竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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……え~、前回の終わりでリュウの大暴れを期待していた皆さん、本当にごめんなさい。今回も前座なんだ。


第百四十四話 荒ぶる魂

海の底から現われた純白の竜の出現に誰しも目を見張った。

竜としては標準サイズの十数メートルの体躯。一切の穢れを持たぬ純白の鱗。背中からは全てを包み込むような空色に輝く光の翼。

その見た目だけならば、純粋に綺麗な竜として見る事も出来たのだろうが、その姿を見た者の大半の反応は恐怖だった。

距離が離れているはずなのに、直ぐ傍にいるのではないかと錯覚してしまうほどの存在感。

自分たちが持っている常識を余りにも逸脱しすぎている圧倒的な力。

ただそれだけで、数多くの修羅場を潜り抜けた猛者であっても根源に眠っている恐怖心を呼び起こされ、あの存在に恐れを為してしまう。

 

《……ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!》

 

天を揺るがすほどの大きな咆哮。その声は空を覆っていた暗雲を吹き飛ばし、聞いたものをより畏怖させた。

意識が自分たちに向いておらず、竜本人からすれば只の欠伸の様なものに等しいのだが、どのような行動であれ今の彼女等は竜の行動の一つ一つが脅威的なものに映る。

だが、そんな彼女達の心理とは裏腹に、雲が晴れた月の空に現れた地球を背にする竜は、まるで一枚の絵のように様になっている。

誰も彼もがその圧倒的な存在に畏怖する中、ただ一人霊夢だけが地球を背にする竜の姿を〝カッコイイ〟と感じていた。

 

 

 

霊夢Side

 

…小悪魔に薬を飲まされたから大よそ半月。長い事眠っていたって言うのに、随分と派手に登場するわね。

本当だったら色々と文句を言ってやりたいけど、今回だけはあの姿に免じてチャラにしてあげますか。

 

「…なんだアレは。あんなモノ、永琳様の手紙には書かれていなかったぞ……」

 

ついさっきまで私と戦っていた女は、リュウの圧倒的な力に恐怖しながら、無意識の内にそんな事を呟いた。

彼女の発言から私達の動向は永琳に予測されていて、ある程度は対策を立てられていたんでしょ。

月に未練が有るのか無いのか、イマイチはっきりしないけど……流石の永琳でも予見し切れなかったみたいね。

 

「ちょっとアンタ、降伏するなら今のうちよ。アイツがこの世界に現れた以上、もうアンタ等に勝ち目はないんだから」

「な、何をふざけた事を! あの竜がどの様な存在であれ、八百万の神と共にある私が負ける筈が―――」

《…おい》

「―――ッ!?」

 

私たちに向けてリュウが声を掛けると、彼女は恐怖からか、ピクリとも動かなくなってしまった。

極度に緊張しているのか、彼女の額から汗が流れ落ちるけど、リュウの意識は彼女ではなく近くにいる神々に向けられていた。

 

《お前等、其処で一体何をしている》

 

炎雷神(ほのいかずちのかみ)たちに問いかけながら近付いてくるけど、距離が詰まるにつれて雷撃の檻と空中に浮いている鉄の塊が崩壊していく。

はるか太古に植えつけられたリュウに対する恐怖。それがあるから殆どの神はリュウを前にすると脇目も刳らずに逃げ出そうとするが、今回は何時もと状況が違っていた。

普段の人間の姿なら兎も角、今は神々に恐怖(トラウマ)を植えつけた白い竜(アンフィニ)としての姿。

あの姿に対する恐怖心は並大抵の物ではないのか、神々ですら今のリュウを前にして動けずにいるみたい。

 

《……俺を前にして逃げないか。その気概は褒めてやるが……俺の女に何してやがる》

 

何時もとなんら変わらない口調でリュウが神々を睨みつけた途端、私を閉じ込めていた雷撃の檻は消滅し、空中に浮んでいた鉄の塊は只の砂鉄に戻り砂に還った。

リュウは相手を威嚇しただけにも拘らず、敵だと認識されただけで神々は我先にとこの場から消え去った。

私は閉じ込められていた檻の消滅と、鋼鉄の雨に晒されずにすんで一息つけたけど、流石に〝俺の女〟なんて言われるのはちょっと恥かしいわね。……別に嫌な訳じゃないけど。

彼の言葉に若干の照れくささを感じていると、リュウは何処か呆れた様子で小さな溜息を吐いて、白い竜の姿から人と竜の中間である竜人になって、心配そうに私の傍へとやって来た。

