竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第百四十五話 人が忘れた神々の戦

《よく言った我が好敵手よ! ならば始めようか、覚悟は良いな戦神!!》

「それは俺の台詞だ。…今の俺の前に立ったからには、命を落とす覚悟で来い荒神!!」

 

リュウと素戔男尊(すさのお)はそう叫ぶと、お互いに一瞬の内に間合いを詰めて剣を振るう。

お互いの剣は交差するようにぶつかり合うが、その衝撃が余りにも強すぎた為か、二人の足元の砂が衝撃で吹き飛ばされた。

観戦していた者たちは、砂が舞い上がって反射的に眼を瞑ってしまうが、リュウと素戔男尊(すさのお)にはその様な些細な事など関係ない。

お互いに相手を斬り伏せようと力を込めるが、拮抗しているため思うように剣を振るえず、膠着してしまう。

するとリュウは、素戔男尊(すさのお)を押し飛ばして間合いを切ると、体勢を整えられる前に剣を振るって素戔男尊(すさのお)に斬り掛かった。

その剣速は人外の者であっても視認する事が出来ず、他の者から見れば、一瞬の内に描かれた光の筋が素戔男尊(すさのお)に襲い掛かっているようにも見える。

他の者であればその筋が描かれた時点で死が確定するが、此度の相手は日本最強の荒神と称される素戔男尊命(すさのおのみこと)

彼は押し飛ばされ体勢が崩れているにも拘らず、リュウにも勝るとも劣らない速度で剣を振るい、全ての斬撃を捌ききってみせた。

 

《この程度で我を討ち取れると思うな!》

「…一々叫ぶな、喧しい」

 

雄々しく叫ぶ素戔男尊(すさのお)と、それに呆れたように溜息を吐くリュウ。

全く正反対の反応をする二人だが、素戔男尊(すさのお)が体勢を立て直した途端、同時に眼に映らぬ神速の剣戟が始まった。

二人の周囲には太刀筋が光の筋となって描かれ、その数瞬あとに剣戟の音が響き渡り、衝撃であたりの物を吹き飛ばしていく。

衝撃で砂が吹き飛ばされ続けた結果、二人の足元にはクレーターの様な窪みが出来上がり、付近に生えていた木々は次々と倒れていった。

その中の一本が二人の間に倒れてくるが、一瞬の内に斬り刻まれ、小さな木片へと姿を変えて降り注いだ。

落ちてくる木片は更に細かく切断されていく中、その木片の一部が素戔男尊(すさのお)の視界を遮る。

その僅かな隙を見逃さなかったリュウは、即座に素戔男尊(すさのお)との間合いを離して、切先を後ろに向けて低く構えたまま一瞬の内に斬り込んでいく。

影すら映さずに姿を消してリュウが斬り込むと、素戔男尊(すさのお)の身体に太刀傷の様な打撃痕が浮かび上がり、余りにも素早い移動だった為にその軌跡に沿って砂が壁の様に立ち昇る。

その壁の先に姿を現したリュウだが、その脇腹には何かに切り裂かれたような真新しい傷が出来ていた。

一瞬の内に斬り込んだリュウだったが、素戔男尊(すさのお)はそれを防ぐ事はせずに斬り払ったのだ。

刹那の内に起こった攻防は、傷だけを見れば素戔男尊(すさのお)の勝ちなのが、リュウの傷は血を一滴も流す事無く既に完治していた。

 

《血すら流せぬとは……。その再生能力は今も健在と言う事か》

「そう言う貴様は頑丈な男だな。手を抜いたつもりはなかったんだが……」

《クハハハハハッ。貴様の攻撃を一度受けた程度で倒れる様な軟な身体なら、こうして対峙したりはせぬよ》

「……成る程、確かに道理だな。それなら、次は一撃で消し飛ばしてやる」

 

強烈な殺意を込めてリュウが宣言すると、その殺意に反応して素戔男尊(すさのお)は反射的に身構えてしまう。

素戔男尊(すさのお)が身構えた、その僅かな間にリュウは間合いを詰めて彼を海に向けて蹴りを叩き込む。

その一撃を篭手で防ぎながらも、流石に突然やって来た衝撃まで受け止めきる事は出来ず、素戔男尊(すさのお)は呆気なく蹴り飛ばされてしまう。

蹴り飛ばされた素戔男尊(すさのお)は、水の上を跳ねる石の様に海面を一度跳ねるが直ぐに体勢を建て直す。

海面に手をついてその場に踏み止まろうとしていると―――

 

