あの二人の神と別れた俺達は、『妖怪の山』の周囲を生い茂る森の中を飛んでいた。
山へと向かう為にはこの場所を通り抜ける必要があり、森の中にも多くの神や妖怪なんかがひっそりと暮らしている。
俺も河で釣りをするときに良く通るだが、今日は何処か何時もの森と様子が違う様な気がする。
上手く説明出来ないんだが、ねっとりと纏わり付くような陰鬱な雰囲気をこの森から感じる。
人の手が全く入らず、木々が鬱蒼と生い茂っているからそう感じるのかも知れないけど、前にこの森を通り抜けた時には感じなかったんだが……。
「全く、なんなのかしらねこの雰囲気」
「前に来た時はこんなの感じなかったんだが、森に住んでいる妖怪の仕業か?」
「そうかも知れないけど……特に害意は感じられないし、とりあえず放置するわよ。今はあの巫女をぶっ飛ばす方が先だしね」
「…俺は別にそんなつもりはないんだけどなぁ」
そんな事をぼやきながら飛んでいると、前方に赤いゴスロリ風の衣服を着て、
妖怪って言う風には見えないから、この森に住んでいる神の一柱なんだろうが……あの靄は一体何なんだ?
俺が力を解放した時に立ち昇るオーラとも違うみたいだが、あの靄からはなんだかよくない雰囲気を感じる。
だからと言って邪神の類にも見えないし、こっちに敵意が有るようには見えないな。
彼女の正体が分からないが、纏っている紫紺色の靄から不吉なモノを感じ、俺は慎重なって彼女の正体を見定めようとした。
「あ、貴方達、コレ以上先に進まないで。や、厄い目に遭うわよ」
「そう言う訳にもいかないわ。何処の誰か知らないけど、邪魔をするなら押し通らせて貰うわ」
霊夢がそう言って前に進んだ途端、頭上の木から何かが落ちてきて、それが霊夢に当たりそうになる。
しかし霊夢は、持っている払い棒で落ちてきたものを払い除けて、更に前へと進んでいく。
俺も彼女の後を追って前に進んで行くと、霊夢と同様に木の上から何かが落ちてくる。
今落ちてきたのは木の実らしいが、先へ先へと進む霊夢には木の枝や石が飛んできたしている。
何処から飛んできているのか物凄く不思議だけど、肝心の霊夢は自分の周りに結界を張って対処している。
俺も飛んで来る物を避けたり、剣で切り払ったりしながらどんどんと先に進んでいく。
赤い服の女性の言う通り、次々と厄い目に遭ってはいるが……この程度の事なら如何と言う事は無い。
妖怪たちが放ってくる弾幕に比べれば大した事無い、そんな風に考えていると、霊夢の直ぐ傍に有る巨木が何の前触れも無く突然倒れ始めた。
木が倒れ始めた事に気がついた霊夢は、直ぐに後ろに下がって木を避けるけど、今後は別の木が霊夢に向かって倒れだした。
今度は回避が間に合わないと判断した俺は、一直線に霊夢のそばに駆け寄り、叢雲を振るって倒れてくる木を真っ二つに叩き折った。
「あ、危なかった……。ありがとうリュウ、助かったわ」
「別に気にするな。それよりも赤い服のアンタに聞きたいんだが、今のはアンタの仕業か」
俺は剣を向けながら女性に問うと、引き攣った顔に為りながら彼女は物凄い勢いで首を横に振って否定してきた。
「ち、違うわ! 今のは貴方達がワタシに近付いた所為で降りかかった厄よ。ワタシが何かした訳じゃない」
「アンタに近付いた所為で降りかかった厄?」
「え、えぇ…。ワタシは厄神の『鍵山 雛』。払われた厄を集めて監視し、それを神々に渡すのが仕事なの」
「厄を集めてって事は、アンタの周りにある紫紺色の靄が厄か」
「その通りよ。大量に集りすぎて素人の眼にも見えてしまっているの」
その話を聞いて、彼女が纏っていた靄の正体と、この森の陰鬱な雰囲気の正体を理解した。
確かにそれなら森の雰囲気が普段と違うのも納得出来るし、一箇所に集り過ぎているなら靄として見えるようになっても、幻想郷なら不思議じゃないか。
