あの展開から話をつなげるのって予想以上に大変だった。
一月も終わりに差し掛かった今日この頃。今日は久し振りに霊夢と二人っきりで神社でのんびりとしている。
衣玖は割と早い段階で天界の職場に戻っていて今はいないが、時間を見つけてはこっちに戻ってきてるから、その内帰ってくるだろう。
里の復興は人数分の仮住居の完成と、先代が退院した事で一段落が付いたのか、俺達の手助けがなくてもなんとかやっていける位にはなった。
完全復興にはまだ遠いが、守矢一家は今後も里の復興に協力していくと明言していたから、大きな異変が無ければ今年中には里の街並みも元に戻ってくれるだろ。
そんな事を思いながら霊夢が淹れてくれたお茶を飲みつつ、お茶請けに用意していた煎餅に手を伸ばして齧る。
煎餅は今出してある分で最後なんだが、何時までも棚の中に入れて湿気らせるわけにも行かないし、煎餅が食べたくなったら龍神の奴にでも買いに行かせればいいか。
「…それにしても、こうしてリュウと二人っきりで過ごすのは久し振りね。今月はずっと忙しかったし」
「まぁな。霊夢は炊き出しを、俺は入り口の番をしていたから、二人っきりに為れる機会なんてなかったからな」
「でもリュウは基本てきに暇そうにしてたわよね。妹紅と将棋や碁を指すくらいに」
「番人ってのは敵対者が来ない限り暇なもんだ。紅魔館の門番だって何時も昼寝してるし」
「いや、アレを引き合いに出しちゃ駄目でしょ。魔理沙が侵入しても平然と寝てるような奴なんだし」
「……それもそうだな」
実も蓋もない霊夢の言葉に、俺はフォローする事もなく頷いて同意した。
彼女とは特別仲が悪いわけでもないが、それほど仲が良い訳でもないから、フォローしてやる理由が無い。
何時も寝てばかりいるのは事実だし、如何考えてもフォローのしようがないんだよな。
「ところでリュウ。アンタ入り口で番をしているとき、妹紅と将棋とか指してたでしょ? アレ、結局どっちが勝ち越したの?」
「ん? そうだな……将棋では俺が、碁では妹紅が勝ち越したな」
「へぇ~。リュウが負け越したままで居るなんて珍しいわね。妹紅ってそんなに強かったの?」
「それもあるけど、碁はルールをちゃんと把握してないからな。偶に反則負けで負けることがあった」
「……ちゃんとルールくらい把握しておきなさいよ」
「凄く面倒くさい」
明後日の方向を向きながらそんな事を言うと、霊夢は呆れた様な溜息を吐いてくる。
別に溜息を吐くほどの事でもないと思うが、真面目にルールを覚えようとしない俺に呆れたんだろ。
花札くらいに分かりやすいルールだったら直ぐに覚えるんだが、あの手のゲームは相当数をこなさない限り無理だと思う。
「「……………」」
それにしても、さっきから会話が全然長続きしないな。
今までは二人っきりが当たり前だったのに、一月近くもドタバタしていたから、その〝当たり前〟がどんな物だったのか忘れてしまったのだろうか。
こうしているのが当然だと思っていたはずなのに、少し距離が空いてしまっただけで忘れてしまうなんてな。
もっと霊夢と話をしていたいんだが、コレと言った話題も思いつかず、ただ時間とお茶だけがなくなっていく。
「あ、そうだ、リュウ」
「ん? なんだ?」
「母さんを助けてくれてありがとうね。…リュウが居なかったら、きっと母さんを助けられなかったと思う。だから、本当に感謝してる」
真っ直ぐ俺の方を見てきた霊夢が、少し照れくさそうにしながらも礼を言ってくる。
そのお礼になんて返事をすれば良いのかわからず、顔に出さないように心掛けながらも、胸中では少々困ってしまう。
ただ一人の母を助かった事に感謝しているみたいだけど、俺は泣いている霊夢を見たくなかったから助けただけ。
俺があの時自然の摂理を捻じ曲げたのはただそれだけの理由。別に感謝して欲しくてやった訳じゃなくて、ただ俺がそうしたかったからそうした。
この事をそのまま霊夢に伝えてしまうのは簡単だが、きっと霊夢にはこの程度の事は分かっているんだろ。分かった上で俺に感謝を伝えてきたんだ。
