霊夢Side
季節は移ろい、燦々と大地を照らしていた夏の太陽はなりを潜め、残暑も過ぎて風景は少しずつ秋の装いに移り始めている。
そろそろ食べ物が美味しくなる時期だけど、此処最近の私は一人家の倉庫に篭って歴代の巫女が残した本を読み漁っていた。
「これは……外れ。これも……外れ。こっちも……外れ。……だぁーッ! なんで何処にも探している書物がないのよ!!」
倉庫から掻き集めた書物を読んでは、探しているモノと違う事に憤る毎日。
リュウの剣の封印を解放できなかったあの日から探しているけど、どの本にも私が望んでいる術は書かれてなかった。
…まぁ、〝剣に掛けられた封を解く術〟なんて都合の良いものが有るとは思ってなかったけど、せめてそのヒントになりそうな術を残して欲しかったわね。
確かに博麗の専門は妖怪退治や邪を封印する事だけど、何時どんな術が必要に為るのか分からないんだし、次代の為に遺産的なものを残してくれても良かったじゃない。
「……その遺産がこの書物なのよね。はぁ……」
愚痴っても始まらない。そんな事は分かっているのだけど、やり切れない思いについつい愚痴を零してしまう。
リュウが居てくれたら気も紛れるんだけど、アイツは今永遠亭に患者を運んで行ったから今は家に居ない。
患者と言っても妖怪ウサギなんだけど、近くの山で道具拾いをしていたら見つけたとか言って拾って帰って来た。
なんでも珍しい羽衣を拾った近くに倒れていたとか言っていたけど、正直なところ私はそのウサギには何の興味も持ってなかった。
確かにリュウが見せてくれた羽衣は凄く綺麗で、幻想郷じゃ見ないような珍しいモノだってのは分かるけど、今はあの剣の封印を解く方法を探すのに気がいって、それどころじゃなかった。
だからリュウに彼女の面倒を押し付けたけど、拾った本人も面倒を見る気が無いらしく、検査のためとか適当な理由を付けて永遠亭に運んでいった。
家を出てからそれなりの時間が経っているし、そろそろ帰って来てもいい頃なんだけど……一体何処で油を売っているんだか。
「……あ~もう、止め止め。これだけ探しても見付からないんだし、もう本に頼るのは止めて別の方法を探そうっと」
「だったら面白い書物を持っているのだけど、試してみる気あるかしら?」
「その声は…紫? 覗き見なんて随分とイイ趣味してるわね」
「竜神を旦那に選んだ貴女に言われたくないわ」
何処からともなく声が聞こえてきたかと思ったら、目の前の空間に亀裂が入って其処から紫が顔を出して来た。
彼女の手には一冊の古書が握られていて、どうやらそれが言っていた面白い書物みたい。
見た目は何処にでもありそうな古ぼけた一冊の本だけど、表紙を見ただけじゃ何の本か見当も付かないわね。
「いきなり現われるなり喧嘩を売るなんて、随分といい度胸をしてるじゃない。私の目の前でそんな事を言うんだから、持って来たお土産はそれなりのモノなんでしょうね?」
「別に喧嘩なんて売っていないわ。私はただ事実を言ったまでの事よ。それにこの本を役立てるかどうかは霊夢次第。貴女に才能が無ければ宝の持ち腐れに為るでしょうね」
「……ホントに口の減らない妖怪ね。アンタには色々と言ってやりたい事があるけど今はいいわ。とりあえず持って来た本を見せなさいよ」
「はい、どうぞ。でも、汚さないでちょうだいね? それはかなり貴重なものなんだから」
「はいはい、分かったわよ」
紫の言葉を軽く聞き流しつつ、彼女から渡された本を開いて中身を拝見してみる。
見た目通りこの本はかなり古い時代の物なのか、文字の書き方や言い回しが現在とは懸け離れていて、内容を読むのに少々苦労する。
倉庫に眠っている書物も古い物だったお陰で、書かれている言葉の意味を理解する事ができたけど……その内容は私の予想を遥かに超えたものだった。
その本に書かれていたのは〝神降ろし〟の業。神を自分の身に降ろしてその力を行使する古の術。
とうの昔に失われた術だと思っていたのに、それを記した書物がまだ現存していたなんて……。
私はこの本に書かれている事に驚く余り、近くに紫が居る事も忘れて食い入る様に書物の中身を黙読する。
「……………」
「如何かしら、霊夢。その本に書かれている術なら貴女が望む事も可能なのではなくて?」
「……それは何とも言えないわね。確かにあの封印は神々が掛けたものだけど、彼らでも解けるか分からない品物になってる。私が神降ろしの術を修めたところで鞘を壊せるかどうか……」
「あら、一体何を勘違いしているのかしら? 貴女の専門は封印と結界であって、何かを破壊する事ではないわ。そう言う荒事は彼に任せておけば良いのよ」
「ん? だったらアンタはなんで私にこの本を渡してきたのよ? 荒事をするなって言うならこの本を見せる必要なんて無いじゃない」
