそのまま大通りの中を歩き始める。

なんとかしてその腕を振り解こうとするけど、霊夢の奴が結構しっかり掴んでいる所為で中々上手くいかない。

 

「ちょっと暴れないでよ。これじゃ私が無理やり連れまわしてるみたいじゃない」

「みたいじゃなくて実際にそうだろう。こんなところを隊長に見付かったら説教一時間じゃ済まないんだよ」

「直ぐ其処のお店だから大丈夫でしょ。それに男ならちゃんと誠意を見せてもわらないとね」

「だからそれは今度の休みの日にでも―――」

「あ、ほら。見えてきたわよ」

「―――頼むから話を聞いてくれ……」

 

結局霊夢は俺の話を全く聞いてくれず、腕を掴まれたままそのお店の中に入ることになった。

流石に店の中で騒ぎを起こすわけにも行かないし、俺も腹を括って霊夢に飯を奢る事にした。

店の中は余計な飾りはなく、落ち着いた感じがするけどお昼時と言う事もあって結構な人で賑わっている。

出来る事なら店の奥側の席が良かったんだが、既に満席に近い状態らしく空いていた窓際の席に案内された。

鎧姿のままやって来たから店の中と外から視線を感じて少々居心地が悪い。

まぁいまさら鎧を脱ぐ訳にもいかないし、周りの視線に関しては無視するしかないか。

 

「はぁ~……」

「ん? なぁ~に溜息なんか付いてるのよ。全然似合ってない」

「ちょっとな。てか、溜息の似合う男ってのも困りものだと思うぞ」

「確かにそうかもしれないけど、そんな調子じゃ折角の料理が不味くなるじゃない」

「そうは言ってもこの状況じゃ溜息の一つや二つ付きたくなるって」

「近頃有名になっているお店に女性と二人っきりでランチ……これの何が不満だってのよ」

「仕事中に強引に連れて来られたコッチの身にもなれってんだ」

 

霊夢の発言に呆れながら視線を店内に向けてみると、会計の近くの席に不審な男を発見した。

服装は何の問題も無いんだが、会計に居る店員の様子を窺っているのか落ち着きが無い。

食べ終わったから清算をしたい…と言う風には見えず、何かのチャンスを窺っているような感じだ。

 

「ちょっと、今度は如何したのよ」

「シッ! 少し黙っててくれ」

「…??」

 

話しかけて来る霊夢を黙らせ、不審な男の様子を見ていると、男は会計から店員が居なくなったのを見計らって金も払わず店から出て行こうする。

いわゆる食い逃げの現場を目撃したわけだが、この国の兵士として黙って見過ごすつもりもなく、俺はすぐさま席を立ち上がって出て行こうとする男に向かっていく。

食い逃げ犯も俺が立った事に気が付いて慌てて出ていくが、足が驚くほど速いと言う訳でもなかった。

俺は必至に逃げようとする男に難なく追いつき、背後から押し倒すような形で男を捕まえる事に成功した。

 

「イデデデデデッ! お前、いきなり何するんだ! 衛兵を呼ぶぞ!」

「悪いが、俺がこの国の兵士だ。テメェさっきの店で金を払わずに出て行こうとしただろ」

「な、ナンノコトかな? 兵士さんの勘違いじゃねぇのか?」

「んな訳あるかボケ。あんな大胆に店から出て行こうとして気付かない訳ないだろ」

 

見苦しくも言い逃れしようとする男を取り押さえていると、誰かが通報でもしたのかアースラがこっちにやって来るのが見えた。

彼女は俺の姿を確認すると露骨にめんどくさそうな顔をするが、今回は仕事をしたんだからそんな顔をしなくても良いと思う。

普段からアースラが俺の事を如何見ているのか理解したけど、これは流石に悲しくなってくるな……。

 

「…リュウ、お前はこんな所で何をしているんだ」

「何って食い逃げ犯の確保ですよ。其処の店から出ようとした所を捕まえました」

「お前が真面目に仕事をしただと? そんなまさか……」

「ひでぇなオイ」

 