 

「…珍しく派手にやられたみたいだが、大丈夫か?」

「派手にってのはちょっと余計よ。攻撃を防いだりしてたし、別に大した事ないわよ」

 

心配するリュウを安心させようと立ち上がってみるけど―――

 

「あ、あれ?」

 

―――身体の麻痺がまだ残っていたのか、上手く立ち上がることが出来ず、前のめりに倒れ込みそうになる。

砂地とは言え、地面に倒れ込みそうになる私をリュウは腕で優しく抱きとめてくれた。

 

「…あ、ありがと」

「別に気にするな。ったく、立てないのに無理をするからそうなるんだ」

「わ、悪かったわね。でも、このくらいだったら立ち上がれると思ったのよ」

「やれやれ…。霊夢、少しジッとしていろ」

 

そう言ってリュウは私の背中に何かを押し当てると、突然身体が淡い光に包み込まれる。

その光は疲れていた身体を癒し、残っていた麻痺すらも治してくれた。

光が収まった後の私の体調は戦闘を始める前どころか、月に来る前よりもずっと良くなっていた。

 

「うわ、すっご。なんだか知らないけど、体調が万全になっちゃった」

「軽く回復魔法を施しただけなんだが、まぁ元気に為ったのならそれで良いか」

 

医者が聞いたら凹みそうな発言をしたリュウは、私から手を放して硬直したままの彼女の方を振り向く。

彼女はアンフェニの力に圧倒されているのか、リュウが神々に声を掛けた時と同じ体勢で固まっている。

呼吸すらまま為らない状態らしく、その表情はかなり息苦しそうにしていた。

 

「……で、お前は何時までそうやっているつもりだ。そっちから来ないのなら、俺から行かせてもらうぞ」

「ッ?!」

 

低くドスの利いた声で宣言した途端、彼女はリュウから逃げる様に距離を大きく離した。

大きく距離を空けて体勢を立て直したはずなのに、彼女は怯えきった眼をしたまま肩で大きく息をしている。

そんな彼女に対してリュウは、此処まで恐れられている事に落胆する訳でもなく、自分の力の強大さに嘆くわけでもなく、ツマラナイ者を見るような冷め切った眼で彼女の事を見ていた。

 

「霊夢と同じく神々を呼び出すからどれ程の者かと思えば、虎の衣を狩る狐だったか。つまらんな」

「な…ッ!? 誰が狐だ、誰が! 貴様、私を愚弄する気か!!」

「愚弄されたくなければ意地を示せ。それすら出来ないのならとっとと失せろ。…俺は戦う気の無い奴を嬲る趣味は無い」

 

そう言って彼女を挑発するリュウだけど、本人からしたら至って真面目なんだと思う。

絶対的な力を持つ者の慢心でもなく、彼女の事を見下しているわけでもない。

ただ、何時まで経っても彼女が戦意を見せないものだから、彼女の事を敵と見なしていないだけ。

戦意を持たない者には攻撃をしない。暴走状態に入ったリュウがそうだったけど、意識がある状態でもそこは変わらないんだな。

そんな事を思いながら二人の動向を見守っていると、リュウが呆れた様な溜息を吐いて彼女の方に歩み始める。

ただ、それだけの行動でも彼女の眼には恐怖に映ったのか、彼女は怯えた表情のまま長刀を地面に突き刺して私たちを刃の檻に閉じ込めた。

 

霊夢Side out

 

 

 

 

依姫Side

 

……迂闊だった。海から現れた時は得も知れぬ恐怖で錯乱していたが、この祇園様の剣が有れば彼らを閉じ込める事など容易だったと言うのに。

あれほどの醜態をお姉様や永琳様にでも見られたらと思うと、恥かしさのあまり暫く立ち直れる自信がないわね。

それにしても、彼は本当に何者なのだろうか? 竜と言う種族で括るには余りにも強大すぎるし、神々と言うには感じ取れる力が異質すぎる。

神でも竜でもなく、ましてや人間だなんて呼べない存在。それが世界に居るなんて報告を私は聞いていない。

彼の存在を考えれば考えるほど謎が深まるけど、それ以上に理解できないのが紅白の巫女の方だ。

アレだけの力を持つ存在に対して何故恐れないの? 直ぐ傍にいながら如何してあんなにも安心した顔が出来るの!?

