竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第百二十二話 確かな誓い

夜の博麗神社では、灯篭の灯りに照らし出される夜桜を肴に宴会が開かれていた。

まだ八分咲きくらいの桜ではあるが、その様な事を気にする者はなく、皆思い思いに宴会を楽しんでいる。

今宵は少し早い花見かと思いきや、主催者の萃香曰くただ皆を集めて飲みたくなっただけとの事。

更に後日花見もやるからと言ってくるため、二人は何も言えずにただ呆れて溜息を吐くしかなかった。

それ程広くは無い広間で皆が楽しんでいる中、リュウは一人壁際で宴会の後の掃除を気にしていると、一升瓶を片手に龍神が彼のそばにやって来た。

 

「如何したんじゃ竜。そんなに景気の悪そうな顔をして」

「別に大した事じゃねぇから気にすんな。それよりも龍神、お前に話が有るからちょっと其処に座れ」

「ん? 一体なんじゃ?」

 

龍神は不思議そうに首を傾げながらも、リュウの言う通りに彼の前に腰を下ろした。

そして直ぐに話が始まるのかと思いきや、龍神は自分の杯とリュウのぐい飲みに持って来たお酒を注ぎ、二人してそのまま一気に酒を飲み干してしまう。

 

「……くぁ~美味い。やはり皆が集まって飲む酒は美味いのぉ」

「そうかもしれないが、素直に頷くには面子が足りないぞ」

「…衣玖の事か。確かに今日は参加しておらんが……何か遭ったのか?」

「それを聞くためにお前を座らせたんだ」

 

そう言って自分のぐい飲みを床に置くと、リュウは昼間あった事を龍神に話し始める。

衣玖以外の使いがこの神社にやって来たこと、その使いは彼女の代わりに酒を運んできたこと、必至になって自分を従者にして欲しいと懇願してきた事など事細かに。

その話を聞いて龍神は腕を組んで何やら思案し始めるが、特に思い当たる所も無いのか首を横に振った。

 

「駄目じゃ、全く思い当たる節が無い。妾は確かに衣玖を使いに出したはずじゃ」

「だが、今日此処に来たのは別人だった。そいつは所用があって来れなくなった衣玖さんの代わりと言っていたが……」

「それはありえんな。あの衣玖が多少用事が重なった程度で代理を立てるとは思えん。恐らくそやつが無理やり衣玖の仕事を奪ったのじゃろう」

「…お前が急な思いつきか何かで変えたってわけじゃないんだな」

「当たり前じゃろ。第一、本当に来れぬ用事があるのなら仕事など押し付けぬし、お主に連絡くらい入れる」

「そう…だよな。悪い、お前を疑っちまった」

「別に構わぬよ。……しかし、あの衣玖が来ないとはのぉ」

 

友に疑われたにも拘らず龍神は気にする素振りを見せず、この場に居ない衣玖の事を気に掛ける。

リュウは彼女が持って来た酒を手に取り、自分のぐい飲みに注いだ後、龍神の杯にも酒を注ぐ。

しかし龍神は、大好きな酒を注がれても直ぐに飲もうとせず、難しい顔をしたままポツリと呟く。

 

「…まぁ、今の衣玖を快く思っておらぬ者も多いし、この様な自体が起こるのも仕方が無いのかも知れん」

「その様子だと彼女が嫉まれているって事知ってるんだな」

「まあのぉ。竜宮は妾の家じゃから耳には入るし、最近では直談判をしに来る輩も居るわ」

「直談判って……そんな事までする奴が居るのかよ」

「うむ。しかし、現在の衣玖の立場を考えてみればそれも仕方のない事じゃがのぉ」

 

溜息を吐くように呟いた後、龍神は杯に注がれている酒を一気に呷り飲み干す。

それに釣られるようにリュウも酒を飲み干すが、その表情は誰の眼から見ても面白く無さそうにしていた。

 

「…それで衣玖さんの立場がなんだって?」

「端的に言うと、今のアヤツは天人に奉公に出ていながら、妾やお主にも仕えておる様な感じでな。他の者はそれが気に入らんのじゃろ」

「去年あたりにも同じ様なことを衣玖さんから聞いたけど、イマイチよく分からねぇな。一体何が気に入らないんだ?」

「まぁお主は誰かに従うような奴ではないし、分からぬのも無理はなかろう。正直、妾もよく分からん」

「お前も分からないのかよ……」

「ただ、今の衣玖は複数の主に仕えている様な状態じゃ。流石にこのままにしておく訳にもいかんな」

 