それが分かっているからこそ、霊夢になんて返事をすればいいのか分からなくて困っているんだがな。
「…まぁ、お袋さんが無事で良かったじゃないか。永琳の話だと何処にも異常は見付からなかったそうだし」
「そうね。それもこれも全部アンタのお陰……って言ったら、リュウは心の底から困るんでしょうね」
「分かってるなら言うなよ。…もしかして、俺を困らせて楽しんでないか?」
「そんな事……なくはないかしらね。リュウをおちょくる機会なんて中々無いし」
「……霊夢、一言いっておくが、そんな事ばかり繰り返していると、将来八雲みたいな性格になるぞ」
「ちょっと冗談でもそう言う事を言うのはやめてよ! 今自分で想像して鳥肌が立ったわ」
「そう思うんなら程ほどにしておけって」
嫌そうな顔をする霊夢に苦言を呈しながら、湯のみに残っているお茶を一気に飲み干す。
なんか久し振りに霊夢を言い負かせた様な気がするが、偶にはこう言うのも悪くはないな。
普段は俺の方が言い負かされたりしてるから、この位のことはさせて貰わないと。
「…それにしても、霊夢が先代と和解できたと思ったのに結局また喧嘩してたよな」
「それに関しては仕方が無いわよ。私と母さんの性格じゃ如何しても衝突しちゃうんだから」
「どっちかが妥協すれば言いだけの話な気もするがな」
「母さんは骨の髄まで完璧な巫女よ? 妥協なんて出来るわけないでしょ」
「そうなると…霊夢が妥協するしかないのか」
「それだけは絶対にいや」
頑なに妥協しようとしない霊夢の態度に、呆れを通り越して思わず感心してしまう。
誰よりも自由な霊夢と、巫女としての責務を全うしようとする先代。そんな二人がお互いの妥協点を探り合えるわけもないか。
「それよりもリュウの方は如何なのよ? 里の爺さん達に〝龍神様〟なんて崇められてたけど」
「……その事には触れるな。てか、忘れさせてくれ」
「忘れさせてくれって言われても、里に行くたびに言われる事に為ると思うわよ」
「あの爺さん達が早く忘れてくれる事を祈るしかないか」
「アンタの活躍は既に里の人達の語り草になってるから無意味だと思うけどね」
「むぅ……」
大晦日のあの夜。俺が邪神を倒してしまってからと言うもの、里の連中…特にご年配の方から祭り上げられて困っている。
天照の奴が大々的に俺を持ち上げた所為ってのもあるが、アレだけ派手に暴れまわった上に人前で先代を蘇生させちまったからな。仕方のない事だと割り切るしかないんだろうけど、やっぱり神様と崇められるのは性に合わない。
人前に出なければそんな事を言われる心配もないけど、流石に神社に引き篭もっているわけにも行かないよな。
「……はぁ。こんな事になるなら里の人達を魔法で眠らせればよかった」
「かもしれないけど、私は今回の事件でリュウが人前であの力を使って良かったって思ってる」
「そうか? 俺としては余計な気苦労が増えてめんどくさい事この上ないんだが」
「アンタはコレから苦労して行く事に為るでしょうけど、あの人達に隠し事をせずに済むじゃない」
「……………」
「後ろ暗い事をしている訳でもないのに、負い目を感じるリュウを見ていられなかったのよ」
いきなり何を言い出すんだ。思わずそんな言葉が出そうになったが、霊夢の顔は何時になく真剣で、口を挟めるような雰囲気じゃなかった。
ただ、彼女の言葉には俺の身を案じているような優しさと、暖かさが節々に垣間見える。
「リュウは大切なモノを守れるなら、自分はどれだけ傷付いても構わないって思ってるんでしょうけど私は嫌よ。ただ守られているだけなのも、傷付いていくリュウを見ていることしか出来ないのもどっちも嫌。守ってくれるなら支えたいし、傷付いているなら助けたいのよ」
「……随分と嬉しい事を言ってくれるけど、それじゃ俺は霊夢に何をしてやれるんだ?」
「そうね……アンタの所為で弱くなっちゃったし、私が疲れたときは傍で支えて欲しいし、泣いている時は慰めて欲しいかな」
「そ、そんだけで良いのか? なんか普段と対して変わりない様な気が……」
「こんなもんで良いのよ。…だって、一緒に生きるってこう言う事でしょ」