彼女の精神が異常なのか、それとも彼が彼女に何かをしたのか。理由は分からないけど普通じゃない。

まぁなんであろうとも、祇園様の力で動きを封じたのだからコレで少しは落ち着いて―――

 

「おい、女」

「ッ?! な、なにか」

「お前、名前はなんて言うんだ」

「ぇ…ぁ…。わ、綿月依姫(わたつきのよりひめ)だ」

「そうか。なら、一言いわせて貰うぞ依姫。この程度で俺を閉じ込めれると思っているのなら、その考えは甘えだ」

 

そう言うと彼は、眼に見えない何かで剣の檻を軽々と砕いてしまった。

檻を砕いた後に待っていたのは、祇園様の怒りではなく、何もかもを吹き飛ばすような突風だった。

私はその突風に抗う事が出来ずに、風に舞う木の葉の様に無様に遠くまで吹き飛ばされてしまう。そうして漸く彼が何をしたのか理解出来た。

恐らく彼は剣の檻を蹴り砕いたんだ。ただその速度が余りにも速すぎる所為で視認する事が出来ず、突風の様な衝撃波を巻き起こして私を蹴り飛ばしたんだ。

私達の距離は十数メートルは離れていた筈なのに、一体どんな速度の蹴りを繰り出せば、数十メートルの距離まで蹴り飛ばせる!?

 

「驚いている暇なんてないぞ、依姫。お前はもう俺の敵なんだからな」

「な……ッ!?」

 

掛けられた声に反応して空を見上げてみると、其処には檻の所に居る筈の彼が今にも拳を振り下ろそうとしていた。

あの距離を一瞬にして詰めた事にも驚いたけど、それ以上に私は彼の眼を見た瞬間に死の恐怖に囚われてしまった。

時間の感覚が極限にまで圧縮されたのか、彼の動きが非常にゆっくりなモノに見えてしまう。

殺す事に何の躊躇いを持たないあの眼を見た瞬間、自分は此処で殺されるのだろ否応にも悟らせてくる。

今、目の前に居るのは死をもたらす者、破壊の権化なのだろ気が付いた瞬間、私は全ての恥を捨てて逃げる事を選択した。

 

「…ッ!」

 

砂浜を転がるようにして彼の拳を避けたものの、その破壊力は余りにも凄まじく、拳が地面に触れただけで砂地にクレーターを作り、砂ごと私の身体を容易に吹き飛ばしてくる。

衝撃でまたしても吹き飛ばされ、近くに生えていた桃の木にぶつかって止まったものの、私はまだ逃げ切れていない。

数メートルの距離なんて彼に取っては有って無い様なものだし、この近辺にいる限りは安全な場所なんて何処にもない。

今のままでは戦う事は愚か、逃げ出すことすら不可能だと悟った私は、この場に星神を呼ぶ事を決めた。

 

天津甕星(あまつみかぼし)よ。大気に遮られない本来の星の輝きを、この者に見せつけよ!」

 

何時もの様に神をこの地に呼び、その力を借り受けようとしたが……幾ら待っても神が降りて来る事はなかった。

 

「あ、天津甕星(あまつみかぼし)!?」

 

慌ててもう一度神を呼んでみるが、やはり神は姿を現さず、声に応えてもくれない。

こんな事は今まで一度もなかったと言うのに、如何すれば良いのか解らず、ただ混乱するしかなかった。

 

「何度神を呼んでも無駄だ。この場に俺が居る限り奴等がお前に力を貸す事は無い。なんせ俺は、殆どの神に嫌われているんでな」

「そ、そんな莫迦な事が……」

「だが、これが現実だ。そしてお前はさっさとくたばれ」

 

なんの感情も込めずにそう告げてきた彼は、一瞬にして間合いを詰めて私の顔に向けて拳を突き出してくる。

私はなんとか身体を逸らして、頬をざっくりと切られながらもなんとか回避する事が出来た。

彼が繰り出した拳は桃の木を難なく穿ち、腕は反対側にまで容易に貫通してみせた。

私は顔を潰されなくて安堵するが、直ぐにこの場から離れる間もなく、背中を思いっきり蹴り飛ばされてしまう。

 