「絶氷『波氷牙(バズーカ)』」

 

―――リュウが発動した魔法により、素戔男尊(すさのお)の手足を巻き込んで海が一瞬にして凍り付く。

見渡す限り何処までも続いていた水平線は、瞬きする僅かな時間に氷の平原へと姿を変えていた。

海ごと手足を凍り付かされた素戔男尊(すさのお)だが、自身の周りに風を巻き起こしてその氷を即座に削り切る。

そして直ぐに立ち上がってリュウの元へと向かおうとするが、素戔男尊(すさのお)よりも早くリュウは空いていた間合いを詰めていた。

それに即座に反応して素戔男尊(すさのお)は斬り掛かるものの、剣を振り下ろすよりも先にリュウは素戔男尊(すさのお)を上空へと殴り飛ばす。

今度は防ぐこともできずに空へと殴り飛ばされるが、リュウの攻撃はコレだけでは終わらず、上に飛ばされている素戔男尊(すさのお)を軽々と追い越し、渾身の力を込めて今度は海へと叩き落した。

渾身の力でリュウに殴られた素戔男尊(すさのお)は、抵抗する事もできずに海面の氷を砕いて海の中へと落ちていく。

そしてリュウは素戔男尊(すさのお)が出て来るのを待つことせず、鞘ごと有りっ丈の力を剣に纏わせて白く輝く不安定な刃を形成する。

白い刀身の中にある鞘から何かが割れる音が聞こえるが、リュウはそんな事を気にも留めずに剣を振り下ろした。

 

その一太刀は海面に広がる氷だけに留まらず、中の海水すらも易々と斬り裂き、底に広がる地面にも深い太刀傷を付ける。

魔法や奇跡による力ではなく、純粋な力だけでリュウは月に広がる海を両断してみせた。

海を容易く両断してみせたものの、封印の鞘がある中で急ごしらえで作った所為か、白い刀身は一度振るっただけで呆気なく消滅してしまう。

その様子を見てリュウは、鬱陶しいものを見るような眼で忌々しそうに鞘を睨みつけた。

…しかし、それも一瞬の事。リュウは直ぐに鞘から眼を逸らし、辺りを見渡し始めるが素戔男尊(すさのお)の姿は何処にも見当たらなかった。

両断された海の中に素戔男尊(すさのお)の姿はなく、周辺にも姿を確認する事が出来ないず、気配すら感じさせずにいた。

普通なら先程の一撃で消滅したのだと結論付けるが、リュウの中に〝討ち取った〟と言う確信がないため、今も素戔男尊(すさのお)の気配を探り続けている。

 

そんな中、突如として海上に暴風が吹き荒れ、海面を覆っていた氷を割って空へと舞い上がった。

暴風に飛ばされた氷は上空にいるリュウへと飛んでいくが、リュウは一瞬の内にその氷全てを切り払う。

氷がなくなっても風が止む事はなく、吹き荒れる風はまた氷を割ってリュウへと飛ばしていく。

リュウが氷を面倒くさそうに切り払っていると、目の前に飛んで来た氷が突然両断され、彼を吹き飛ばしてしまう。

砂浜に激突したリュウに大した怪我はないものの、暴風に巻き上げられた氷は砂浜にいるリュウへと向かって降り注ぐ。

降り注ぐ氷をリュウは切り払うことはせず、両の腕に力を溜めて腕を伸ばし、空に向けて狙いを定める。

 

「……竜砲『ドラゴンバースト』」

 

その言葉と共に解き放たれた力は、魔理沙や幽香の『マスタースパーク』をも超える極太の光線となり、降り注ぐ氷を一瞬にして消滅させながら空へと突き進む。

射線上にあるモノ全てを消滅させる光は何処までも伸びて行き、そのまま空の彼方へと消えて見えなくなる。

光が見えなくなった後、空を睨み付けていたリュウが構えを解くと、先程まで吹き荒れていた風が止んでいる事に気付く。

空に舞い上がっていた氷は全て消滅し、豊かの海は一時的に静寂を取り戻す。

これで戦いが終わったのかと、戦いを見ていた者の胸中にそんな事が浮んだその時―――

 

