竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第百五十二話 大晦日の災厄

短いようで長かった一年が終わろうとしている大晦日。人里の店では溜まっていた在庫処分…じゃなくて、正月商品なんかを売り出したりしていて大賑わいとなっている。

どの店でも商品を安く売り出すもんだから、その商品を買い求める人で混雑していてかなり鬱陶しい。

そんな中、俺と衣玖は正月の間に食べる餅とかを買いに人里までやってきていた。

年末恒例の混雑を見せる以外は普段と何も変わらないように見えるが、横を通り過ぎていく人々の俺を見る眼は普段とは違う物だった。

一人二人なら気のせいで済ませるんだが、数十人くらいから疑いの眼を向けられれば嫌でも気付く。

恐らくは先代が言っていた噂が原因なんだろうけど、人と妖怪が一緒に暮らす幻想郷で俺が人かどうかなんて気にする必要もないと思うけどな。

 

「邪魔するぞ、おっちゃん」

「いらっしゃい! …って、お前さん方か」

 

野菜を買いに何時も贔屓にしている八百屋に顔を出したが、八百屋の店主は俺の顔を見て複雑そうな顔をする。

此処でも噂の影響を受けているのか。そう思うと、親しくしていただけに少し空しくなるな。

 

「とりあえず、らっしゃい。今日は何を買いに来たんだ」

「今晩天ぷら蕎麦を作ろうと思ってな。天ぷらに使えそうな野菜を幾つか買いに来たんだ」

「ほほぅ…そいつぁ豪勢だな。しかし、天ぷらで食える野菜か……ちょっと待っててくれ」

 

そう言っておっちゃんは笊を持って店の奥へと姿を消した。

おっちゃんが居ない間特にすることもなく、とりあえず店の商品を色々と見せてもらうが、行き交う人々の視線が何度も俺の背中に突き刺さる。

一度でも懐疑心を持たれると簡単に払拭できないのは分かっているが、やっぱり何度も見られるのは落ち着かないな。

 

「……鬱陶しいですね。少し黙らせて来ましょうか?」

「止めろ、衣玖。て言うか、なんで俺よりも怒ってるんだよ」

 

衣玖も俺に向けられる視線に気が付いているらしく、さっきから不機嫌そうにしている。

その影響なのか、衣玖の身体が帯電していて彼女の近くでは、パチパチと空気が弾ける音がしていた。

 

「自分の主をあんな眼で見られれば嫌にも為ります。寧ろわたくしからしたら、如何してリュウさんは何も言わないのか不思議でなりません」

「今日は大晦日だぞ。誰だって何事もなく平穏に過ごしたいに決まってるだろ」

「それは……確かにそうなのですが」

「俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、あんまり騒ぎを起こすような真似はするな」

「……分かりました。貴方様がそう仰るのであれば」

 

衣玖は俺の説得に若干不満げな様子で頷き、一応は大人しくなる。

彼女が大人しく為ってくれた事にほっと一息つくが、流石に何時までもこんな視線を向けられているのは落ち着かない。

さっさと買い物を済ませて神社に帰りたいが、それじゃ逃げているのと大して変わらないか。

この問題を根本的に解決するべきなんだろうけど、一体如何するべきなのか方法が思いつかないんだよな。

 

「野菜を見繕ってきたぞ……って、何かあったのかい、お二人さん?」

「あ~……いや、別に大したことじゃないから気にしないでくれ」

「そうかい? まぁ良いけどよ。…それよりもリュウ。お前さんに一つ聞きたい事があるんだが」

「なんだよ、唐突に。……まぁ、なんとなく分かるけど。最近流れてる噂の事だろ」

「知ってるなら話が早い。実際のところ、お前さんはどっちなんだい?」

「……………」

 

珍しく真剣な表情のおっちゃんに尋ねられて、俺はなんて答えれば良いのか分からず困ってしまう。

正直に話しても良いんだが、本当のことを周りに知られて、大きな騒ぎを起こしたくないって気持ちもある。

でも此処でうやむやにしても何時かはバレるだろうし、今話すか後で話すかの違いしかないか。

 