「か…ッ」

 

肺の中に溜まっていた空気が全て吐き出され、蹴られた勢いで砂地に顔から突っ込んでしまう。

拳が木を貫通して身動きが取れなくなったと言う勝手な思い込み。その本の僅かな油断から生まれてしまった隙を彼は見逃さなかったんだ。

頬の傷に砂が入り、海からの塩気が沁み込んで頬の傷が激しく痛み出す。

傷はかなり痛んでいるが、背中を蹴り飛ばされたにも拘らず、この程度の痛みで済んだのは運が良かった。

そう思いなんとかして立ち上がろうとしたが、今頃になって下半身が全く動かない事に気がついた。

恐る恐る後ろを見てみるが、私の足はまだちゃんとくっ付いているのが分かる。

…にも拘らず、下半身を全く動かせないと言う事は……蹴られた部分の背骨が砕けて、神経を伝達する脊髄が損傷したと言う事。

背筋が凍る思いでその事を認識した途端、背中から頬の痛みとは比べ物に為らない程の痛みが駆け巡った。

 

「くぁ……ッ」

 

痛みから泣き叫びたくなるのを必至で堪えるが、そんな事をしてもこの激痛が紛れる訳でもなく、素直に泣き叫んだ方がマシだとすら思えてくる。

でも、そうしないのは私にもプライドがあるからだ。月の使者たちのリーダー格としての誇りが、弱みを見せるのを拒絶していた。

……ついさっきまで恥を捨てて逃げ出そうとしていたくせに、今更何を言っているのだろうな。

痛みの余り思考がおかしくなったのか、自分でもついそんな事を思ってしまい、自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。

 

「…あの一撃で殺せたと思ったが、まだ身体がくっ付いているとはな。この力で戦うのは久し振りだからか、加減を間違えてしまったか」

「そういうのは、ふつう…やりすぎたときにつかうもの…だ」

「俺の場合はやり過ぎないように注意を払っているんだ。力を出しすぎれば星すら破壊し兼ねないからな」

「この…ばけものめ……」

「否定はしない。……それにしても、やはり弱い者を嬲るのは気が滅入る。だから、もう終わらせるぞ」

 

そう言って彼は掌の上に青の光球一つと黄色の光球二つを作り、それを混ぜ合わせて土色の光球を作り出した。

あの光の球が何を意味しているのか分からないけど、彼の動作一つ一つが恐怖にしか映らないでいた。

背骨が折れている所為でこの場から逃げる事も出来ず、彼が居る以上私の声は神々には届かない。

 

「月の民と言うのなら、この星の土となって眠るのは本望だろ」

「ちょっとリュウ。それ以上はやり過ぎ―――」

「沈め。災禍『カタストロフ』」

 

紅白の巫女が静止する間もなく、彼は掌に作った力を握り潰すようにして解放した。

彼が力を解放した途端、世界は砂も海も土も関係なく全てが泥に変化し、私も抵抗できずその中へと落ちる。

泥の海の中、私は息をする為に水面に顔を出そうともがくけど、足が動かない所為で碌に泳ぐ事も出来ない。

視界が悪く、碌に眼を開けていられない泥の海の中で、ただ悪戯に時と空気だけを消費していく。

それでもなんとか腕の力だけで水面に顔を出した途端、私の目の前には元の大地が直ぐ其処にまで迫って来ていた。

泥になった筈の大地が何故迫ってきているのか分からないまま、私は大地の中に飲み込まれてしまった。

 

依姫Side out

 

 

 

「…まぁ、こんなものか」

 

リュウはすっかり元通りに為っている世界を見て、一人で納得したかのように呟いた。

彼が使った魔法は確かに世界を一度は泥の中に沈めたものの、圧倒的な力を使い崩壊した世界を元通りの姿へと戻している。

リュウが敵視した相手は、泥の海の中に沈んだままに為っている筈だったが、依姫は寸前のところで泥の水面に顔を出せたお陰で窒息する事だけは免れた。

だがそれでも、左右から押し寄せてきた砂の中に埋もれている為、身動き一つとれず首だけが砂の上に出ているような状態だった。

 

「こんなもんか…じゃ、ないでしょこの馬鹿! アンタは毎度毎度やりすぎなのよ!」

「敵対者を生かしておく理由は無い。あのまま砂に埋もれていれば良かったものを……」

「それがやり過ぎだって言ってるのよ、このド阿呆!!」

 