……とは言え、素人の眼でも見えるくらいの厄って、一体何年分の厄が集ってるんだよ。
「今のワタシは人も妖怪も関係なく厄を振りまくわ。酷い目に遭いたくなかったら今すぐ引き返しなさい。と言うか、引き返してくださいお願いします」
鍵山は涙目になりながら俺達……と言うより、俺に向かって懇願してくる。
〝厄神〟と言っていたし、恐らく彼女も神の一柱で、噂か何かで過去の俺の事を知っているんだろうな。
だから初めて顔を合わせたときも怯えていて、さっきも物凄い勢いで首を振って否定してきたんだろ。
向こうに戦う気が無いんなら無理に戦うつもりも無いが、今の霊夢がその程度で引き下がるとは思えないな。
「はいそうですか……って、そう簡単に帰れる訳ないでしょ。私らも様があって来たんだから」
「……用事があるのは霊夢一人だけどな」
「なんか言った?」
「いや、何も言ってねぇよ」
霊夢が恐い顔で睨んでくるが、俺は顔を逸らす事でそれを無視する。
一方鍵山は、俺達の事を無理矢理にでも追い払おうとはしないが、森の先に進ませる気が無いのか道を譲ろうもしない。
厄が集っているこんな場所に何時までも居たくないが、むこうが通してくる気が無いんじゃ如何しようもないな。
この状況を打破する方法はないかと考えていると、霊夢が懐から札を何枚も取り出して、臨戦態勢を整え始めた。
「おいおい霊夢。まさか、こんな所で戦う心算なのか?」
「仕方が無いでしょ。アイツが道を開けてくれないんだから」
「まぁな……。一つ厄神に聞きたいんだが、なんでアンタは俺達の邪魔をするんだ?」
「わ、ワタシの厄の事もありますが、今の山は色々と立て込んでいるからです」
「立て込んでるってのは、山に現われた不審な神の件でか」
「えぇ。あの神の所為で天狗達が騒いでいますし、彼女の目的も分かりませんからね」
「その神の目的なんて知ったことじゃないわ。私はあの巫女にきつ~いお灸を据えてやるの。邪魔をするならアンタもぶっ飛ばすわよ」
「貴方達と戦って無事で済むとは思いませんが、此処から先へは行かせません。白竜が山に入るなんて想像するだけで恐ろしい」
「ウチのリュウを疫病神か何かと勘違いしてんじゃないわよ」
二人して言いたい事をいうと、幾つもの弾を空中に待機させて臨戦態勢に入る。
霊夢も厄神もやる気の様だが……俺はこんな所で油を売る気などない。
本当はこんな事をしたくは無いんだけど、今回は仕方がないって事で勘弁してもらうか。
「はぁ~……面倒なもんだな」
「リュウも溜息なんか吐いてないで、さっさと構えなさいよ」
「悪いけど……それは却下で」
「はぁ?! って、ちょっと何するのよ?!」
文句を言う霊夢を無視して、俺は彼女を脇に抱き抱え、足元の大気を蹴って目にも止まらぬ速さで一気に森の中を駆け抜けた。
周りの景色は陰鬱とした森の中から、一瞬にして川のせせらぎが聞こえる川辺へと移り変わった。
後ろを振り向くと其処に厄神の姿は無く、森の中から追って来るような気配も感じられない。
今の移動で彼女を撒く事もできたみたいだし、追って来る気が無いのならコレ以上気にする必要も無いか。
「おい、霊夢。もう大丈夫みたいだぞ」
「大丈夫……じゃないでしょバカ!!」
「ごふっ」
安全を確認出来たから霊夢に声を掛けた途端、腹に思いっきり肘撃ちを食らってしまった。
何をそんなに怒っているのか知らないが、不意打ちでの肘は止めて欲しい、マジで痛い……。
「いきなり何するんだよ霊夢……」
「あのねぇ……竜族のアンタは平気でしょうけど、私はただの人間なのよ! あんな超スピードで動かれたらまともに呼吸は出来ないし、風が物凄く痛いしで……物凄く大変だったんだから!!」
「わ、悪かった。以後気をつける」