「……おっちゃん、俺は―――」

「ちょっとお前さん! 何時までも油を売ってないで商売に戻っておくれよ!」

「げっ、母ちゃん! 分かったからそんなに怒らないでくれよ。…すまねぇなリュウ。今の話は忘れてくれ」

「―――…いや、別に気にしないって。それよりもおっちゃん、もし俺は化け物だって言ったら如何する?」

「あ? あ~……別にリュウが妖怪でも驚かねぇけど、やっぱり巫女様の旦那が妖怪ってのは問題だろうな」

「…そうか。悪いな変な事を聞いて。野菜の代金は何時もの所に入れておくよ」

「おう、まいどあり~」

 

俺は受け取った野菜の代金を笊の中に入れて、そのまま直ぐに衣玖と共に八百屋を後にする。

他の物は全部買ってあるし、後は神社に帰るだけなんだが……さっきの話が引っ掛かっていた。

おっちゃんは俺が妖怪でも驚かないと言ってくれたが、里の人間からすれば巫女の傍に妖怪がいるのは好ましくないのか。

まぁ確かに、妖怪から自分達を守ってくれる人が妖怪と一緒に暮らしてたら不安にもなるか。

博麗の巫女の立場とか今まで気にした事なかったけど、こう言う話を聞いて初めて分かる事もあるんだな。

アイツの立場を考えると、里の人間たちに不信感を持たれるのは不味いだろうし、何かしらの対策を考えておかないと……って―――

 

「―――誰が旦那だ、誰が!」

「きゃあッ?! い、いきなり如何したのですか、リュウさん?」

「ハッ! あ~……いや、八百屋のおっちゃんに〝巫女様の旦那〟って呼ばれて、つい」

「そんな事でいきなり大声を出さないで下さいまし。心臓が止まるかと思いました」

「そ、そんな事って……。別に俺達は結婚してる訳でもなければ、婚約してる訳でもないんだぞ」

「その様な些細な事など気にしてはいけません。大切なのはお二人の気持ちなのですから」

「確かにそうかもしれないが……些細な事か、これ?」

 

如何考えても大事だと思うんだが、俺が気にしすぎているだけなんだろうか?

そんな事を考えながら神社へと続く道を歩いていると、妖怪とも違う異様な気配が通り過ぎるのを感じた。

俺はその気配に反応して注意深く辺りを見渡しているが、それらしき姿は何処にもなく、感じた気配も既に消え去っていた。

ただの気のせい……と言うには、余りにもハッキリし過ぎていたし、俺の勘違いと言う事はないと思う。

この時期になって、守矢のところみたいにまた誰かが幻想入りしたとも考えられるが、それにしてはおかしな気配だったな。敵意と言うか、悪意の塊みたいな……そんな嫌な感じだった。

 

「……………」

「ん? 今度は如何されましたか、リュウさん」

「いや、今一瞬だけ変な気配を感じたんだが……」

「変な気配ですか? ……この辺りには誰も居ないようですが」

「もう居なくなったみたいだからな。一体なんだったんだ今の?」

「わたくしには何も感じられませんでしたのでなんとも……。ですが、もう居なくなったのなら気にしなくても宜しいのでは?」

「……それもそうだな。年が明けてからこの辺りを調べてみればいいんだし」

「お調べにはなるんですね……」

「当然だろ。それじゃさっさと帰るぞ」

「はい、分かりました」

 

自分の中で一応の納得を付けて、とりあえず神社に帰る事にしたが……やっぱりさっきの気配が気になる。

今日は大晦日だから一部の妖怪が何か企んでいるのかもしれないが、確証が何もない以上下手に暴れまわるわけにも行かないか。

帰ったら霊夢の奴に相談してみた方が良いだろうけど、確か今晩祭事があるからあった筈だからそれどころじゃないかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

………

……

 

日もすっかり落ちた夜遅く。俺と霊夢と衣玖の三人は何かをする訳でもなく、居間でダラダラ過ごしていた。

買い出しで感じた事を霊夢には伝えたものの、やはり夜に祭事があるからとよく分からない気配には関わっていられないと言われてしまった。

あの気配についてはちゃんと調べておきたいが、霊夢のやっている祭事も新しい一年を守る為の行事だし、すっぽかす訳にも行かない。

俺の思い過ごしであって欲しい。そう願ってはいるが……やっぱり不安ではあるんだよな。

 

「…そんなに昼間感じた気配が気になるの?」

「えっ? なんで分かったんだよ」

「顔に書いてあるわよ。まったく、もうちょっと隠そうとは思わないのかしらね」

 

霊夢は呆れた様子で露骨に肩を落とすが、こんなにはっきりとバレてしまうとは思いもしなかった。

特に隠す様な事でもないからいいんだけど、もう少し隠し事が上手くなった方が良いんだろうか?