流石の龍神もこれ以上は衣玖を庇う事ができないのか、一番良い解決法は無いかと思案し始めた。

宴会の席で珍しく思い悩んでいる龍神に対し、リュウは何か疑問でもあるのか理解出来ないと言った感じの顔をしている。

 

「……なぁ、前々から疑問だった事を聞いて良いか」

「ん? なんじゃ?」

「なんで〝竜宮の使い〟が天人に奉公してんだ? アイツ等って確かお前の世話役じゃなかったか?」

「あ、あ~それは…その……」

 

龍神は余り訊かれたくない事を訊かれたのか、リュウから眼を逸らして言いづらそうに口淀んだ。

一方リュウは声に出して追求しないものの、さっさと話せと言わんばかりに龍神の事を睨み付ける。

二人の間に数分間にも及ぶ沈黙が続くが、睨み付けて来るリュウの視線に耐えかねたのか、龍神は諦めたかのように溜息を吐いて口を開いた。

 

「…実はな、妾の竜宮では一族全員と言うのは多すぎてな。一部の者は天界に奉公に出ておるんじゃよ」

「……それはつまりアレか? 一部の炙れた連中が職を求めて天界に行ってるって事か?」

「大体そんな感じじゃな。いや~、思いのほか人数が多くて驚いたわ。あっはっはっはっはっはっ!」

「あっはっはっはっは…じゃねぇよ! それただの雇用問題じゃねぇか!」

「じゃあかしい! 妾だって竜宮に住み始めた頃はこんな事に為るとは思っておらんかったんじゃ!」

「その位何とかしてみせろよ! お前、一応は最高神だろ!」

「無茶を言うな! 妾にだって出来ぬ事くらいあるわ!!」

 

急に大声を挙げる二人に他の者たちは何事かと視線を向けるが、当の本人たちはそんな事を気にするような素振りは見せない。

ただリュウは呆れた様子で頭を抱えながらぼやき、龍神も自分は悪くないといいながらも、何処か申し訳無さそうにしている。

そんな二人の様子に喧嘩でも始まるのかと興味を持つが、すぐにそう言う雰囲気ではない事を察して、次々と興味をなくしていった。

 

「…なんで衣玖さんが天人の所に居るのか疑問だったけど、そう言う事情があるんだったら納得出来る。多分、今回の件はそこら辺の事も絡んできてるんだろうな」

「そうなんじゃろうな。宮仕えの者は自分は妾に選ばれたと思い変にプライドが高いからのぉ。これでは衣玖の事が面白くないもの同然じゃな」

「今回の原因が分かりはしたが、これだと俺等に出来る事なんて大体決まってくるな」

「衣玖を昔通り比那名居の元で頑張ってもらうか、完全に竜の従者になってもらうかのどちらかじゃな」

「そうなってくると……答えなんて自ずと決まってくるじゃねぇか」

「なんじゃ、もう答えは出ておるのではないか。なら、妾からは何も言わんから後はお主の好きな様にやるが良い」

「お前に言われなくてもそうするっての。色々と面倒な事になりそうだけど、まぁなんとかするさ」

 

リュウがそう言って話を締め括ると、自分のぐい飲みと龍神の杯にお酒を注いで、周りが宴会を楽しんでいる様に眼を向け始める。

自分から輪の中に入っていこうとしないリュウを見て、龍神は呆れたように肩を落とすが無理やり参加させようとはしなかった。

龍神はリュウの隣に席を移し、彼と同じ様に皆が思い思いに楽しんでいる様を見ながら、注いでもらった酒を今度は味わうようにゆっくりと飲む。

宴会の様子を傍観しながらある決意を固めるリュウの近くでは、先程の話を聞いて複雑そうな顔をする一人の少女の姿があった……。

 

 

 

 

 

 

 

衣玖Side

 

