リュウSide
今宵はもはや毎年の恒例となった年末の大忘年会。その会場は何時もと変わらず博麗神社。
大体何時もの面子が神社に集って酒を持ち寄り、用意しておいて料理を肴に好き勝手に楽しんでいる。
既に始まってから大分時間も経って、そろそろ何人か酔い潰れ始めるころかな~と軽く現実逃避をしていた。
「えへへ……。リュウ、温かい」
「そうか。俺はお前に抱きつかれて暑苦しいんだが」
「暑くるしいってなによ~。これは幸せの暑くるしさなの~」
「はいはい、そうだね」
何時もの如く酔っ払った霊夢は、俺の背中に抱き付いてご満悦の様子だ。
でも、酒を飲んで身体が火照ってる所為か、抱き付かれている俺からしたら暑苦しくてかなわん。
霊夢も酒に弱いわけでもないんだが、無理して俺のペースに併せて呑もうとするから直ぐに酔っ払うんだ。
もう少しペースを落として飲めばいいんだが―――
「リュウさん。お酌いたしますよ」
「ん? あぁ、悪いな。衣玖」
「いえ、このくらいなんでもありません」
―――衣玖の奴が自分の事そっちのけで甲斐甲斐しく世話してくるから、無碍に出来ないんだよな。
衣玖には俺の事はいいから今日くらい楽しめって言ったのに、当の本人は〝わたくしにはこうしている方が幸せです〟とか言ってくる始末。
そう言ってきたとき、霊夢が衣玖の事を物凄く睨んでいたが気にしないでおこう。てか、忘れてしまおう。
しかし、衣玖が現在の職場を辞めたら、今後は宴会のたびにこうなるのかと思うと若干憂鬱ではある。……偶には独りでのんびりと酒を飲ませて欲しい。
そんな事は幻想郷に居る限り無理だろうと諦めていると、酔っているのか、若干顔を赤らめた妖夢が俺の眼の前に腰を下ろした。
「リュウさん。あなたに一つお聞きしたい事があります」
「なんだよ、突然改まって。…てかお前、酔っ払ってるだろ」
「私は酔ってなどいません!!」
「…声がデケェよ」
本人は酔っ払っていないと否定してくるが、顔を赤らめている事といい、声のデカさといい、目の据わり具合を考えると確実に酔っ払っている。
口調は少しばかり覚束無いが、霊夢に比べたらまだ幾分かマシって感じか。でも、酔っ払いの相手は一人で十分なのでお引取り願いたい。
こう言う時は保護者に引き取ってもらうのが一番だが、亡霊姫は八雲と酒を飲みながら面白そうにこっちを見てくるだけ。
それだけでアイツ等は妖夢を引き取る気が無いのだと悟ることが出来る。……後で覚えてろよ。
「リュウさん。前々から思っていましたが、あなた私のことをばかにしてますね!」
「だから声がデカいと……。てか、なんだよいきなり」
「だって私きいたんですよ! あなたが月ですさのおをたおしたって!」
「……ちょっと待て。一体誰からその話を聞いたんだ」
「月のウサギさんたちです! …あなたとは対等のライバルだと思っていましたが、そんな実力をかくしていたなんて、あんまりです! 最低です! 見損ないました!」
「……………」
酔っ払っている所為か、普段ではあまり表に出さない……って事もないか、普段から妖夢はこんな奴だ。
普段よりも声を張り上げてキツめに言ってくるが、正直鬱陶しい事この上ない。
俺と妖夢が対等? 全くなに寝言を大きな声で言っているんだか。そんな事、天地がひっくり返ってもある訳ないだろ。
もし仮に俺達が対等だったら、俺が
「あなたを対等のライバルと思い、毎日がんばってきた私の苦労はなんだったんですか!? 毎回てかげんされていたなんて剣士としてのプライドがひどく傷付きました!」
「あ~……それじゃお前は俺に如何して欲しいんだ? この場で頭を下げて謝罪してほしいのか?」
「全力で私とたたかってください。そうしたら許してあげます」
「……はっ? お前は一体何を―――」
「馬鹿な真似は止せ、妖夢! そんな事したら欠片一つ残さず消されるぞ!」
妖夢の馬鹿な発言に、俺よりも近くで聞いていた魔理沙の方が敏感に反応する。
魔理沙は霊夢と一緒に月に行ったから、あそこで俺の全力が如何言うものなのかを理解した。
だからこそ魔理沙は俺の声を遮ってまで妖夢を止めようとするが、当の本人は全く聞く耳を持っていなかった。