優しさに満ちた笑顔で言ってくれた霊夢の言葉。今までそんな事を言われた事がなかったから、今の自分の気持ちを如何表現すれば良いのか分からない。
ただ有り難うって言うのは余りにも素っ気無さ過ぎるし、オーバーな感じに感謝の意を示すのも嘘っぽいか。
でも、霊夢がそう言ってくれることが嬉しいのも事実だし、なんとかしてこの気持ちを彼女に伝えたい。
……あぁ、言葉ってのは不自由なもんだな。今の自分の気持ちを伝えられる言葉が出てきやしない。
それに何か伝えようとアレコレと悩むのも面倒だし、この思いを伝えられる様に行動を起こそう。
そう思い、火燵から抜け出した俺はそのまま霊夢の傍へと移る。
突然席を立ち上がった俺を不思議そうに見詰める霊夢だが、俺は気にも留めずに後ろから霊夢を抱き締めた。
「うわぁッ!? ど、如何したのよリュウ。いきなり抱き締めるだなんて」
「…正直に言うと、自分でも良く分からない。ただ、霊夢が言ってくれた言葉が嬉しくて、それを伝えるための言葉が思いつかなくて……」
「そ、それでいきなり抱き締めてきたと?」
「嗚呼。……迷惑だったか?」
「そんな訳ないじゃない! ただ…その……これは予想してなかったからビックリしちゃって」
「俺としても驚かせるのは本意じゃないんだが、これ以外にしてやれる方法が思いつかなくてな」
「ただ驚いただけだから気にしなくて良いわよ。…それに、私も嬉しかったから」
恥かしそうに言いながらも、霊夢はそっと俺の腕を握り締めてきた。
たったそれだけの行為の筈なのに、彼女の言葉に出来ない思いが伝わってくる様な気がする。
霊夢に俺の気持ちを伝えられたのは嬉しいが、何時までもこうしているのは流石に恥かしい。
そろそろ離れようかと、抱き締めていた腕を解こうとするが……霊夢の手は俺の腕を確りと掴んでいて、離そうとしてくれる気配もなかった。
「あの…霊夢さん? そろそろ離れようかと思っているのですが……」
「そんなの分かっているわよ。でも、却下」
「なんでだよ?! てか、離れるのに許可なんているのか!?」
「そんな細かい事なんて知らないけど、さっき言ったでしょ? 〝疲れたときは傍で支えて欲しい〟って。だからもう少しこのままで居させて。……ね?」
霊夢も恥かしくて顔を赤くしているが、その羞恥心を押し殺してまで傍にいて欲しいと強請ってくる。
そんな風に言われると、俺としても無碍にする訳にもいかず、顔が熱くなるのを感じながらもう一度抱き締める。
すると、霊夢は嬉しそうに顔を綻ばせながら、放さないと言わんばかりに俺の腕にしがみ付いて来た。
その時の霊夢が可愛いなんて思ってしまったが、こう言うのを惚れた弱みって言うんだろうか?
こんな風に自覚出来ているくせに、悪くないって思ってしまう辺り、俺も相当重症なんだろう。
良くも悪くも大晦日の夜に色々な事が変わってしまったが、移ろい変わり続けるのは人の世の常とも言う。
神であっても抗うことなんて出来ないだろうし、変わらない世界は停滞しているのと同じ事だ。
前まであった〝当たり前〟はもう帰って来ないだろうけど、今はこの変化を受け入れるとしよう。
何時まで俺が霊夢の傍に居られるか分からないが、居られる間は彼女と共に変わりながらも前に進もう。
「……大丈夫よ」
「ん?」
「リュウが約束してくれたみたいに、私もリュウの傍に居るから。だから、大丈夫よ」
「…あぁそうだな。……全く、ホントに読心術でも覚えたんじゃないか?」
「アンタが分かり易過ぎるだけだって。他のやつが何を考えてるのかなんて分からないわよ」
「つまり、俺専用の読心術の様なモノを身に着けたと? それはそれで怖いな」
「私からしたら大助かりよ。独りで抱え込もうとするアンタ相手には丁度良いじゃない」
「確かにそうかもしれないな。……自分で言う事じゃないけど」
そんな何気ない一言を皮切りに俺達は笑い合う。
思わず呆れてしまう様な一言が可笑しくて、お互いの気持ちが伝わっているのが嬉しくて笑い合う。
本当に何でもない様な一日だけど、俺達に取っては良い日だったのかもしれないな。