今の関係を続けるのはもう止めよう……そう決意してから一週間以上が経過してしまいました。

あの時聞いてしまったリュウさんのお言葉。そのお言葉に心が揺らいでしまいましたけど、これだけの時間を掛けて漸く気持ちの整理を付けることができました。

リュウさんがどれだけ必要だと仰ってくれても、今のままずるずると関係を続けても辛いだけ。

ですから、報われる事の無いこの関係を終わりにしようと、覚悟を決めて博麗神社に来たのですが―――

 

「…さて、丁度リュウも居ない事だし、今日は腹を割って話しましょうか」

「は、はぁ……」

 

―――何故かリュウさんではなく、霊夢さんとお話しすることになってしまいました。

本当に如何してこうなってしまったのでしょうか? リュウさんとお話がしたくて神社に来ましたら、境内に居た霊夢さんに無理やり連れてこられてこの様な事に……。

一体何を考えておられるのか分かりませんが、リュウさんよりも先に霊夢さんにお伝えしておくのも良いでしょう。

彼女とも数年来の付き合いになりますけど、今日で最後にするつもりだったのですから。

 

「……突然ですが霊夢さん。貴女にお伝えしたい事が御座います」

「それってもうこの神社に来ないとかそんな感じの事?」

「ッ?! 如何してその事を!?」

「一週間くらい前の宴会でリュウとたっちゃんが衣玖の事を話してたのよ。それでなんとなくね」

「そう…ですか……」

 

霊夢さんの予想外の言葉に驚き、わたくしは呆然としたまま彼女の言葉を飲み込む。

まさかあのお二人がわたくしの事を話しているなんて思いもしませんでした。

確か以前にこの様な事態になったら、あの方は龍神様に話しを聞きに行くと仰ってくださいましたが、まさか本当にそれを実行してくださるなんて……。

あの方にこれ程までに親身になって頂けるのは光栄ですけど、あの方とは袂を別つと決めましたから揺らいだりはしません。

 

「衣玖が此処に来ないと決めた事に何かを言うつもりはないわ。…でも、一つだけ聞かせて」

「はい、なんでしょうか」

「あんたが来ないって決めた理由は、なにも同胞の嫌味に耐えかねたって訳でも無いんでしょ?」

「それは……」

「如何なの衣玖。答えてちょうだい」

「……申し訳御座いません。その質問にお答えする事はできません」

「どうしても?」

「はい」

 

核心をつくような霊夢さんの質問に、わたくしは答えることが出来なかった。

質問に答えようとしないわたくしに対して、霊夢さんは呆れている様で何処か納得している様な不思議な表情をする。

ですが、他の方が聞いてくるならいざ知らず、霊夢さんとリュウさんにだけはお教えする訳には行かない。

だってこの想いはお二人に話す事無く、胸の内に秘したまま生きてゆくと決めたのですから。

 

「答えられないか……。それなら質問の内容を変えさせてもらうわ」

「どの様な内容でも答えられない物は答えられないのですが……」

「衣玖さ、アイツが…リュウの事が好きなんでしょ」

「なッ?!」

 

今度の質問は余りにも率直で、わたくしは思わず声を挙げてうろたえてしまう。

この質問にはかなりの確信を持っていたらしく、霊夢さんはうろたえるわたくしを見てやっぱりと言いたげな表情で頷く。

まさか知られていたなんて思いもよらず、どう弁解すれば良いのか考えが纏まりそうにも無い。

でも、霊夢さんはこんなわたくしに対して落胆も怒りもせず、何時もと変わらず平然としている。

今まで友人として接していたのに同じ人を好きに為った。これでは何を言われたって仕方が無いはずなのに如何して……。

 

「とりあえず落ち着きなさいよ。そんなに狼狽してたら話も出来ないじゃない」

「……いつ、から」

「ん?」

「何時から気がついていたのですか。わたくしの気持ちに」

「ん~……割と前々からかな。少なくともここ最近になって気がついたってわけじゃないわよ」

「そ、そんなに前からなんですか!? 今まで誰にもこの事は話していませんのに如何して……」

 

今まで隠し通せていたと思っていた分、霊夢さんの言葉を素直に信じる事が出来ず、つい疑ってしまう。

表情を隠すの上手い……と言う訳ではありませんが、これでも口は堅いほうだと自負しています。

想いを口に出さず、お二人に悟られないように頑張ってきた筈なのに、一体如何して霊夢さんに気付かれてしまったんでしょう。

色んな可能性が頭の中を駆け巡る中、霊夢さんは何時もを変わらぬ表情のまま口を開く。

 

