燃え盛る里の中を俺と霊夢は駆けているが、
靄は何をする訳でもなくその場に漂っているだけだが、前に見た厄神の靄のような気味の悪さを感じる。
その場に浮んでいるだけだったらいいが、あの靄に触れた家は例外なく火の手が上がり、降り積もっていた雪を穢し、大地を腐らせた。
「……とんでもない靄だな。人が触れたらひとたまりもないぞ」
「被害がこの程度で済んでいるならまだマシよ。このまま放っておけば大地が腐り、川が穢れて幻想郷そのものが滅ぶ」
「災厄の神とは良く言ったモノだ。……それで、あの靄を何とかする方法は無いのか?」
「
「成る程……それじゃまずは、アイツを何とかするしかなさそうだなッ!」
俺は霊夢をおいて全速力で駆け出し、叢雲を取り出して剣に力を込めていく。
前方では先代と妹紅が、黒い大男にも見える
燃え盛る炎と黒い靄を振り払い、一気に
俺の斬撃に押されて地面を削りながら後退するが、数十mほどの押し飛ばした程度で踏み止まられてしまう。
その上、アイツが移動した後には身体から零れ落ちた黒い靄が残り、それが地面や雪を穢していく。
里から追い出す事には成功したが、あんまりアイツを動き回らせると被害の範囲を無駄に広げてしまうか。
倒すなら奴の動きを止めた上で、一撃で葬り去る……コレが理想系だな。
俺を前にしても逃げ出そうとしない
「り、リュウ、それに霊夢!? お前ら、来てくれたのか!」
「嗚呼、上白沢さんに頼まれてな。二人は随分と苦戦しているみたいだな」
「うっさい。幾ら蓬莱人でも、あんなのと戦うのは初めてなんだよ」
俺の軽口に妹紅は軽口で返してくるが、その様子は明らかに疲弊し切っていた。
蓬莱人だから大した怪我こそ無いものの、疲れ切っているのか肩で大きく息をしている。
先代の方はまだ少し余力が残ってそうだが、流石にあの神と戦い続けるのは辛そうだな。
「…霊夢。自分が何をすべきか分かっていますね」
「あの神を鎮めろって言いたいんでしょ。先代に言われなくても分かってるわよ」
「分かっているのでしたら、自分の為すべき事を為しなさい。それが博麗の巫女としての勤めです」
「……巫女としての使命を軽んずる訳じゃないけど、私は私の意志で戦うだけよ」
「そうですか。…なら、後は貴女の意思に託します。私は里の人達の方を」
「分かったから早くいきなさいよ。此処は私とリュウだけで十分だから」
随分と投げ遣りに霊夢は言うが、その言葉に先代は頷き、妹紅を引き摺ってこの場を後にする。
霊夢と先代の確執は相変わらずだが、自分がするべき事だけは一緒のようだ。
先代の激を受けて霊夢は札を空中に展開して弾幕の準備をし、俺は剣に力を注いで奴を斬り伏せれる様に構える。
何を考えているのか良く分からん奴だが、これ以上被害がでかくなる前にアイツを斬り伏せるか。
「俺が前に出る。後は任せたぞ、霊夢」
「つまりは何時も通りね。了解」
霊夢に普段と変わらない軽口に呆れながら、俺は地面を蹴って一気に
奴から零れ落ちた穢れが行く手の邪魔をするが、そんな物は力を込めた叢雲で全て斬り払い、掻き消していく。
そして奴の目の前にまで移動し、叢雲を振るい胴を斬り払おうとしたが、空を斬るように手応えがなかった。
身体に纏っている靄を斬る事は出来たが、その切り口から見える奴の身体自体には傷一つ付いていない。
どうやら黒い靄で身体が大きく見えていたが、こいつの体格はかなり細いみたいだ。
間合いを読み違えた、その判断から反撃を受ける前に後ろに後退すると、俺とは入れ替わりで霊夢の弾幕が
