先日折れられてしまった愛刀を直して貰うべく、俺は衣玖に頼んで竜宮にまで案内してもらっているところだ。
幻想郷で暮らし始めて数年は経ったが、何気に此処に来るのは今回が初めてだったりするんだよな。
行く機会が全く無かったと言う訳でもないが、行かなければ為らないような特別な用事がなかったのも事実。
だから今日まで足を踏み入れる事の無かったんだが、流石に今回ばかりは龍神が遊びに来るのを待っている訳にもいかない。
何時来るのか分からない奴を待っているよりも、自分の足で訪ねて行った方がずっと早いからな。
「……しっかし、雲の中にあると言うだけあって同じ景色しかないな」
「初めてでしたらそう思うかもしれませんが、この場所もその日の天候によって違う風景になるのですよ」
「どこら辺がだ? 俺には同じ景色にしか見えんぞ」
「例えば、その日の雲の状態によって明るかったり暗かったりしますし、湿度なども変わったりしますね」
「……どちらにせよ、同じ風景が広がってるってわけか」
俺が呆れながら呟くと、衣玖は困ったように苦笑いを浮かべる。
コレ以上この場所について何も言わないと決めた俺は、案内をしてくれる衣玖さんに従って雲の中を進んでいく。
その道中で衣玖さんと同じ『竜宮の使い』に出逢ったり、蛇の様に細長いタイプの龍と顔を合わせたりする。
擦れ違った奴の大半は、俺の顔を見て驚いたように眼を丸くしたり、頭を垂れて動かなくなったりと変な反応をする奴ばっかりだ。
俺の顔を見て逃げ出したりしないだけマシだが、もうちょっと好感を持てる反応をする奴はいないものだろうか。
周りの連中の反応に呆れながら雲の中を飛んでいると、前方に目的地である大きな宮殿が見えてきた。
その大きさは紅魔館や白玉楼の比ではなく、俺が知っている建物の中で最も巨大な建造物な様な気がして為らない。
ウィンディアの城や俺の皇城もかなりの広さを誇っていたが、前方に見える竜宮はそれよりもデカイようだ。
「漸く宮殿が見えてきたが……どんだけデカイいんだよアレ」
「わたくしも広さまでは把握してませんが、龍神様が出入り出来るだけの大きさと広さはあります」
「逆を言えば、それだけの広さと大きさがなければ暮せない位に、アイツの本体はデカイって事か」
「そう言う事に為りますね」
俺は宮殿の広さに驚く……と言うよりも呆れながら、衣玖の案内に従って宮殿の中に入る。
宮殿の中では衣玖と同じ使い達が働いているが、俺の顔を見るたびに驚いたように眼を丸くして動かなくなる。
如何してそんなに驚くのか果てし無く疑問だが、前にもこんな事があったし、一々気にしていても仕方のない事か。
俺は周りの奴の反応を無視しながら長い廊下を渡りきり、龍神の本体が眠る謁見の間の前へと辿り着いた。
謁見の間を別つ大きな扉を開けて中に入ると、だだっ広い空間が視界一杯に広がり、その部屋の奥に深緑の鱗を持つ巨大な蛇の様な龍が眠っていた。
今の俺があの姿を目撃するのは初めてのはずだが、過去の影響かあの姿を見ても久し振りに見たという気分にしかならない。
まぁ、前に居た世界でもアレと同じ位に巨大な竜を目撃しているから、その影響も若干あるのかもしれないがな。
そんな事を考えながら、俺は衣玖さんに連れられて部屋の奥で眠っている龍神の前へと立った。
「龍神様、衣玖です。本日はリュウさんが貴女様に用があるとの事でお連れしました」
衣玖が眠っている龍神に声を掛けると、彼女の声に反応して重たそうに瞼を開けてコッチを見てくる。
《竜が妾に用事とな? まっこと珍しい事じゃが一体何用だ》
「いやな、お前が創ってくれた剣が折れたから直して欲しいんだ」
《……すまぬ、よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ》
「お前が創ってくれた剣が折れたから直してくれ」
《……………》
龍神がいきなり黙り込んでしまったかと思うと、俺の目の前に深緑の髪の少女……もとい、龍神の化身体が姿を現した。
龍神の化身体は何も言わずに俺に近付いて来ると―――
「……あれほど壊すなと言うたであろうがッ!!」
―――渾身の力が込められた拳を繰り出して、唐突に俺の鳩尾に殴り掛かって来た。