「…一番最初に感じた事は小さな疑問だった」

「小さな…疑問?」

「えぇ。如何して衣玖はこんなにも足しげく神社(うち)に来るんだろうって」

「……………」

「最初の内はたっちゃんに命じられたからだって納得してたんだけど、それでも衣玖ってウチに来る回数がやたらと多いじゃない。天界の方にも仕事があるのにこんなにも来るのは幾らなんでもおかしい。そう思ったときにピンっと来たのよ、衣玖は誰かに会いに神社に来てるんじゃないかって」

「……たったそれだけの理由で分かってしまったのですか」

「だって、衣玖が私に会いたくて足しげく通っているなんて思えないんだもの。私以外の誰かと為るとアイツ以外に在り得ないでしょ」

「リュウさんはこの事に気が付いているのでしょうか」

「それは無いでしょうね。衣玖も知っての通り、アイツ物凄く鈍いし」

 

得意げに話す霊夢さんを他所に、わたくしは何も言えずに黙り込んでしまう。

確かに霊夢さんの言う通り神社へは良く通っていましたが、まさかそれだけであの方への気持ちを見抜かれるとは思いもしませんでした。

隠し通せていると思っていましたけど、こんな簡単に見抜かれる様では通い妻と言われても言い返せませんね。

…ですが、一つだけ分からない事があります。如何して霊夢さんはわたくしの気持ちに気付きながら、今まで何も言ってこなかったのでしょう。

幾ら友人だからと言っても、自分と同じ気持ちの女性が傍に居るのを容認できるとは思えない。

わたくしには何も出来ないと思っていたのか、それともリュウさんの気持ちが変わる事が無いと信じているのでしょうか。

どうしてもその事が気に為ったわたくしは、失礼を承知でその事を尋ねてみる事にしました。

 

「あの…霊夢さん。如何して今まで何も言ってこなかったのですか? 貴女ならもっと早く言ってきてもおかしくないですのに」

「…確かに衣玖の気持ちに気付いた当初は警戒してたわよ。でも、アンタはリュウにちょっかい出さなかったじゃない」

「それは霊夢さんの気持ちを知ってしましたし、あの方の眼には貴女しか映っていませんでしたから。だから最初から勝負にならないと諦めて……」

「うん、だから私も何も言わなかったのよ。アイツにちょっかいを出す様なら直ぐにでも追い出してやろうと思ってたけど何もしなかったから。…でもそれが逆に衣玖を苦しめちゃったのね、ごめんなさい」

「そんな、謝らないで下さいまし! 確かにあの方の傍に居るだけの日々を辛いと感じた事はあります。ですが、貴女とのお喋りは楽しかったですし、お二人が仲睦まじくしているのを見るのが好きなんです。ですから…謝ったりしないでください……」

 

…否定なんてして欲しくなかった。博麗神社(このばしょ)で過ごして来た日々はわたくしにとって掛け替えのない物。

激務が続く日々の中、此処で過ごす時間が疲れていたわたくしをどれだけ救ってくれたでしょう。

自分の気持ちに気付いてしまい、今の関係を続けて行く自信が無くなった事だって何度となくありました。

それでも今日までこの関係を続けてこれたのは、お二人と過ごす時間が何よりも大切なものだったから……。

だからこそ、あの大切な日々を一緒に過ごしてくれた霊夢さんに、あの時間を否定する様な事を言って欲しくなかった……。

 

「あの安らぎを、あの思い出を否定しないでください…。わたくしとってには何よりも大切な〝たから〟なんですから……」

 

ついに堪えきれなくなった悲しみが涙となってわたくしの瞳から零れ落ちる。

今日は絶対に泣かないと決めていましたのに、その決意も空しくいとも簡単に涙を零してしまった。

一度零れ始めた涙は簡単に止まる事は無く、次々を台の上に零れて濡らして行く。

拭いても止め処なく溢れてくる涙に霊夢さんはそっとハンカチを差し出してくれた。

 