霊夢の弾幕がこの暗い夜を照らし出し、巻き起こった爆風で穢れた黒い雪を巻き上げた。
弾幕は途絶える事無く放たれ続け、黒い雪で視界が悪くなるのと引き換えに、確実に攻撃が奴に命中する。
この間に俺は剣に込めた力で光の刀身を創り上げると、穢れた黒い雪の中から黒い靄の様な腕が俺目掛けて伸びてくる。
「チッ!」
俺は咄嗟に剣を盾にして腕を受け止めるが、その勢いに押されて里の入り口にまで戻されてしまう。
霊夢が放った弾幕で腕を撃ち抜くものの、残った腕の勢いは止まらず、自力で斬り裂くことで事なきを得る。
斬り裂かれた腕は左右に別れて逸れていき、掻き消える事無くその場に留まり続ける。
一方で舞い上がる黒い雪を突き破って黒い靄の人型が出てくるが、その数がどう言う訳か一体ではなく複数体にも増えていた。
「……おい、霊夢。あれ、どう言う事か分かるか」
「さぁね。でも、一つだけ分かる事はアレ等は
「人の形をした穢れか。……だとすると〝沢山ある穢れた魂〟ってのはこう言う意味か?」
「どうかしら。正直あんまり考えたくない事だけど…ねッ!」
言葉の締め括りと共に気合を込めた霊夢は、黒い人型に向けて弾幕を放ち足止めをする。
俺は直ぐ後ろを振り向き、今にも人型に為ろうとしていた穢れに力を叩き込み、光に包み込んで今度は完全に消滅させる。
その穢れが完全に消滅したのを確認した俺は、霊夢の弾幕を突っ切って里へ攻め込んでくる黒い人に向かう。
霊夢の弾幕を受けて更に数が増えたのか、里に攻め込んでくる人型の数は十数体。
一体一体に大した力を感じないものの、一体も里の中に入り込ませるわけには行かない。
俺は叢雲に力を込めて光の刀身を創り上げ、攻め込んでくる奴等を斬り払うと同時に力を叩き込み、黒い人型を一片に消滅させる。
一度に奴等を消滅させる事は出来たが、力を叩き込んだことで創り上げた刀身も消滅する。
刀身なら何度でも創り直せばいいだけなんだが、こういう使い方は初めてだから結構疲れるな。
だがしかし、こっちが一息つく間もなく奴等は再び現れ、里へと向かって押し寄せてくる。
間を置かずに攻め込んでくる奴等に嫌気が差しながら、俺は光の刀身を創り上げてもう一度消滅させようとすると―――
「夢境『二重大結界』!」
―――霊夢が二重に構成された大掛かりな結界を発動させ、奴等を結界の中に閉じ込めてしまう。
黒い人型は結界など気にせずに里へと押し寄せようとするが、霊夢が張った結界に阻まれ、一枚目を突破する事すら出来ないでいる。
奴等が動けない間に俺は光の刀身を更に伸ばし、霊夢の結界ごと奴等を斬り払い、中に居るモノ全てを消滅させた。
目の前に張られた結界も消滅するが、閉じ込めていた黒い人型も目の前から完全に消え去った。
敵の姿が完全に無くなったのは良いんだが、
さっきの一撃で一緒に消え去った…にしては手応えがなかったし、夜の闇に紛れて退却したのかと考え始めていると―――
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
―――里の中の方から女性の悲鳴が風に乗って俺の耳に届く。
その悲鳴を聞いた俺と霊夢は急いで現場へと向かうと、里の人達を守る様に張られた結界と、それを取り囲む黒い人型が結界に群れていた。
黒い人型の数は大よそ50はいるが、今の状況で敵が何体居るのかは大した問題じゃない。
