まぁ、この時間に更新する事に大した意味はないんですけどね。
連日夏らしい陽気が続いていたある日、何の前触れもなく龍神と天照がウチの神社にやって来た。
天照の腕には、鞘に納められた一振りの大剣が抱えられていて、頼んでいた剣が漸く出来たのだろうと思ったら、何故か二人して難しそうな顔をしている。
如何してそんな顔をしているのか解らないが、雨が降り続く中いつまでも外に居させるわけにも行かず、とりあえず俺は二人を家の中に招き入れる事にした。
霊夢に二人の分のお茶を出してもらい、居間に招いて早速話を聞こうとした途端―――
「《竜……本当にすみませんでした!》」
―――何故だか知らないが、二人に土下座されて同時に謝られてしまった。
二人に謝られる様な事をされた覚えもないし、寧ろ謝るべきは無茶ばかり言う俺の方にあると思う。
俺は如何して二人が誤ってくるのか解らず首を傾げ、霊夢はこの色々とおかしな状況に呆然としてしまっている。
「あ~っと……とりあえず二人とも顔を上げてくれ。何時までもそうされてたら俺達も困っちまう」
この状況に困惑しながら二人に声を掛けると、顔を上げた天照は何も言わずに俺に剣を差し出してきた。
俺は差し出された剣を受け取った瞬間、刀身を収めている鞘の異常性に気が付く。
鞘の見た目だけを言うなら、縄か何かで出来ているごく普通の鞘なんだが、如何言う訳かコレには強固な封印が施されている。
実際に目にすることは出来ないが、イメージとしては強固な鎖に何重にも縛られているっと言った感じだろうか。
如何してこんな封印が施されているのか理解できないが、少なくともこの二人が施したものではない事だけは分かる。
なにせ俺に剣を持つ様に頼んできたのは天照で、その剣を創ってくれたのは他でもない龍神だ。
その二人がこんな嫌がらせをする筈も無いし、そんな事をすれば俺の怒りを買うだけだと理解しているはず。
だと言うのに、この鞘には厳重な封印が施されている……一体どうなっているんだ?
俺はこの鞘の存在意味が理解できず、剣を弄りながらただ首を捻っていると、漸く顔を上げた龍神が俺から目線を逸らしたまま話し始めた。
「……お主なら気付いてると思うが、その剣は封印されておって誰にも抜けぬ様になっておる」
「そんな事はとっくに気付いてる。だけど、なんだってそんな事をしたんだ? 無駄な封印だろ」
「その封印は妾たちが施したのではない。
「……はい?」
さっきから龍神の言葉を理解できずにいたが、少しずつ彼女の話を聞いている内に、何が起こったのか理解する事ができた。
その話を簡単に纏めると、高天原に赴いた龍神は俺の剣を創り直すべく、すぐさま
最初の予定通り、叢雲を使って金山に折れた剣を純粋なインゴットに変えさせようとしたが、金山は脅された腹いせなのか、俺が使う剣だからなのか分からないが、必要量の半分のインゴットしか精製しなかった。
龍神もこれでは剣を創れぬっと文句を言ったそうだが、向こうは聞く耳を持たず、そのまま社から追い出されてしまったらしい。
途方に暮れた龍神は、天照の力を借りて金山に同じインゴットを精製させ、その二つのインゴットを一つに溶かし合わせる事で必要量を見繕ったそうだ。
剣を創るのに必要な量を手に入れた龍神は、早速そのインゴットからこの剣を生成したそうだ。
武器作りも滞りなく終わり、後はそれを収める鞘を創るだけとなったとき、
最初は龍神も警戒していたそうだが、鞘を創る材料がない事を思い出し、渋々ながら奴が渡してきた鞘に納める事にした。
剣自体は問題なく収まったらしいんだが、納刀が完了した瞬間、鞘に施されていた封印が発動したとか。
龍神は慌てて鞘から剣を抜こうとしたらしいが、どんなに頑張っても剣を抜くことは出来なかったらしい。
龍神は直ぐに天照に助力を求めたが、彼女の力を持ってしても封印を解くができず、力自慢の神でも鞘から剣を抜く事が出来なかったそうだ。
如何したものかと頭を悩ませた龍神と天照だが、結局剣を抜く妙案が思いつかず、そのままの状態で俺に渡して謝罪する事に決めたそうだ。
これが剣を抜くことの出来ない理由で、二人がいきなり俺に土下座してきた原因でもある。
話を聞き終わった俺は呆れ果ててしまい、頭を抱えて思わず言葉を失ってしまった。
「……あ~っと、こう言う時はなんて言えば良いんだろうな。何も思いつかねぇや」
《本当にごめんなさい。