「止めないでください、魔理沙さん。これは私と彼の問題です」
「そんなチャチな問題じゃねぇ。わたしはお前の身を案じて止めてるんだ」
「なにをわけの分からない事を……。手合わせていどで私がやられる訳ないじゃないですか!」
「お前はリュウの力を知らないから、そう言う事が言えるんだ。幽々子と紫もこの馬鹿止めるの手伝え!」
自分一人では妖夢を止められないと判断したのか、魔理沙は亡霊姫と八雲の奴に協力を要請する。
亡霊姫と八雲は俺の力の事を知っているし、これでこの馬鹿の暴走も止まるだろ……そんな風に考えていたが、二人から返ってきた返事は意外なものだった。
「止めろと言っても、そんな事をしても無駄よ。その子、酔っ払ってなくてもご立腹みたいだったし」
「そうねぇ~。宴会が終わって酔いが醒めても、また後日抗議しに行くでしょうから、今やるか後でやるかの違いしかないわよ」
「んな悠長に言ってる場合か! アイツの力がどんなモノか知らないわけじゃないだろ!」
魔理沙は腹に据えかねて二人に詰め寄るが、そんな事をしても状況が変わらないのは俺が一番理解している。
妖夢に力の差を思い知らせるだけの問題じゃない。此処で暮らしていく以上は何時か知れ渡る事に為るだろう。
それなら亡霊姫の言う通り、今知れ渡るのか、後で知れ渡るのかの違いでしかない。
その程度の違いしかないんなら、今この場に居る連中にも思い知らせてやる。……その後に何が待っているのかは大体想像が付くがな。
「……妖夢、刀を持って境内に出ろ。そんなに知りたいのなら俺の全力を教えてやるよ」
「やっとその気になってくれましたか。まったく手間取らせるんですから」
「酒によって気が大きくなっているのは分かるが、後で後悔するんじゃねぇぞ」
「あなたの全力がどの程度かしりませんが、こうかいなんてする訳ないじゃないですか」
そう言って妖夢は、全く似合っていない高笑いをしながらこの場を後にする。
何も知らない連中は見物でもするつもりなのか、次々と席を立ち上がり妖夢の後に付いて行く。
俺は背中に抱きついている霊夢を衣玖に任せ、盛大な溜息を吐きながら席を立ち上がる。
その時盗み見した魔理沙の顔からは血の気が引いていたが、月での出来事を思い出して恐れているんだろ。
「……やれやれ。本当に面倒だな」
「そう思うなら酔っ払いなど無視すれば良かったじゃろ。なぜ態々相手などした」
「龍神……」
俺が境内へ向かおうとすると、龍神の奴が声を掛けてきたが、その様子は明らかに怒っている。
龍神の怒りが何に対しての物なのかは分からないが、少なくとも俺の事を思い怒っている事は理解できた。
「あの程度の輩がお主の相手になる訳があるまい。それなのに態々相手にするなど……一体何を考えておるのだ」
「……ふっ。好きな宴会が台無しにされてご立腹なのか、龍神」
「茶化すな馬鹿者。妾はなぜ態々敵を作るような真似をしているのかと聞いている」
「…別に大した意味はないさ。それに俺は味方よりも敵の方が多い人生を歩んできたんだ、今更10や20増えたところで変わりはしない」
「……………」
「それに今はお前等が居てくれるからな。自棄に為っているわけでも無いから安心しろって」
そう言って龍神の奴を安心させてやろうとするが―――
「何時までまたせるんですか、リュウさん! こっちはもうじゅんびばんたんなんですよ!!」
―――酔っ払いが待ちきれずに癇癪を起こし始めた。
まだ十分も経っていないはずなのに癇癪とか、霊夢が酔っ払った時の方が遥かにマシに思える位に性質の悪い酔い方をしてるな。
これ以上待たせて暴れられても困るし、さっさと行ってあの馬鹿の酔いを醒まさせてやるとしますか。
そう思いながら俺は龍神に背を向けて神社の境内を目指して歩き始める―――
「…お主の味方に為ったかも知れぬ者まで敵に回す事はないだろ。この大馬鹿者が……」
―――背中越しに聞こえてきた龍神の言葉が聞こえないフリをしながら……。
リュウSide out
妖夢Side
冬の夜風を浴びて酔いが少し醒めてきましたが、なにやら大変な事になってしまいました。