今問題にするべきなのは、どうやってコイツ等が俺達にも気付かれずに里に潜り込んだのか。その一点に尽きる。
俺と霊夢は里の入り口でコイツ等と戦っていたのに、コイツ等が侵入するのに気付けなかったなんて思えない。
地面の中から現れたのか、空から降ってきたのかは分からないが、コレは完全に俺達の落ち度だ。
「ッ! 母さん!」
「……なんだって?」
霊夢の悲痛な声に即座に頭を切り替えると、結界の外側で霊力の壁にもたれ掛かっている先代の姿あった。
先代と一緒に行った筈の妹紅は結界の内側にいて、涙を流しながら必至になって何かを叫び続けている。
だけど、先代が張ったと思われる結界に阻まれてその声が彼女に届くことはない。
「アンタ等……其処を退きなさい!」
怒りに満ちた表情で霊夢は弾幕を展開して黒い人型を吹き飛ばし、脇目も刳らずに先代の元へと向かう。
俺もその後に続くが、壁にもたれ掛かる先代の全身は黒く穢れ、呼吸もかなりか細いものになっていた。
今もこうして生きているのが奇跡なのか、博麗の巫女としての高い霊力のお陰なのかは分からない。
ただ分かっているのは、このまま放っておけば先代はそう遠くない内に死んでしまうって事だけだ。
「母さん!」
「ちか…づかないで……。あなたも、けがれてしまう……」
「…ッ!」
心配そうな面持ちで先代に近付こうとした霊夢だが、虚ろな表情の先代がそれを押し留めた。
その隙を突こうと黒い人型が俺達に押し寄せて来るが、二人の邪魔をさせる訳にはいかない。
俺は二人に背を向けて、この結果に近づこうとするモノ全てを薙ぎ払っていく。
「あな…たも、わたしにかまってないで……かれとともにたたかわなくてわ……。あなたは、はくれいのみこなのだから……」
「……こんな時に巫女がなによ。母さんが死にそうだって言うのに、戦える訳ないじゃない!」
「おやとして、なにもしてあげられなかったわたしを……まだハハとよんでくれるの…?」
「そんなの当たり前じゃない。いっつもキツイ修行ばかりで、何も与えられず、淡々と巫女としての矜持を教え込まれたけど、それでも貴女は私の母さんよ! 本当に嫌いになれるわけないじゃない……」
口では嫌いだと言いながらも、ずっと心の奥に仕舞いこんでいた霊夢の本音。
それが死にゆく先代に取ってどれ程の意味を持つのか、親の顔も知らない俺でも痛いほど良く分かった。
「…ずっときらわれているとおもっていたけど、そうじゃなかったのね……。よかった……これで、あんしんしてねむれる……」
「駄目! まだ眠らないで! 私はまだ、貴女に言いたい事が沢山あるの!」
「あなたをひとりにして、ちゃんとやっていけるのかふあんだったけど……もうひとりじゃないものね。あなたは、あなたのおもうまま、かれとともにいきなさい…れい…む……」
「……いや、眠らないで。こんな形でお別れなんて絶対にいや! 説教だってちゃんと聞く、だから! お願いだから…めをあけてよ……かあさん……」
背中ごしから霊夢の泣き声が聞こえてくる。先代のか細い呼吸が段々と聞こえなくなってくる。
結界の中で里の人達が泣いているのが分かる。敵はまだ健在で、その数が尽きる気配は見せない。
…まったく、俺は一体何をやっているんだろうな。幻想郷を壊さないように気を遣っておきながら、大切な人の涙一つ防げないで如何する。
何も全てを救えるだなんて思い上がっちゃいないが、貫き通せない決意に一体何の意味がある!
護ると決めたんだ、この幻想郷を、そして霊夢を! だからもう、お前等の好きにはさせねぇ!!