「まだ分からないのかしら。この術で神をその身に宿す事で貴女の術を強化できるんじゃないかって話よ」
何時もの飄々とした態度で言ってきた紫の言葉に私は思わず耳を疑ってしまう。
神を降ろして私の術を強化するなんて、普通は思いつくような方法じゃないし、思いついても実行しようとはしない。
この身に神を降ろすなんて簡単に出来る事じゃないし、天照を見れば分かるように彼らにも自我があるから、術を強化する為だけに力を貸してくれるとは思えない。
なによりも私はあのリュウの為に力を行使するなんて知られれば、直ぐにでも高天原に逃げ帰るに決まってる。
天照は力に為ってくれるだろうから、悪い方法だとは思わないけど……余り現実的な方法とも言えないわね。
「…紫。アンタの言う方法は悪くないけど、最善の方法ともいえないわよ。第一、そんな事をするくらいだったらアンタの能力で剣と鞘の境界を弄った方が早いじゃない」
「あら、なんで私がそんな面倒な事をしなくちゃいけないのかしら? 其処までしてあげる義理もないし、彼が私の協力を素直に受け入れると思う?」
「それは…………ないでしょうね。表面上はそう見えないけど、リュウはアンタの事嫌ってるみたいだし」
「私としては仲良くやっていきたいと思っているのよ。……やっぱり第一印象が悪かったのがいけなかったのかしら」
「アンタの場合は、リュウを封印しようとしたのが原因でしょうが」
「それに関しては此方の間違いを認めるけど、謝るつもりもないわよ。私と藍も殺されかけたのだし」
「アンタ等のは自業自得よ」
私の目の前で謝る気はないと言う紫に私は思わず呆れてしまう。
確かにリュウが二人を殺そうとしたのは事実だけど、間違いを認めておきながら謝る気は無いなんてよく言えるわね。
普通だったら此処で〝間違いを認めるなら謝罪しろ〟って言うんでしょうけど、あの一件のお陰で私は自分の気持ちを自覚して、アイツとの距離を詰めれたんだから責める気にはなれないのよね。……まぁ、感謝する気もないけど。
「まぁなんにしても、私は封印に関しては一切関与するつもりは無いから、後は貴女達だけでなんとかしなさい」
「なんとかしなさいって…随分と簡単に言ってくれるわね。神降ろしの術はアンタが思ってる程簡単なモノじゃないのよ」
「だったら丁度いいわ。霊夢は普段から修行不足なんだし、これを機に少しは努力をする事を覚えなさい」
「…まさか、アンタがこの本を持って来た理由って、封印解除を理由に私に修行させるため!?」
「さて、それは如何かしらね。でも、あの鞘を壊す事ができなかった原因の一つは貴女の修行不足が挙げられるわ」
「ッ!? なんですって紫。もう一度言ってみなさいよ!」
「あら怖い。戦って彼を怒らせたくないし、今日はこれで失礼するわ。それじゃあね、霊夢」
「待ちなさい紫!」
逃げようとする紫を捕まえようと腕を伸ばすけど、彼女の服を掴むよりも先にスキマの中に逃げられてしまった。
紫を追いかけて叩きのめしてやりたいけど、普段から何処に居るのかも分からない相手を至難の業。
私は取り逃がした悔しさから歯を噛み締めるけど、思っていたよりも早くに冷静さを取り戻す。
アイツを捕まえそこなったのは悔しいけど、紫が言って来た原因の方が耳に残っている。
私の修行不足で鞘を破壊する事が出来なかった。紫は確かにそう言っていたし、少なからず私もその事を自覚していた。
リュウの無限とも言える圧倒的な力でも破壊できなかったとは思えないし、あの力を受け止めきるには今の私じゃ力が足りない事は分かってる。
だから倉庫の書物を引っ張り出して、何か方法はないかと探していたんだし、紫の言う通り修行不足って事を否定しきる事が出来ない。
……でもやっぱり、他人から直接修行不足だって言われるのは流石に腹が立つわね。
「神降ろし…か。この術が有ればあの鞘を破壊する手助けになるのかな」
誰も居なくなった倉庫で一人呟き、紫が残していった本に眼を向ける。
…アイツの思惑に乗せられたみたいで嫌だけど、今の私にはこの本に頼る以外に出来る事がないのも事実か。
紫に対する苛立ちを抑えながらも、私は意識を本に向けて倉庫を片付けもせずに一人読み耽る事にした。
霊夢Side out
リュウSide
森の中で倒れていたウサギを永遠亭に運んだ俺は、そのまま輝夜に茶をご馳走に為っていた。
出された茶と菓子を食べつつ、応接間……らしき部屋で輝夜とのんびり談笑している。
竹林の奥に在るとは言え、幻想郷随一の腕を持つ永琳の診療所と言う事もあり、出される茶と菓子は中々の一品の様だ。
……ウチの神社じゃまず買えそうに無いし、余ってるならお土産として少しくらい分けてくれねぇかな?
