「……ったく、アイツ等、無駄に逃げ回りやがって。お陰で余計な時間を食っちまった」
冬場特有の早い夕暮れ時。俺は一人愚痴を零しながら、朱に染まる神社の境内に降り立った。
今日は朝からこの間の礼をしに出かけていたんだが、あの馬鹿二人があちこちを逃げ回るお陰でこんな時間まで掛かってしまった。
なにも命まで取ろうって訳じゃないのに全力で逃げ回りやがって。まさか幻想郷中を駆け回る事に為るとは思わなかったぞ。
霊夢の奴に今日は早く帰るって言っていたのに、こんな時間じゃアイツに文句を言われるかもしれないな。
そんな事を考えながら母屋の戸を開けると、玄関に霊夢の物でも衣玖の物でもない靴に眼が留まる。
魔理沙の奴……は、今日俺が叩きのめしたから違う筈だし、珍しく他の誰かが遊びに来たんだろう。
恐らくは龍神辺りだろう。そんな事を考えながら居間の戸を開けると―――
《こんにちは、竜。お邪魔していますよ》
「……ウチで何してんだ、天照」
―――物凄く意外な奴がウチの居間で霊夢とお茶を飲んでいた。
仮にも太陽神が年末のこの時期にウチに来ていて良いのだろうか? 思わずそんな事を考えてしまう。
まぁ、特に問題も無いからウチに来ているんだろが、今日は一体なんの用で来たのやら。
突拍子もないのは龍神だけにして欲しい。そんな事を思いながら何時もの席に腰を下ろすと、霊夢が見計らったかのようにお茶を出してくれる。
「あんがと、霊夢」
「どういたしまして」
霊夢が出してくれたお茶は淹れてから時間が経っているのか、少し温く感じるけど一気に飲み干すには丁度いい熱さだった。
俺はそのお茶を一気に飲み干して喉を潤した後、物珍しい物を見るような眼の天照の方に顔を向けた。
「…なんだよ、天照。言いたい事があるならはっきり言えよ」
《いえ、別に他意は有りません。ただ、お二人の行動が余りにも自然だったものでつい》
「自然って……。そりゃ、3年以上一緒に暮らしていればそうなるだろ」
《
「……なんか引っ掛かる物言いだな」
「だってリュウだし。そう言われても仕方が無いわよ」
「霊夢までそんな事を言うのか!?」
天照だけではなく霊夢にまで駄目だしを受けて、俺は軽いショックを受けた。
二人がなんの事を言っているのか理解出来ないけど、其処まで言われると流石の俺でもショックは受ける。
霊夢には天照が何を言いたいのか分かったみたいだが、アイツは本当に何を言いたかったんだろうか。
「…まぁいいや。どうせ考えても分からないだろうしな」
「そこで頭を切り替えるから呆れられるのよ……」
「……へっ?」
「なんでもないわよ。…ったく」
霊夢が微妙に不貞腐れてしまったが、なんでそうなったのかが俺には理解出来ない。
そんな中で頭を下げて謝っても効果ないだろうし、ここは無難に話題を変えて話を逸らしてしまおう。
「ところで天照。今日は一体なんの用で来たんだ? 龍神の奴と違って気軽に来れる立場じゃないだろ」
《今日はただ遊びに来ただけですよ。確かに立場を考えれば、頻繁に下界に下りる訳にも行きませんけど、高天原にはちゃんと本体が居ますのでそう簡単にはバレないでしょう》
「……本体をカモフラージュに使うって何かおかしくねぇか? 普通は逆だろ」
《確かに貴方の言う通りですが、本体が居なくなると直ぐにバレてしまいますから、こうするしかないんですよ》
「ふ~ん…。神様ってのも色々と制約があるんだな」
《と言うか、何にも縛られず自由に行動できる神なんて貴方くらいしかいませんよ》
「俺を勝手に神様に仕立て上げるな」
「《えっ?》」
「……いや、そこで声をそろえて驚くなよ。てか、霊夢は同意してくれよ」
「だって、この間の戦いで
霊夢に真顔でそんな事を言われてしまい、今度は流石に凹んでしまう。
確かにあの時は反論しなかったけど、アレはアンフィニの変身していたからと言うか、戦いの最中でそんな事を気にしている余裕がなかったと言うか……。
…そう言えば八雲の奴も俺の事を〝竜神〟って呼んでくるな。アレはただの嫌がらせだろうから気にしてなかったけど、アイツの所為でそう呼ばれる事に抵抗がなくなってきているのか!