《やれやれ、酷い目に遭った。昔戦った時にはあんな砲撃はなかった筈だが》

 

―――左半身が消し飛んでいるにも関わらず、平気そうな顔をしている素戔男尊(すさのお)が砂浜に姿を現した。

その姿を見た者は、何故あの状態で生きているのかと戦慄する中、リュウは素戔男尊(すさのお)が生きていた事に全く動揺していなかった。

 

「この世界に帰ってきてから技を覚える機会が多々あってな。アレはその時覚えたものを、俺が使いやすい様に改良したものだ」

《ほぉ……。貴様にそんな器用な事が出来るとは驚きだ。面白い事を聞かせてもらった礼に、我も一つ面白いモノを見せよう》

 

素戔男尊(すさのお)がそう言うと、彼の周りに風が巻き起こり、消し飛んだ左半身に風が纏わりついていく。

纏わり付く風は徐々に人の体を為してゆき、僅かな間に素戔男尊(すさのお)の身体は元に戻っていた。

それを見たモノは驚きをあらわにするが、リュウだけは驚きも感心もする事はなかった。

 

「風を使っての復元……いや、少し違うか。元より今の貴様は魂だけがこの地に呼び出された状態。ならその身体は元々実体ではなく、お前がそう見せているだけの偶像か」

《正解だ。この身は風により創り出した虚構の器。貴様が何度消し飛ばそうとも、我が魂がある限り何度でも修復できるぞ》

 

魂が存在する限り滅びることの無い器。それは蓬莱人たちと似た身体をもつ事になるが、彼女等との違いは実体があるか無いかだけ。

蓬莱人は魂を本体とし肉体を作り出しているが、今の素戔男尊(すさのお)の身体はこの月に在る風で出来ている。

その全てが風で出来ているため、今の彼に体温は勿論のこと血も通っておらず、実体がないため体力が尽きるという心配も無い。

それは無尽蔵の体力と再生力を持つリュウも同じ事が言えるが、これではお互いに怪我により戦闘不能に陥ると言う事がなくなり、どちらかの心が折れるか、魂が消滅するまでこの戦いが終わることがなくなった。

 

「…神降ろしは〝神の分霊を降ろす〟術と聞いていたが、降りる器がないから自らの力で創り上げた訳か」

《本来ならこの様な事はしないのだが、此度の相手が貴様ではな。この位の事をせねばやってられん》

「それならば最初から戦おうとしなければ良いだろう。そこまでして俺に挑むなんて意味が分からんぞ」

《戦う意味だと? そんなもん、相手が貴様だったからだ。それ以上の理由も意味も無い》

「……この戦闘狂が」

《それは褒め言葉として受け取っておこう》

 

心底嫌そうな顔をするリュウに対して、素戔男尊(すさのお)は底意地の悪そうな笑みを見せる。

その笑みを見てリュウは頭を抱えたくなるが、直ぐに頭を切り返して剣を握り締めた。

そして一呼吸置く間もなく空へと飛び上がり、素戔男尊(すさのお)に向けて無数の斬撃形の弾を飛ばす。

一つ一つが巨大な斬撃は幾重にも折り重なって、壁の様な密度と為って素戔男尊(すさのお)へと迫る。

斬撃の壁とも言える弾幕を前に素戔男尊(すさのお)は逃げる素振りも見せず、十束剣(とつかのつるぎ)を振り上げてその壁を難なく両断してみせた。

断ち切られた弾幕は真ん中から左右に反れて、地面に大きな太刀傷を無数に作り出した。

難なく弾幕を断ち切られたリュウだが、特に落胆した様子もなく剣を振り被り、上空から素戔男尊(すさのお)に強襲する。

素戔男尊(すさのお)はその一撃を防ぐものの、上空からの一撃に受け止めきれずに弾かれてしまった。

 