「いや、天照が悪いわけじゃないし、其処まで気にしなくて良いよ。…それよりも問題なのは、この剣を如何するかってことだ」
「如何もこうも抜けないんでしょ? それならガラクタも同然じゃないの」
「わ、妾が創った剣がガラクタって…………」
霊夢が言った何気ない一言に、龍神は珍しく本気で凹んでいる様だが、実際に使えないんじゃそう言われても仕方が無い。
俺は柄に手を掛けて、鞘から引き抜こうと試してみるが……俺の想像以上に封印は頑丈で、剣は納刀されたまま鞘から一mmも動きやしない。
封印の方をなんとか出来ないかと調べてみるが、鞘自体は本当に何処にでもありそうなもので、封印の基点となりそうなものは確認できない。
、
「……駄目だな。力一杯引っ張っても抜けない上に、封印の基点も分かりゃしない」
《恐らくそれは、土着の神々を封じ込めるのに使った縄と同じ物が使われていると思います》
「これを手っ取り早く壊す方法は」
《貴方の力とその剣が合わされば斬れるでしょうが、剣を使えないのでは如何しようも……》
「そうか。……なら、仕方が無い。この剣は倉庫に放り込むしかないな」
「本当ならば文句の一つや二つ言いたいのじゃが、使えぬのならば仕方が無いのぉ」
「鞘を調べなかったお前が悪い。それよりも龍神、預けておいた叢雲を返せ」
「あ、アレか? アレはじゃな…………その剣を創るときに材料としてしまった」
「…………は、はあぁぁぁぁあッ?!」
龍神の予想外の言葉に思わず立ち上がり、感情のままに龍神の胸倉を掴んで問い詰めてしまう。
「おいコラ龍神、武器の材料にしたって如何言う事だよ!?」
「仕方が無いじゃろ! 材料が足りなかったのじゃから!!」
「だからってあの剣を使わなくてもいいだろ! 他のとこから盗んで来い!!」
「その様な事出来るわけないじゃろうが! アメノトリフネが有るならば別じゃが、今の世に現存しておる緋々色金が三種の神器くらいしかないんじゃから!」
「なら、別の金属でも混ぜて創れば良かったじゃねぇか!!」
「コレを創るには純粋な緋々色金でなければ為らぬ! 他の金属を混ぜては力の伝達に支障をきたす!」
「だからってなぁ……!」
「其処までにしなさいよリュウ。たっちゃんだって使いたくて使った訳じゃないわ」
「……………」
霊夢に宥められた俺は、渋々ながら龍神の胸倉から手を離し、席に戻って座り込んだ。
龍神の仕出かした事には正直腹が立つが、霊夢の言う通り使いたくて使ったんじゃないのも分かる。
だが、叢雲は俺のお気に入りの一つだったし、あの剣には何度か世話に為ったから思い入れもある。
そんな剣が俺の知らないところで材料にされたなんて、とてもじゃないが簡単に納得できそうにもない。
「ところで天照は良かったの? 神器の一つを材料に使っちゃって」
《良くはありませんが、あの状況では仕方が無いとしか……》
「そんなんで神器を一つ駄目にするのも如何かと思うわよ?」
《あ、いえ、叢雲は駄目になったのではなく、新たな形に生まれ変わったと考えた方が良いかと》
「それはつまり、この剣は〝新生・天叢雲剣〟って考えれば良いのか?」
《そう言う事に為りますね。恐らくそれが原因で、その封印を施したのでしょうから》
「成る程ねぇ……。なんでリュウの剣を封印するのか疑問だったけど、そう言う事情があった訳か」
「俺に渡るくらいなら封印してしまえってか? 随分と面白い事を考えるじゃねぇか」
霊夢が天照の説明に納得している横で、俺は渡された剣をジッと見詰める。
刀身はどうなっているのか分からないが、収めている鞘と施されている封印は生半可な事では破れそうにない。
鞘の材質も普通の鉄とは違うらしく、竜に変身しても簡単に壊せるのか分からないし、強すぎる力で壊そうとすると刀身を圧し折ってしまいかねない。
なんとか鞘だけを壊す方法はないかと考えていたとき、俺はこの鞘は龍神が創った物ではないと言う事を思い出した。
記憶を失う前の俺は、剣に力を込める事で何本もの剣を破壊して来たと龍神の奴が言っていた。
俺が全力で振るえる剣を創っている過程で、龍神は俺の力を受け止める構造の剣の構成を思い付いたとも言っていた。
その構成の武器ならば全力で振るえるが、それ以外の構造の武器は力に耐え切れず、灰と為って燃え尽きてしまっている。
それなら剣以外の物にも加減せずに力を注ぎ込んだら、同じ様に灰になって燃え尽きるんじゃないのか?