 

「まーた碌でもない事考えてるわね。アンタじゃ無理だから下手に隠し事しない方が良いわよ」

「…またバレたし。此処までくると読心術が使えるんじゃないかと疑いたくなるぞ」

「そんな訳ないでしょ。只単にアンタが分かり易いってだけよ」

 

流石に其処まで言われると癪だが、前にも似た様な事を言われた様な気がする。

アレは一体誰に言われたのか、そんな事を思いながらお茶を一杯飲もうとすると―――

 

―ドンドンドンドンッ!!―

 

―――大晦日の夜にも拘らず、慌てた様子で誰かが母屋の戸を叩いてきた。

 

「ん? 誰かしら、こんな夜更けに」

「さぁな。…案外、龍神の奴が酒を飲みにやって来たりしてな」

「ちょっと止めてよ。今から宴会なんて出来るわけないじゃない」

―ドンドンドンドンッ!!―

「龍神様にしては様子がおかしい気もしますが、ちょっと様子を見てきます」

「ん。任せた」

 

衣玖に突然の来客の応対を任せると、彼女は席を立ち上がりそのまま玄関へと向かっていった。

俺はその様子を見送った後、手を伸ばしていたお茶を一杯飲んでホッと一息つく。

もしも龍神の奴が酒を持って来て押し掛けてきたら、そのまま外に放り出してやろう。

そんな事を考えながらのんびりしていると―――

 

「あ、ちょっと待って下さい!」

「悪いがこっちも火急の用事なんだ。……邪魔するぞ、お前達!」

 

―――血相を変えた上白沢さんと、困り果てた様子の衣玖さんが居間に上がりこんできた。

一体何事かと驚いて二人の方に顔を向けたら、衣玖は俺と視線が合うと申し訳なさそうな顔をする。

玄関先で上白沢さんを止め切れなかった事を気にしている様だが、どうもただ事じゃなさそうだし、彼女の事をとやかく言うのは止めておこう。

 

「ちょっと、いきなり何しにきたのよ慧音。今何時だと思ってるのよ」

「夜分遅くにきたのは済まないと思ってる。だが、今里が大変な事になっているんだ。お前達の力を貸してくれ!」

「大変なことって何が遭ったのよ。大酒飲み鬼が現れたとかだった張り倒すわよ」

「その程度の問題じゃない! 里に八十禍津日神(やそまがつひのかみ)が現れたんだ!!」

「ぶっ?! ちょ、冗談でしょ!?」

 

上白沢さんが里に現れたものの名を告げると、驚いた様子でお茶を軽く噴出すが、一体誰の事を言っているのか分からない俺と衣玖はどう言った事態に陥ってるのか分からなかった。

ただ、霊夢の反応と上白沢さんの様子から見てかなり大変な状況だってのは理解出来る。

 

「今は先代と妹紅が食い止めているが、それも何時まで持つか分からない。だから、お前達の力を貸してくれ!」

「……本当だったらこの後祭事があるから断りたいんだけど、流石に八十禍津日神(やそまがつひのかみ)が現れたのを無視する訳にはいかないわね。仕方が無い、行くわよ二人共!」

「それは構わないんだが……まず八十禍津日神(やそまがつひのかみ)ってのが何か説明してくれ。あと戦いに為りそうならそれなりの準備をしておいた方が良いぞ、霊夢」

「わ、分かってるわよそれくらい! ちゃちゃっと準備してくるから、リュウも準備しときなさいよ!」

 

かなり慌てた様子でそう言うと、霊夢は大慌てて居間から出て行ってしまった。

若干取り残された様な気がしないでもないが、視線で衣玖に上着なんかを持って来る様に指示を出す。

すると彼女は俺の意図を分かってくれたのか、はっきりと頷くとそのまま静かに姿を消した。

 