「お茶もお菓子も分けてあげないわよ」
「……何も言ってねぇぞ」
「顔に書いて在るもの。霊夢じゃなくても直ぐに分かるわ」
「それなら無表情の練習とかした方が良いのかねぇ?」
「無表情のリュウとか不気味だから止めて頂戴」
「不気味って……流石にそれは言いすぎだろ」
気にするほどの事でもないかもしれないが、流石にはっきり言われると少しは傷つく。
まぁ、確かに俺が突然無表情に為ったら不気味かもしれないが、龍神から昔の俺は鉄仮面とか言われてたし、其処まで変には為らないと思うんだがな。
「それにしても、あのウサギが神社に現われるなんて何か遭ったのかしら?」
「さぁな。……何が目的なのか知らないが、ウチに被害が出ないならそれで良いや」
「あら? リュウはあの子が何なのか知ってるの?」
「知らないし、知る気も無いが……ウサギと言えばお前等だろ?」
「あのねぇ……わたしの家をウサギの飼育小屋か何かと勘違いしてない?」
「え、違うのか? 俺はてっきりその手の類だとばっかり」
「それ以上言うと、流石のわたしも本気で怒るわよ」
「なら、怒られる前に今日の所は退散するとしますか」
「勝手になさいよ」
すっかり不貞腐れてしまった輝夜に苦笑いしつつ、俺は席を立ち上がり廊下へと繋がる襖を開ける。
「リュウ。今度来るときは患者じゃなくて、ちゃんとしたお土産を持ってきなさいよ」
「金に余裕があったらな」
「……この貧乏人め」
輝夜の文句を聞き流し、彼女を一人残したまま俺は部屋を出て、この屋敷の玄関へと向かっていく。
帰る前に助けたウサギの様子でも見ようかと思ったが、下手に関わって厄介事に巻き込まれたくないし、後の事は永遠亭の連中に任せるとしよう。
そう考えた俺は、屋敷に仕掛けられているトラップを回避して、何事も無かったかのように永遠亭を後にした。
人気のない筈の竹林を歩いていると、背後に誰かの視線の様なものを感じ取る。
俺は視線の主を探そうと背後を振り向くが、やはり人の姿は何処にも見当たらず、天を衝かんとばかりに伸びる青竹が群生していた。
ただ、高く伸びた竹の上に黒い鴉……の様な何かの姿をした何かを見つける事が出来た。
永遠亭の連中の手のものじゃないだろうけど、俺の事を監視している風にも見えない。
何が目的なのか鳥を見ながら考えていると、何の前触れも無く鴉は羽ばたき、空高く飛んでいってしまう。
そして鴉と入れ替わる形で、竹林の奥から金毛九尾の狐の獣人が俺の前に姿を現した。
「久し振りだな、破壊の竜神」
「アンタ……何処の誰だ?」
「なッ?! 私の事を覚えていないのか!?」
「嗚呼。全くと言って良いほど見覚えが無い」
「……かつて紫様と一緒にお前を封印しようとした者だ。流石にあの事は覚えているだろう」
「八雲と一緒に俺を封印しようとした?」
狐の獣人にそう言われて、あの忌々しい過去を思い出してみるが……やっぱり覚えが無い。
あの空間に送り込まれて直ぐに暴走したから、あんまり細かい事を覚えてないんだよな。
八雲を殺そうとして返り討ちにあい、その後『アンフィニ』が目覚めてしまい、いきなり現われた霊夢を殺しそうになったけど、最終的にはアイツが止めてくれて、あの約束をした……位の事しか覚えて無いな。
だから、アイツと一緒に封印しようとした……って言われても、俺からしたら見に覚えが無いんだよな。
「すまん、やっぱりしらねぇや」
「……私の名は『八雲 藍』。紫様の忠実な式だ、覚えておけ」
「あっそう。それで俺に何の用だ? タダの顔見せじゃねぇんだろ?」
「紫様より言伝を預かってきた。博麗の巫女が修行を始めるから、お前は邪魔をするなとの事だ」
「霊夢が修行ねぇ……。まぁ、アイツが自発的に始めたのなら止める気はねぇが、なんだって俺にそんな事を?」