余りにも突然の出来事だった為、俺は碌な反応も出来ずに龍神の拳をまともに貰ってしまった。
殴られた場所の関係上、骨が折れる様な事には為らなかったが、それでも腹部から伝わる痛みは並の物ではなかった……。
「ガハッ。……て、てめぇ…いきなりなにをしやがる……」
「じゃかしいわボケ! 妾が創った至高の一振りを壊すとは如何言うつもりじゃ!!」
「俺だって壊したくて壊したんじゃねぇよ。大体あれは全部八雲の奴が悪い」
「……また紫の奴と揉めたのか。大概にして置けよおぬし等」
「そんなんじゃねぇんだが……仕方が無い。一から説明するから話を聞け」
未だに不機嫌な龍神を宥めつつ、俺はつい先日起こった事を龍神の奴に分かり易く説明する。
俺の血を呑んだフランの竜に為りかけた事、それによって八雲がとった行動の事、その結果として折れてしまった俺の剣の事を、出来るだけ簡単に纏めながらも分かり易く説明した。
話を聞いていた龍神は、驚いたように目を丸くしたり、呆れたように溜息を吐いたりもしたが、最終的には頭を抱えて項垂れてしまう。
驚いたり呆れたりするのは予想できていたが、まさか頭を抱えてしまうとは思いもしなかったな。
俺は龍神の予想外の反応に内心驚きながら、衣玖が気を利かせて淹れてくれたお茶を一口飲む。
「……紫の奴もそうじゃが、いきなり剣を突き刺そうとするお主も如何かと思うぞ」
「そうは言ってもなぁ~。相手はあの八雲だし、仕方がないんじゃないのか?」
「その様な理由がまかり通る訳が無いじゃろ。全くおぬし等ときたら……」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいまし龍神様。今はリュウさんの剣を直す方が先決かと」
「その事じゃがな……妾では直せんぞコレ」
「「…………はい?」」
龍神の予想外の言葉に、俺と衣玖は同時に首を傾げてしまう。
「じゃから妾ではコレを直すことは出来ん。妾に出来る事は森羅万象の創造で、一度壊れてしまったモノを修復することは出来ん。創造と修復は全く別の物じゃからな」
「だったら如何すればいいんだ? また新しく創ってくれるとでもいうのか?」
「そうしてやりたいのは山々なんじゃが……原材料である
「でしたら、龍神様が改めてその金属をお創りになられればよいのでは?」
「んな事をしたら
「ならその神に協力……してくれる訳ねぇか。きっと俺の事を嫌っているだろうし」
「恐らくその通りじゃろう。仮にアヤツの元に剣を持っていって直す様に頼んでも、嫌がらせを兼ねて剣を緋々色金のインゴットに変えるに決まっておる」
「……自業自得とは言え、俺も酷く嫌われたもんだな」
呆れたように呟いた後、俺と龍神は打つ手のない状況に落胆して深い溜息を吐いた。
龍神に頼めば直ぐに直ると高を括っていたが、まさかこんなにも面倒な状況になっているとは思いもしなかった。
戦闘に関しては叢雲が手元に残っているから問題ないが、この剣には色々と思い入れがある所為か簡単に割り切ることも出来そうにない。
それに叢雲は、飽く迄も愛刀と同じ材質だから耐えられるのであって、愛刀と同じ様に扱った場合どんな事に為るのか分かったもんじゃない。
この剣は壊したくないし、なんとしても愛刀と同じ構造の武器を手に入れたいが……龍神が創れないと言っているんじゃどうしようもないか。
「「はぁ~……」」
「あのお二方。材料が無くて困ってお出でなのでしたら、壊れた剣をインゴットにしてもう一度創り直せば良いのではないですか?」
「「……あ、その手があったか」」
俺と龍神は衣玖さんが言って来た何気ない一言に思わず納得してしまった。
今現在のところ、剣を創る為の鉄が無くて困っているのだから、壊れた方をもう一度インゴットに変えてしまえば良い。
そうすれば材料の方も解決できるし、そのインゴットを使ってもう一度剣として創り直す事が出来る。
考えてみれば割と単純な事なのに、如何して思いつかなかったんだろ俺ら……。
「衣玖よ、その案は中々に使えそうじゃ。良くぞ思い付いてくれた」
「いえ、主を助けるのは従者としての当然勤めですので」
衣玖は大した事では無いと首を横に振るが、未だにそう呼ばれる事に違和感が有るのか、どうも背中がむず痒くなる。