酔っていた勢いでついあんな事を言ってしまいましたが、まさか本当にリュウさんの全力が見れる日が来るなんて。
幽々子様と一緒に行った月で聞いた、リュウさんが
あの話を聞いてからずっと全力のリュウさんと戦ってみたい、そう思っていました。
幽々子様には止められはしましたが、何事も無理を承知で頼んでみるものですね。
「さぁリュウさん、勝負です! 寒いので手早く始めましょう」
「寒いってのは同感だが安心しろ、どうせ一瞬で終わるから」
余りにもやる気を感じさせない発言と、既に勝敗が決していると言いたげな発言にカチンと来ます。
その自信がどこから来るのか問い質そうとした時、リュウさんの雰囲気が一片した。
「……でぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
裂帛の気合と共に解放された力は、赤い光の柱となってリュウさんを包み込むけど、その力は以前冥界で感じたときのとは明らかに違う物。
リュウさんの全力なんて、冥界で見た力より少し上くらいな物だろうと思い込んでいたけど、今放たれている力はそんなちっぽけな物じゃない。
私には理解する事の出来ない余りにも強大な力を前に、構えていた剣の切先が自然と震え始める。
出来る事ならこのまま光の柱の中に居て欲しい。そんな身勝手な願いが言葉になって喉からこみ上げてくる。
でも、そんな私の願いも空しく柱は音もなく消滅し、中から竜の特徴を持った人間の様な何かが姿を現す。
以前にも見たのと殆ど同じ姿のはずなのに、感じ取れる力の違いから全くの別人に思えてしまう。
これだけの力を普段はおくびにも出さずに内包していたなんて、想像すらしていなかった。
柱の中から姿を現したリュウさんに歓声はなく、ただ常識を逸脱した力に誰もが恐怖していた。
「……さて、今の俺と戦う覚悟はあるのか、小娘」
私に向けて発せられた、何の感情も篭ってない冷淡な言葉。
普段の私なら直ぐに食い掛かるところだけど、既に心が折られてしまっている私にそんな勇気は無い。
真っ直ぐ見てくる彼と眼が合っただけで、自分との格の違いを思い知ってしまった。
「参り…ました……。私の負け…です」
「そうか」
刃を交える事無く負けを認めた私に、リュウさんは小さく頷くだけで他には何も言わなかった。
私が負けを認めると、リュウさんは直ぐに元の人間の姿に戻り、私の顔を見る事無く母屋へと向かおうとする。
「これでくだらん余興は終わりだ。もう宴会を続ける雰囲気でもないし、お前等もさっさと帰れ」
リュウさんがそう言うと、私達の戦いを見物しようとしていた人たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように急いで神社を後にする。
その様子をリュウさんは少し寂しそうな表情で見ていたけど、直ぐに普段通りの顔に戻り、彼の従者と共に母屋の中へと戻っていく。
あの人や他の方々が帰った後も私はその場から動く事ができず、誰も居なくなった冬の境内で独り後悔をしていた。
恐らくリュウさんはこうなる事を分かっていたんだと思う。だから私が負けを認めても、憤慨する事も嘆くこともなくあっさり受け入れたんだ。
リュウさんは後悔するなと言っていたけど、こんな事に為るくらいならあんな事言い出さなければ良かった。
「…何が対等のライバルですか。私なんて最初から相手にもされてないじゃない!」
まともに相手にもされないことの悔しさよりも、知ってしまった事の後悔ばかりが胸を埋め尽くす。
酒に酔っていた…なんて言うのは只の言い訳。相手の実力も分からずに助長していた私の過信が招いた事。
あの人に謝らなくちゃいけない。頭では解っているのになんて言えば良いのかが解らない。
私は後悔に押しつぶされそうになりながら、幽々子様が来るまで立ち尽くしている事しか出来なかった。
妖夢Side out
リュウSide
随分と変な形でお開きとなった忘年会だが、その会場と為った我が家は悲惨な状況に為っていた。
普段の宴会なら作った料理も酒も綺麗に平らげるのに、今回ばかりはかなりの量が残っている。
残っている料理は明日の朝飯にでもすればいいが、酒は……どうやって保存しよう?