地上に降り立ったリュウは直ぐに体勢を立て直し、先程のような神速の一閃は繰り出さず、常人の眼でも捉えられるような遅い攻撃を繰り出す。

誰が見ても捉える事の出来る遅い攻撃だが、先程までのような速い攻撃に慣れていた素戔男尊(すさのお)は急な変化に対応できず後手に回ってしまう。

だが、それも直ぐに慣れてリュウの攻撃に対応出来るように為り、素戔男尊(すさのお)はお返しと言わんばかりの力を込めた一撃を繰り出そうとする。

リュウもその瞬間を狙っていたのか、素戔男尊(すさのお)が攻撃を繰り出すのに合わせて神速の一閃を繰り出し、素戔男尊(すさのお)の身体に叩き込んだ。

緩急をつけた攻撃に反応できず、全ての攻撃を受けてしまうがその程度の事で素戔男尊(すさのお)が止まる筈もなく、リュウは強烈な一撃を貰い切り裂かれる。

再生能力で即座に治るものの、剣の鞘が鬱陶しくてたまらないのか、また忌々しそうに鞘を睨み付けた。

 

「…チッ。本当に鬱陶しい鞘だ」

《鞘の所為で思うように攻撃できんか。ならば此度の勝負は我の勝ちの様だな》

「ハッ。寝言は寝てから言え、荒神」

 

そう言ってリュウは素戔男尊(すさのお)の身体に手を押し当てると―――

 

「劫火『火炎(カエン)』」

 

―――全てを焼き尽くす炎を生み出し、素戔男尊(すさのお)の身体を飲み込んだ。

炎はリュウの視界に入るもの全てを焼いていき、地平線まで在った林と砂の一部が消滅し、氷付いていた海の一部が蒸発して無くなった。

そんな炎に飲み込まれても未だに燃え尽きぬモノが一つリュウの目の前に存在している。

全身を炎に包み込まれても燃え尽きないそれは、風を使って炎を束ね、自らの剣に纏わせた。

 

《…この焔、貴様に返すぞ》

 

全てを焼き尽くそうとする炎の中を耐え切った素戔男尊(すさのお)は、炎を纏わせた剣を振り被り、勢いよく振り下ろす。

リュウは半身を逸らして回避するものの、素戔男尊(すさのお)の太刀筋に入っていたモノは悉く消失する。

砂浜に深い傷が出来てもリュウはその光景を見る事はなく、攻撃を回避して即座に反撃し、素戔男尊(すさのお)を吹き飛ばす。

間合いを離したリュウは、赤い光球と緑の光球二つを混ぜ合わせた光の球を作り出し、それを無造作に握り潰した。

 

「破壊『テラブレイク』」

 

魔法を発動させると、素戔男尊(すさのお)の周囲に無数の光の球が出現し、上空へと舞い上がって彼の頭上に降り注いだ。

光弾の雨と言うには余りにも過密な絨毯爆撃。その光弾の一つ一つが大地を抉り、衝撃で地面に大きな亀裂が次々と入る。

星を破壊し尽くす爆撃を素戔男尊(すさのお)は物ともせず、風を使って光弾の流れを変えながらリュウへと向かって行く。

彼が通った後には大きなクレーターが無数にでき、砂の下にある土や岩をも抉っていた。

砂浜の景観が見るも無残な様に変わって行く中、二人は攻撃の手を緩める事はなく、素戔男尊(すさのお)が十二分に間合いを詰めたところで再び剣戟での戦いへと移行していった。

 

リュウは鞘の付いた剣に力を纏わせて振るい、素戔男尊(すさのお)は全てを薙ぎ払う様な風を剣に纏わせた。

二人が剣を交えるたびに空が振るえ、大地は力に耐え切れずに割れ、氷付いた海は崩壊していく。

その様は戦いを見ている者たちに世界の終わりを予感させ、この有様を創り出した二人に戦慄する。

二人は相手の事を〝戦神〟・〝荒神〟と称しているが、他の者から見ればどちらも〝破壊神〟にしか見えない。

神々が暮す幻想郷出身の彼女達から見ても、二人の殺し合い(たたかい)は常識を遥かに逸脱していた。

 

神速の剣戟が繰り広げられ、豊かの海が徐々に崩壊していく中、霊夢のいる一角だけが開始当時のままの姿を保っている。

リュウが霊夢を危険に晒す様な真似をしないのは当然の事だが、素戔男尊(すさのお)が彼女のいる場所に被害が出ない様にしているのは、偏にリュウの逆鱗に触れないようにしているからだ。