「……なぁ、龍神。この鞘にアンフェニの力を流し込んだら如何なる」
「ん? 鞘にお主の力をか? そうじゃなぁ、燃え尽き…るかどうか分からん」
「なんだよその返事。もっとはっきりとしたことは言えないのかよ」
「分からんモノは分からんのじゃから仕方が無いじゃろ。神を封じる為に創られた縄と同じ素材で出来た鞘じゃぞ。お主の力を流し込んでどうなるかなど分かる訳なかろう」
「だったら、アンフェニの力で無理やり破壊しようとした場合はどうだ」
「そんな事をしたら刀身まで粉々に砕けるに決まっておるじゃろ。自分の力がどれだけ出鱈目か自覚せい」
「……………」
龍神の言っている事は軽く聞き流すとして、手の打ち様がないこの状況に頭を抱えてしまう。
アンフェニの力で鞘を灰にする事も、力尽くで破壊することも出来ない。
俺に叢雲を渡したくないからって何もここまでする必要もないだろう。
不注意で愛刀を壊してしまったけど、新しい剣がやってくるのをかなり心待ちにしてたんだぞ。
叢雲がアイツ等にとっても大切な剣だってのは聞いたが、俺に渡したくないからってこんな面倒なものを施しやがって……。
「……アイツ等、俺に喧嘩を売る意味が分かってるんだろうな」
楽しみを奪われ、余計な事までされたと言う苛立ちが限界に達し、そろそろ殺意にまで達しようとしていた。
そんな俺の苛立ちに呼応するかの様に大気が振るえ、母屋全体を揺らして家のあちこちで軋み始める。
俺の怒気に受けて、龍神の奴は何かを心配するかのように慌てふためき、天照は青ざめた顔に為っていた。
「落ち着きなさいよ、リュウ。そんなに殺気立ってもどうしようもないでしょう」
「確かにそうなんだが、気に入らないものは気に入らん」
「そんな事言っても、神々に嫌われてるのはアンタが昔暴れまわったのが原因でしょ。ならある意味自業自得よ」
「……それ言われると何も言い返せないんだが」
「言い返せない様な事を言ったんだから当然じゃない」
「ぐぬぬ……」
思いっきり反論してやりたいところだが、霊夢の言う通り元を辿っていけば原因はそこにある。
昔の俺が暴れ回らなければもう少し有効的な関係を気付けた。その可能性がある以上は何も言い返せない。
苛立ちはまだ残ってはいるものの、霊夢に言い負かされてそれなりに沈静化する。
怒気が治まるのに合わせて母屋の震えも収まり、龍神と天照は隠そうともせずほっと一息吐く。
「ちょっと其処の二人、露骨に安心してる場合じゃないわよ。叢雲の封印を解除する方法を考えないといけないんだから」
「確かにその通りなんじゃが、妾の力も受け付けん所為で妾では如何する事も出来ん」
《龍人はちゃんとした神格を持っていますからね。竜以上に手の施しようがありませんよ》
「……その言い方だと俺にならこの封印を如何にかできるって事か」
《先程言いましたよね、この縄は貴方の力とその剣があれば斬れると。でしたら、納刀したまま鞘を斬ってしまえばいいのです》
「あ~…それってつまりアレか? 袋の中身を無理やり押し出して口を開けるのと同じ事か?」
《大体はそう言う事なのですが、あまり現実的な方法ではありませんよね》
申し訳なさそうに天照は言うが、その言葉に誰も言い返してやることが出来なかった。
天照が言うには、俺の力と今の叢雲が揃えばこの面倒な封印も斬る事が可能らしいが、鞘に納刀したまま鞘を斬るなんて事が本当に可能なのか誰にも分からない。
そもそも納刀したまま鞘を斬るなんて誰もしないし、誰にも抜けない様な鞘に納刀すること事態があり得ない。
普通は特定の条件で解除されるとかある筈だが、この鞘にはそんなもの施されていないんだもんな。
だから天照もこんな無茶苦茶な方法を提示したんだろうけど、流石に自分でも自信が持てなかったんだろう。
「…まぁ、此処で話し合っていても如何にもならんし、妾は知り合いに尋ねてみる事にする」
《
「わーってるよ。…俺もこの鞘を破壊出来ないか色々と試してみるさ」
「では、今日のところはこれにてお開きと言う事に。では、達者でな二人共」