「……お前等、覚悟しろよ。俺を敵に回したからには、その薄汚い靄の一欠けらでもこの世に残ると思うな!」
激情の赴くままアンフィニの力を解放した俺は、足元から立ち昇った赤い光に包まれて、その中で人と竜の中間である竜人へと姿を変える。
この姿を見て里の人達は俺を恐れ、化け物を蔑むかもしれないが、これ以上誰も泣かせはしない。
そんな俺の怒りと決意に呼応するかの様に、握り締めた叢雲が剣に纏った雲を払って光だし鳴動する。
今俺の眼前にいるのは穢れから生まれて黒い人型の群れ。
もはや数えるのも莫迦らしくなる位にまで増えているが、何体いようと今の俺の敵じゃない。
感情らしくものを持っていない黒い靄は、今の俺を前にしても恐れる事無く立ち向かってくる。
黒い波の様に押し寄せて来る奴等に対し、俺は叢雲を横に振り払い、その一閃で奴等を全て吹き飛ばした。
これで結界を取り囲んでいた黒い人型を一掃できたが、それと一緒に焼け落ちていた家々も一緒に吹き飛ばしてしまった。
…まぁ、家屋だけならまた建て直すことができるし、奴等を消し去らない限りソレすらも出来ないか。
そう思い叢雲を構え直すと、穢れた地面や雪から再び黒い人型が大量発生し始める。
どういう原理で大量発生しているのか知らんが、本体を消さない限りコイツ等は何度でも現れるだろうな。
本体もコイツ等を同じ見た目だから、どれを潰せば良いのか皆目見当も付かないが……存在する奴全てを消せば済む事だ。
俺は有りっ丈の力を叢雲に注ぎこみ、何時でも奴等を消し去れるように備えていると、何時の間にか霊夢の奴が俺の隣りに為っていた。
「……もう良いのか」
「良くはないけど、何時までも泣いていたら、母さんに叱られるわ」
「そうか。…だったら、早いとこコイツ等を消し去るぞ」
「分かってる。母さんの結界も何時まで持つか分からないし、もう誰もあんな思いをさせやしない」
黒い人型を見据えながら意気込む霊夢だが、どう言う訳か札を展開しようとはしない。
自分の攻撃で黒い靄を撒き散らすのを懸念しているのか、ただ自分の足元に八卦の陣を展開していた。
「…ねぇリュウ。アイツ等を足止めしながら、一箇所に纏めることって出来る?」
「頼みとしては二つになるが、その程度のこと朝飯前だ」
「ならお願い。私も久し振りに全力で潰しにいくわ」
「ふ、任せろ!」
霊夢の頼みに応じると同時に全速で駆け出し、一番手前に居る奴を斬り捨てないよう空中に吹き飛ばす。
一体目を飛ばしたら即座に次の奴を吹き飛ばして、一体目の奴にぶつけて一箇所に纏める。
それを三体目、四体目と続けていき、ものの一分と掛からずに数十体もの黒い人型を一箇所に纏めた。
この間に霊夢は陣を維持したまま祝詞を読み続け、神を降ろす為の準備に入っている。
穢れた地面から黒い人型が、立ったままでいる霊夢に襲い掛かろうとするが、彼女に近づく事すらできずに俺によって斬り払われる。
集められた黒い人型は重力に従って地面へと落ちてくるが、俺は永劫斬と同じ要領で空中に斬撃の結界を描き、その場に縫いとめた。
黒い人型は斬撃の結界に斬り裂かれ続け、零れ落ちる黒い靄は地面に触れる事無く斬り裂かれ、消滅する。
そして最後に結界を残しながら下から上へと斬り抜けると、俺と入れ替わりで霊夢が空中に縫い付けられた奴等の前に立つ。
「…
霊夢が言葉を紡ぎ終えると、夜遅くにも拘らず空から昼間を思わせるほどの光が差し込み、その光の中から天照が舞い降りる。
天照は俺と視線を合わせるだけで言葉を交わすことはなく、そのまま霊夢の中に入り込み力を貸し与える。
「日輪『天照大御神』」
天照の力を借りた霊夢は、黒い人型に手を向けると神々しいまでに眩い光を解き放った。
その光は幻想郷中を照らし出し、太陽神の名の下にあらゆる不浄を焼き祓う。
神々しいまでの光が終息していくと、斬撃の結界の中にいた黒い靄は全て焼き払われ、中には
黒い靄に覆われていた時とは違い、その肌は余りにも青白く、骨と皮しかないのではと思わせる位に痩せ細っている。
あの惨めな姿が
俺は叢雲に有りっ丈の力を注ぎ込み、斬撃の結界ごと