「おのれスキマ妖怪が……」
「なんで其処で怒りの矛先が紫に向かうのよ」
《幾ら言いつくろうとも貴方は普通の竜ではありませんし、大人しく諦めたほうが楽ですよ》
「うごごごご……」
物凄く納得がいかん……が、確かに自分でも普通の竜と言うには逸脱しているのは分かる。
逸脱し過ぎて普通の竜とは呼べないってのは分かるが、それでも嫌なものは嫌なんだよ。
「まぁ、リュウがそう言う風に呼ばれるのが嫌いなのは今に始まった事じゃないし、別にいいんだけどね」
《それもそうですね》
「……分かってるなら態々口にしなくてもいいだろ」
《豊かの海を滅茶苦茶にしたのですから、この位の嫌味は言わせて貰いませんと》
「小言を言われるのは覚悟してたけど、なんか納得いかねぇ」
これなら素直に小言を言われる方がマシだった。そんな事を思いながら、ちゃぶ台の上にあるお茶請けの煎餅に手を伸ばして自棄食いする。
色々と言われるだろうと覚悟は出来ていたが、あんな嫌味を言われるだなんて想像すらしてないっての。
第一、結界のお陰で外からじゃ見えないんだろうから、海の一つや二つ切り刻んだ程度でグダグダ言うなよ。
「そう言えば天照。アンタに一つ聞きたい事があるんだけど」
《はい、なんでしょうか》
「この間リュウが月で大暴れしたけど、リュウに報復しようと行動を起こしてないでしょうね? アンタなら
《あぁ、その事ですか。それでしたら安心して下さい。彼らは竜に報復しようなどと考えてませんよ》
「え、そうなの? アレだけ派手に暴れていたら激怒していても不思議じゃないと思ってたのに」
《別に怒っていない訳ではないのですが、この地に攻め入ろうとはしないでしょうね》
天照はおどける訳でもなく平然としたまま言うが、その言葉を簡単には鵜呑みに出来ない俺達がいた。
彼女が嘘を付いているとは思えないが、月の民がなんの行動も起こさないって言うのが信じられない。
攻め入ろうとしないまでも、何らかの行動は起こしているのが普通だと思うんだが……長い事あんな世界で暮らしていたから、考え方が俺達とは根本的に違っているのか?
「帰る前に出会った月の民は、リュウを敵視していたのに……変な話ね」
《その民と言うのは恐らく
「なんだ、依姫の奴に姉なんか居たのか。……その割には似てない姉妹だよな。髪の色も違うし」
「そんな事を言ったら、レミリアとフランだって全然似てないじゃない。気にするほどの事じゃないわ」
「だけど、仮にも姉妹って言うのなら、もう少し外見的な特徴が似ててもいいだろ」
「背丈だけは似てたじゃない」
「その程度なら、世界中探せば幾らでも見つけられるっての」
《……あの、話を戻してもいいでしょうか?》
「「あ、ごめん」」
思わぬ情報につい話しが脱線してしまったが、天照が口を挟んだ事でなんとか軌道修正する。
…しかし、アレが依姫の姉とはねぇ。思い返してみてもやっぱり似ているようには見えないな。
《それで弟から聞いた話によりますと、なんでも豊姫が〝此度の侵入者は
天照は何処か呆れた様子で話してくれたが、霊夢は豊姫とか言う奴の報告を聞いて不機嫌になっている。
真実とは違う報告をしたからだろうけど、自分と依姫の立場を危ぶめる事なく、俺との全面対決を避けるには中々にいい報告だったと思う。
しかし、裏も取らずに報告をあっさりと信じるのはどうなんだろうか。それだけ彼女に対する信頼が厚いって事なのかもしれないが、多少なりと裏を取っておくべきだろ。
……いや、
その所為で信憑性を確かめたくても確かめる事ができず、上がってきた報告を信じるしかなかったって所か。
「随分と自分に都合の良い報告ね。扇子の風が効かなくて愕然としていたくせに」
「まぁ、好きなように報告しろって言ったのは俺だからな。内容に付いてとやかく言う気はねぇよ」
「アンタはそれで良いかも知れないけど、私はどーしても納得がいかないのよ」
《そうは言いましても、あの状況では〝竜が逃げた〟と報告するのが最善だったと思います。あのままの真実を伝えてしまい、不要な混乱を招くわけにもいきませんから》
「月の混乱なんて私の知ったことじゃないわよ。そんな事よりもリュウが負けたみたいな報告が気に入らない」
《……気分を害しているのはそれが理由ですか》
俺が負けたみたいな報告が気に入らない。ただそれだけの理由に俺と天照は思わず呆れてしまった。
わりと如何でも良い様な理由な気もするが、霊夢にとってはそうでもないらしい。
俺としては面倒な事にならなくて楽できるんだが、下手な事いって余計に怒らせたくないし、黙っていよう。
「…ところで天照。依姫の奴はまだ生きてるのか」
《辛うじて…と言ったところでしょうか。頭脳と称された方が居なくなってから、月の医学薬学は対して進歩してませんからね。彼女の傷が癒えるのは先のことになりそうです》