あまりの信用の無さに少々凹んでいると、後方から店の従業員がやってきてアースラに事情を説明してくれた。

俺の睨んだとおりこの男は結構な量の料理を食べたにも拘らず、まだ会計を済ませてはいなかったそうだ。

この男一人で合計25.000円分の料理を食べたそうだが、普通は一人で食べきれるような量じゃないだろ。

 

「成る程。それはお手柄だったな、リュウ。お前にしては珍しく働いた様だ」

「そりゃどうも。(珍しくってのは凄く引っ掛かるが、気にしないでおこう)」

「ところで……如何してお前は仕事中に店の中に居たんだ? その辺りの説明を確りしてもらおうか」

「あ~っとそれはですね……」

 

出来る事ならその事はスルーして欲しかったが、流石にそう都合よくはいかないみたいだ。

アースラの逆鱗に触れる事無く言い訳しないといけないんだが、余り信用されていないみたいだから何を言っても怒る様な気がする。

だからと言って、何も言わず黙っているわけにもいかないし、何か上手い言い訳を考えないと……。

彼女が納得してくれるような言い訳を必至になって考えていると―――

 

「この兵士だったらあの店で女と密会してましたぜ」

 

―――俺が取り押さえた食い逃げ犯が余計な事を言ってきやがった。

 

「あ、テメェ!」

「…ほう、仕事中に店で女と密会か」

 

余計な事を言って来た男を黙らせようとしたが、耳ざとくアースラがその話に食いついてくる。

 

「ちょっと待て隊長! この食い逃げ犯の言う事を信じるってのか!?」

「普通なら信用せんが、お前の反応を見れば察しは付くだろ」

「うっ……」

「まぁ今回は犯人を取り押さえたと言う事で多少は眼を瞑るが、詰め所に着いたら詳しい話を聞かせてもらおうか」

「お、お手柔らかにお願いします……」

「それは話の内容次第だな」

 

アースラの眼を見て今日も説教確定かと察した俺は、これ以上何を言っても無駄と思い肩を大きく落とした。

食い逃げ犯を捕まえて手柄を立てた筈なのにこの仕打ち。……俺、何か悪い事でもしたんだろうか。

あまりの仕打ちに思わず自問自答してしまいそうになるが、アースラはそんな暇すら与えてくれないのか、食い逃げ犯を連れて詰め所に向かって歩き出した。

此処で逸れると説教が長くなりそうだから黙って付いていくが、霊夢を店で待たせたままにしてた事を思い出した。

流石になんも連絡せずに去るわけにも行かないので、近くに居た店員に彼女への伝言を託してからアースラの後を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

食い逃げ犯の事情聴取にアースラの説教、それに加えて始末書と報告書を書かされた所為で、俺が城に戻った頃にはすっかり日が傾いていた。

夕陽の茜色で街を染め上げている中、俺は気分転換も兼ねて城の城壁に上って街を見下ろしながら呆けている。

結局今日は本の主の手掛かりも見付からなかった上に、アースラの説教もあって散々な一日だったな。

もう少し要領よく過ごせれば良いんだろうけど、生憎と其処まで器用に立ち回るような性格をしていない。

別に出世するつもりもないから良いけど、この調子だと何時クビになるか分かったもんじゃないな。

 

「…って、別にこの世界に永住するつもりもないんだから、別にそんな事気にする必要も無いだろ」

 

気分転換の城壁に来ただけなのに、気が付くと俺はこの世界での生活に付いて考えてしまっていた。

気にするべき事は自分の生活よりも此処からの脱出方法だってのに、俺は一体何を考えているんだ。

驚く程に早くこの世界に馴染んでしまっているが、心の何処かに此処での生活も悪くないと思っている自分がいる。

かつての仲間だけではなく、霊夢や魔理沙と言った幻想郷で知り合った皆もこっちに居る。その事が元の世界に帰ろうって考えを奪ってしまっているのかもしれない。

このままじゃいけないって分かってるんだけど、ちょっとでも気を抜くと向こうに帰ろうって気が湧かなくなる。

ちゃんと向こうに帰るために気合を入れようとしたその時―――

 

「あ、リュウ。此方にいたんですか、探しましたよ」

 

―――何時の間にか傍にやって来ていたニーナに声を掛けられた。

城の中に居るとは言え、彼女の周りに御付の者は居らず一人で此処まで来たみたいだ。

昨日みたいに街に買い出しに行きたい……って訳でも無いだろうし、一体こんな時間帯になんの用だ?