粗暴者で知られる素戔男尊(すさのお)だが、流石にリュウと霊夢の関係くらいは察する事ができる。そして彼女に危害を加えることが何を意味するのかもだ。

素戔男尊(すさのお)からしたら、霊夢に刃を向けたほうがリュウの隙を狙えるのだが、その先に待っているのが死闘ではなくただの殺戮。

神を滅ぼす程の力を持った竜の怒りに触れると言う事は、この月を犠牲にするくらいの覚悟を持たなければ為らない。

幾らリュウの隙を作るためとは言え、月を犠牲にしなければならないのは余りにも割に合わない行為だ。

その為に素戔男尊(すさのお)も彼女の周囲に危害が及ばない様に意図的に攻撃を逸らしているのだ。

 

霊夢のいる場所は安全が確保されているお陰で、彼女と一緒に月に来た者たちはその場所に避難する事が出来ていた。

だが、二人の破壊神の闘争を前に付き人妖精メイド達と魔理沙は怯え竦み、咲夜ですら余りの恐怖から立っている事が出来なくなっている。

そんな中でも怯む事無く二人の戦いを見届けているのは、霊夢とレミリアの二人だけだった。

 

「……ねぇ霊夢。この勝負、本当に彼は勝つことが出来るのかしら」

「なによ唐突に。アンタは運命を視ることができるんでしょ? その力を使って勝負の行く末を視ればいいじゃない」

「それは無理ね。さっき見ようとしたら眼が潰れそうに為ってしまったもの。力が強大すぎるのも考え物ね」

「ふ~ん……アンタでも視れないものがあるのね」

 

霊夢は興味なさ気に言いながらも、リュウと素戔男尊(すさのお)の戦いから目を離そうとしない。

二人の剣戟により絶えず地震が発生し、神速の剣が放つ剣圧がどれ程強烈な衝撃が走ろうとも、霊夢は二人の戦いから眼を逸らす事はしなかった。

彼女の眼に宿るのは〝全てを見届ける〟と言う確かな決意と、リュウの勝利を信じている強い〝思い〟だった。

その眼を見たレミリアは、ただ呆れたように溜息を吐いて、霊夢と同じ様に二人の戦いに眼を向けた。

 

リュウと素戔男尊(すさのお)の戦いは苛烈さを極め、既に二人の足元の大地は削り切られ空中で戦っているような状態だった。

そんな状態でも、二人は大地を蹴るように空中を駆け抜け、二人が横切るのと同時に光の筋が描かれる。

幾度となく繰り返されてきた激戦の中、リュウが剣の鞘に眼を向けると鞘は大分傷付き痛んでいた。

 

「…もう少しか」

 

何の感慨も無くリュウがそう呟くと、再び剣に有りっ丈の力を纏わせて素戔男尊(すさのお)へと挑む。

素戔男尊(すさのお)もリュウに応える様に剣戟を交わしていくと、今までにないほど大きく何かが裂ける音が聞こえてくる。

その音は鞘が二人の戦いに耐え切れずに崩壊を始めた音。神々が恐れた剣が解放される兆しでもあった。

いかに神を封じる事のできる糸で作られ様とも、世界を滅ぼすリュウの力を纏い、素戔男尊(すさのお)と幾度となくぶつかれば崩壊するのも必然。

それが分かったからこそ、リュウは魔法により小細工を止め、素戔男尊(すさのお)との剣戟に興じていた。

 

《…武御雷(たけみかずち)によって封印された剣。一体どれ程の物か楽しみだな》

「なんだ、貴様はこの剣が解放される事が恐ろしくはないのか?」

《恐ろしい? ハッ、馬鹿を言うな。他の者ならいざ知らず、我は貴様と戦いに来ているのだ。それなのに貴様の力を、貴様の剣を恐れてなんとする! その鞘が邪魔で剣が真価を発揮できぬと言うのなら、我がその鞘を切り払ってくれよう!》

 