「ったく……。まぁ、無駄な戦闘を回避出来たのは良しとしましょう」
「だったら殴る事ねぇだろ。結構痛いんだぞ肘撃ち」
「私の辛さはそれ以上だったわよ!」
「あ~分かった分かった。今回は全部俺が悪かったって。…それよりも先を急ぐんだろ? 早く行くぞ」
「……仕方が無いわね。この代償は帰ってから償ってもらうわ」
「其処は水に流してくれても良いだろう……」
俺は肩を落としながら、直ぐ傍を流れる川に沿って山へと向かって飛んでいく。
霊夢は少し不機嫌になりながらも、逸れないように俺の直ぐ後についてくる。
ずっとこのままと言うのも困るけど、下手な事を言って怒らせたくもないし、今は黙って前を飛んでいよう。
そんな事を考えながら、紅葉で紅く染まった木々を見ながら川に沿ってを飛び続けた。
紅く染まった葉を目で楽しんだり、川を流れる紅に染まったもみじを目で追いかけていると、前の方に以前しりあった河童のにとりと、白い服に紅いスカートを穿いた犬耳に尻尾の生えた少女が、川辺の巨大な岩の上で木で出来た盤を使って何かをしている。
何となく気になった俺は、彼女達に近付いて何をしているのか覗いてみると、縦横15マスの桝目に無数の駒を用いて遊ぶボードゲームをしているようだった。
使っている駒の数は……ざっと見て29種類ほどがあり、同じ名前が書かれた駒が何個か有るところを見ると、プレイヤーが動かせる駒は50以上はあるみたいだ。
戦局としては、青い子の方が若干だが押しているらしく、白い子に若干の焦りが見て取れる。
だけど、コレだけの数の駒が有るのならまだ戦局をひっくり返せるが、どの駒が如何動くのか全然分からんな。
「……霊夢、駒の動きって分かるか?」
「駒の動き? ……本将棋のなら兎も角、これって大将棋でしょ? 流石に其処までは知らないわ」
「そっか」
彼女達の横でそんな話をしてるが、勝負に熱中しているのか俺達に気付いた様子はない。
駒の様子を見ながら黙って勝負を眺めていると、にとりが次々と白い子の駒を取って行き、さっきよりも状況が悪化し始める。
白い子もなんとか挽回しようと粘るものの、打つ手が全て裏目に出てしまい、挽回するどころかますます状況を悪くしてしまっている。
このままでは白い子の負けが決定するかと思いきや、にとりは自分が優位に立っていると言う油断からなのか、段々と打ち方が意味不明なものが出てき始めた。
この状況から逆転するには絶好の機会だが、白い子は挽回しようと必至になっていて、その事に気がついていない。
にとりは今のままでも勝てるだろうけど、このままだと無駄に時間を費やすだけだな。
そう考えた俺は、やっちゃいけないと思いつつもにとりが駒を動かそうとした時に、つい横から口を出してしまった。
「……まどろっこしいな」
「へっ?」
「今手にした駒を此処に置いてみろ」
「…??」
にとりは判然としないまま、俺に言われた通りの場所に駒を動かすと、其処で勝負の大勢が決まった。
まだ完全に勝利した訳じゃないが、今置いた駒が相手方の駒の邪魔になって、殆ど身動きが取れない状況に為る。
なんとかしてその駒を取り除いても、其処に至るまでには何手も掛かる上に、俺が口出ししなくても半ば勝敗が決まっている状態だったから、駒を取り除かれる前に勝負を決する事が出来る。
「うわすご、殆ど勝負が決まっちゃった」
「ちょっと誰ですか! わたし達の勝負の邪魔をしたの……って、侵入者!?」
白い子が俺達の姿を確認した途端、傍に置いていた抜き身の刀を手に取り、突如として襲い掛かってきた。
俺は少女が振り下ろして来る刀を逸らし、そのまま伸ばしている腕を掴んで、直ぐ傍を流れる川の中へと反射的に放り投げてしまった。
岩や地面に投げなかっただけマシかも知れないけど、流石に今のはちょっとやり過ぎたかな?
