あと今回は全編霊夢視点でお送りします。
今年もあと数日で終わりを迎えると言うある日の事。何の前触れもなく突然彼女が神社を尋ねてきた。
「邪魔をするわよ、霊夢」
「げっ、先代」
何時もの様にリュウと二人ダラダラと過ごしていたら、ノックもなく我が物顔で家に上がって来たのは先代の博麗の巫女。
……一応は私の母に当たる人だけど、出来る事ならもう二度と会いたくない人物の一人でもある。
今でも覚えているは、あの修行付けだった毎日。巫女として立派に役目を果せれるようにと、毎日の様に厳しく無理難題を貸してきた張本人。
私に巫女の役目を押し付け…じゃなくて、譲ってからは人里で暢気に隠居生活をしてるって聞いたけど、今更なんの用できたのよ。
「…久し振りに会ったと言うのに、なんですかその顔は。そんなに私の事が嫌いですか」
「えぇ、大嫌いよ。あんな地獄の様な修行をつけて来た人を好きに為れる訳ないでしょうが、バーカ」
「仮にも母親に向かって莫迦とはなんですか、莫迦とは! 大体なんですか、貴女のその喋り方は! 霊夢も女の子なんですから、もう少しお淑やかにしなさいと口を酸っぱくして言ったでしょう!」
「喋り方一つで一々大声出さないでよ、鬱陶しい。私が如何喋ろうと、私の勝手じゃないの!」
「……貴女って子はッ!」
「あ~……喧嘩はその位にしないか? 正直、二人とも鬱陶しい」
「「……………」」
一触即発の空気に為りかけていたけど、リュウが口を挟んできたので一先ず沈静化した。
でも、私も先代もまだ言い足りない事が有るし、また直ぐにでも再発してしまうのは眼に見えている。
それだけ鬱積したものが溜まっているって事なんでしょうけど、なんで態々顔なんか出しにきたのかしらね。
私に巫女の座を譲った時に、当代の巫女のやり方に口を出さないとか言っていたくせに、今更になって私のやり方に文句でも言いに来たのかしら。
そんな事を思いながら先代の様子を窺っていると、彼女の視線は私にではなく、何故かリュウに向けられていた。
「……成る程。先日の異様な力の気配は貴方でしたか。余り感じない力だから何者かと思えば、龍族の方でしたか」
「ッ! 一目見ただけで気が付くなんて、流石は先代の巫女ってところか」
「このくらいは当然の事です。私は霊夢に座を譲るまで多くの妖怪と戦ってきました。人かどうかは見れば解ります」
「霊夢も初めて会った時に気が付いていたけど、博麗の巫女ってのは凄いんだな」
「幻想郷にいる妖怪は人の姿をしているモノが多い。人里にまぎれた対策として、視覚に頼るのではなく気配で相手を識別できる様に為らなければいけないのです」
「へぇ~……。それでそんなに感覚が鋭いのか」
先代が得意げに話し、リュウが興味深そうに話を聞いているけど、その様子が物凄く気に入らない。
巫女について話が聞きたいのなら、先代じゃなくて当代の私に聞けばいいのに、なんで態々彼女の話を真剣に聞いてるのよ。
今までその手の話なんて一度も聞いてこなかったくせに、私の説明じゃ物足りないって言いたいわけ!?
「…少し落ち着きなさい、霊夢。怒りが滲み出ていますよ」
「うっさいわね。それよりも今日はなんの用で来たのよ」
「其処に居る彼についてちょっとお話があってきただけですよ」
「リュウに話ですって?」
「えぇ。……まぁ、これは貴女にも関係のある事かもしれませんけど」
「「…??」」
………
……
…
非常に不本意ながらも、先代の話を聞くためにとりあえず居間に上がってもらった。
本当だったらさっさと追い返したいところだけど、リュウの話で私に関係のある事となると、流石に何も聞かずに追い返すわけにも行かない。
三人分のお茶を淹れて、話を聞く状況を整えたけど……一体何の話を持ってきたのかしらね。
「…ふむ、粗茶にしては中々の味ですね。ですが、巫女の修行はせず家事ばかりが上手くなるのはいただけません」
「一々うっさいわね。それよりもさっさと話すことを話して帰りなさいよ」
「やれやれ、随分とせっかちに育ってしまいましたね。…まぁ、私も長居する気は無いから良いのですが」
先代の済ました態度が物凄く癪に障る。長居する気が無いのなら、お茶の味なんて評価してないでさっさと帰りなさいよ。
「あ~…それで、俺に話ってのはなんなんだ? 俺が何かしたって訳でもないんだろ?」
「……最近の人里では貴方の良からぬ噂が流れています。貴方は人の姿をした化け物だと」
