竜が辿り着いた幻想郷   作:ベヘモス

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第百六十七話 非想非非想天の娘

 

八雲のスキマ空間を抜け出した俺は、天界を目指して空を駆け抜けている。

アイツの言葉がどの程度信用できるのか分からないが、情報通りだとすればジッとしている訳にもいかない。

どういう経緯があってそうなったのか知らないけど、まずは真偽を確かめる。後の事はそれからだ。

 

森を抜け、川を遡り、山の頂を越えて雲を突き抜けていくと、目の前に広がっていたのは地面が空に浮かんで居ると言う不思議な光景だった。

天界に来るのは今回が初めてじゃないが、前に来た時は夜だったから周りを見ている余裕は無かったが……こうして見ると不思議な光景だな。

時刻が夕暮れ時になろうとしている為か、太陽が西へと沈んでいき、空に浮ぶ大地を茜色に染める。

太陽が地平の彼方に沈むまでにまだ少し時間はあるが、あまり遅くなると霊夢に心配を掛けるからな。早いところ見つけて確かめるとするか。

桃の甘ったるい匂いに顔を顰めながら、何処に何があるかも分からない土地を歩き始める。

右を見ても、左を見ても大して変わらない風景が広がっている中を歩いていると、桃の木の下で眠っている衣玖の姿を見つける。

 

「心配になって探しに来て見れば、こんな時間にあんな所で何をしてるんだか」

 

昼寝をするにしては遅い時間にも拘らず、眼を覚ますような気配がない。

こんな時間まで眠っているなんて余程疲れているのかと思いながら、俺は彼女の傍に行って、肩を軽く揺すりながら声を掛ける。

 

「おい、衣玖。起きろ。もう夕暮れだぞ」

「……ん。りゅう…さま?」

「ああ、俺だ。ったく、様付けで呼ぶなって何度も言ってるだろ」

 

眠っていたところを起こされ、寝惚けた眼で俺の事を認識すると、寝惚けていた衣玖の意識が一気に覚醒した。

 

「りゅ、リュウさん!? ど、どうしてこの様な所に。神社の方に居るのではなかったのですか!?」

「お前が天人に無理やり働かされてるって聞いて様子を見に来たんだよ。こんな所で寝ているところを見ると、相当辛いみたいだな」

「いえ、辛いと言いますか、二ヶ月ほど休みなく働き続けた結果といいますか……」

「十分過ぎるほどに辛いだろ、それ」

 

心配を掛けないように振舞おうとする衣玖に、俺は呆れて溜息をついてしまう。

それでも何とか誤魔化そうと愛想笑いを浮かべる衣玖だが、彼女の眼の下には濃い隈が出来ていて、かなり疲れが溜まっている事が伺える。

俺はそっと衣玖の顔に触れて、そっと頬を撫でるが……彼女の頬はかなり荒れていた。

 

「りゅ、リュウさん。一体何を……」

「いや、肌がかなり荒れていると思ってな。あんなに綺麗な肌だったのに」

「……それは仕方がありません。毎日夜遅くまで働いていた上に、この二ヶ月お休みがありませんでしたから」

「だからってこんなになるまで無理をする必要もなかっただろう。此処で働くのが辛いなら、俺の元に逃げてくる事だって出来た筈だ」

「確かにそうかもしれませんが、一度は主と定め彼女に仕えていたのです。その様な不義理な真似は出来ません」

「衣玖……」

 

不義理な真似は出来ない。そう言って微笑む彼女を見て、生真面目な奴だと呆れてしまうが、これが衣玖らしさなんだろう。

何事にも親身に取り組もうとする衣玖だからこそ、俺は彼女を必要としたんだ。

そんな事分かっていた筈なのに、こんな形でそれを思い知らされる事になるなんてな……。

 