そう言って素戔男尊(すさのお)は、自らの宣言どおり鞘を破壊しようと苛烈な攻撃を繰り出してくる。

鞘を切り払うといいながらも、その攻撃はどれも一撃で相手を切り伏せようとする意思が込められており、他の者達から見れば先程までと大差ない様な壮絶な攻めだ。

だがリュウは、素戔男尊(すさのお)の猛攻を前にしても臆する事なく、全ての攻撃を鞘で受けるようにして捌いていき、隙さえあれば果敢に反撃もしていく。

お互いに鞘の事を邪魔だと感じていながらも、破壊する為に協力し合おうなどと考えているわけもなく、機会があるのならこのまま勝負を決めてしまおうとさえしている。

そんな攻防を絶えず続けていれば、自然と鞘の亀裂の数もどんどん増えていき、その深さも増していく。

鞘に出来た亀裂からはリュウの力とは別に、雲の様な霧が漏れ始め、中に収められていた鉄の色が見え隠れする。

それに伴って二人の攻防は激しさを更に増していき、豊かの海の崩壊も加速度的に早まっていった。

美しかった海の景色はもはや見る影もなく、二人の攻防によってこの一帯は生き物の住めない不毛な大地へと変わり果ててしまった。

どれだけ景色が変わり果てようとも、どれだけ見ている者に恐れられようとも、二人は止まる事無く剣を振るい続ける。

何時までも続くかのように見えた二人の攻防だが、リュウが崩壊していく鞘に眼を取られた一瞬の隙をつかれて状況が変わった。

 

《貰ったッ!!》

 

リュウが見せた僅かな隙を見逃さなかった素戔男尊(すさのお)は、彼を力一杯蹴り飛ばし体勢を崩させる。

素戔男尊(すさのお)がこの好機を逃す筈もなく、リュウが体勢を立て直す間も与えず、渾身の力を込めて剣を振り下ろして来た。

崩れた体勢に、自分へと振り下ろされる渾身の一撃。これは躱す事は出来ないと悟ったリュウは、自分も渾身の力を込めて剣を振り払う。

 

「《ハアァァァァァァァァァァァッ!!》」

 

お互いに渾身の力を込めた剣がぶつかった瞬間、リュウの剣を封印していた鞘が砕け散り、今まで抑え付けられていた力が一気に解放される。

解放された力はその衝撃で素戔男尊(すさのお)を軽々と吹き飛ばし、天を覆わんばかりの分厚い雲を呼び寄せた。

今まで隠されていた刀身が顕わになったとき、誰もがその姿に息を呑み、心を奪われる。

形状としては雲を纏った身丈ほどの片刃の大刀だが、刃は何の紋様もない直刃をしており、一切の装飾を施されていなかった。

何の遊びもなく、ただ〝斬る〟と言う事だけを追究したような無機質で無骨な剣。

一見すると余りにも地味な剣にも見えるが、見た者の心を掴んで放さないのは、その刃が余りにも美しすぎるからだ。

ただ〝斬る〟事だけを追究された刃は確かに無骨だが、それと同時に究極にまで高められた機能美が存在していた。

この剣に装飾が施されなかったのではない、この剣に装飾が不要だから施さなかったのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……………」

 

解放された刀身を眺めたリュウは、その感触を確かめるように軽く剣を振るう。

皆が剣に目を奪われ、静寂していた空間に刃が空気を切る音が響き渡る。

本来なら決して大きな音ではない筈なのに、誰もがその剣が奏でる音に聞き惚れてしまっていた。

ただ一人リュウだけは、その音に聞き惚れる事はなく、剣の感触を確かめると満足した様子で頷いた。

 

「…アイツ等にしては出来過ぎだな。恐らく他の神も協力したのだろうが、何にせよ大したもんだ」

 

リュウは誰に語りかける訳でもなく呟くと、剣を構えて素戔男尊(すさのお)を見据える。

素戔男尊(すさのお)は未だに剣の輝きに目を奪われているが、リュウはそんな事お構い無しに空を蹴り、一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす。

 

《ッ!?》

 

素戔男尊(すさのお)は反射的にリュウの攻撃を防ぐが、余りにも突然の出来事に受け止め切る事が出来ず、そのまま下へと斬り飛ばされる。

攻撃を受けて正気を取り戻した素戔男尊(すさのお)は、即座に体勢と立て直すものの、リュウの攻撃を一度受けただけで彼の剣の刃が欠けてしまっていた。

神話によりと、八岐大蛇(やまたのおろち)を討伐した際に素戔男尊(すさのお)の剣は、尾の中に有った剣により刃を欠けさせていた。

この時に現れた剣こそが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)であり、今リュウが振るっている剣の正体でもあった。