リュウの傍にやって来た霊夢は、世界を沈めた魔法を使った事に猛抗議するが、当の本人は軽く聞き流していた。

世界を滅ぼす(かいぶつ)を相手に、普段となんら変わらない様子で接する事のできる霊夢は、ある意味大物なのかもしれない。

 

「文句なら後で全部纏めて聞くから後にしろ。それよりも、お前と一緒にこの地に来た馬鹿共を見つけて、さっさと帰るぞ」

「……ちゃんと後で聞いてもらうからね! 忘れるんじゃないわよ!」

「分かった、分かった」

 

そう言って霊夢を落ち着かせながら、リュウは彼女と共に月に来ている筈の者達の気配を探る。

今のリュウならば、態々歩き回って探したりする必要もなく、何処に何が居るのかを把握する事も可能。

元々気配には敏感な方であったが、力を解放してからはより過敏になり、かなり広範囲の存在を感知する事が出来る。

…そんなリュウだからこそ気づく事が出来た。まだ依姫は生きていて、彼女が何かを呼び出そうとしている事に。

 

「…? 如何したのよ、リュウ」

「いや、あの女がまだ生きているのかと思ってな。意外と頑丈なんだな」

「アレで生きているなんて……嘘でしょ?」

 

霊夢はリュウの言葉を信じられず、疑うような眼差しで依姫の事を見るが、今の彼女は誰の眼から見ても生きているようには見えなかった。

泥に塗れた所為で顔は薄汚れていて、とてもじゃないが精気があるようには見えない。

何より左右から大地に押し潰されて生きていられる訳もなく、首から上が無事でも身体が潰れていてもおかしくない。

だがしかし、依姫が押し潰されたのは硬い土の地面ではなく、白く柔らかな砂浜の地面。

五体満足でいられる様な状態ではないにしても、運よく即死するような事には為らなかったのだろう。

しかし、生きていても今の依姫にリュウと戦えるだけの力はない。……だからこそ、竜の討伐にあの神を呼んだのだ。

 

素戔(すさ)男尊命(のおのみこと)よ、この地におりたち…竜ごろしのでんせつを再び……」

 

砂に埋もれたまま精一杯言葉を紡いだ依姫だが、その声は余りにも小さく、声が届いているのか怪しい。

神々はまたしても彼女の声に応えず静観するのかと思った矢先、突然この地に嵐の様な風が吹き荒れ始める。

その風は砂を巻き上げ、木々に実っていた桃を次々を吹き飛ばしていく。

そんな中、依姫が埋まっていた場所に風が集っていき、まるで意思を持っているかのように風が砂の中に埋もれていた彼女を救出した。

傷付いた依姫を優しく抱き抱えていた風は徐々に人の形を成していく。

風の中から現れたのは、白い布の衣服を纏い、服とは逆に立派な具足と篭手を身に付けた青年だった。

見た目だけを言うなら大した存在には見えないのだが、彼からは並々ならぬ神の力を二人に感じさせた。

 

《この我を直接呼ぶから何事かと思えば、随分なやられ様だな、綿月の》

「申しわけ…ない。このようなしゅうたいを見せてしまって……」

《半死半生の身で無理して喋るな。…貴様の頼みは理解している。あの男を殺せと言う事なら、我としても願ってもない頼みだ》

「私では…どうすることもできない。だから、後はあなたに……」

 

言葉を言い終える前に依姫は素戔男尊(すさのお)の腕の中で気絶した。

気を失った依姫に素戔男尊(すさのお)は何の言葉も掛けなかったが、彼は依姫の顔をそっと撫でて彼女をボロボロの櫛へと姿を変えた。

 

《……おい、兎ども。そこら辺にいるんだろ、今すぐ出て来い》

 

素戔男尊(すさのお)が林を睨み付けながらそう言うと、木々の陰から怯えた様子の妖怪ウサギの様な者達が姿を表す。

怯えた様子の彼女たちに素戔男尊(すさのお)は一喝するわけでもなく、ボロボロの櫛を彼女達に向けて投げ付けた。

 

《その櫛を持って直ぐにこの場から離れろ。これより先は(われ)(あやつ)殺し合い(たたかい)だ。誰にも邪魔はさせん》

 