俺に叩き込まれた力に苦しみもがく中、天照を降ろした霊夢が隣りに降り立つのと同時に、
「…神滅『テラ=ブレイク』」
その言葉と共に光は更に膨れ上がり、
眩しかった光もすっかり消え去り、辺りは何時もの暗くて深い夜の闇の中に包み込まれる。
俺達はそのままの状態で先代の元へと向かうが……時既に遅く、先代の呼吸は既に止まっていた。
あの人が張った結界は既に消滅しており、誰もが先代の死を悼み、泣き崩れている。
誰もが悲しみにくれている状況を察してか、天照はそっと霊夢の体から抜け出し、霊夢は悲しみにくれる人々を掻き分けて先代の隣りに座り込む。
「……母さん、私頑張ったよ。ちゃんと里を、幻想郷を守ることができたよ。だから、偶にはほめてくれたっていいじゃない……」
もう返事をしてくれない母を前に、霊夢はその小さな肩を震わせて涙を流す。
その姿に誰も霊夢に声を掛けることが出来ず、誰もがやり場のない悲しみに包み込まれる。
せめてもの救いだったのは、先代の身体を黒く染めていた穢れが天照の力で祓われ、綺麗な顔に戻っていたことだろうか。
……だけど今の霊夢にはそんな事なんの慰めにも為らない。たった一人の母を失ったのに何の意味がある。
「……天照。少しばかり自然の摂理を捻じ曲げるが、黙認してくれるな」
《承諾しかねる……と申しても、貴方は止まらないのでしょうね。閻魔に怒られても
「ふ、元よりアイツとは仲が最悪なんでな。その程度の事なら大した問題にも為らない。それに、魂はまだ此処にあるんだ。なら救える命を救って何が悪い」
《……確かにその通りですね。ならば、貴方の心が命じるままに事を為して下さい》
そう言ってくれた天照に頷いて応え、俺は悲しみに暮れている人を掻き分けて先代の傍に立つ。
誰もが今の俺の姿に驚きを顕わにするが、今からする事に比べればこの程度のこと気にする程でもない。
俺は横たわる先代の前に跪くと、そのまま彼女の胸に手を軽く押し当てる。
「…リュウ、なにをしてるの」
「今からお前の母さんを助ける。目が眩むかも知れんが、覚悟しておけ」
「……えっ?」
「行くぞ…『リバルラ』」
横たわる先代に魔法を掛けると、俺の手を通して彼女の身体が淡くも眩いばかりの光に包まれる。
光は彼女の全身に染み渡り、傷付き疲れていた身体を癒し、止まっていた心臓を動かし、弱りきっていた魂に活力を与える。
全身を包み込んでいた光が先代の身体に溶け込む様に消えてゆき、押し当てていた手をそっと離すと―――
「…ッ! ゲホゲホッ! …あ、あれ? 私は一体どうなって……」
―――死んでいた筈の先代が目を覚まし、戸惑った様子で身体を起こした。
その様子に誰もが目を疑い、先代に声を掛けることもできずに呆然と彼女を見ている。
「…? 如何したのですか、皆さん。そんな死人を見るような目で私を見て。今は
「かあ…さん……」
「霊夢? 如何したのです、貴女まで。そんな呆けた顔では立派な巫女は務まりませんよ」
「……母さん!」
感極まった様子で霊夢が先代に抱きつくと、里の人達から一斉に歓声が上がる。
余りにも突然の出来事に狼狽した様子で周りを見渡すけど、抱き付いたまま泣いている霊夢を見て、先代は何も言わずに彼女の事を優しく抱き締めた。
この間に俺はそっと人の輪の中から抜け出して、少し離れたところで普段の姿に戻り、やっとの思いで一息つく。
普段使う事のない魔法を久々に使ったし、まさか大晦日の夜にまた神殺しをするなんて思いもしなかった。
里の家屋も大半が焼け落ちたか、俺によって吹き飛ばされちまったし、里の復興は時間が掛かりそうだ。
それに今回の件で俺の正体が皆に知られちまったが、こればっかりは仕方がない事だと割り切ろう。
自分にそう言い聞かせていると、輪から抜け出した里の老人たちが俺の元にやって来た。
「ん? なんか用かい、爺さん。見ての通り俺は疲れているんだけど」
「里の者と巫女様を救って下さった事には礼を言いたい。じゃが、お主は一体何者なんじゃ? 先程の姿から察するに人ではないのじゃろう?」