「化け物って……。まぁ俺は人間じゃないし、間違いでもない様な気もするが」
「里の人間の大半は貴方の人柄を知っているから、この噂は只の嘘として捉えていますが、如何言う訳か噂が噂を呼んで、今では当代の巫女は化け物に篭絡されて傀儡となったなんてうわさも流れています」
「なによその荒唐無稽な噂は! 幾ら噂話でも限度ってものがあるわよ!」
先代が話してきた噂に、反射的にちゃぶ台を叩いて大声を挙げてしまう。
「これに関しては私もそう思ういます。巫女としては問題ありますが、人間としては其処まで堕ちていないと信じていますから」
「……先代は私を貶したいのか、宥めたいのかどっちかにしなさいよ」
「あえて言うなら両方ですかね」
済ました顔で喧嘩を売ってくる先代に、思わず拳を力一杯握り締めてしまう。
この拳を彼女の顔面に叩き込めればどれだけ良いか等と、ついそんな事さえ思ってしまった。
此処で喧嘩してしまうのは簡単だけど、態々先代が神社に足を運んできたって事は他にも何か有るはず。
その事がはっきりとするまでは、この怒りと拳はまだ抑えていた方がいいでしょうね。
「…直ぐに殴り掛かってくるかと思ったら、随分と我慢強くなったわね、霊夢」
「五月蝿い、早く話を続けなさいよ」
「なら、幻想郷唯一の人里でこんな噂が半月も掛からずに広まった理由が分かる?」
「それは―――」
「博麗神社の信用を落としたい誰かが居るか、人々の恐怖を煽ってその様子を楽しんでいる愉快犯がいる」
「えぇ、その通りよ。信用を落としたいと言うなら新しく来た山の神が怪しいけど、あそこの巫女はそう言う事をする輩には見えなかったし、私としては愉快犯がいるのではないかと睨んでいます」
先代はリュウの推察を肯定した上で、更に自分の推察を述べてくる。
確かに状況を考えれば私もどちらかだと思うけど、なんだって今頃になってこんな噂が流れ出したのかしら?
愉快犯でも何でもいいけど、私達の生活を脅かすような真似をするのはやめてもらいたいものね。
「やれやれ、面倒な事ね。でも、人の噂も七十五日って言うし、放っておけば鎮静化するんじゃない?」
「噂だけなら…ね。でも、一度芽生えた人間の不信感と言うのは簡単には払拭されないものです」
「他人の不信感なんて私の知った事じゃないわよ。一々そんな事を気に掛けてられないっての」
「……貴女がそんなんだから、私がこうして神社に足を運ぶ事になったのよ」
先代は呆れた様子で溜息を吐くけど、私には態々この人が此処までする理由が分からない。
神社の信用を落としたくないだけかもしれないけど、今までなんも干渉してこなかったのに、噂が流れた程度で干渉してくるとは流石に考えにくい。
他にもなにか目的があって此処にきた。そう考えるのが妥当でしょうけど、何が目的なのか分からないわね。
「それで先代の巫女は俺達…と言うか、霊夢に何をさせたいんだ?」
「とりあえずは神社の信用回復に勤めて貰いたいですね。人の噂は放っておけばその内沈静かするでしょうけど、何もしないと言うのも考え物ですし」
「うわ、めんどくさ。そんなのは先代がやればいいじゃないの。普段から里で暮らしているんだし」
「私も多少は動きますが、当代である貴女が率先して動かなければ意味が無いでしょ。……それからリュウ。貴方にも確かめなければならない事があります」
「俺に確かめたい事…ねぇ。あんまりいい予感がしないんだけどなぁ~」
「大丈夫、大した手間は取らせませんから」
先代が笑いながらそういった次の瞬間、ちゃぶ台を吹き飛ばして先代が突然リュウに殴りかかった。
余りにも突然の出来事に反応が遅れたけど、リュウは取り出した叢雲の腹で先代の攻撃を防ぐ。
「リュウッ!?」
「ッ! 滅茶苦茶重い拳だな……。その細腕から繰り出されたなんて思えない一撃だぞ」
「霊夢が弾幕ごっこなどと言う遊びを考案する前は、私はこの拳で数多の妖怪を退治してきました。そこらに居る女性と一緒にされては困ります」
「自分は女じゃないって言いたげだが、どうやらそうみたいだな……ッ!」
リュウは力尽くで先代の拳を押し退けると、そのまま一目散に雨戸を蹴破って外へと逃げる。
先代はそんなリュウの後を追いかけようとするけど、なんで突然こんな事をするのか私には理解出来ない。
里でリュウの噂が流れていたからって、そんな物を鵜呑みにするような先代じゃなかった筈……なのに如何して?!