 

《相変わらず恐ろしいほどの硬さだ。またしても一撃で刃が欠けてしまうとはな》

「欠ける程度ならまだマシだろ。…次はその剣を両断するぞ」

《ハッ、面白い。やれるものならやってみるがいい!!》

 

声高々に挑発した素戔男尊(すさのお)は、リュウの剣に魅了される事無く真っ直ぐに立ち向かって行く。

迫りくる素戔男尊(すさのお)を前に、リュウは静かに剣を構えて相手が来るのを待ち受ける。

剣を構えて待ち続け、素戔男尊(すさのお)がリュウの間合いに入った瞬間、光の軌跡すら残さずに彼の身体をバラバラに切り裂いた。

剣で受ける事すらできず、反撃する暇も与えず切り裂かれた素戔男尊(すさのお)は、バラバラになった身体を再構成しながら無理やり剣を振るう。

振るわれた剣をリュウが叢雲で受け止めると、素戔男尊(すさのお)の剣は接触した部分がまたしても欠ける。

素戔男尊(すさのお)はかけた刃など気にせずに挑みかかるが、簡単にリュウに突き飛ばされ間合いを大きく離されてしまう。

それに対応する様にその場に踏み止まろうとするが、既にリュウが離した間合いを詰めて剣を振り被っていた。

一瞬にして間合いを詰められ、躱す事の出来ない攻撃に、素戔男尊(すさのお)の身体はまたしても切り裂かれてしまう。

鞘で封印されていた頃とはまるで違う動き。相手を斬る、ただそれだけが出来る様に為っただけで、戦局は一気にリュウへと傾いた。

 

《クッ……まだまだァッ!!》

 

劣勢に立たされても素戔男尊(すさのお)の闘志が尽きる事はなく、即座に身体を再構成して果敢に挑みかかる。

だが、やはり剣で受け止める事ができないと言うのは大きく、避ける事のできないタイミングでの攻撃には如何する事も出来ずにいる。

それでも臆する事無く挑み続ける素戔男尊(すさのお)に、リュウは自ら後ろに下がって大きく間合いを離した。

切り伏せようと迫りくる素戔男尊(すさのお)に対して、リュウはただ叢雲に溢れんばかりの力を込める。

力を込められた叢雲は刀身に纏っていた雲が消え去り、全てを掻き消すような白い光に包み込まれた。

その光で純白に輝く巨大な光の刀身を創り上げ、リュウはその刃を迫りくる素戔男尊(すさのお)に振り下ろした。

 

「…竜剣『ドラゴンブレード』」

 

振り下ろされた刃を寸前のところで回避した素戔男尊(すさのお)だったが、リュウの目の前には何も存在していなかった。

天を覆っていた雲も、凍てついた海も、その下に隠れていた大地も、光の刃の太刀筋に沿って其処に存在していたモノ全てが斬り裂かれていた。

斬り裂かれた海は時が止まったかのように静止していたが、直ぐになくなった空間を埋めるように音を立てて水が押し寄せる。

これ程の力を纏いながらも叢雲は毀れる事無く、白い刃も消滅する事無く維持され続けていた。

この瞬間、誰もが悟った。今この場に究極の力にも纏う、不滅の剣が完成したのだと。

 

「……此処までやるつもりはなかったんだが、まぁ仕方がない」

《これほどの事を仕出かしておきながら、仕方が無いで済ませるとは……。そんな事だから貴様は姉上(あまてらす)を泣かせるのだ》

「確かにそうかもしれないが、此処は月の上だ。今回はアイツを泣かせる様な事にはならんだろ」

《ふ、フハハハハハハハハハハハハハッ。確かにその通りだな。月は兄上(つくよみ)が統治する世界。もし泣くとしたらあやつの方だろうな》

 

全てを斬り裂くような刃を目の前で振るわれたにも拘らず、素戔男尊(すさのお)は心底楽しそうに大声で笑う。

リュウの攻撃を目の当たりにして狂った訳でもなく、リュウの冗談とも本気とも取れる言葉が可笑しくて笑っていた。

神話の時代に現れたリュウは、とてもこの様な事を言う性格ではなかったため、素戔男尊(すさのお)は彼の予想外の発言がツボに嵌った様だ。

楽しげに笑う素戔男尊(すさのお)に釣られたのか、戦闘中にも関わらずリュウも小さな笑みを見せた。

 