素戔男尊(すさのお)が心底嬉しそうに言うと、ウサギ達も何が起こるのか察したらしく、ボロボロの櫛を抱えたまま我先にとこの砂浜から逃げ出していく。

本来なら敵前逃亡などご法度なのだろうが、今はそれを咎めるものがいないため、彼女たちは脇目も刳らずに逃げ帰った。

そしてこの砂浜に残ったのは、これから始まるであろう戦いに喜ぶ素戔男尊(すさのお)と、その標的とされたリュウと、彼の傍にいる霊夢だけとなった。

 

《…さて、これで綿月の奴に後で文句を言われる事もないだろう。さぁ竜よ、存分に仕合おうではないか!》

 

声高々に素戔男尊(すさのお)とは対照的に、リュウは至って平静な面持ちを保っていた。

しかし、そう見えるのは表面上の事だけで、彼も依姫との戦いの際には見せなかった闘志を漲らせている。

素戔男尊(すさのお)の並々ならぬ熱意に触発されたのか、それともリュウの神殺しとしての力がそうさせるのかは分からない。……ただ一つだけ言えるのは、リュウはあの神と戦う事を嫌がってないと言う事だ。

 

それを証明するかのように、リュウは無言のまま依姫との戦いの際には出さなかった剣を持ち出す。

リュウが剣を出したのを見て、素戔男尊(すさのお)十束剣(とつかのつるぎ)と呼ばれる巨大な剣を呼び寄せた。

その巨大な剣を前にリュウは決して臆する事無く前に出るが、霊夢は彼の腕を掴んでその歩みを止めた。

 

「……なんの真似だ霊夢」

「えっと、これは…その……」

「俺がアイツに勝てるのか分からなくて不安なのか」

「…ッ。……そう、ね。リュウの言う通り、私は不安なんだと思う」

 

霊夢はリュウの腕を強く握り締めながら、自嘲するかのようにポツリと呟く。

相手は八岐大蛇(やまたのおろち)を討伐した伝説を持つ神。竜殺しの逸話を持つ相手を前に、霊夢は言い知れない不安を感じていた。

リュウならば素戔男尊(すさのお)が相手でも負ける事はないと信じていても、万が一の事を考えると掴んだ腕を放すことが出来ない。

神々の伝承を知る霊夢だからこその不安。しかしリュウは、そんな彼女の不安を掻き消すように笑ってみせた。

 

「心配するな霊夢。俺は誰が相手だろうと負けやしない」

「こ、こんな状況でよく笑ってられるわね。アンタには不安とかないの?」

「あぁ全くないな。…なんせ、お前が傍にいるんだ。負けるわけないだろ」

「……………」

 

そんな何の確証にも為らない言葉を言われて、流石の霊夢も言葉を失ってしまう。

 

「あ、アンタねぇ……。そんな事を言ったって、私には何も出来ないのよ」

「そんな事ないだろ。霊夢が俺の事を信じてくれるのなら、それだけで十分だ」

「………其処まで言うんだったら、絶対に勝ちなさいよ。良いわね!」

「ああ、勿論だ」

 

霊夢の瞳を真っ直ぐ見て力強く頷くリュウを見て、彼女も決心が付いたのか、握り締めていたその手を離した。

そんな霊夢にリュウは微笑むと、今度は後ろを振り返る事なく素戔男尊(すさのお)の前に立ちはだかる。

リュウの瞳には一切の迷いはなく、ただ絶対の自信だけを漲らせながら素戔男尊(すさのお)を見据えた。

 

《…話は終わったのか。全く、我のやる気に水を差さないで欲しいものだ》

「貴様のやる気など知った事か。…アイツとの約束があるんだ。貴様がどの様な逸話を持っていようとも、その大剣ごと斬り伏せる」

《ふ、フハハハハハハハハハッ! よく言った我が好敵手よ! ならば始めようか、覚悟は良いな戦神!!》

「それは俺の台詞だ。…今の俺の前に立ったからには、命を落とす覚悟で来い荒神!!」

 

お互いに啖呵を切ると同時に砂を蹴って駆け出し、お互いの剣を振り下ろして戦い始めた。

穢れを知らぬ月の浜で、神殺しと竜殺しは自身の誇りを賭けて、眼前の敵を討ち滅ぼす為に剣を振るう。

 

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