俺から従者にすると言った手前、主と呼ぶなと言える筈も無いし、慣れていくしかないんだけど……それも何時になる事やら。
「うむ、中々に良い心がけじゃな。この分なら竜も色々と助かっておるじゃろうて」
「別に住み込みって訳でも無いから、今までと対して変わりないな」
「なんじゃ、衣玖の事だから直ぐに辞表を出しておると思ったのじゃが…違うのか?」
「辞表自体は出したのですが、先日その辞表が未開封のままゴミ箱から発見されました……」
「「……………」」
虚ろな目をしたまま明後日の方角を見る衣玖に、俺と龍神は思わず絶句してしまった。
辞表がゴミ箱から発見されただけならまだしも、未開封のまま発見されたってのは予想外すぎる。
捨てるにしても一度くらい眼を通してから捨ててやれば良いものを……。
「まぁ、一筋縄では行かないと分かってましたし、この程度では想定の範囲内です」
「あ~うん、別に急がせるつもりは無いから、気長に頑張ってくれ」
「いえ、必ず近い内に認めさせてみせます。せっかく願いが叶ったのですから、この位ではへこたれません」
「……別にそう言う事を言っている訳じゃないんだが、まぁいいか」
認めさせると意気込む衣玖に水を差す気には為れず、結局俺は彼女の好きにさせる事にした。
此処まで意気込むのも珍しいと言うのもあるが、未開封のまま捨てたところから察するに、どの道一筋縄では行かないだろうから何を言っても対して変わらないだろうって判断だ。
しかし、辞表を認めさせる事を意気込むって……何かが間違っている様な気がしないでも無い。
「まぁ、比那名居のところに関して妾たちが口出しできる事も無いし、この話しは此処までと言う事にしておこう。…それはそうと竜よ、お主にちと頼みがあるんじゃが」
「ん? 龍神が俺に頼みなんて珍しいな。一体どんな用事だ?」
「別に大した事では無い。少しの間だけ叢雲を妾に預けてほしい」
「叢雲を? なんでまた。お前は剣なんて使わないだろ」
「確かに使わぬが、あ奴等と交渉するとなると此方もそれなりの物を提示せねばならん。その材料として叢雲を使いたいんじゃよ」
龍神が叢雲を必要とする理由は本当に大した事では無かった。
神々がただで力を貸してくれるとは思えないし、交渉するとなると此方からも何か提示しなくちゃならない。
あの剣が直るのなら叢雲を預ける事に抵抗はないが、なんとなく不安は拭いきれないな。
「……そう言う理由なら別に構わないけど、本当に神々との交渉に使えるのか?」
「うむ、それは問題ない。元々
「だから俺が叢雲を持っているってのは、アイツ等にとって余り面白いことじゃ無いと?」
「そう言う事に為るな。…まぁ、妾に言わせて貰えば、神々への信仰が薄れてきておる中、剣の所有者なぞ気にしておる場合じゃないじゃろと」
「その辺の面倒くさそうな事なんて知らん。俺としては愛刀が直って、叢雲が手元に戻ってくればそれで良い」
「分かっておる。ちゃんとあの剣も直すし、叢雲もあ奴等に渡すつもりなぞ微塵も無いわ」
そう言いながらどす黒い笑みを浮かべる龍神に、俺と衣玖は思わず引いてしまう。
普段が子供っぽい…じゃなくて、天真爛漫としている所為か、人前で黒い部分を見せる事が殆ど無い。
だから、こう言う部分を見るのは新鮮なんだけど……流石に普段が普段なだけに余り受け付けないな。
「ま、そう言うわけじゃから、二つの剣は暫し妾が預かるぞ」
「わーったよ。…でも、大事に扱えよな」
「そのくらい分かっておる。心配無用じゃ」
胸を張って自信たっぷりな龍神に一抹の不安を覚えるが、剣を直すにはコイツを信じるほかに道は無い。
俺は愛刀と叢雲を手の中に呼び出し、二つの剣を龍神の奴に預けた。
「それじゃ頼んだぞ、龍神」
「うむ、頼まれた。暫くは
「龍神様、道中お気をつけて……」
「心配せずとも大丈夫じゃよ。では、行って来る」
そう言うと龍神は足元に小さな陣を形成し、陣から湧き上がる光に包まれてこつ然と姿を消した。
巨大な本体には此れと言った変化は見られず、来た時と同様に静かな寝息を立てている。
アイツの居ない竜宮にもう用は無く、後片付けを他の使いに任せて家に帰る事にした。