「私は紫様のお言葉を伝えただけだ。貴様は巫女の邪魔をせず大人しくしていろ」
「お前に偉そうに言われる筋合いはねぇが、アイツの邪魔をする気もねぇよ。分かったらとっとと失せろ」
「……フン」
忌々しそうに俺の事を睨んできた狐は、伝える事を全て伝えたのか、コレ以上何も言わずにこの場から去って行った。
狐の姿が視界から居なくなったのを確認した俺は、誰もいない竹林の真ん中で盛大な溜息を吐いた。
「はぁ~……。何を企んでるのか知らないけど、あんまり面倒な事はしないで欲しいもんだ」
此処に居ない奴に愚痴を零すが、あのスキマ妖怪の事だから、これも何処かで聞き耳を立ててそうだな。
盗み見たり盗み聞きするのはお得意なんだろうけど、人の話聞いてるなら俺達を巻き込むような騒動を企てるのは止めて欲しいな。
……まぁ、直接言ったとしてもアイツが俺の言う事を聞く訳が無いんだけどな。
「何事もなければ良いけど……きっと無理なんだろうな。全くめんどくさい……」
リュウSide out
幻想郷を覆う境界の上、海の様に静かなその場所で『八雲 紫』は空に浮ぶ満月を眺めていた。
何をする訳でもなく、ただ月を眺めていた彼女の傍らに、式である『八雲 藍』が姿を現した。
「紫様」
「お帰りなさり、藍。首尾の方はどう?」
「現在のところ賛同者ですが、吸血鬼たちは計画自体には興味あるようですが私たちとは異なる手段で辿り着くといっていました。次に幽霊達ですが特に興味はないそうです。ただ、非情に退屈そうにしていたので、顔を出す可能性は高いかと。次に鬼ですが―――」
「あ~もう良いわよ、大体の予想は付いてるから。それよりも、あの竜神はなんて言っていたのかしら?」
「……巫女の修行の邪魔をする心算はないそうです。恐らくは我々が何かを企てていると解っているでしょうが、自主的に何かをしようとしないと思われます」
「それなら何も問題は無いわね。最大の懸念要素は彼が如何動くのかだったから」
自分の企て通りに事が進んでいるのが嬉しいのか、紫は扇子を口元に当てながら楽しそうに笑う。
しかし、その傍に控える藍は楽しそうにする主人とは反対に、納得が行かないと言った風に眉を顰めていた。
「あの……紫様。差し出がましいようですが、一つお尋ねしたい事が」
「何かしら藍?」
「如何して今回の計画をあの者に打ち明けないのですか? あの力が有れば我々の勝利は確実ですのに……」
「……確かに勝てるでしょうけど、彼は間違いなく私達に力を貸す事はない。味方になってくれればこんな回りくどい事をしなくて済むんだけど、それが出来ないのなら敵にもしなければ良いだけの事じゃない」
「敵にも味方にもしない? 紫様、それは如何言う―――」
「言葉の通りよ。彼は敵にしても味方にしても扱いに困るんだから、今のまま自由に動いてもらった方が都合が良いのよ」
「―――は、はあ……」
藍は自分の主人の言っている事が理解出来ないのか、曖昧な返事をすることしか出来なかった。
紫はそんな式を見て微笑んだ後、もう一度空に浮ぶ満月の月を仰ぎ見る。
月より注がれる柔らかな光に目を細める紫は、妖艶の笑みを浮かべながら自らのスキマの中へ、ゆっくりと潜っていった。
「それでは始めましょうか。美しき幻想の闘い……第二次月面戦争をね」
その言葉を言い切ると、紫の姿はスキマの中へと完全に消えてしまい、境界の上には彼女の式だけが取り残されていた。
儚月抄のフラグを立てつつ、次回からはやっと風神録です。本当にやっとですよ。
移転する前はもっと前に投稿してましたけど、色々と書いてましたから仕方がないですね。
……ちなみに、移転する前の風神録の導入は百五話でした。