そんな事を思いながら川を眺めていると、白い少女は直ぐに川から上がってきて、懲りずにもう一度向かってきた。
今度は投げ飛ばさないようにする為、彼女が振り下ろす刃を両手で挟み取り、力付くで刃を横に寝かせてから足で踏みつけて彼女の刀を圧し折った。
「わ、わたしの刀が簡単に折られた?」
「余り上質な鉄を使ってないなこの刀。幾らなんでも脆すぎる」
「アンタから見たら、大抵の刀は脆いと思うわよ」
「くっ。……なんなんですか貴方達は! 此処はただの人間が来て良い場所ではありませんよ!」
「ちゃんと事情を説明するから少し落ち着けって」
なんかややこしい状況になりそうだったけど、如何にかして二人を落ち着かせて事情を説明する事が出来た。
最初は怪訝そうに見てきた二人だったが、俺が天魔の知り合いだって知ると、態度を一変させて急に平謝りしてきた。
特に白い子なんて、涙目になりながら謝って来たんだが……旋那の奴、普段はどんな態度を取っているのか問い質してみたくなったぞ。
まぁ、そんなこんながあって、にとりと下っ端天狗の『椛』から色々を話を聞くことにした。
「―――って事で、二人は何か知らないか?」
「特に緑の巫女の情報を寄越しなさい。私はアイツに用があって来たんだから」
「う~ん……アタシは山に神様が来たって事しか知らないけど、椛は何か知ってる?」
「そりゃ知ってるわよ。あの方達を見張っていたのはわたしなんだから」
「見張ってった事は、山のどこら辺に居るのかも分かるよな?」
「えぇ。山に突然現われた神社に居ますよ。霊夢さんが探している巫女も其処に」
「やっぱりこの山に居たのね……。場所さえ分かれば後はコッチの物よ! 行くわよリュウ!」
場所が分かって意気揚々と立ち上がる霊夢だが、俺は彼女の服の背中部分を掴んで無理矢理押し止めた。
「ちょっと待て霊夢。椛、一つ聞きたいんだが……突然現われたって如何言う事だ?」
「如何って言われても、言葉の通りの意味ですよ。ある日、何の前触れも無く山に神社と湖が出現したんです」
「天狗に気付かれずにこっそり作ったんじゃないのか?」
「ソイツは無理だね。山には椛を始めとする多くの見張りがいるんだ、彼女達に気付かれずに建物を作るなんて鬼でも無理だよ」
「でも実際には神社はあるんでしょ? なら、見付からない様に術でも施して建てたんじゃないの?」
霊夢の言う事ももっともなんだが、この二人が俺達に嘘を付いているとは思えない。
神社の場所について騙すのなら兎も角、何時神社が出来たのかを騙す意味なんて何処にも無いからな。
でも、幾らなんでも何の前触れも無く神社と湖が出現したってのは、流石に信じ難いよな……。
「……まさかとは思うが、神社ごと〝外〟からやって来たんじゃねぇだろうな」
「いやいや。リュウさん、幾らなんでもそれは無理だって」
「だよなぁ~」
「「「「あははははははははははは…………」」」」
四人して大笑いするものの、現状を考えると恐らくそうなんだろうなって、此処にいる誰もがそう思ったに違いない。
なんでそんな面倒な方法をとったのか知らないが、そんな事する位なら1から神社を建てる努力をしろよ。
「と、とりあえず、俺と霊夢は山の上を目指してみるか」
「色々と気をつけて下さいね。貴方が侵入を許されているのはこの辺りまでなので、山に入ったら容赦なく他の天狗が襲ってきますよ」
「邪魔する奴はたとえ天魔でもぶっ飛ばすわ」
「霊夢と旋那が戦ったら山が消し飛びかねんから止めろ」
「アンタじゃないんだから其処まで酷くは為らないわよ」
「……何でも良いけど、山が消える様な事だけはしないでくれよ?」
「「分かってるって」」
「……本当に分かってるのかこの二人」
にとりから疑うような言葉が聞こえてくるが、イチイチ反応するのも面倒なんて此処は聞こえなかった事にしよう。