「ちょっと待ちなさいよ! いきなりリュウに殴り掛かるなんて、一体如何いうつもり!」
「先程言った筈です。私は彼に確かめなければならない事があると」
「だから、その確かめなければ為らない事ってなによ!? こんな事をしなくちゃ分からない様な事だって言うの!?」
「話し合いで解決するならそれに越した事はないのでしょうが、言葉など幾らでも言い繕う事が出来る。だから、私は私のやり方で彼のあり方を見定めます」
「……何よ、その勝手な言い分。何時も自分の言い分ばっかり押し付けて、少しは人の話を聞きなさいよ!」
「他人に興味を持てない貴女にだけは言われたくない台詞ね」
先代はそう言い捨てると、私の事を置いてリュウを追いかけようと外に出ようとする。
私はそれを阻もうと席を立ち上がろうとするけど、身体が地面に縫い付けられたみたいで思う様に動かせない。
「なに…よ、これ……。ちょっと先代、アンタ私に何をしたの!」
「別に大した事じゃないわ。貴女に邪魔をされないように影縛りの術を施しただけ。……この程度の術にも気が付かないなんて、相当鈍っているわね」
「くっそ……この程度の術……ッ!」
掛けられた術を解こうと抗ってみるけど、先代の術は思いのほか強く、簡単には解けそうにない。
私と違って術よりも格闘の方が得意だったくせに、なんだってこう言う時に限って強固な術を施すのよ!
苛立ちながら私が抗っていると、その間に先代はリュウを追って外に出てしまい、少しすると境内の方から剣戟の音が聞こえてくる。
リュウなら先代が相手でも負けたりしない。そう信じているものの、やはり私の知らない所で戦っているのは不安が募ってしまう。
一刻一秒を争う場面で、悠長に術の解除なんてやっていられないし、此処は身体の負担を無視した荒業で術を破壊する。
「……………」
瞼を閉じ、大きく深呼吸をして体内で霊力を練り上げ、高まった力を外に向けて一気に解放する。
高まった霊力は私のイメージ通りに体内から外へ放出されるけど、肉体にかなりの負荷が掛かる関係で身体の節々に鈍い痛みが走る。
覚悟していたことだけど、やっぱり練り上げた霊力の体外放出は身体に悪いわね。
あの先代をなんとかして止めたら、アイツにたっぷりと請求してやらないと割に合わないわ。
そう思いながら、放出する霊力の量を一気に増やして、身体に走る激痛と引き換えに先代の術を何とか破った。
「ぐぅ……。身体のあちこち痛むけど、泣き言を言ってる場合じゃないか」
出そうになる弱音を飲み込みながら、私は痛む身体に無茶をさせて立ち上がり、二人が戦っている境内へと急いで向かう。
私が境内に着いた頃には既に戦いも佳境に入っているのか、先代の方がかなり押しているように見える。
剣士であるリュウが戦い難い懐の中にまで潜り込み、そこから一気に攻勢を仕掛けてリュウを追い詰めていく。
私に巫女の座を譲って第一線を退いたって言うのに、数多の妖怪を倒してきた力は全く衰えていない。
今の幻想郷の中でも屈指の実力を持つ先代だけど、よく戦いを観察してみるとリュウが全く反撃していない事が分かる。
先代の攻撃を叢雲で受け止めたり、捌いたりはしているみたいだけど、あの人に攻撃をする素振りが全くない。
先代の事を舐めている……訳じゃないだろうけど、少なくともリュウはあの人を倒すつもりはないんだ。
リュウが何を狙っているのか分からないまま戦いを観察していると、リュウが地面の雪に足を取られてしまい、先代に致命的な隙を見せる。
その隙を見逃さなかった先代は、一気に間合いを詰めて渾身の一撃を繰り出してくる。
あのタイミングじゃ幾らリュウでも躱せないし、防ぐことも出来やしない。
先代の必殺の一撃が決まる。そんな最悪の予感がして、これ以上見ていられずに眼を逸らしてしまったけど、何時まで経ってもあの鈍い打撃音が聞こえてくることはなかった。
私は恐る恐る眼を開けて二人の様子を見てみると、意外にも先代が繰り出した拳を数cm手前で止めていた。
「……何故、反撃してこないのです。貴方ならこの程度どうと言う事はないはず」
「最初から俺を倒そうとはしてなかったくせに、一体何を言っているのやら」
「……………」
呆れたように言ってくるリュウに、先代は肯定も否定もせず、拳を寸止めしたままリュウの眼を見据える。
そうしている間も先代は構えを崩さず、何時でもリュウに拳を突き込めるように身構えていた。
「先日の夜に感じ取られた膨大な力。あの力は貴方のモノで間違いありませんね」
「あぁ。確かにあの力は俺のモノだ」