「すみません……」

「うんん、良いわよ。それより私の方こそごめん。衣玖がそんなに思ってくれてるとは思わなかったから」

「いいえ、気にしないでください。わたくしならもう大丈夫ですから」

「衣玖……」

 

涙を拭いて霊夢さんに笑いかけますが、彼女の表情が晴れる事はなく、わたくしの事を心配そうに見てくる。

恐らく霊夢さんには、この笑顔が作り物だと気付かれているのでしょうが、これ以上心配を掛けるわけにもいきません。

今日で最後だと、そう決めて神社(ここ)に来たのですから、心残りが無いようにしなくてわ……。

台の上に零れた涙を拭きながら、そろそろお暇しようかと考えていますと、心配そうにしていた霊夢さんが何かを確かめるように話しかけてきた。

 

「…あのさ、衣玖。アンタのリュウを想う気持ちって、一族の使命とか義務感から来てる訳じゃないのよね?」

「そんな訳無いじゃないですか! 確かにわたくしの種族は龍神様にお仕えする者ですが、あの方を想う気持ちはその様な思いから来ているわけじゃありません!」

 

霊夢さんの言葉にわたくしは再度声を荒げ反論しますが―――

 

「そっか。…衣玖ならそう言ってくれるって信じてた」

 

―――声を荒げるわたくしとは反対に、霊夢さんは嬉しそうな笑顔を見せてくれる。

如何してこの場面で笑顔を見せてくれたのか分かりませんが、ただ漠然と許されたのだと感じる事ができた。

 

「霊夢さん、それは一体どう言う……」

「言葉通りの意味よ。それよりも私の話はコレでお終い。早いところリュウに会いに行きなさいよ、今頃は山の方で衣玖の事を待っている筈だから」

「は、はぁ……」

 

霊夢さんの考えを理解できぬまま急かされてしまい、釈然としない気持ちを抱えたままお暇する事にしました。

お借りしたハンカチを霊夢さんにお返しし、もう二度と来る事の無いであろう居間を出て行く。

彼女の顔を見ないように後ろ手で障子を閉めようとすると―――

 

「衣玖、アイツの一番は私なんだからね。これだけは忘れないでよ!」

 

―――何やら突然霊夢さんから宣戦布告の様なものを言い渡されてしまいました。

今の言葉を聞いて何を今更とも思いましたが、霊夢さんの性格を考えると嫌味で言った訳ではないでしょう。

でしたら如何して、今になってその様な事を言って来たのでしょうか?

釈然としない思いと、霊夢さんの真意を量りきれないまま、わたくしは博麗神社を後にしました。

 

 

 

 

………

……

 

神社を後にしたわたくしは、その足で霊夢さんが仰っていた山へと飛んで行きました。

一口に〝山に居る〟といっても天狗達の縄張りに居るとは思えません。

恐らくは山から流れる川の何処かでのんびり釣りでもしているのでしょう。

そんな風なことを考えながら川を上り、上流を目指して真っ直ぐ飛んでいますと、川の中腹くらいで木にもたれ掛かっているリュウさんを見つけました。

わたくしの予想に反し、リュウさんは釣りもせずただジッと山の頂上付近を見据えています。

その様子はあの山から誰かが下りてくるのを待っているかのようにも見えました。

 

「リュウさん」

「ん? …あれ、衣玖さん? なんで下流の方から」

「神社の方によりましたら、霊夢さんに此方の方に居ると言われましたので」

「って事は……俺此処で待つ意味なかったんじゃねぇかよ。最初から家に居ればよかった」

 

そう言いながらリュウさんは本当に悔しそうな顔をする。

ここで待っているのが余ほど暇だったのか、それともわたくしに何か話したい事でもあったのか。

何を思って待っていて下さったのか分かりませんが、躊躇いが生まれてしまう前に別れを告げましょう。

そう思い別れを告げようと口を開いても、中々思うように言葉が出てきてくれない。

すんなり言えないのは最初から分かっていましたが、やはりこの方を前にすると言いたい事も言えなくなる。

それでも何とかして言わなければ、自分にそう言い聞かせてなんとか言葉を搾り出そうとしますが、わたくしよりも先にリュウさんの方が口を開きました。

 

