霊夢と暇を持て余していた二月のある日、今日は珍しい事に上白沢さんと妹紅の二人が神社にやって来た。
上白沢さんがうちに来る時は大抵仕事の依頼だが、妹紅と一緒に来ると言うのは初めてな気がするな。
どんな依頼を持って来たのか知らないけど、輝夜に対する愚痴だってんなら他所でして貰いたいもんだ。
「いらっしゃい慧音。今日はもう一人居るみたいだけど、一体なんの用かしら?」
「お前達なら察しは付いてると思うが、妖怪退治の依頼だ」
「普通の依頼で安心したが……なんで妹紅も一緒なんだ?」
「退治して欲しい妖怪と戦ったことがあるからさ。まぁ、詳しい事は後で説明するよ」
俺は要領を得ない返事に首を捻るが、上白沢さんはそんな事気にせずに淡々と説明を始める。
なんでも今回の依頼と言うのは、最近になって人里に現われた亡霊武者を退治して貰いたいとの事だ。
その亡霊武者は夜な夜な人里に現われては、朝方まで里の中を徘徊し続けるそうだ。
家に押し入って人を襲う事もなければ、雪の積もっている畑を荒らしたりする事もない。
ただ里を徘徊し続けるだけの謎の亡霊だが、行動理由が分からないからこそ恐怖を感じる人も居る。
その人達に頼まれて上白沢さんと妹紅は、夜中に現われる亡霊武者に戦いを挑んだそうだが……負けてしまったんだとか。
「慧音は兎も角、妹紅はそこそこの実力はあるじゃないの」
「長い事生きてるから、普通の妖怪には負けたりしないが……ちょっと相手が普通じゃなくてね」
「普通じゃない亡霊武者ってなんだよ」
「まず格好だが、私の知っている甲冑ではなく西洋のものだった。次に防御面だが……恐ろしい位に硬くて、私と慧音じゃ殆どダメージを与えられなかった。最後にアイツの能力なんだが……コレが一番奇怪なんだよ」
「この幻想郷に奇怪な能力を持ってる奴なんて幾らでもいるだろうに」
「私だってその位分かっている。だけど、アイツは偶に自分の身体を霧に変化させちまうんだよ」
妹紅は奇怪な能力とか言っていたが、割と近くに似た能力を持ってる奴がいるから、言うほど奇怪な能力には感じないな。
「霧に変化って……萃香を連想させる能力ね。アレと似たような能力でも持ってるのかしら?」
「それは我々には分からないが、少なくとも私と妹紅に対処できる相手じゃない」
「まぁ、だからこそ私達に退治の依頼を持って来たんでしょう。コッチとしては依頼を断る理由はないけど、相手は何時ごろ現われるのかしら?」
「深夜零時以降だ。私の能力で里は隠しておくから、力の出し惜しみはしなくていいぞ」
「ソイツは有り難いな。硬いなんて言われている敵に手加減して勝つのは面倒だし」
「……手加減しても勝てる自信があるのかよ」
「「いや、二人掛りなら余裕だろ/でしょ」」
「うわぁ~……」
「……何にしても、亡霊退治の方はよろしく頼んだぞ」
上白沢さんがそう言って話を〆ると、二人は何故か呆れ顔になって神社を後にした。
なんで呆れられたのかイマイチ分からんが、今はあの二人を気にするよりも亡霊退治の準備をした方が良いか。
相手はかなり硬い西洋甲冑を着て、時々霧状に変化すると言うよく分からん能力の亡霊だ。
霧になった時の対処は思いつかないけど、実体を表している時に一気に叩けばなんとかなるだろ。
………
……
…
神社で亡霊退治の準備を整えた俺達は、亡霊が姿を現すという深夜零時頃になってから里へと向かった。
まだ雪が降る二月の深夜帯と言う事もあって、気温はかなり低く、あまり長時間の戦闘は避けたいところだな。
しかし、こんな時間に戦わなくちゃ行けないだなんて、昔解決した永夜異変を思い出すな。
あの時は夜遅くから明け方まで戦っていた様な気がするけど、今回の件は其処まで遅い時間には為らないだろう。