「……………」

「…? リュウさん、如何されました? わたくしの顔をジッと見詰めて」

「いや、お前の生真面目さは長所でもあり、短所でもあるんだなっと思ってな」

「確かにそうかもしれません。しかし、そんなわたくしでも貴方様はいいと言って下さいますよね?」

「ああ。そんな衣玖だからこそ、俺はお前を必要としたんだ」

 

衣玖の顔を真っ直ぐ見ながらそんな事を言うと、全く同時に笑みが零れた。

自分でもキザったらしい事を言っていると思うが、俺にこんな事を言わせるのは霊夢と衣玖だけだろうな。

とても元気とは言いがたいが、笑みが零れるくらいに気力を取り戻した衣玖に安堵していると、誰かが此方へと近づいてくるのを感じた。

その気配に反応してそちらの方に眼を向けると、天衣無縫の衣服を着た青髪の少女の姿を見つけた。

 

「ちょっと衣玖、何時まで油を売ってるのよ。しかも、ワタシに内緒で男を連れ込むなんて」

「総領娘様……」

 

俺達の元へとやってきた少女は、俺の姿を見るなり嫌味っぽくそんな事を言ってくる。

衣玖に〝総領娘様〟と呼ばれている辺り、それなりに身分の高い奴の娘なんだろうが……無駄に偉そうだ。

 

「そんな何処の馬の骨とも知れない奴と逢引きしている暇があるなら、ちゃっちゃと残りの仕事をこなしてよ。まだ他にも残ってるんだから」

「……はい、申し訳御座いません。直ちに取り掛かります」

「早くしてよ。夕飯の準備が終わったら、お風呂沸かして、湯浴みの準備ね。それが終わったら今度は―――」

 

矢継ぎ早に色んな事を頼んでくる少女に、衣玖は何も言わずにただ頷くばかり。

衣玖の態度からあの少女は前々から言っていた〝元〟主なのだろうが、流石にコレは黙っている訳にはいかないな。

 

「おい、アンタ」

「ん? 何かしら、地上人。ワタシ、こう見えても色々と忙しいんだけど」

「お前の忙しさなんぞ知るか。そんな事よりも衣玖一人にモノを頼みすぎだ。従者なら他にもいるだろ。そいつ等に頼めよ」

「なんでワタシが貴方に意見されなくちゃいけないのかしら。それにコレはワタシと衣玖の賭けなんだから、口出ししないで貰いたいわね」

「アンタと衣玖の賭け?」

「えぇ。二ヶ月間で衣玖にワタシの素晴しさを再認識させてあげるって言うね」

 

思わず賭けになってないだろってツッコミそうになったが、そんな事を一々指摘するのも莫迦らしいから黙っておこう。

 

「それで衣玖。そろそろワタシの素晴しさを思い出したんじゃないかしら?」

「いえ、わたくしの心はあの時から何も変わっておりません。わたくしの主はリュウ様だけです」

「むぅ……中々に強情ね。だったら、ワタシの良さが分かる様に少し趣向を変えてみようかしら」

 

そう言って少女は何か思案を始めるが、どうやら彼女は根本的なところで勘違いをしているらしい。

人が人に仕えるにはそれ相応の理由がある。大体は仕事だからだとか、その家に昔から仕えていたからとかだけど、彼女の様なやり方じゃ本当の意味で人が着いて来る事はない。

彼女の育った環境がそうさせるのか、天人って言う生き物自体がそうなのかは知らないが、これ以上ウチの衣玖を勘違いに付き合わせる必要は無い。

そう思った俺は、衣玖を守るようにあの天人の前に立ちはだかる。

 

「……それは一体なんの真似? 地上人無勢がワタシの前に立ちはだかるなんて」

「なんの真似も何も、これ以上お前の勘違いに衣玖を付き合わせられないと思ってな。……彼女は俺が貰っていく」

「何かと思えば、主の前で堂々と誘拐宣言? これだから地上人は野蛮なのよ」

「如何して自分に人が付き従うのかも分かっていない餓鬼がほざくな」

「地上人の分際で言ってくれるじゃない。後で泣いて謝っても許してあげないわよ」

「許しを請う気なんか更々ねぇから安心しろ。……それにテメェには人の神社を勝手に改造した事に対しても謝ってもらわねぇとな」

 