「先週の事なんだけどさ、あの日衣玖さん以外の使いが神社にやって来た」

「……はい、あの日の事は今でもはっきりと覚えています」

「俺は二人の間に何が遭ったのかは聞く気は無い。…けど、今のままじゃ駄目だってそう思ったんだ」

「……………」

「このままだと衣玖さんの立場も危ないし、龍神の奴にもしわ寄せが行くかもしれない。だから、今の関係を終わりにしようと思う」

「そう…ですか……」

 

自分から告げようと思っていた言葉をリュウさんに言われ、ショックの余り目の前が真っ暗になる。

こうなる事を望んでいた筈なのに、あの方に告げられた時にわたくしの胸にこみ上げて来たのは悲しさだった。

自分から言う事ばかり想定していた所為か、リュウさんから言われるだなんて夢にも思わなかった。

やはりわたくしは、この方に必要とはされてなかったのですね……。

そんな現実を前にしてリュウさんの顔を見る事が出来ず、下に俯くとまた涙が零れ始める。

 

「お、おい、大丈夫か?」

「だいじょうぶです。ちょっとめにごみがはいっただけですから」

「そ、そうか?」

 

リュウさんに必要とされるどころか、最後の最後になって無用な心配を掛けてしまう。

その事が更にわたくしの胸を締め付け、涙が止め処なく溢れてくる。

でもこれ以上は涙を見せるわけにはいかない。無用な心配を掛けないためにも最後は笑顔で別れなくてわ。

 

「わ、わたくしの事は気にしないで下さいまし。それよりも、わたくし達の関係が終わる…そうなんですね」

「嗚呼、そうだ。……だから今後はお前を俺の従者と接して行く事にした」

「……えっ?」

 

突然リュウさんの言葉が遠い異国の言葉の様に聞こえ、何を言っているのか理解できなくなってしまう。

こんごはおまえをおれのじゅうしゃとしてせっしていくことにした。

ただそれだけの言葉ですのに、わたくしはその言葉の意味を理解するのに数十秒もの時間を要した。

 

「…おい、ちゃんと俺の話を聞いているのか?」

「あ、はい! 大丈夫です…が、どうして突然その様な事を仰るのですか?」

「ん? 俺の下につくのが不満なのか?」

「その様な事はありません! ですが、リュウさんは常々仰っていたじゃないですか。俺に従者は必要ないと」

「ああ、確かにそう言っていたし、事態を収拾させるだけなら昔の様に天界へ行ってもらった方が楽だ」

「でしたら何故ッ!」

「俺がお前を手放したくないからだ。それ以上の理由なんて無い」

「なッ!?」

 

リュウさんの仰る言葉がますます理解出来ず、何を言えば良いのか分からずに呆然としてしまう。

わたくしを手放したくないから、今後はわたくしをご自分の従者として扱う? ただそれだけの理由でこの方はこの様な事を決めたと言うの?

本来だったら嬉しい筈の言葉なのに、目の前で起こっていることが余りにも信じられず、目の前にいる方が本物なのかどうかすら疑い始めてしまう。

これはわたくしの願望が見せている都合の良い幻? それともこの辺りの妖怪が仕組んだ悪戯?

どちらにしてもコレが夢ならずっと覚めないでいて欲しい。眼が覚めて全部が嘘だったら立ち直れる自信がないですもの。

都合の良い事なのだと分かっています。でも、やはりわたくしにはこの方を別れる事なんて―――

 

「いい加減にシャキっとしろ」

「ひにゃッ?!」

 

―――壮大な現実逃避をしていると、突如としてリュウさんに頬を抓られてしまう。

ご本人は優しくしているつもりなのでしょうが、抓られている頬からは結構な痛みが伝わってくる。

ですがそのお陰で、漸く目の前で起こっている事を現実だと受け入れることが出来ました。

 

「…リュウさん、痛いです」

「そいつは悪かったな。でも、落ち着けただろ」

「はい。ですが今後はもう少し優しくしてくださいまし」

「善処はするさ」

 

そう言いながら笑い掛けるリュウさんの笑顔を見ると、こみ上げていた悲しみが消えていく気がする。

消えていく悲しみの代わり、わたくしの胸にこみ上げてくるのは嬉しさだった。

ずっとお傍に居たいと願いながらも諦めていた、わたくしの事なんて見てくれないと自分に言い聞かせてきた。…だけど今は、今だけはわたくしの事だけを見てくれている。手放したくないと言ってくれる。