そのまま瓶の口に栓をすれば大丈夫だと思うけど、結構な本数が残っているってのが厄介なんだよ。
台所に置いておくには邪魔でしかないし、少し酒を飲んで余りを倉庫の空いている所にでも置いておくか。
「やれやれ。これならアイツ等を帰らせる前に酒を持たせれば良かった」
「愚痴を言っていても始まりませんよ、リュウさん。今は手を動かして片付けませんと」
「わーってるよ。……ところで衣玖、霊夢の奴は如何したんだ? 姿が見えないが」
「霊夢さんでしたら既にお休みなられてます。リュウさんが外に出る前から半分ほど寝ていましたし」
「あ~……どーりで妖夢と話してるとき静かだったのか。ったく、人の背中で寝るとか、子供かアイツは」
「ふふ、それだけリュウさんの背中が安心できると言う事ですよ」
「自分じゃそう言う事は良くわからねぇよ。……それじゃ、アイツを起こさない様に片付けを始めるか」
「はい、畏まりました」
愚痴を零しながらも俺と衣玖は、散らかったままになっている部屋の後片付けを始めた。
空いている大皿に残った料理を一旦集め、料理の片付いた皿と転がっているコップを台所に運ぶ。
運んだ皿はコップは衣玖が洗い、その間に俺が残った酒を片付けたり、テーブルを拭いたりして綺麗にする。
流石に二人掛かりでやっていれば直ぐに片付き、散らかっていた部屋はすっかり綺麗に為った。
「……ま、ざっとこんなものか」
「お疲れ様です、リュウさん。残ったお酒の処分はわたくしが―――」
「いや、酒は処分しないで倉庫にしまっておく。それに少し飲み足りない気分だから、もう少し飲む」
「さようで御座いますか。でしたら、僭越ながらわたくしがお付き合いさせて頂きます」
「そこまで畏まらなくてもいいだろうに……。お前のその固さは何時までも変わらないだろうな」
「性分ですから、変えようが御座いません。それよりもリュウさん、お酒をお注ぎいたします」
そう言って酒瓶を向けてくる衣玖に、相変わらずだなと思いながらぐい飲みを差し出した。
何も言わず注いでくれた酒に、残っている料理を肴にしながら二人っきりで静かな晩酌を始める。
吹き抜けるような風の音もなく、ついさっきまであった騒がしい雑踏もなく、ゆっくりと時間だけが過ぎる。
何か話をする訳でもなく時間だけが過ぎていくと、ふと衣玖の様子が気に掛かった。
直ぐ傍の境内で力を解放したにも拘らず、衣玖は普段と何ら変わらない様子だが……俺の事が怖くないのか?
なんとなく横目で彼女の様子を探ってみるが、無理して俺の傍に居るようには見えなかった。
直接向けられた訳ではないにせよ、あの力を感じ取って衣玖は平気なんだろうか?
「……………」
「ん? どうかしましたか、リュウさん。わたくしの顔をジッと見詰めて」
「あ~いや、さっきの力を感じて衣玖は何とも思わないのかなって」
「先程の力ですか? それでしたら特に怖くなかったですよ」
俺の不安を他所に、衣玖は無理をしている様な素振りも見せず、本当に何でもないように言ってくる。
余りにもサラッと言ってくるもんだから、俺は驚いて思わず目を丸くしてしまった。
「怖くなかったって……あの力を近くで感じていてか?」
「はい。…確かに貴方様の力は他の追随を許さぬほどに強大ですが、わたくしは貴方様の本質を理解してます」
「…俺の本質?」
「えぇ。貴方様は神々が恐れている様な破壊の化身ではなく、何かを…誰かを護る事の出来るお方。その事を理解していれば、あの力もまた守護の為の物のだと理解できる。誰かを護る為の力なら、如何して恐れる必要がありましょう」
「……………」
俺を慰めるように言う衣玖の言葉を聞いて、前に天照が話してくれたことを思い出した。
かつての俺が日の本で暴れ回っていた筈なのに、俺に心を許してくれた彼女の言葉。
〝神を滅ぼす為に生まれたのではなく、世界に仇名すモノを討つ為に生まれたのではないかと〟
世界に仇名すモノを討つ。それは見方を変えれば世界を守る為に戦うとも考えられる。
もしそれが本当に俺の本質なんだとしたら、衣玖の言う通り極度に恐れる必要もないのかもしれないな。
「貴方様は何かを守護する者。わたくしはそう信じておりますし、霊夢さんも思っているから、貴方様と共に居るのではないのですか?」
「アイツの場合はそう言う小難しい事を理解してないと思う。殆ど直感で生きているみたいなもんだし」
「でしたら、無意識の内に自分を護ってくれる方だと理解したのですよ。…ですから、そんなに心配しないで下さい。霊夢さんは勿論の事、わたくしはこの命が尽きるその日まで貴方様のお傍にいますから」
「……ありがとうな、衣玖。なんか湿っぽい空気になっちまったし、飲み直すとするか」
「はい。何処までもお付き合いします」
そう大げさに言いながら衣玖は、さっきまでとは違う種類の酒を俺のぐい飲みに注いでくれる。
彼女のお陰で心が少し軽くなったのを感じながら、俺はその酒を一気に飲み干して、二人っきりの晩酌を静かに楽しんだ。
リュウSide out
…楔は打ち込んだ。そろそろリュウと霊夢の外堀を埋めに掛かるとしよう。