やっぱりその質問か。爺さんに問い掛けられた時に真っ先に頭に浮んだのがそれだ。
アレだけ大々的に力を使ってはぐらかせる訳もないし、本当の事を話してしまおう……そう思った矢先―――
《彼の名はリュウ。その名の通り龍族にして、大切なモノを護る為に神を滅ぼせる竜神です》
―――帰らずに未だに残っていた天照が横から口を挟んできた。
一体何を考えているんだと睨み付けるが、天照は自分に任せておけと言いたげに目配せをしてくる。
「なんと、青年は龍神様でしたか! …して、その事を知っておられる貴女様は一体……」
《
「お、おぉ…天照様でしたか。まさか生きてそのお姿をご拝謁できようとは……」
天照の名を聞いた途端、爺さんたちは地面に座り込み頭を垂れ、彼女の背中に後光が差し込む。
普段ウチに来るときは全然威厳を示さない奴だが、流石は太陽神。すげぇ効き目だ。
俺が呆れながらも感心していると、爺さん達が頭を垂れるのを見計らって霊夢をこっちに手招きで呼ぶ。
天照が呼ぶのに応えて霊夢もこっちに来るが、一体何を仕出かすつもりなのか霊夢も分かってない様だ。
《此度はこの巫女の呼び声に応じ、友の力となるべくこの地に光臨しました。新たな年を迎えようとしている時に
後光が差した天照の演説は、コレからの事で不安を懐いていた人々の心を掴むには十分なものだった。
声高々に宣言する天照を前に誰もが感謝の意を示し、崇め奉った。
一方で俺達は、急に持ち上げられてしまい如何すれば良いのか分からず、場が落ち着くまで静観しているしかなかった。
天照を崇める声が続く中で、俺と霊夢は今すぐ帰りたいという気持ちで一杯に為る。
「…ちょっとリュウ。これ、何時まで続くのよ」
「俺に聞くな。天照の奴にでも聞いてくれ」
「この状況で聞けるわけないでしょ。だからアンタがなんとかして」
「無理言うなよ……。そんな事が出来るなら、とっくにやってるって」
「……それもそうね」
二人同時に溜息を吐きながら、未だに続きそうな天照の演説を暫く聞き流していると、周りの人に気付かれないように先代が俺達の傍へとやって来ていた。
「あ、母さん。もう動いて大丈夫なの?」
「えぇ。……貴女たちには色々と世話になったみたいね」
「別に大した事ないわよ。幻想郷を守るのが巫女の務めだって、修行時代に嫌になる位に聞かされたしね」
「俺はただ自分の守りたいモノを守ろうとしただけだからな。あんまり気にしなくてもいいさ」
「それでも私や里の者を救ってくれたのは事実です。ですから、礼を言わせて下さい。…ありがとう。そして霊夢、本当に強く為りましたね。母として誇りに思います」
「な、なによ急に……。いきなりそんな事を言われても、嬉しくなんかないわよ!」
そう言いながら顔を赤くさせて、霊夢は気恥ずかしそうに先代から顔を背ける。
誰の眼から見てもそれが照れ隠しだってのはバレバレだが、下手に指摘すると噛み付かれ兼ねないし黙っていよう。
「ところで先代。一つ聞きたいんだが…衣玖の奴を知らないか? さっきから姿が見えないんだが」
「衣玖…と言うのは、緋色の衣を纏った女性の事?」
「嗚呼。上白沢さんと一緒に里の人達の避難誘導を任せていたんだが……」
そう言いながら天照の演説を聞き入る人達を見渡すが、やっぱり彼女と上白沢さんの姿は何処にもない。
結界に入りきれずに、外で奴等に殺された……なんて思いたくもないが、こう姿が見えないと不安になるな。
何処かで無事で居てくれる事を信じながら辺りを見渡していると、迷いの竹林が在る方角から上白沢さんに引っ張られた永琳と衣玖の姿を見つけた。
「皆! 永遠亭の医者を連れて来たぞ……って、これは一体どういう状況だ?」
「け、けいねさん……あし、はやすぎです。ここまではしらされるなんて、おもいもしませんでした……」
「全く…急患がいるからって連れ出されてみれば、皆元気そうにしてるじゃないの」
空気が読めていないと言うか、間が悪かったと言うか、変なタイミングで来た三人に皆の視線が注がれる。
上白沢さんなりに何かしようと必至だったんだろうけど、凄い勢いで空回りしたみたいだ。