これ程までに嬉しいと感じた事はありません。……ですが、貴方様の口からちゃんと訊いておきたい。

 

「…リュウさん、わたくしはこれからも貴方のお傍にいて良いのですか?」

 

恐る恐る確認するように聞くわたくしの問いにリュウさんは―――

 

「嗚呼、俺にはお前が必要だ。だから、俺の下に来い衣玖」

 

―――いつもと変わらない調子で手を差し出しながら欲しかった答えをくれた。

あの方の言葉を聞いた瞬間、また涙が零れ始めたけど、今度の涙は嬉しくて流れているもの。

先程の悲しみの涙とは違い、泣きながらも心が満たされていくのを感じる。

わたくしは涙を拭いきれないまま、帽子を脱いでリュウ様の足元に跪く。

 

「…わたくし『永江衣玖』は貴方様の傍に侍り、生涯付き従う事を此処に誓います」

「その誓い、確かに聞き入れた。お前がその誓いを違わぬ限り、その命尽きるまで俺の元に居る事を認めよう」

 

わたくしの突然の誓いにもリュウ様は嫌な顔一つせず応えてくださる。

夢にまで見たリュウ様への誓い。それが今、現実のものになった。

 

「……ったく、ガラにもねぇ事させやがって。おまけに跪く事も無いだろ」

「すみません。如何してもやっておきたかったものですから」

「さいですか。…ほら、立てるか?」

「はい。お心遣い感謝いたします」

 

そうお礼を述べてリュウ様が差し出してくれた手を掴んで立ち上がる。

そしてわたくしは霊夢さんが許してくれた訳と、最後に仰っていた意味を理解する事ができた。

あの人は最初からリュウ様の行動を知っていたのでしょう。だから、わたくしの気持ちを試す様な真似を。

 

「……わたくしでは一番になれない。その様な事は最初から分かっていますよ」

「ん? 一番が如何かしたのか?」

「いえ、何でも御座いません。それよりもリュウ様、貴方様の従者となるにあたり、やらなくては為らない事があるのですが……」

「あ~天人の所にいって辞表を出したいんな? 別に俺は構わないぞ」

「有り難う御座います。直ぐに受理される……とは思えませんので、何かとご不便を掛けるかと思いますが、ご理解下さい」

「その程度の事気にすんな。…それよりも喋り方って言うか、呼び方をなんとかしろ」

「主となられる方に今まで通りの呼び方など出来る筈がありません。この呼び方に慣れてくださいまし」

「無理だ。だから今すぐ元に戻せ」

「お断りさせて頂きます」

「おい」

 

リュウ様はこの呼び方が相当お気に召さないのか、半目になってわたくしの事を睨んできます。

ですがわたくしはその様な事気にもせず、ただジッとリュウ様が折れてくれるのを待つ。

動じずに無言を貫こうとするわたくしを見て、リュウ様が折れてくれたのか呆れたように溜息を吐いた。

 

「もう良いよ、好きにしろよちくしょうめ」

「ふふっ。すみません、リュウさん。貴方の反応が面白かったのでつい」

「俺の反応で遊んでんじゃねぇ……って、呼び方戻ってるじゃねぇか!」

「ご不満でしたか? それでしたら先程と同じ様にお呼びいたしますが」

「いや、その呼び方にしてくれ。……なんか今日はどっと疲れたからもう帰るぞ」

「畏まりました」

 

何処と無く疲れた様子でリュウさんは歩き始め、わたくしはその半歩後ろを黙って付いて行く。

…本当でしたらあの方の横を並んで歩きたいのですが、その位置はわたくしの場所ではありません。

隣を歩く事が出来なくても、あの方の心にわたくしが居て、お傍でお仕えすることが出来る。

あの方の従者となれただけでも幸せなのに、これ以上を望むのは贅沢が過ぎると言うもの。

わたくしは貴方様の為に尽くして行きますから、これからもお傍に置いてくださいね、リュウ様……。

 




…今回の話について色々と言いたい事があると思いますが、これだけは言わせてください。
俺にはこの展開しか思いつかなかったんや!

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