《…あ~笑った。全く、何時以来だ? 此処まで笑ったのは》

「そんな事俺が知るか。そんなのは戦いが終わってから思い返してみればいいだろ」

《確かに貴様の言う通りだな。ではそろそろ……終わらせるとしよう》

「ああ、そうだな」

 

真剣な顔に戻った素戔男尊(すさのお)がリュウの前に対峙すると、リュウは光の刃を収束させ元通りの長さへと戻した。

あれだけ笑っていたのに、まだ戦おうとする二人を見て魔理沙たちは訳が分からなくなる。

常人である彼女たちには理解できない事だろうが、彼らからしてみればこの様な中途半端な形で終わらせられる訳がない。

お互いに何らかの私怨があるわけでもない。ただ、相手の事を好敵手だと認めているからこそ、ちゃんとした形で決着を着けようとしている。

 

無言のまま剣を構えた二人は、相手を射殺さんばかりに睨み付けて間合いを計る。

互いに狙っているのは小手先の業ではなく、自身が放てる最強の一閃。

好敵手と認めたからこそ、その一撃に全てを乗せ、相手を打倒する。

 

「《……………》」

 

互いに睨み合ったまま動く事無く、ただ静かに時間だけが過ぎ去って行く。

二人の気概に見ている者達も触発されたのか、息をするのも忘れてジッと見守っていた。

音もなく、静寂となった世界に一陣の風が吹きぬけた瞬間―――

 

「《…ッ!》」

 

―――二人は同時に駆け出し、躊躇う事無く剣を振り抜いた。

……それは一瞬の出来事だった。二人は余りにも速く駆け抜けたため、常人の眼には何が起こったのか理解できず、ただ一瞬の内にお互いの場所が入れ替わった様にしか見えなかった。

ただ鉄がぶつかる甲高い音が聞こえたため、あの二人が剣を交えた事だけは、はっきりと理解する事ができた。

お互いに最強の一閃を繰り出した二人は、その場から身動きする事もなく、ただジッと立ち止まっている。

どちらが勝ったのか分からないまま、時間だけが静かに過ぎ去っていると、上空から真っ二つに両断された素戔男尊(すさのお)の剣が降って来た。

 

《……チッ。どうやら此度も我の負けの様だな》

 

悔しそうに素戔男尊(すさのお)がそう呟くと、彼が握り締めていた剣の上半分が無くなっていた。

あの刹那の攻防の瞬間、リュウが繰り出した一撃は素戔男尊(すさのお)の剣を切り裂いていたのだ。

その顔はリュウに負けた事に悔しさを滲ませているが、決して後悔だけはしていなかった。

自身の誇りと命を賭けた挑んだのだ。此処で散ることになっても後悔だけは決してしないだろう。

一方で素戔男尊(すさのお)に背を向けたまま、静かに構えを解いたリュウは背中を向けたまま彼に声を掛ける。

 

「おい、素戔男尊(すさのお)。本体に伝えておけ。この剣を超える武器を手に入れた暁にはまた貴様と戦ってやる…と」

《…フッ。その言葉、確かに受け取った。努々忘れるなよ》

「安心しろ。今度は何も忘れたりしないさ」

 

背中越しにリュウの返事を聞いた素戔男尊(すさのお)は、嬉しそうに子供の様な笑みを見せる。

何時の日になるのか分からないが、また最強の好敵手と戦う事が出来る。その事が堪らなく嬉しかったのだ。

嬉しそうに笑う素戔男尊(すさのお)だが、肩口から脇腹に掛けて筋が走り、そのまま身体がずれる。

そして身体の内側から溢れた光に飲み込まれ、欠片一つ残さず素戔男尊(すさのお)はこの世界から消滅した。

 

「…神滅『テラ=ブレイク』。これが今の俺が放てる、最強の一撃だ」

 

リュウは膨れ上がる膨大な光に背を向けたまま、自身が認めた好敵手に手向けを送る。

好敵手だと認めたからこそ決して手を抜かなかったリュウは、最後の一撃までその事を貫き通した。

こうして月を舞台にした戦神と荒神の戦いは、リュウの勝利と言う形で幕を下ろした……。

 

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