如何言う事なのか分からずうろたえている上白沢さんが可笑しくて、失礼だとは思いながらもつい笑みが零れる。
それを切欠に周りの人に次々と伝播していって、冬の寒空の下で皆の声が重なり合って大きな笑い声になる。
ついさっきまで大変なことが遭ったって言うのに、こうして笑い合えるなんて、人間ってのは本当に強い生き物なんだって気がしてくる。
里の復興には時間が掛かりそうだし、コレからの季節を考えると辛い事も多いだろうが、彼等ならきっと大丈夫だろう。里の人達の笑顔は俺にそう思わせてくれた。
オマケ
天照の演説も一通り終わり、今日はもう遅いと言う事で復興に向けての話し合いは夜が開けてからだそうだ。
今夜は無事だった家に何人かで集って、集団で眠る事に為る。
それでも流石に全員が寝られるだけのスペースもなく、一部の人は永遠亭に泊まらせて貰う事に。
この夜更けに集団で迷いの竹林に行くのは自殺行為と言う事もあり、俺達も彼等と動向することになった。
里の守りについて若干の不安が残るが、上白沢さんと妹紅がなんとかしてくれるそうだから、二人に期待するとしよう。
「くぁ~……眠い。今夜はもう疲れたから、さっさと眠らせて欲しいわ」
「こら、霊夢! なんですか、その態度は! これから竹林の奥に在る永遠亭に行くと言うのに、もっと気を引き締めなさい!」
「うるさいな~……。眠いものは眠いんだから仕方が無いでしょ」
「貴女って子は……ッ。眠いのは貴女だけではないんですよ! 皆を守らなければならないと言うのに、如何して貴女はそうダラダラと」
「「…………はぁ」」
漸く和解できたと思っていた二人だが、どうやら性格的に相容れないものがあるらしい。
里で見せた霊夢の涙は一体なんだったのか。今の二人を見ているとそう思わずには居られない。
喧嘩するほど仲がいいとも言うが、この二人がちゃんと和解できる日はもう少し先の事になりそうだな。
そんな事を思いながら集団の最後尾を衣玖と歩いていると、不意に誰かの視線を感じて足を止めてしまう。
後ろを見渡してみても其処に有るのは夜の闇だけ。人影など何処にも見当たらないのだが……つい気に為ってしまう。
昼間感じたのは
「……………」
「ん? 如何か致しましたか、リュウさん?」
「……いや、変な視線を感じたんだが、気のせいか」
「如何でしょう? 今回は集団で行動していますし、もしかしたら逸れた方でもいるのでしょうか」
「それはないと思うが、念のために確認してきてくれ」
「畏まりました」
俺の指示を受けた衣玖はすぐさま行動に移し、集団の先を歩いている永琳の元へと向かった。
程なくして集団の足が止まり、直ぐに点呼が開始されるが……俺の杞憂だったのか、誰一人として逸れた者はいなかった。
「…全員いるようですね。それでは移動を再開しましょう。お手数をお掛けしました」
俺の代わりに衣玖が謝罪をすると、直ぐに集団移動は再開され、永遠亭へと向けて歩き始める。
杞憂だったのならそれで構わないんだが、昼間の事といいさっきの事といい、一体何なんだ?
「……俺が気にしすぎているだけなのか?」
「そうなんじゃないの? 本当にリュウは変なところで心配性なんだから」
「私からしたら楽観視し過ぎだと思うのですけどね。今は妖怪たちの時間、この位心配していた方が良いのです」
「まぁ杞憂だったのならそれでいいさ。俺達もさっさと行こう」
「そうですね。…その道中でウチの霊夢が居ながら、あの衣玖と言う女性を侍られている事に付いて説明してもらいましょうか」
「……えっ?」
此処でするような話じゃないってツッコンでしまいそうなるが、先代からはさっさと話せと言いたげな威圧を感じる。
正直物凄くはぐらかしたいが、適当な事を言ったら鉄拳が飛んできそうで、そっちの方が怖い。
なんとか穏便に済ませられないだろうかと頭を悩ませつつ、俺達は永遠亭を目指して竹林の奥へと進んでいった。
「……この地での作戦は失敗したか。やはりあの者が居る限り成功は無理だろう。……となれば、此処よりも月で事を為した方が安全確実という事か」
終わり