そう言いながら叢雲を取り出すと、俺の気持ちに反応するかのように叢雲が鳴動する。

天人は魅入られたように叢雲を凝視するが、直ぐに我に返り、俺に対抗するかのように緋色の気炎を纏った剣を抜く。

 

「ふ、ふん! 中々に立派な剣を持ってるみたいだけど、ワタシの『緋想の剣』ほどじゃないわ」

 

自分の剣の方が凄いと言いたげに剣を掲げるが、俺はあんなのに使われている『緋想の剣』が哀れに思えた。

どんな能力が有るのか知らないし、道具に同情するなんておかしな話だが、使い手がアレじゃそう思ってしまっても仕方がないか。

 

「リュウさん……」

「安心しろ、衣玖。直ぐに終わる」

「はい。如何をご武運を」

 

衣玖の言葉を背に受け、俺はあの天人を真っ直ぐ見据えながら一気に切り込んでいく。

天人は反射的に注連縄を巻いた岩を投げて来るが、そんな物は叢雲で軽く切り払う。

岩を切り払われ天人は驚愕しながらも、直ぐに第二射を投げようとするが……それよりも早く俺が間合いを詰める。

間合いを詰め、躊躇う事無く剣を振り下ろすものの、手応えがどうもおかしい。

少女の華奢な身体にしては、切ったときの手応えがまるで岩を切ったときの様に硬い感じがする。

試しにもう数撃叩き込んでみたが、普段から良く戦っている妖夢と比べると明らかに硬い。

 

「気符『星脈弾』」

 

掌の上に気弾を作り出し、それをゼロ距離で天人に叩き込んで吹き飛ばす。

タイミング的に回避はもちろんの事、防御も出来ていない筈の攻撃だが、天人は腹の辺りを擦りながら立ち上がる。

あの頑丈さにあの変なのが脳裏を掠めるけど、今は関係のない事だから忘れよう。

 

「いった~……。もう、なんなのよアンタ! 女性に本気で手を上げるなんてサイテー!」

「戦場に出た以上は性別に大した意味は無い。敵か味方か、そのどちらかだけだ」

「何わけの分からない事を言ってるのよ。アンタがその気ならワタシも容赦しないわ!」

「……最初からそうしろ」

「喰らいなさい。地符『不壌土壌の剣』!」

 

天人がスペカを宣言すると、彼女は自分の剣を地面に向けて勢い良く突き立てた。

すると地面が突如として隆起し、左右から巨大な岩の塊が俺に向かって襲い掛かってくる。

岩が波濤のように襲い掛かってくるという珍しい状況だが、言ってしまえばそれだけの事でしかない。

俺は特に動じる事なく叢雲を振るい、襲いかかってくる岩をその一閃で全て両断され薙ぎ払われる。

薙ぎ払われた岩は、叢雲の剣風に押され天人の方へと押し返される。

 

「ちょわッ?!」

 

天人は奇妙な声を挙げながらも、自分に押し返された岩をなんとかして避ける。

自分のスペカを逆に利用されるなんて思っていなかったのか、天人の回避はかなり拙く、避け切れずに何個もの岩に激突している。

それでも頑強さだけは一人前なのか、多少の激突では倒れる気配もなく、その程度の事は気にも留めていない。

一体何を食べたらそんなに頑丈な身体になるのか知らないが、モノには限度ってものが有るだろ。……いや、それは俺が言えた事じゃないか。

思わず自分自身でツッコミを入れながら、俺は新しいスペカを取り出す。

 

「剛力『ギガート』」

 