「…随分と落ち着いているが、お前は準備しなくて良いのか?」

「剣なら何時でも取り出せるので。…それよりも里で何が起こったのか話してください」

「あぁそうだな……と言っても、私は現場に行った訳じゃないから詳しい事は分からない。ただ里の入り口で黒い靄を纏った何かが暴れているのが見えた。あの姿を見て先代は〝幻想郷でもアレは居て為らない神だ〟と言っていた」

「数多の神々が住むこの幻想郷でも居ては為らない神…か。こりゃ相当不味い事態に為ってる様だな」

「不味い…なんて暢気に言っている場合じゃないわよ!」

「うおッ!? れ、霊夢、随分と早かったな」

 

後ろからの大声に驚いて振り向くと、準備万端と言った様子の霊夢と衣玖の姿があった。

衣玖の腕には俺の上着が掛けられていて、ちゃんと俺の上着を持って来てくれていた。

 

「俺の上着を持って来てくれたか。助かる」

「いえ、このくらい如何と言う事はありません」

 

衣玖は遠慮しがちにそう言いながらも、持って来てくれた俺の上着を差し出してくる。

彼女から上着を受け取って袖を通し、そのまま席を立ち上がって軽く体を解しておく。

霊夢の慌て具合と先代の発言からして、今夜の相手は月で戦った荒神よりも面倒な事に為りそうだ。

月の上だったらどれだけ破壊しても気にしなかったけど、幻想郷でアンフィニを解放するとなると……かなり気を遣いそうだな。

 

「リュウも準備できたわね。それじゃさっそく行くわよ」

「いや、だからその前に八十禍津日神(やそまがつひのかみ)の事を教えろって」

「あ~……時間もないし、説明も面倒だから色々と省くけど、簡単に言えば災厄の神よ。その名は沢山の禍々しい魂と言う意味を持ち、あらゆる災厄のもととなる不浄さ、(わざわい)、不幸、悪を指す神とされているわ。本来ならその穢れを祓う神と一緒に祀られるんだけど、なんだって単体で現れてるのよ」

「さぁな。何らかの理由で幻想郷に迷い込んだと考えるのが妥当なところだろ。…しかし、それほどの相手なら確かにのんびりしてられないな。一気に飛ぶぞ」

 

霊夢の話を聞いて直ぐに頭を切り替えた俺は、三人の返事を待たずに居間に魔法陣を展開し、里へ向かうための転移魔法を発動させる。

全速力で飛べば十分も掛からずに辿り着けるだろうが、災厄の神がいるのならその十分すらも惜しむべきだ。

幸いにも里には何度も足を運んだから、転移地点は好きな場所を指定する事ができる。

八十禍津日神(やそまがつひのかみ)が居る里の入り口は流石に危険だろうから、少し離れた里の中心部辺りを思い浮かべてその場所に転移する。

魔法陣の中にいる俺達を眩い光が包み込むと、周囲から聞こえてくる音が一変し、彼方此方で人々が逃げ惑う声が聞こえてくる。

俺達を包み込んでいた光が消滅すると、周囲は焼け落ちようとしている家屋に、炎から逃げようとする人達で溢れかえっていた。

そして里の入り口の方には上白沢さんが言っていた黒い靄を纏った何かと、炎の翼をはためかせる少女と赤い服の巫女の姿が見えた。

 

「此処は……里の中心部か! 神社から一瞬で此処まで移動したのか」

「まぁな。それにしても、思った以上に酷い有様だな」

「暢気に感想なんて述べてる場合じゃないわよ! 急いであの神を鎮めないと、災厄は幻想郷中に広がる」

「分かってる。上白沢さんと衣玖は里の人たちの避難誘導を頼む。俺と霊夢はあの神の元へ向かう」

「了解した。…頼んだぞ、二人共」

「リュウさん、霊夢さん。ご武運を」

「あぁ、任せておけって」

 

不安そうな顔で見送る衣玖に普段と変わらない口調で返事をし、俺と霊夢は二人を置いて焼け落ちる里の中を駆け出す。

なんであの神が突然こんな事をしだしたのか分からないが、今はそんな疑問なんて如何でもいい。

今は一刻も早く八十禍津日神(やそまがつひのかみ)の元へ辿り着き、あの災厄を黙らせてやる!

 

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