 

「よう、ニーナ。こんな所まで何しに来たんだ?」

「アナタを探していたんですよ。それよりまた敬語を忘れてますよ」

「今は誰も居ないから問題ないだろ」

「……もういいです。今日はアナタにお願いがあって来ました」

「俺にお願い? 一体どんなお願いだ」

 

ニーナにそう尋ねてみると、彼女は何も言わずに一枚の封筒を差し出してきた。

俺は訳の分からないままその封筒を受け取り、中身を確認してみるとシンプルにこう書かれていた。

 

【此度のエリーナ王女とクレイ将軍の婚約を破棄しろ。さもなくば誰もが悲しむ結果に為るぞ】

 

本当にシンプルな内容の手紙だが、脅迫文としてはこんなんでも十分過ぎるだろう。

あの二人が婚約するってのは初耳だけど、折角のお目出度い話に水を差すような真似をしないで貰いたいもんだな。

この手紙を贈って来た奴に怒りを覚えながら、俺は手紙を封筒の中に仕舞いそのままニーナに返した。

 

「…この手紙が届いたのは何時だ?」

「今朝です。これを読んだお父様は大層お怒りになって、この手紙を送りつけて来た犯人を捜すと仰ってました」

「気持ちは分からんでも無いけど、もうすぐエリーナ王女の誕生日なんだし、そんな事をしている暇は無いと思うがな」

「えぇその通りなんです。周りの人の説得もあってお父様もなんとか考え直してくれましたけど、脅迫犯が捕まったわけでもないから警備には万全を期すべきだと」

「まぁ当然の判断だな。…って事は、ニーナの頼みってのは俺に犯人を捜してくれって事か」

「いえ、そうではなくてお祝いのパーティーの時にもしもの事が起こったら、リュウにあの二人の事を守ってほしいくて……」

 

ニーナは心底申し訳無さそうに言ってくるけど、俺は彼女の無茶なお願いに思わず呆れてしまった。

 

「…ニーナのお願いってのは分かったけど、また随分と無茶を言ってくれるな。当日の配置がどうなるのか分からないってのに」

「無茶な事を言っているのは承知してます! でも、兄様との縁談が纏まったときの姉様とても嬉しそうだったから、あの二人の幸せを壊したくないの。だからお願い、あの二人を守って!」

「……………」

 

必至になって頼んでくるニーナにどう返事したら良いのかわからず、俺はつい黙り込んでしまう。

俺が会場の警備を任されるとは思えないし、クレイが傍にいればエリーナ王女を守り切れるって信じてる。

…でも、万が一の事を考えると無責任に〝大丈夫〟って言えないし、あの世界でのことを思い出すと二人には幸せに為ってほしい。

行方不明になったエリーナさんを探して旅に出て、その果てに再開できても待っていたのは悲劇だけだった。

俺の記憶で出来た偽りの世界とは言え、この世界でもあの二人が不幸せになるのを見ているだけなのは我慢できそうにないな。

 

「……分かったよニーナ。警備の配置が分からないけど、あの二人が悲しむような結果にはさせない」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、リュウ! それでは当日は宜しくお願いしますね」

「嗚呼、任せておけって」

「はい! 信じてますよ、リュウ」

 

そう言って嬉しそうな笑顔を見せてくれた後、ニーナは後ろを振り向いてそのまま来た道を戻っていった。

俺はニーナの姿が見えなくなるまで見送り、周囲に誰も居なくなった事を確認した後一人盛大な溜息を付いた。

元の世界に帰らないといけないってのに、なんで俺は約束ごとをしているんだ。

己の浅はかさに思わず頭を抱えてしまいそうに為るが、こうなった以上あーだこーだと仕方が無いと割り切る事にした。

……とりあえず、これ以上約束事を増やさないように注意しながら生活するかな。

 

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