《お邪魔いたしました》
そう言うと龍神と天照は空気に溶ける様に消えていき、居間には俺と霊夢だけが残った。
二人が消え去ったあと、俺はもう一度渡された剣に眼を向けるが、都合よく鞘の封印が解けるなんて事はない。
ただ渡されたときのまま、叢雲に忌々しい封印の鞘が納められていた。
「…なぁ霊夢、ちょっと手を貸してくれないか」
「ん? 別に良いけど、何をするのよ?」
「ちょっと天照が言っていた方法を試してみる」
「……はい?」
………
……
…
天照が提示した方法を試す事にした俺は、霊夢を連れ立って神社の境内に向かった。
鞘の付いたままの叢雲を地面に突き刺して、それを中心に霊夢に強固な結界を施してもらい、地面に突き刺した叢雲が動かないように術で固定してもらう。
一方で俺はアンフェニの力を解放した竜人の姿になり、叢雲の柄を握り締めて剣に有りっ丈の力を注ぎ込む。
「…準備はいいか、霊夢」
「えぇ。何時でもどうぞ!」
「なら…行くぞ!」
その掛け声と同時に霊夢は叢雲をより強固に固定し、俺は注ぎ込んだ力を鋭い刃の様に研ぎ澄ませて、剣を地面に押し倒そうとする。
普通に突き刺しただけでは地面は余りにも脆く、人間の姿のままでやったとしても恐らく鞘は切り裂けない。
だから、霊夢の術を使い叢雲を固定し、アンフェニの状態で鞘を切り裂こうとしているのだが……思うようにはいかないものだ。
「ぐっ…。こんの……馬鹿力にも程があるでしょうが」
「大丈夫か、霊夢」
「まだまだ平気よ。私の事は気にしないで、アンタはさっさとその鞘を斬っちゃいなさい!」
「……………」
横目で確認した霊夢の表情は強がってはいないものの、多少無理しているようにも見える。
彼女の事を気遣って少し加減しても良いが、それではこの鞘を斬り裂くことは出来ないだろう。
剣を倒そうと力を加えているにも拘らず、刃が鞘に喰い込む事は無く、開始時から少しも動いていない。
俺の力を受けた影響なのか、鞘の方は少しずつ全体が黒ずんできているんだが、灰化する気配は今のところなさそうだ。
何の変化も無いのに力を弱めても仕方が無いし、自分を気遣って手加減をしたと知れば、霊夢はきっと激怒するだろう。
だったら手加減するのではなく、逆に力を強めて一気に切り裂いてしまおう。そう思い、より力を込めたその時―――
「ッ? 嘘でしょ?!」
―――俺の力に耐えかねたのか、霊夢の結界が音を立てて崩壊してしまい、剣は突き刺していた地面を抉り抜いてしまった。
後に残ったのは、地面を抉って出来た小さな窪みと崩壊した結界の残滓だけだった。
叢雲の鞘は全体が黒くなってしまっただけで、皹はおろか切れ込み一つ入れることが出来ずに終わる。
アンフェニの姿でいる意味を失った俺は、普段の人間の姿に戻り、意気消沈している霊夢の元に向かった。
「……ごめん、リュウ。結界を保てなかったみたい」
「いや、気にすんな。あれだけやっても切れ込み一つ入れられなかったんだからな」
「そう…なの…」
結界を維持する事が出来なかったのを気にしているのか、霊夢は口数も少なく落ち込んでいる。
俺が頭を撫でて慰めてやるものの、彼女の表情はやはり憂いだものだった。
「そんなに気にするなって霊夢。今回は駄目だったけど、また別の方法を考えて挑戦すればいいさ」
「……アンタがそれで良いんなら、そう言う事にしておくわ。それじゃ後始末をお願いね、私は母屋で休んでるから」
「ああ、分かった」
俺が了承をすると、霊夢は憂いだ表情のまま母屋へと引っ込んでいった。
霊夢の姿が見えなくなったのを確認してから、握り締めたままの叢雲の鞘を忌々しく睨み付ける。
「本当に面倒くさい封印を施しやがって。こんな事する暇があるなら、もっと他の事に使えってんだ」
吐き捨てるようにそう呟きながら、俺は叢雲を何時もの様に片付け、力を使って地面を綺麗に整えておく。
結界の残滓も綺麗に消え去り、神社の境内は何時もと変わらない光景に戻った。
俺は苛立ちながら空を睨みつけた後、視線を下げて霊夢の居る母屋へと向かう事にした。