「あれだけ痛めつけておいてまだ生きてるとは……。月の民ってのは思いのほか頑丈に出来てるんだな」
《霊夢は怒るところがでしたが、貴方は関心するところがおかしいですよ》
「そうか? 大地に喰われて生きている方がおかしいと思うけどな」
《貴方は彼女にどんな魔法を使ったんですか……》
天照は疲れた様子で肩を落としながら、溜息を吐くように呆れた様子でそんな事を言ってくる。
そんな彼女にどんな魔法を使ったのか説明したら、間違いなく面倒な事に為りそうだから黙っていよう。
結構えげつない魔法を使ったという自覚はあるものの、アレを使った事に反省も後悔もしていない。
とりあえず、天照が気を持ち直すまでそっとしておこうと思い、茶請けの煎餅に手を伸ばしたとき―――
「お~い、竜~。ち~とばかし邪魔するぞ~」
―――夕暮れ時だって言うのに、変なタイミングで今度は龍神の奴が遊びにきやがった。
彼女の手には一升瓶が握られていて、ベルトの付いた四角い大きな箱が肩から提げられている。
箱に何が入っているのか分からないが、どうやら此処で酒盛りをする腹積もりだってのは分かる。
「いきなり何しに来たんだよ。今日は宴会をする予定はないぞ」
「いやな、あの鬱陶しい鞘が壊れたという話を小耳に挟んでな。それを祝して飲もうかと」
「……お前の場合は、ソレを理由に酒が飲みたいだけだろ」
「そうとも言うがな!」
「威張るな!!」
「あっはっはっはっはっはっはっ!!」
こっちの気も知らないで高笑いをする龍神を見て、コイツは何を言っても酒盛りする気なんだと悟る。
日が沈み始めた夕暮れ時とは言っても、時刻で表せばまだ五時にも為っていないってのに……。
ただ酒が飲みたいだけの龍神に呆れてしまうが、剣が封印されて悔しい思いをしたのはコイツと天照なんだろうし、多少の事は大目に見てやるのも悪くないか。
「ったく、しゃーねぇな。でも、急に押し掛けられてもコッチは何の準備も出来てねぇぞ」
「それなら大丈夫じゃ。妾が外の世界の海で石鯛を釣ってきたからなッ!」
「……霊夢、石鯛ってなんだ」
「幻想郷出身の私が、海の魚なんて知るわけないでしょ。とりあえず魚なんだし、捌けば分かるでしょ」
「まぁそれもそうか。龍神、魚を台所に運んどいてくれ。それから天照、今日はアンタも飲んでいけ」
《あ、いえ、
「叢雲の封印が解けた祝いなんだ。制作に携わったアンタが居てくれなきゃ困る。だから飲んでけ」
《……そう言うことでしたら、ご一緒させていただきましょう》
何処か遠慮しながらも、天照はこの唐突な酒盛りに参加してくれると言ってくれた。
断られたら引き止めないでおこうと思っていたが、参加するならそれに越したことはないな。
「よっし、決まりだな。それじゃさっさと準備するから、少し待っていてくれ」
「あ、そのくらい私がするから、アンタは座ってなさいよ」
「いや、単純に石鯛ってのを捌いてみたいんだよ。前の世界じゃそんな魚いなかったし」
「……なんともアンタらしい理由ね。それなら一緒にやりましょうか」
「話が早くて助かる。あ、それと龍神。ひとっ走りして、衣玖の様子を見てきてくれ」
「参加できそうなら連れてくればよいのじゃな。まかせい」
俺の意図を瞬時に察してくれた龍神は、酒と魚の入った箱を台所に置くとそのまま姿を消した。
何度見ても不思議な移動方法だが、こう言う時に限って言えばすんごく便利だと思う。
俺の転移魔法は一度行った事のある場所にしか行けないから、それ以外の地域には行きたくても行けないんだよな。
偶には海で釣りをしたいが……今度こっそりと月に行って釣りでもするか? でも、バレたら確実に面倒な事に為るだろうし、止めておこう。
そんな事を思いながらも、龍神が持って来た石鯛とか言う魚の調理を霊夢と共に始めた。
《ところで竜。一つお聞きしたいことが有るのですが》
「ん? なんだ」
《新しくなった叢雲は如何でしたか? 何分、剣を創ると言うのは初めての事で、どうも気に為ってしまって》
「あ~……二人だけで創ったにしては上出来すぎるが、恐らくアレ以上の剣には巡り会えないだろうな」
《そうですか。貴方にそこまで言わせれたのなら、
「しっかし、一体誰がお前等に協力したんだ? まぁ、大体の目星は付くんだけどさ」
《その事に関しましては黙秘させて頂きます。貴方に教えないと言う条件で協力してくれたのですから》
「……あ、そう。ならそいつに礼でも言っておいてくれ。多分要らないとか言われるんだろうけど」
《ふふ。確かにそうかもしれませんが、言うだけ言っておきますよ》
「ん、頼んだ」
天照に頼み事をしながらも、俺は手を動かして石鯛を三枚に下ろしてみせた。
この状態から何を作るとか全然考えてなかったけど、とりあえずもう一匹いるし、これは刺身にして骨とかは汁物にでもすれば良いか。
この後の酒盛りで霊夢が醜態を晒したのは言うまでも無い……。