スペカを宣言し発動させると、俺自身に魔法が掛かり、基礎攻撃力が強化される。

その状態のまま散乱している岩を飛び越し、天人の上を取って叢雲を振り下ろす。

突然の俺の襲来に天人は反応できず刃を受けるが、それでもまだ手応えが悪い。

俺は一旦間合いを切り、もう一枚取り出した『ギガート』を重ね掛けして再度切り込む。

今度は天人に反応され『緋想の剣』で防御されるが、二回『ギガート』を重ね掛けした今の俺の一撃を受け止め切る事が出来ず、そのまま押し飛ばされる。

押し飛ばされ体勢が崩れた隙にもう一度間合いを詰め、天人の胴に一撃を食らわせながら斬り抜ける。

手応えはさっきよりも良くなったが、それでもまだ硬い。

俺は三枚目のスペカを取り出し、三度『ギガート』の魔法を重ね掛けする。

三度も魔法を重ね掛けすればどんな相手でも危機感を覚えるらしく、天人は俺が攻撃を繰り出すよりも先に新たなスペカを取り出した。

 

「剣技『気炎万丈の剣』!」

 

新たなスペカを宣言した天人は自分から間合いを詰め、握り締めた『緋想の剣』で俺に斬り掛かって来る。

しかし、そのスペカを〝剣技〟と言うには程遠く、ただ滅多斬りにしているだけの品物だった。

長く剣で戦ってきた俺からすれば、この程度の攻撃を捌き切るなど差ほど難しくもなく、難なく全て防ぎきってみせる。

 

「わ、ワタシの剣技を防ぎ切った!?」

「この程度で終わりか? なら、今度は俺の番だな」

 

まず手始めに天人の胸に突きを繰り出して体勢を崩し、袈裟を斬って胴を薙ぐ。

三度も『ギガート』で強化しているお陰で彼女の硬さなど気にならなくなり、普段通りの手応えを感じる。

その手応えのまま刃を返して切り上げながら跳び、空中で回転しながら彼女の頭に剣を振り下ろす。

地面に着地して体勢を低くしたまま十字に斬り抜けて距離を取り、振り返り様に左手に光の剣を作り上げる。

 

「剣舞『双刃乱舞』」

 

叢雲と光の剣を振るい、天人に向かって斬撃の弾幕を叩き込む。

止め処なく放たれる斬撃の弾幕に天人は為す術もなく、無数の斬撃の中に飲まれていく。

このまま動けなくなるまで叩き込んでやろうかと考えていると―――

 

「何時までも調子に乗るな! 『全人類の緋想天』!」

 

―――スペカを宣言し、剣から緋色の光を噴出して、俺の攻撃を強引に終わらせてきた。

『緋想の剣』は天人の前でクルクルと回転し、天人は俺に向けて両手を伸ばす。

 

「吹っ飛びなさい!」

 

その言葉と共に剣から放たれたのは、緋色の光をした巨大な砲撃だった。

俺は即座にその射線上から退避したが、緋色の砲撃は彼女の言葉通りに多くのモノを吹き飛ばした。

吹き飛ばされた瓦礫は何処に落ちるのか少し疑問だが、今はそんな事を気にしている場合じゃないか。

 

「避けるな! 大人しく当たりなさい!」

「生憎と相手の攻撃を態と受けるような変な趣味はしてない」

「だったら、無理やりにでも当ててあげる!」

 

そう言って彼女は『緋想の剣』に光を収束し始める。

是が非でもあの砲撃を俺に当てたいのか、天人は周りの被害などまるで考えていないようだ。

個人的に天界がどうなろうと知った事じゃないんだが、傍に衣玖もいる事だし、さっさとケリを着けるとしよう。

 

俺は衣玖がいる場所を考慮しながら、彼女に被害が出ないであろう場所に移動する。

天人は俺が移動すると、逃がさないと言わんばかりに俺の方を振り向いてくる。

その場から移動する事は出来ないようだが、狙いをつけるために回転する事は出来るらしい。

イマイチ便利なのか不便なのか分からないが、別に俺が気にする様な事でもないだろう。

そう結論付けながら俺は足を止め、左手の剣を消して叢雲に力を注いでいく。

 