そんな事を考えながら里を目指していると、里が在った場所は薄く雪の積もった更地に為っていて、中心部の辺りに青い騎士甲冑の亡霊が徘徊しているのを見つける。
昼間に聞いたとおり彷徨っている様だが、なにか目的があってあそこを彷徨っているようには見えない。
どちらかと言うと、意味もなく漂っている浮遊霊に近い感じなんだが……まぁ、俺達の仕事に大した影響もないだろう。
「それじゃ、何時もの様に俺が前に出るから、霊夢は後ろを頼むな」
「頼まれたけど、一応気をつけなさいよ? アレは幻想郷でも初めて見る亡霊なんだから」
「あぁ、分かった。……んじゃ、行って来るわ」
そう言って俺は愛刀を取り出し、里の中心部で彷徨っている青騎士の亡霊に突撃していく。
俺が里に降り立っても亡霊はまだ気付いておらず、これ幸いと間合いを詰めて……一気に斬り抜けた。
更地になった里の真ん中で、亡霊の鎧と俺の剣がぶつかった金属音が響き渡る。
俺は斬り抜けて直ぐに振り返り相手を見るが、亡霊の鎧に傷が付いている程度だった。
踏み込みが甘かったのか、亡霊の鎧が硬いのかはっきりしないが、話に聞いていた以上の硬度はありそうだ。
俺が剣を握り締めて対峙していると、亡霊は腰に差していた両刃の剣を抜いて、襲い掛かってきた。
亡霊は青い刀身の剣を俺に向かって振り下ろすが、俺はその一撃を躱してから反撃に移る。
相手の攻撃を半身を逸らす事で躱し、そのまま一回転する要領で亡霊の首に向かって剣を振るう。
絶好のタイミングで繰り出した一撃だが、亡霊の身体は突然鎧の形をした霧に変化した。
突然の変化に驚くものの、一度繰り出した攻撃を途中でやめる事などそう簡単に出来るものじゃない。
俺は攻撃を止める事できず鎧状の霧を斬るが、攻撃が当たったという手応えはなく、何もない空を斬り裂いたような感じがする。
このままでは不味いと一旦後ろに下がると、俺と入れ替わりになるように霊夢の札とアミュレットが亡霊に飛んで行った。
俺を避けながら飛んでいく弾幕だが、霧状になっている今の亡霊には大した効果はなく、ただすり抜けていくだけだった。
霊夢の攻撃でも効果がないのかと思い、俺は戦い方を変えようかと考え始めた矢先、霊夢が攻撃の〆に放った『夢想妙珠』の光弾だけは霧になった亡霊に当たってよろけたのが見えた。
確かあのスペカは霊力の弾を飛ばすものだから、物理攻撃と言うよりも魔法攻撃みたいなもんだった筈だ。
…と言う事はだ、霧状に変化しているときの亡霊は物理だけを無効にして、霊夢が使う霊撃なんかは普通に通るってわけだな。
「ちょっと良いか霊夢」
「なに。札とアミュレットが効いてないって事なら、さっきの攻撃で気付いたわよ」
「その事じゃなくて、ちょっと作戦を思い付いたからそれを伝えに来た」
「作戦ねぇ……。まさか、私の霊撃で押し切れって事じゃないでしょうね?」
「それで勝てるのなら楽させて貰うが、とりあえず俺の話しを聞けって」
霊夢は半信半疑なのか訝しげな眼で見てくるが、俺はそんな事は気にせず作戦を伝えた。
俺が作戦の全容を霊夢に伝えると、今度は呆れたように溜息を疲れてしまった。
「…アンタ、よくもまあそんな作戦を思い付くわね。今回は弾幕ごっこじゃ無いから別にいいけど」
「いや、やる気に為れば弾幕ごっこでも使える策だと思うぞ?」
「確かに使えるでしょうけど、卑怯くさいから使う気になんてなれないわよ」
「まぁ、アレは飽く迄もお遊びだからな。流石にこの策みたいな方法は不味いか」
「そう言う事。……それじゃ、早速移動するから手筈通りにね」
「分かってるって」
そう言ってまた霊夢と別れた俺は、もう一度亡霊騎士に向かって突撃していく。
亡霊の身体は霧から戻っていて、ちゃんとした実体を持っている状態で俺を迎え撃とうと剣を構える。