「一級の神をも超える力を持つ貴方は、この幻想の地で何をするつもりですか」
「べつになにも。俺はそこらにいる妖怪の様に騒ぎを起こすつもりもなければ、この力を使って幻想郷を自分の物にしようなんて思っちゃいない」
「ならば貴方は何も求めず、何も望まないと言うのですか」
「流石に無欲って訳でもないから、何も望まないって訳じゃない。ただ、俺には守りたい奴がいる。そいつは俺の力を知っても恐れずに受け入れた変わり者だけど、俺に取っては何よりも掛け替えの無い人だ」
「……………」
「だから俺はアイツと、アイツが生きるこの世界を守ると決めた。たとえ周りから化け物と罵られても、俺は自分の大切なモノを守り抜く」
リュウは先代の眼を真っ直ぐ見据えたまま、臆した様子もなくはっきりと宣言する。
自分の大切なモノを守り抜く。そんな当たり前で、誰もが持っている様な願いをリュウは堂々と宣言した。
それを聞いて先代が何を思ったのかは分からないけど、私はリュウの言葉を聞いて嬉しさで胸が一杯に為る。
普段は楽観的に生きていて、この手の話を全然してくれなかったけど、心の中ではそんな事を思っていてくれていた。私の事をなによりも大切に想っていてくれている事が、本当に嬉しかった。
「…本能のままに暴れる邪竜の類かと思えば、実際には守護神の類でしたか。これなら安心ですね」
先代は何処か嬉しそうに呟くと、全身の力を抜いて寸前で止めていた拳を引く。
アイツの事を如何見定めたのか分からないけど、私は後先考えずにリュウの元へと駆け出した。
「リュウ、大丈夫!?」
「ん? あぁ、俺は平気だが……なんか霊夢の方が辛そうに見えるぞ。大丈夫か?」
「ちょっと術を解くのに無茶をしただけよ。それよりも先代! アンタ、一体何を考えてるのよ!」
「私はただ彼のあり方を見定めに来ただけです。里で流れている噂が急速に広まった原因は、先日の夜に放たれた膨大な力にあります。今まで感じたことのない圧倒的な力に人々の心に不安が宿った。現役を退いたとは言え私は博麗の巫女。あの力の大本を探り、その存在のあり方を見定めなければ為らなかったのです」
「……………」
一線を退いても巫女としてあり続ける先代を、私は理解する事ができなかった。
私に巫女の役目を渡して、その重責からもう解放されたっていい筈なのに、何時までも巫女として自分を律し続ける。
恐らく先代は自分が死ぬその時まで巫女として在り続けるんだと思う。
自分の意志を捨ててまで巫女であろうとするから、私はこの人の事が大嫌いなのよ。
「……用が済んだらさっさと帰って。こっちは壊れた雨戸の修理とかあるんだから」
「そうまでして私を追い出したいのね。…まぁ、それは構いませんが、靴くらいは取らせて貰いたいものね」
「じゃあ靴を取ったらさっさと帰りなさいよ。私はアンタの顔なんて何時までも見たくないのよ」
「そんなに急かさなくてももう帰ります。全く、忙しない子ね」
先代は呆れたように肩を竦めると、私達の横を通り過ぎてそのまま母屋の方へと向かった。
私は先代が戻ってくるのを待たずにリュウの手を引き、修理道具なんかが入っている倉庫へと向かう。
倉庫の中は大掃除していたお陰で大分綺麗になっているけど、真冬と言う事もあってかなりひんやりとしている。
あんまり長いしたくもないし、さっさと予備の雨戸を探してはめ込まないと、夜中に凍えちゃうわね。
「……良かったのか、霊夢。あんな別れ方で」
「良いのよ、あんな人。何時まで経っても立場に縛られて、母親らしいところを見せない人なんて知った事じゃないわ」
「やれやれ……仲が悪いとは思っていたが、それが本音か」
「何よリュウ、なんか言いたそうね。別に良いのよ、はっきり言ってくれても。今日の晩御飯抜きになるけど」
「ちょッ!? それだけは勘弁してくれ! 流石に晩飯抜きはキツイ!」
「だったらキリキリ働く! ちゃぶ台や湯のみは兎も角、雨戸はアンタが壊したんだから!」
「…へいへい、わーってますよ」
あまりやる気の感じられないリュウに、何も言わずに蹴りを入れて無理やり働かせる。
蹴られたリュウは何か言いたそうに睨んで来るけど、そんなのは無視して私は私でちゃぶ台の代えを探す。
まだ年を越してないって言うのに、雨戸とちゃぶ台と湯のみを駄目にするなんて、年末なのにツイてないわ。
今年はもう何もせずにのんびりと過ごそうと思っていたけど、どうやら今年は最悪の年末になりそうね。
この作品の霊夢と先代の関係を分かりやすく言いますと、反抗期の娘と仕事人間な母親です。