「ふん、どうやら覚悟が出来たようね。それじゃ消し飛びなさい!」

 

足を止めた俺を諦めたと勝手に勘違いした天人は、再び緋色の砲撃を放ってくる。

『マスタースパーク』の様に何もかも吹き飛ばすような砲撃を前に、俺は逃げる事はせず、叢雲の切先を後ろに下げて力を更に込める。

力を込められた叢雲は刀身に纏う雲を払って光だし、全てを斬り裂く刃となる。

 

「……神剣『天叢雲剣』」

 

砲撃が当たろうかと言う刹那の瞬間、俺は力を纏わせた叢雲を振り払い、その太刀筋に入るもの全てを薙ぎ払った。

切り裂かれた緋色の砲撃は、叢雲が巻き起こした剣風に飲まれ、緋色の旋風となって天人の元へと向かう。

スペカの影響で移動する事の出来ない天人は、為す術もなく緋色の旋風に呑まれて吹き飛ばされた。

緋色の旋風も天人の姿も見えなくなった天界には静けさが戻り、太陽も地平の彼方へと沈もうとしていた。

 

「ま、こんなもんか」

 

瓦礫が散乱してはいるが、月での戦いに比べればこの程度の事なんて被害がないのと同じだ。

そろそろ帰らないと霊夢の奴を怒らせるなと考えていると―――

 

「リュウ様!」

 

―――突然衣玖の奴が俺に抱きついてきた。

抱きついてきた彼女の表情は、安堵と喜びが交じり合った不思議な表情をしていた。

 

「うおッ?! 突然どうしたんだよ、衣玖」

「どうしたではありません。あの様な戦いを繰り広げて心配になるのは当然ではありませんか!」

「あ~……其処まで酷い戦いはしてないと思うんだが」

「戦い方が如何のではありません! わたくしは貴方様が怪我をしないか心配で心配で……」

 

そう言うと堪えていたモノが噴出したのか、衣玖は大粒の涙を零し始めた。

この程度の戦いなら大した問題にも為らないんだが、他のやつから見るとかなり派手に戦っていたのかもしれない。

でも正直な事を言うと、普段戦っている妖夢の方がまだ歯応えがあったんだよな。まぁ、今言う事じゃないし黙っておこう。

 

「悪いな、衣玖。要らん心配を掛けた」

「本当ですよ……。リュウ様はもっとご自身を大切にしてください」

「別に自分を蔑ろにしてる訳じゃないんだが……まぁ善処する。それよりもいい加減地上に戻るぞ。早くしないと霊夢に怒鳴られる」

「そう…ですね……」

 

一応の返事をしながらも、衣玖は何か気になるのか、素直をについてこようとしない。

何を気にしているのか気になり、彼女の視線の先を追ってみるが……特に何もなかった。

ただ、衣玖が見ている方向は、あの天人が吹き飛ばされていった方角だったのは覚えている。

 

「……衣玖」

「はい、なんでしょう?」

「もしあの天人が気になるなら、探しに行っても止めはしないぞ。あの時はあぁ言ったが、無理して俺の元に来る必要は―――」

「リュウ様。少し宜しいでしょうか」

「―――ん? なんだ急に……って、イデデデデデデッ!?」

 

衣玖に呼ばれ振り向くと、いきなり衣玖の奴が俺の頬を抓ってきた。

何か怒らせる様な事でも言ったのか、彼女の顔はさっきまでと違い相当不機嫌なものになっている。

滅多に起こる事の無い衣玖だが、突然こんな事をしてくるなんて何か地雷でも踏んだだろうか?