俺は亡霊が剣を構えた事など気にせず、上空から降下しながら剣を振り下ろして兜割りを試みる。
それなりの速度を持って降下して行くが、流石に分かり易過ぎたのか、亡霊は剣を盾にして簡単に防いでしまう。
甲高い金属音が夜の更地に響き渡り、俺の剣と亡霊の剣がぶつかり合って小さな火花を散らす。
相手の剣も相当頑丈な様だが、俺はそんな事など気にせず、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
力付くで剣を振り下ろすと、小さな火花を散らしながら相手の鎧に傷を付ける。
そのまま更に追撃しようとするが、亡霊は鎧に傷が付くのを嫌がっているのか、直ぐに自身の身体を霧状に変化させてしまう。
今の状態だと攻撃を当てる事は出来ないが、亡霊の身体が霧に変化したところを狙って、背後から放たれた複数の光弾が亡霊騎士に命中する。
攻撃を受けた事に驚いたのか、亡霊は直ぐに後ろを振り返ると、背後では霊夢が次の光弾を放とうとしていた。
亡霊は自分に向かって放たれた光弾を避けるべく、身体を霧状にしたまま回避行動を取るが、霊夢が放った光弾は避けようとする光弾を追尾する。
それを見た亡霊は身体を霧から元の状態に戻し、自分に迫り来る光弾を次々と切り裂いていく。
亡霊は霊夢が放った光弾を全て斬り裂くが、その時に出来た隙を突いた俺が『現世斬』で斬り抜けて、亡霊騎士を空高く打ち上げた。
空に打ち上げられた亡霊は、実体のまま地面に落下し体勢を崩れたところを追撃して、今度は亡霊を十字を描くように斬り抜ける。
更にダメージを受けて傷付いた亡霊は、体勢を立て直すよりも先に身体を霧状に変化させるが、また背後から霊夢が放った光弾を叩き込まれて地面に倒れた。
これが俺の思い付いた策、物理と霊撃による左右からの挟撃。
物理攻撃を受けて身体を霧状に変化させるなら、何らかの方法で無理矢理にでも元に戻せば良い。
コッチの攻撃に応じて耐性を変えるなら、立て続けに耐性を変化させ続ければ一方的に攻撃出来る。
俺の攻撃を受けて物理無効にするなら、霊夢の霊撃を受ければ今後は逆に状態を魔法無効に変えてくる筈。
霧の状態は物理は無効に出来ても、霊撃みたいな攻撃を無効にする事は出来ていなかったから、恐らくあの状態では魔法攻撃しか攻撃が通らないんだろう。
実体で魔法を受けたらどうなるか分からないが、少なくとも耐性を交互に返させ続ければダメージを与える事が出来る。
相手も何も出来ずに攻撃されたくは無いだろうし、霊夢の攻撃を受ければ必ず実態になると踏んでいたが……俺の予想通りだったみたいだな。
作戦が上手く言った事に内心喜んでいると、地面に倒れていた亡霊は霧の身体のまま立ち上がり、そのまま霊夢に向かって突撃していった。
霊夢は落ち着いた様子で光弾を放つが、亡霊は光弾を受けても立ち止まる事無く向かっていく。
間合いを十分に詰めた亡霊は直ぐに実体になり、霊夢に向かって剣を振り下ろすが……当たる直前で霊夢の姿が忽然と消え、亡霊の背後の上空に姿を現した。
霊夢が突然消えた事に驚いているのか、亡霊はその場に立ち尽くしたまま周囲を探り始める。
その隙に俺は奴を上空に吹き飛ばす様に斬り抜け、即座に追撃して鎧を更に上空へと斬り飛ばす。
大気を蹴って直ぐに追撃し、身体を霧に変化させる間も与えずにより高く斬り飛ばしていく。
何よりも速く、何よりも鋭く鎧を斬り続けていく様は、空へと駆け上る竜の様なものだろうか。
鎧をより高く斬り飛ばしていたが、トドメを刺す前に最後の最後で身体を霧に変えられて避けられてしまった。
あと一息で鎧をバラバラにしてやれたんだが、物理攻撃が効かないんじゃどうしようもない。
鎧は既に全身が皹だらけで、後一度でも強い衝撃を砕けてしまいそうなほどにボロボロの状態。
トドメに強烈な技でも喰らわせてやろうかと、鎧に狙いを定めていると―――
「神霊『夢想封印』」
―――霊夢から放たれた無数の大型光弾が弱りきっていた亡霊に全弾命中し、皹だらけになっていた鎧を粉々に砕き切った。
青い鎧が砕かれ、小さな鉄の欠片となって地面に散らばると同時に、俺達と戦っていた亡霊もこの世から消滅していく。
辺りには夜の静寂が戻り、残された青い欠片も風に吹かれると霧となって消えて行った。
最後の最後で美味しいところを持っていかれたが、とりあえず無事に依頼を完了した事を喜ぶとするか。
そんな事を考えながら念の為に周囲に敵が居ない事を確認してから、叢雲を何時もの様に仕舞って霊夢の傍へと降りていく。
「お疲れ様リュウ。怪我は……特になさそうね」
「攻撃らしい攻撃をされなかったからな。寧ろ怪我をする方が凄いと思うぞ」
「それもそうね」
自分でも変な事を言ったと思ったのか、霊夢は可笑しそうにクスクスと小さな笑みを浮かべる。
そんな霊夢に釣られてか、思わず俺も笑みが零れた。
「……にしても、あの亡霊は一体なんだったのかしら? 鎧が砕けたと同時に消滅したけど、九十九神の一種かしら」
「本当にそうなのかは分からないけど、あの鎧が本体だったと見ていいと思うぞ。鎧を壊されると存在してられなくなるから、物理攻撃を受けたら半透明な霊体になって、霊夢の攻撃を受けたら魂が持たないから、鎧姿に戻って防ごうとしていたのなら筋が通るしな」
「言われて見ると確かにそうかも知れないわね。だとしたら、ちゃんと鎧の供養くらいしなさいよね。適当に捨てるから九十九神になったりするのよ」
「それは捨てた奴に言うべきだが……誰が捨てたのか分からないからな。また化けて出ないように何か考えた方が良いんじゃないか?」
「……面倒だけど仕方が無いわね。神社に帰って色々と考えるとしましょう」
霊夢は心底めんどくさそうに呟いた後、もう一度空に飛び上がって神社とは反対の方角に飛んでいく。
恐らく上白沢さんに事の顛末と、鎧の供養についての相談をしに行ったんだろう。
俺は消えずに残っていた鎧の欠片を集めてから、霊夢の後を追いかけて空に浮かび上がった。
オマケ
鎧の九十九神を倒した数日後、人里の片隅に鎧を供養する為の塚が作られる事になった。
誰が持ち主なのか結局分からず仕舞いだが、こうして供養することであの鎧がまた化けて出る事もなくなるだろう。
里の連中も塚を作る事に抵抗はなかったんだが、此処に来てちょっとした問題が発生してしまった……。
「だ~か~ら~……この塚は私達が主導になって作るって言ってるでしょうが!!」
「霊夢さんの様な不真面目な巫女が作った塚では、何かの不備が出るかも知れないじゃないですか! 此処は早苗たち守矢一家が御霊を祀る塚を作ります!!」
「後からやって来たくせに偉そうな事を言うな!!」
聞いての通り、この鎧塚を作るのはどっちかって事で霊夢と守矢の所のが喧嘩してて、未だに終わる気配が無い。
これは俺達が受けた依頼だから、最後までキッチリ面倒を見たいんだが、里の誰かが守矢に連絡を入れたみたいでこんな事に為ってしまった。
正直なところ、二つの神社が合同にやっても問題ないと思うんだが……それで納得するような奴じゃないか。
「コレは私とリュウが引き受けた仕事よ! アンタは関係ないんだから引っ込んでなさい!!」
「早苗だって里の人に呼ばれたんです! 仕事を引き受けた以上は最後までキッチリとこなす義務があるんです!!」
「それは私達だって同じ事よ! 久々の仕事なんだし、中途半端なことは出来ないのよ!!」
「……やれやれ」
さっさと塚を造って帰りたいんだが、この様子じゃまだまだ口論は続きそうだな。
別に仲良くしろとまでは言わないけど、もう少し穏便に出来ないもんかなぁ……。
終わり