何で怒らせたのか分からないまま、暫く抓られていると漸く衣玖が頬を離してくれた。

 

「……申し訳御座いません、リュウ様。主に対してこの様な不敬を及んだわたくしをお許し下さい」

「いや、それは別に良いんだが……なんか俺、怒らせる様な事を言ったか?」

「えぇ言いましたとも。これは鈍いなどの問題ではありませんよ、リュウ様」

「…………」

 

そう言いながら笑う彼女の額に青筋が浮んでいるのを、俺は見逃さなかった。

 

「宜しいですか、リュウ様。わたくしは何も無理をして貴方様の下へ行くわけではありません。わたくし自身が貴方様の下に居たいと願うからこそ無茶をするのです。確かに今回の賭け事は辛いものではありましたが、挫けずに頑張ってこれたのは一重に貴方様への忠誠があったからこそです」

「……その割にはあの天人の事を気にしていたみたいだが、彼女の事は良いのか?」

「それに関しては少々誤解しています。確かに総領娘様の事が気に為りましたが、それは彼女の身を案じていたわけではなく、後日報復に来るのではないかと危惧していたのです。それにこの地に長い事居ましたから、此処を去るのに哀愁を感じていたのは事実です」

 

そう言ってこの地を見渡す彼女の表情は、この地を去ることを惜しんでいるようにも見えた。

この地に何十年暮らしていたのかは分からないが、この地には沢山の思い出があるに違いない。

 

「……最後に一つ聞かせてくれないか」

「はい、なんでしょうか」

「どうして其処までして俺の傍に居ようとするんだ? 正直、そこまでする価値もないだろ」

「……価値なら有ります。貴方様がわたくしを必要としてくれたのです。それは、わたくしに取って何者にも返られないほどのモノなのです」

 

あの日の事を思い出しているのか、瞼を閉じる衣玖の表情は本当に嬉しそうだった。

衣玖の言っている事は少々大げさにも感じるが、誰かに必要とされて嬉しく思う気持ちは分からなくはない。

人は独りでは生きて行けないと言うけど、それは妖怪も竜も同じなのかもしれないな。

 

「……分かった。ならこの話はもう終わりだ。これ以上遅くなると霊夢が怖いしな」

「ふふ、そうですね。何か言い訳を考えておきませんと」

「スキマ妖怪に閉じ込められていた……は駄目だな。アイツの事だから、何かしらの手を打っているだろ」

「此処は素直に話してしまったほうが良いのではないですか?」

「あ~……まぁ道中適当に考えるさ。それじゃ行くぞ、衣玖」

「はい。何処までも御供させて頂きます」

「……帰るだけだってのに大げさな奴だ」

 

大げさに振舞う衣玖に呆れながら、一番星が空に輝き始めた天界を後にする。

後日、あの天人がどんな行動に出るのか分からないが、衣玖を連れ戻しにこようとも返り討ちにするだけだ。

 




オマケ

リュウ様が天界まで来てくださった時は、思わず夢かと思ってしまった。
休みなく働いて、何度も夢に見た方が突然目の前に現れたのです。疑わない方がどうかしています。……ですが、凄く嬉しかった。
何の前触れもなく現れて、総領娘様と喧嘩して、見当違いな勘違いを為されたりして……本当に相変わらずでしたが、わたくしの為に此処までして下さって本当に嬉しかった。
こんなにもあの方に想われているのだと思うと、自然と胸が高鳴り、頬が熱くなるってしまう。
一番に為れない事に対しての悲しみはまだありますが、それ以上に想って下さる事が嬉しくて堪らない。

「あ、そうだ衣玖。今はまだ許すが、地上に着いたら様付けで呼ぶの絶対に止めろよ」
「別に良いではないですか。貴方様はわたくしの主なのですから」
「確かにそうだが、俺が嫌なんだよ。兎に角コレは命令だ、良いな!」
「……リュウ様がそこまで仰るのであれば、何時か呼ばせて下さるときまで我慢します」
「そんな日はゼッテェこねぇよ」

この日が来るまで大分掛かってしまいましたが、これからは貴方様の為だけに尽くしていきます。
……ですから何時までもお傍に居させてくださいね、リュウ様。

                                    終わり
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